事業発展プログラムとは、事業の試作モデルを完成させるための考え方をまとめたものである。
これは11章以降で紹介する七つのステップから構成されているが、その基本には「イノベーション(革新)」「数値化」「マニュアル化」という三つのルールがある。
ここではまず、そのルールから紹介しよう。
ルール①イノベーション(革新)
「イノベーション」と「創造」を混同する人が多い。しかし、ハーバード大学のセオドア・レビツト教授が指摘しているように、両者の差は、実行するかどうかにある。
彼は「創造とは新しいものを考え出すことである。イノベーションとは新しいものを実行することである」と言っている。
イノベーションの対象を、商品ではなく、その売り方であると考えたレイ・クロツクの試みは、代表的な成功事例といえよう。
マクドナルドに加盟した店にとつて、運営ノウハウのひとつひとつが、他の店と差別化し、顧客をつなぎとめる武器となるのだ。
安心してほしいのだが、運営のノウハウといってもさほど難しいものではない。ほんの少しのアイデアで、大きな効果を上げるノウハウも存在するのである。
例えば、小売店の販売員と顧客との会話を考えてみよう。たいていの店では、いつもお決まりの言葉をかけている。
「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」そう聞かれれば、顧客の返事も決まりきったものになる。
「いや、見ているだけだよ。ありがとう」どうして販売員は、いつも同じ答えが返ってくることを知りながら、顧客に声をかけるのだろうか?顧客が商品を選ぶ様子を見ているだけなら、販売員が売り場にいる意味はほとんどない。
実は声のかけ方一つで売り上げを増やすチャンスがあるのに、大半の販売員はそれに気づいていないのである。
実践1声のかけ方を工夫してみる
「いらつしゃいませ。何かお探しでしょうか?」と声をかける代わりに、「いらつしゃいませ。以前にご来店いただいたことはありますか?」と聞いてみよう。
「はい」「いいえ」のいずれかの返事がくるが、どちらの場合でも、このまま話を続けるチャンスを手に入れたことになる。
答えが「はい」なら、「それはよかった。私どもは以前ご来店いただいた方に特別のプログラムをご用意しております。少々お話しさせていただいてもよろしいでしようか?」と言うことができる。
答えが「いいえ」であっても、「それはよかった。私どもは初めてご来店いただいた方に特別のプログラムをご用意しております。少々お話しさせていただいてもよろしいでしょうか?」と言えばよい。
もちろん、どちらの場合にも、新たに特別プログラムを準備しなければならないが、さほど面倒なことではない。考えてみてほしい。ちょっと言葉を変えるだけで、あなたのポケツトにお金が入ることが保証されるのである。
どれくらい収入が増えるかって?業種や取り組み方にもよるが、私の顧問先の会社では、たちまち売り上げが一〇〜一六%も伸びたのである―言葉をちょつと変えるだけで、すぐに売り上げに効果が表れるのである。
くどいかもしれないが、その伸びはわずかではなく、「かなり」のものである。これまで通りの方法で、一〇%も売り上げを伸ばそうとすれば、どれほどの努力が必要となるだろうか?
実践2服装を変えてみる
次も販売員のための実験である。期間は六週間としてみよう。最初の三週間は、茶色のスーツと糊のきいた薄茶色のシャツを着て、男性なら茶色のネクタイを締めて、よく磨かれた茶色の靴を履いて売り場に立つ。
スーツは、きちんとプレスされてなければならない。次の三週間は、紺のスーツと糊のきいた上質の白いシャツを着て、赤色が一部に配されたネクタイを締めて(女性の場合はブローチやスカーフに赤い色を含める)、よく磨かれた黒い靴を履いて売り場に立つ。
この結果も驚くべきもので、後半三週間に売り上げが伸びるのである―紺色のスーツは茶色のスーツよりも販売効果が高いのである―私は顧問先の会社で、何度も同じ効果が上がることを確認してきた。
マクドナルドやフェデラルエクスプレスやディズニーに代表される優良企業が、多くの時間とお金をかけて、制服を決めているのにはそれなりの根拠があって、十分な投資対効果が得られるのである。
実践3ジェスチャーを変えてみる
今度、誰かに頼ふごとをするときには、声をかけながら軽く腕に触れてみてほしい。タツチしないときと比べて、タッチしたときのほうが明らかに多くの人が肯定的な返事をしてくれる。
これを仕事に応用するには、セールスの話をしている間に、あえてお客の肘や腕や背中にタッチしてみよう。
たったこれだけで、あなたの会社の売り上げも、私の顧間先と同様に、相当な伸びを示すことは請け合いである。成功を収めている企業は、常に革新的な試みを行ってきた。
イノベーションとは「顧客が望むものを手に入れるために、何が邪魔になっているのだろうか?」と問いかけることである。
イノベーションで高い効果を上げるためには、常に顧客の視点をもつことが必要になる。同時に、事業の本質ぎりぎりのところまで、無駄を省くこともイノベーションである。これによつて仕事の効率を高めることができるのである。
またイノベーションとは、顧客への認知度を高め、顧客の心の中に一定の地位を占めるための仕組みでもある。
そのためには、顧客が無意識に期待していることやニーズを科学的な方法で分析しなければならない。私は、イノベーションとは最善の方法を探し求めることだと考えている。
あなたの会社でも、「どうすれば、最適な方法でこの仕事ができるだろうか?」という議論が何度となく行われてきたことだと思う。
実際のところ、最適な方法を見つけることは難しいが、議論を重ねることで、よりよい方法は見つかるし、あなた自身と従業員を成長させることができるのである。
ルール②数値化
イノベーションは企業にとって、必要不可欠なものである。しかしそれだけで成果を上げることはできない。
成果を上げるためには、イノベーションがどれほどの効果を上げるのかを、数値として把握することが必要である。
私も、イノベーションを行ったときの効果については、必ず数値化して話すように心がけている。
例えば、スモールビジネスの経営者に向かって、「昨日は何度、販売するチャンスがありましたか?」と聞いてみてほしい。九九%はその答えを知らない、と断言してもよい。
人半の企業で、経営に必要なデータが数値として把握されていないために、日に見えない人きな損失が発生しているのである。
例えば、来店客への声のかけ方を少し変えることで売り上げが一六%増加したことを示すには、次の数値を知らなければならない。
- ①言葉を変える前の来店客数
- ②言葉を変える前の購買客数と商品単価
- ③言葉を変えてからの来店客数
- ④言葉を変えてからの購買客数と商品単価
これらの数値をすべて把握することによつて、あなたのイノベーションがどれほどの価値を生み出したのかを把握することができる。
数値化を行わずして、紺色のスーツに変えたことによる売り上げ増の効果をどうして測ることができるだろうか?そんなことはできるわけがないのである。
しかし、ほとんどのスモールビジネスの経営者は、数値化することの重要性を知っていながらも、実践していない。
彼らが数値化を行わないのは、小さなイノベーションを積み重ねることの重要性を認識していないからだろう。
とはいっても、紺のスーツに変えるといった簡単なことで売り上げが一〇%伸びることを知れば、無視できなくなるはずだ。
事業発展プログラムで、最初に行わなければならない仕事は、「数値化」である。事業に関連する「すべて」の数字を知らなければならない。
毎日、何人の顧客に会うだろうか?
・午前中は?
・午後は?
毎日、何人の顧客から問い合わせを受けるだろうか?。
何人が価格を聞き、何人が購入の意向をもっているのだろうか?毎日、製品Aは何個売れるだろうか?・一日のうち、何時ごろがいちばん売れるのだろうか?何曜日がいちばん忙しいのだろうか?・どれくらい忙しいのだろうか?などなど。
数字に関しては、いくら質問してもしすぎることはない。
こんな質問を繰り返すようになれば、あなたの会社でも、数字を通して事業を見る習慣が定着してきた証拠だ。
また、数字の変化を追うことで、会社の健康状態がわかるようになり、経営に大きな影響を与える数値とそうでない数値があることもわかるようになるだろう。
数字がなければ、会社が伸びているのか、停滞しているのかさえわからないばかりか、今どこにいるのかさえ、わからないのである。数値化を進めることで、事業の見方が変わることは請け合いである。
ルール③マニュアル化
イノベーションを起こすことに成功し、事業へのインパクトを数値化できたのなら、次は「マニュアル化」を行うことになる。
マニュアル化とは、現場レベルでの裁量の自由を否定するものである。マニュアル化をしないかぎり、商品やサービスの質は安定しないので、売り上げも安定しない。
セオドア・レビツトは名著『発展のマーケティング』の中で、「自由裁量は秩序、標準化、品質、の敵だ」とさえ書いている。
マニュアル化の信奉者になると、「紺のスーツが効果的なら、顧客の前では、いつも紺のスーツを着ていよう」と主張しはじめる。
また、「いらつしやいませ。ご来店は初めてでいらっしゃいますか?」という挨拶が効果的なら、これを毎日繰り返すことになる。
フレツド・スミス(フェデラルエクスプレス創業者)や、トム・ワトソン、レイ・クロックやウオルト・ディズニーのように、一貫した商品やサービスを提供することに心血を注いだ人たちは、マニュアル化の信奉者だったといっても間違いではない。
なぜなら、フランチャイズの形式をとっているかどうかは別として、優れたビジネスモデルをもっている企業は、マニュアル化しないかぎり、事業自体を商品にはできないし、事業の成功もおぼつかないことを知っているからである。
マニュアル化を進めることにより、顧客の期待が常に満たされるようになれば、もう他の店や企業に行こうとはしなくなる。
言い換えれば、マニュアル化はあなたの事業から顧客を離さないための接着剤のようなものなのである。
ただし、接着剤にも寿命はあって、同じ商品・サービスを提供しても、いずれ顧客のニーズを満たせなくなるときはやってくる。
そうなれば、別の商品・サービスをもう一度マニュアル化して提供すればよいのである。事業発展プログラムは、常に進化を続けるものである。
「イノベーション→数値化→マニュアル化」のサイクルは、休むことなく続けられなければならない。
進化を続けることにより、環境の変化に先手を打つことができるのである。サラは私の話に興味をもってくれた様子だった。
「マニュアル化という考え方を理解するために、もう少し教えてもらつてもいいかしら?『マニュアル化』って聞くと、機械的で人間味が感じられないの。店にはロボットみたいな従業員がいっぱいいて、規則正しく働いている様子を想像してしまうわ。でも、あなたが言いたいのはそんなことじゃないわよね?」
「サラ、マニュアル化をしなさいというだけなら、僕もその意見に賛成だよ。お店やオフィスはつまらない場所になってしまうだろうね。目標もなくて、ただ定型的な仕事ばかりをこなしていれば、そう感じるだろうさ」
「でも、事業発展プログラムでは、イノベーション→数値化→マニュアル化という流れをセットで考えるべきなんだ。マニュアル化という一つのプロセスだけを取り出して議論することはできない。これがどういうことか、例を出して話してみようか」
「きみのおばさんが、パイを焼いていたときの様子を思い出してくれるかな?おばさんの笑顔、生地をこねる手つき、パイが焼き上がったときの香ばしいかおり、ちょっとした料理のコツ。マニュアル化とは正反対のことばかりを思い出すかもしれない」
「そうね。私にとっておばさんの台所は特別な場所だったわ。パイをつくるときのおばさんのオ能には、驚かされつぱなしだったもの」
「そのときに、おばさんはきみにフルーツの切り方とか、保存の仕方とか、パイを焼くための段取りのいい方法とかを教えてくれたんじゃないかな?・おばさんはマニュアル化とは呼ばなかったけど、いちばんいい方法を知っていて、そのルールをいつも守っていたはずなんだ。
でも、おばさんはそれだけじゃなかった。とても賢い人だったから、もっといいパイの焼き方を考えたり、新しいレシピをつくつていた。
それを手伝っているときには、喜びを感じていたんじゃないかい?もし、決められた方法で一つの仕事を永久に繰り返すことになれば、喜びなんか感じることはできないだろうさ。
でも、おばさんが教えてくれたパイづくりの方法は、もっと変化にあふれていただろう?」「だからこそ、マニュアル化が必要なんだよ、サラ。
仕事には、決められた手順が必要なんだ。決められた手順がなければ、改善することもできない。
きみが『ロボット」と言った通りで、私たちは単なる機械として、お決まりの仕事をただこなすだけになってしまう。こんな仕事なら単調で退屈に感じてしまう」
「でも、マニュアル化と合わせて、イノベーションと数値化に継続的に取り組むことで、仕事は個人を変化させる場になるんだ。
より大きな目的を意識しながら働くようになれば、仕事は自分の内面を見つめ、自分を表現する場へと変わる」「これが見習い時期に感じるスリルであり、学びであり、成長なんだよ。きみがおばさんのキッチンで感じたのと同じものさ」
「でも、まだ先があるんだ。この先には熟練工の世界が広がっている。高度に組み合わされた―‐おばさんがきみに教えてくれたような―‐スキルを身につけようとするときに、経験するのが、熟練工の世界なんだ」
「熟練工になれば、仕事から得られる報酬を理解するようになる。仕事の裏側には宝石が隠されていて、熟練工はそれを見つけるときに、仕事のスリルを感じるんだ。宝石を見つける方法はたった一つ、無心で技に磨きをかけること。仕事と自分を一体化させるようにね。宝石がいつ見つかるかはわからない。でも、かならず宝石が見つかることを信じている。そして、実際に宝石は見つかるんだ」
「熟練工になれば、仕事に満足を感じるようになり、来る日も来る日も、技を磨く。
いつも成長しているという見習いのころのスリルはないけれども、仕事を通してしか、宝石が見つからないことを知っているから、仕事に打ち込むことに満足しているんだ」
「見習いのステージとは違って、熟練工のステージは、長期にわたるものだし、比較的穏やかなものになる。そして、宝石が姿を見せたとき、真の熟練工になるんだよ。
サラも、真の熟練工を知っているだろう?・きみのおばさんだよ。真の熟練工になれば、人に教えることが唯一の仕事になる。
成長に終わりがないことを知つていて、人に教えることを通して、さらに多くを学ぼうとするんだ」「サラ、私にとつては、事業開発プログラムとは、探求を続けることなんだよ」
「事業開発プログラムは、事業にとつて必要であると同時に、事業に関わる人たちにとっても必要なんだ。単なる思考方法やルールではなくて、むしろ生き方そのものなんだよ」
「事業開発プログラムの本質とは、効率性でも、利益でも、ダウンサイジングでもない。事業に関わる人のため―‐特にオーナーであるきみのために―‐豊かな人生を創り出すことだと、私は考えている」
「ここを私は強調したいんだ。呼び方は、事業開発プログラムでも、リエンジエアリングでも、TQM(総合的品質管理)でも、カイゼンでも構わない。でも、事業に関わっている人たちの感情と知性と魂に働きかけないかぎり、事業を変える試みは失敗に終わってしまう」
「事業開発プログラムとは、一つの思想なんだ。私たちの会社が、さまざまなスモールビジネスに助言をする中で学んできた、実社会の思想なんだよ」
私は熱弁をふるう余り、サラの反応を見ることを忘れていた。
「ごめん、サラ。自分の考えに夢中になつてしまっていたよ。何か質問はあるかな?もう少し具体的な話をしようか?」サラはテーブルの上に置いた私の手に触れて言った。
「どうやら『事業発展プログラム』がとても役立ちそうなことはわかってきたわ。いろいろ聞きたいことはあるけど、私のお店にどう生かせるのかをもう少し具体的に話してもらえないかしら?」私は紅茶を一回すすり、続けた。
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