まえがき
新規事業を、必ず生み出すための「型」
本書は、私が新規事業家として、50以上の事業開発を手掛ける中で編み出した、事業を再現性をもって生み出す「基本の型」を公開するものだ。「型」というのは、ムダな失敗を回避して、成功確率を高めるための姿勢や形式のことだ。
たとえばスポーツでも、パフォーマンスを向上させるうえで、自分に合った正しいフォームを身につけることが欠かせない。
なぜなら、正しいフォームによって、身体への負担を軽減させたり、長い距離をラクに走れるようになったり、ムダな動きを少なくし、ロスを最小限にできるからだ。これと同様に、じつは新規事業にも「型」がある。
私は30年にわたり製造業、印刷、物流、広告、教育、医療。介護、金融、農業、建設、IT、アパレル…と、さまざまな新規事業に同時・連続して挑み続ける中で、黒字化せずに失敗した事業や、それ以前にそもそも参入を果たせなかった事業には共通要素があった。そして、その要素を回避して失敗を防ぐことで、成功確率は格段に上がるという結論に至ったのである。
残念ながら、新規事業には、「こうすれば必ず成功する」という百発百中の必勝法はない。もし、そんな超万能な解決方法があれば、この世には億万長者があふれている。
これまで30年以上、新規事業だけをやってきた私にしても、立ち上げから数年で年商数百億円を超える事業や、創業から9年で上場を果たした「ラクスル」のように時価総額1千億円超となるような事業に参画させてもらっているが、どの事業も、とにかく死に物狂いで頑張ると時々うまくいく、というのが偽らぎる実態である。
ただし、ものすごい数の失敗を経験していくと、さすがに同じ転び方はしなくなる。新規事業は多産多死が前提で、十中八九失敗するが、それはつまり「10回ちゃんとやりきれば1つは成功する」ということである。そうであるならば、9回転んでも致命傷を負わない痛手を負わない転び方で正しい試行錯誤を重ねれば、さらなる高確率で必ず事業は生み出せる、ということである。
これが、私が言うところの「新規事業を再現性をもって成功させる基本の型」であり、本書では、私が30年にわたる成功と失敗の量稽古で身につけ、実践の場で使っている型を、
①マーケットアウトの型(どういう事業をつくれば成功するか)
②仮説・実証。参入の型(どういう手順でやれば成功するか)
③新規事業のプロと対象市場のプ回の型(どういうメンバーでやれば成功するか)
という3つに体系化した。
さらに、企業の新規事業に参画する場合に、これまで99%の確率で遭遇してきた「構造的な失敗要因」を挙げ、これを避けるための仕組みづくりを、
●本業の汚染を回避する3つの視点(3つの切り離し、2つの機能、1人の戦士)としてまとめた。
この「3つの型」と「3つの視点」を、皆さんが自社の新規事業において実践してもらえるよう、できるだけ平易な言葉で、豊富な事例をまじえながら詳しく解説したので、どうか本書をお読みいただき、「既存事業の稼ぎがあるうちに、必ずや次の収益の柱を育てるのだ」という社長の強い決意のもとに、すぐにでも動き出してほしいと思う。最後になるが、本書の出版に際して、新規事業の
たぐちひろし
せんくしゃ
先駆者であり、私の人生の師であるミスミ(現・ミスミグループ本社)創業者の田口弘さんから教わったことが、いまの私の血肉となっていることに、この場を借りて改めて感謝したい。
私が「一貫して新規事業だけをやり続ける」という、稀有な経験を積めたのは、ご自身もたくさんの新規事業を生み出し、ミスミを東証一部(現東証プライム)企業へと育て上げた田口さんの、こんな考えによるからだ。
いわく、「わが国には、経理や法務のプロはいる。弁護士が弁護がうまいのは、弁護ばかりやっているからだ。しかし、新規事業だけを延々とやっている人は誰もいない。うまくいくとその事業の責任者になって出ていってしまい、失敗すると三度とアサイン(任命)されなくなってしまう。だから、先人の失敗が引き継がれず、いつまでたっても同じ失敗を繰り返す。その非効率から脱して再現性をもつために、君には延々と新規事業を担ってもらう」。
ミスミに新卒で入社した私に田口さんは熱っぼくこう語りかけ、かくして私は、田口さんのもとで膨大な失敗を重ね、膨大な資金を溶かしながらも新規事業だけに邁進し、アッチにぶつかリコッチにぶつかりながらも、新規事業の型を習得できたのである。
現在ありがたいことに、私のもとには企業経営者や独立起業家の方々から、「こんな事業を立ち上げたい、 一緒にやりませんか?」というオファーが毎週のように届く。
しかし、10以上の案件に常に取り組んでいることもあり、残念ながら、いただくオファーのほとんどをお受けすることができない状況である。
ただ、失敗し続けてもバッターボックスに立たせ続けてくれた田口さん、そして、私がこれまで参画させてもらったすべての新規事業に関わる方々から得た学びを、「共有知」として社会に還元しなければならない。
こうした使命感にも似た思いから、 一年の歳月をかけて書き上げたのが本書である。どうか、本書を手にとっていただいた企業の中から、 一つでも多く、社会にインパクトをもたらすニュービジネスが沸き起こり、日本経済活性化の一助となれば、こんなに嬉しいことはない。
新規事業家
守屋実
l章 新規事業は必ず生み出せる!
ニュービジネスが業界を席巻する
「新規事業は十中八九うまくいかない」
「どうすれば確実に事業を生み出すことができるのか」…
本書はこうした悩みをもつ経営者のために、新規事業を成功に導く経営法をご教示するものである。
現業の儲けが出ているうちに新しい事業を生み出し、次の収益の柱をつくる。さらにいえば、収益の柱を複数つくる。
本業が未来永劫ずっと安泰である、ということが稀である以上、事業の創出は、企業が高収益を維持しながら、永続的に成長発展していくために、なんとしても成し遂げなければならない経営課題だ。
とかく、いまのように変化のスピードが早い時代においては、同じマーケット・同じ顧客に、同じ商品を同じ値段で売り続けることは不可能に近い。私たちを取り巻く環境は劇的に進化し、環境が変われば顧客の求めるものは変わっていくからだ。
たとえば、インターネットで簡単にチラシ、パンフレット、挨拶状、名刺などの印刷物を発注でき、所定の場所に届けてくれる印刷ECサイトの台頭がある。
「少ない部数でも、安く短納期で印刷したい」という企業や個人のニーズをつかみ、従来のように営業マンを介すことなく、ネット上で取引ができる印刷ECサイトはこの10年であっという間に普及した。
なぜ、わぎわざ「印刷ECサイト」を例として挙げたかというと、じつは、私は「ラクスル」というネット印刷スタートアップの創業メンバーとして、印刷市場の急激な様変わりを体感してきたからだ。
ラクスルは、2009年の創業から9年でマザーズ(現グロース)上場、その翌年には東証一部(現プライム)に市場を変更、累計のユーザー数は200万を超えている。
ラクスルのビジネスモデルの最大のポイントは、世の中にあるたくさんの印刷会社を束ね、インターネット上のプラットフォームで印刷したい人との最適なマッチングを実現したことにある。ラクスルが誕生する前の印刷業界は、6兆円の巨大市場の約半分を大手2社が押さえ、残りの半分をその他の約3万社の印刷会社で奪い合っている状態だった。
また、仕事が1社で完結せずに、大手から1次下請け、2次下請け、3次下請けと流れて、少しずつマージンが入る多重下請け構造が存在していた。
しかも、そうした下請けの印刷会社の稼働率は3〜4割ほど。印刷準備やメンテナンスに取られている時間があるとはいえ、それでも低稼働といわぎるを得ない。コロナ不況で大打撃を受けたホテル業界のような状態が、印刷業界では常態化していたことになる。
そこで我々は、全国の印刷会社をインターネット上に東ねて、仮想的に巨大な印刷工場をつくり、インターネットで受けた注文を稼働していない設備で刷ってもらおうと構想し、事業をおこしたのである。いわゆる「シェアリングエコノミー」のビジネスモデルだ。
このビジネスモデルの肝のひとつはバックエンドにあり、そこにはラクスルが印刷物を小ロットでも安く請け負える仕組みがつくり込まれている。それは「固定費である刷版という印刷工程を、複数の顧客でシェアする」という仕組みだ。
少々専門的な話になって恐縮だが、刷版とは「印刷機にセットする大きなハンコ」のようなもので、Alサイズの刷版からはA4サイズの印刷物が8面取れる。
ラクスルはインターネットで日本中の顧客を集めるので、同じA4サイズの印刷物の注文を複数受けることができるため、「1つの刷版で8種類の仕事を受けること」ができる。
その結果、単純計算で顧客が負担する固定費(刷版代金)は8分の1になり、その結果、1万部以下といった小ロットの印刷物であれば、通常の印刷の5分の1ほどに安くなるというわけだ。
さらには、印刷したチラシを配ることも、ラクスルではワンクリックで完結できる。ポスティングや新聞折込をしたい地域をインターネット上の地図でエリア指定すると、どの地域に何新聞を購読している人が何人というデータまで出てくる。ポスティングが可能な軒数もインターネット上の地図でひと目でわかり、配布まで一括して依頼できる。
当然のことながら、既存の印刷会社は刷って終わりだ。なぜなら印刷会社だからだ。しかし、顧客は印刷して終わりではなく、たとえばそれがチラシであるなら、どう配るかまで考えなければならない。印刷会社にとっては、「刷る」という印刷工程が一区切りとなるが、顧客の一区切りは、後工程である「配る」も含めた「刷って配る」だった、ということである。
こうしたニーズに対応したラクスルは、瞬く間に顧客にとって替えのきかない存在となり、不況産業といわれる印刷業界において、事業を大きく伸ばしていったのである。
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