2章「変わり目」こそが部下育成のチャンス
ステージの変わり目=トランジショントランジションは簡単ではない今までの延長ではなく、大きな転換が求められる半年から1年、何年もかかる場合もあるトランジションの5つのプロセス失敗体験など、「困難な仕事体験」から学び取るしかないコントロールできるものと、そうでないものがある「抑える」と「伸ばす」を両輪として、トランジションを果たす出口のサインを知らせるための言葉がけコラム30代は人生における大きな転換期
2章「変わり目」こそが部下育成のチャンス
ステージの変わり目=トランジション
1章では、段階(ステージ)の考え方に触れました。
2章以降は、この段階の「変わり目」に着目していきます。
一般社員層の部下は、順調に成長すれば4つの段階を経ます。
スターター(Starter/社会人)プレイヤー(Player/ひとり立ち)メインプレイヤー(MainPlayer/一人前)リーディングプレイヤー(LeadingPlayer/主力)ここで課題になるのは、今いる段階から次の段階への移行がうまくいくかどうかです。
いつ、どんなタイミングで、どうやって移行し、次の段階の役割を果たせるようになってもらうのか。
それは、もちろん部下本人にとっても、そして育成する側のマネジャーにとっても、容易ではありません。
部下はある段階で一定の成果や能力が認められると、マネジャーを含めた周囲の人から、次の段階の役割を担うことが期待されるようになります。
「できているかどうか」にかかわらず、「期待される役割によって段階は決まる」という考え方ですから、この時点で部下は次の段階に移行したことになります。
実際には、これに合わせて昇格を伴うことも多いでしょう。
改めて1章の「各段階の役割」を見直しましょう。
スターター(Starter/社会人):ビジネスの基本を身につけ、組織の一員となる段階プレイヤー(Player/ひとり立ち):任された仕事を一つひとつやりきりながら、力を高める段階メインプレイヤー(MainPlayer/一人前):創意工夫を凝らしながら、自らの目標を達成する段階リーディングプレイヤー(LeadingPlayer/主力):組織業績と周囲のメンバーを牽引する段階たとえばメインプレイヤーからリーディングプレイヤーなど、ある段階から次の段階への移行は、決して簡単なものではないことが分かります。
業務の知識やスキルを身につけるというだけでなく、段階の移行においては、仕事の仕方そのものや、持つべき視界の広さなど、本人の意識や態度、価値観、姿勢といったところまで変化し成長してもらう必要があるからです。
これは単に「移行」という程度に留まらず、「転換」と言ったほうが適切かもしれません。
同じ一般社員であっても、ある時点で大きな転換を求められることを、マネジャーは理解しなければなりません。
本書では、次の段階へ転換し、新たな段階の役割を果たせるようになる過程を「トランジション(ステージの転換)」と呼びます。
2章ではトランジションについて解説します。
トランジションは簡単ではない役割が大きく変わるわけですから、人は誰しもトランジションに少なからず苦労するものです。
それでも、トランジションが短い期間でスムーズに進む人もいれば、そうでない人もいます。
あなたにも「本来もうこのステージの役割を期待しているのに、なかなかそういう動きを取ってくれるようにならない」という部下はいませんか。
それは、トランジションがうまくいっていない、ということかもしれません。
トランジションがうまくいっていない部下には、いくつかのパターンがあります。
中堅社員の後輩指導を例に取ってみましょう。
一つ目は、若手社員から中堅社員と見られるようになってきたばかりで、「後輩指導を積極的に行ってほしい」と周囲から思われ始めたこと自体に、まだ気づいていない部下。
二つ目は、そのような期待は理解し、指導しようとしているものの、後輩とうまくコミュニケーションが取れなかったり、指導方法に問題がある部下。
三つ目は、周囲の期待は薄々感じてはいるものの、自分の忙しさや面倒だという気持ちから「まぁやらなくてもいいだろう」と指導しようとしない「確信犯的」部下。
このような部下に対し、ステージを転換させ、次の段階の役割が担えるように向かわせることも、大切な部下育成です。
逆に言えば、トランジションができない組織では、職場の人間関係が悪化したり、組織全体のパフォーマンスが落ちたりする恐れもあるのです。
そういった意味からも、トランジションの重要性について理解していただけるのではないでしょうか。
今までの延長ではなく、大きな転換が求められるトランジションの時期は、部下育成の絶好の機会でもあります。
通常、人は段階が変わってもすぐに仕事の仕方を変えようとはしません。
自分の慣れたやり方、得意な方法で仕事を進めようとするものです。
段階が変わることが大きな転換を求められるものだとは考えず、今までの延長と見てしまうからです。
それゆえ、段階が変わっても「もっと頑張ろう」とはしても、「根本的に何か変えよう」とまでは考えません。
先に述べたとおり、周囲の期待を薄々感じていても行動には移さない「確信犯」は分かりやすい例です。
一方、やる気がある人たちにも、落とし穴があります。
それは、難易度の高い仕事や新たに求められる役割、より多くの仕事を担うことになっても、これまでのやり方で「もっと速く」「急いで」「よりたくさん」こなそうと、残業を重ねながら努力することです。
結果、自分でたくさん抱え込んで首が回らなくなり、そこで初めて「このままではうまくいかない」ということに気づきます。
しかしそれに気づいても、これまで経験したことのないことに取り組んでいるわけですから、本人は自分の何がいけないのか、どうしたらよいのか、分からずに悶々としてしまいます。
こんなとき、上司としてその状況をつかみ、効果的なアドバイスをできるかどうかで、部下のトランジションが進むかどうかが大きく左右されます。
もちろん、部下にやり方の「答え」をただ教えればいいということではありません。
それは本人が苦労して獲得するものだからです。
トランジションの状況に気づいて、タイミングよくサポートしてあげられるかどうかが肝心なのです。
もし、その状況に気づかずに放ったらかしにしていたら、部下はどうなるでしょうか。
長い時間をかけて相当な苦労の末にようやくコツをつかみ、次の段階の役割を果たせるようになるか、それとも、いつまで経っても期待にそぐわない状態に陥るか、はたまたつぶれてしまうか……。
ご自身の経験を思い出してみてください。
段階が変わって仕事がうまくいかずに苦労しているとき、上司や先輩のひと言でものの見方がガラッと変わった、何がいけなかったのかにハッと気づいて目から鱗が落ちた、そんな経験があったはずです。
半年から1年、何年もかかる場合もあるトランジションは、部下にとって新たな段階の役割を果たそうと必死にチャレンジする時期です。
努力してもうまくいかないことが多く、不安定になる時期なのです。
それを乗り越えるのにかかる時間は、段階によっても人によっても異なりますが、どんなに短くとも半年から1年は必要なようです。
人によっては2年、3年とかかるでしょうし、何年かけても次の段階の役割を担えず、部下本人も転換を諦めてしまうこともあります。
部下にとっても組織にとっても、これほど不幸なことはありません。
この不安定な時期だからこそ、マネジャーであるあなたの出番です。
やり方は後ほど紹介しますが、トランジションを促す手法を知っているだけで、部下の伸び悩みの問題はずいぶんと解消されるはずです。
そして、新たな段階でコツがつかめてきた部下は、安定的な時期に入ります。
つかんだコツをもとに、いくつもの仕事を通じて繰り返し経験を積むことで、さらに磨きをかけていく時期です。
経験を積み、業務の知識は増え、スキルも向上するでしょう。
こうしてしばらく経つと、今度はまた、さらに次の段階を求められるようになります。
このように、ビジネスパーソンは不安定な状態の中でコツをつかみ転換していくトランジションの時期と、いくつもの仕事を通じて何度も反復することでコツを磨いていく安定的な時期を繰り返し、一段ずつ段階を上っていくのです。
トランジションの5つのプロセス部下の転換を支援するためには、そのプロセスを知る必要があります。
新たな段階に転換し、試行錯誤の中から期待される役割を果たせるようになっていくトランジションのプロセスには、5つの要素が存在します。
トランジションの5つのプロセス(1)入口のサイン自分が新たな段階を迎えていることに気づき、意識や行動を変える必要性を自覚するきっかけとなる出来事を指します。
(2)体験新たな段階で期待される役割を果たそうと、任された仕事を通じて試行錯誤しながら自らを変えていく、チャレンジを伴う体験です。
(3)周囲の関わり
体験の過程で受ける、周囲からの関わりです。
周囲から継続的な支援を受けたり、心に刺さるひと言を投げかけられたりすることを指します。
(4)核心となる意識・行動新たな段階を迎え、以前の段階から特に変えるべき意識・行動です。
体験や周囲の関わりを通じて、学び、身につけてほしい意識・行動です。
核心となる意識・行動には、「伸ばす」ものと「抑える」ものがあります。
(5)出口のサイン新たな段階で仕事をすることが板についてきた、この段階で何とかやっていけそうだという感覚や心情の自覚を指します。
それぞれのプロセスを見ていきましょう。
1入口のサイン自分が新たな段階を迎えていることに気づき、意識や行動を変える必要性を自覚するきっかけとなる出来事を指します。
トランジションの入口のサインの例スターター(Starter)へのトランジション・社会人としての言葉遣いや身だしなみを守ることを求められる・職場に属し、年齢や価値観の異なる人とも交流することが求められるようになるプレイヤー(Player)へのトランジション・後輩が入り、一番下の立場ではなくなる・明確な業績目標を与えられるメインプレイヤー(MainPlayer)へのトランジション・複雑かつ関係者の多い業務を任される・上司から意見を求められたり、後輩からアドバイスを仰がれるリーディングプレイヤー(LeadingPlayer)へのトランジション・リーダー的な立場の業務を任される・他部署から「あなたのチームとしての考えや方針」を聞かれるこの出来事に合わせて、上司や周囲から、これまでとは違う内容・レベルの期待を伝えることが、トランジションの入口では重要です。
これが「もうこれまでの段階とは違うんだ」「今までと同じじゃダメなんだ」と気づく、まさに段階が変わり、求められることも変化することに気づくサインです。
すべては、このサインに本人が気づくこと(本人に気づかせること)からトランジションはスタートします。
そもそもサインが出ていなければ本人は気づきようがありませんし、もしサインが出ていたとしても本人が気づかなければ意味がありません。
育成のポイントあなたは部下に対して、・新たな段階に転換することを期待していることを告げる・その「期待」とは具体的にどのようなものかを明らかにする・サインを発信し、部下本人に気づかせることが、育成の重要なポイントなのです。
段階が変わるときに合わせて、昇格して肩書きがつくなどの外形的な変化がある場合もあります。
これも一種の入口のサインと言えるでしょう。
しかし、昇格したからといって自動的に何かが変わるわけではありません。
部下にどう変わってほしいのかを、どれだけ明示できているでしょうか。
思い出してみてください。
たとえば職場に手本(ロールモデル)となる身近な先輩がいない部下は、自分がどう変わったらいいかのイメージを持っていません。
つまり、マネジャーであるあなたからの「このように変わってほしい」という期待こそが、部下にとってトランジションを経ていく指針となるのです。
2トランジションを促進させる体験新たな段階で期待される役割を果たそうと、任された仕事を通じて試行錯誤しながら自らを変えていく、チャレンジを伴う体験、これがトランジションに不可欠です。
トランジションを促進させる体験の例スターター(Starter)へのトランジション・仕事を通して多様な立場や価値観の人と接する体験・任された(部分的な)仕事について、顧客や周囲の反応を得る体験プレイヤー(Player)へのトランジション・ある業務の担当者として仕事を任され、責任を持って一まとまりの仕事を進める体験・やり始めるが分からない、うまくいかない、できない、失敗する、他部署や顧客から怒られる体験メインプレイヤー(MainPlayer)へのトランジション・顧客や関係者の矢面に立ち、関係者から協力を引き出して動かす体験・苦労しながらやり遂げた仕事が、周囲や顧客から評価される、感謝される体験リーディングプレイヤー(LeadingPlayer)へのトランジション・職場を代表する立場として参加する業務を持つ体験・自分一人ではこなしきれない仕事、関係者の多い仕事を担い、人を動かして仕事をせざるを得ない状況に直面する体験トランジションの入口の門をくぐった部下は、新たな段階で期待される役割と現状の自分との間のギャップに苦しむ時期がきます。
その苦しみに耐えることは決して容易なものではありません。
なぜなら、段階が変わるトランジションのタイミングでは、仕事や人への向き合い方、価値観、ものの捉え方そのものを問われる場面が出てくるからです。
上の段階になればなるほど、それは自らの人間としての器を問われると言っても過言ではないでしょう。
業務の知識が足りないのであれば、人に聞くなり本を読むなりして勉強しているうちに次第に身につき、時間が解決してくれる部分が大きいものです。
しかし、仕事や人への向き合い方、価値観を変えていくといったことは、時間によって次第に解決されていくものではありません。
自分を変えよう、変わろう
という決意のもと、初めて解決に向かうものです。
これは、直視しようとすればするほど辛いものです。
今の自分が持っていないものや、苦手なことを求められ、至らない自分自身の姿を受け止めなければならないからです。
できることなら逃れたい、今まで通りやっていたい、得意なやり方でやりたいと、誰しもつい目を背けたくなるものです。
しかし、そこで目を背けたら何も変わりません。
今までと変わらない安定は手に入れることができるかもしれませんが、新しい自分との出会いは生まれないのです。
それどころか、周囲からの期待と本人の現状とのギャップは開いたままですから、周りから「あの人はいつまで経ってもダメだなぁ」と言われるようになってしまいます。
失敗体験など、「困難な仕事体験」から学び取るしかないでは、上司はどうすればよいのでしょうか。
育成のポイントよほど成長意欲の高い部下ならば、至らない自分を受け止めつつ、自らの意思で努力を続けてくれるでしょう。
しかし、そのような部下ばかりではないからこそ、マネジャーは苦労しているわけです。
その答えは明快です。
実際の仕事体験から学び取ってもらうしかないのです。
多くのビジネスパーソンの体験談を紐解くと、トランジションが促進される要因には、仕事場面における最後までやりきった体験によるものと、その過程で上司や先輩など、周囲から受けた関わりによるものがあることが分かっています。
その体験は本人にとってチャレンジを伴う困難なものであり、また興味深いことに、その体験とは失敗体験やうまくいかなかった体験も多いのです。
失敗したという事実、うまくいかなかったという悔しさや苛立ちが、自分を変えよう、変わらなくてはいけないと思う要因となり、さらには、うまくいかなかった原因を振り返ることで、何をどのように変える必要があるのかのヒントを得ることにもつながるのです。
上司として、このような仕事体験をトランジションの時期にタイミングよく割り当てられるかどうかは、一筋縄ではいかないでしょう。
しかし、部下にどのような仕事を割り当てるのか、仕事の要求レベルをどの程度に設定するか、これらを決めることができるのは、職場の中でマネジャーであるあなたの他にはいないのも事実です。
どのような仕事を任せるのか、定量的・定性的にどのレベルの成果を求めるのか、なぜその仕事をその部下に任せるのか、そこで何を身につけてほしいのか……これらの問いの答えは、実は、これからお話しするトランジションを促す方法にあります。
3トランジションを促進させる周囲の関わり部下本人が「トランジションを促進させる体験」の過程で受ける、周囲からの関わりです。
ここで言う周囲とは、上司であるあなただけでなく、職場の先輩や後輩、他の部署の関係者なども含まれます。
周囲から継続的な支援を受けたり、心に刺さるひと言を投げかけられたりすることを指します。
トランジションを促進させる周囲の関わりの例スターター(Starter)へのトランジション・自分視点でなく、他者視点や多様な観点を示して考えさせる・安心して相談してきてくれる関係性を作り、励ますプレイヤー(Player)へのトランジション・報告・連絡・相談の徹底を促し、事実と判断の根拠を求める・一緒に振り返りを行い、できるようになったことや結果が出たことについて認める、ほめるメインプレイヤー(MainPlayer)へのトランジション・日頃から声をかけ、仕事の抱え込みの状況を把握しておく・仕事に対する考え方や持論を語り合うリーディングプレイヤー(LeadingPlayer)へのトランジション・自分で手を動かして進めようとすることを注意する・チームの成果を重視することを示すトランジションを促進する要因として、仕事の体験と同時に両輪を成すものが、周囲の関わりです。
育成のポイント具体的には、次のような声かけが有効です。
・トランジションに向き合わせる「忙しいのは分かるが、君がちゃんと後輩に指示を出したり仕事の進み具合を気にかけてあげないと、彼はまだ自分ではそこまで仕事を回せないぞ。
そこをもっとちゃんとやらなきゃ、結果的に自分も苦労するんだよ」など。
再三述べてきたように、段階の転換を図ることは容易ではなく、部下はついこれまでのやり方を続けようとするものです。
無自覚にこれまでのやり方を続けようとする部下もいれば、転換が難しいことを知って諦めようとする部下もいるでしょう。
このようなとき、逃がさずトランジションに向き合わせるのです。
「今後はそれではいけない」ということや、「どのように変わってほしいか」を告げる、「思い切ってチャレンジしてほしい」と背中を押すなど、注意や要望をする関わりがこれに当たるでしょう。
・チャレンジへの安心感を持たせる「君が担当する仕事が難しいのは分かっている。
だからこそ思い切ってやってみなさい。
私も先輩のも、困ったときには協力するから」など。
チャレンジを伴う体験では失敗することへの不安がありますし、これまでのやり方を変えることに抵抗感があるものです。
そのような中でも頑張ろうと思えるよう、安心感や信頼関係を築くのです。
「今の状況はどうだ」「何かあれば相談に乗るよ」と声をかける、「(まだうまくいってはいなくとも)やろうとしてい
る方向性はそれで合っている」など、日頃から声をかけ相談に乗る、ほめる・認めるといった関わりがこれに当たるでしょう。
・視野を広げる「それはうちの部署の論理だろう?営業、開発はこの件をどう見ているんだ?そもそも、お客様にどんな影響が出ると思う?」など。
自分が持っていない視野に自分自身で気づくのは大変難しいもの。
なぜなら、自分が持っていない視野は、自分にはまだ見えていない世界だからです。
これに気づくには、体験の過程で、すでにその視野を持っている人からの関わりを受けることが効果的です。
「この人の立場・状況から見たらどうか」「こういう観点で見るとその案でよいのか」「なぜそう思うのか」など、部下が気づいていない視野を提示したり、根拠を問うような関わりがこれに当たるでしょう。
・体験の意味づけをさせる「今回は苦労したと思うが、よく頑張ってくれた。
何より君自身が難しいと言っていた、他部署の人とうまく関係を築きながら仕事をするということが、今回の仕事で身についたんじゃないのか?」など。
体験と周囲の関わりがトランジションを促進させるわけですが、体験や関わりそのものが大切なのではなく、重要なことは体験や関わりを通じて部下本人がそこから何に気づき、学び取るかです。
同じ体験を積んでも、そこから多くを学ぶ人とそうでない人がいます。
せっかくよい体験をしても、そのまま放っておいては、そこから学ぶかどうかは本人任せになってしまいます。
周囲が関わることによって、体験と学習を結びつけるのです。
特に、若手社員の場合は、振り返りをする力が未熟です。
大変な思いをした仕事や、失敗した体験などは、なかなか意味づけられず、それどころか「思い出したくもない」と頭の中から捨て去られてしまいます。
これではせっかくの学びの機会が台なしです。
一緒に振り返りをすることで、一段高く長期的な視野から「その体験を通じて何を学んだのか」「それは自分にとってどういう意味を持つのか」などを問いかけ、言葉にしてあげるとよいでしょう。
振り返りを通じて内省(自分自身への問いかけ)を促すような関わりがこれに当たります。
それはまさに、体験を糧にする作業です。
コントロールできるものと、そうでないものがあるマネジャーからすると、こういった周囲の関わりには、コントロールできるものとそうでないものがあります。
コントロールできるものとは、すなわちあなた自身による、上司から部下への関わりです。
部下の動きを見ながら、意図を持って関わることができる、コントロールできるものです。
また、若手社員に面倒見役のような形で中堅社員をつけているような場合も、中堅社員を通じて間接的に指導できるわけですから、これも比較的コントロールできうるものと考えられるでしょう。
一方、他部署や協力会社、顧客からの関わりになるほど、コントロールできないものになってきます。
しかし、よくつき合いのある部署や、懇意にしているお客様に対しては、あらかじめ上司であるあなたから「彼はこういうところがあるから、もしそんな場面があったら率直に言ってやってください」と伝えておくことで、多少はコントロール可能な領域に入ってくるものかもしれません。
ここで伝えたいことは、コントロールできるあなたから部下への関わりは意識的・意図的に行おうということと、コントロール可能な領域をできるだけ広げ、よりたくさんの人からトランジションの促進につながるような関わりが得られるようにしておこうということです。
いろいろな人から、できるだけたくさんの関わりを受けることで、トランジションが進む確率を上げ、かかる時間も短くするのです。
逆に言うと、そのような状況が作れなければ、マネジャーであるあなたがすべて一人で関わって指導するか、放ったらかしでそのうち育ってもらうのを待つか、どちらかになってしまいます。
詳しくは4章で述べますが、職場では部下のメンバー同士がお互いの成長に向けて関わり合う、指導・育成のネットワークを作りたいものです。
あなたからの関わりだけでなく、職場でより多くの人から関わりを受けられる状況を作ることで、あなたの部下育成のための負担も軽減され、部下もより早く効果的にトランジションを果たすことができるのです。
4核心となる2つの意識・行動新たな段階を迎え、以前の段階から特に変えるべき意識・行動が出てきます。
体験や周囲の関わりを通じて、学び、身につけてほしい意識・行動です。
核心となる意識・行動には、「抑える」ものと「伸ばす」ものがあります。
「伸ばす」については言うまでもありませんが、「抑える」は聞き慣れないかもしれません。
簡単に言うと、これまでの意識を卒業する、これまでやっていた言動をやめるということです。
先ほど、トランジションには苦労がつきものと言いましたが、それは「伸ばす」だけでなく同時に両輪として「抑える」ことを身につける必要があるからです。
核心となる意識・行動の例スターター(Starter)へのトランジション・抑える:必要なことは教えてくれるもの、与えられるものという「待ち」の姿勢でいる・伸ばす:自分(部下自身)の言動が相手にどう伝わるかを意識するプレイヤー(Player)へのトランジション・抑える:できない理由ばかりを並べて、できることは何かを探そうとしない・伸ばす:相手の言わんとしていること(内容、意図、期待)をしっかりと聴き、把握するメインプレイヤー(MainPlayer)へのトランジション・抑える:関係者やチームワークに気を配らず、自分の仕事ばかりに没頭する・伸ばす:関係者に自ら働きかけ、協力を引き出せる関係性を築くリーディングプレイヤー(LeadingPlayer)へのトランジション・抑える:他のメンバーを動かすよりも、自分で直接手を動かすことで仕事をこなしてしまう・伸ばす:課やチームの成果を最大化するために、今自分が最もやるべきことは何かを考える「抑える」と「伸ばす」を両輪として、トランジションを果たす段階が変わることによって、学び、身につけなければならないことはたくさんあるでしょう。
その中でも特に身につけるべきこと、変えるべきことが、この核
心となる意識・行動です。
先に述べた体験や周囲の関わりは、むやみに体験を積ませ、関わればいいというわけではありません。
ここで紹介するような意識・行動を身につけてもらうために、それを意図して体験を積ませ、部下に関わりたいものです。
新たな段階に適応していくときのビジネスパーソンの体験談から、核心となる意識・行動には「抑える」ものと「伸ばす」ものの2つがあることが分かっています。
新たに身につけることや、さらに磨くことといった「伸ばす」ものだけでなく、これまでの段階ではやってきたことだが、新たな段階ではしないようにするといった「抑える」ものがあるのです。
これまで育成や教育、成長という言葉を耳にすると、私たちはつい「伸ばす」ものばかりに目が向きがちだったように思います。
いつも追加で何か新たなことを学び、身につけるもの、と考えていたのではないでしょうか。
それは一側面としては正しいのですが、同時に、以前の段階での意識や行動でうまくいっていたとしても、新たな段階では抑えなくてはならないこと、やめなくてはいけないものもあることを、理解しなければなりません。
この「抑える」ものと「伸ばす」ものがセットで身について、初めて新たな段階へ「トランジション(転換)」できるのです。
「伸ばす」方向にばかり努力して、「抑える」べきものを放置しているがゆえに、新たな段階に適応できない、成果が上がらないという人も多いのです。
これまで持っていた意識や、やってきた行動は、本人の癖のようになっていることも多いですから、これを「抑える」ことにも努力がいります。
核心となる意識・行動は各段階のトランジションごとに複数ありますが、すべてではなくとも、このうちいくつかができるようになってくれば、次で説明するトランジションの出口のサインが見えてきます。
5出口のサイン新たな段階で仕事をすることが板についてきた、この段階で何とかやっていけそうだという感覚や心情の自覚を指します。
トランジションの出口のサインの例スターター(Starter)へのトランジション・素直に自分の思ったことを発言できるようになる・「お客様のために」と言うことに、気恥ずかしさを覚えなくなるプレイヤー(Player)へのトランジション・言われたままやるだけでなく、自分の意見も混ぜながら仕事を進められるようになる・自分で解決できなくても、誰に聞けばいいかが分かってくるメインプレイヤー(MainPlayer)へのトランジション・担当分野について自分なりの考えを持ち、いろいろな角度から語れるようになる・関係者の相手の反応が予測できるようになり、それを見越して行動できるようになるリーディングプレイヤー(LeadingPlayer)へのトランジション・自分のことだけでなく、職場の他のメンバーや組織の業績に関心が向くようになる・指導している後輩の成長を感じたり、後輩がよい評価をされたことを嬉しく思うようになる核心となる意識や行動のうちいくつかが身についてくると、何かのきっかけで、新たな段階で仕事をすることについて、ふと「板についてきた」という感覚を得るときがくるでしょう。
うまくやれているという感覚にはまだ程遠いかもしれませんが、「何とかこの段階でやっていけそうだな」という気持ちになるのです。
これがトランジションの出口のサインです。
非常に感覚的なものですから、新たな段階で具体的な成果が上がるようになったかと言うと、そこまでは至っていないことが多いです。
しかし、本人の気持ちはそれまでと大違いです。
試行錯誤の中から一筋の光が見えた、うまくいかないことが続いたが何かコツがつかめてきた……安堵感とともに、新たな段階の仕事が「大変なもの」から「面白いもの」へと変わっていく時期でもあるのです。
出口のサインは、何かのきっかけでふと気づくものです。
初めはなかなかうまくいかなかったことも、意識して何度も繰り返し行っているうちに、あるときふと以前よりできるようになっている自分に気づくでしょう。
以前と何か違うな、と自分自身で気づくこともあれば、自分が協働している関係者の反応や言動が変わったり、実際にその相手から言われて自分の変化に気づくこともあります。
出口のサインを知らせるための言葉がけ出口のサインを知らせるための、上司の言葉がけには、次のようなものがあります。
「最近できるようになってきたな」「ここまでよく頑張ったなあ」「さんがお前のことを『あいつ最近変わってきたな』と言っていたよ」「頑張れ」と伸ばすことに注力する上司はいても、「頑張ったな」とねぎらいの声をかける上司は少ないのではないでしょうか。
これこそが「出口のサイン」に欠かせない言葉がけなのです。
また、自分自身では気づいていない小さな変化も、周囲は意外と敏感に察知しているもの。
それを告げられることで、出口のサインに気づくことも多いものです。
出口のサインが見えてきたら、後は反復です。
仕事の経験を積み、まだ身についていない意識や行動を学びながら、新たな段階の仕事で成果を上げていくのです。
コラム30代は人生における大きな転換期「トランジション」という言葉は、もともと仕事に限らず人生における様々な経験や出来事を経ていくプロセスに着目した概念です。
臨床心理学者で個人のキャリア発達理論にも大きな影響を与えてきたウィリアム・ブリッジズはその著書『トランジション』の中で、「トランジションは生きる方向を見失ってから再発見するまでのプロセスだ」と語っています。
それは人生の節目で起きる変化であり、成長過程のターニング・ポイントでもあると言います。
結婚や出産、転職をはじめ、子供から成人への成長過程など、人生はトランジションの連続です。
特に30代は人生における大きなトランジションであるという指摘は、多くの人の共感を呼ぶものでしょう。
仕事や家庭では人生の節目と言える変化が次々と起こり、将来への不安や人生への疑問がわく時期です。
これまでの自分を見つめ、将来を思い描いたときに、「自分は果たしてこのままでいいのだろうか」「自分が本当にやりたいことはいったい何だろうか」という悩みにさいなまれる人は多いでしょう。
本人にとって、トランジションは苦痛を伴う変化です。
これまでのアイデンティティを喪失し、自分が何者かはっきりしない、どこに向かっているのか分からないという不安定な状態が続くからです。
また、ブリッジズは、トランジションには3つの段階があり、「終わり」と「始まり」、その間に「ニュートラル・ゾーン」があるとしています。
「終わり」は、自分を取り巻く環境や状況が変化する中で、うまくいっていたことがうまくいかなくなることから始まると言います。
これまでの安定が崩れ、失うものに対する恐怖心がわき、不安定な状態になるのです。
そして「ニュートラル・ゾーン」は喪失・空白の時期であり、喪失感や空虚感を素直に受け止め、耐える時期としています。
それは暗闇を手探りで進むようなものですが、次の「始まり」に向けて必要な時間なのです。
これまでの自分の「終わり」を迎えてから、これからの新しい自分の「始まり」のために、内的な再方向づけをする大切な時間だと言います。
これらはいずれも、人生の様々な節目における変化としてトランジションを捉えたものですが、本書ではビジネスパーソンとしての段階が変わるタイミングに注目し、トランジションの考えを扱っています。
ブリッジズの言葉を借りるならば、ビジネスパーソンの段階が変わるときにも「終わり」「ニュートラル・ゾーン」「始まり」を経ます。
段階が変わったことで、周囲から求められていた期待や役割が変わり、それまでのようには仕事がうまくいかなくなります。
これはまさに、今までの段階が終わりを告げたことに他なりません。
そこでもがいてみたり試行錯誤する過程で、しばらくすると何かのきっかけで新たな段階での仕事に楽しさを覚えたり、コツをつかめたりと、新たな段階の始まりを迎えます。
途中のニュートラル・ゾーンは苦しみに耐える時間ですが、新たな段階を迎えることから目をそらさず適応していこうとすることが、次の段階でいきいきと働く自分を作るための大切な時間なのです。
本書では、企業でのビジネスパーソンにおいては、仕事の体験や周囲の人々との関わり合いの過程でトランジションのプロセスが効果的に進んでいくと考えています。
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