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1章仕事や交渉ごとがなめらかに進む言葉づかい

失くしたくない、相手の心に届く温かなものの言い方──まえがきにかえて◆日本人は「言葉じょうず」「言い方じょうず」だった会社や学校で、どうも人間関係がうまくいかない。心を許せる親しい友達ができないという人が増えている。うつなど心を病む人も増加の一途をたどっている。こういった状況は、言葉の使い方がお粗末になってしまっていることと無関係ではないように思う。「ものはいいよう」という。少し前まで、日本人は、「言葉じょうず」「言い方じょうず」で通っていた。相手と直接的な対決を避けるちょっと遠まわしな表現や、あえてピントをぼかした巧みな表現、相手を傷つけないようにと気づかう温かな物言いをしていたものである。見知らぬ人であっても、「袖振り合うも多生の縁」といい、すれ違いざまにひと言、さりげなく言葉をかける。だからといって、必要以上に深入りしたり、ずるずるあとに引きずるわけではない。そんな絶妙な距離感をわきまえた会話のコツや、自分の身の置き方を、だれもが当たり前のように身につけていたものだった。だが最近は、こうした温かな言葉を聞くことが少なくなった。相手の心情など考えず、自分のいいたいことをストレートにいうだけ。それでも、言葉があればまだいいほうで、何もいわずに、自分のやりたいことだけをやりたい放題にやって終わり、ということもめずらしくない。言葉とは、もともと、自分の思いを相手に伝える手段であったはずだ。相手への思いがこもった言葉が聞かれなくなったということは、だれもが心づかいや心配りをおろそかにするようになり、他人に深い関心を持つことがない、そっけない世の中になったということを示しているように思えてならない。◆「言葉なさけ」に触れて、人は、自分に注がれる優しい目線を知る急に雨に降られた。そんなときは、「ちょうどよいおしめりですね」といい交わす。混み合っているところでは、「お膝送りを」といって少しずつ間を詰め、一人でも多く腰かけられるように配慮する。だれかが外から帰ってきたら、ただ、「お帰り」だけではなく、「お帰りなさい。寒かったでしょう」とひと言をプラスする。宅配便が届いたら、「暑いところ、ご苦労さま」と配達員に言葉をかける──。どうしても必要なひと言というわけではないのだが、その言葉を加えると、少しだけ、相手の心が温まる。相手が温まれば自分もほっと心が和む。そんなひと言を、大正生まれの私の母は「言葉なさけ」といっていた。そして、「あなたの言い方には言葉なさけが足りない」とか、「そういうときは、こんなふうにいうのが言葉なさけというものよ」などと、母の注意には、しばしば「言葉なさけ」という言葉が登場した。「言葉なさけ」はリップサービスとは違う。リップサービスは相手をヨイショする言葉。お世辞や追従で、文字どおり、口先だけの〝サービス〟をいう。それに対して、言葉なさけは相手を思いやり、気持ちを和ませる言葉や、相手を元気づける言葉をかけること、あるいは、会話が心地よく聞こえるやわらかな言葉や、できるだけ美しく聞こえる表現を選ぶことなどをいう。また、たとえば、飛行機や列車に乗ったとき、荷物を棚に載せようとしている人のそばを通りかかった。そんなとき、見知らぬ間柄であっても、「大丈夫ですか?」と声をかける。すると相手は、「はい、大丈夫です。ありがとうございます」と答えたりした。こうしたやりとりもまた、「言葉なさけ」のうちに入る。このちょっとした会話があるだけで、人は、自分に注がれるやさしい目線のあることを知り、あらためて、人と人が支え合い、助け合って生きていることをたしかに感じ、ほっと心が温まり、和むのである。◆現代人が身につけたい言葉の力少し前の日本では、こうした、「言葉なさけ」のある何げない会話が、もっとひんぱんにやりとりされていた。家族や仕事仲間の間ではもちろん、乗り物の荷物の例のように、知らない人に対しても、心づかいあふれるやりとりが、ごく自然に行き交っていたのである。「言葉なさけ」には、人と人とのつき合いがギスギスすることなく、できるだけ和やかに保とうとする知恵もあふれている。もちろん、時代が変わり、人間関係の質も大きく変わった。最近では、知らない人にわけもなく話しかけられるのはおせっかい、いや、よけいなお世話だと感じる人も少なくないだろう。だから、「言葉なさけ」を昔のままに復活させようというわけではない。現代には、現代のほどよい人間関係の距離感がある。その距離感を保ちながら、気持ちは温かく交流させる。そんな、現代の「言葉なさけ」を見いだすことはできないだろうか。こうした思いから、この本では、昔ながらのつき合い方になじみのない人もすぐに使える、便利かつ温かな心づかいに裏打ちされた言葉や言い回しを集めてみた。どれも短いので、覚えてしまえばさほどむずかしいものではない。言葉は、いうならば、とっさに口から飛び出してしまうものだ。つまり、日頃が大事なのである。ぜひ、本書を身近に置き、折にふれて開いていただけたらと願っている。そうしているうちに、気がつけば、とっさに口から出る言葉に「なさけ」があふれ、人間関係での失敗は目に見えて減っていくのではないだろうか。その結果、気持ちよく仕事ができるようになり、毎日の暮らしも心地よいものになるだろう。言葉には、それだけ温かく大きな力があるからだ。菅原圭

日本人なら身につけたい品性がにじみ出る言葉づかい/目次1章仕事や交渉ごとがなめらかに進む言葉づかい力不足ですが●引き受ける気満々でも、このひと言を添えたいお知恵を拝借したい●目上の人に相談したいときは、こういうお役に立てず…●相手の依頼を断るときに添えたいひと言お供させていただきます●上司や得意先の人と同道するときにご足労をおかけいたします●相手に来社を請うときなどにお言葉に甘えて●相手の申し出を受け入れるときは、このひと言を遅ればせながら●人より遅れて参加するときなどに遅まきながら●何か新しく始めたことを人に伝えたいならご無用に●「いらない」という意思をやんわり伝える言葉ご放念ください●相手の過度の気づかいが気になったら末席を汚す●集団や組織のなかで、自分をへりくだって表現するおこがましい●「自分には身に過ぎたことである」と伝えるにはぶしつけではございますが…●少々失礼なことを尋ねたいうがったことをお尋ねする●やや突っ込んだ質問をするときは有体に申しますと●本当のことをいいますよ、と相手に断るときに含むところがある●どんな思いを「含」んでいるのか?いわずもがな●あえて口には出さないが、察してほしいときにやぶさかではない●そう積極的にではないが、参加する気持ちはあるときよんどころない●どうしようもない事情ができたことを伝える言葉お茶をにごす●はっきり白黒をつければいいとはかぎらない冥利に尽きる●これ以上の恵み、喜びはないという気持ちを表すには徒や疎か●「粗略に扱うはずがない」と強調するときにおめがねにかなう●「目上の人に認められた」とスマートに表現したい一身上の都合●それ以上は聞かないでほしいときの便利な言い回し2章出会い、人づき合いを心地よくする言葉づかい恐れ入ります●声をかけるときや感謝の意を伝える際に痛み入ります●もっと深く「恐縮している」と伝えたいおかげさまで●どんな話しかけに対しても使える万能の返し言葉謹んで●心から敬意を表したいときに使う言葉もったいない●今や国際語となった言葉に隠された真の意味とはどういたしまして●お礼をいわれたときに使う返礼の言葉おたがいさま●ちょっとした親切にお礼をいわれたときにいいお日和ですね●こう話しかけられたら、気持ちがやわらぐお足元の悪いところ●雨や雪の日の訪問客を迎えるときの決め言葉憚りながら●遠慮しながら、相手にものをいうときにご縁がありましたら●袖振り合った人と別れるときのひと言奇遇ですね●知人と思いがけないところで会ったときにお名残惜しい●一緒に過ごした時間の楽しさを倍増させる別れの言葉お平らに●男性を和室に招いたときの心づかいお膝送り●少しずつ詰めあい、一人でも多く座れるようにお流れちょうだい●今も、接待などの席で行き交う言葉おつもりです●こういわれて、キョトンとしていませんか?お粗末さま●「ご馳走さま」といわれたら…お口汚しですが●食べ物をすすめるときに添えたいひと言いただき立ち●食事をご馳走になってすぐに帰らなければならない…おもたせですが●いただいた菓子などを一緒に食べるときの常套句ご散財をおかけしました●相手にお金を使わせてしまったときにお気持ちだけいただいておきます●相手の厚意に応えられないときにご自愛ください●手紙やメールの最後に添えると好印象にかしこ●手紙の最後に書かれているが…3章言いにくいことも穏やかに伝わる言葉づかい

先立つもの●「お金」というと、えげつないけれど…手元不如意●「お金がない」も、こういえばスマート火の車●窮乏状態が長く続いているときに使う言葉今回は見送らせてください●取引先からの依頼をカドを立てずに断るときにいたしかねます●お客から難題を押しつけられたら手がふさがっております●依頼を断りたいときの便利な言葉潔しとしない●良心や誇りにかけて、どうしてもしたくないときはぞっとしない●ほめ言葉ではないので、勘違いしないこと曰くつき●好ましくない事情や経緯があると伝えたいクセのある方●「嫌いな人」も、こういうとカドが立たないうろん●あやしい雰囲気を漂わせた人をこう表現するしたり顔●いったい、どんな顔のこと?臆面もない●反省や遠慮のかけらもないことをいうにべもなく…●人間関係が希薄な時代を象徴する言葉ないがしろにする●相手としっかり向き合わないと、こう一喝されるおざなり●その場しのぎの言動のツケは、結局、自分に回ってくる百年の不作●「あまり出来のよい女房ではない」という謙遜表現たたけばホコリが出る●だれにも欠点や、ミスを犯した過去があるはず海千山千●「相当したたかな人」という代わりに半可通●知らないなら、知らないといえばいいのだが…お小水・お通じ●これがなければ一大事だが、口にはしにくい言葉尾籠な話ですが●排泄に関する話題をする前の常套句4章美意識、こまやかさを感じさせる言葉づかい口福●本当の美味に出会ったときのとっておきの言葉おすそ分け●いただきものを知り合いに分けるときにおしのぎ●小腹をちょっと満たしたいときにお口直し●苦手なものを口にしたときのひと言口が奢る●舌が肥えている相手に食事を差し上げるなら時分どき●ちょうど食事の時間になってしまったときのひと言目の保養●珍しいもの、素晴らしいものを目にしたら面映ゆい●ほめられて、嬉しいけれどきまりが悪いときは居ずまいをただす●つい気を抜き、姿勢が崩れていないだろうか身づくろい●人前に出るときに、整えておくべきことは…身ぎれい●ごてごてと飾り立てている人には使わない気散じ●気ままに好きなことをして過ごそう気がおけない●「気がおけない人」は気を使う人?あんばい●相手の様子を尋ねるときに使える万能言葉有卦に入る●占い好きでなくとも知っておきたいひと言ねんごろ●人情が薄くなりがちな時代だからこそ残したい言葉馬が合う●いそうでいて、そうはいない人のこと分をわきまえる●謙虚な姿勢が、かえって人をひきつける衒いがない●気負わないほうが、結果的に人の心に響く一目置く●もとはハンディを与えられたことをいう囲碁用語御の字●本来は、非常にありがたいという意味の言葉﨟長けた●アンチエイジングばかりが能ではない三昧●明けても暮れてもそればかりに夢中なこと5章相手の心を和ませ好感を抱かせる言葉づかいおさしつかえなければ●このひと言で強引さが薄れるお聞きおよびのこと(とは存じますが)●事情はお察しのはず折り入って●「切に」「ぜひ」に代わる言葉無理を承知で…●相手の自尊心をくすぐるひと言お聞き届けいただけますでしょうか●頼み事をするときも確認は大事お言葉を返すようですが●相手に反論するときにはこのひと言をあいにく●相手の願うとおりにならないときにお気を悪くなさらないでください●相手の申し出を受け入れられないならお気持ちはわかりますが●どこまで相手の立場に立てるかお使いだてして申し訳ありませんが●こういえば快く引き受けてもらえるお手すきの折にでも●時間の余裕がある依頼をするときにお手やわらかに●「あなたのほうが力が上」だとさりげなく伝える

お呼び止めいたしまして●知人に偶然出会い、思わず声をかけたときふつつかではございますが●いたらない人間であると、謙虚に挨拶お誘い合わせのうえ●多くの人に参加してもらいたいときに十分いただきました●「もういりません」では、ぶっきらぼう不調法なので●酒が飲めないことをわかってもらいたい6章会話を味わい深くする古きよき絶妙な言葉づかい後ろ髪を引かれる●頭の後ろを引っ張られるとどうなる?折り紙つき●「折り紙」は、何を象徴しているのか?色の白いは七難隠す●美白化粧品が売れるわけです奥の手●最後の最後、ここぞというときに使う手のこと手前味噌●自慢話を聞きやすくするひと言衣鉢を継ぐ●衣と鉢を与えられるのが、なぜ名誉なのか恐れ入谷の鬼子母神●「まいりました」のユーモア表現掌中の珠●一人娘を嫁がせる男親の心中はさぞや…目から鼻へ抜ける●頭の回転がきわめて速いことごたくを並べる●どこの会社にもいる、こういうクセのある人上げたり下げたり●これではいったい、どっちなのかわからない惻隠の情●人に対する哀れみを秘めた最高の心づかいたっての願い●「立ち上がって願う」ということなのか?石部金吉●堅い人柄であるのは悪いことではないが…七重の膝を八重に折る●心から詫びるときや懇願するときに愁眉を開く●表情がどう変わることをいうのか?相好を崩す●破顔一笑というように、笑いは顔つきを崩すけれど…はなむけ●「はなむけ」とは何を向けるのか?長幼の序●最近はそのあたりが緩くなっているようで草葉の陰●あの世から応援したり、喜んだりつつがない●健やかに暮らしているかどうかが気がかり水際立つ●きわだって目立つ様子をいう遺憾に思う●いつのまにか、謝罪の言葉として使われているが…

1章仕事や交渉ごとがなめらかに進む言葉づかい

ビジネストークは、ともすると事務的で味けないものになりがちだが、ビジネスも尽きるところ、人と人との関係で進められていくもの。仕事力の最大の要素のひとつといっても過言ではない、コミュニケーション力。伝えたいことを要領よく、わかりやすく伝えるスキルと同時に求められるのが、相手の気持ちを和ませ、こちらの好感度もアップする言葉がけのタイミングや表現だ。仕事をスムーズに進める簡潔で端的な言葉の間に、たがいに相手に対する心づかいを伝える言葉をさりげなく織り込むと、シビアなはずのビジネスを進めるのでも、なんとなく気分がよくなる。そして、仕事が終わったあとも、親しい人間関係が残るのではないだろうか。同じことを伝えるにしても、相手の心にやわらかく響き、ふわっと温かな気分にさせる、そんな言葉やものの言い方を覚えておきたい。

力不足ですが──◉引き受ける気満々でも、このひと言を添えたい何かを依頼されたとき、十分な自信がある場合もそれをそのまま口に出すと、傲慢だと思われかねない。謙虚な姿勢を伝えるときに知っておきたいひと言とは。入社五年目で、大きな仕事を命じられた。そんなとき、腹のなかでは「ようやく、オレの力が評価されたか」とはやる気持ちがあっても、表向きは謙虚に対応するのが、社会人として求められる思慮ある態度だといえよう。そんなとき、使いたい言葉が「力不足ですが」である。「力不足ですが、一生懸命やらせていただきます」と答えれば、あくまで控えめでありながらも、前向きに取り組もうという強い気持ちも伝えることができる。自信や実力は、仕事の結果で示せばいいのだ。「力不足ですが」は文字どおり、自分の力を超えた依頼を受け、自分にはできないということを伝えるときにもよく使う。「せっかくお声をかけていただいたのですが、私では力不足で、申し訳ありませんがお断りいたします」などと使う。「力不足」と間違えやすい言葉に「役不足」がある。これは、その人の力量に比べて与えられた役目や仕事が軽すぎることを意味する言葉なので、使い分けには注意したい。謙遜したつもりで「その仕事は、私には役不足です」というと、「その仕事は、自分の実力に比したら軽すぎる。不服です」と訴えていることになってしまう。聞いたほうは、「なんだ、アイツは傲慢な」と受け取り、周囲の反感を買う結果にもなりかねない。「役不足」を使うのは、もっぱら自分以外の人に対してである。たとえば、「このプロジェクトは、課長には役不足です」といえば、課長の実力ならば、もっと大きなプロジェクトのリーダーになってもよいはずです、という意味になる。こういわれれば、課長は内心、にんまりとするはずだ。お知恵を拝借したい──◉目上の人に相談したいときは、こういう仕事で壁にぶつかった。上司や同じような仕事の経験者に、壁を突破するヒントを教えてほしい。そんなとき、「甘ったれるな」といわれないものの言い方とは。上司との関係をうまく保つカギは、「ホウ・レン・ソウ」(報告・連絡・相談)を密にすることだといわれる。そんな「ホウ・レン・ソウ」のなかで、いちばんむずかしいのが、「ソウ」だ。なんでもかでも相談すれば、「甘ったれるな」といわれそうだ。だが、だからといって、どこまで独断で進めてよいのかの見当もつきにくい。結論からいうと、そんなときはひと言、相談を持ちかけたほうがうまくいくことが多いものだ。別に上司に相談するほどでもないと思うことであっても、だ。部下に頼られて悪い気持ちになる上司はいないと、断言してもいい。そんなとき、意外にむずかしいのが話しかけ方だ。「あのー」では「何か用か。いま忙しいんだが」と断られてしまいそうだし、「ちょっとご相談が……」では響きが重すぎる。「ちょっとお知恵を拝借したいのですが……」は、目上の人に相談を持ちかけたり、助言を求めるときに、ひと言添えるとあとの言葉を続けやすい。「お知恵」という言葉の響きは相手の気持ちをほんわりくすぐるものだし、「ちょっと」がついているから、軽く考えを聞かせていただきたいというニュアンスにもなり、重々しさもない。当たり前だが、〝お知恵を借りた〟あとは、きちんとお礼を述べることも忘れないようにしたい。「ありがとうございました。おかげで、A社に提出する企画の攻めどころがはっきりしました」「ありがとうございました。さっそく、今のご助言を生かしてラフ案をまとめてみます」のように、具体的に何が役立ったか、何がありがたかったかを述べると相手にきちんと響くお礼になる。「知恵を借りる」は、同僚や部下に相談するときにも便利な言葉である。「ねぇ、ちょっと知恵を貸してくれる?」と声をかけられれば、そっけない返事はできにくいからだ。お役に立てず…──◉相手の依頼を断るときに添えたいひと言相手が困っているのは重々わかるが、こちらにも事情があって依頼を受けられないときに、ただ断るのではぶっきらぼうにすぎる。では、どういったらいいか?相手の依頼や申し出を受けられないというときは、かりに先方の申し出がかなり無理なものであっても、「せっかく、声をかけてもらったのにその厚意を受けられない」というニュアンスを添え、あくまでも謙虚に、姿勢を低くして対応するほうがよい印象を残す。「お役に立てず、申し訳ありません」は、そんなときに使いたい常套句。「お役に立てず」ということで、こちらの力不足であったというニュアンスが伝わるからだ。たとえ親しい友人からの借金、いや、事実上の金の無心を断る場合でも、「役に立てず、悪かったな」といえば、相手を傷つけることがなく、断られたほうのメンツも保てる。断ったときには、別れぎわに、「これに凝りず、今後ともどうぞよろしくお願いいたします」とか、「今後とも、お見捨てなく、よろしくおつき合いください」などと、今後も取引を続けたい意思をそれとなく伝えるようにする。こういわれれば、相手も「こちらこそ、今後ともよろしく」と応じるはず。こうしたひと言こそが、豊かな人間関係をつくる一助になるのだ。お供させていただきます──◉上司や得意先の人と同道するときに上司に「A社に行くから同行するように」といわれた。あるいは、用件は別なのだが、同じ訪問先に行くことがわかり、同道することになった。そんなとき

に使う言葉。プレゼンなどで、取引先に上司と一緒に出かけることになった。そんなとき、「あ、ご一緒させてください。よろしくお願いいたします」といえば、十分礼を尽くせた、と思い込んでいる人も少なくない。ビジネスシーンではどんな場合も、目上の人には敬意を示す言葉を使うことが原則だ。「ご一緒させていただきます」では、十分な敬意を表したとはいえない。「一緒」では立場が同じことになるからだ。こうした場合には、「お供させていただきます」「お供させてください」というと、「おっ、言葉の使い方を心得ているな」と好印象を与えることができる。とくに、得意先と一緒に出かけるようなときは、相手が訪問先に用事があり、こちらが案内するというような場合でも、「お供させていただきます」が決まり文句だと心得ておきたい。「お供」とは、もともと身分制度の厳しい武家社会において、主君に従う者を表す言葉だった。「お供させていただきます」は得意先や上司を「主君」に見立て、自分は「従者」であるという表現になり、相手に対する十分な敬意を表すことになるわけである。組織のなかでも、上司と部下、得意先と出入りの会社という関係は、〝主従〟関係を思わせる縦の関係だと思っているくらいのほうが、つき合いはスムーズにいくことが多い。同じ意味から、先生と弟子の関係でも、「お供させていただきます」「お供させてください」という言葉を使うと、好感度がアップする。お姑さんと外出するときにも、「お供させていただきます」といってみては?時代遅れといわれそうだが、このひと言で、あなたは控えめなよい嫁、それに言葉づかいもきちんとわきまえていると評価され、かなりのポイントを稼げるはず。ものはいいようなのである。ご足労をおかけいたします──◉相手に来社を請うときなどに自分のほうが立場が上でも、相手にこちらに来てもらいたい場合には、それなりに礼を尽くした言葉を使うのが大人のマナー。そんな気持ちを、この言葉で表現したい。相手に来社を請うとき、「午後イチに来てください」とだけいえば、呼びつける感じがして、たとえ発注側の言葉だとしても、いかにも権柄ずくになってしまう。こういうときに、「ご足労をおかけいたします」とひと言添えるといい。いわれたほうは、呼びつけられたという印象が不思議となくなるのだ。ビジネスシーンでは、部下が上の立場の人のところに行く、あるいは、受注側が発注側に出かけていくのが当たり前だ。ところが、現場を見てほしい場合など、上司が部下のポジションまで行ったり、発注側が製作現場まで出向いたりすることもしばしばある。こうした場合に、「ご足労をおかけいたします」は、絶対に忘れてはならないひと言だ。「ご足労をおかけし、恐れ入ります」「ご足労をおかけし、申し訳ありません」というと、さらに行き届いた挨拶になる。こんな挨拶をされれば、相手はていねいな挨拶にすっかり満足し、あなたの印象点も大幅にアップするはずだ。「わざわざお運びいただき、ありがとうございました」「お運びいただき、恐れ入ります」という表現もある。お言葉に甘えて──◉相手の申し出を受け入れるときは、このひと言を相手の厚意からの申し出を受けるときに、必ず添えたい言葉。厚かましい印象が消え、控えめでありながら、喜んで申し出を受けるという印象になる。訪問先で思いがけず長居をし、昼食時や夕食時になってしまった。そんなとき、「お食事でもいかがですか」と声をかけられた。あるいは、相手が出してくれたものに手をつけなかったところ、「どうぞ、お持ち帰りください。お子さまたちにでも……」といわれた。そんなとき、「ありがとうございます。では……」と膝を乗り出すだけでは、大人としては言葉が足りない。相手も、なんだか味けないと感じたり、物足りない返答だと感じるだろう。「お言葉に甘えて」は、そんなときにひと言添えるとよい言葉だ。「それでは、お言葉に甘えて、ご相伴させていただきます」とか「お言葉に甘えて、頂戴いたします」というと、より完璧な応答になる。「お言葉に甘えて」という言葉を添えると、〝ちょっと厚かましいかもしれませんが、せっかくおっしゃっていただいたので〟というニュアンスが加わる。その結果、厚かましい印象が払拭されるのである。食事をご馳走になったあとなどに、「お言葉に甘えて、すっかりご馳走になってしまいまして」のように使うこともある。また、何かをあげた側にしても、「お言葉に甘えて」といわれると、ていねいで行き届いた応答だと満足感が深まる。よく「では、遠慮なく」という人があるが、「遠慮なく」は、よほど親しい場合以外は使わない。親しい友達や同僚などに限定で使うものと覚えておくくらいで、ちょうどよいだろう。甥が、就職の世話をしてもらった叔父さんに、ご馳走したいといってきた。そんなとき、叔父にあたる人は「遠慮なくご馳走になるとするか」という。こんなやりとりがあると、甥は、一人前に扱ってもらえたと、かえってうれしく感じるものだ。遅ればせながら──◉人より遅れて参加するときなどに人より遅れて参加したり、遅れて何かを始めたりするときなど、ひと言、遅くなってしまったという気持ちを表したい。そんなときに使いたい言葉が、これだ。なぜか、情報が自分を素通りしていってしまうことがある。かわいがっていた後輩が結婚したことを、かなりあとになって人づてに耳にした。自分が長期海外出張に出ていた間のことらしい。さっそく、お祝いを贈りたいが、「今ごろになって……ちょっと間が抜けているかもしれない」という気持ちも混じる。そんなときは、祝いの品に添えるメッセージカードに「結婚おめでとう。遅ればせながら、結婚のお祝いまでに、二人の好きなシャンパンを贈ります。きっと気に入ってもらえると思います」などと書いたりする。「遅ればせ」とは、「遅れて馳せ参じること」から発展した言葉。戦国時代は、主と仰ぐ武将が参戦を宣言すると、その主のもとに馳せ参じ、功を競って働くのが武家の習いだった。このとき、馳せ参じるのが早ければ早いほど忠誠心が強い証しとされた。そんななか、道のりが遠い、兵を参集するのに時間を要したなどの理由で駆けつけるのが遅れた場合、「遅れ馳せながら」と挨拶した。それがこの言葉の起源

である。「遅ればせながら」と反対に、人に先んじて何かをするときは、「少々、先走りすぎるかもしれませんが」という。これも、戦国時代に使われた言葉の名残である。遅まきながら──◉何か新しく始めたことを人に伝えたいなら「六十の手習い」ではないが、定年退職後にピアノを始めたり、大学へ通ったりする人が増えている。人より遅れて始めたことを伝えるときに、ちょうどよい言葉とは?「遅ればせながら」と同じような言葉だが、「遅まきながら」と「遅ればせながら」は使い方がはっきり異なる。「遅まきながら」の「まき」は、漢字で書くと「蒔き」。つまり、本来の種蒔き時より遅れて種を蒔くことからきた言葉。普通より遅いスタート、人より遅れて始めることをいう。したがって「遅まきながら」は、けっして、他人に対する行為には使わない。つまり、「遅まきながら、お祝いを」とは使わないので注意しなければいけない。「今年、とうとう三〇代に突入なんです。遅まきながら、今年は英語検定に挑戦しようと思っています」などと、必ず自分の行為に対して使う。ご無用に──◉「いらない」という意思をやんわり伝える言葉自宅に人を招くとき、手みやげはいらないとか、友人などに結婚や出産のお祝いは気にしないでということを、傷つけることなく伝えたい。そんなときに重宝するひと言。夫と二人暮らしのところに、大きな箱入りのお菓子をもらっても、もてあましてしまう。そんな場合でも、「どうぞ、手ぶらでいらしてください」とはいいにくいもの。こういうときには、「お心づかいはご無用に。どうぞ、お気軽にお運びください」といえば、相手が目上でも失礼には当たらない。「ご無用に」とは、相手に心づかいをさせたくないという思いを伝えるときによく使われる言葉。「うちには用はありませんよ」、つまり「お断り」という意味になるわけだが、「いりません」「お断りします」「結構です」といわれるよりも、やわらかな響きになるため、カドが立たない。亡くなった方をしのぶ会に招かれたところ、案内状に、「供物・供花などのお心づかいはご無用にお願い申し上げます」とある。こうした場合は、「供物・供花などはいりません(お断りします)」という意味になることを知っておきたい。こう書かれているのに供物や供花を持参するのは、かえって礼に反することになるからだ。会場の都合があるのかもしれないし、あるいは香典として現金で受け取り、福祉事業に寄付したいと考えているなど、相手の意向を汲み取らないことになってしまう。「ご無用に」が使われ始めたのは江戸時代から。当時は虚無僧が門口に立ち、尺八を吹いては喜捨(寺社に寄進をすること。転じて、分相応の施しをすること)を求めることがあった。そんなとき、喜捨する気持ちがない、あるいは余裕がない家では、「ご無用に」(この家には用がありません。どうぞ、ほかの家にお回りください)といったもの。僧に向かって「間に合ってます」「お断りだよ」というわけにはいかないことから生まれた、知恵ある表現だった。ご放念ください──◉相手の過度の気づかいが気になったら何度も謝罪をされたり、贈り物をひんぱんにいただいたり…。こんなとき「もう、けっこうですよ」と伝えたいが言葉選びがむずかしい。いったい、どういえばいいか?ちょっとしたことをしてあげただけなのに、会うたびに「先日はすっかりお世話になり、本当にありがとうございました」とくり返しお礼をいわれる。いっけん、ていねいなようだが、過ぎたるは及ばざるがごとしというように、何度もお礼をいわれるほうは、だんだん気が重くなってきてしまう。そんなときに使いたいのが、「その件はもうご放念ください」。その件はもう気にしないでください、という気持ちをやんわりと、だが、しっかりと伝えられる言葉だ。お中元やお歳暮などが送られてくる。だが、できれば以後はそうした気づかいなしで、もっと気楽につき合いたい。そんな場合も「以後はご放念ください」という。「念を放つ」とは文字どおり、思い(念)から解き放たれること。そこから、もう気にしないでほしい、という意味になったのである。前にいったことを取り消したい。その件はその後、立ち消えになった。そんなとき、「前にいったことを取り消します」「あの件は中止になったんですよ」というと、ちょっときつい印象になる。「ご放念ください」は、そんな場合にも使われる。暗黙のうちに「もう、忘れてください」「あれは、なかったことにしてください」と伝えるわけだ。こちらのほうは本来ならば誤用だが、ビジネスシーンでも、けっこう使われることがあるので、社会人の常識として心得ておきたい。末席を汚す──◉集団や組織のなかで、自分をへりくだって表現するある程度、経験や実績のある人だけが集まる席に参加を許された。そんなとき、どんな表現を使えば、先輩たちに「生意気だ」と思われないだろうか。「末席」とは文字どおり、いちばん席次順の低い席。つまり、その集まりでもっとも下位の人間が座る席をいう。その「末席」でさえ汚すような自分、という意味になり、とことんへりくだり、低姿勢に徹した表現になる。「若輩者の私が、このような名誉ある会の末席を汚していられるのも、ここにおられる皆様方の寛大なお引き立てのおかげと心より感謝申し上げております」などと、続く言葉も最大級の敬語を使うほうが全体のバランスが整う。年配の人が多い集まりなどでは、心してこうした表現を使うようにすると、受けがよいはずだ。

おこがましい──◉「自分には身に過ぎたことである」と伝えるには晴れがましい役割を与えられたときなどに、自分はそのような者ではないが…というニュアンスをイヤミなく伝えたい。そんなとき、なんといったらよいだろうか。結婚式や会社の創立記念日などの晴れがましい席で、乾杯の音頭をとるように頼まれた。こんなとき、内心では、自分こそそうした役にふさわしいと思っていても、表向きは、自分には身に過ぎたことだと謙虚な気持ちを表現したほうが、好印象を与えるものだ。そこで、立ち上がって、「おこがましいことではございますが、ご指名ですので、乾杯の音頭をとらせていただきます」などという。「このような晴れがましい席にお招きいただくなんて、私にはおこがましいことなのですが……」のようにも使い、自分には身に過ぎていることを表し、謙虚な思いを伝える言葉となる。「おこがましい」の「おこ」は、漢字では「烏滸」。烏滸とは、「烏」のようにやかましく、「滸」(水際)に集まる人という意味で、後漢時代、黄河や揚子江に集まり、やかましく騒ぎたてる人を指した。そこから、「馬鹿げている」「みっともない」「物笑いになりそうだ」というような意味になり、さらに転じて、「出過ぎている」「差し出がましい」という意味になった。ぶしつけではございますが…──◉少々失礼なことを尋ねたい多少、失礼かもしれないということでも、確認しておきたいことがある。でも、いきなり切り出せば、相手に呆れられるかもしれない。では、どういえばいいか?しつけという漢字は「躾」。文字どおり、身の動き・言動を美しくすることをいう。「ぶしつけ」はその反対で、「少々、マナーに反することではございますが」とか、「少々、お見苦しいことかもしれませんが」という前置きと同じ意味になる。得意先の提示条件にあいまいな点がある。それを確認しておくことは、ビジネス進行上、どうしても欠かせないポイントだ。そんなときには、「はなはだ、ぶしつけではございますが」といってから、「この点について、もう少しくわしい条件を伺わせていただきたいのですが」などというと、相手に与える印象がやわらかになる。また、依頼をする場合にも、「ぶしつけではございますが、じつは少々、お願いがございまして」のようにいうと、いかにも恐縮した気持ちを相手に伝えることができる。「ぶしつけ」は、言葉づかいにも〝しつけ〟が必要なことを示す言葉だともいえそうだ。うがったことをお尋ねする──◉やや突っ込んだ質問をするときは話し手が言及しなかった細かなことや裏にある事情などを尋ねるときは、相手に恥をかかせたり、困らせたりしないように配慮したい。そんなときに添えるひと言がこれ。会議や講演などに出席して、やや突っ込んだ質問をするようなとき、「うがったことをお尋ねするようですが」と前置きしてから質問すると、「そこまで突っつくのか」と相手に悪感情を持たれる心配がなくなる。「穿つ」は穴をあけること。それも、雨水のしずくが長い時間をかけて岩石を削り、ついには鍾乳洞となるとか、洞窟をコツコツ手彫りしていくというように、膨大な時間や手間をかけて穴をあける、というときに使う言葉である。そうした意味から、「うがったこと」といった場合は「人の気づかないようなことをあばく」「微々な点を指摘する」というニュアンスになる。「うがった見方をすれば……」などと使う場合もあり、これは、「もっと細かく見れば」「微々な点を勘案して判断すれば」というような意味になる。有体に申しますと──◉本当のことをいいますよ、と相手に断るときに社交辞令という言葉もあるように、ビジネス関係ではなかなか本音をさらしにくい。でも、本当のことをいいたいときもある。そんなときには、どう切り出すべきか?「有体」とは、あるがまま、偽りなくいえば、という意味。「正直にお話しいたしますと」といいたいときに「有体に申しますと」という言葉を使うと、たちまち大人らしい表現になる。また、本来なら、他人には聞かせられない内情を、あなたにだけ特別にお話しします、というニュアンスも込められる。つまり、「あなたを信頼するからこそ、内情をお話しするのです」という信頼の情をも、言外に伝えることができるのである。「有体の礼を述べた」と使われることもあるが、この場合は、「通り一遍の礼」という意味になり、同じ「有体」でも、むしろ失礼な表現になるので注意したい。含むところがある──◉どんな思いを「含」んでいるのか?なんでもあけすけに話せばよいというわけではない。とくに恨み・怒りなどネガティブな思いを抱いているとき、その思いを察してほしいというときはこんな表現を。秘めごとなどない、とばかりに、あけっぴろげな物言いが大手を振ってまかり通る時代。だが、言葉にも「腹八分」が大事な場面はある。ときには間接的に、またあるときは婉曲的に、そのものズバリではなく、遠まわしに自分のいいたいことを表現するほうが、かえって、いいたいことがソフトに相手に伝わり、相手を深く傷つけなくてすむことがあるのだ。これこそ、まさに「言葉なさけ」というものだろう。「含むところがある」も、そうした言葉のひとつ。いいたいことをはっきり言葉にはしないが、お腹のなかにある思いをじっとためている。「含むところがあ

る」とは、腹のなかの思いを察してくれ、という表現なのだ。「彼は終始無言を通した。だが、その目は、我々に対して含むところがあることを物語っていた」などのように使い、彼は言葉では何も表現しなかったが、我々に対して恨みや怒りを持っていることが伝わってきた、ということを意味している。この例からもわかるように、「含むところ」の中身はよい思いではなく、恨みや怒りなどネガティブな思いを指すことが多い。恨みや怒りはそれを口にすることによって、自分で自分を煽ってしまうところもある。あえてその思いを口に出さず、じっと心のうちにためこむことは、自分自身を抑え、いたずらに怒りを爆発させないという効果もあることを知っておこう。いわずもがな──◉あえて口には出さないが、察してほしいときにある思いを抱いている。でも、言葉に出すのはちょっとはばかられたり、恥ずかしかったりする。そんなときに使える、便利かつ趣深い言葉。流行の〝ぶっちゃける(隠し事など、知っていることや思っていることをすべて話してしまうこと)〟とは相反する物言い。「いわずもがな」、つまり「いうまでもない」ということにより、かえって、本当ならばいいたいことを察してほしいと訴える、逆説的な表現になる。「いわずもがな」は、「いわず」と「がな」が合体してできた言葉。「がな」は上代に使われた、願望を表す「かも」「がも」が変じた言葉。「……であったらなあ」という思いを伝える言葉である。「私の思いは、いわずもがな、よね」「ぼくがキミに対して、どんな思いを抱いているか。いわずもがな、だと思うけど」などと使う。つまり「あえて、いわなくてもわかるでしょ」「いわないですんだらなあ」ということにより、かえって、切々たる思いを伝えることになるのだ。最近では、あえて口にしなくてもわかってほしい、という場合にも使われるようになっている。「Aさんは、いい人だけど気が短く、ちょっと怒りっぽい」。そんな人を評するとき、「Aさんはいい人だけど、でもねぇ、あとはいわずもがな」のように使う。こういえば、相手には「Aさんには、困ったところがある」と自分が思っていることが伝わる。だが、それをあえて露骨にいわず、「いわずもがな」といって逃げる。言葉には、事実をいやがうえにもはっきりと認識させてしまう効果があるからだ。すべてを話すより、「いわずもがな」ですませるほうが救いがあり、思いやりが感じられる。そのうえ、気がきいた言葉の使い方を知っているなという印象も与えられるのだ。やぶさかではない──◉そう積極的にではないが、参加する気持ちはあるとき相手の申し出に二つ返事で賛成するわけではないが、だからといって、反対し、背を向ける気持ちもない。そんな複雑な気持ちをどう伝えたらいいか迷ったら…。たとえば、ボランティアで子どもサッカークラブの運営の世話係をしてほしい、と頼まれたと想定してみよう。「私でよろしければ、お力添えするにやぶさかではありませんが」と答えたら、相手はあなたの気持ちをどう解釈するだろうか。もしかしたら、「なんで、ここでヤブやサカが出てくるの?」とキョトンとされてしまうだけかもしれない。「やぶさかではない」は、漢字で書くと「吝ではない」。「吝」は吝嗇の吝。ケチという意味だ。何かを頼まれたとき、それを拒むほどケチではない。つまり、狭量ではないという思いを示しているのである。つまり、「やぶさかではない」といったときは、「そう積極的ではないが、イヤというほどでもない」という意味になる。「やぶさかではない」という言葉を添えることにより、「どうしてもというなら、お引き受けしないでもありませんが」という謙虚な姿勢を伝えたり、「喜んで参加する」わけではないという微妙なニュアンスを伝えたりするわけだ。聞き手は、そのどちらの思いであるかを正しく汲み取るようにしたい。最近はもう少し積極的な意味合いが加わり、「骨惜しみせず、協力します」という、より前向きの意志を示す場合に使われることも増えている。よんどころない──◉どうしようもない事情ができたことを伝える言葉約束を変更したり、お誘いを辞退したりしなければならないが、相手にその理由をくわしく話す必要はない。そんな訳ありの事情が出来したことをひと言で伝えるには。「よんどころ」とは「拠り所」が変化した言葉。「拠り所」は、頼りにしてすがるところ、という意味である。「よんどころない」とは、そうした頼るところもないので、自分がひっかぶるほかに仕方がないという状況を表す。つまり、「仕方なく」「やむをえず」という意味に転じた言葉である。たとえば、取引先と打ち合わせの約束があった。だが、別の取引先でトラブルが発生。こうした場合、トラブルを収めることが最優先になるだろう。そんなとき、約束があった取引先には、くわしい事情まで話す必要はない。「大変、申し訳ありませんが、よんどころない事情が出来いたしまして、本日のお約束は後日に延ばしていただけませんでしょうか」と電話を入れれば、そこはビジネスパーソン同士、およその事情は察してもらえるはずである。「強引なA社のやり方には批判もないわけではなかったが、ほかに対案もなく、よんどころなくA社の提案を受け入れた」のように使うこともある。「よんどころなく」は多少古風であり、それだけに、「仕方なく」とか「やむをえず」など、日常、よく使われる言葉よりも重い響きを込めることができる。同じような意味の言葉に、「のっぴきならない」がある。これは、漢字で書くと「退っ引きならない」。つまり、もう引き下がる余地がない、とことん追い詰められたという意味になる。お茶をにごす──◉はっきり白黒をつければいいとはかぎらない正しいのか間違いなのか。進むか退くか。賛成か反対かと結論が見えない場合、あえて結論を出さないという道も。ごまかすのではなく、その一歩上をいく解決法は?煎茶道の家元に、お茶を振る舞ってもらったことがある。茶碗の底にほんの数滴ばかりであることには内心驚いたが、ひと口含むと、一滴のお茶が口中いっぱいに広がっていく。なんともいえないまろやかな甘みが咽

喉をうるおすだけでなく、心身のすみずみまで満たしていく実感があった。甘露とはまさにこのことなのだと、今でもその味は忘れられない。そのお茶は、黄金色をたたえつつ、かぎりなく澄んでいたことが、今でも印象に深く残っている。「お茶をにごす」は、本来、澄んでいるべきお茶をにごすということから、「ごまかす」という意味になり、さらに進んで、結論をはっきりさせずなんとなく曖昧にすませること、本来、なすべき解決策を講じないという意味にも使われるようになった。たとえば、新しいプロジェクトの話し合いが紛糾し、結論が出ないまま、相手は話し合いを切り上げようとする。そんなとき、「あ、ごまかした」といわれれば、たちまちカドが立ってしまう。しかし、「あ、うまいぐあいにお茶をにごして……」といえば、相手側も、「いえいえ、そんなつもりはありませんよ」と、やんわりかわすことができ、険しい雰囲気にならずにすむ。ときにはお茶をにごし、あえてひとつの結論に集約しないことが、もっとも知恵ある解決策になることもあるのだ。冥利に尽きる──◉これ以上の恵み、喜びはないという気持ちを表すには入社以来、手塩にかけて育ててきた部下が大きな賞を受賞し、しみじみ、人を育てる立場にあることの喜びが身にしみる。そんな気持ちをズバリ表現する言葉がこれ。本の「前書き」などに、「この本が読者のために少しでもお役に立てれば、著者冥利に尽きます」と書いてあるのをよく見かける。「冥利に尽きる」とは、この上ない喜びだという意味。「冥利」は仏の教えにある言葉で、「冥」は暗いこと、目に見えないことを表す。「冥利」となると、目には見えないが、そこここに満ちあふれ、知らず知らずのうちに与えられている仏の御利益という意味になる。やがて、社会や人から与えられる恵みも「冥利」というようになり、「冥利に尽きる」といった場合は、著者とか教師のように、ある立場にいる自分が受ける恩恵や恵みを意味するようになった。「著者冥利に尽きる」とは、著者として味わうだろう恵みや喜びのなかでも最高の喜びという意味になるわけだ。最近では、「選手冥利に尽きる」「役者冥利に尽きる」など、より幅広く使われるようになっている。年長者のなかには「冥加」と使う人もあるが、意味も使い方も「冥利」と同じである。ちなみに、芝居などに出てくる「冥加金」とは、寺社に奉納する金銭から転じて、質屋や両替商などが、特権に対する代償として大名などに献上する金のことをいう。今でも、お寺に供養をしてもらうために差し出す金を「冥加金」ということがある。徒や疎か──◉「粗略に扱うはずがない」と強調するときに絶対に無駄にはしない。そんな決意を、強い語調で伝えたいときには、こんな言葉を使うとよい。日本語の語彙が豊富であることも伝えることができ、一石二鳥。実にならない花を「徒花」ということからもわかるように、「徒」は中身がなく、空疎なことをいう。「疎か」は雑駁で、いい加減であることを意味する言葉。つまり、「徒や疎か」とは、どちらもいい加減で実りのないこと、無駄にすることをいう。この言葉のあとには、打ち消しの反語がつくのが普通。つまり、「粗略にしたり、無駄にするようなことはしない」という決意を表す場合に使われるのである。「せっかくいただいたチャンス。徒や疎かにはいたしません」といえば、「何がなんでも絶対にモノにしてみせる」という強い意志を伝えることになる。おめがねにかなう──◉「目上の人に認められた」とスマートに表現したい目上の人に知人を紹介した。気に入ってもらえたかどうか確認したいが、「どうでしたでしょう?」ではあまりにむき出し。そんなときにふさわしい言葉は…。「A課長、じつは、知り合いのBという者が、ぜひ御社とおつき合いできたら、といっているのですが、お力添えをお願いできませんでしょうか」と上司に話したところ、「まず、Bさんにお目にかかってみてからのことだね」とA課長。もっともな返答だ。そこで、Bさんを引き合わせたところ、「しっかりしたいい方のようだね。会社も堅実な仕事をしているようだ。近く、わが社の担当部長にお引き合わせしよう」という返事が返ってきた。つまり、Bさんはまず、Aさんの人物チェックをクリアしたというわけだ。こんな場合、「ありがとうございます。BはなんとかA課長のおめがねにかなったようで、私もほっといたしました」などという。Bさんに対して、「よかったな。A課長のおめがねにかなって」と使うこともある。「おめがねにかなう」とは、目上の人に気に入られる、認められるという意味。つまり、「めがね」という言葉で相手の眼力・鑑識眼をソフトに表現しているわけである。この言葉を使う場合、相手は目上の人に限定されるため、「めがね」ではなく、必ず「おめがね」と、敬称の「お」をつけることを忘れないようにしたい。ところが、実際に仕事を頼んでみたところ、BさんはA課長が見たほどの人物ではなかったということもある。そんな場合、A課長は、「どうも私のめがね違いだったようだ」「めがねが狂った」などという。一身上の都合──◉それ以上は聞かないでほしいときの便利な言い回し深い事情はいいません、こちらもあえて聞きません、という大人の心づかいを物語る便利な言葉。転職時代、一生の間に何度、この言葉を使うことになるのだろうか。「このたび、一身上の都合で退職させていただきたく……」のように、自己都合で会社を辞める場合の決まり文句。本来なら、それまで育ててもらった会社である。辞めるにしても、その理由をはっきり示すのがマナーだと思う気持ちもある。

だが、正直に、ヘッドハンティングされたので、と書くわけにもいかない。ほかにも、はっきり言葉に出してしまえば、身もふたもない、という場合が少なくない。そんな場合に、「一身上の都合」と書けば、「それ以上は聞かないでね」という暗黙の意思表示になるわけである。考えてみれば、会社を辞める理由はそう多くはない。①独立する、②転職する、③病気療養のため、④結婚や育児などのため家事に専念する、⑤親の介護などのために故郷に帰る……など、五本の指を折るぐらいではないか。しかも、③~⑤の理由なら、「退職届」を出す前に、上司や同僚におよその事情を打ち明けているだろう。だが、こうした場合も「一身上の都合」と書くことが多い。どんな事情であれ、退職にあたっては、グチはいっさい口にしないこと。また、仕事上、知り得たことは口外しないことも、ビジネス上のルールと心得よう。

 

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