何であれ、状況が厳しくなって、いろいろと対策を講じているうちに、そもそもの目的が見えなくなってしまうことはよくあります。 ずっと以前、非常に厳しい状況に追い込まれた企業で研修を行ったことがありました。そこで参加していた従業員全員に、「強い会社とはどんな会社だと思うか?」ということをひとりずつ発表してもらいました。 「こんなしんどいときだからこそ、なぜわたしたちが夜遅くまで働かなければならないかを社長は教えてほしい」と言った人もいました。 「長い間お世話になった会社だから、働く意味さえはっきりさせてくれれば、少々給与が遅延していてもがんばれると思う」と言った人もいました。 そんななか、「社長のセルシオのために働いていると思うと、アホらしくて働けない」と言った若い女性従業員の言葉をわたしは一生忘れないと思います。 この会社は、ほどなくして倒産しました。 つまり、みなが求めていたのは、何よりもまず「働く目的」でした。お金の問題以上に、「働く意味」であり「意義」でした。──では、あなたの会社の「目的」は何ですか? よく会社の目的は、利益を上げることだ、と言う人がいますが、利益を上げることは、目的のための「手段」、あるいは、「目標」であって、目的ではありません。 目的というのは、究極的に行き着くところ、あるいはあるべき姿、存在意義です。 「ビジョン」と言い換えてもいいでしょう。目標は、そのビジョンに向かって進んで行くときの通過点です。利益を目的にするのは株主や経営者にはよいかもしれませんが、そんな会社をお客さまは嫌いますし、働く人もいやでしょう。 もちろん、わたしは「目標」としての利益を否定しているわけではありません。よい仕事をして(つまり、これが「目的」)、その「結果」、 ○円の利益を上げる(これが「目標」)ということです。それは、どんなに経営の状況が厳しくなっても変わりません。むしろ、厳しいときこそ、その原点に立ち戻るべきです。 これは、人生についても同じです。たとえば、人生の目的が「家族を幸せにする」ということなら、「今年は家族を温泉に連れて行く」というのは目標です。家を持つのも目標です。当然のことのようですが、ともすれば、わたしたちは目的と目標を混同してしまいます。だからこそ、家は建ったが、肝心の家族が崩壊したといった悲劇が起こるわけです。 先ほどの倒産した会社の例でもお分かりのように、利益の「目標」だけではだめなのです。それだけでは人はついてきません。しっかりした「目的」が必要なのです。特にしんどいときこそ、そうなのです。人は通常のときには給料についてくる。しかし、しんどいときにはビジョンや志についてくる。 会社の目的(ビジョン)とは、会社の存在意義そのものです。「自社の仕事を通じて、お客さま、働く仲間や家族、さらに社会の発展に貢献する」などがそれにあたります。それを社員全員にきちんと認識してもらうことが働く人に使命感を与えます。組織に、困難をみなで乗り越える強さを与えます。 と、このように書くと、「そうか、ビジョンが大事だ! よし、わが社もビジョンをさっそく決めて、額に入れて掲げよう」とか「毎日斉唱しよう」などと思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、ビジョンは、そう簡単には決めないでください。 その「ビジョン」は、自分の目の黒いうちは何があっても変えない、というくらいの覚悟をともなうものですか? 建前だけならないほうがましかもしれません。 この厳しい時代、ビジョンがなければ勝ち残れません。でも、お題目ではだめです。経営者や幹部が、そのビジョンを自分の志として率先して範を示していかなければ、だめなのです。「指揮官先頭」です。かっこういいことを掲げておくだけでは、ビジョンは機能しないどころか逆効果です。 本音と建前が違うのが当たり前では、だれもついてきません。リーダーが信じて先に立って行っていないことなど、部下が本気でやってくれるはずがありません。
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