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1章 早起きは三億の得―非常識に稼ぐ社長の「朝活」

早起き生活を持続するための、たったひとつの鉄則

こんなことを書くと読者から怒られるかもしれませんが、朝型生活に移行できない人というのは、率直に言えば、朝早く起きても特別することがないからです。

朝ギリギリまで眠っていても何ら支障がない、これでは朝型に切り替える意味がないというものです。

僕の朝は先にも書きましたが、ハードスケジュールです。メールチェック、日報チェック、ジョギング、お風呂で読書、ピアノ練習と4つも5つも日課があります。

これらをこなさなければ1日が始まらないのです。

これは習慣になっていますので、国内、海外、どちらへ旅行に行っても、朝起きるのは非常に早い。

だから泊まる部屋はスイートルーム、もしくは寝室とリビングが別々になってなくてはなりません。家族まで起きだしてしまいますから。

というわけで、早起き生活を始めたいと思ったら、「朝やらなくてはならないこと」を決めましょう。もしなかったら、つくりましょう。そしてそれらを決めたら、けっして夜にはやらないこと、です。

たとえば、

  • ・お風呂で湯につかりながら1時間読書をする
  • ・読んでいる本の感想をまとめるブログを毎朝更新する
  • ・早朝ウォーキングを必ず30分やる
  • ・ペットを散歩に連れて行く
  • ・近所のゴルフ練習場に早朝練習に行く

……などなど、なんでもよいと思います。

ただし、これらの中に、運動つまり身体を動かす日課を最低ひとつは入れましょう。身体を動かせば自然に脳が活発に動き出しますし、日頃運動不足であればとにかく気持ちがよい。

こうして、朝の日課、朝やらなくてはならないことを最低ひとつ、できれば3つはつくりましょう。自分の副収入につながるようなことでも、よいと思います。

僕はまさに副収入を獲得すべく朝型に切り替えたのです。たとえば、FX(外国為替証拠金取引)でもよいし、ブログ・アフィリエイトでもよいと思います。

書店にいけばサラリーマンでも簡単に始められる副業の書籍がたくさん出ています。やはりお金が絡むとモチベーションも上がるというものです。昼休みや通勤時間は、できる限り昼寝をして過ごしましょう。

目を閉じているだけでもよいと思います。早朝から激務になれば、かつてなく簡単に昼寝モードに自分を切り替えることができるはずです。夜、僕のようにお酒に頼れない人は、あえて難解な本を携えてベッドに入りましょう。

何度も読まなくては理解できないような本は眠気を誘ってくれます。

間違っても東野圭吾さんのようなミステリーはいけません。逆に頭が冴えてくる可能性がありますので。

考えてみると、土光敏夫さんではないですが、すべき業務が多すぎるという人に、朝型が多いようです。

彼らは、こなすべきタスクが多いのです。だから集中して仕事に向き合える早朝はとても貴重な時間であり、自然と朝型になるわけです。

サラリーマン時代は早起きが苦手だったさて、結局僕は独立直前から現在まで、早寝早起きを続けていることになります。かれこれ10年以上です。

先に書きましたが、サラリーマン時代の初期は、実は早起きが苦手でした。会社に行きたくない、というか、はっきりいって仕事が好きじゃありませんでした。

社長は父で、取り巻きがたくさんいて、僕は将来を期待されていて、非常にプレッシャーがかかっていました。

正直、僕はその会社のビジネスになんの興味も関心もなかったというのが本音です(すみません、ご先祖様)。

だから朝起きるのが苦手だったのです。しかし、斜陽産業にあったその会社、給料は安かったです。

さらに結婚もして子供ができ、とてもそんな給料では贅沢な生活が送れないと思い、考え方を変えました。会社以外でガンガン稼がないと、人生とんでもないことになってしまう。

でも地方都市で、アルバイトなど恥ずかしくてできないし、やったところでお小遣い程度、それじゃ我慢できないわけです。

もっと稼がなくては、ということでインターネットビジネスを始めたのです。先述した通り、その最初が翻訳でした。この過程で、早朝という貴重な時間帯を発見したのです。

すると、この仕事の報酬の受け取り人は自分だけである、という思いがモチベーションとなり、早起きがまったく苦痛でなくなりました。

お金がない=人生の先行きが不安である→自分で会社の収入以外の柱をつくる→副業を始める→報酬が入り始める→早朝は仕事がはかどることを見つける→より収入が増える→モチベーションが上がり、早起きが苦痛でなくなる→朝型生活の習慣化という図式です。

現状の収入、生活レベルで満足している人は人生を変えてやろうとは思わないでしょう。

だから、そもそも朝型生活に関する書籍など読まない。

反対に、あなたが本書を手にしているということは、現在の生活に不満を抱えている、とりわけ収入面でもっと伸ばしたいという意欲を持っている可能性が高いといえます。

そういう人たちの中には、早起きしてキャリアアップのために資格試験の勉強をしよう!という決意をされる方も多いと思いますが、「勉強」でモチベーションを維持するのは難しいといえます。

寝起き直後の勉強は、苦痛を伴うからです。苦痛はモチベーションを低下させます。

もしあなたが資格試験の勉強をしたいのなら、その前に30分近所をジョギングしましょう。

まず身体と脳を活性化させ、その後、お風呂で半身浴をしながら参考書を読んだほうがよほどよいと思います。リフレッシュした脳は吸収力が違います。

勉強は机に向かってノートとペンを持たなくてはできない、などということはけっしてありません。

日本を代表する「知」の巨人、浅田彰氏(京都造形芸術大学大学院長)は、マルクスの『資本論』はどう考えても寝転んで読むしかないようにできている、とその著書『逃走論』(筑摩書房)で書いています。

また、年に数回しかない資格試験となると、朝型生活の成果が見えるまでに多少時間がかかります。人間というのは、自分の行動の成果が見えないとモチベーションが下がります。

つまり相当強い必要性、あるいは学習への意欲がない限り、資格試験の勉強は、朝型の活動としては選択しないほうがよいかもしれません。

遠足当日の子供が、眠っている場合じゃないと早起きしてしまうような状況をあなたにもたらすのが「目標」です。もちろん、試験勉強が楽しくて楽しくてしょうがない、というのであれば話は別です。

ぜひ早朝勉強してください。

会社の仕事が嫌いなら、資格を取るための勉強よりも、独立を考えて、独立するために何をすべきか一生懸命考えたほうがよいかもしれません。

「早起き」は人生に革命を起こすトリガー夜型生活の人が朝型に切り替えるのは、必要に迫られない限り至難の業だと思います。

僕はとにかく生活を改善したい、収入を増やしたいという必要に迫られていました。その意欲、いってしまえば金銭欲ですが、それは鉄の柱のごとく硬く太かったのです。

朝型に切り替えようとして、多くの人が失敗するのは、この点が欠けているからです。

とりあえず朝早く起きて何かしよう、特に必要もないが読書でもしよう、といった程度であれば、間違いなく3日坊主で終わります。僕は単なるライフスタイルとしての早起き生活、朝型生活にはなんら魅力を感じません。

誰だって歳をとれば夜寝るのが早くなり、自然と早起きになります。それを今模倣したところで、意味はない。

そうではなく、人生に革命を起こすためのトリガーとして朝型生活を導入しよう、というきわめて生産的でポジティブな活動として提案しているのです。

朝型生活を薦める本はたくさんあります。

しかし、それらは健康維持であるとか時間の効率活用という表面的な事項だけにポイントをおいた書籍、あるいは早起きテクニックにフォーカスした書籍が大半です。

本当に大切なのは、朝型生活を実践すること、ではありません。大切なのは、早起きしてあなたは何を成し遂げられるか、ということです。

朝型生活に切り替えることで新たなインスピレーションを獲得し、仕事を加速させ、人生にポジティブな革命を起こすことなのです。

僕は、自分の考えを人に押し付けようとは一切思っていません。ただ、朝型に切り替えたことで僕の人生に変革をもたらしたのは事実です。

なので、僕の考えに同感してくださる方だけ実践していただければと思います。

次の章では、人生にポジティブな革命を引き起こす、いわば〈攻撃的な〉朝型生活を導入するために必要な「思考的なバックボーン」について語りたいと思います。

 

2章 二兎を追うものは3億を得る―非常識に稼ぐ社長の常識は、世間の非常識

目次

「ことわざ」を疑え

日本には伝統的に守るべきだと考えられている生活習慣があり、さまざまなことわざとして先祖代々から語り継がれています。

「早起きは三文の得」しかり、「二兎を追うものは一兎をも得ず」しかりです。

しかし、それらのことわざは当時の社会システムを堅持・補強するために、あるいは政治や行政を円滑に進めるために、権力者側の都合でつくられたと思うのです。

権力構造を補強、強化するために、言葉(=ことわざ)によって統制をするわけですね。歴史を振り返ると、日本も西欧も封建的な社会でした。

土地を所有する地主、領主がいて、そこで働く農民がいるわけです。農民の子供は一生農民でした。武士の子供は武士。鍛冶屋の子供は一生鍛冶屋。羊飼いの子供は一生羊飼いでなくてはなりませんでした。これこそ、権力者にとっては一番都合がよい構造でした。

そのような社会構造を補強することを目的に「二兎を追うものは一兎をも得ず」「石橋を叩いて渡る」「出る杭は打たれる」などの、ある意味非常に保守的、反動的、保身的なことわざが生成されたわけです。

ところが今、「お前は八百屋のせがれだから将来も八百屋だ」なんてことはけっしてありません。職業選択の自由が憲法でも認められています。

江戸時代では藩から勝手に藩の外、もしくは別の藩の土地へ引っ越しをすることさえ禁じられていました。人々は土地に縛り付けられていたわけです。

それも考えてみれば当然で、その当時人々の大多数は農民で、農民は土地という生産手段がなくては生産活動ができません。したがって、結果的に土地に縛り付けられているわけです。

結局、誰が生産手段を所有しているか、という問題がここで出てくるのですが、それは江戸時代あるいは資本主義の初期においては、資本家あるいは地主でした。

彼らが生産手段を持っているので、労働者はそういったモノ(工場、機械)や土地に縛り付けられざるをえなかった。

しかし、社会の経済構造は大きく変化し、僕たちの労働は地上から離陸し、電話回線と通信衛星と海底ケーブルを通じて世界中を飛び回り、さまざまなネットワークを通して富が創出されるようになりました。

ノートパソコンが1台あれば、誰でもどこでも仕事ができる、お金を稼げるような世界が登場したのです。僕たちはまさに、そんな世界に生きています。バーチャルな金融市場では富が勝手に膨れ上がり、創出される。

しかしその富創出の構造が崩壊するや(サブプライム問題、リーマンショック)、それが逆に実体経済に影響を与えるという、300年前では考えられなかったことが現実となっているのです。

このように昔とは経済構造が激変した時代で、魚屋のせがれが魚屋を継ぐなんてのは珍しいケースです。跡継ぎがいなくなった駅前商店街はどんどんシャッターを降ろし、ゴーストタウン化していきます。

それはそれで寂しいことではありますが、もう後戻りするわけにはいきません。下部構造、すなわち社会の経済構造が、上部構造、つまり政治、法律、文化、風習、人々の考え方といったものに色濃く影響を及ぼすといったのはカール・マルクスです。

今では主婦やサラリーマンが自宅でインターネットを使ってオークションをしてお金を稼ぎ、FXや投資でお金(お小遣い)を稼いでいる人がどんどん増えています。

サラリーマンの中には、副業収入のほうが本業の収入よりも多いという方がかなり多いです。僕もそのひとりでしたから。

こうなると、従来の「雇用」という概念も実は経済の内側から、近い将来、崩壊するのではと思います。実に封建主義的な色彩が残る終身雇用制度なんて、とっくの昔に崩壊しています。

今の20代の若者たちで、一生ひとつの会社に身を捧げる、なんて思っている人はいないのではないでしょうか?2011年3月11日の東日本大震災、そして処理に今後まだ何十年もかかるであろう福島原発問題以降、僕らの考え方、価値観は大きく変わっていると思います。

すなわち、会社あるいは組織に依存し、1本しか収入の流れがないライフスタイルはきわめてリスクが高いものである、ということを皆認識し始めています。

一カ所に定住するしか収入を得ることができないライフスタイルに、不安を抱き始めています。

万が一のことがあればいつどこへでも家族を連れて移住できるような、さらにそこでも家族を食べさせていくことができるようなライフスタイル。

そういったものを模索しようとしています。しかし、頭では分かっていても、この考えを行動に移すことはなかなか難しい。

なぜなら、僕らの行動や考え方というのは、これまで家庭で学校で社会で教育された、伝統的な価値観に縛られているからです。

と考えると、僕らはこれまで受け継がれてきた思考慣習、行動規範を一度疑うべきではないかと思います。

言い換えれば、僕らの行動パターンとか考え方、感じ方というのは、古くから伝わる規範などに実はかなり縛られているのです。これを僕は〈思考の重力〉と呼んでいます。

そして、〈思考の重力〉から自由になるための生活習慣のひとつが、早起きだと確信しています。

早起きの爽快感には、自分のこれまでの行動や考え方から自由になれる、それほどの解放感があるのです。

「二兎を追うものは三億を得る」「急がば回るな」が正しい前項で提案した「ことわざの否定」。これをもう少し続けてみましょう。

たとえば、「二兎を追うものは一兔をも得ず」。今風にこのことわざを言い換えるなら、ズバリ、「二兎を追うものは三億を得る」のです。

インターネットビジネスは個人が簡単に自宅で始めることができます。オークションにせよ、アフィリエイトにせよ、自宅でできるのです。この不況で、副業を認める企業も増えています。

もしかしたら、軽い気持ちで始めた副業がとてつもない収益をあなたにもたらしてくれるかもしれません。

「急がば回れ」ではなく、「急がば回るな!」。これはゴルフの石川遼選手のブログのタイトルにもなっています。

「イソガバ、マワルナ!」。今はスピードの社会です。「回って」いる暇などありません。あらゆることに速さが求められます。

ちなみに石川遼選手は早寝早起きで有名です。

プレッシャーのかかる優勝争いの最終日、どんな選手でも緊張して前日はよく眠れません、という話を聞きますが、石川遼選手の場合は逆です。

「昨夜は9時に寝ました」と、なんでもない顔でスタート前のインタビューに答えているのをテレビで見た人も多いでしょう。

早起き生活を子供の頃から実践し、結果的に15歳、高校一年生でプロのトーナメントで優勝してしまう。まさに奇跡が現実となっているエピソードのひとつだといえます。

「急がば回るな」に話を戻すと、これは、ビジネスの世界ではとりわけ求められる姿勢です。都心の一等地にある地主がいるとします。

彼は地価がもっと上がると思ってデベロッパーによる土地買収交渉を断り続けていたら、社会情勢が変わり不況になり売るにも売れなくなったなんて例がたくさんあります。

もう目も当てられません。「果報は寝て待て」現代社会で寝て待っていたら、チャンスはもう遠くに去っています。

起きたときにはもうあとの祭り。もしかしたらそのまま寝すぎて起きられず、ニートになってしまうかもしれません。

ものすごいスピードで大量の情報が飛び交う現在、真に価値のある情報は一瞬で目の前を過ぎ去ります。

「果報」などというものはそれ自体、幻想だったと、後になって気づくかもしれません。そして、前項にも書きましたが、早起きは三文の得ではなく、三億の得です。

三文というとピンと来ませんが、三億だったらイメージできると思います。そうです、サラリーマンの平均生涯年収です。

この三億が、早起きによって新たにつかめるのです。つまり、早起きによって生涯年収が倍になるわけです。人によっては早起きは30億の得、いや、それ以上の得になるかもしれません。

もう、ぐだぐだ寝てられませんよ。ことわざの中には、否定のしようもないものも当然あります。

「猿も木から落ちる」。

これは、どんなにその分野に秀でている人でもときには失敗するということ。そのようなことわざは、否定しようもありません。僕らが注意しなくてはいけないのは、僕らの行動を阻害するものです。

行動にストップをかけるものです。

それらはことわざのような形になっていることが多いのですが、注意深く見ると、保守的・封建的な思想をバックグラウンドにしていて、権力者の体制維持に好都合なのです。

これらこそ、〈思考の重力〉です。油断していると、僕たちの行動を知らず知らずのうちに縛ってしまうのです。だから、ことわざを否定したり、新しいことわざを考えたりすることをお薦めします。早朝の日課にしてしまうのが、ベストですね。

目標にするのは、数字よりもモノモノに対する欲望というのは、人間の存在の根源に触れるほど、深いものだと思います。

自分ではうまく言葉にできない、暗くドロドロしたものです。理性でなかなか制御できない部分です。

経済的に大成功している人物は、制御できないあらゆる欲望のエネルギーを、まったく反対方向ともいえる明瞭でポジティブな行動に転化しているのかもしれません。

時に人間の行動をかきたて、時にエスカレートさせる要因も、この物欲に根ざしているものがあると思います。

目標を設定する場合、月収100万とか年収3000万とか抽象的な数字をもってくる人が多いのですが、これは実はダメなんです。

ポイントは、モノをもってくること。人は物欲に流されるというのが前提です。モノは脳に客観的なイメージを浮上させるから、分かりやすい。

理解しやすい。無意識を刺激しやすい。行動をエスカレートさせやすい。

たとえば、「1年以内にメルセデスベンツSクラスをキャッシュで買う」。これです。普通、この車は1500万円くらいします。そこで、「今年の目標年収1500万円」と書く。

あるいは、「今年の目標ベンツをキャッシュで買う」として、机の前あるいは手帳にメルセデスベンツの写真を貼っておく。

さて、どちらが行動をエスカレートさせるでしょうか?(ベンツはたとえです。自分が分かりやすい物をあてはめてください)数字というのは理性が把握する部分です。

所詮理性でとらえた概念は、人間を突き動かすには弱いのです。

ところが、ベンツ、あるいはエルメスのバッグでもいいですが、そういうモノは、イメージとして視覚的にとらえる場合、それ自体がさまざまなストーリーを持ちます。

あのスポーツ選手が乗っているベンツ、あの社長が隣に美女を乗せ六本木で乗り回しているフェラーリ、あの女優が映画の中で持っていたエルメスのケリー……といったように、物語を持ちます。

物語。

それは、言葉を変えると目には見えない魔力と言ってもよいかもしれません。そこをしっかりととらえること。ドロドロとしたモノへの欲望を行動に転化すること。目標設定をする場合に掲げるモノは、実現可能性が比較的高いものがよいと思います。

たとえば、先ほどの車というのは、ちょっとがんばれば手に入れることができますね。

麻布に敷地200坪の一軒家を建てる、は実現可能性が低いですが、車(ベンツ、BMWクラス?)だったらがんばれば誰でも入手可能です。

僕が社員のモチベーションを上げるために最近使っている言葉は、「来年の社員旅行は全員、ビジネスクラスで行こう!」です。

これは分かりやすいです。「来年は月商●●●●万円!」よりも分かりやすい。

実際、自分の身に関わることなので理解しやすい。そのうえ、無意識を刺激するのです。

目標は、紙に書いてもダメ「目標を紙に書く」という行為そのものが仕事になっている人がいます。

よくある成功法則本、自己啓発本もそうです。

第一章には、繰り返して「目標を紙に書こう」と出てきます。

あなたの目標をここに書いてください、なんて空白欄まで用意している本があります。

で、「家族でハワイ旅行!」とか「年収1000万円必ず達成する!」と書きつけます。

それであなたの行動はエスカレートしましたか?それで夢は実現しましたか?こういう自己啓発本を見る限り、本当に著者が経済的に成功しているケースは、かなり稀だと思います。

過去にちょっとうまくいったことがある程度の著者が非常に多い。

だから先のような目標を書け、という記述を見ると、僕は吐き気を催します。

もちろん、自分の目標を見失わないように、目標を再確認することはとても重要です。

時々、脳に刺激を与えてあげるわけです。

しかし、もっとも大事なのは、「他者との差異」を強く意識することです。

「他者との差異」って何?と言われそうですね。

「じゃあ、石田は目標を書かなかったのか?」という疑問も出てくるかもしれません。

というわけで、僕が以前にやっていたことを、正直にお話ししましょう。

東京に出てきたばかりの頃、僕はあまりお金がありませんでした。

それで、週末よくやっていたことが「高級住宅街ツアー」です。

こんなこと書いてると恥ずかしいからやめなさい、というカミさんの声が聞こえますが、まあ、これはある意味重要なんで書いちゃいます。

2000年。

今から10数年前ですが、独立して新潟から上京してきた僕は品川区の家賃15万円のマンションに住んでいました。

品川といってもやや下町の風情が残る、東品川というエリアです。

ここから車で5分、第一京浜を都心に向かったところに、御殿山という高級住宅街があります。

そこへ家族を乗せて車で行くのです。

品川女子学院中学・高校の横の細い道を車で上がっていくと、御殿山の住宅街に入ります。

ちょうどホテルラフォーレ東京の裏手です。

幕末開国の頃、高杉晋作、井上聞多(馨)、伊藤俊輔(博文)など長州藩士らが、英国公使館を焼き討ちした場所です。

御殿山。

土地だけで数億の物件がずらりと並んでいます。

車が3台横並びで入るガレージには、セコムの監視カメラ。

なんとも言葉に表現しがたい富と成功の象徴がずらりと並ぶ。

そこを車でぐるぐるまわるわけですね。

かなり怪しいです。

ただそれだけ。

それだけで、なんとなく成功した人間に1歩近づいたような気になったものです。

逆にいえば、同じ人間としてこの不平等はどこからくるのか?と考えたものです。

彼らと自分は何が違うのか?おそらく坪単価で数百万円の家に住む人間と、家賃15万円の人間には何か決定的な差異があるはずだ。

彼らにあって僕に欠落しているものは何なのだろう。

人は、「他者との差異」によって自分の輪郭をはっきり認識できます。

他者という鏡によって自分の姿を認識するのだ、と心理学者は語りますが、これを僕なりに言い換えれば、「人は他者の所有物によって、矮小な自分の姿を認識するのだ」となります。

そして、そこから今の自分が何をしたらいいのか。

じっくり考えることになるのです。

この「他者との差異」をしっかり認識するためには、僕のように現物(御殿山の高級住宅街)を見に行ったり、前項で書いたように他者がすでに持っていて自分が持っていないモノの写真を見たりすることが不可欠です。

単に目標を文字にするだけでは、「他者との差異」は永久に分かりません。

失敗から学ぶ、という嘘先日、雨の中でゴルフをやったんですが、一度、思わぬミスがきっかけで、大たたき。

その後、何をやってもうまくいかず。

一度、悪いスパイラルに入っちゃうと、次へ次へと引っ張ります。

ゴルフの場合、失敗するとものすごく不安にかられ、気にしなくていいことまで気にしだします。

ビジネスも一緒です。

一度悪いスパイラルに入ると歯止めがきかず、ブレーキが壊れた車が坂を下るように、落ちていきます。

こんなとき、世の賢者たちは口を揃えて、「失敗から学べ」と言います。

いかにもそれが正論といった構えで「失敗から学べ」と。

しかし僕は、失敗から学ぶことより成功から学ぶことのほうが数倍多いと思っています。

もっとはっきり言ってしまうと「失敗からは学ぶべきものは何もない」と思います。

「成功」を通じてどんどん強くなっていく。

これは夏の高校野球でも時々みかけます。

まったく名前を知られてない高校が不思議と勝って気がついたら甲子園の決勝まで進んでいる、といったことはよくあることです。

たとえば2009年夏の新潟代表の日本文理高校。

僕の出身地である新潟県というのは、日本弱小3県(山形、新潟、富山)のひとつと呼ばれ、トーナメントのくじびきでそれらの県に当たると、相手チームはラッキーと思うようなところなのです。

その新潟代表が、なぜか次々と甲子園常連の強豪チームを破り、気がつけば決勝戦で愛知代表の中京大中京と戦っている。

しかもこのときは10対4で中京が大きくリードして最終回へ。

誰もが中京の勝利を確信しました。

ピッチャーは打者2人を悠々アウトにし、あとひとり。

得点差は6点。

走者なし。

最後となるであろうバッターからも楽々2ストライクをとり、追い詰めた。

しかし、ドラマはここから始まったのです。

なんと、ここから怒濤の反撃です。

9回表、走者なし、2アウト2ストライクという絶体絶命の崖っぷちからの反撃。

2塁打、3塁打の長打が飛び出し、相手のエラーも出て、1点差の10対9まで迫ったのです。

なおもランナーは1塁、3塁。

1打同点どころか逆転の可能性すらあった。

結果的には最終バッターの打った、外野に抜けるかと思われたライナー性のボールがサードのグラブに収まり試合終了。

10対9で中京大中京の優勝で終わりました。

もう日本中が感動した、高校野球の歴史に残るゲームでした。

この奇跡的な反撃を成し遂げた日本文理のメンバーは、トーナメントという何日も続く試合に勝ち続けることで、どんどん我が身のスキルを上げていったのです。

ここには、どこにも失敗体験などないではないですか。

強烈な成功体験が、選手たちの潜在的な能力を引き出している。

それがとんでもない成功へと選手たちを導くわけです。

こう書くと、世間の「失敗賛美論者」からお叱りの言葉をいただくかもしれないけれど、失敗から学ぶことに比べると、成功から学ぶことの価値は比較にならないのです。

いつも歩いて通っている駅までの道にマンホールがあってそのふたがなぜか外れていて、穴に落ちてしまった場合、あなたは二度とその失敗を繰り返さないでしょう。

これが、失敗から学ぶことのすべてといっていいと思います。

一度体験した痛みを二度と味わいたくない。

つまり失敗しないためのルートを学ぶこと。

失敗から学ぶのは成功へのルートではなく、二度目の失敗を避けるためのルート(手法、方法)なのです。

失敗がないから、相対的に成功へ近づくと考えていいでしょう。

しかし、僕らが必要なのは、「こうしたら失敗しなくて済む」ではなく、「こうしたら成功した」です。

というわけで、まずは最初の成功を摑みとることです。

そしてそこから教訓を得ること。

これが大切だと思います。

自分自身を振り返ってみると、小さなひとつの成功によって火がつき加速し、さらに次なる大きな成功へとつながった、ということが多々あります。

むしろ、失敗をしていると引き続き失敗し続けることが多い。

たとえば僕は現在、輸入ビジネスやアフィリエイトやリスティング広告のプロたちと組んでオンラインスクールを複数運営しています。

どれも成功していますが、これらは石田塾の成功ノウハウをベースにしています。

さらに石田塾自体も、その直前に爆発的に売りまくった情報商材「ザクザク稼ぐメールマガジン」の成功がなかったら、到底実現できなかったでしょう。

さらにこのネタ元になったのは、僕が2001年から配信しているメルマガ「毎日1分!英字新聞」です。

この「毎日1分!英字新聞」の最初の成功がその後、現在にいたるまでの成功スパイラルを巻き起こしているといっても過言ではありません。

僕は失敗から教訓を得ようなどとは、思ったためしがありません。

むしろ、失敗はすぐ忘れるタイプかもしれません。

悪いイメージに引きずられてはダメだと思います。

この世には悪循環、負のスパイラルが存在します。

一度これに落ち込むとなかなか這い上がれない。

好転換できません。

好転換するには、なにかしら成功体験が必要です。

失敗から学べる人も確かにいることはいる。

でも彼らは、ものすごく自分を客観的に分析することができる、もともと頭のよい人たちなのでしょう。

彼ら失敗賛美論者の言葉を鵜呑みにしてはいけません。

あなたは「有料ブリッジ」になれるか?米国のネブラスカ州にあるオマハという辺鄙な田舎町から世界の金融市場を動かし、資産の85%を慈善団体に寄付すると声明を発表した、投資家ウォーレン・バフェット氏。

彼が率いるバークシャー・ハサウェイ社が、投資先を選定する上で非常に重要な尺度としているのは、その会社が「有料ブリッジ」であるかどうかです。

有料ブリッジというのは、橋を渡るのにコイン(25セントとか50セント)を投げ込まなければならない橋です。

米国ではよく見かけるのですが、コインを投げ込む料金所をイメージしてもらえばよいと思います。

米国ではこの有料ブリッジ、多くが都市の幹線道路にあります。

そして渋滞の大きな原因を作っています。

ところが人々は使います。

というか使わざるを得ない。

他に選択の余地がないからです。

まさか車をかついで川を渡るバカはいませんし、遠くにある無料の橋を使うのはかなりの迂回となり、ガソリン代もかかります。

なら50セント払って有料ブリッジを通ったほうが結果的には安い、ということです。

消費者が選択の余地なく買う商品を生産、販売する会社。

これを「消費者独占型企業」と呼ぶのだそうです。

消費者独占。

英語でconsumermonopoly。

企業が消費者を独占しているんですね。

もう他に選択の余地はない。

たとえば、バフェットが筆頭株主であるコカ・コーラについては、全世界で、もうコカ・コーラ以外に選択の余地はほとんどないわけです。

売り手、つまり、雑貨店もスーパーもコンビニも、コーラは絶対おかなくてはならない。

これをおかなかったら客足に影響を与える商品。

これがコーラ。

隣人もコーラ。

娘もコーラ。

僕もコーラ。

なんです。

こういう企業に投資しなさい、と。

独占型だから企業として経済的に強いのだから、と。

それは、あらゆるビジネスにいえると思います。

自社の商品しか選択の余地がない、というのは市場で最強のパフォーマンスを発揮できます。

他に競争相手がいないから、市場を独占できるんです。

僕が主宰した石田塾にせよ、ネットショップと連携した輸入ビジネス塾にせよ、圧倒的に集客できました。

なぜか!???消費者独占だからです。

他に類似商品がないんです。

書店にいっても、僕のビジネスノウハウが分かるような、まともな本がないんです。

だからそのノウハウを手にいれようと思ったら、その商品を買うしか他に選択の余地なし。

買うか買わないか。

買うんだったらどれを選ぶか。

ではなく、買うんだったらこれしかない。

これです。

これにより、あなたは自由に値決めをすることができ、プライスリーダーとなり、高い粗利を取り、企業成長の爆発力を得ることができます。

だから、ビジネス本に書いてある手法などをどれだけ読んでも、意味がないのです。

結局は二番煎じでしかなく、二番煎じのプレーヤーは常に二番煎じなので、競争の中で利益を削るしかなくなるわけです。

だから、会議で誰かスタッフが提案をすると、僕は「それは誰かすでにやってないか?」をまず考えることにします。

マーケットの流れがどうの、なんて考える必要はありません。

マーケットの潮流に合っているかどうかは二の次。

まず考えるのはその商品、サービスが市場でオンリーワンか否か、ということです。

しかし、市場に独創的な商品を投入したが誰も必要とせず、まったく売れなかったというのでは目も当てられませんので、やはり消費者がその商品を望んでいるのかを調査する必要はあります。

需要は大きいが、需要に応える商品が市場にない。

これを狙うわけです。

こういうものがあったらいいな、でも見渡してみてもどこにもない、これを狙います。

会社で新商品の企画書を書くときも、まずはそれが市場でオンリーワンか否かを考えてみるとよいでしょう。

誰かの成功事例の後ばかりをおいかけているのではなく、まったく異なるアプローチで市場の需要を自分の目で見つめてみること。

ここに成功の鍵があるのではないかと思います。

僕があまりビジネス書の類を読まない理由も実はここにあるのかな、と思います。

あなたを破滅に向かわせる「悪しき習慣」を撲滅せよ仕事でもなんでも、とりわけ深く考えず、習慣的にやっていることがあるとします。

しかしパフォーマンスが上がらず、よい結果が出てこない。

自分はよかれと思ってやっていることが、実はあなたをすべて悪い方向に向かわせている原因かもしれません。

だったら、その悪い根本的な要因をひとつひとつ断ち切っちゃいましょう。

人間の行動というものは、自分では意識しない無意識の習慣に規制されています。

自分をプラスのほうに向かわせる「習慣」なら問題はないのですが、マイナスのほうに向かわせる「習慣」だとしたら、とんでもないことですよね。

僕の会社は、十数名のスタッフが毎日通って仕事をしています。

僕は彼らに仕事してもらっていますが、果たして、その仕事が本当に正しいのかって考えると、実はそれほど意識せずに、指示している場合が多いのです。

リーマンショックを引き起こしたサブプライム問題にしても、過大評価されて格付けされたRMBS(住宅ローン債権担保証券)が潜在的に金融システム、いや世界の信用システムを崩壊させるリスクを孕むとんでもないシロモノであることに薄々気づいていた人は、少なくなかった。

しかし、その「悪しき習慣」をdelete(削除)できなかったわけですよね。

誰も。

それが〈死に至る病〉であるにもかかわらず、それに気づかずに毎日繰り返している行動が自分の中にないかどうか。

確認してみましょう。

もしあなたが、あるいはあなたの会社が収益を伸ばしていないとしたら、何かを始める前に何かを断ち切らなくてはいけないかもしれません。

外注さんに出す指示が、本当に的を射ているものなのかどうか?普段よく考えもせず部下にやらせている仕事は本当に正しいのか?もしかしてあなたを〈破滅〉に向かわせてはいないか?おそらくその「悪しき習慣」とは自分でも気がつかないくらい普通であり、自然であり、微細なものかもしれません。

おそらく自分では考えるに値しないものくらいにしか評価していないでしょう。

というか評価対象として意識にも乗ってこないようなもの。

だからこそ怖いのです。

気がついたときにはガンが全身を蝕んでいるかのように手遅れになります。

このように考えると、自分を〈破滅〉に至らせる「悪しき習慣」も、実は、〈思考の重力〉に深く関与していると思います。

いかにして〈思考の重力〉から外に出ることができるのか?そして「悪しき習慣」を断ち切ることができるか?次の章では〈思考の重力〉から解放され、鳥のように自由に空を羽ばたけるようになるための「行動」について考察してみましょう。

3章 「石の上にも3年」では化石になる―非常識に稼ぐ社長の行動の大原則

首尾一貫性を放棄せよ

人は、一度言ったことは曲げてはいけない、という変な幻想を持っています。

しかし、僕は言うことがコロコロ変わる人間です。

僕は変わり身の早さで有名です(笑)。

まさに忍者のごとく、あるいは特殊な爬虫類や昆虫のごとく、その風景に合わせて自分を変えます。

僕が経営する会社でも、朝出した仕事の指令を昼に「やっぱ取りやめ!」と方針転換することは日常茶飯事です。

たとえばある朝、新聞でAという商品が売れているという記事を読みます。

すると出社するや否やスタッフを会議室に集めて、「A」と類似商品を集めて比較サイトをつくります。

「あなた、コンテンツ書いて」「あなたはウェブサイトをつくって」と指示をします。

そして午後になって友達にその話を電話でします。

すると、彼もすでにその比較サイトをつくっているという。

しかし、その友達が聞いた情報によれば、この商品、原価が高く1つ売ってもなかなか利益が出ない、売上は上がるが利益率が極端に低い商品であるという。

そこで、広告代理店などに電話して裏をとります。

そして確かにその商品、価格競争になっていて利益率が極端に低いと分かるや否や、スタッフが仕事をしている部屋に行き、「午前中の話、悪いけど中止にします!」と宣言します。

なんともスタッフ泣かせの社長です。

社員15人の会社ですが、僕の、あるいはスタッフの直感的な判断で、物事を決めることが多いです。

真面目に市場調査をせずにとりかかることがあるので失敗することも多いですが、意外と成功することも多く、かなり大きなリターンとなって返ってきます。

そして、失敗した場合はすぐに忘れることにしています。

ネットの世界は変化のスピードが非常に速いです。

昨日は有効だった手法が今日はスパム(ペナルティを受ける、やってはいけないこと)になっていた、なんてこともありえます。

ですから、変化を受け入れることが非常に大切です。

ネットの世界では、古いやり方にいつまでもしがみついていたら、一緒に沈んでいくのが関の山です。

石の上にも三年、ということわざがありますが、今や石の上に三年いたら、石と一緒に海の底です。

化石として発掘されるかもしれません。

ということで僕は、過去にまったくこだわりません。

悪く言えば首尾一貫性がありません。

座右の銘「早きを旨とすべし」僕の座右の銘は「早きを旨とすべし」です。

この言葉は、偉人の名言というわけではありません。

大阪はミナミでトイチ(金利が10日で1割)の貸金業を営む男を主人公とした「ミナミの帝王」(郷力也画日本文芸社)というマンガがありますが、その主人公、萬田銀次郎の言葉です。

つまり、架空の人物の言葉です。

「ミナミの帝王」にこんな話があります。

ある地主がいた。

彼が所有する駅裏の広大な敷地を、銀行とデベロッパーのチームが買い上げたいといってきた。

そこに一大オフィスビル群を建築するためです。

地主は買い上げの提案に合意し、今そこに住んでいる人々に移転費用を支払って移転してもらいます。

移転費用は地主が銀行から借ります。

その費用、20億。

20億支払って、既存の住民を移転させ、更地にして、デベロッパーに売り渡せば、50億になります。

更地にする費用、10億を差し引いても20億の儲け、という完全な絵を描きました。

しかし、地主はある住民の移転にてこずりました。

その住民は借地権を主張して、引っ越してくれません。

その交渉に予想以上の時間がかかりました。

そのときです。

バブルが崩壊しました。

状況が変わったんです。

デベロッパーは倒産しました。

地主は銀行から20億を借りているにもかかわらず、売り先がなくなったんです。

銀行も不良債権圧縮のために、地主に貸した金を返せといってきますが、売り先がなくなった今、どこにそんな金があるのでしょう。

結局、地主は銀行からの借金を返せず自己破産しました。

「早きを旨とすべし」とは、そのとき銀次郎が口にしたセリフです。

これは、現実にもあった話です。

つまり儲け話というのは、一度聞いたら速攻で実現しなくてはならないということです。

儲け話というのは、絶対ではなく、ある条件、状況のもとで初めて実現されるわけであり、常にどんな状況であっても再現できるわけではないのです。

その状況が変わらないうちに、実行しなくてはなりません。

早きを旨とせよ、とはこういうことです。

成功本オタク、成功法則マニアの人は、この点を勘違いしがちです。

成功本の著者が成功したのは、偶発的に成立した環境、多様なエレメントにより偶然に構成される環境の下、たまたま成功したにすぎないのです。

今後も著者が成功し続けるかどうかは、実はかなり怪しい部分があるわけです。

このようなエピソードを取り出すまでもなく、マンガ「ミナミの帝王」はビジネスマンにとって有益なストーリーがたくさんあります。

コンビニで売っている過去の復刻版を、ぜひ読んでみてください。

復刻版なら1話ごとに1冊で完結していますので便利です。

ところで、「早きを旨とせよ」を実践していると、不思議と物事がうまく運ぶことが多いです。

僕が運営する会社では、部署単位で定期的に戦略会議をやっており、その都度、さまざまな企画が出てきますが、「この企画は実践が可能で将来しかるべきリターンが得られるな」と思ったら、すぐに実行に移すようにしています。

当然、失敗することもありますが、不思議と大当たりすることが多いです。

僕は基本的にポジティブな側面しか見ないことが多いので、とにかく当たって砕けろの精神で、まずはやってみることをスタッフたちに推奨しています。

ネガティブな側面、失敗する理由を考えてばかりいると、身体が動かなくなるだけでなく、思考停止に陥ります。

そういう意味では、朝早く起きるのも「早きを旨とせよ」の実践のひとつといえます。

毎日早朝に起きることそのものが「早き」ですから。

僕が運営している石田塾(すでに終了しています)や一般社団法人日本インターネットマーケティング協会の会員で、僕の個人コンサルを受けに来る方たちがいます。

コンサルは時間にして1時間くらいのものですが、このわずか1時間の中で、当初まったく予想もしていなかった、売上が数億円となるような大きなプロジェクトがいくつも誕生しています。

1時間、という「早さ」がポイントです。

コンサルを受けに来た方が何かのノウハウやビジネスモデルを開発している場合、僕の集客力を加えて共同プロジェクトとするわけです。

要するにタイアップ企画ですね。

見切り発車といえば見切り発車なのですが、不思議とほとんどすべてのスクールが軌道に乗っています。

これも「早きを旨とせよ」で行動しているからだと思います。

ABOUTに徹する「ABOUTに始める」とは、すべきことをあまりキッチリと決めずに、方向性が決まれば、まずスタートしてみよう、ということです。

目的を定めて、それに向かって定規で線を書くように一直線にまっすぐ走る必要はないのです。

ABOUT(おおよそ)な感じでよいのです。

僕の口癖のひとつに「まあ、だいたいそんな感じです」というものがあります。

何かすごくABOUTで無責任な言い方ですが、これは物事を明確に定義しない、という意味があります。

この世に絶対というものはありません。

事物の価値というのは相対的に決まります。

つまり外部環境、外部の諸条件の変化によって、事物は意味を変えると思うのです。

たとえば、僕は2004年の8月に、日本で初めて完全自動決済と自動ダウンロードが可能な情報販売システム(アカデミアジャパンEブックショップ)を作り上げましたが、これなどは本当にABOUTな方向性があったからこそ生まれたものです。

本来僕がやろうと思ったのは、「毎日1分!英字新聞」のバックナンバーをネイティブ(外国人)が音読して、その音声ファイルを自動的にダウンロードさせるような有料メールマガジンだったのです。

実際に、音声を吹き込むためのネイティブを選別し、かなりの数のサンプル版をつくりました。

さらに、自社でクレジット決済システムを構築しました。

有料メールマガジンを「まぐまぐ!」で出すと40%の手数料が取られますが、それが嫌だったのです。

「ListenTo毎日1分!英字新聞」というタイトルまで考えました。

しかし、ここに来て、情報販売が2003年頃からすごく熱くなっていることを知りました。

マーケティングやウェブサイト構築のノウハウを記した冊子が数万円の値段で飛ぶように売れる、というのです。

一方で、「ListenTo毎日1分!英字新聞」で読者に課金できるのは、1カ月数千円です。

さらに、扱う音声ファイルは重い。

しかもライバルは多い。

多くの英語教材販売業者が、すでに音声ファイルのダウンロードサービスを始めていました。

一方、情報販売の市場を見てみると、自動決済を使った完全オートメーションシステムをやっている人は、当時はいませんでした。

これで腹が決まりました。

競争が激しく、利益が薄い英語はやめて、もっと楽に収益が上がりそうな「情報販売」で行こう、と。

そして、まずは売れる商材がなければ駄目だ、ということで正味3日間で「ザクザク稼ぐメールマガジン」を書き上げ、一気に「Eブックショップ」を立ち上げたわけです。

「ザクザク稼ぐメールマガジン」は、結局3000本以上売れ、僕の情報ビジネスを信じられないくらいに加速させてくれました。

これまでメルマガに関するノウハウ書には「お友達をたくさんつくりましょう」とか「広告はできるだけ掲載しないようにしましょう」とか「人気者になりましょう」といったものが多かったのですが、僕はそれらをすべて否定しました。

メルマガの目的は発行者が稼ぐためです、とハッキリ打ち立てました。

そのために必要な具体的な作業を分かりやすくその中に書いたのです。

今では常識的な見解ですが、当時は非常識もいいところでした。

話を元に戻しますと、目標設定やそこから来る行動規範はあくまでもABOUTなものでよいのです。

事細かく設定しすぎると後から軌道修正ができなくなります。

ABOUTに目標設定して、ABOUTに走ること。

誰も、明瞭な地図なんて持っていません。

走りながらその都度、地図を書き換えていく、という能力が非常に重要です。

ハシゴ理論で見えない世界が見えてくるこれからビジネスを始めたい、けれど何から手をつけたらいいか分からない、という人がいます。

目標や夢は高くもってはいるけれど、そこまでの道筋がよく見えない。

募るのは焦りばかり。

皆さんそう言います。

そういう人に、僕はこう言います。

「メモ帳かワードを開いて、文章を書き、とにかくあなたの趣味のウェブサイトをつくりましょう」と。

そうやってできたウェブサイトは、まだまだ未熟ですが、記念すべき第1号のウェブサイトです。

日々、通勤途中や散歩のときなどに遭遇した景色をデジカメで撮影し、それをブログにアップして文章を添えるだけでもよいと思います。

それは、何もしないよりも数段よい。

言い換えれば、ハシゴを使って一歩、上に上がったことになります。

しかし、たった一歩、上に上がっただけでも、見えてくる世界が昨日までとは少し違うことが分かります。

たとえば、あなたは今回のウェブサイト作成で、どうやってHTMLを構築するかが少しだけ分かりました。

他の人のウェブサイトを見るにしても、昨日までとは見方が違うはずです。

「タイトルのつけ方」、「キーワード」、「アンカーテキスト」など、普段人が気にかけないような細部が目に入ってきます。

たったひとつのハシゴですが、それまでの暗い穴ぐらから外へ顔を出したモグラのごとく、初めて外の世界を見ることができます。

さらに外に出て少し歩いてみると、あ、ここにハシゴをかけたらもう少し上の世界が覗けるかな?と思います。

そこで、メルマガというハシゴをかけます。

そのハシゴを上っていくと、さらにまた上の世界があることに気づきます。

そこからまた顔を出します。

メルマガを使ったアフィリエイトという世界を知ります。

ハシゴを上るたびに、ネットビジネスの仕組みが明瞭に見えてきます。

メルマガの部数を伸ばし、実際に収益を得ることで、あなたは自分の手法に確信を得ることができます。

確信は、このハシゴをより強度あるものにします。

これにより、さらに、高く上がることができるわけです。

同時に、ブログを始めます。

ブログを使って、それまで知らなかったコミュニケーションの世界を知ることができます。

さらにそれが、自動リンクのシステムであることに気づきます。

こうやってひとつひとつ、ハシゴに足をかけ上に上っていくことで、夢や目標へ到達するための道筋が見えてくるわけです。

何もせず、暗い穴ぐらの中にいては何も見えません。

行動をしなかったら、何も見えないのです。

まずはハシゴを立てかけて、一段上がってみること。

さらに外の世界へ出て、また別なハシゴをかけます。

こうして、モグラは外の世界を知り、あなたは、どんどん上に上がっていくのです。

気がついたら、実現不能だと思われた夢が、現実的な目標としてすぐ手の届くところに来ているはずです。

このハシゴをかける作業、お薦めの時間帯は早朝です。

毎朝、ちょっとずつでも継続的にハシゴを上っていくのです。

ちょっとずつでいいのです。

間違いなく、あなたの人生が変わります。

ひとつだけ自分の贅沢を見つけよ2000年に、新潟から東京に引っ越してきました。

品川区の東品川というところの賃貸マンションに住んでいました。

当時、スタッフはカミさんだけでしたので、自宅兼事務所です。

3LDKの一室をオフィス代わりにしていました。

来客もありませんでしたので十分でした。

その頃、自家用車はありましたが、仕事で外出となると電車が中心でした。

ところが、2002年頃から主要な事業のひとつであった翻訳事業が波に乗り出し、青山一丁目駅の近くにオフィスを構えてからというもの、電車に乗らなくなったのです。

というのも当時、翻訳の仕事は全部、僕ひとりがやっていました。

実際の翻訳作業は弊社に登録している翻訳家にまわすのですが、受注、発注、納品、請求といったオペレーション作業をすべて僕ひとりがやっていたのです。

そうなると、外出中でもどんどん電話がかかってきます。

翻訳専門の電話は、僕が外出中は僕の携帯に転送されるようにしていました。

当時はまだ携帯電話の電波状況がいまひとつで、地下鉄の構内などにはいるとなかなかうまくつながりません。

また、電車で移動中も途切れ途切れなんてことがしばしば。

その結果、大きな案件を受注できないことが何度か続き、それ以来、都内の移動に電車を使うのはやめることにしました。

代わりにタクシー、あるいは自分で車を運転して移動することにしたのです。

僕の会社は他にもいろいろやっていましたが、翻訳事業だけで月商800万円に届いた頃、僕の疲労はピークに達していました。

朝早くからチェック作業、納品作業、夜遅くまで受注業務。

もう寝る暇などありません。

逆にここまで行くと、スタッフ不足によるキャパシティの低下にもつながります。

そこで僕は、完全に翻訳事業のオペレーションをしないことに決め、代わりにスタッフを正社員として3名、一挙に雇いました。

全員、翻訳業務に従事するためです。

僕がひとりでこなしている仕事を3名にふったわけです。

その結果、僕は広報だけに注力することができ、翻訳事業は順調に伸びていきました。

僕の当時の決断は、正しかったのだと思いました。

さて、翻訳の激務から解放されたら、以前のように都内の移動は電車に戻ったでしょうか。

実はそうではなく、一度車中心の生活に慣れると、電車の生活には戻れません。

また、都心は抜け道が多く、渋滞もピークの時間以外はそれほどひどくなく、さまざまな道を覚えると確実に電車よりも早く目的地に到着することができます。

ということで、僕は2002年頃から新幹線以外の電車(たとえば山手線とか地下鉄など)に乗ったことがありません。

現在の最寄駅は、会社からも自宅からも東京メトロ銀座線、溜池山王駅です。

しかし、僕はここに引っ越してきてもう6年経過していますが、溜池山王の改札をくぐったことが、一度たりともないのです。

今後もよほどのことがない限り、ないと思います。

おそらく今は切符の買い方も怪しいのではないかと思います。

このことを、今は自分のモチベーションアップに利用しています。

タクシーや車で移動する生活を維持しよう、というわけです。

よく、経済番組で上場企業の社長が電車通勤をしたり、有名な俳優が電車で移動したりするようなシーンが出てくることがありますが、僕は完全に無視しています。

人は人で僕は僕だ、と。

2年ほど前の冬に北海道に行ったとき、大雪で高速道路が閉鎖となり、すすきのまでの移動に電車に乗ったことがありました。

その前の冬に大雪の北海道に行ったとき、新千歳空港から札幌市内まで車で移動し2時間以上かかったことを経験していたからです。

このときは券売機の列の後ろに並んで、前の客がどうやって切符を買うかじっと見つめ、さらに自分の後ろにも人が並んでいたので、ミスはできないとハラハラしながら切符を買ったことを思い出します。

電車に乗ったら、座席は一杯で立っていたのですが、立って電車に乗る習慣がなかったので、揺れるたびにひとりだけよろめいて、多少恥ずかしい思いをしながらも、中吊り広告などを珍しそうにみていた自分がいました。

なにか単に、自慢話みたいになってしまいました。

地方に住んでいる方は、最初から電車に乗らず、言われるまでもなくいつも足=車という方が多いと思いますし、逆に都内に住んでいる方でも郊外在住の方の場合、幹線道路の渋滞で都心と車で往復するのはきわめて時間がかかり面倒だという方も多いと思います。

したがって、この「都心に住みながら電車に乗らない生活について」の項から参考にしてもらえることがあるとすれば、「なにかひとつ自分だけの贅沢を決めてそれをやり続けよう」、ということになるでしょう。

たとえば週一でゴルフをしたいのであれば、その生活レベルを死守すること。

そのためには、奥様に不平不満を言われない程度に稼ぎ続けることが大切です。

お酒が好きな人なら、自分の行きつけの店をつくっておくこともよいでしょう。

多少高くてもなぜかそこで飲んでいるとリラックスできる場所というのが誰にもあると思います。

そういう店へ誰からも後ろ指さされることなく堂々と行けること。

意外と仕事へのモチベーションというのは、こういう些細なことの集合体からできていると思います。

自分の収入が長年均一の場合、子供が大きくなれば当然家計からの支出は増えます。

そうなると旦那様の小遣いが最初に減らされます。

それは自分へのキャッシュフローが減ることと一緒。

自分へのキャッシュフローが減るのにあわせて自分の活動を小さくしていくと、どんどん人間が矮小化していきます。

そうではなく、今の贅沢を死守してください。

もし死守すべき贅沢など最初から持ち合わせてないのであれば、それを見つけてください。

そしてその贅沢をずっと、さらに拡大できるように努力するのです。

「受け取ってはいけない情報」に注意せよこの世は情報に溢れています。

情報の中には、必要な情報と必要でない情報、そして受け取ってはいけない情報があります。

実はこの受け取ってはいけない情報が、この世の情報の大半を占めるのではないか、というのが僕の考え方です。

情報収集や情報整理という言葉がありますが、受け取ってはいけない情報をも収集し整理してしまっている人が非常に多く存在していると思います。

「情報整理術」みたいな本が多数出ていて、ありがたく読まれていますが、実は整理すべき情報というのはきわめて少ないのです。

あなたが整理している情報も、もしかしたらそのほとんどが害のある情報、意味のない情報かもしれません。

たとえば、これから株式投資や為替投資をやろうとする人は、初心者向けの指南書をたくさん購入しがちです。

「とりあえず、参考書を10冊読んだら、始めようと思います」とよく耳にします。

でも僕の考えでは、そういう人たちの8割が投資を始めて1カ月以内に、稼げないと言って退場するはずです。

というのは、投資というのは為替にしても株式にしても、ある程度のリスクを背負わなくてはなりません。

確実に稼げる方法など、幻想であり、そもそも存在しないのです。

これから投資をする人は、まずお小遣いの中で実際に投資をしてみることです。

そして自分の経験の中から自分なりのやり方を身につけること。

今は自宅からネットで発注することができるので、参入障壁は非常に低いと思います。

しかし、実際に動くことを躊躇し、明けても暮れても指南書を読むという行動は、裏返せば、できるだけリスクを背負いたくない、という態度の表明でもあります。

そして、リスクを背負いたくない、というのは言葉を返せば投資をしたくない、ということです。

投資=リスクですから。

僕は為替投資をやっていますが、為替投資に関する技術的な指南書は1冊しか読んだことがありません。

題名も忘れました。

あ、ちなみに為替投資に関する本で一番お薦めなのは『東京外為25時』(大下英治著徳間書店)という小説です。

為替投資をしている人で、この本を読んだことがある人はきわめて少ないと思います。

最近改訂版が出たので比較的入手しやすいと思います。

まさにディーラーの手に汗握る瞬間が生々しく描写されています。

投資とは緊張と汗と怒りと歓喜の繰り返しです。

そのあたりがしっかり描かれてない書籍は、読んでも意味がないと思っています。

ちなみにこの小説には、ノウハウは一切書かれていません。

相場をも動かすと言われる機関投資家の人たちがどのような考えで投資をするのか、どのような生活を送っているのか、あるいは巨額の報酬を得ながら、彼らが犠牲にしていることは何か、といったことがリアルに綴られているのです。

有害な情報を排除する「眼」を獲得せよ情報収集で一番重要なのは、「害のある情報を入手しないこと」です。

情報を入手しないとあたかも時代に遅れると思って、手当たり次第に情報を入手しようとする人というのは、手当たり次第になんでもかんでも食べる大食漢に似ています。

実は食べているものの中には毒が入っていたり、賞味期限がとっくの昔に切れていたり、場合によってはサルモネラ菌に汚染されている食べ物も含まれていることも気づかずに。

有害な情報を含んだ大量の情報を仕入れるのなら、初めから情報を入手しないほうがよほど健康的であるといえます。

僕は2000年に起業して、その年に新潟県長岡市から東京に引っ越してきました。

これは、クライアントの多くが東京にいたというのも当然理由のひとつですが、それ以上に、鮮度のよい生きた情報が欲しかったからです。

今、情報はネットでいつでもどこでも手に入れることができるから、どこに住んでいようが意味ないでしょ、と反論されるかもしれませんが、ネット上に出回った情報というのはその時点で、自動車展示場の新古車のようにその価値の半ばを失います。

有益な情報というのは、多くの人たちに伝わった時点でその価値を失うのです。

というわけで、僕は直接人に会って情報を入手します。

数多くの人間と会っている広告代理店の営業マンといった、いわば情報の媒介者的な人間も、貴重な情報のソースです。

「この話は誰にも言って欲しくないのですが」「この話はここだけにしておいて欲しいのですが」とささやかれた言葉に次いで出てくる情報こそ、価値のある情報です。

それは、情報源か、それに非常に近い場所にいる人に、直接会って聞くこと以外に手に入れる方法はありません。

当然、情報をあなたに伝える人は、信頼できる人間であることが前提です。

これによって初めて有害な情報を排除することができます。

そのように有害な情報を排除し、真に価値のある情報のみを選別して仕入れる努力をしていると、いつのまにか嗅覚が養われてきます。

その結果、氾濫する情報の中で有益な情報と無害・有害な情報を選別する眼を獲得することができます。

僕は、アフィリエイトを長年やっていましたし、今でも会社で事業としてやっています。

そこではどの広告が稼げるか、それを知っていると知らないとでは、収益に雲泥の差が出ます。

Aという広告で、誰それが先月いくら稼いだかといったような生々しい情報です。

このような情報は一切、書籍や雑誌に掲載されることはありません。

ネット掲示板にも掲載されません。

掲載された瞬間、賞味期限を失うからです。

では、どこでそのような情報を入手するか?これは稼いでいる当人か、あるいはデータを持っている広告代理店の担当者しか、実はいないのです。

だから、そういう情報を持っている人とは定期的に会い、飲食を共にするようにしています。

うちの会社のスタッフが広告代理店の営業マンと外で飲むようなときは、必ず費用はこちらが持つようにアドバイスします。

その結果、誰も知らない情報を密かに入手することができるわけです。

いずれは広範囲に知れ渡る可能性もありますが、いちはやくスタートできます。

情報商材をフル活用できるようになる、たったひとつの習慣ネットには「この方法で毎月100万円稼いでいます」という手法が情報商材として販売されていますが、そのほとんどは販売された瞬間、賞味期限切れとなってしまいます。

価値のある情報というのは、本質的に入手が非常に難しいという性質を帯びています。

「購入する」というボタンをクリックしてすぐにダウンロードされるような入手が安易な情報は、基本的に無価値か、価値がきわめて低いものが多いのです。

情報販売で大きな利益を得てきた僕がこんなことを書くのは、自分で自分の首を絞めているようなものですが、中には、価値のある情報を握っている販売者・著者もたしかにいます。

だから、ある情報商材に興味を持って購入し、多少なりとも面白いと思ったら、必ず、販売者あるいは著者に感想メールを送り、友達になることです。

そしてその後、もっと価値のある、商材には書かれていない情報を直接引き出すのです。

一般の書店で販売されている本と情報商材の違いは、ここにあると思います。

著者と直接コンタクトできることが、情報商材の強みなのです。

僕は情報商材を買うほうではなく売るほうなので、よく感想や質問をいただきます。

中には非常に考えぬかれた質問や僕を感動させるような感想をいただくことがあり、そのような場合は、こちらも丁寧かつ慎重に、心をこめて返信します。

また、このメールのやりとりがきっかけで、一緒に食事をしたり共同でプロジェクトを立ち上げたりすることさえあります。

情報収集をあえて放棄する成功するためには日頃の情報収集が大切、というとんでもない幻想に、多くの人々が支配されています。

〈情報収集〉という妖怪が世界を徘徊しているのです。

しかし、情報を集めれば勝てるわけではないことを、誰もが無意識的に感じています。

『私は株で200万ドル儲けた』(ニコラス・ダーバス著パンローリング)という本があります。

今から50年くらい前の話なんですが、著者は世界的に有名なダンサーで、彼は当時200万ドルというすごい額を株で稼ぎました。

200万ドルといえば2億円ですが、50年前の2億円だと、物価上昇率とか当時のドル円相場(360円)を加味するとだいたい100億円は下りません。

この本で興味深いのは、彼が一番稼いだのは、世界ツアーで世界各国を転々としているときだった、ということ。

滞在するホテルに、NYの株式仲買人からファクシミリで、自分が気になっている銘柄の株価や自分が保有する銘柄の株価を送ってもらう。

その紙をホテルのリビングにずらりと並べて、自分で分析して、売買を決める。

時には、ファクシミリさえつながるかどうか怪しいような国でも、唯一ファクシミリがある米国領事館経由で受け取ったりします。

ある意味、投資をするのにここまで情報が入ってこない環境はないだろうというところで、投資活動を続けたのです。

でも、不思議と勝てた。

で、世界ツアーが終わって、仕事がオフになったので大好きな投資に没頭するため、NYのセントラルパークに隣接するホテルに数カ月滞在します。

毎日、ウォール街の仲買人のオフィスや証券会社を歩きまわっていろんな旬な情報を仕入れて、思うがまま、どっぷりと大好きな投資活動をして過ごしました。

そして、ここが面白いのですけど、実はこのNY滞在の数カ月で、これまで稼いだ収益をすべて失っちゃったんです。

つまり、情報が過剰に集まるところというのは、さまざまな思惑が交錯し、ガセネタ、偽の情報も大量に飛び交っているわけです。

自分の判断ができなくなっちゃうんですよね。

考えてみると、ウォーレン・バフェット氏も、ネブラスカ州オマハというウォール街からみればはるかど田舎が活動の拠点です。

これはウォール街の情報のノイズから身を守るためだと、いつも彼は言っています。

情報を集めることは成功には欠かせないけれど、集める情報に紛れ込むニセモノを見分ける力も必要です。

僕は基本的に、書店のランキングに入っているようなビジネス書は読まないことにしています。

なぜならば、そのような本は読んでいる人が圧倒的に多い、ということはその情報自体がインフラ化してくるわけです。

そのような中で成功するノウハウは存在しない、という確信があるからです。

成功とは、所詮、相対的な問題なのです。

他の誰か大勢よりも秀でていること。

ということは、秀でていない他の誰か大勢を必要とします。

書店のビジネス書ランキング上位は、まさに秀でてない他の誰か大勢の多くが読んでいると思われます。

成功とは、多くの人々と自分との間に〈差異〉をつくることです。

その誰かがみな同じ本を読んでいるときに、自分も同じ本を読んで〈差異〉が生まれるわけがないのです。

見方を変えると、億万長者の成功法則について書かれた本を読んだとしても、本当に成功できるのはその読者のほんとに一部だけなのです。

絶対誰もが成功できる本など、この世に存在しないのです。

逆に、他のみんなが同じ本を読んでいるときにひとりだけ違う本を読む、絶版になっているような本を読む、こういう姿勢が大切だと思います。

もっとも、そう言っている僕のこの本が猛烈に売れてしまって、書店のランキングに入ってしまうような事態になったらどうするか。

それは、そのときに考えることにします……。

僕が小説を読む理由僕はビジネス書をあまり読みません。

ビジネス書の8割は他の2割のビジネス書のバリエーション(変奏)だと思うからです。

ある本を読んで、まったく同じことを別の人が書いていた、という経験をお持ちの方も多いと思います。

バリエーションというと言葉がよいですが、率直にいえば「パクリ」です。

ビジネス書界はパクリが氾濫しています。

だから僕は近づかない主義でいます。

ここ数年まともにビジネス書なるものを読んだことがありません。

人生は限られています。

1日24時間、読める本も限られています。

パクリを読むことをやめれば、読むべき本はかなり限られてくると思います。

しかし、僕は本を読むこと自体は大好きです。

何を読んでいるかといえば、主に小説、漫画あるいは社会科学系の書籍です。

小説は昔から好きです。

ある人物の人生を追体験することで、得るものは非常に多いと思います。

山崎豊子の『不毛地帯』は、民放局の開局記念でドラマを放送していましたが、あのドラマで描かれているのは主に登場人物たちの「行動」です。

原作はむしろそうではない部分、つまり登場人物の動作ではなく、「状況の背景説明」が非常に優れています。

100冊のビジネス書を読むよりは、『不毛地帯』を読んだほうがよいと思います。

この社会がどのように形成されているかが分かります。

高校から大学にかけての学生時代はSF小説を大量に読みました。

『2001年宇宙の旅』で有名なアーサー・C・クラークや、アイザック・アシモフ、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』のフィリップ・K・ディックなど、読むたびにイメージ力がどんどん膨れ上がるのを感じました。

想像力を鍛えることができる小説は、SF小説に限らず大好きです。

ビジネスやお金儲けの世界も想像力、つまりイマジネーションが必要です。

なぜビジネスにイマジネーションが必要なのか?ビジネスというのは時間を先取り、それをサービスや商品に変えて消費者に提供する行為だといえます。

人々が必要としているのは何か?それをライバルよりも先に見つけ、商品やサービスという形にして提供する、ということです。

具体的には、人々が今何を欲しがっているのかという現実を観察して、そこから、ではこういう商品、サービスを提供すれば売れるであろう、とイメージすること。

つまりイマジネーションです。

ビジネスは選択の連続です。

ある選択をしたときにもたらされる結果を予測しなくてはなりません。

この予測にしても、イマジネーションがあるとないでは雲泥の差がつきます。

イマジネーションが枯渇している会社は、不測の事態によるダメージを「想定外」として片付けます。

たとえば福島原発事故における東京電力などはそのよい例です。

巨大な地震や津波が原発を襲い、施設に致命的な被害を与えた場合、どれだけ住民や環境に被害を与えるかということを、最初から想定せず、頭から無視して稼働させてきたのです。

その結果、何兆円という損害を国民に与えました。

イマジネーションの致命的な欠落が巻き起こした惨事と言えます。

小説を読むことで、ビジネスに使える「言葉」を手に入れるさて、話を小説の世界に戻します。

歴史小説も好きで、司馬遼太郎や池波正太郎をよく読んでいます。

司馬遼太郎の中でとりわけ好きなのが、僕の地元長岡が生んだ河井継之介を描いた『峠』です。

司馬遼太郎のファンの中でも評価が高い本なので、ご一読をお薦めします。

『鬼平犯科帳』で有名な池波正太郎は、もともと彼のお酒に関するエッセイが好きで読み始めたのですが、江戸の円熟した文化を肌で感じたい人にはお薦めです。

2011年、『苦役列車』で芥川賞を受賞した西村賢太も、好き嫌いがあると思いますがいい作家です。

こういう純文学というか私小説とも言うべきスタイルの文章を最近まったく読んでなかったので、『苦役列車』を手にしたとき、冒頭からドツボにはまってしまいました。

自己の暗い部分だけに焦点をあてるが、あくまでも書き手はその「私」をどこまでも冷酷なまでの客観性で書きつづる。

その文体と描写力に、僕の身体が切り刻まれていくような錯覚さえ覚えました。

小説を読むことによって何を獲得するのかといえば、言葉である、と思います。

今、目にしている状況や現象を言葉で説明できること。

優れた経営者は本をよく読んでいます。

そして、僕が知っている優れた経営者たちは皆、文章がうまい。

プレスリリースの文章も、社長が書いた文章が一番、説得力があるケースが多数あります。

優れた小説を読んでいると、自分の中の言葉の構造が組み替えられるような錯覚が起きるときがあります。

この世界を描写するのにこのような記述方法があったのか、と。

それは自分の中の言葉の構造が組み替えられる瞬間でもあり、同時に自分自身の組み替えが起きる瞬間でもあると思っています。

このような組み替えの結果、昨日までの自分からはけっして出ることのない、突拍子もないアイデアが出てくるような気がします。

僕がビジネス書をあまり読まず、文学を読む理由のひとつがここにあります。

映画評論家の故淀川長治さんの映画評が昔から好きで、本棚には常に見えるところにおいてあり、いつでも手に取れるようにしています。

彼の映画批評が優れているのは、あらゆる細部を覚えていてそれを言葉で再現できるからです。

だから、彼の文章を読んでいると、読者はまるで映画を見ているような気になってしまうのです。

完全に感情が入ってしまいます。

その経験から僕も文章を書くときは、少なくとも冒頭部分では読者が映像を見ているような文章を書くことを心がけています。

石田さんの文章は映像的ですね、という感想をしばしばいただきます。

そういうふうに意識して書いているのですけれど、そう言われるとやはり、恥ずかしくもそれ以上にうれしいです。

マンガから稼げるヒントを獲得するマンガといえば、「ミナミの帝王」の大ファン。

先述しましたが、僕の座右の銘である「早きを旨とせよ」とは、主人公、萬田銀次郎の言葉です(ちなみに最近の作品は数年前のドロドロ感、ギザギザ感、緊迫感に欠けるような気がします)。

原作の天王寺大さんのもうひとつの作品である「白竜」(渡辺みちお画日本文芸社)、これもまた面白い。

主人公、黒須組の若頭・白川竜也(白竜)は、まあ、ヤクザなのですがその性格、一言でいえば常に冷静。

絶対に切れない。

いつもクール。

常に先の先を読む将棋の達人のごとく、事件を解決する。

事務所ではいつも新聞の経済欄、政治欄を隅から隅まで読んでます。

趣味は美術館めぐりだったり、クラシック音楽のコンサートに行ったりとちょっと普通のヤクザの人と違うのです。

そういう文化的な活動も、最終的にはシノギ(ビジネス)の話につながるのです。

たとえば、六本木のとある美術館がフランスの画家による絵画を50億円で購入し、展示しているが、それが贋作であることを見破る目を持っています。

美術館の館長は、公式な鑑定書があるから、といってヤクザである白竜の脅しには乗らないと、蹴散らそうとしますが、その鑑定書の発行元が美術業界では金で鑑定書を出す業者であることを白竜は知っています。

また、鑑定書に最終的にサインをした画家の未亡人が、実はすでに失明していることまで調べているのです。

贋作とは知らずに購入した美術館の館長は、この話を聞いて啞然とします。

館長としてはいくら払ってもいいからそのことを公言しないでくれ、と白竜に頭を下げます。

この絵はマスコミでも話題になっていて、美術館の集客にはすでに欠かせないものになっていたからです。

白竜は結局、黒須組系列の清掃業者を美術館の清掃業者として採用させることをとりつけます。

これで毎年かなりの額のキャッシュが、黒須組系列の業者に流れていくという仕組みです。

つまり、「白竜」というこのマンガは、血の気の多い暴力的な描写で埋められるような普通のヤクザマンガとは違って、黒須組がいかにシノギ(ビジネス)を拡大していくかということを描いているマンガなのです。

ある意味、ビジネスマンガとも言える作品なんです。

とりわけ新しいビジネスを発想するときには、非常に参考になります。

最終的な利益獲得のために、・日々いかに行動すればよいか・どこで情報を収集するか・収集した情報をどのように接続すればよいか・成果をあげるために、どのような伏線を描けばよいか・今まで拒絶していた相手の懐に直接飛び込むにはどうしたらよいか・そして昨日までNOと言っていた相手をYESと言わせるにはどうしたらよいかといったことを、「白竜」を通して学ぶことができます。

濫読のススメ歴史ものから私小説、漫画、さらに思想書までかなり幅広く読む僕の読書スタイルは濫読です。

複数の書籍を何冊も同時に読み進めます。

元マイクロソフト社長の成毛眞氏が『本は10冊同時に読め!』という本を出していますが、僕の読書スタイルもそれにかなり近いです。

今、並行して読んでいる本は8タイトルくらいあります。

会社で3冊、自宅で5冊くらいでしょう。

さらに、読んでいる最中にもアマゾンで新たな本を発注しています。

そして、空間的に読む場所を変えています。

落ち着いて本を読む場所のメインは、僕の場合お風呂です。

だからお風呂の脱衣所には、数冊の本が常に置いてあります。

その日の気分によって読む本を選びます。

「新潮」や「文學界」といった文芸誌も、お風呂で読むことが圧倒的に多いです。

自宅では他にリビングで朝や夜に読みますが、自宅には僕専用の部屋がないので(専用の個室は会社にあります)、キッチンテーブル、洗濯機の上にある棚、リビングのキャビネットなど、いたるところに僕の本が散らばっています。

会社ではオフィスの机の上(といっても横幅2メートルある大きな机ですが)が、書籍で埋め尽くされているような感じです。

ちなみに我が家には車が2台あるのですが、どちらの車にも文庫本が2、3冊入っています。

子供たちやカミさんをどこかに送迎するときの空き時間など、意外と読めるのです。

車の中に置く本は、以前読んだ本の中で気に入っているものの再読本が多いです。

というわけで、かなりの濫読ぶりです。

書籍のカテゴリーについては脈絡がありません。

信頼している知人から面白いよ、と薦められた本は判断停止してオーダーしています。

ツイッターで知らない人が「この本面白い」というふうに薦めている場合は、ネット書店アマゾンのレビューを確認した上で、買ってしまうことが多いです。

本というのは偶然の出会いみたいな部分も多いので、そういう買い方もアリなのではないかと思います。

先述の西村賢太の名前は、ツイッターで誰か知らない人がつぶやいているのを見て、その場でアマゾンで購入しました。

ハンガリーからフランスに亡命した作家、アゴタ・クリストフの『悪童日記』とそれに続く連作もの(『ふたりの証拠』、『第三の嘘』)も、ツイッターで誰かがつぶやいているのを見て面白そうだと、アマゾンで買って読みました。

僕はあまり書店には行きません。

購入する書籍の99%はアマゾンです。

時々、海外に行くときなどに空港の書店で購入するくらいです。

その分、アマゾンからは週に2、3回は配送があります。

そのくらい購入しています。

読むスピードに比べて、購入するスピードが早過ぎるのが多少悩みではありますけれど。

アマゾンの箱を開封していないにもかかわらずどんどん新しい本が届くと、未開封の箱が山積みになるときがあります。

時々これをカミさんにたしなめられます。

こういう脈絡のない読み方というのは、僕の性格が多分に反映されています。

二兎を追うものは3億を得る、です。

時々、並行して複数読んでいると、読みかけのまま本がどこかへ行っちゃうこともあります。

まあ、それはそれで、また会えることを楽しみに。

読んでもつまらない本は、途中で読むのを放棄します。

いかに高額な本であっても。

出版されている膨大な数の本で、今読んでいる本と遭遇するのは、確率的には乗っている航空機が墜落するくらいの確率だと思うのです。

ある意味、それは奇跡なのです。

また、人生の時間も限られていますので、貴重な時間をつまらない1冊に捧げる余裕はない、と思うわけです。

別な観点からいえば、素晴らしい本との巡りあい、それも奇跡です。

僕が濫読をするのは、そのような素晴らしい本と1冊でも多く巡りあいたいからです。

ある作家を追求したりあるテーマを深く掘り下げるのもよいでしょうけれど、それは一方で自分の主観や判断によって世界を狭めているような気がします。

まだまだこの世には、自分が名前さえ知らない作家で素晴らしい著作物は多数あると思うのです。

したがってできるだけ自分の主観で本を選ぶのではなく、交通事故のように良書との突然の遭遇を望みます。

先に挙げた西村賢太やアガタ・クリストフとの出会いも濫読によって得たものです。

そういった良書は自分で探し当てるのではなく、出会い頭の事故のように突然目の前に現れると思います。

本の世界では、非常識な価値付けが可能になる僕は思想的に蓮實重彦さんにかなり影響を受けていますので、彼の『夏目漱石論』(絶版)を再読したくなり、アマゾンで探したことがあるのですが、なんと古書で4800円。

大学時代に読んでかなり大きな影響を受けた本です。

当然買いましたよ。

資本主義においては、ありとあらゆるものが消費されているわけです。

ガムをコンビニで買って食べる。

これガムの消費です。

車を買って乗る。

これ車の消費です。

本を買って読む。

これ本の消費。

「このガム、思ったよりおいしいわ!100円だったけど200円出してもいいわ!」とか、「この車、めちゃくちゃ乗り心地いいぜ!500万円だったけど700万円の価値があるぜ!」と思うことが時々ありますね。

しかし、「このガム、めちゃくちゃおいしい!100円だったけど1万円の価値があるわ!」とか、「この車、500万円だったけど1億の価値があるわ!」とは思わないわけです。

そういう非常識な価値付けというのは、一般の商品では起きない。

しかし!!本では、そういう非常識な不等価交換が日常茶飯事です。

この本、480円だけど、もう俺の人生変えたぜ!そこで彼は走った!その結果、年商10億の会社のオーナーとなった!となれば、もしかしたら、彼にとっては、その480円の本に1億の価値があるかもしれないのですね。

彼はそう感じているかもしれません。

価値のヒエラルキーを一瞬で破壊する力が〈本〉には宿されているのです。

言い換えれば、付加価値は無限大、となるわけです。

当然、そういう本と一生めぐり合わない人もいるわけですが。

朝風呂読書術書籍というのは湿気に対して非常に優れていて、水がついたからといってインクがにじんだり、ページとページが貼り付いて読めなくなったりということはありません。

朝風呂はダイエットによいかもしれない、という発想で始めたのですが、長湯をしているとやることがない。

この、やることがないということに苦痛を感じていたので、本を持ち込むことにしたのです。

お風呂の中の読書というのは、空白の時間を埋めるのにはもってこいで、どんどん読めます。

雑誌から文庫本、単行本まで。

僕の自宅のメインバスルームの脱衣室は、僕が持ち込んだ書籍であふれかえっています(笑)。

ただし、お湯で濡れた指でページをめくるので、多少、ページの下のほうがふやけてしまいます。

まあ、僕は本を転売したりしないので、別に問題はありません。

たとえば司馬遼太郎の『竜馬がゆく』(文春文庫全8巻)や、山崎豊子の『不毛地帯』、『沈まぬ太陽』などといった作品は、すべて風呂で読みました。

ページの下がところどころふやけていますので、後から読み返すときがあってもすぐに前回風呂で読んだことが分かります(笑)。

さて、朝風呂読書術をする場合は以下の4点に注意してください。

1)頭にタオルをターバンみたいに巻くこと。

男性でも。

汗が額からドクドク出てきて、目に入ります。

2)時計を用意する。

非常に面白い本にめぐり合うとついつい時間を忘れて読んでしまいます。

しかし朝は予定がぎっしり。

だから時計がなくてはいけません。

僕は量販店で買った、1000円前後の生活防水型腕時計をひとつ、お風呂場に用意しています。

3)浴室内は涼しくしておく。

浴室を閉め切ると蒸気のために、酸素不足になりがち。

僕は必ず扉を開けてます。

窓がある場合は窓を開けましょう。

風通しよく。

これだと顔はひんやり、身体は熱々となります。

4)お風呂からあがった後は必ずミネラルウォーターなどの水分を補給する。

長い風呂は、身体の水分を大量に失います。

この結果、血液はドロドロになりがちです。

必ず水分を補給してください。

血栓がある人、心臓の弱い人は、この朝風呂読書術を行なう場合、医師に相談してからにしてくださいね。

考えてみると、家族を持つものにとって風呂というのはひとりになれる貴重な時間です。

早朝というのが貴重な時間であることを発見したように。

素晴らしいアイデアは、実は道端に落ちているゴルフの話に戻って恐縮ですが、ゴルフはなかなか上達しません。

スランプもあります。

それまでずっと80台で回っていたのに、あるときから突然90を切れなくなることがあります。

よくて90台前半、悪ければ100叩き。

そんなとき、大阪でゴルフをする機会がありました。

スランプの真っ只中でしたが、移動の新幹線の中で久しぶりにゴルフ漫画でも読んでみようと、「GOLFコミック」という漫画雑誌を買いました。

普段僕は、ゴルフのレッスン書や雑誌をほとんど読まないのです。

そこに宮里聖志(宮里藍の兄)さんのレッスン漫画が別冊でついていたので読みました。

ふむふむ、と読んでいると、お、これは!!!というところにぶつかりました。

で、その点を肝に銘じて翌日のゴルフ。

しかしその前日は梅田でしこたま飲んで、朝から下痢と強烈な二日酔いです。

さらにその日は寒波がきて温度が下がり、雨が降り、非常に寒い。

しかも初めてのコースです。

まあ、これほどの悪条件が出揃うというのもなかなかないでしょう。

にもかかわらず、前半42、後半46、合計88で回れました。

80台は久しぶりでした。

たぶん2カ月以上出てなかったと思います。

実は、新幹線の車中で読んだ漫画雑誌の付録、あの宮里プロのレッスン漫画で最低5打以上縮めたと思います。

ちょっと読むだけで5打です。

しかもこのラウンドを境にスランプから脱出することができました。

そうです。

本当に質のよい情報というのは、高額なお金を出して買うものではなく、駅の売店で売っている雑誌の付録についてるんだな、と思いました。

また、人の意見を謙虚に受け入れるという姿勢も大切だと思いました。

というのは、一時ゴルフにはまっていた頃は、とにかくゴルフ雑誌や本を読み漁っていました。

「週刊ゴルフダイジェスト」「週刊パーゴルフ」はもちろん、「ALBA」などの月刊誌、あるいは、中部銀次郎のエッセイなど。

ところがここ最近、そういう雑誌や本の類は全然読んでなかったんです。

自分なりに知識は十分だと思ったんです。

でも、そうじゃなかった。

ここから導かれる教訓。

何かを極めたいと求めているときは、情報を大量に入れ、素直に人の意見に耳を傾ける。

情報の中にはノイズも大量に混ざるが、宮里プロのレッスン漫画のような、自分にとってとても高い価値があるものも存在するのだ、ということです。

大量の情報の中には、必ず自分の問題を解決する鍵となるものが隠れている。

場合によっては隠れているのではなく、雑誌の付録のように露骨に表面に現れている。

言葉を変えれば、素晴らしいアイデアは実は道端に落ちていたりするものなのです。

さて余談となりますが、ゴルフ好きの人ならどんなポイントが僕のスコアをいきなり5つ縮めたのか興味あると思いますので、書いちゃいます。

それは「パッティングをするとき、そのテイクバックを見ない」ということです。

最近パッティングが調子悪いという方、右の1行を読んで、ギクッとしませんでしたか?そうなんです。

パターをあまりにもまっすぐ引いて、まっすぐ出そうと思って、ついつい僕はテイクバックのとき、パターの動きに気を取られていたのです。

自分の視線から外れるドライバーショットやアイアンショットのテイクバックと違って、パッティングの場合は、そのクラブヘッドが描くテイクバックの軌道がまともに視界に入ります。

僕がスコアを崩していた最大の原因はパットだったんです。

考えてみると、まっすぐパターを引かなくてはならない、ということにかなり神経質になっていました。

その結果、目がパターを追いかけているのです。

テイクバックのとき。

で、少しでもインサイドやアウトサイドにテイクバックしちゃうとインパクトで軌道修正しようとして、その結果ひっかけたり、右へ押し出したり。

一番大切なのはインパクトのときまっすぐ狙った方向に打ち出せるか、これだけなのに!!実際、テイクバックを見ないようにしたら、1メートルのパットを8割程度、決めることができました!!めちゃくちゃ嬉しかったです。

今までいろんなパッティングの情報を叩き込んできましたが、「テイクバックを見るな」というのは初めてでした。

宮里聖志!僕はいっきにファンになりました。

情報管理はクラウドで僕は基本的に、手帳を持ち歩きません。

自宅と会社以外、外に出る機会が少ないからです。

手帳は持っていませんが、ミーティングの記録用にA5サイズのノートを持っています。

必ず見開きセットで使い、左ページの上余白に日付と面会者の名前を書きます。

この日付と面会者の名前がインデックスの役割をします。

左ぺージの上余白にしか書いてませんので、比較的簡単に必要な情報を検索することができます。

会議や打ち合わせで資料をもらうことがあります。

この配布された資料に出席者が直接書き込んでいる風景をよく見かけますが、僕はこの資料に書き込みをしません。

そうではなく、先のA5サイズのノートに必要な事項をメモします。

というのは、そのような配布資料は必ず散逸するからです。

いろいろなファイリングの方法があるようで、僕もいくつか試したことがありますが、とても自分には無理、真似できないことが分かりました。

逆に、常にそのA5のノート一冊と決めていれば、すべての情報を一箇所に集積でき、散逸することがありません。

1枚の紙は必ず散逸する、これは大原則なのかもしれません。

だから、会社のFAXはDFAXというFAXをメールに転送してくれるサービスを使っています。

これは非常に便利です。

FAX用紙が切れることを気にする必要がありません。

弊社は翻訳事業もやっていますので、時々クライアントから何十枚というFAXが送られてくることがあります。

それがもし、用紙切れだったりトナー切れだったり、あるいはFAX機のトラブルがあったなどしたら、とんでもない損失になります。

しかし、今ではすべてのFAXがひとつのメールアカウントに飛んできますので、どこにいても確認できるし、原稿が色あせたり、切れたり、散逸することが絶対ありません。

何年経過しても、日付さえ指定してくれればそのときのFAX原稿を取り出すことができます。

これは、クラウド状態にあるFAXといえます。

クラウドといえば、パソコンです。

僕はノートパソコンを使っていますが、会社と自宅に同じMacBookProを1台ずつ置いています。

時々、セミナー講師などで出張をするときは会社のMacBookを持っていきます。

ドキュメントはグーグルに80GBのストレージ(データを記憶する装置)を契約していますので、ここにどんどん放り込んでいます。

これだと、どこにいてもファイルを引っ張り出すことができます。

できるだけ端末は軽くすることです。

パソコンにありとあらゆる情報を詰め込むのは、ダメです。

今はインターネットが高速化していますので、ファイルはできるだけ外部のストレージに溜めるのがよく、自分がどこにいようが必要な情報を引っ張り出せる状態が最高です。

パソコンに情報を溜めることの弱点は、パソコンが壊れたときデータが吹っ飛ぶこと、そしてパソコンを買い換えたときにデータの移動が面倒であるということです。

メールはGmailです。

ですからPCを新調したときに、メールフォルダを引っ越すという面倒な作業をしなくてよいのです。

Gmail、すなわちウェブメールサービスは、クラウドの代表選手だと思います。

どこにいてもどんな環境でもIDとパスワードがあれば自分のメールアカウントに入っていける、過去のメールも読める。

今後、どんどんウェブメール化が進むと思われます。

会社でファイルのやりとりをするのは、スカイプを使います。

スカイプのチャット機能はメールのようにファイルの添付ができますから、簡単にファイルをやりとりすることができます。

また、スカイプを弊社では内線代わりに使っています。

もちろんチャット機能を使って。

現在は携帯電話からスマートフォンへ移行しています。

僕はギャラクシーを使っていますが、OSがグーグルのアンドロイドなので、グーグルアカウントと情報を瞬時に共有できるのが素晴らしいです。

たとえばスマホのカメラで風景を撮影すると、すぐにグーグルアカウント内のPicasaと写真を共有することができます。

当然Gmailもリアルタイムで読み書きできます。

スマートフォンは携帯電話というよりもコンピューターに限りなく近いです。

大胆に遊ぶこと、それが大胆に稼ぐことに直結する今さら書くまでもなく、仕事ができる人は、同じくらい遊んでいます。

自分の人生は仕事だけ、遊んでいる時間なんてない、という人も中にはいるかと思いますが、そういう人はきわめて奇特で稀です。

ビッグなビジネスをして稼いでいる人は、遊びも豪快です。

よく遊び、よく稼ぐ。

遊び=消費活動であり、仕事=生産活動と考えてみましょう。

〈遊び〉の資金は自分のポケットから出さなくてはいけませんので、次回の〈遊び〉を確約するためには、その担保となるお金を稼がなくてはなりません。

〈遊び〉が〈仕事〉のモチベーションになるわけですね。

僕は年に数回、家族と海外旅行に行きますが、そのうちの1回は僕の親とか兄弟とか、あるいはカミさんの両親や兄弟を連れていくようにしています。

そうなると10人くらいの大所帯になることもあります。

また、コストも半端なくかかります。

全員が往復ビジネスクラスを目指しますが、10人となるとなかなかビジネスクラスがとれないこともあります。

旅行先でレンタカーを借りる場合は、2台借りなくてはいけません。

費用は1回の旅行で数百万かかりますが、親孝行も兼ねていますので、この大旅行を次回も実現するぞ、と思うと否が応でも稼がなくてはなりません。

そうやって自分を追い詰めるわけです。

社員旅行も毎年行なっています。

ここ数年続けてバリ島へ行っています。

小さい会社ながらもやはり同じ釜の飯を食べる、という経験を通じて、同じ体験を共有し、同じ思い出をつくるということは、帰国後のコミュニケーションを円滑化させ、会社のパフォーマンス向上を支援するという思いからです。

常識はずれに稼ぎたいとしたら、生活のさまざまな局面で常識を逸脱してもよいと思います。

桁はずれに稼ぐということは桁はずれなイマジネーション(想像性)とクリエイティビティ(創造性)が必要だと思います。

遊びにも、このイマジネーションとクリエイティビティが求められます。

僕のオフィスの仕事部屋には、海水魚水槽があります。

横幅が2メートルある特注品で、濾過システムはドイツ製ですが、これらの購入費用は国産の高級車を1台買えるレベルです。

さらに、メンテナンスで毎月10万円かかっています。

つまり、通常のオフィス装飾では考えられないほど金がかかっています。

さらにこの部屋には普段人を通さないので(来客とのミーティングは会議室で行ないます)、ほぼ僕ひとりの遊びの範疇に入ります(とあまり書くと贅沢に批判的な諸先輩からお叱りを受けそうですが)。

常識はずれに金を使い、常識はずれに遊ぶということは、とても気持ちのよいことです。

趣味は仕事、土日も会社へ行って静かなオフィスで仕事をしているのが大好き、という方もたしかに存在するでしょう。

しかし、残念ながら僕はそうではありません。

土日は仕事をしないことが信条です。

できることなら仕事をしなくても、好きな小説を読んで、好きな映画を観て、好きなピアノを弾いて、ゴルフをして、海外旅行にも行きたい、そんな生活を送れれば最高だと思っている、とんでもない〈ナマケモノ〉なのです。

ということはその生活レベルを維持しなくてはなりませんが、どうすればよいのか?これには、誰にも束縛されない自由な時間と、これらの夢を実現させる資金的な保証が必要です。

ここで、強烈な経済的モチベーションが沸き起こります。

常識はずれに金を使うことからのリターン、それは常識はずれに稼がなくてはいけない、という経済的なモチベーションであると思います。

平日ゴルフのススメ僕は基本的に、平日にゴルフへ行きます。

最近は週末も行くようになりましたが、基本は平日ゴルフです。

平日にゴルフに行くメリットは、・比較的空いている・空いているからホールアウト後にアプローチ、パットの練習が本番環境でできる・安い・家族に迷惑をかけないなどがあります。

最後の「家族に迷惑をかけない」は非常に重要です。

しかし、これよりももっと重要なことがあるのです。

平日ゴルフの核心。

それは、「仕事を加速する」です。

誰でも、片付けなくてはいけない仕事を複数持っているはずです。

火曜日にこれをして、木曜日までにここまで片付ける、という感じで。

あー、金曜日までに終わるかな~っと。

そんなとき、突然、水曜日にドカーンとゴルフをぶち込むのです。

ギリギリの極限状況に自分を追い込むわけです。

すると、金曜日に仕事を全部終えるというスケジュールがかなりタイトになる。

結果として、火曜日までにある程度終わらせちゃえ!となります。

4日でやらなくてはならなかった仕事を3日で終わらせなくてはいけない。

しかも水曜日にゴルフでリフレッシュしているから、木曜日の仕事は非常に集中することができます。

場合によっては1週間がかりの作業が2日で終わるということもあります。

逆に、ゴルフを平日に入れなかったら、なんかダラダラやってて、結局なにひとつ終わらなかった、ということも。

そんな経験ないでしょうか。

時間がありすぎると人間、なにもしないものです。

だからあえて、忙しい平日にゴルフを入れるのは、仕事を加速するという意味ではすごくいいのです。

たとえばセミナーの集客をしなくてはならない、というときにセミナー開催の10日前になってもひとりも集まっていないというのは僕の場合、珍しくありません。

というのは、それまで一切告知してないからです。

しかし10日を切ることになって、これはやばい、と焦り出します。

ホテル側には100名集めるのでその規模の宴会場を予約しているにもかかわらず、です。

もし集客に失敗すれば大損です。

えらい恥をかくことになります。

〈ナマケモノ〉は体面を非常に気にします。

クールでなくてはなりません。

すると全知全能を駆使してメルマガを出し、仲間の起業家にセミナー告知をお願いしたりして、猛烈に働きます。

不思議なことに、これにより一気に集客をすることができます。

試験前夜まで勉強をしない中学生と同じレベルだと言われれば、それまでかもしれませんが(汗)。

僕は自慢ではありませんが、金曜日にゴルフ仲間とゴルフをして、翌週の火曜日に同じメンバーとゴルフをしたことがあります。

実はこのとき、土曜、日曜、月曜もゴルフをしていたのです。

すなわち5連チャンです(笑)。

ゴルフ仲間たちは驚いていました。

「石田さん、5日連チャンでゴルフですか!」と。

当然、そういうゴルフ仲間たちも、普通のサラリーマンではありません。

会社の経営者や投資家とかそういう類の、自由に時間を使える人たちです。

まあ、この話はどこにも教訓は見出せないですが(笑)、ときにはそういう期間があってもよいと思います。

長い目で見て。

ゴルフをやらない人は、他のなんでもよいと思います。

たとえばパチンコが好きなら会社を3日間休んで、パチンコ旅行に行くとか。

温泉が好きな人は温泉旅行に行くとか。

しかもみんなが仕事をしている平日に!……と、こんなことを書くと、石田はほとんど会社に出社してないし、社員も週休3日じゃないかと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。

僕はゴルフ以外は定時開始が9時30分にもかかわらず毎朝8時30分には出社していますし、社員は世間一般の企業と同じ週5日勤務です。

僕がここで言いたいことは、仕事を加速するには短い時間でさっさとやってしまえ、ということです。

たとえば1日の労働時間は8時間ではなく、お前の労働時間は1日2時間だ、とイメージ的に思いこめ、ということです。

毎日、8時間もあると思うから、そしてその8時間がいつまでも永遠に続くと思うから、ダラダラ仕事をするわけで、先送りできるものは先送りしてしまいます。

明日、あるいはいつか近い将来の8時間でやってしまえばよい、と。

しかし、実は労働時間は2時間しかないと思えば、今やらなくてはならない問題は今解決しなくては絶対に駄目だ、となります。

セミナー開催10日前にひとりとして集客できてない、となればその問題を先送りにすることは絶対に無理です。

だったら、今、手帳に書き込んでいる仕事の締切りを短くすればよいのか、といえば、そうではありません。

ひとつ破綻したらその破綻が次の破綻を呼びこみ、その結果スケジュール自体が無効となることは目に見えています。

だからあえて、スケジュールはそのままにして、逆にその前日に休みを入れて、本当に休み、遊びにいく。

となるとそれまで締切りまで12時間の作業時間があると思ったのがたった4時間しかなくなります。

しかしその4時間は非常に濃密な4時間となります。

濃縮されたオレンジジュースのように、12時間を4時間に濃縮しなくてはなりません。

ただ、実際やってみると実は意外と簡単で、なんで今までそんなに甘い時間配分をしていたんだろう、ということに気づくと思います

加速と集中の副産物忙しいときこそ、平日に休みをとると、仕事が加速します。

集中力がアップします。

そして締切り直前に加速して集中をすると、さまざまな気づき、副産物が出てくることがあります。

これら副産物を見出す能力を、セレンディピティといいます。

Wikipediaによれば、「セレンディピティ」(英:serendipity)は、何かを探しているときに、探しているものとは別の価値あるものを見つける能力・才能を指す言葉です。

何かを発見したという『現象』ではなく、何かを発見する『能力』を指す。

平たく言えば、ふとした偶然をきっかけに閃きを得、幸運を摑み取る能力のことである、とあります。

2010年にノーベル化学賞を受賞した鈴木章北海道大名誉教授は、「何もやらない人は(偶然に物事を発見する能力である)セレンディピティに接する機会はない。

一生懸命やって、真剣に新しいものを見つけようとやっている人には顔を出す。

顔を出した上に、さらに幸運であればそれが成就する」(2010年10月8日時事通信社)と語っています。

僕の場合、過去にどのようなセレンディピティがあったか?たとえば先にも書きましたが、英語の教育ビジネスをしようと思って考えていたところ、競争の激しい英語ではなく、メルマガでのビジネス成功法を書いたほうが売れるだろうという着想が浮かんだとき。

あるいはメルマガのビジネス成功法をさらに拡大すべく、自分で情報商材のオンライン自動通販サイトを開発するに至ったこと(2004年当時そういうものはありませんでした)。

さらに、その延長線上に石田塾という国内で初めてとなる対個人向けのコンサルティング事業の着想を得たことです。

前述したように、僕は平日にゴルフに行きます。

その結果、仕事をする時間が短くなりますが、逆に集中の度合いが高まり、さらにその結果、仕事の過程でセレンディピティが舞いおり、その仕事は別のビジネスへ発展したり、別の稼ぎへ結びつくことがある、ということです。

これにより、同時多発的な「稼ぎの構造」の構築が、さらに前進することになります。

新しいアイデアが生まれる瞬間というのは極度に集中をして、それまでののっぺりとした均質的な時間の流れに歪みが生じてくるような瞬間だと思うのです。

だから僕は、スタッフに仕事を任せるときは、必ず期限をつけます。

これを明日までにやってください、これを夕方までにやってください、です。

さらに、その期限も通常できるだろうなと思われる作業時間の、半分くらいの時間を指定するようにしています。

だから残業も僕自身ほとんどしませんし、スタッフにも残業を推奨しません。

ダラダラ仕事をやっていてもろくな結果にはなりません。

こちらが望む以上の成果は絶対に上がりません。

大切な人物とはできるだけ夜に会う非常に有益な情報を与えてくれる人物が面会のアポイントを取ってくる場合、できるだけ夕方6時頃オフィスに来てもらって、そのまま食事、つまり飲みに誘います。

ちなみに僕の会社の就業時間は9時30分~午後6時30分までです。

僕はお酒が大好きで365日欠かさず飲んでいますが、やはりお酒が入ると、相手から引き出せる情報も違います。

アルコールによって多少、攻撃本能が刺激されると同時に防御本能も弱くなりますから、僕も普段ライバルには話したくないことを話しますし、相手も話します。

コミュニケーションを超えた飲みニケーションです。

だから、大きなプロジェクトが居酒屋で生まれたということが少なからずあります。

ただし、ときには大きな間違いをすることもありますので、カミさんには、居酒屋で大切なことを決定しないでください、といつも叱られています(笑)。

ただ、やはり一度腹を割って酒を交えて親密に話すと、なにか目には見えない信頼関係が構築されると思います。

僕はオンラインスクール事業を昨年複数展開しましたが、そのパートナーたちとは最初の打ち合わせのときには必ず飲みに行き、彼らが持っている情報を引っ張り出しました。

オフィスの会議室では本人でさえ些細なこととして口にはしなかったことが集客上、非常に重要なファクターであったということが、少なからずありました。

ただし飲み過ぎて、重要な情報を忘れてしまうということも時々あります。

ですから、これは重要な情報だけど後で忘れるかもしれないというときは、スマホのボイスレコーダーに録音しておくようにします。

ペンがなくてもメモが簡単にとれていつでも確認できるから便利です。

さらに、どうしても重要な話題が出てくるだろうと思う場合はスタッフを連れて行ってメモをとらせます。

これなら確実です。

ただしスタッフが酔っ払わなければ(汗)。

スケジュール管理の手帳なんて持たない僕は2005年の2月から、ヤフーカレンダーでスケジュールを管理しています。

もう6年以上ですね。

なぜそのときからと分かるかというと、ヤフーカレンダーはヤフーのサーバー上にスケジュールを記録できるので、すべてがデジタル的に残っているのです。

だからたとえば、2006年4月27日(月)に僕が誰と会ったか、すべて把握できます。

ちなみにこの日僕は、大阪で9名の方と面談をしました。

その名前をここに記載することもできます。

また、このカレンダーはスタッフと共有しています。

スタッフも外出営業があるときや、来客があるときはこのカレンダーに書き込むことになっています。

IDとパスワードで入りますので、外部の人は絶対にアクセスできません。

アクセスログがあり、アクセスしたIPアドレスがここですべて分かりますので、不正アクセスがあったらすぐに判明します。

スタッフが会社を辞めたりしたときなどは、すぐにパスワードを変更しています。

外出先で次回の打ち合わせの日時を決めるときは、スマートフォンでヤフーカレンダーにアクセスします。

そうすれば自分の予定が一発で分かります。

さらに外出先からカレンダーに書き込みができますから、スタッフもすぐに僕の予定を把握することができます。

僕が利用したタクシーや飲食店の領収書の確認を経理が行なう場合も、彼らはヤフーカレンダーにアクセスできますから、その日、僕が誰と食事をしたか、どこからどこへ移動したかが一発で分かります。

ゴルフの予定もここに書き込みます。

必ずゴルフ場の名前も記録していますから、携帯電話が圏外でも(ゴルフ場は郊外や地方にあるため、意外と圏外になることが多い)、緊急連絡がある場合でも、安心してプレーすることができます。

会社のスタッフへの仕事は「掲示板」で振り分け僕の会社には15名のスタッフが働いており、毎日日報を書かせています。

4つの事業部門に分かれていて、それぞれの部門に管理者がいるので細かい指示は出しませんが、スタッフ全員の日報には毎日、目を通しています。

オンライン掲示板を社内用にカスタマイズし、ID、パスワードで入っていきます。

掲示板上にはメニューがあり、それぞれ4つの事業部門名でメニューをつくっています。

そのひとつをクリックすると、前日までの仕事内容がすべて分かるようになっています。

掲示板形式なので、それぞれのメニューの中に「社長より」という項目があり、ここで僕が気が付いたことをコメントしたり、作業の指示を出したりしています。

この掲示板はスマホでもアクセスすることができ、外出してパソコンがないときでも利用することができます。

オンライン掲示板を使う一番のメリットは、ヤフーカレンダーのように過去の記録がいつまでも残り、さらにそれがクラウドとしてどこからもアクセスできるということです。

仕事でトラブルがあった場合など、誰がその仕事を過去に担当したのかをさかのぼってすぐに見つけることができます。

3月11日の地震後、2週間の在宅勤務をしたのですが、その際、このオンライン掲示板が威力を発揮しました。

スタッフは自宅からアクセスできますので、全員の仕事の進捗がすぐに分かり、僕は海外にいたのですが、海外から掲示板を通じて指示を出すことができました。

ソーシャルメディアが情報検索の中心となる日今、ネット上では、インターネットが歴史に登場して以来の地殻変動が起きています。

これについて書いてみようと思います。

今、日本ではツイッターが大ブームです。

国内利用者数は2000万人を超えたと言われており、ユーザー数ではミクシィをすでに抜いています。

携帯電話がつながりにくかった東日本大震災のときに、地方自治体など公共機関がどんどんツイッターアカウントを開設して、さまざまな情報提供を行なったことは記憶に新しいでしょう。

知人や親戚の安否確認をする媒体としてもツイッターが使われました。

僕はこのツイッターというソーシャルメディアは、これまでのブログやSNSをはるかに超えた、インターネット上の一大革命であると思っています。

おそらくはグーグルがこの世に登場したくらい、もしくはそれ以上のインパクトを持つのではないかと思います。

僕らはグーグルが流行っている、ヤフーが流行っているという表現はしません。

それらは空気のように当たり前のインフラ、ネットで生きる上でのインフラストラクチャーだからです。

逆に言うとあまりにも必要度が高すぎて、それなしに生きることが難しいということです。

その意味でツイッターやFacebook、あるいは個人でリアルタイムの動画配信が可能であるユーストリームといったソーシャルメディアは、単なる流行とかそういう問題ではなく、空気のように、それなしでは生きてはいけないインフラに変貌しつつあります。

だからツイッターに乗り遅れた、という言葉自体、まったく無意味です。

誰もがグーグルに乗り遅れた、と思わないように。

逆にいえば、ツイッターやソーシャルメディアに乗り遅れたと思っている人は、どこか重要な勘違いをしているわけです。

それまで何か自分で情報発信をしたい場合は、情報媒体を自分でつくるしかありませんでした。

たとえば、ウェブサイト、ブログ、SNS(ミクシィなど)、メルマガといったものです。

しかし、情報を発信する以上、情報を受け取ってくれる人がいなければ意味がありません。

受信者不在の情報発信とは発信でもなんでもなく、単に誰にも読まれることのない日記を書いているようなものです。

ツイッターも先に書いた情報媒体(ウェブサイト、ブログ、SNS云々)のひとつですが、決定的に違うところがあります。

それは、まったく無名の個人でも、あなたの情報の受信者を確実に増やすことができる、という点です。

つまり、フォローをしていけばよいのです。

フォローをすれば、その3~5割くらいの人がフォロー返ししてくれます。

フォロー返しをされるということは、すなわち、あなたのフォロワー(ツイート=つぶやきの受信者)となることなのです。

つまり、ツイッターは情報の受け取り手の数を発信者が勝手に増やしていくことができる、初めてのツールなのです。

ツイッター出現前の情報媒体で、読者数を増やすのは大変なことでした。

メルマガだったらお金を払って広告をするとか、相互紹介をするとか。

ブログだったら「読者になる」ボタンをクリックしたり、人のブログにコメントを残したり。

とにかく、数を増やすことは非常に大変でした。

現在、メルマガの読者を一部増やすのには300円のコストがかかると、「まぐまぐ!」などメルマガ配信会社は試算しています(広告料金から逆算)。

その点、ツイッターのフォロワー数を増やすのは、相手をフォローしていくだけなので簡単です。

僕も今、情報入手の中心はツイッターになりつつあります。

毎日最低10回はつぶやいています。

ここでは、僕が最近読んで面白かった本や、面白かった映画などもつぶやいています。

僕のツイッターを見ている人は、今現在で約8000人います。

この8000という数字は、特別に多いわけではありません。

普通の企業にお勤めの、普通のサラリーマンでも1万人を超えるフォロワーを持っている人がたくさんいます。

ちなみに僕のカミさんのフォロワー数は2万人です。

個人がこれほど簡単に自分の情報媒体をつくることができたのは、かつてなかったことです。

もともとツイッターは、友達が今なにをしているか知りたいがために開発されたツールなのだそうですが、今現在、個人が持ちうる、最強の情報発信媒体です。

ツイート(つぶやき)というから、なにか他者不在の閉じられた世界をイメージしがちですが、実は、さまざまな情報が行き交い、それまでまったく出会う機会のなかった個人と個人が、どんどん接続されていくすごい世界なのです。

ミクシィのようにマイミクは1000人まで、という限定もありません。

ブログのように誰かの訪問を待っている必要もありません。

あなたがつぶやいた瞬間、あなたのツイートは読み手のタイムラインに自動的に表示されるのです。

読んだ本の感想でもよいし、観た映画の感想でもよいし、今食べているランチについてでもよいし、上司の愚痴でも構いません。

なんでも好きなことをつぶやけばよいのです(上司や配偶者の愚痴をつぶやいた場合、まさにその愚痴の対象があなたのツイートを読んでいる可能性があるので注意も必要ですが)。

ツイッターの面白いところとしてもうひとつ、面白いツイート、役にたつツイートをした場合、他人がリツイートをしてあなたがフォローしていない、知らない誰かに勝手に紹介してくれるのです。

これによって、あなたのフォロワーはさらに増えていきます。

ツイッターは個人が持ちうる最強の情報発信ツールだと先に書きましたが、これは裏を返せば、インターネット上の最強の情報媒体になる可能性を孕んでいる、ということになります。

ツイッターは、検索エンジンを墓場に送り込む可能性すら秘めているのです。

ツイッターは検索エンジンを墓場に送り込むか?僕らは今、何か欲しい情報があれば検索エンジンをたたきます。

しかし、検索エンジンから欲しい情報を瞬時に取り出せる機会はどんどん減っているように思われます。

なぜか?検索エンジンの検索結果というのは、SEOにより、ある程度操作可能だし、その結果、僕らが欲しい情報が上位に出てこないケースがますます増えているからです。

つまり、有益な情報がなかなか検索エンジンの上位に出てこず、無益な(しかし、情報の発信者にとってのみ有益な)情報だけが上位に出てくるような事態です。

僕の会社アカデミアジャパンはまさにSEO会社ですから、実は後者の支援をしているわけですが(汗)……。

話をある程度理解しやすくするために、消費者の購買行動にフォーカスをした場合、どんな情報を消費者は欲しいのかを考えてみましょう。

それはあなた以外の、他の消費者やユーザーが優れていると認めているサービスや商品です。

僕らがモノを購入するとき、クチコミの力というのは一番強力です。

親しい仲間から、コレがいい、このエステがよい、この本めちゃくちゃ面白い、と聞けばほとんど無条件で買ってしまうものです。

このような消費者の声が検索エンジンに効果的に反映されているかといえば、そうではありません。

たとえば、あなたが今、渋谷で腕のいい指圧マッサージ店を探しているとしましょう。

検索エンジンで「渋谷指圧」と検索したときに現れる検索結果は、それなりのウェブサイトを持ち、それこそ被リンク(そのサイトを支持しているリンク)が数百件入っているものが上位に表示されます。

ちなみに、グーグルで検索してほしいのですが、この検索結果こそ、サービス提供者側からのメッセージなのです。

消費者の声は反映されていません。

つまり欲しい情報が見つからない。

僕らはそれになんとなく気づいています。

ここまで高度に成熟した消費社会において、僕らが知りたいのは、サービス提供者の声ではなく、提供者のサービスを利用した消費者の声です。

実際にその店舗、サービス、商品を利用したユーザーが何をつぶやくか、それを知りたいのです。

ここで、ソーシャルメディアが脚光を浴びることになります。

その代表選手が、他ならぬツイッターです。

これは生産者、流通といった広告の担い手のメッセージが無力化され、消費者たちのクチコミ=つぶやきが〈読まれる情報〉の中心になることを意味します。

たとえば、ツイッターの検索窓に「渋谷ラーメン」と打ち込んでください。

お昼過ぎがよいと思いますが、実際に渋谷でラーメンを食べている人が写真をツイッターにアップしてつぶやいているのが、たくさん出てきます。

まさにこれは、消費者のリアルタイムな情報です。

企業広告ではありません。

消費者が商品、お店を選んでその情報を流布するのです。

おそらく資本主義社会が始まって以来、初めて僕らが体験する大きな地殻変動です。

つまり、企業、メーカー、サービス提供者→消費者という情報の流れ、その矢印が逆になったんですね。

企業、メーカー、サービス提供者←消費者です。

企業が消費者に情報を与えるのではなく、消費者が自ら企業を選び、その情報を消費者間でシェアする時代が到来したのです。

この章の冒頭に書いた「インターネットが歴史に登場して以来の地殻変動」とはすなわち、生産者、サプライヤーの言葉が無価値化し、消費者、ユーザーの言葉がその価値を奪う、というサプライヤーとユーザーの検索空間、言語空間におけるポジショニングが逆転することなのです。

ツイッター人口はまだ少ないです。

しかし、ツイッターを使う人がもっと増えていけば、たとえば「渋谷指圧」と検索したときに、まさに今日、渋谷の指圧店に行った人の感想、店の特徴、うまい指圧師の名前を知ることができるでしょう。

検索エンジンでは検索できなかったリアルタイムな情報がタイムラインとしてあなたのパソコンに流れる、そしてその情報を多くの人と共有する、それがツイッターです。

さらにツイッターは、他のソーシャルメディアであるFacebookや、個人でも動画でライブ配信ができるユーストリームと連動することができます。

つまり、個人や企業のライブ配信を観ながら、その感想をユーストリームでつぶやけば、そのままツイッターやFacebookに反映させることができます。

これまで検索エンジンは、互いに排他的に競っていました。

ヤフーの検索結果とグーグルの検索結果は違います。

これらはまったく異なる知性(アルゴリズム)によって動いています。

しかしソーシャルメディアは、どんどん他のシステムと接続することができます。

これが検索エンジンとソーシャルメディアの決定的な違いです。

映画「ベルリン・天使の詩」で地上に降りた天使たち(ブルーノ・ギャンツ!)がまず何をするかというと、地上で生きている人々のささやきに耳を傾けるわけです。

となると、ツイッターこそ〈天使の耳〉を獲得するツールなのかもしれません。

忙しくてツイッターをやる暇がないという人がいますが、それは忙しいからインターネットに触れる機会がない、と言っているようなものです。

ツイッターに忍び寄るアフィリエイターの影ツイッターの素晴らしい点ばかりを書きましたが、モノを売るアフィリエイターたちが今やツイッターにどんどん参加してきています。

すると、どれがクチコミでどれが広告なのか、見分けがつかなくなります。

一般的に、広告には必ずURLがついていますので、信頼のできない人のツイートにURLが付いているものはかなり高い可能性で、クチコミではなく売り込みだと考えたほうがよいと思います。

たとえば、フォローはしているもののよく知らない人のツイートで、「先日、A社の◯◯◯◯というフィッシュロースターを買って魚を焼いたらめちゃ美味しかったです。

煙もでなくお手入れも簡単でした」というツイートと、「先日、A社の◯◯◯◯というフィッシュロースターを買って魚を焼いたらめちゃ美味しかったです。

煙もでなくお手入れも簡単でした。

http://abc.abc.com」とURL付きのツイート、2パターンがあるとします。

このとき、あなたはどちらを信頼できる情報として受け取れるでしょうか。

当然、前者です。

後者は特定のウェブサイトに誘導しています。

アフィリエイト報酬を稼ぐアフィリエイターである可能性が高いです。

今、消費者の検索リテラシー(検索できる能力)はかなり向上しているので、商品名さえ分かれば、ネットで価格を比較してどこからでも購入できます。

特定サイトに誘導される必要もありません。

このようなとき、アフィリエイターや企業宣伝なら、過去のツイートに多くURLが含まれています。

僕は今、そういう人がタイムラインに流れてくるとすぐに過去のツイートを分析して、単なるアフィリエイターの場合はフォロー解除をすることにしています。

実名登録が意味するものツイッターにせよFacebookにせよ、ニックネームやハンドルネームでの登録は可能ですが、基本的に実名性のメディアです。

この点が、これまでのメディアとは大きく違います。

これまでのインターネットメディアは、匿名性のメディアでした。

その結果、ブログが炎上したり、掲示板で個人や企業をターゲットとした誹謗中傷が書かれたりして、社会問題にまでなっています。

ところがソーシャルメディアにおいては発言者の過去の発言がすべてアーカイブされているし、有害な発言者を規約違反として運営者サイドに通告することも可能です。

匿名性のメディアから実名性のメディアへ。

それゆえに、さらにその発言、書き込み、つぶやきの信憑性、クオリティは高まるのではないかと思われます。

消費者の行動を決める情報のほとんどがツイッターでやりとりされる時代は、すぐそこまできています。

ソーシャルメディアが情報検索の中心となる日は、すぐ目の前まで来ています。

Facebook――ツイッターよりも深く濃いコミュニケーションの空間僕はFacebookも使っていますが、投稿は原則として1日に2回以上することはありません。

ツイッターは瞬時、今、何が起きているか、ということをつぶやくツールですが、Facebookはどちらかというと、交換日記のような色合いが強いと思います。

Facebookは、顔出し、実名出しが原則で、アカウントもひとつしかつくれないのでまだ参加者は少なく、そのうえ、友達の数も少ないです。

現在、僕の場合ですとツイッターのフォロワーは8000人いますが、Facebookでは1000人くらいです。

しかし非常に濃いコミュニティをつくることができます。

その意味では、ミクシィに多少近いと思います。

ツイッターでは投稿してもスルーされるケースが多いのに対して、Facebookでは必ずなんらかの反応が友達からもらえます。

大震災があったときはFacebookよりも、「今なにが起きているか」を切り出すツイッターのほうに、フレッシュな情報がどんどん飛び込んできました。

実際、地震があったときはNHKの速報よりもツイッターのほうが断然早かったです。

だから僕は、揺れを感じるとすぐにツイッターを開くようにしています。

揺れた瞬間につぶやく人が多いので、NHKの地震速報よりも圧倒的に早いです。

一方、Facebookのニュースフィード(ハイライト画面)は地震があったのに「友達」が行った3日前の焼肉屋の写真が普通に出ていて、違和感を覚えました。

まあ、これもFacebookとツイッターの特徴の違いです。

ツイッターは多くの人とゆるくつながるのに対して、Facebookはある程度クローズドなコミュニティをつくって、濃いやりとりをするという感じです。

たとえば僕が1週間前にアップした写真に対して、今日になってコメントがつくこともありますが、ツイッターの場合、そのようなことはまずありません。

Facebookのコミュニケーションの空間は、より狭くはなるけれど、より深くなります。

ツイッターが「広く、浅く」だとすればFacebookは「狭く、深く」です。

だから学生時代の同窓生、会社の同僚、先輩、後輩を名前検索すれば、すぐに見つけることができます。

早稲田大学の頃の悪友をFacebookで見つけ早速メッセージを送ったら、本人であることが分かりました。

彼は現在タイのバンコクに住んでいるのですが、Facebookで見つけたのは、僕がたまたまプーケットに家族旅行をする計画があったときでした。

彼はバンコクからプーケットに来てくれて、20年ぶりに再会することができました。

一方、プロフィール欄が小さく、さらにニックネームでつぶやいている人が多いツイッターでは、古い友達を探すのはかなり難しいです。

Facebookは、基本的に知っている人とつながります。

知らない人からの友達リクエストは無視している人が多いようです。

「基本情報」を見れば、メールアドレスから出身校から、個人情報がかなり露骨に出ていますので。

ツイッターでは知らない人からツイートにレスをもらうことも多いですが、Facebookではレスをもらうのは基本的に知人が中心です。

最近、メールよりもツイッターやFacebookのダイレクトメッセージを使うケースがどんどん増えています。

仕事関係でも同じです。

メールはスパムメールが多いですが、ツイッターやFacebookのダイレクトメッセージにはスパムメールはないか、あったとしてもきわめて少ないです。

またFacebookのダイレクトメッセージにはファイルを添付することができますから、ますますメールを使う頻度が減ってきています。

人によっては常にFacebookにログインしている人がいますので、そういった人に連絡をとる場合は、Facebookのダイレクトメッセージが一番早く連絡をとることができます。

日々起きたことを綴る点では、Facebookもブログと似ています。

しかし、マンツーマンのコミュニケーションがとれメール代わりに使えるという点では、ブログよりもはるかに応用できる領域が広いといえるでしょう。

パソコンにお金をけちるな今、パソコンは驚くほど安くなっていて、デスクトップは5、6万円から、ノートブックも10万円前後で比較的よい製品を購入することができます。

しかし僕は、パソコンを購入するときできるだけスペックのよいものを買い、メモリも増やせる分だけ増設することにしています。

パソコンは生産のための道具です。

道具をケチっていてはよい仕事はできません。

パソコンを買うとは投資なのです。

20万円を投資していくら稼ぐことができるか?という問題なのです。

昔は、生産設備は資本家が所有し、労働者は生産設備を持つ資本家に雇用されることによって、初めて働いて所得を得ることができました。

個人でもアフィリエイトやデイトレードで稼ぐことができるようになった現代、パソコンこそが主要な生産設備なのであって、それは個人で所有することができます。

したがって、パソコンを使ってお金を稼がない手はありません。

こう考えるとスペックの低い安いパソコンを買うというのは、スペックの低い生産手段を買うのと一緒です。

だから僕は、会社でもパソコンを買う必要がある場合、できるだけスペックを上げてコストはあまり考えるな、と言っています。

アウトプットをし続ければ、いつかは収益となって返ってくる僕がパソコンを購入するのは「投資」だと書きました。

パソコンというのはだいたい20万円前後が相場だと思うのですが、そうであるとしたら、1日で元を取ることも不可能ではありません。

僕が会社からいただいている給料を日割りで計算すると、パソコンの購入金額を軽く超えてしまいます。

せっかく購入したパソコンなんだから、それを使って富を生み出しましょう。

資本主義の歴史が始まって以来、ここまで安く生産手段を調達することは不可能でした。

資本家は土地を買い、そこに工場を建て、機械を入れる、作業員を雇う、原材料を仕入れる、などをして、すなわち莫大な投資をして初めて稼ぐことができます。

生産が開始されるまでは、何億、何十億を投資したとしても1円たりとも稼いでくれません。

ただ生産手段に莫大なコストがかかる産業(たとえば自動車であるとか造船であるとか)が実体経済の中心であることに変わりはありません。

こうなるとビジネスはギャンブルのようになってきますから、経営者は不確実性をできるだけ減らすために、土地や労働力や資材が安い途上国に、生産の拠点を移します。

ところが一方で20万円という、個人の貯蓄を崩せば誰でも入手しうる生産手段、それがパソコンです。

わずか20万円の投資で一個人が数百万円、数千万円を売り上げることが可能な、なんとも幸せな時代に僕らはいるわけです。

たとえば、ネットオークションで家の不用品を売ったり、100円均一のショップやフリーマーケットなど他のルートで仕入れた少し珍しい品をヤフーオークションなどネットオークションで売ったりするのも、立派な経済活動です。

その他、アフィリエイトやせどり(中古本を安く仕入れて高く売ること)にしても立派な経済活動ですし、サラリーマンが片手間で十分できることです。

僕の仲間には、副業で始めたアフィリエイトが本業からの収入(サラリー収入)を軽く超えてしまった挙句、脱サラした人が数え切れないくらいいます。

また、脱サラして個人事業主となるだけでなく、さらに収入が増え、会社組織にした人も多いです。

マイケル・デル率いるデルコンピュータを持ち出すまでもなく、世のIT関連の上場企業、世界的に有名な企業というものの多くは、そもそもの始まりが屋根裏部屋でパソコン1台で始めた小さな経済活動なんです。

日本ではマザーズなど新興市場に上場を果たしたIT企業の創業者も、初めの一歩は自宅の六畳間のコタツの上でのパソコン作業だった……というのは、とりわけ珍しいことでもなんでもありません。

僕の場合、新潟県長岡市という地方都市にある実家の10畳の部屋、そして個人並行輸入で買ったゲートウェイという、当時25万円くらいのタワー型パソコンが最初の生産活動の場でした。

それが今では、まだ小さいですが、東京赤坂に生産拠点を移し、自宅マンションもその近くに移し、社員15名を雇って日々経済活動に従事しています。

どんな大きな一歩でも最初の一歩は小さいのだ。

これを覚えておきましょう。

肉体トレーニングに目覚めた日1章に書いたように、早朝の日課として肉体トレーニングをしています。

この章では、そのことを詳しく説明したいと思います。

僕は2011年1月の下旬からジョギングを始め、3月からは筋トレも始めました。

数年前に120万円をメンズエステに払って70キロまでに引き締めた身体は、2011年1月の時点で見事なまでに、具体的には80キロまでに、肥えていました。

ちなみに僕の身長は175センチです。

メンズエステに支払った金は、明らかにドブに捨てたことになったわけです。

そこで意を決して、ジョギングをすることにしました。

僕の好きな作家、村上春樹がやはり同じような理由からマラソンを始め、今ではフルマラソンを数十回走っているという話を聞いたことにも、多少は感化されています。

いや、率直にいえば、このぶくぶくと太った腹、顔が本当に醜いと思ったのです。

この醜悪な身体は放っておくとどんな病を引き起こすか分からない。

僕の家系はどちらかといえば癌家系で、祖父も父も、血の繋がりがないにもかかわらず(父は婿養子でした)、同じ68歳で癌で他界しましたので、僕もこのままなるがままに生きていけば、同じ道を進むと思いぞっとしました。

ジョギングはマンションの最上階にあるフィットネスジムのトレッドミル(ランニングマシン)でやります。

地上130メートルと眺望がよいので、飽きません。

月曜日と木曜日は休みとして、週5回、1回7キロから10キロ走ります。

さらに、炭水化物の摂取を控える食事制限も加え、2カ月で75キロまで落としました。

ジョギングをやっていると時々、同じフィットネスジムで筋トレ(筋力トレーニング)を中心にやっている米国人と会います(自宅マンションは8割が外国人です)。

ものすごい筋力とシェイプアップされた身体がシャツを通して分かります。

彼はトレッドミルには来ないし、時々、サイクリングマシンを10分ほどこぐ程度です。

そこで、いろいろメルマガやウェブサイトで筋トレについて調べました。

すると、あるサイトに「筋トレは無酸素運動であり、筋肉は脂肪を食べる」と書いてありました。

これは衝撃でした。

そのウェブサイト曰く、ジョギングなどの有酸素運動は一時的に脂肪を減らし、体重を減少させるには向いているが、それは有酸素運動をしている間のみ有効である、と。

しかし筋トレによって獲得した筋肉は自分が眠っていようが何をしていようが、あなたに代わって脂肪を食べてくれる〈権利収入〉のようなものだ、と書いてあったのです。

つまり筋肉を身につけた身体というのは、時々、筋トレのメンテナンスをしていればあとは放っておいても脂肪がつかない身体になるわけです。

根がナマケモノにできている僕はこの〈権利収入〉としての筋力に目覚め、突然、筋トレをするようになりました。

YouTubeでアームカールやダンベルプレスのやり方をチェックし、自宅マンションのジムで試します。

僕は本質的に独学が好きなので、筋トレの情報商材も購入し、その著者にいろいろ質問しました。

また、友達のパーソナルトレーナーにも、自分のやり方についていろいろ指摘を受けました。

現在では筋トレが7割、ジョギングが3割程度でメニューを組んで、毎週4~5回、トレーニングしています。

健康はお金では買えません。

これは病気になって初めて気づくことです。

しかし、健康に、つまり自分の身体に投資をすることはできます。

ジョギングや筋トレというのは、自分の身体への投資だと思うのです。

忙しくて筋トレなどしている時間はない、という方は、少しだけ生活習慣を改善するだけで、筋トレをやっているのとさして変わらない効果を得ることができます。

たとえば、自宅で炊事洗濯、皿洗いを積極的に行なう。

通勤の定期券は1駅手前までしか買わない。

スーパーの駐車場では入り口からできるだけ遠くに停める。

電車ではつま先立ちで立つ。

仕事中、椅子に座るときは背筋をただし、腹筋と背筋に力を入れるようにする。

といった工夫です。

食事中も姿勢をただすこと。

僕はもともとかなりの猫背なので、筋トレでは背筋をできるだけ鍛えるようにしています。

さらに、姿勢を矯正する座布団のようなシートを、会社と自宅に置いています。

これは楽天などの通販で売っていますが、腰がぐっと入り、猫背にしたくてもできなくなる優れものです。

飽食の時代だからこそ、食事制限が必要現在は飽食の時代。

牛丼が300円以下で食べられる時代です。

コンビニに行けば24時間、食料を調達することができます。

しかし、僕らがこれほど簡単に食事をゲットできるようになったのは、この長い人類の歴史の中ではつい先日のことなんです。

それまで人々は、常に飢餓の危険に晒されていました。

次にいつ食べられるか分からない。

他界した僕の父は、昭和11年生まれでしたが、子供の頃は砂糖など見たこともなかったと口癖のように言っていました。

そんなわけで、本来的に人は食べ物を口にすると、将来の運動エネルギーとして使うように体内に備蓄しようとする働きがあります。

これが体脂肪を蓄積するメカニズムです。

しかし、ご承知の通り、僕らは飢えることなど知りませんし、それどころか、いつどこでもなんでも食べることができます。

これでは、しかるべく蓄積される体脂肪を燃焼し続けないと、フォアグラをとるために飼育されているガチョウのように、ぶくぶく太っていくばかりです。

筋トレを始めると、必ず、食事をコントロールするようになります。

発育する筋肉を皮膚の外から見るときに、余計な脂肪があるとうまく見られないからです。

よく腹筋を割る、という話を聞きますが、本来的に人の腹筋は割れています。

しかし腹部は一番、体脂肪がつきやすいから腹筋を覆い隠しているのです。

体脂肪の蓄積を一番加速する食品、それは炭水化物を主栄養素とする食品です。

ご飯や麵、パンといったものです。

だから僕は今、できるだけ炭水化物を取らないように心がけています。

ただし、炭水化物はすぐにエネルギーとして消費されるので、筋トレをやる日はしっかり食べます。

ところで、炭水化物を取るとどうして太るかご存知ですか?炭水化物は摂取して消化すると、糖に分解されます。

炭水化物=糖なのです。

僕らは脂肪を燃焼したいと思って運動をしますが、その際、エネルギー源として脂肪よりも先に糖が消費されます。

炭水化物を摂取しすぎていると、この最初に消費される糖が多すぎて脂肪燃焼までたどりつきません。

だから炭水化物の摂取をやめると人は、すぐに痩せます。

ただし、脳のエネルギーである糖は炭水化物が分解されたものですから、摂取を一切やめると思考力自体が低下したり、ボケーッとしますので、あくまでも摂取量を制限する、というレベルに留めておきましょう。

体脂肪の蓄積が一番進むのは、食後です。

「食べた後、すぐ寝ると牛になる」という言い伝えがありますが、これは事実です。

食べた後、とりわけ夕食後は、3時間は起きていましょう。

起きているだけでなく、軽いストレッチとか自宅で軽い筋トレをすることを、トレーニング本では推奨しています。

僕はたいてい夜8時には夕食を終えるので、11時までは起きていなくてはなりません。

その間、軽い腹筋運動をしたり、ダンベルを持ち上げたりします。

これをすると寝ようとしていた腸が目覚めるのか、腸も運動を始めるのを実感できます。

すると、翌朝のお通じも完璧となります。

旅行の際も筋トレは忘れるな出張旅行や家族旅行でも、それが3日以上にわたる場合などは、フィットネスジムがあるかどうかがホテル選びの際、非常に重要なファクターとなります。

有料か、無料か。

営業時間はどうなっているか。

あらかじめホテルの公式ウェブサイトを訪問して、その施設をよく調べます。

普段僕は革靴を履いていますが、このような旅行の際には必ず、ジョギングシューズをスーツケースに入れていきます。

外資系のホテルは、比較的フィットネスジムが完備されているケースが多いです。

逆に日系のホテル、とりわけ開業が古い日系のホテルはないことが多いです。

滞在するホテルにフィットネスジムがない場合、知らない街をジョギングすることになりますが、そんな場合、いったいどこをどう走れば自分が目標としている距離になるのか計測するのが難しいことがあります。

そういうときはこのサイトがお薦めです。

日本のみならず海外の地図も対象としていて、体重を入力すれば消費カロリーまで計算してくれます。

ジョギングシミュレーターhttp://42.195km.net/jogsim/ツイッターと連動できますので、走った記録を簡単に地図付きでツイートできるのが優れています。

海外旅行に行ってもレンタカーやバス、電車で移動することが多いと思いますが、身軽な格好で好きな音楽を聴きながらジョギングをすると、その土地の隅々に触れることができて、とても新鮮な感覚を得ることができます。

ところで、ジョギングをするときも筋トレをするときも僕はいつもiPodを持って、音楽を聴きながらトレーニングしています。

iPodには約400曲がダウンロードされていて、その時々に好みのプレイリストをつくります。

たとえば「jog20110501」(ジョギング用に2011年5月につくったプレイリスト1)といったように分かりやすいタイトルをつけます。

僕は中学時代から大学時代までバンドをやっていて、テクノ、ヒップホップが好きなのでどうしてもそちらに傾いた音楽が中心となりますが、趣味でクラシックピアノも弾くために、バッハやモーツァルトのピアノ曲もかなり入っています。

常に強いビートだけを聴き続けていると、どうしても飽きてきます。

そんな場合にクラシック音楽はとても心地よくなります。

筋トレをやりながら聴くバッハのパルティータは、これまた格別な響きがあります。

成功すると皆一様に太る。

そこから変われるか否かがポイント僕のようにネットビジネスである程度の成功を築いた人は、ほぼ一様に太ります。

ほとんどどこにも外出する必要もなく、多くのケースで営業の必要もないからです。

1日家にいて、あるいは事務所にいてパソコンに向かっているわけですから、運動をしない場合、脂肪が消費されずに体内に蓄積されていくのは当たり前です。

収入も増えるので財布と相談することなく、好きなものを食べることができます。

実際、自分の収入が飛躍的に伸びた頃、居酒屋やレストランに入ればまったく料金を気にすることなく、美味しそうなものを次から次へと注文し、さらに根が大の酒好きにできているので、文字通り浴びるように酒を飲んでいました。

僕の生活圏にある居酒屋、寿司屋、中華料理屋にはどこにも自分のボトルが置いてあり、店によってはその店のメニューにないシングルモルトウイスキーを特別に取り寄せてもらい、キープしていました。

実は酒に関しては現在進行形であり、酒量はそれほど昔から変わっていません。

これはけっして褒められたことではありませんが、週末など朝から飲んでいるときがあります。

もしかしたら酒を飲み続けるためにトレーニングをしているのだ、と言ったところで当たらずとも遠からず、かもしれません。

ただ、食事に関してはかなり制限しています。

朝食は前日の残りものなどを軽く食べ、昼食はスタッフに、近所のオーガニック弁当店から玄米と惣菜3品のテイクアウトを買ってきてもらっています。

夜は原則として、炭水化物はできるだけ摂取しません。

そうやって注意して生活をしないと、どんどん生活習慣病のリスクが高まります。

僕のまわりの成功者たちを見回してみると、やはり最初はブクブクに太るのですが、その脂肪蓄積型の生活からくる健康上のリスクに気づき、ジムに通ったりメンズエステに通ったりして、身体を絞っています。

ひとりがダイエットに成功すると、それを見てその仲間もダイエットを始めるといった連鎖反応を見ることもできます。

ここまで、トレーニングの理由は健康上のリスクを回避するためだと書いてきましたが、本当は見た目をもっとかっこよくしたい、という小学生でも考えそうな願望のほうが、より真相に近いかもしれません。

実際、僕の場合、ウェブサイトに顔を晒したり、講演をしたりすることも多く、DVDとしてそれが記録されることもあります。

したがって、否が応でも自分の体形を意識せざるを得ません。

パンパンに張った顔や腹を公衆の面前に晒すのは、きわめて恥ずかしいものがあります。

逆に引き締まれば引き締まるほど、講演などでずっと立ち続けるのが楽になるし、写真うつりも良くなります。

あるとき、ウェブサイトに使用する僕の写真をスタッフと撮影し、それを選んでいたとき、どうしても引き締まった顔の写真が見つからないということがありました。

どの写真もなんだか下膨れで、すごく見た目が悪い。

なんでこんな写真しかないのだ?と思いましたが、それは撮影の仕方が悪いのではなく、単純に自分が太っているだけだったのです(笑)。

毎朝のトレーニングでこれだけ変わったトレーニングを始めて、ああ、自分は変わったなと気づくときがあります。

筋トレでは背筋を鍛えるメニューもありますから、背筋がつくと自然に姿勢がよくなります。

さらに普段から腹筋、背筋を意識して生活を送ることになりますから、机のパソコンに向かうときの座る姿勢もよくなります。

僕は子供の時分から猫背なのですが、この半年でかなり姿勢がよくなりました。

歩くとき、仕事するとき、食事をするとき、酒を飲むときも姿勢に気をつけています。

不思議なことに姿勢を正して仕事をしていると、非常に仕事がはかどることに気づきました。

脳神経が働くにはエネルギーが必要となります。

そのエネルギー源として糖が消費されます。

姿勢を正すと、この糖のエネルギー転換が猫背のときに比べて高まるのではないか、と思います(科学的な真偽は分かりませんが)。

効率よくエネルギーが脳に供給される結果、脳の働きもよくなり、新しい発想や業務上のミスの発見などにつながるのではないかと思います(科学的な真偽は分かりませんが)。

さらに身体が絞られてくると、スーツを着ても決まります。

これが自信につながります。

太っているときはジャケットの前ボタンを留めることができませんでしたが、今はどのスーツを着ても前ボタンを留めることができます。

さらにスラックスを穿くときも、以前はお腹を引っ込めないとボタンが留められませんでしたが、今は楽に留めることができます。

これも自信につながります。

このようにトレーニングの結果、体調がよくなり、仕事の効率が向上し、さらに自信もつき、その自信がさらに仕事に好影響を与えます。

これにより、好循環が生じます。

食べたいだけ食べ、飲みたいだけ飲み、一切運動をしなかった頃、いまひとつ仕事の能率も上がらず、出社しても何をするというわけでもなく、猫背でぼけーっとパソコンを見つめているというようなことがありましたが、このときほど気分が重く、沈鬱な空気に囲まれていたことはなかったと思います。

こうなるとすべてが悪循環し、まるで重力が地球よりもさらに高い世界で生活しているような感覚になります。

そうではなく、重力の軽い世界で生きること。

筋肉に負荷をかけて鍛えると、鍛えた結果相対的に重力は軽くなります。

〈思考の重力〉からも離脱できる可能性が高まります。

運動をまったくしていない、という方はぜひ、生活にトレーニングを取り入れてください。

その日から何かが変わるはずです。

経営者の立場にいる人ならなおさらです。

健康を維持し、体重を増やさないことは、あなたの会社のパフォーマンスに直結するということを認識してください。

近所をジョギングするでもよし、フィットネスジムを見つけて週に1回通ってみるのもよし。

必ず何かが変わります。

ただし、けっして無理はしないでください。

頻度は少なくても長続きするように工夫してみてください。

「筋トレ」などの言葉で検索すると、自宅で筋トレできるメニューを動画で紹介しているサイトも多数あります。

繰り返しますが、現代は飽食の社会です。

放っておけばどこまでも食べ続けることができます。

どこまでも脂肪を蓄積し続けることができます。

しかし、それは危険です。

この飽食のシステムから抜け出て、より重力の低い世界へ脱出しようではありませんか!そのために最適な時間が、朝なのです。

本書の最終章となるこの章では、これまで述べた〈思考の重力〉やさまざまな慣習から身を放ち、自由に生きるための具体的な手法をランダムに書き記してみます。

しかし、あらかじめ断わっておきたいのですが、最初は大変と心得てください。

ロケットが発射するときを考えてみましょう。

鉄の塊が重力に逆らって地上を離れていきます。

ものすごい燃料を消費します。

今、みなさんが置かれている状況も同じ。

これまでの因習、思考方法、習慣=重力!!に逆らって、つまりそれらを否定して、一気にジェット燃料に点火して、それを大地に吹き付けて、浮力を得、上昇しなくてはなりません!!しかし、一度浮力を得、地上を遠く離れて、大気圏を突き抜ければ、そこは無重力地帯です。

宇宙空間をランデブー!これですよ!

月収50万円以下の人は、まず月5万円の副収入を稼げ!月収50万円といえば、手取りで40万円に満たないくらいでしょうか。

僕はそういうサラリーマン生活を淡々と繰り返している人を見ると、不思議に思います。

なぜ、そんな生活で満足しているのだろうか?夢はないのだろうか?あるいは自由な選択肢というものがないのだろうか?何かが奪われているのだろうか?あるいは何かを畏怖しているのだろうか?と。

あるいは、もしかしたら無意識で稼ぐことはよくないことだと思っているのではなかろうか、と。

この資本主義の世の中に生きている限り、お金は「力」になります。

さらに選択の幅が広がります。

金がないということは、他の選択ができなくなり身動きができなくなる状態です。

実はこういう人、すごく多いのです。

人生とは選択の問題です。

「自由を金で買う」という言葉がありますが、金で買った自由とは何かといえば、豊富な選択肢であるわけです。

もし自由になる金が潤沢にあれば、どこかで原発事故が起きた場合、すぐに日本を脱出することができます。

大地震が起きて帰宅困難になろうと、おそらくはすでに帰宅困難者が殺到している安いビジネスホテルではなく、高級ホテルに宿泊することができます。

これらは金があるからできるのです。

明日、何が起きるか分からない時代です。

いつあなたが勤めている会社が倒産するか、それも分かりません。

戦力外通告を受けて、どこかに飛ばされる、あるいはクビになるかもしれません。

だからお金を稼ぐというのは、そのような将来の不安要因に対する保険でもあるのです。

もしあなたがサラリーマンなら、まずは副収入5万円を稼ぎましょう。

この不安な時代、非常に重要です。

では、どうやって5万円を稼げばよいのか?これはあなたのスキルや個性、あるいは趣味や特技によってさまざまな回答が可能です。

たとえば、読書が好きだとするなら、読んだ本の感想を日々、ブログにアップしてください。

そしてブログにはアマゾンのアフィリエイトを仕掛けたリンクを設置してください。

さらに、ツイッターでその本のタイトルや著者名で検索をかけ、これについて何かをツイートしている人にリプライ(返信)をします。

そうすると、ツイッターを通じてあなたのブログにお客を呼びこむことができます。

そこでもしあなたと信頼関係が結べれば、そのお客はあなたがよいと言った本を、あなたのブログを通してアマゾンで買ってくれる可能性があります。

1000円の本を売ったなら、30円があなたのもとにチャリンと入るのです。

ここで0から30円という収益が発生します。

実は、この0から有を生むというのはビジネスの一番重要なところなのです。

あとはそれを水平展開していくだけですね。

水平展開は成果が出た同じことを別の商品でもトライする、ということです。

ネットビジネスというのは、このようにひとつの売上までのスキームをどんどん複製していくことなのです。

村上春樹のレビューをしてそこから売上が発生しているのを確認したら、次は東野圭吾でやる、これが水平展開です。

考えてみれば、楽天も起業当初は小さなショッピングモールでした。

しかし、その成功モデルを水平展開していった結果が今の楽天なのです。

野球チームを買って、球場までつくる、日本を代表する巨大IT企業です。

だから、水平展開しやすいビジネスモデルを構築することが重要なのです。

いきなりその道のプロに変身しよう仮面ライダー、ウルトラマンを持ち出すまでもなく、子供たちは強い人間になりたい、という変身願望があります。

「マトリックス」、「アイアンマン」、日本では「ハンサムスーツ」といった「変身」映画が興業的に成功するのは、子供ならず人は誰でも変身願望があるからです。

変装することで強い人間、あるいは自分とは違う人間の生を疑似体験することもできる。

自分以外の何かになりたいという願望。

これを思いっきり肯定したほうがよいです。

「アンダルシアの犬」を撮ったルイス・ブニュエルという映画監督は、女装をするという趣味がありました。

自分以外の何かになることによって、別の視点でこの世界を観察し、さまざまな価値を相対化することができます。

さらに、自分自身を客観的に見つめることができます。

成長するということは、変化を受け入れることに他なりません。

変化を受け入れて、自分も変わること、つい一瞬前の自分とは違う、別の自分に突然変化すること。

そう、この突然に変化する、という不連続性もきわめて重要です。

物事は常に連続的な連鎖の中にあるのではなく、突然変異のごとく唐突に別の何ものかに変わるときがあります。

たとえば、あなたが独自のダイエット法でダイエットに成功したとします。

その経験を活かして、ダイエットのブログをつくりたいと思うとします。

そのとき、あなたはすでに「ダイエットで成功した結果、ダイエットに関する情報発信を始めた田舎のオバチャン」ではなく、「全国の肥満で悩む女性を救う、ダイエットプログラム・プランナー」となるのです。

そうすれば今後あなたがどのような情報を、ウェブサイトで発信すべきかの筋道が見えてくると思います。

ビジネス本についての書評に関するブログを構築したら、あなたは「本好きのただのオッサン」ではなく、「新進気鋭のビジネスブック・レビュワー」となるのです。

「新進気鋭のビジネスブック・レビュワー」としてのあなたは、今後、どのような本を読み、どのように人々に受け入れられるように振る舞うべきかを考えます。

つまり、「その道のプロ」というものに資格試験はありません。

言ったもん勝ちといった部分がたぶんに含まれています。

どんどんプロ宣言をして、一歩抜きん出た人になりましょう。

そのためには、ある程度内容が伴っていなくてはならないことは言うまでもありませんが。

やりたくないことは、まず10分2011年の1月からジョギングと筋トレを始めましたが、6月の初旬から7月にかけて約40日のサボりがありました。

この時期、飲み会が続いたり、仕事が忙しくなった頃です。

おかげでお腹の贅肉が復活!!ベルトに腹が乗るような危険レベルに。

一方、この40日の間、心の中では悶々としてたんです。

毎朝起きると、(ジム行かなくちゃ。

走らなくちゃ)と頭の中を言葉が反復。

しかし前夜の酒も残っていたりして、身体が動かない。

モチベーションがまったく湧かない。

とにかく身体が重い。

重力が5倍くらいの世界に行ったかのように動かない。

それでいて食事や酒の量は増えている。

まさにストレス解消にはこれしかないというかのごとく食べ、飲みました。

それは太ります。

しかし、40日くらいが経った頃、思い切ってジムに行き、その後は順調に続けています。

いかにしてモチベーションを再び上げることに成功したのか?その前にうちのジムの話をすると、マンションの最上階(29階)にあります。

僕は27階に住んでいるので、玄関を出てエレベーターで2階上に上がると24時間、365日オープンのジムがそこにあります。

雨が降ろうが雪が降ろうが、トレッドミルで東京の西南側を見下ろしながら走れます。

新橋方面の向こう側に東京湾が広がり、横浜から千葉方面にかけて見渡せます。

ちなみにトレーナーは不在ですので、自分で情報商材や本を買って独学でトレーニングを身につけました(笑)。

僕はなんでも独りで攻略するのが好きなんです。

スキーもスノボもゴルフもピアノもビジネスも基本、独学です。

なんと購入した筋トレ情報商材の作者さんは、メールを出して分かったのですが、「ザクザク稼ぐメールマガジン」の購入者さんでした(汗)。

ただ行かざるを得ない、やらざるを得ないと考えるのと、実際に行動に移すのは天と地の差があります。

そこで考えたんです。

1回10分でもいいから毎日行くべし。

これです。

10分だったら、トレッドミルで音楽2曲聞いたら終わりです。

これなら〈ナマケモノ〉の僕でもできそうです。

ということで行ってみた。

結局、やってみると気持ちいいので10分で終わるわけはなく、筋トレ15分、ジョグ+ウォークを30分やりました。

とりあえずこれでOKとして帰りました。

で、その後少しずつ量を増やしました。

今日は筋トレ20分、ジョグを45分です。

その後、不思議と極度の二日酔い、もしくはゴルフ当日の朝以外は毎日ジムに通っています。

気分爽快、自分を金縛りのように縛っていた悪霊が去っていったような感覚です。

ブライアン・トレーシーも言っているように自分にとって一番やりたくないこと、それが一番、自分にとって重要なことなのだ、と(『カエルを食べてしまえ!』ダイヤモンド社)。

これを読んでいるあなたも「あれをしなくちゃいけない、やれば絶対人生にとってプラスになる!」と思ってはいるのに、しかし、なんだかんだ理由をつけて結局「今日もできなかった」。

こんなことありませんか?となると、絶対明日もやりません。

保証します。

とりあえず、やってみよう。

10分でいいからやってみよう、と考えたらすぐ行動に移すことですよ。

とにかく10分でいいから真剣にやってみる。

完璧にやり遂げようと思うから身体が金縛りにあったかのように動かない。

10分でもよいのでやってみること、いや、5分でも、1分でもよい。

その行動が次なるステップにつながります。

思うとやるは別世界誰だって、あれやろう、これやろう!と考えています。

しかし、思うこと、考えることと、実際にやることは天と地の差ほどあります。

思いを行動に移すということは、高層ビルと高層ビルの間を、命がけのジャンプをするようなものなんです。

「思う」と「やる」はまったく別世界なんですね。

無論、人が行動を起こすとは、「◯◯したい」という思いが前提にあることは確かです。

坂本龍馬だって日本を変えたい、という思いがなければ行動は起こさなかっただろうし、ある意味、今の日本はまったく別なものになったと思います。

僕も起業したいという思いがなければ、今の人生とはまったく違った、最悪な人生を歩んでいたかもしれません。

しかし、僕が「~したい、と、やるは別世界」と書くとき、この「~」にあたるものは、それをずっとやりたいと思っているが行動に移せないようなもの、です。

何かがブレーキをかけている。

しかしその何かがなんなのか分からない。

ただ、それをやればかなり人生が好転するかもしれないことを知っている、そんなもの。

自分でも気づいているが、実はそれこそがあなたが一番やらなくてはならないこと。

僕の場合はそれが40日間さぼっていた筋トレ、ジョギングでした。

もう完璧に克服して、毎日走っています。

そこで得た結論が「~したいと思う、と、やるは別世界」なんです。

しなければいけないと毎日思ってはいるが、なんだかんだと先延ばししていることを、実際に実行に移すにはすごく覚悟が必要です。

どんな覚悟かといえば、隣接した10階建てのビルとビルの屋上を飛び越えるくらいの覚悟です。

落ちたら死にます。

あなたがしなくてはいけないのは「飛躍」です。

具体的にいえば「精神的な飛躍」です。

目をつぶってジャンプする、そして飛び越える、です。

ビルとビルの屋上の間には、ハシゴのようなものがかかっているわけではありません。

のんびりゆっくりと歩いて渡れるのではないのです。

強く念ずれば必ず実現されるとか、引き寄せられるとか、眠たいことを言っている人があいかわらず多いですが、人生、そう簡単に奇跡は起きないことを多くの人は知っています。

思う→やるこの両者、実は〈直線〉でつながっているわけではありません。

「思う」と「やる」の間には、ハシゴがかけられているわけではありません。

つまり、落ちたら「死ぬ」のです。

「思う」と「やる」は不連続です。

まったく次元の違う世界なんです。

実際、5年間ずっとやりたいと思っていましたが、なんだかんだ理由をつけてやりませんでした、と、あなたが口にするとき、5年かけて移動してもたどりつけない遠いところを目的地にしているようなものです。

となると東京と火星くらいの距離があるかもしれません。

そこを飛び越えるためにあなたがしなくてはならないのは精神的な飛躍、あるいは〈命がけの飛躍〉なんです。

目をつぶって、思いっきりジャンプするしかないわけです。

となると、「思う」と「やる」の間にある、あなたが飛び越えなくてはならないのは、実は「死」です。

あなたがずっとやらなくては、と思ってやらないのは「死」が怖いから。

個体の保存本能が、あなたを行動から阻害しているわけです。

常に行動、行動の人というのは、その死の恐怖をある程度克服しちゃってるんです。

死とは個体における最大の「変化」です。

◯◯をしなくてはならない、それをすれば素晴らしい結果を享受できることは分かっている、しかし、なぜできないのか?なぜやらないのか?それは自分が〈変化〉することを恐れるからですね。

変化することはよいことだ、という一般的な認識があるけれど、実は、人間は変化を恐れるイキモノなんです。

バラク・オバマが大統領選を戦ったときのスローガンは「Change」でした。

しかし一方で人は自分がChangeすることを潜在的に恐れています。

心のブレーキがかかるとき、そこには必ず、Changeがあります。

「思う」と「やる」は不連続です。

つながっていないです。

だから何事もチャレンジです。

もし身体が動かないのであれば、5分でもいいのでまずはやってみること。

それであなたは別次元にいったん移動したことになります。

2時間もやる必要はない。

わずか5分でよいのでまずは行動に移してみること。

これが大切です。

この世界は人々の思いや行動により、構成され、成立しているというふうに考えると、この世界は〈著しく不連続なもの〉によって構成され危うく成立している、というふうに考えることができます。

なんかそう考えたら、すごく肩が軽くなった気がします。

重力が軽くなったような。

目標を初めに作って逆算して生きる俳優の渡辺裕之さんは、ゴルフを始めて1年で80を切ったすごい人ですけど、彼は1年で80を切る、ということをいきなり周りに宣言したらしいです。

その後、毎日1000球練習場で打ったそうです。

手の皮が毎日むけるので、それを瞬間接着剤で貼り合わせてその上からバンドエイドを貼っていた。

目標を先に決め、リアルにイメージし、そこから逆算すれば今自分が何をすればよいか分かります。

小室哲哉が売れまくった90年代、彼は、自分の内なる音楽に耳を澄まして自分がつくりたい曲を書いたのではなく、人々がどのような音楽を聞きたいのかを調査して、曲をつくったといいます。

こういう音楽が売れる(集客できる)、ではそういう音楽をつくろう。

売れる音楽をイメージし、そのとおりの音をつくるというのはそれ自体、すごい才能ですがここにもゴールから逆算して作曲をするという発想があります。

もしあなたが年収3000万円を目指すのなら、逆算して考えてみればよいわけです。

つまり月収は3000÷12=250万円必要になります。

すると1日で稼がなくてはならない金額は250万円÷30=83300円也。

そうです、年収3000万円を稼ぐには、あなたは1日83300円を稼がなくてはいけない。

では、どうすればこの83300円を1日で稼ぐことができるか?本当にその仕事が1日83300円の収入をもたらすことができるか?ここにきて初めて、やるべきことを選択しなくてはなりません。

どうがんばってもその額に届かないビジネスは切り捨てることができます。

これが、ゴールから逆算する思考法です。

いきなり毎月5万円の副収入を来月から稼ぎなさい、と言われて戸惑う人はゴールから逆算してみたらどうでしょう?5万円÷30日=1667円です。

1日1667円稼げばいいわけです。

たとえば起業している友人にメールして、時給850円でいいから1日2時間できる仕事をください。

ブログの代理投稿でもなんでもやります、と。

これで1カ月5万円をなんともあっさり稼ぐことができます。

僕が起業してからを振り返ってみると、収入の目標を立て、それを実現するにはどうしたらよいか、というようなことを常に考えてきました。

あるプロジェクトで毎月10万円の収入が確定するとします。

そのプロジェクトを構成するAというファクターを増やせば増やすほど、この収入は伸びていくことが分かります。

たとえば資料請求の数でもよいし、問い合わせ件数でも日々のアクセス数でもよいです。

では、資料請求の数を伸ばすにはどうしたらよいだろうか?という発想となり、そのためにはここに広告出稿をする、とかこういうキーワードでSEOをかける、PPC広告を打つ、といった具体的な対策を施していきます。

そしてファクターAの数値が上昇して、本当に収入が上がっていくことを確認します。

こうやってひとつひとつのビジネスを成長させていくわけです。

しかし、すべてが逆算の思考法でやってきたかというと実はそうではなく、その反対、つまり原点思考あるいは積み重ねの思考法のほうが、件数は多いと思います。

結果は分からないがとりあえずやってみる、ということです。

僕が始めたメルマガやプロジェクトは実はこちらのほうが多い。

たとえば、アフィリエイトの収益モデルを構築するとき、とりあえずどうなるか分からないけれどやってみる。

もし毎月その方法で構築したサイトひとつから1万円を稼げたら、あとはキーワードを変えるなど水平展開して、100サイトつくる。

そうすれば100万円を稼ぐことができる。

これが積み上げ式ですね。

積み上げ式がよいのは、とりあえずあらゆる可能性を想定して手を尽くしてみる。

無駄もありますが、逆算の思考では見逃してしまうかもしれないお宝をたまたま発見する可能性があるかもしれない、ということです。

この世界はあらゆる可能性に満ちているからです。

逆算思考では最終的なゴールから通過点を演繹的に導きだし設置するので無駄がありませんが、ともすると〈枠〉を逸脱したところにある価値のあるファクターに気づかない可能性があります。

だから最初は積み上げ思考でいろいろ試行錯誤してみる。

そこで結果が出てきたら、その一連のプロセスをルール化する。

そこで初めて逆算思考に持ち込み、所定の結果を得るにはどれだけ構築すればよいのかを計算する、というやり方がよいかもしれません。

アイデアに名前をつける言葉というのは素晴らしいです。

複雑な事象、事柄を一瞬で抽象化してパッケージにして流通させる力を持っています。

大きな複雑な概念をパッケージ化しちゃう。

なぜパッケージ化が必要なのか?パッケージ化された情報は脳内を流通しやすいからです。

簡単にチャート化することができます。

複雑な概念と別の複雑な概念を比較するのは、一見難しいですが、パッケージ化を経た後は簡単です。

僕は石田塾を過去に主宰していた頃から、ある複雑な工程から成るビジネスモデルにネーミングをすることが好きでした。

いや、むしろネーミングをして抽象化することによって初めて自分自身がその理論の本質を理解し、同時に塾生がその内容を深く理解できたという実感がありました。

アフィリエイトをサイトSEOによって実現する過程を記述した「タイタニックモデル」、グーグルの広告機能を使って収益実現を図る「白夜理論」、その他、「山手線理論」「観覧車モデル」など、たくさんあります。

これら一連の思考の複雑な流れともいうべきものを、誰もがイメージしやすい言葉に置き換えること。

ネーミングとは、いわば思考のイメージ化ともいえます。

誰もが理解できる言葉に置き換えること。

比喩と言ってもよいです。

比喩を自由に使える人は、その概念の本質をつかんでいる人です。

複雑な仕組みの本質をつかむことができなければそれを総括する、誰もが理解可能な言葉に置き換えることは不可能です。

この比喩化作業は、複雑な概念のパッケージ化作業ともいえます。

本来、流通が難しい複雑な概念はパッケージ化することによって初めて流通が可能となります。

もし、皆さんがこのパッケージ化=ネーミング能力を養いたいと思ったら、次のドリルをやるとよいと思います。

・1冊の本の内容を100文字以内でまとめる、もしくは30文字以内でまとめる。

本を1冊読んで、著者が言いたいことを一言でまとめる能力です。

・会議で決まった自社戦略に、ネーミングをしてみましょう。

ネーミングをすることによって戦略や概念の本質を理解することができ、さらに問題に対処する能力は飛躍的に高まると思います。

超退屈な瞬間をつくろう真に創造的なアイデアが出る状況というのは、退屈な状況なのであると僕は思っています。

退屈だー、これがすごく大切。

コピーライターの糸井重里氏が学生だった頃、学生運動で捕まり、留置所に勾留された時期があって、超退屈だったそうです。

そこで彼は夜のご飯の米粒を集めてそれを練って、四角くして、サイコロをつくりました。

そしてサイコロ遊びをして気を紛らわしていたのですが、これが楽しくて、他の連中も一緒になって遊んでいたらしい。

退屈である→遊びを考える退屈である→新しいビジネスを考えるすごく似てる。

僕も振り返ってみると、スタッフにすべてを任せた結果、暇になった、暇をもてあそんでいたら、まったく新しい発想が出てきた、試してみたらすごくうまくいった、ということが何度かあります。

僕の人生を大きく変えることになった石田塾を発想したときも、実は非常に暇でした。

暇なので個人を対象にしたコンサルビジネスでも始めようか、振り返ればこんなノリだったと思います。

ただ忙しくなるのはごめんこうむるから最初の定員は5名でいいや、という感じでした。

しかし蓋を開ければ180名の申し込みがあったわけです。

そこで140名受け入れ、その後最大で1200名を受け入れたわけです。

これは元々暇でなくては、とてもこなすことは無理です。

僕や会社が利益率の低い業務に翻弄されていたら、こんな真似はできませんし、発想さえ持たなかったと思います。

もし、これを読んでいるあなたが、今、超退屈ならばそれは潜在的に大きな富を眠らせていることと等しいのです。

それを無為に過ごしているのは、本当にもったいない。

今すぐ、自分の人生を好転させる行動を起こしましょう。

一瞬一瞬、創造性を持てサッカーでは「創造性」という言葉がよく使われます。

攻撃で創造性があった、とか、ディフェンスに創造性があったとか、なかったとか。

これ、けっこう気持ちよくなります。

攻撃面で創造性は理解できるけど、ディフェンスでも創造性が問われるのか、と。

深いなーと感じたのです。

仕事にも創造性、遊びにも創造性が必要です。

自分で瞬間的に考え実行→新しい世界を創造するということ。

予想を超えたパスとか、ありえない場所からのロングシュートとか。

以前、タイガー・ウッズも全米オープンのときか何かのインタビューで、この試合で勝つには創造性と想像性が必要だ、Youneedcreativityandimagination…というようなことを話していました。

おそらく日本の教育というのは、こういう創造性を育てないほうにウエイトを置いています。

つまり、基本やルールに忠実であれ、と。

勝手に決められたこと以外やるんじゃねーよ、みたいな部分ってどこの学校でも、さらには職場にもあるはず。

僕の会社にもあります。

でも素晴らしいアイデアとか会社の真の成長を促す事業というのは、意外と基本プレーの連鎖であるところの〈システム〉から多少逸脱した部分で生成されるのではないかと思います。

だから(というか多少強引ですが)、仕事にも創造性を、遊びにも創造性を、です。

うちの息子とよく釣りに行きます。

昔は海釣りへよく行きましたが、少し田舎に入った田園地帯にある用水路とか小川みたいなところで、自宅のアロワナやピラニアの餌となる小魚を釣るのも楽しいです。

僕はブログやウェブ掲示板などから徹底的に情報を集め、この魚を釣るなら針は何号で餌はこれを使うなどということを調べて、その通りに釣りをします。

もちろんこれで釣れるときは釣れますが、釣れないときは釣れない。

そんなときに限って、息子が次々と魚を釣りあげていることがあります。

親ばかぶりを露呈するようで恐縮ですが、彼は結構釣りがうまいです。

よく見ると、昼飯用に買ってきたおにぎりの中の惣菜みたいなとんでもない餌をつけたり、仕掛けをまったく基本とはかけ離れたものに変えたり、その都度、創意工夫を発揮します。

まさに遊びの中に創造性を持ち込んでいて、横からみて感心することがあります。

仕事も一緒です。

教科書通りの正攻法だけでうまくいく場合もありますが、そうでない場合が圧倒的に多いと思います。

先の項目で書いた〈枠〉からの逸脱ですね。

たとえば弊社ではSEOをひとつの部署がやっていますが、この仕事はいわばグーグルの検索結果を表示するアルゴリズムを分析し、どのような細工を施せば、サイトが検索エンジンで上位に来るかを研究しています。

グーグルは質の低いサイトを特定のキーワードで上位に出さないように改良し、逆に僕らは質が高かろうが低かろうが、顧客のあるいは自社のサイトを特定キーワードで上位に出すことに神経をすり減らしています。

ここはある意味狐と狸の騙し合いみたいな側面をもち、まさに創造性がもっとも問われる分野です。

常に試行錯誤を繰り返し、実験に次ぐ実験とその結果の検証の繰り返しです。

あるひとつのやり方で成功したら、ずっとそのやり方に固執していると、とんでもないしっぺ返しをくらう可能性があります。

今、あなたが抱えているプロジェクトがあるとしたら、それをゲームでも攻略するように多少の遊び感覚と創造性をもって、立ち向かってください。

きっと今まで発想もしなかったヒントが見えてくるでしょう。

モチベーションをMAXに高めよう!モチベーションって必ず下がります。

僕も下がります。

人間はモチベーションが下がるということを認めたうえでいろいろ行動していかなくてはなりません。

なぜ、モチベーションが必ず下がるといえるのか?それは、人は無意識的に変化することを恐れているからです。

おそらく人というのは、本来的に、食べ、排泄し、寝る、という非常にシンプルな行動を無目的に続けていけばそれで満足する存在じゃないのだろうか、と最近思うんです。

そういう、ある意味、自然と調和しながら、動物として、自然の一部となって無意味に生きていく。

人が経済や文化を構築して生きる、この自然とは切り離された世界を「閉鎖系」と呼ぶならば、まさに自然と同期して生きるのは「開放系」です。

老化現象とは閉鎖系であった人間が開放系に向かうプロセスであるといえます。

簡単にいえば、人間、放っておけば自然とそうなっちゃうと思うんです。

開放系における、人が同調・同期する自然やその摂理を「システム」と呼ぶとすれば、たとえば自己判断せず上司の命令にしたがってひたすら働く社員というのは、会社というシステムに同期しているわけで、それは生を放棄した開放系の世界の住人なのではないか。

ところが、それではイカンヨ!ということで、自立しよう!会社辞めよう!稼ごう!新しい自分に生まれ変わろう!金持ちになろう!となるわけですね。

つまり、〈変化〉です。

しかし、心の底で変化を拒む自分がいるわけです。

個体にとって最大の変化は〈死〉です。

〈死〉とは自然と完全に同期した開放系の世界です。

誰もが死にたくはありません。

極限の変化としての〈死〉を拒絶すること、これは、人間の非常に深い心の働きだと思います。

ということで程度の差こそあれ、人は変化を拒否しているのです。

ところで〈成功〉とは〈変化〉である、と仮定すると、誰もが変化を拒む以上、無意識的に成功を拒んでいるわけです。

だからモチベーションは下がって当たり前。

思考の自由な拡散と運動を、上からか横からか知りませんが抑えつける不気味な力、人を開放系へと誘う力、これが「重力」であり、それに打ち克つのは非常に大変なことです。

そんな僕も、どうしてもモチベーションが上がらないときがあります。

軽いうつ病かと思われるほど気合が入らないときがあります。

そんなときは、まず仕事を放棄して気分転換をします。

リフレッシュです。

同時に自分が今、心から欲しいものを思い描きます。

現実的に手に入れられる価格のもの、しかし今の収入ではとても手が届かないというくらいのモノがいいです。

それを手に入れるにはあといくら稼げばよいのか、を真剣に計算します。

そして、その収入を実現すべく動き出します。

ここで初めて自分の年収のシミュレーションが可能となります。

一生懸命努力して、毎月5万円の副収入を得た。

これを毎月50万円にするにはあと何をすればよいのか?どのような水平展開が必要か?さらにその過程で毎月10万円になったら?毎月20万円になったら?と考えていくとワクワクしてきます。

自分の年収がシミュレートできるわけです。

もしサイドビジネスに一切手を出さず会社からの給料だけならば、このような年収のシミュレーションは、一切無意味です。

収入を決めるのはあなたではなく会社です。

仮に毎年賃金交渉をやってベースアップがあるならば、多少は変わる可能性がありますが、それがあなたをドキドキワクワクさせることはないでしょう。

僕が起業してからは、よくこの年収のシミュレーションをやっていました。

今でもそのエクセルファイルが残っています。

家庭教師の紹介成立人数を、来月何人にすればこれだけの収入になる、翻訳の受注をこれだけ増やせばこれだけの利益になると、夜な夜なひそかにエクセルシートに数字を打ち込んでシミュレートしていたわけです。

このとき僕のモチベーションは、MAXを振り切るほどでした。

だから、動かないことには何も始まりません。

今の退屈な生活から抜け出て、毎日がドキドキワクワクの連続のような生活を体験してください。

そのためには今から一歩ずつ歩き出すことです。

セルフイメージを破壊し、〈枠〉を逸脱せよセルフイメージという言葉があります。

辞書によれば、自分に対して抱くイメージ。

ところで先述した通り、僕らは常に変化を受け入れることで自らが変化する、〈変化する主体〉なのです。

そう、常に変化する世界においては、固定的な「セルフイメージ」という概念自体が存在しないのです。

よくある「自己実現」という概念も、僕は否定します。

常に、実現すべき「自己」が変化しているから。

達成すべき目標といったものも、一度それを達成したら、なんだこんなものか、と次の目標を定めるのが人間。

だとしたら、この〈変化する主体〉論というのは、実はきわめて人間的な考え方であるといえます。

また、価値の基準がめまぐるしく変わる現在の社会に非常に即応した考え方でもあります。

たとえば、自分は〈小さくはあるが非常に利益率が高い商品・サービスを扱う会社を経営し、週末は家族サービス中心の、よき経営者、よきパパである〉というセルフイメージがあるとすれば、徹底的にこれを拒否せよ、ということです。

たまたま市場環境やトレンドで自社が扱う商品・サービスの利益率が高いだけで、あなたは運よくそれを享受しているだけかもしれません。

子供だっていつかは成長して、週末はパパの顔など見たくもない、と言われるかもしれない。

するとあなたのセルフイメージを構成しているファクターは不変なるものではなく、常に不安定に動く可能性があります。

すなわちセルフイメージとは、この世界がスタティック(静的)なときにはじめて成立する考え方ですが、この世界はまったくスタティックではなく、予測を越えてダイナミックに動きます。

ではどうすればいいのか?人はセルフイメージを破棄して果たして生きていくことはできるのか?セルフイメージとは自分が自分に対して抱くイメージであり、それは同時に、他人からこう見られていると推測されるイメージでもあります。

それは特定の行動パターンを繰り返すことにより、固まってくる。

だから時々、自分の行動パターンから外れた行動を起こせばよいのです。

自分の行動の限界だと思われた「枠」から外に逸脱してみることです。

たとえば会社に行くとき、いつも決まった時間に家を出て、決まった駅から乗り、決まった駅で降ります。

まったく思考停止状態でこれを繰り返します。

しかし、今日は、1時間前に家を出て、途中の適当な駅で下車し、その次の駅まで歩いてみるとか。

なんとなくワクワクしてきませんか?あるいは1時間前に会社に到着して早速仕事にとりかかってみませんか?おそらく定時に出社してくる社員に「あいつどうしたんだろう?」「いつものあいつとは違うな」と思われるかもしれません。

そう、このときの「いつものあいつ」こそ、あなたが破壊すべきセルフイメージです。

いつもの行動パターンとは違う突拍子もない行動を取ることは勇気が必要であり、恥ずかしさを伴うことなのです。

なぜか?それは子供っぽく周囲に映るからです。

しかるべく成長した大人は突拍子もない行動はしない、突拍子もない発想はしないというのが社会一般の共通認識です。

しかし大人はかく行動すべきである、という共通認識にあなたの行動を制限するトラップ(罠)が仕掛けられています。

行動パターンは思考パターンと同じです。

いつも同じ行動パターンしかとれない人はいつも同じ思考パターンに縛られている可能性があります。

いつもとはまったく異なる行動をとってみること、いつもとはまったく違う考え方をとってみること。

これにより意外と簡単に〈思考の重力〉から抜け出すことができるかもしれません。

その結果、見えなかった、目標達成までの近道が簡単に見つかるかもしれません。

頭が切れるやつというのは、物事を多面的に見ることができる人です。

複眼的と言ってもよい。

どんどん自分の立ち位置を横に横にずらすことができる人です。

その結果、考えられるあらゆるシミュレーションを頭の中で一瞬で思い描き、最適だと思われる解答を導きだすことができる人です。

彼らは、自分はかく行動すべきである、というセルフイメージをそもそも持ってない。

だから自由な発想ができるわけです。

僕は突然、突拍子もない行動をする傾向が昔からあります。

銀座へ服を買いに行ったが、服は買わずグランドピアノを購入してくるとか、地震が来るという予測が民間の地震予測マニアのブログで書かれているのを見ると子供に学校を休ませ、突然東京から他県に逃げる、とか。

ある意味、きわめて子供っぽいです(笑)。

けっして褒められたことではないかもしれませんが、深く考えずに、よいと思ったらすぐやってみる。

まずは動いてみて、これはヤバい選択だったかな、と思ったら軌道修正をする、という感じです。

人生なんてこんな感じでよいのではないか、と思っています。

あとがき最後までお読みいただきありがとうございました。

僕の普段の活動は次の2つの無料メールマガジンで読むことができます。

石田レポート年収1億!稼ぎの構造http://www.mag2.com/m/0000138888.html毎日1分!英字新聞http://www.mag2.com/m/0000046293.html本書を読んで感想などございましたらask@maiei.netまでメールを送っていただければ幸いです。

2011年10月石田健

石田健IshidaKenアカデミアジャパン株式会社代表取締役。

一般社団法人日本インターネットマーケテイング協会代表理事。

1966年、新潟県生まれ。

早稲田大学卒業後、米国ドレーク大学に留学しMBA(経営学修士)を取得。

2004年、「石田塾」を開設し全国の個人・法人にインターネットを使ったマーケティング手法をコーチングする。

4年間で述べ2,600名が受講し、卒業生の多くが起業・成功している。

年収1億円越えも輩出。

さらにメールマガジンの筆者として、11万人が購読する「1日1分!英字新聞」と、一晩でサラリーマンの年収を稼いでしまう「石田レポート年収1億!稼ぎの構造」を執筆する、インターネット界のカリスマ。

著書に『1億稼ぐ!メールマガジン私の方法』(小社刊)など。

現在、東京都港区赤坂在住。

趣味はゴルフ、ピアノ。

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