「心の持ち方」を変える
私ももともとは、どこにでもいるような、一生懸命に根を詰めて努力することは苦手な、むらっ気のある青年だったように思います。
そのような青年が、五十年という長い時間、ひたむきに働いてこられたのは、どうしてなのでしょうか。それは、私が自分から仕事を好きになろうと努めたからです。
「心の持ち方」を変えるだけで、自分を取り巻く世界は劇的に変わるのです。
先にもお話ししたように、私はファインセラミックスの研究という仕事を、最初から望んでいたわけではありません。
大学では当時花形の有機化学を専攻していたのに、就職活動がうまくいかず、ガイシをつくっていた、松風工業という無機化学系のメーカーにしか就職できなかったので、やむなくファインセラミックスの研究に携わったようなものです。
入社した当初、私が配属されたのは総勢五 ~六人しかいない研究室で、私以外の研究部員は、会社の中核事業であった、ガイシの材料である磁器の改良改善に携わっていました。
新人の私だけが「将来、エレクトロニクス分野向けの高周波絶縁材料が必要になるはずだ」ということから、新しいセラミックス材料(後にファインセラミックスと私が命名する)の研究に従事することになったのです。
この分野は当時、まだ未知の分野であったことから、確立された文献もなく、また貧乏な会社でもあったために、研究設備も十分に整っていませんでした。
さらに指導してくれる上司や先輩がいるわけでもなく、そのような環境で「仕事を好きになれ」というほうが無理なことでした。
しかし、転職することもかなわず、そんな会社で働かざるを得なくなった私は、「心の持ち方」を変えることにしました。
「この仕事に打ち込もう」と自分に言い聞かせるように努めたのです。すぐに仕事が好きにならずとも、少なくとも「この仕事が嫌いだ」というネガティブな感情だけは自分の心から追い払って、目の前の仕事に全力を注いでみることを決意したのです。
これは、今思えば、「仕事を好きになろう」と努めることであったのかもしれません。しかし、当時の私は、そんなことを知るよしもありません。
ファインセラミックスに関する基礎知識をほとんど持ち合わせていない私は、まず大学の図書館に出かけて、関連の文献をあさることから始めました。
コピー機などない時代だったので、業界誌や大学の紀要などのバックナンバーをひもといて、重要な箇所を見つけては、せっせとノートに書き写していきました。
また、乏しいふところをはたいて研究書を購入したり、アメリカのセラミックス協会の論文を取り寄せ、辞書と首っ引きで訳したりしながら、ともかくファインセラミックスの基礎知識を得るところから仕事をスタートさせていったのです。
そこで得た情報をもとに実験を行ない、その実験結果に、さらに新しい知見をつけ加えて、再度実験を行なう――当時の私の仕事は、そのような地道な作業の繰り返しでした。
そうするうちに、いつのまにか私はすっかりファインセラミックスの魅力に取りつかれていきました。また、ファインセラミックスという素材が素晴らしい可能性を秘めていることも次第にわかってきました。
「このような研究をしているのは、大学にもいないだろう。世界で私一人かもしれない」――そう思うと、地味な研究も輝いて見えるようになっていきました。
なかば無理に自分に強いて始めたものが、やがて自分から積極的に取り組むほど好きになり、さらには好きとか嫌いとかという次元をはるかに越えて、意義さえ感じるようになっていったのです。「天職」とは出会うものではなく、自らつくり出すものなのです。
仕事に「恋をする」
恋をしている人は、他人が唖然とするようなことを、平然とやってのけるものです。このことは、一度でも恋をしたことのある人であれば、わかるはずです。
働きづめだった若いころの私も、そのような感情と無縁だったわけではありません。京セラを創業する前、忙しい研究の合間のたまの日曜日――。
ときに、親しい女性を誘って映画を見に行くことがありました。
その帰り道、彼女を家まで送っていくとき、電車にそのまま乗っていけば簡単に帰れるのに、わざわざ一駅手前で降りて、二人で話しながら、ゆっくりと遠い道のりを歩いて帰ったことが何度もあります。
毎日毎日、夜遅くまで仕事をしていましたから、身体は疲れていたはずです。それにもかかわらず、遠い道のりを歩くことが全然苦にならない。それどころか、たいへん楽しく、逆に元気が出たような気がしたものです。
「惚れて通えば千里も一里」という言葉がありますが、そのとき私は、それはまさに真実だと思ったものです。
仕事も同様です。仕事に惚れて、好きにならなければなりません。他人からは、「あんなにつらく、あんなに厳しい仕事は、たいへんだろう。とても続かない」と思われるような場合も、惚れた仕事なら、好きな仕事なら耐えられるはずです。
仕事に惚れる――。仕事を好きになる――。だからこそ、私は長い間、厳しい仕事を続けることができたのです。人間は、好きな仕事ならば、どんな苦労も厭いません。
そして、どんな苦労も厭わず、努力を続けることができれば、たいていのことは成功するはずです。つまり、自分の仕事を好きになるということ――この一事で人生は決まってしまうと言って過言ではありません。
充実した人生を送るには、「好きな仕事をするか」「仕事を好きになるか」のどちらかしかないのです。しかし、好きな仕事を自分の仕事にできるという人は、「千に一人」も「万に一人」もいるものではありません。
また、希望する会社に入社することができたとしても、希望する職場に配属され、希望する仕事に就ける人など、ほとんどいないはずです。
大半の人は、人生の門出を「好きでもない仕事」に就くことから、スタートすることになるのではないでしょうか。
しかし問題は、多くの人が、その「好きでもない仕事」に不承不承、従事し続けていることです。与えられた仕事に不平不満を持ち続け、愚痴や文句ばかりを言っている。
それでは、素晴らしい可能性を秘めた人生を、あたらムダにしているようなものです。なんとしても、仕事を好きにならなければなりません。
「与えられた仕事」を、まるで自分の天職とさえ思えるような、そういう心境にしていくことが大切なのです。「仕事をやらされている」という意識を払拭できないうちは、働く「苦しみ」を逃れることはできません。
私は、若い人たちに強調したいのです。
「自分の好きな仕事を求めるよりも、与えられた仕事を好きになることから始めよ」と。
自分の好きな仕事を求めても、それは「青い鳥」を探しているようなものです。そのような幻想を追うよりも、目の前の仕事を好きになることです。
好きになれば、どんな苦労も厭わず、努力を努力と思わず、仕事に打ち込めるようになる。仕事に打ち込めるようになれば、おのずと力がついていく。
力がついていけば、必ず成果を生むことができる。成果が出れば、周囲から評価される。評価されれば、さらに仕事が好きになる。こうして好循環が始まるのです。
まずは、自分の強い意志で仕事を好きになる。他に方法はありません。そうすることで、人生は実り豊かなものになっていくのです。
感動が新たなエネルギーを与えてくれる
「仕事を好きになる」「仕事を楽しむ」とは言っても、あたかも修行僧が荒行をするかのような、苦しいことばかりでは長続きするはずがありません。やはり、仕事の中に喜びを見出すことも必要です。
私の場合、研究がうまくいくと素直にそれを喜び、成果を人から褒められると率直に感激し、そのようなうれしさを糧として、さらに仕事に打ち込んでいきました。
思い出すのは、社会人となって二年目、一生懸命に実験のデータを測定していたときのことです。
当時、私には、京都の進学校の高校を卒業して、家庭の事情からやむなく就職した研究助手がついていました。
なかなか頭のいい男でしたので、毎日、私は彼に実験データの測定をしてもらっていました。「この材料はこういう物性を出すだろう」と私が予測して実験し、彼にそのデータを測定してもらっていたわけです。
生来、私には単純なところがあります。
そのせいか、実験をして思った通りの測定データが出たりすると、うれしくてたまらず、ピョンピョンと飛び上がっては喜んでいたものでした。
すると、私の助手は、そんな私を冷ややかな目で横から見ているのです。ある日のこと、頭から冷水を浴びせかけられるようなことがありました。
例によって私が飛び上がって喜びながら、測定をしている彼に「おい、おまえも喜べ」と言ったところ、彼は私をジロッと見て次のように言ったのです。
「稲盛さん、失礼なことを申し上げますが、男が飛び上がって喜ぶようなことは一生のうちに何回もあるわけがありません。ところがあなたを見ていると、しょっちゅう飛び上がって喜んでいる。しかも、私にまで『喜べ』と言う。軽薄と言うか、軽率と言うか。私はそういう人生観を持ち合わせていないのです」 私はそのとき、背筋がゾッとしたのを覚えています。
たしかに理性的と言っていいのでしょうが、私にはどうしても納得がいかず、次の瞬間、次のように言い返していました。
「何を言うんだ。ささやかなことに喜びを感じ、感動できるということは素晴らしいことなんだ。地味な研究を続けていくためには、いい成果が上がったときに素直に喜ばなければならない。その喜び、感動が新たなエネルギーを与えてくれる。
とりわけ、研究費も少なく、けっして恵まれていない環境で研究を続けなければならないわれわれは、そのようなささやかなことでも喜ぶことで、新たな勇気をかき立てることができる。
だから、君にいくら軽薄、軽率と言われても、私は今後も、ささやかな成功を喜びながら、仕事に邁進していくつもりだ」
われながら「入社二年目にしては、なかなかいいことを言うものだ」と思ったものです。ただ、残念なことに、その言葉は私の助手には通じず、結局、彼はその二年後に、ひっそりと会社を辞めていきました。
彼が私の言うところを理解し、ともに働いてくれていたら、どうなっていたのかと思います。
若い読者のみなさんにはぜひ、仕事の中に、ささやかなことに喜びを感じ、感動する心を持って、素直に生きていただきたいと思います。
その感動から湧き上がってくるエネルギーを糧に、さらに懸命に働く――それこそが長丁場の人生を強く生きていく、最良の方法だと、私は確信しています。
「製品を抱いて寝たい」という思い
「自分の製品を抱きしめたい」――。私は、製品開発にあたって、いつもそう思っていました。
自分の仕事、自分の製品に対し、それくらいの愛情を注がなければ、いい仕事などできないのではないでしょうか。
「仕事は仕事、自分は自分」と割り切って、距離を置いて働くことと向き合う。最近の若い人にはそうした傾向があるようです。
しかし本来、いい仕事をするためには、仕事と自分の距離をなくして、「自分は仕事、仕事は自分」というくらいの不可分の状態を経験してみることが必要です。
すなわち、心と身体ごと、仕事の中に投げ入れてしまうほど、仕事を好きになってしまうのです。いわば仕事と「心中」するくらいの深い愛情を持って働いてみないと、仕事の真髄をつかむことはできません。
京セラが創業して間もないころ、放送機器用の真空管を冷却する水冷複巻蛇管というものをつくったことがありました。従来、その蛇管を生産していた企業に技術者がいなくなってしまったため、京セラに注文があったのです。
ただ、それまで小さなファインセラミックス製品しかつくったことのない京セラにとって、蛇管は大きすぎる製品(直径二十五センチ、高さ五十センチ)であるうえに、オールドセラミックス、いわば陶磁器でした。
また、大きな管の中を小さな冷却管が通るといった、複雑な構造も持っていました。そのような製品の製造ノウハウはもちろん、生産設備もありません。それなのに、お客様の熱意にほだされ、つい「できます」と言ってしまったのです。
しかし、いったんお引き受けした以上、お客様にはけっしてウソをつくことはできません。どうしてもやらなければならなくなってしまったのです。この製品をつくるために、たいへんな苦労を経験しました。
たとえば、原料は一般の陶磁器と同じ粘土を使うのですが、何せサイズが大きいために、製品全体を均一に乾燥させることがきわめて難しいのです。
最初のうちは、成形、乾燥というプロセスを経る段階で、必ずと言っていいほど乾燥ムラが生じ、先に乾燥した部分にクラック(ひび)が入ってしまいました。
乾燥時間が長すぎるのかもしれないと考え、短縮する工夫をしてみたのですが、やはりクラックを防ぐことができません。
あれこれ試行錯誤を重ねた末、まだ乾き切らない柔らかい状態の製品をウェス(ボロ切れ)で巻き、その上から霧を吹きかけてじわじわと全体を均一に乾燥させるという方法を編み出しました。
しかし、問題はまだありました。
やはり製品のサイズが大きいために、乾燥に時間をかけすぎると、今度は製品自体の重みで形が崩れてしまうのです。
これもさまざまな方法を試しました。その結果、私はこの蛇管を「抱いて寝る」ことにしたのです。
つまり、窯の近くで適当な温度の場所に私が横になり、そっと蛇管を胸に抱いて、夜中じゅう、それをゆっくりと回すことで形崩れを防ぎながら乾かす方法を取ったのです。はた目には、さぞかし異様な光景だったことでしょう。
しかし、私は、「なんとかこの製品を一人前に育てたい」と、まるで自分の子どもの成長を願うように、深い愛情を製品に抱いていました。
だからこそ、夜を徹して蛇管を抱いていることができたのです。そのような涙ぐましい取り組みの結果、私はなんとか水冷複巻蛇管を無事完成させることができました。
製品を抱いて寝る――たしかに垢抜けないし、効率的とは言えないやり方です。今という時代は、そうした泥臭さや非効率さを嫌いもします。
しかし、いくらクールな時代になり、自分の手を泥まみれ、油まみれにしながら働くということが流行らなくなったとしても、「自分のつくった製品を抱いて寝る」くらいの愛情を持って、自分の仕事と向き合わない限り、難しいテーマや新しいテーマに挑戦し、それをやり遂げていくという、仕事の醍醐味を心の底から味わうことはできないはずです。
「製品の泣き声」に耳を澄ませてみる
仕事が好きになれば、あるいは自分のつくっている「もの」を好きになることができれば、何か問題が発生したときでも、必ず解決方法が見えてくるものです。
たとえば、ものづくりでは、製品の歩留まり(全投入数に対して良品が取れる割合)がなかなか向上せず、壁にぶち当たるようなことが珍しくありません。
そのようなときは、製造現場へまずは足を運んでみる。そして、愛情を持って、謙虚な目で製品をじっと観察してみることが大切です。すると、神の声にも似た「製品の泣き声」が必ず聞こえてきます。
つまり、製品の不良や機械の不具合が自然と見えてきて、製品のほうから、また機械のほうから、「こうしたらどうだ」と問題解決の糸口をささやきかけてくれるのです。
それはちょうど、患者の体調を知るために医師が聴診器で心拍音を聞くのに似ています。優れた医師であれば、心拍音や心拍数の異変から、立ちどころに患者の身体の異常を感知します。
それと同様に、製品の声に耳を傾け、その細部に目を向けることで、不良の原因、ミスの要因がおのずとわかってくるものです。
京セラがつくっていた製品は、エレクトロニクス分野向けの小さいものが多く、不良品を見つけることは容易ではありませんでした。
当時、私は医師が聴診器を携えて診療室に入るように、いつも製造現場にルーペを持っていきました。そのルーぺは、複数枚のレンズが組み合わされ、レンズを一枚出せば五倍、二枚出せば十倍の倍率に拡大されるというものでした。
私はいつも、そのルーペを通して、焼き上がった製品を一つひとつなめるようにていねいに、慎重に観察していきました。小さな欠けが見つかれば、それだけで不良品です。
またファインセラミックスは純白でなければならないのに、小さなゴマ粒のような黒点が表面にあれば、これも不良品です。ルーペを片手にじっと観察していく。それは、製品の“泣き声”に静かに耳を傾けていたのかもしれません。
もし不良品が見つかったなら、つまり製品の泣く声が聞こえてきたら、「この子はいったいどこが痛くて泣いているのだろう。このケガはどこでしたのだろう」と考えていました。
そのように製品の一つひとつを、まるで自分の子どもでも見るかのように、愛情を込めて観察していくと、必ずと言っていいほど、問題解決や歩留まり向上につながるヒントを得ることができました。
このようなこともありました。ファインセラミックスは、原料の粉末を固めて形をつくり、それを焼成炉に入れ、温度を上げて焼いていきます。
陶磁器が千二百度くらいの温度で焼くのに対して、ファインセラミックスは千六百度という高温で焼き固めていくのです。
千六百度という高温の世界では、炎は赤色ではなく、見た瞬間、目を刺すような痛みが走るくらいのまばゆい白色をしています。
成形したファインセラミックスを、そのような高温状態で焼成していくと、製品は少しずつ収縮していきます。
収縮率が大きい場合、サイズでは二割くらい縮みますが、その縮み方も均一でなくてはなりません。少しでもバラツキがあると、それは不良品となってしまいます。
また、板状のファインセラミックス製品などを焼くと、最初のころはあっちに反ったりこっちに反ったりして、まるでスルメみたいな製品しかできませんでした。
「ファインセラミックスがなぜ反ってしまうのか」といったことは、研究文献には書いていないので、いろいろと仮説を立てては実験を繰り返すことになりました。
そのうち、原料を金型に入れてプレスすると、上の面と下の面では、圧力のかかり方が異なるため、原料粉末の充填密度が違っていることがわかりました。
実験を重ねた結果、密度の低い下の面のほうの縮み方が大きく、そのために反ってしまうことが判明したのです。
ただ、反りが生じるメカニズムがわかっても、なかなか粉末の密度を一定にすることができません。
そこであるとき、いったいどのように反っていくのか、その様子を見ようと、炉の裏に穴を開け、そこから中をのぞいてみました。
どのくらいの温度でどのように反っていくのか、その変化をじっと観察することにしたのです。やはり、温度が上昇するにつれて、ファインセラミックスの板は反っていきます。
条件を変えて何回も試みるのですが、どうしても、まるで生き物のように反っていきます。見ていて耐えられなくなり、つい、穴から手を入れて、上から押さえたい衝動に駆られました。
もちろん、そんなことをすれば、炉の中は千何百度という高温ですから、手は一瞬で溶けてしまいます。
それはわかっているのですが、高温の炉に思わず手を突っ込みそうになるくらい、この問題をなんとしても解決したいと考えていたのです。
しかし、炉の中に手を入れて押さえたいと思ったその瞬間、ふと「高温で焼成しているときに製品を上から押さえれば、反りは生じないはずだ」ということに気づきました。
そこで、耐火性の重しを製品の上に載せて焼成してみることにしたのです。その結果、見事なまでに平らな製品が完成しました。
この例のように、仕事への愛情ほど有能な教師はいません。仕事に行き詰まったり、やり方に迷ったりしたら、愛情を持って、現場に行き、あらゆることを素直な目で見つめ直すことです。
そうすれば、必ず問題解決のヒントや、新たな挑戦への飛躍台となる、確かな「ささやき」が聞こえてくるはずです。
「自燃性の人」となる
物質には、「可燃性」「不燃性」「自燃性」のものがあります。
同様に、人間のタイプにも火を近づけると燃え上がる「可燃性」の人、火を近づけても燃えない「不燃性」の人、自分からカッカと燃え上がる「自燃性」の人がいます。
何かを成し遂げようとするには、「自ら燃える人」でなければなりません。自ら燃えるためには、自分のしていることを好きになると同時に、明確な目標を持つことが必要です。
私のような経営者であれば、自分の会社をこうしよう、ああしようとつねに考えています。仕事に就いたばかりの若い人も、自分の将来に夢を描き、こうなりたい、ああなりたいと考えていることでしょう。
しかし中には、ニヒルと言うか、冷め切った顔をして、まったく燃え上がってくれない若者がいます。
周囲がいくらカッカと熱くなっていても燃え上がらないどころか、相手の熱まで奪ってしまいそうな、「氷のような人間」がときたまいるものです。
こういう人間は困りものです。企業の場合でも、スポーツチームの場合でも、そのような燃えてくれない人が一人でもいると、全体が沈滞した雰囲気になってしまいます。
だから、私はよくこんなことを思ったものです。
「『不燃性』の人は会社にいてもらわなくても結構だ。私が近づかなくても勝手に燃えてくれる『自燃性』の人であってほしい。少なくとも燃えている私が近づけば一緒になって燃える『可燃性』の人でなくてはならない」
「自燃性」の人とは、「人から言われたから仕事をする」「命令されたから仕事をする」といったような人ではありません。
「言われる前に自分からやる」という、積極的な人こそが、「自燃性」の人であり、それは仕事を好きになった人であるはずです。
持てるエネルギーを限りなくかき立て、仕事に邁進するためにも、仕事を好きになり、自燃性の人となることが必要なのです。
「渦の中心」で仕事をする
会社など集団の中で仕事を円滑に進めていくには、それがどんな仕事であれ必ず、エネルギッシュに中心的役割を果たしてくれる人が必要となります。
そのような人を中心にあたかも上昇気流が湧き起こるかのように、全員を巻き込んで組織が大きく動いていく。
そんな自分から積極的に仕事に向かい、周囲に働きかけ、仕事をダイナミックに進めていける人を、私は「渦の中心で仕事をしている人」と表現しています。
仕事というものは、自分一人ではできません。上司、部下をはじめ、周囲の人々と協力してはじめて、いい仕事となります。
しかし、自分が渦の中心とならず、渦の周囲をぐるぐる回っているだけでは、仕事の本当の喜びを感じ取ることは難しくなります。
自分が渦の中心になり、積極的に周囲を巻き込んでいってこそ、仕事の醍醐味を存分に味わい尽くすことができるのです。
どのようにして、「渦」を巻き起こすのでしょうか。
頼まれてもいないのに、何かやろうと自分から言い出す、いわゆる「言い出しっぺ」が、必ず組織の中にはいるものです。
それは、幹部や先輩に限りません。若くても先輩たちを集めて、そう切り出す者がいます。
たとえば、「今月の売上を伸ばす」というテーマがあるとします。
そのとき、まだ入社したばかりの若い社員であっても、「先輩、売上を伸ばそうと社長が言っておられますが、今日の定時後にみんなで集まって、どうすれば伸ばせるか検討してみませんか」と言い出すようであれば、もうその人間が「渦の中心にいる人」であり、集団のリーダーなのです。
「いい格好をしたい」から切り出すのではなく、仕事が好きで、純粋な「問題意識を持っている」から、そうできるだけのことです。
仕事を好きになることで、指示に従って動くのではなく、自分から「渦をつくっていく」という気持ちで働くこと。つまり、自燃性の人になることで、仕事で素晴らしい成果を収め、人生を豊かなものにすることができるのです。
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