ここまで神社共通の特徴や、祈りの方法、成功者たちが特定の神社とご縁を深めている様子を見てきました。今度はちょっと視点を変えて、神社世界の見えない全体像をお伝えしましょう。
神社ってインターネットなのです。「は?」と思うでしょうか。でも、似ているのですよ、インターネットに。神社の方がずっと昔にできていますから、「インターネットが神社に似ている」といった方が正しいですね(笑)。
神社は神さまたちのネットワークになっています。
そのネットワークの名称が「稲荷社」「八幡社」「天神社」「諏訪神社」「神明神社」「熊野神社」「白山神社」「住吉神社」など、全国に多数ある神社群です。
たとえば稲荷神社(通称・お稲荷さん)は、全国に 3万余ありますが、これらは全部見えない世界でつながっていて、稲荷ネットワークを形成していると思ってください。
他も同様に、八幡ネットワーク、天神ネットワーク、諏訪ネットワークなどが形成されています。
もしあなたがどこかの稲荷神社を参拝すれば、それはその神社だけでなく、全国約 3万社の稲荷ネットワークの大本とつながっています。
それは稲荷神社の総本社・京都の伏見稲荷大社です。さらにいえば、稲荷神を氏神として祭ったのが、京都で勢力のあった古代豪族・秦氏です。秦氏は地方に領地を広げて、その秦氏ゆかりの地に伏見稲荷大社の分社が広がっていきました。
いわば秦氏ネットワークが稲荷ネットワークでもありました。つまり稲荷ネットワークにアクセスすることは、同時に秦氏ネットワークとつながることでもあったのです。
このネットワークの面白いところは、僕たち人間がそのネットワークを維持強化する役割をもっているところです。
たとえばご近所に稲荷神社があって、たまに参拝しているとします。で、京都に旅行に行って、伏見稲荷大社に参拝したとしましょう。
そして帰宅し、また近所の稲荷神社に参拝すると、ここでその近所の稲荷神社と伏見稲荷大社との間で、見えないネットワークがつながるのです。
道路にたとえると、舗装されたり、道幅が広くなったり、新たな道がつくられたりするようなもの。人間が神社の間を行き来することで、神社間のネットワークが維持強化されるのです。もうひとつ大事な点は、ネットワーク間のつながりです。
稲荷ネットワーク、八幡ネットワーク、天神ネットワークなど、異なるネットワーク間のつながりですね。現代においてはとくに大事な点です。なぜなら昔はつながりが薄かったからです。
違う神さまを一緒にするとケンカするって話よく聞きますよね。たとえば違う神さまのお守りを一緒に置くようなことです。これは、昔は神さまが対立関係にあることが多かったからです。
たとえば稲荷神が氏神の秦氏と、春日神が氏神の藤原氏、違う血縁集団の間で利害が完全に一致することはないでしょう。
そうすると、稲荷神社と春日神社のお札を同居させていいのか? という発想になります。
しかし、現代の神社は万人のものです。稲荷神は秦氏のものではないし、春日神は藤原氏のものではありません。もはや日本人だけのものでもないでしょう。だから、もう特定の神社だけでなく、あちこち参拝してください。
そうすることを、神社インターネット全体が望んでいます。異なるネットワーク間のつながりが増すことで、神社インターネットは拡大していくからです。
インターの意味は「〜間、相互」。稲荷ネットワークや八幡ネットワークなどが相互につながれば、インターネットです。
21世紀の現実世界はインターネットの時代ですが、じつは目に見えない世界でもインターネット化がすすんでいたのです。
神社インターネット時代は、神さま同士がともに協力していく時代。
長年対立関係にあった伊勢神宮と出雲大社も、天皇家と出雲大社宮司である千家家とのご縁組みに象徴されるように、もはや協力関係です。
神社インターネットができたことで、えられる後押しも大きくなってきました。
ただ現実世界のインターネットにつながるにはプロバイダ(インターネット接続サービスを提供する事業者)との契約が必要なように、神社インターネットにおいても、プロバイダにあたる神さまがいます。
それが産土神と鎮守です。産土神と鎮守のご縁に感謝することが、神社インターネットの後押しを受けるポイントなのです。産土神は、僕たちが生まれたときに住んでいた土地を守る神社の神さまです。
その神社は産土神社といいます。神社本庁に問い合わせて、その土地の住所を言えば、どこが自分の産土神社なのか教えてくれますよ。
ただ、「私の産土神社はどこ?」という問いは現代では少々ややこしいです。
人間はひんぱんに引っ越しますし、住むところと働くところが違うことも増えました。外国で生まれる日本人もいますが、当然、日本以外の国では、神社はほぼありません。ライフスタイルが大きく変化したことで、説明しにくいことも出てきているのです。
なので、産土神にコンタクトをとる裏技をお教えします。じつは産土神はあなたのそばにいます。日本人でも、どこの国籍の人でも、生まれつき契約を結んでいるのです。
だから合掌し、こう祈ってください。
「うぶすながみさま、うぶすながみさま、うぶすながみさま。いつもお守りくださいまして、ありがとうございます」 神棚で祈っても、先祖代々のお墓で祈っても、どこで祈ってもかまいません。
「産土神さま」と 3回唱えれば、お呼びすることができます。そして、ただ感謝を伝えてください。あなたがなにも言わなくとも、産土神はあなたの状況をすべて理解しているからです。
あなたの産土神のお名前ですが、産土神社が八幡神社であれば、一般的には八幡神が産土神になります。ただ、実際のところ、産土神は産土神なのです。
日本神道の原点は、自分の属する地域の守り神を祭ることでした。古代は、その神さまに固有名詞はありません。「御霊」「神」「命」などと、自分を守ってくださる見えない存在をよんでいたのです。
だから、名前など気にせず、あなたの産土神とまずしっかりつながってください。産土神は特定の神社にいるのではなく、あなたのすぐそばにいます。
神さまインターネットのもうひとつのプロバイダが鎮守の神さま。鎮守とは、いま自分が住んでいる土地の神さまです。ご近所の神社の神さまですね。
近所に複数の神社があることもありますが、町内会でお祭りを行なう神社があれば、そこが鎮守の神さまです。ご近所の神社には、ちょくちょくご参拝されると、いいでしょう。
神社インターネットと自宅との間でネットワークがつながります。産土神は自分自身と神社インターネットとのつながりですが、鎮守は自宅と神社インターネットとのつながりです。
他にも鎮守のような役割をはたすのが、あなたとご縁の深い土地の神社です。鎮守以外にも、職場の近く、学校の近く、実家の近くなど、あなたが長い時間をすごした地域には神社があったはずです。
職場の土地を守る神社に参拝すれば、職場と神社インターネットとのつながりが増します。学校や実家の土地を守る神社に参拝するのも、同様の効果をもたらします。
「地元っ子は、その土地の神さまに愛されている」でしたね。地理的にご縁の深い神社とは、人脈にたとえると「太いパイプ」があるのです。
神さまとのネットワークですから、神脈ですね。
産土神や鎮守、ご縁の深い土地の神社を通して、どんどん神脈を広げてください。
現実世界で人脈をつくるように、見えない世界で神脈をつくっていくのです。神脈づくりは、自分と神さまとの間のネットワークだけではありません。さきほども申し上げましたが、神さまと神さまとの間のネットワークを結ぶことも、僕たちの役割なのです。
たとえば自分がご縁の深い神社と、そこの総本社にあたる神社との間のネットワークをつなげると、ご縁の深い神社のパワーが増します。
そうすると、自分への後押しも増します。
親しい人が力をつければ、自分にも恩恵がまわってくるのと同じ理屈ですね(笑)。
神社インターネットにおいて、プロバイダが産土神・鎮守だとするならば、パソコンにあたるのが「神棚」、スマホや携帯電話にあたるのが「お守り」です。
キレイに現代のインターネット環境に当てはまるので面白いですが、インターネットって本当に見えない世界をコピーしたように仕組みが似ているのです。
さて、神棚といえば神さまをお祭りする棚です。そのままですね(笑)。家や事務所に設置する小型の神社ですね。
この神棚が、神社インターネットに接続する端末の役割をはたすのです。
持ち運びはせず、特定の場所に設置するので、デスクトップのパソコンからインターネットに接続するようなものです。そのままだと、ただの棚です。神社インターネットに接続するにはお祈りをします。
神棚に神社からいただいてきた神札(お札)を入れ、米、塩、水、酒をお供えし、左右に榊という木の枝を立て、神社に参拝したときと同じように拝礼するのです。
設置したら、日ごろの感謝に加えて、神社で定番の祝詞「はらいたまえ きよめたまえ かむながら まもりたまえ さきわえたまえ」を唱えるとよいでしょう。
言葉の意味は、「罪・けがれをとりのぞいてください。神さま、どうぞお守りお導きください」でしたね。神棚では日常的にお祈りするだけに、「感謝」の中身がちょっと変わります。
神社に参拝した場合は、そこにお参りさせていただけたことへの感謝ですが、神棚の場合は「いまここにあること」を、「ご先祖様」に感謝するのです。
日本神道の基本は「祖霊信仰」だからです。ご先祖様を神さまとし、いまここに自分があるのは、ご先祖様のおかげと考えます。実際そうですよね。
ちなみに仏教でお墓参りするのも、祖霊信仰から来る日本独特の風習です。ご先祖様を仏様ととらえるのは、祖霊信仰から来た日本独特の考え方だったのですね。
そうは言っても、「感謝感謝て、しんきくさいわ ー。感謝することあるかあ? 今日もおもんない 1日やったで〜」 と思う人もいるかもしれませんね。
あ、僕、関西人なので関西弁です。
ここまで読んできた方ならわかりますよね。
ご先祖様という神さまを創造するのは僕たちなのです。祈って感謝して、ご先祖様を神さまにしてしまいましょう。
10代前までさかのぼるとご先祖様は 2046人います。
多くのご先祖様たちが神さまとして力を発揮してくれると思ったら、これほど心強いことはないでしょう。
そしてその神さまとなったご先祖様の力は、自分だけでなく子孫全体に降り注がれます。つまり祖霊信仰は、「みんなで幸せになる仕組み」なのです。
職場の事務所に神棚を設置した場合は、職場を守ってきた先人たちへの感謝です。「いやまだ先人はいないよ、自分たちだけだよ」ということでしたら、自分たちへの感謝ですね。
神さまになっちゃいましょう! まだ生きているけれども(笑)。そして神社インターネットにつながるスマホ・携帯電話が「お守り」でしたね。
お守りを外出時に身につけることで、いつでもどこでも神社インターネットに接続できます。
いやー、便利な世の中ですね! って、昔からできました(笑)。
お守りを使ってのつながり方はかんたんです。両手のひらの中にお守りを包み込むように合掌してください。なにかうったえかけたいことがあったらどうぞ。
僕は急に体調不良になったときに、お守りに頼っています。もちろん体調不良のときは病院に行った方がいいですが、助けを待つ間とか、しんぼうして様子を見るときとかですね。
プレッシャーがかかっているときも、お守りに祈るといいですよ。ご朱印帳を通して神社インターネットにつながることもできます。
神棚がパソコンで、お守りがスマホ・携帯電話なら、ご朱印帳はタブレットですかね。ご朱印帳は、いろいろな神社が中で一緒になっていますよね。
だから、ご朱印集めの好きな人たちは、じつは神社インターネット拡大に貢献しているのです。
よく「どこの神社がおすすめですか?」とたずねられます。
広く知られた人気の神社をお伝えしてもいいのですが、もしなにか目的や課題があるならば、その目的・課題のレベルによって、どの神社に行ったらよいか変わってきます。
ただ、まずおすすめしたいのは、自分が住むご近所を守る鎮守の神社です。
いわば地域住民のホームドクターです。
ご近所で気軽に行けますし、なんでも相談してください。
悩みごとはなんでももち込んで OKです。
グチでもなんでも言っちゃってください。
あ、口に出すと危ない人ですから、心の中でお願いしますね。
鎮守の神さまでも、より広い地域を守る神社があります。
鎮守の神社をまとめる総鎮守です。
江戸総鎮守の神田明神、横浜総鎮守の伊勢山皇大神宮、関東総鎮守の箱根神社、さらに日本総鎮守まであり、それは愛媛県今治市の大山祇神社です。
大山祇神社は瀬戸内海の大三島という島にあり、日本の国土全体を守る神社になります。
「お ー、ではぜひ大山祇神社に行きたい!」と思うのが人情ですが、ドクターにたとえると日本医師会の会長みたいな、ドドーンとしたお偉いさんです。
「ちょっと風邪をひいたのか、熱っぽくて ⋯⋯」とか、相談する相手ではありません。
守る対象の地域が広くなればなるほど、大きな願いごとが合っています。
たとえば「関東全域のバス網や鉄道網を整備したい」と望むならば、関東総鎮守である箱根神社に参拝するといいでしょう。
日本の国防関係なら大山祇神社です。
でも、そんな人ほとんどいませんよね(笑)。
そうした大手の神社へは、ここへ来ることができたことへの感謝と、そして報告です。
「結婚しました、今後ともよろしくお願いします」とか、「今年こそ結婚すると去年宣言しましたけど、まだできていません。
どうかこんな私をあたたかくお見守りください」みたいなことです。
クレームはやめてね(笑)。
人生の節目では、主な友人知人親族に改まって報告ごとをしますよね。
箱根神社クラス以上の大手の神社は、そういうときにご参拝されるとよいですね。
個人的なお願いごとは、地域のホームドクターである鎮守様です。
大手の神社に参拝したあとも、帰宅してホームドクターへのごあいさつを忘れずに。
大手の神社とホームドクターであるご近所の鎮守様とのネットワークを強化してくださいね。
きっと鎮守様は、そのことに喜んで、神風をあなたに吹かしてくださるでしょう。
もちろん、あなたがたとえば大企業の役員のような、広範囲に影響をおよぼす人であったり、大きな野望・願望をいだいたりしているのならば、話は別です。
大手の神社で、自分が社会のためにコミットすることを、神さまの前で宣言してください。
ここでさきほども申し上げましたが、ちょっと気をつけたいというか、気をゆるめていただきたいのは、「鎮守では意思の宣言だけでなく、気軽にお願いでも相談でもグチでもなんでも言ってください」ということ。
職場や学校、ご実家の鎮守様も同様です。
地理的にご縁の深い神社には、特別に甘えて大丈夫です。
つらいときそばにいてくれる存在だと思って、どんどん頼ってください。
神さまは物理的な身体はもたないので、がっしり肩とか抱いてはくださいませんが、ちゃんと存在を伝えては来られます。
つらいときって、誰かがそばにいるだけでも心強いものですよね。
なかなか他人には甘えられないこともあると思いますが、そんなときは、鎮守様などにお参りするのです。
境内にベンチでもあれば、しばらく座って心で会話するといいですね。
僕は京都市の出身ですが、学校のすぐ近くの京都御所によく行っていました。
正確には京都御苑という大きな公園ですね。
もちろんただの公園ではなく、日本有数のパワースポットです。
御苑の中には京都御所だけでなく、宗像神社もあり、そこにいるだけで、ずいぶんと癒されました。
僕にとっての京都御苑、あなたもぜひ身近に見つけてくださいね。
「幸運を引き寄せる!」「思い通りの人生を引き寄せる!」と話題になった引き寄せの法則。
スピリチュアルに関心のない方でも、「 ◯◯(なにかよいこと)を引き寄せる」という言葉、よく目にしますよね。
神社の見えない仕組みを知っていると、引き寄せの法則も「あー、そういうことか」と、より意図的に、自在に活用できます。
「神社は人々の祈りの集合体である」これが理解できていれば、引き寄せはすぐに卒業です。
引き寄せの法則のエッセンス、既存の書籍からご紹介しますと基本は 2点です。
■定義:それ自身に似たものを引き寄せる。
類は友を呼ぶはその一例 ■コツ:気分がよければ、いいことが起こる 自分の思考や感情と同じものを引き寄せるから、自分がよい気分になる見方・見解を選択しよう、ということですね。
ここにさらに、神社の見えない仕組みを理解すれば、引き寄せの法則をよりよい方向に働かせることができるでしょう。
実例を出します。
僕自身のことです。
個人の特定をさけるために、事実の一部を変更しています。
以前、僕は起業の勉強をしようと思い立ちまして、ある起業コンサルタントから、 5か月間のコンサルテーションを受ける契約を結びました。
価格は 55万円。
けっこう安いなと思いました。
というのも、この手のサービスは半年で 300万円とか 600万円とか取る方もいるのですね。
価格が安いか高いかはともかくとして、そのコンサルタント氏は、年に数十名以上の起業家を養成し、高い専門性をおもちで、当然「いい人だな」と思って契約したのですが ⋯⋯。
1か月でやめました。
やめた理由は、合わなかったといえばそれまでですが、お互いカッとして、「出ていけ ー!」「出ていったら ー!」みたいなことになったわけです。
普通に考えてもったいないですよね。
金返せって言いたくなるところですが、ちゃんと契約書に「お金はいかなる場合でも返しませんよ」と書いてあり、僕もそれにサインしハンコを押しているわけです。
それは理解していたので、ま、仕方ないなというところですが、ではそのときの気分はどうだったのか? よいわきゃない(笑)。
そりゃ、ね。
怒るというよりガッカリしたのか、気分が落ちていたようで、そうすると引き寄せの法則も現実化するわけです(怖っ)。
そのころに運営していたメディアのアクセス数が落ちました。だいたい 2〜 3割低下しましたね。アクセス数は落ちるし、提供しているサービスの利用も増えないわけですよ。
ありゃりゃ ー、ですよね。
こういうネガティブな気分のときは、さっさと神社に行くと気分がリセットされます。
これでマイナスがゼロに近くなります。
ただ、さきほどの僕のように大きく失敗した場合、その現実をどうとらえるかという課題が残ります。
起こったことはなかったことにできないですからね。
そこで「神社は人々の祈りの集合体」ということを思い出してください。
これは神社以外のものにも応用できるのです。
具体的には、起業コンサルタント氏を神社・神さまととらえました。
ご神徳は起業の成功とか商売繁盛ですね。
コンサルタント氏が神さまならば、クライアントやファンは参拝客です。
コンサルタント氏を中心に、起業の成功を祈る人々の集合意識が形成されていると考えるのです。
そう考えたら、もう 55万円はお布施です。
起業の神さまにお布施して、起業家の成功支援に使ってもらうと考えればいい。
そうすれば起業家の見えない意識の応援がえられるので、自分の起業にもプラスになる。
そう現実をとらえなおしたのです。
このとらえ方でいいかどうかは、自分の感情が判定してくれます。
ヒックス夫妻の引き寄せ本を読んだ方ならばご存じのことですが、もしその見方で、自分の気分がよくなるならば、それで正解です。
僕はさきほどのように現実をとらえなおしたことで、気分がよくなり、メディアのアクセス数も戻りました。
だから OKなのです。
人は神さま、支払うお金はお布施だととらえて、現実を見てみましょう。
そして ⋯⋯本のネタになって、僕の気分がさらによくなったことは、言うまでもありません(笑)。
神社の見えない仕組みは、他人の見方以外にも応用できます。
それが就寝です。
じつは眠る行為と、神社参拝は「見えない世界に入る」という意味で共通しています。
起きているときは現実世界、寝ているときは見えない世界なのです。
そうすると、「さあ、これから眠るぞ」というときは、「さあ、これから神社の鳥居をくぐるぞ」というときと、同じような態度をとればいいのです。
寝る前にヴァーチャル神社参拝するわけですね。
具体的には、まず 1日の活動を終えたら、お風呂に入ってください。
これは「 1日のみそぎ」です。
神社参拝でいえば、手を洗う行為ですね。
昔は神社参拝の前は、川に入って全身を清めたそうです。
神仏に祈願するときに冷水を浴びる行為を、日本神道では「みそぎ」、仏教・修験道では「水垢離」といいます。
スピリチュアル業界でも、人気ブロガーの冨樫功さん(大阪市で肉まんアトムを営む通称アトムカンフーさん)が水垢離をすすめており、引き寄せの法則ファンを中心に広まっています。
僕自身は水風呂も苦手な寒がりなので、水浴びのおすすめはひかえますが、寝る前にお風呂に入って、 1日の罪・けがれを清めてから寝ることはおすすめします。
さあ、寝仕度を整えたら、いよいよ就寝です。
ドキドキしますね(笑)。
ここでもうひと手間、祓いの工夫をしましょう。
それが瞑想です。
時間は 10分ほどのかんたんなものです。
パジャマで布団かベッドにでも座り、軽く目をつむって、呼吸します。
呼吸のポイントは2つです。
ひとつは、鼻で腹式呼吸すること。
もうひとつは、呼吸に意識を向けることです。
吸っているなー、吐いているなー、ということを意識するのです。
腹式呼吸は大きなメリットがあります。
ネガティブなエネルギーのブロックに効果があるのです。
腹式で呼吸をすると、へその指 2本分下にあるといわれる丹田が活性化するのですが、そうするとブロックするパワーも強くなります。
寝る前の腹式呼吸で、寝ている間もネガティブなエネルギーを防ぐことができるのです。
腹式呼吸の仕方がよくわからない、自信のない方は、音楽の専門家によるボイストレーニングをおすすめします。
本格的な腹式呼吸を身につけられますよ。
呼吸に意識を向けることも意味があります。
吸って吐いてを意識する非常に単純な行為です。
なので、すぐに自動的に意識できるようになりますが、そうなると、集中力が増し、精神が安定してきます。
さきほどお話ししたフロー状態です。
このフロー状態に入る前は、雑念がかなりわいてくるでしょう。
それはもう流してください。
「あ、いろいろ考えがわいているなー」と思う程度にして、あとは放っておくのです。
雑念がわくことは、心の「祓い」です。
掃除をすると、ちり・ほこりが舞うようなもの。
「なんて自分は雑念があるのか!」などと、気にすることはありません。
瞑想を終えるときは、合掌して、「今日 1日、無事すごすことができて、感謝いたします。
はらいたまえ きよめたまえ かむながら まもりたまえ さきわえたまえ」 と祈りの言葉を唱えます。
これで寝る前の儀式は完了です。
寝る前にお風呂に入り、 10分ほど瞑想する。
そうして、身体と心の祓いをした「神聖な自分」になってから眠りにつきましょう。
不思議なもので、そうするとなんだかわからないけれども、現実がよいように動いてくれます。
寝ている間に、潜在意識がいいぐあいに書きかわるようですね。
寝ているので、よくわかりませんけど(笑)。
神社の見えない仕組みは「運がよくなる買い物術」にも応用できます。
あ、変な開運グッズを紹介するわけではありませんので、ご安心を(笑)。
「万物に神宿る」という考え方がありますね。
世の中のあらゆるものに神性があるとする日本独特の宗教観です。
そうすると、こういう見方ができます。
食べ物も服も時計もカバンもコンピュータも冷蔵庫もなにもかも神さまだよ、神社だよ、インターネットのようにつながっているのだよと。
神社インターネットのつぎは、もののインターネットです。
またインターネットかよと突っ込まれそうですね(笑)。
I T業界でも「もののインターネット」というコンセプトが注目されていますが、見えない世界でもものはつながっているのです。
「神社は人々の祈りの集合体」でしたね。
そしてこれは神社以外にも応用できました。
ものも人々の祈りの集合体になりうるのです。
あるものを使用すると、そのものとつながる他者の意識につながります。
具体的には他のユーザーであり、ものの開発にたずさわった人や組織です。
たとえば、あるメーカーのパソコンを使っているとしたら、そのメーカーのパソコンを使う他の人や、メーカーの人たちと集合意識を形成することになるのです。
ということは、そのものを大事に感謝して使用すると、じつは他の集合意識を形成する人たちの後押しをえられるわけです。
あるものを大事にするということは、そのものとつながっている人や組織を大事にすることにもなるのです。
大事にされると、そのものの集合意識全体が活性化し、お返しに大事にしてくれた人の応援をする仕組みになっています。
「ホンマかいな」と思われそうですが、ものだって、神さまのようにご利益があります。
多くの商品は、誰かの不便を便利にしようとこの世に生み出されました。
だから、自分が日々使っているものにも感謝してください。
神社の参拝と同じことなのです。
買ったものは大事にしましょう。
あるいは大事に思えるものを買ってください。
そのものにつながる見えない世界が、あなたを応援してくれます。
もうひとつポイントがありますね。
それはなにを買うと運がよくなるかです。
これは結論をさきに申し上げます。
「長年愛されてきた商品」を買うのが鉄板です。
商品も集合意識です。
ですから、「長い歴史をもつ商品」の集合意識は、それだけ力が大きくなります。
多くの人が、その商品を愛用してきたわけですから、もののインターネットも大きくパワフルなわけですね。
ものの価値は、関わる人々の祈りの質で決まると、僕はとらえています。
ただ、そのものから力をより引き出すのは、自分次第です。
どれだけそのものを大事にあつかうのかで決まるわけですね。
けっして、高い商品を買えば運がよくなるわけではありません。
作り手がどれだけ魂を込めているか、人々がどれだけ大事に使っているか、そして自分がどれだけ大事に使っているか。
その3つの総和がものの価値を決めるのです。
なので、歴史の浅い商品でも、作り手の「気合いの入ったもの」で、購入者の愛用率も高そうであれば、喜んでその集合意識の一員になりたいですね。
人間関係も、神さまやものとの関係と同じく「見えない仕組み」があります。
神社の見えない仕組みを人間に当てはめると、「あなたも私も集合意識である」ということ。
この理解が基本です。
別のいい方をすると、「私とは人間関係」なのですね。
親、伴侶、友人、恋人、その他これまでさまざまな他人が私に対していだいてきた「思考・感情」、そして私自身が私に対していだいてきた「思考・感情」、この2つの思考・感情を足したのが私です。
「私」という存在は、他人と自分が「私」に対していだいてきた意識の集合体だということですね。
だから他人との関係も、目の前の相手だけ見ていては不十分です。
相手のご家族や友人知人、ご先祖様などお亡くなりになった人たちまで意識します。
目の前の方には、故人もふくめてたくさんの人間関係が広がっており、その関係全体がその方なのですね。
でも、もっとも大事な人間関係は自分自身との関係です。
僕の事例をお話ししますと、じつは僕は目上の人がダメだったのです。
年上とか、あるいは年下でも格上の人とか、目上にあたる人物とは、親しい人間関係はまったく構築できませんでした。
いや、親しいどころか、無難な関係すら築けない。
ようは「会話が成り立たない」状態だったのですね。
それでコーチングという前向きな人生相談を職業とする Fさんに、こんな相談をしました。
「近々、業界では一流の人たちばかりとの飲み会に参加するのですよ。
まともに話せるかどうか、心配です」 Fさんは「あなたも一流じゃないですか。
一流だという意識ですごしてみるといいですよ」と。
そのアドバイスがきいたようで、以降、この飲み会に限らず会話が成り立つようになりました。
劣等感をおぼえる相手とは、僕はまともに会話できなかったわけですね。
それがこの「あなたも一流ですよ」という言葉で、一瞬でエネルギーが変化したわけです。
実際に僕が一流かはともかくとして、自分で自分を卑下すると、ろくな結果になりません。
自分自身に対しても「敬意」って必要だなと思った出来事でした。
でもなかなかそうは思えない方もいるでしょう。
でも日本の神さまを思い出してください。
カグツチもイザナミもタケミナカタも大きな挫折と後悔を経験し、「同じ思いを他の人にはさせたくない」と決意したことで、神さまの徳をえました。
だからあなたも大きな挫折と後悔があり、そして少しでも元気が戻ってきたらこう思ってください。
「神さまになる機会をえた」と。
他人との関係は「敬意」に加えて、「誰といるか」という視点も必要です。
単純な真理ですが、「周りに誰がいるか」で引き寄せるものは変わります。
僕自身、小学 4、 5年生のころに、このことを痛感する出来事がありました。
通っていた学習塾での話です。
週 2回の火曜・木曜コースに通っていたのですが、2つクラスがあり、成績のよい方が 2組、悪い方が 4組でした。
僕は当初 4年 2組にいたのですが、そのときは年 6回ある全国模試の成績が 300番台でした。
それが半年たって 4組に落ちると 800番台にまで落ちたのです。
模試の受験者数は覚えていませんが、塾の先生はだいたい 2400人と言っていました。
4組に落ちた理由は、病気で模試を 1回休んだから。
休んだ回はゼロ点あつかいになってしまったのですね。
このときの成績の下がりぐあいは本当に急激でしたね。
4組に移った途端、 500番台 → 600番台 → 800番台と、模試の順位は順調に(笑)落ちていきましたから。
ちなみに模試 500番台は、 30名近くいる 4組では 2位の成績でした。
4組ではよい成績なので、危機感もあまりわかなかったですね。
結局、翌年 2組に復帰したらすぐに模試の成績も 300番台に戻りました。
以降それより落ちることはなかったです。
自分はなんにも変わっていないのですよ。
勉強時間だって変わっていません。
変わったのは環境。
周りにいる人間だけが変わったのです。
でも、その影響は「数字」としてストレートにあらわれました。
引き寄せの法則は「それ自身に似たものを引き寄せる。
類は友を呼ぶ」でしたが、もうひとつの似たことわざも真理です。
「朱にまじわれば赤くなる」です。
あなたの周り、冷静に客観的に観察してください。
人間は周囲と同調する生き物なのですから。
ここまで読みすすめてきて、ひとつ足りないものがあると感じた人もいるかもしれません。
人間を語るうえで欠かせない「性」です。
性的なエネルギーは強力です。
「成功するうえで欠かせない」と言う人がたくさんいるのもうなずけるパワフルなエネルギーですよね。
ただ、男性と女性とではとらえ方が真逆といってよいほど変わってきます。
目に見えない世界の視点で見ると、2つの見えないエネルギーが働くのですが、その方向が真逆なのです。
それは「上昇する火のエネルギー」と「下降する水のエネルギー」です。
男性的なのは「火」、女性的なのは「水」です。
上昇する「火」と、下降する「水」が合体すると、上から下へ、下から上へとエネルギーの循環運動が起こります。
「火(か) + 水(み) = 神(かみ)」。
これが「性」の見えない仕組みです。
「火」は立身出世のエネルギーです。
炎をイメージしてください。
下から上に燃え上がりますよね。
「火」は上昇し、進化する力のシンボルです。
進歩的・攻撃的で、成り上がり・駆け上がっていくのが火のエネルギーといえます。
性における男性の動きや性器の変化を思い出してもらえれば、火は男性的なエネルギーであることが、おわかりいただけるのではないでしょうか。
「水」は奉仕・恵みのエネルギーです。
川や水道の水をイメージしてください。
上から下に流れていきますよね。
「水」は下降し、すべてを包み込む力のシンボルです。
恵みの雨のように、ほどこし・与えるのが、水のエネルギーといえます。
男性器を包み込む女性器とか、月経で体外に血が排出されることを思い出してもらえれば、水は女性的なエネルギーであることが、おわかりいただけるのではないでしょうか。
火は底辺から頂点へ向かうエネルギーであり、水は頂点から底辺に降り注ぐエネルギーということですね。
なので精力の強い男性は、立身出世しやすいと思ってもらって間違いないです。
課題解決力が高く、ネガティブなパワーをはねかえす力もあるので、さまざまな障害を力強くのりこえていけるわけですね。
ここまで、男性と女性のエネルギーは真逆とお話ししました。
ただ、 50歳前後になると、女性も男性も見えないエネルギーの転機をむかえます。
女性の場合は閉経をむかえますが、ここで水から火へのエネルギー転換が起きます。
閉経のことを「上がる」といいますが、エネルギーの方向も下降から上昇に転換するのです。
じつは、女性のいわゆる霊能者は 50代でその能力が開花する方も多いのですが、それはこのエネルギー転換が原因です。
ここから一転してパワフルな火のエネルギーに切り替わるわけですね。
一方、男性の場合は精力が低下します。
男性の火のエネルギーは年々おとろえる一方で、なんとかそれを低下させまいとがんばるわけですね。
女性と違うのは、女性は自然に(あるいは強制的に)水から火へのエネルギー転換が起こりますが、男性は単におとろえます。
ここで中年期以降の男性に提案したいのは、水のエネルギーを開発することです。
水のエネルギーは、上から下へ働くマネジメントや統治にも向いたエネルギーです。
水の奉仕するエネルギーは、リーダーシップ論においては「奉仕型リーダーシップ」として、その有効性を認められています。
水のエネルギーといえば、代表的な神社は日本三大弁天といわれる嚴島神社、江島神社、竹生島神社です。
それぞれ嚴島神社は平清盛、江島神社は北条時政、竹生島神社は豊臣(羽柴)秀吉と、天下を取った人たちがとくに信仰しました。
火のエネルギーで代表的なのは、京都や東京の港区にある愛宕神社と静岡の秋葉神社です。
どちらも山です。
成り上がり・駆け上がるエネルギーだけに、神社も高いところにあるわけですね。
これから上がっていく若い人におすすめですよ。
ここまで神社のお話を中心にしてきましたが、「ではお寺はどうなのか?」と気になる人もいるでしょう。
また、日本には山岳修行をする修験の道もありますね。
それぞれ見えない世界での働きは異なり、キレイに役割分担されています。
仏教はハートと呼ばれる胸の中央部付近のエネルギーが開花する働きがあります。
なんのこっちゃ? と思う方も多そうなので、さきにメリットをいうと、仏教を学ぶと他人の助けがえられるようになります。
本書はここまで神さま・神さまとしつこく連呼してきたので、どうしたら神さまの後押しをえられるのか、という興味をいだいた方が多いでしょう。
それは神社の役割です。
目に見えない世界とつながり、見えない存在からの後押しをえるのは、神社が最適です。
しかし人生は当然、神さまの助けだけでなく、いま生きている人間からの助けも必要です。
それは仏教の得意分野です。
仏教というのはブッダという人間がえた人生についての悟りを学ぶ学問です。
多くの宗教では「神」と「天国」がありますが、仏教にはありません。
つまり、死後あの世で幸せになるための教えではなく、いまこの世での生き方を追求する教えなのですね。
それこそ仏教界の方にはおしかりを受けるかもしれませんが、アドラー心理学などと同列に並べてもよいものだと僕は受けとめています。
神は神社にいますが、人はお寺にいるのです。
人については仏教に学んでください。
一方、修験道は人里離れた自然の中で苦行をします。
わりとポピュラーなようで、たとえば滝行をする人たちが僕の周りでも 10分の 1の確率でいます。
修験の世界は、滝行がわかりやすいですが、腹からわきあがるようなパワーがきます。
作用・反作用の法則で、上から滝という強力なエネルギーが落ちてくると、反対に下から上に反発するエネルギーもわいてくるのです。
腹からの爆発的なパワーをえて、野生の動物のような鋭敏な直感と、活発な行動エネルギーを、修験の世界では養います。
見えないエネルギーの視点で見ると、修験とお寺と神社でボディ・マインド・スピリットの三拍子がそろいます。
ボディは修験、マインドはお寺、スピリットは神社です。
これが日本伝統のスピリチュアルな教育体系です。
日本伝統のスピリチュアルな教育体系がある中で、じつは異色の教育プログラムがあります。
それが真言密教です。
真言密教を創った弘法大師・空海の存在です。
これはもう僕の妄想と取っていただいてよいのですが(ここまでは妄想じゃないの? とは突っ込まないで!)、真言密教とキリスト教のエネルギー、似ているのですよ。
僕は幼稚園、中学・高校・大学とキリスト教の学校に通い、キリストの教えに親しく接してきました。
シスター(修道女)から、道徳もきびしく刷り込まれましたので、僕の倫理観はキリスト教徒といってもいいかもしれません。
そのキリスト教から、僕の触覚的霊能が感じるエネルギーは、足下からわきあがってくるような方向性のエネルギーです。
これはイメージとしてとらえていただきたいのですが、どなたかが足下にひれふして、そして足の甲に手をそえてお力を与えてくださるような、そんな感覚なのです。
そのキリスト教と同じようなエネルギー感覚を、南無大師遍照金剛という真言密教のお経からも感じます。
これは専門用語になってしまいますが、キリスト教も真言密教も、アース・スターチャクラ(地球の星の車輪)を活性化するのです。
アース・スターチャクラは、足の下 12センチくらいのところにある、僕たちの見えない霊的な身体の一部です。
ここが活性化すると、まるで地球や人類全体と自分がひとつにつながったような、意識の拡大を感じます。
ボディ・マインド・スピリットのエネルギー以外に、さらにアース(地球)のエネルギーもあったということですね。
なんのこっちゃかもしれませんが(汗)。
もともと日本人の宗教観は、神人合一といって、人間も精進すれば神・仏になれるというものです。
人間と神仏を別の存在とはとらえていないわけですね。
しかしキリスト教では、神と人は別の存在です。
万物の創造主である神と、創造された作品である人間という、絶対的な違いがあります。
その違いは「アガペー」という神の無償の愛、無条件の愛、キリストが人々の罪を背負って十字架にはりつけられ処刑されたような自己犠牲の愛にあらわれています。
この自己犠牲の愛「アガペー」のエネルギーを受けとると、アース・スターチャクラが活性化します。
他者が足下にひれふし、そしてその人からエッセンシャルオイルを足にぬられ、さらに髪で足をふかれるような、自己犠牲の愛を受けとると、なぜか自力を超越した意識の拡大がもたらされます。
日本人の宗教観ではなじみのない愛の形ですが、真言密教のエネルギーだけは、この「アガペー」のエネルギーを感じます。
空海はひょっとするとキリスト教を学んでいたのかもしれません。
空海は唐に留学していますが、当時の唐ではキリスト教の一派・ネストリウス派の「景教」が流行していました。
その気になれば情報を集めることはたやすかったでしょう。
真言密教には香水を頭に注いで特定の仏様とご縁を結ぶ「灌頂」という儀式がありますが、これはキリスト教の「洗礼」と似ています。
こうした想像は想像として、アース・スターチャクラを活性化するエネルギーシステムは、キリスト教と真言密教の共通の特色ととらえています。
ここまで目に見えない世界の仕組みをいろいろご紹介してきましたが、じつはこうした見えない仕組みを、経営の仕組みとして見える化している企業があります。
それがトヨタです。
じつはトヨタ式の業務改善と、神社の業務はよく似ています。
神社で神職の方々が行なう業務は、大きく分けると2つです。
それは「掃除」と「結界」。
その目的は、神さまが神社に降り立てるよう「場のエネルギーを整える」ことです。
結界について少し補足しましょう。
結界とは、一定の地域になにかよろしくないものが入るのを防ぐことです。
そのために、鳥居を立てたり、注連縄をはったりしますが、基本は「線引き」。
ここからは聖なる領域ですよと、物理的に線を引くわけですね。
この神社の掃除と結界は、トヨタ式カイゼンでも基本です。
トヨタ式の基本は、 5 S「整理、整頓、清掃、清潔、しつけ」の徹底です。
目的は、仕事をとどこおりなくすすめるための環境づくり。
仕事がつまずくブロックを、徹底的に取り去るわけですね。
神社はまさに 5 Sの見本でしょう。
5 Sができていない神社もありますが、どうしてもさびれた、うらぶれた印象を与えてしまいます。
そしてもうひとつ「結界」ですが、トヨタ式カイゼンは、結界を使って整理、整頓を実現しています。
もちろん「さあ結界をはりましょう!」とは言わないですよ(笑)。
トヨタ式の結界は「区画線」を引くこと。
線を引いてものの位置を定めるのです。
そうすることによって、決まった置き場所にちゃんと戻そうとする心理が働き、「あれはどこだっけ?」と迷うことなく、必要なものをすぐに取り出せます。
細かいことに思える人もいるかもしれませんが、見えない世界の視点から見ても、トヨタ式は非常に理にかなっています。
それは「気の流れ」がスムーズになるからです。
「場のエネルギーを整える」のに、もっとも障害になるのはなんだと思われますか? それはカオス(混沌)です。
カオスが場を支配すると、エネルギーから方向性が失われ、前にも後ろにも上にも下にも、どこにも行けなくなり「停滞」します。
トヨタ式カイゼンの本質は、みんなの意識を特定の方向にそろえることで、場のエネルギーを整えてしまうことにあります。
場のエネルギーが整うと、心理学的な観点からもいいことがあります。
それは集中力がとぎすまされ、パフォーマンスを最大化できるフローの状態に入りやすいからです。
フローに入りやすい条件は、「つぎになにをやるか考えずに、自動的に作業ができる状況」です。
考えながら行動すると、集中力も切れてしまうわけですね。
トヨタ式カイゼンにより職場のカオスを徹底的にとりのぞくと、フロー状態になりやすい場ができあがります。
だから神社でも余計なことは考えないことです。
整理、整頓、清掃、清潔は神職の方がしてくれます。
しかし「しつけ」については参拝者も関係します。
「しつけ」とは、トヨタ式では決められた手順やルールを守る習慣のこと。
参拝の基本的な手順やルールを覚えたら、あとはもう余計なことを考えずに実行するだけ。
そうすれば神社参拝でもフロー状態に入りやすくなりますよ。
「ドワンゴのガバナンス(統治システム)って意味でいうとですね。
ウチは、社内のあちこちに『神社』があるんですよ」 インターネットの動画配信サイト「ニコニコ動画」で知られる株式会社ドワンゴの創業者・川上量生氏の発言です。
2014年 12月に任天堂の社長であった故・岩田聡氏との対談で、ドワンゴ内では権限がないと語る川上氏に対して、「でも川上さんが言い出したことは実現している、それはなぜか?」という岩田氏の質問に対する返答でした。
ここでいう「神社」は、社内で影響力の強い人物を指しているようで、川上氏によると「その神社の前にいって、お願いごとをすると、ときどき願いがかなうんです(笑)」とのこと。
このドワンゴの意思決定の仕組みを、川上氏は「神社システム」と名付けています。
冗談のようで本気なのは、川上氏が代表取締役会長なのにもかかわらず、「権限がなにもない」「決裁権も人事権も予算決定権もない。
誰にも指示できない」ことにあらわれています。
創業者の権限は、多くの会社では絶対です。
それにもかかわらず、権限もなにももたないのが、ドワンゴの神社システムにもとづく経営です。
ご本人は語られていませんが、ドワンゴのガバナンスは神社のおみこしと同じ仕組みです。
おみこしは移動式の神社です。
おみこしの中には神さまがいらっしゃるわけですが、物理的には空っぽです。
当然ながら「かつぎ手」に対して、あちらに行け、こちらに行けと指示することはありません。
おみこし型経営は、日本的な集団経営をあらわす言葉でもありますが、ドワンゴの神社システムには大きな違いがひとつあります。
それはドワンゴの神社システムでは「トップの権限はゼロ」だと制度化している点です。
いくら集団経営といっても、日本の多くの会社ではトップに権限はあります。
当たり前ですね。
トップの権限をゼロにすることで、本当におみこしのように「空っぽのトップ」をいただく神社のような会社になりました。
これでうまくいくのかと不思議になりますが、川上氏はドワンゴをゼロから東証 1部上場にまで成長させました。
成功例であることは間違いないでしょう。
トップの権限がゼロでいったいなにをやっているのかと不思議になる人もいると思うので補足しますと、 CEOらしく先進的なビジョンの提示です。
KADOKAWAとの経営統合やスタジオジブリへの入社、人工知能研究所の設立など、周りを驚かせる動きは、今日明日の飯の種ではなく、数十年先の未来を見すえた行動ではないでしょうか。
ここまで読まれた方は、普段神社に行かない方でも、さすがに「ちょっと行ってみようか」と思うのではないでしょうか。
「いや行かない!」というガンコ者もいるかもしれませんね? では、ちょっと代わりのアイデアを提示しましょう。
それが「ライブに行こう!」です。
音楽のライブやトークライブなど、会場に一体感が起こるような場です。
たとえばアイドルのコンサートは、神社の代わりになります。
「おいおい」と今度は神社好きからツッコミが来そうですね。
アイドルでなくとも、サザンオールスターズや Mr. Childrenのようなロックミュージシャンのコンサートでもいいし、心理カウンセラーの心屋仁之助さんが好きなら心屋さんのライブでもいいです。
ライブは「集合意識をつくるお祭り」です。
舞台の上に立つ芸能人と、それを見に来たファンの人たちで集合意識「祈りの集合体」ができるのです。
コンサート会場までの道のりはいわば参道ですね。
野球やサッカーが好きな人ならば、試合観戦に行ってください。
同じユニフォームを着て、身体を動かして応援し、会場のみんなと同じリズムになることで集合意識の一部になるのがライブの醍醐味です。
見えない世界で働く仕組みは、ライブと神社は似ています。
ライブで味わう一体感は、かなり「祓い」のエネルギーになるのです。
以前、新横浜駅から JRに乗ると、日産スタジアムで行なわれたアイドルグループ「ももいろクローバー Z」のコンサート帰りの人たちと出くわしました。
すごく楽しそうに感想をシェアしていたのですが、そこで印象的だったのが「つぎの ◯◯(次回のコンサートと思われる)があるから、それまで仕事をがんばれる」とおっしゃっていたこと。
こんなふうに日常をがんばれる元気の素になるって、すごく素敵なことだなーと感動したのを覚えています。
神社に行くことで、統計的には「愛と貢献意欲」が高まるとお話ししてきましたが、ももクロのコンサートにもきっと同じような効果があるだろうなと直感しました。
カオスではなく、一体感の生じるようなライブであれば、フロー状態にもなりやすいです。
もしあなたに好きな芸能人がいて、みんなと一緒にライブを楽しめるのであれば、それはすごく素敵なこと。
ライブに行ったことがなければ、ぜひ行ってください。
きっとあなたの人生を豊かなものにしてくれるでしょう。
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