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1、最も基本的な定石

目次

◎定石1・社長は自らの事業に自信をもて

本章では、私が常日頃から大事にしている考え方について触れておきたい。これから述べることは、すべての会社に、あるいはすべての経営者に普遍のものとして正しいかどうか、本当はわからない。

しかし、社長業をやってきて、また、日本経営合理化協会主催の経営塾の塾頭として、さまざまな業種業態の会社の面倒をみてきて、「社長としてこういうことが肝心だな、大切だな」とつくづく感じ、自戒として心がけてきたことだけを挙げてみる。

そのまず第一は、何と言っても、「自分の会社に対して自信を持つことが企業経営の第一歩」ということである。

というのも、私はこれから50項目にわたり経営の定石を挙げていくが、それはすべて自社をよくするための、あるいはさらに発展させるための定石である。したがって、自分の会社に自信を持っていない方には、次への飛躍のお話はできないのだ。

会社経営というのは、自社の良いところを伸ばし、悪いところを直していく、その繰り返しによってしか発展しえないものだ。ただ何となく、経営の目的や自社の存在意義を社長がしっかりと自覚しないまま、とにかく儲かればよいという気持ちでやっていても、会社が良くなっていくことはあり得ない。

ところが、これまで私の塾生である社長たちに、「自分の会社に対して自信を持ちなさい」と言っても、ほとんどは、「そう言うけれども、うちの会社は別にとりたてて良いところのない、平凡な会社ですよ」と返ってくる。

しかし、社長は自らの会社にもっと自信を持っていただきたいのだ。考えてみて欲しい。あなたの会社がこれまで20年、30年と存続してこられたのなら、そこには20年、30年と会社を支持してくれたお客様がいたということだ。あるいは、融資してくれる金融機関があったということだし、会社の発展に尽くしてくれた社員がいたということである。

世の中の役に立たない会社にそれほど多くの協力者が集まることはないはずだ。そういう立派な会社をあなたが経営している。その立派な会社を支えてくれているたくさんの協力者のために、もっともっと良くしていくんだという発想を持っていただかないことには、会社は立派にはならない。

社長ならば、常にそういう考えを持って会社を経営していただきたいという思いを込めて、まず最も基本的な定石の第一として、自分の会社に自信を持つこと、これを挙げておきたい。

定石2:世の中に対する役割を自覚せよ

社長の抱く夢や野望を、多くの人間の協力で実現させていくためには、その大前提として、社長が周りから尊敬される存在でなければならない。尊敬のないところに真の協力関係は生まれないからだ。

そのために最も大切なことは、社長という仕事に課せられた世の中の役割を確実に果たすことである。たとえば、国や地域に対しては適正な納税というのが、「社長の地域社会への役割」である。

私の会社で言えば、日本国に、そして静岡県とか静岡市の協力に対し、地方税、事業税、法人税を納めることだ。

言うまでもないことだが、我々は日本という国があるから、あるいは静岡という地域のおかげで仕事ができている。それに対して納税というかたちで報いるのは、社長として当然の義務である。

ところが、社長のなかには、なかなかこういう考えに及ばない方が多いように思う。そういう社長はたいてい、法人税は高いだの不公平だのと言って、税金をできるだけ払わない工夫に血道をあげている。私とて、日本の税制度のあり方には大いに異議をもっているが、それとこれとは別問題だ。そもそも、きちんと利益を出して納税しているからこそ、その使途にも意見を言う権利があると思っている。

しかも、そういう社長に限って、自分の車にはお金を惜しまないものだ。実際に、利益が500万円程度の会社で、700万円も1,000万円もする高級自動車を乗り回している社長が少なくない。まして、赤字会社のトップが派手な外車に乗っていたら、「せめて自分の乗っている自動車と同額の利益ぐらい出してみる」と言ってやりたくもなる。

そんなものにお金を使うくらいなら、もっと社員の給料を上げたほうが数倍よい。社員からみて、「うちの社長は我々のことをよく考えてくれているな」という声が出てくるような努力をしたほうが、どれほど偉いかと思う。そして、そう言われるようになってはじめて、社長が「社員に対する役割」を果たしているといえるのだ。

とくに、株式を上場していないオーナー企業ならば、役員報酬や役員賞与は、いわゆる社長の「お手盛り」であるから、たとえ最終利益より役員報酬が多かろうが、赤字会社の社長がベンツに乗っていようが、税務署にはチクチク言われるだろうが否認はされまい。しかし、多くの社員に安月給で我慢してもらい、関係者に無理を言ってようやくあげた利益よりも、社長一人の取り分が多くて当然、と思うトップに、果たして社員がついてきてくれるだろう力″また、会社に資金を提供してくれる株主や金融機関に対しても、誰もボランティアで会社にお金を出してくれているわけではないのだから、支払利息や配当というかたちで役割を果たさなければ、結果的に会社は経営していけなくなる。

要するに、社長の役割意識に欠けた私利私欲を満たすだけの経営は、たとえつかの間の繁栄はあっても、事業の永続繁栄は望めないということだ。商売を可能にしてくれる社会に対して、株主に対して、金融機関に対して、そしてなにより社員に対して、立派な社長と言われるような役割を果たす。立派だから尊敬され、尊敬されるから協力してくれる。それが最善の経営であり、自らの社長人生を豊かなものにする、最高の生き方といえよう。ゆえに、もし我が社を、3年先に今よりもっと素晴らしい会社に、5年先、10年先にはさらに内容の濃い良いものに育てたいと願うなら、社長の役割意識というものを大事に大事に考えて、正面から受け止めてもらいたいのである。

社長業を一生の仕事として選んだ以上、社長の役割意識は「何のために会社を経営するのか」「誰のために儲けるのか」…その根本の生き方を決定するものであることを、まず心の底に刻んでおいてほしい。

定石3:社長の最大の役割は事業の方向づけである

一度の大儲けに終わることなく会社を永続的に発展させるためには、5年、10年と長い期間で事業をながめ、世の中の流れに合うように方向を修正していかなければならない。これから良くなるものを手掛け、悪くなるものを捨てる。これは業種業態。規模の大小は一切関係ない、まさに経営の定石である。

我が社スター精密が61年間、発展を遂げてこられたのはまさにこの定石を守り、世の中が、そして自社が身を置く業界がどう変わるかを読んで、そのなかでどう動いていけばよいかを10年のスパンで見極めて進んできたからに他ならない。そこで、我が社の社史をここでかいつまんで述べてみる。

スター精密は私の父である佐藤誠一が、精密部品加工業で創業した会社である。そもそも、なぜこの商売を選んだかというと、戦後の荒廃のなか、ヒト。モノ・カネのない一介の町工場が繁栄していくには、これからの製造業のあり方を見据えて、次の3つの条件に合う事業でなければならないという考えがあったからだ。

第一に、「材料をたくさん使う仕事はだめだ」。理由は、日本は資源がないために戦争に負けたのだから、これからは材料の要らないような仕事をやるべきだということ。

第二は、「輸送コストのかからない事業を選ぶ」。というのも、当時の静岡はお茶とミカンと木工以外に産業らしい産業のない、田舎の中都市であった。この地でメーカーとして事業を行う以上、東京、名古屋、大阪といった大都市に取引先を求めるしかないから、輸送コストのかからない仕事を選ぶべきだということ。

第二は、「人を使わない仕事を選ぶ」。なぜなら、当時は戦時体制下で抑圧されていた労働運動が一挙に吹き出した時期であった。戦後の復興に伴って、必ずや賃金も飛躍的に高騰するだろう。したがって、これからは人を大勢使う仕事はダメだ、人を使わない仕事を考えろということであった。

それから現在まで、創業の原則に外れるもの、つまり「小資本で高い付加価値を生む事業」以外は、たとえ儲かりそうなものでも一切手を出してこなかった。

創業からこれまで常に時の流れを読んで良くなるものを増やし、同時に悪くなるものを除く。とくに、不況時は売上高利益率を上げることが難しくなるので、B/Sを徹底的にスリムに保ち、総資本の回転率を高めることに注力する。こうすることで確実に利益を増やしてきたのである。

ちなみに現在の収益の柱である工作機械部門は、創業から10年の間に脱下請けを目指して、様々な合理化策を講じる中で育まれた事業である。1950年代は、製造に使う自動旋盤を自作したり、専用機を設計してオリジナル製品を開発したりと、掘っ立て小屋の零細企業ながら脱下請けを志向してきた。

そのおかげで大企業が逆立ちしてもできないような値段で、大企業に劣らない品質のものをつくる体勢を早くから確立し、現在は国産腕時計の70%は、スター精密の心棒やネジを使っていただいている。

1960年代、つまり創業から10年ほど経った頃からは、海外への販路開拓を始めた。

当時は池田内閣の所得倍増計画で、造ればいくらでも国内で売れた時代である。中小メーカーで海外輸出を考えているところなど、ほぼ皆無といってもよかった。

しかし、これからの製造業は国内だけを相手にしていたのでは伸びない。海外に販路を求めないと生き残れないという方向づけのもと、社員誰一人英語のわかる者などいない中で「儲かる輸出」を確立すべく動き出した。そして現在、我が社の売上の85%は海外である。なおかつ、国内で売るよりむしろ利益率の高い商売をさせていただいている。

製造業が「儲かる輸出」をするためには時間というものが必要だ。なぜなら、製造のみを手掛け、販売は商社まかせのような輸出ではなかなか利益が出ないからだ。したがって、海外に自ら販売拠点や修理センターをもち、直販体勢とサービス体勢を整えたのである。

それによって、お客様にスペアパーツー台売っても利益がしっかり出る、お客様の機械を1台修理しても儲かるような商売ができるようになった。これはやはり、時間をかけたからこそ実現できた体勢なのだ。

続いて、1970年代には生産拠点も海外へ広げた。1973年に初の海外生産工場を韓国に設立し、当時の主力製品であったブザー部門の部品加工から組み立てまで、 一貫生産体勢の充実を図った。

また、私がスター精密に入社した2年後の1977年には、ニューヨーク・マンハッタンのど真ん中に現地法人を設立した。当時、たかだが年商20億円程度の静岡のローカル企業が、アメリカに販売拠点を持つのかと新入社員の私はびっくりしたものだが、なにしろ小さな会社だったから、世界同時発売によって開発費を早く回収しないと、資金が回らなかったのだ。

1980年代は、エレクトロニクス時代の到来を予見、従来の精密加工技術との融合により、プリンター部門や小型音響機器部門など現在の収益の柱を育ててきた。そして、1990年に東証一部上場を果たしてからは、バブル絶頂の先にくる低成長時代に備え、中国やロシア、ブラジルなどの新興国への進出とともに、徹底的に財務のスリム化を進めてきた。

ちなみに、今でこそ2千社以上の日本企業が進出している中国の大連地区であるが、1989年に生産工場を建てたときには、スター精密のほかに2社しかいなかった。89年といえば天安門事件が起こった年で、その当時、進出を考えていた企業はすべて撤退した。それでも「ここで1年進出を遅らせれば、その損失は3年分も5年分もの影響が出る」ということで、スター精密は大連進出を断行し、現在は我が社の基幹生産工場となっている。

以上、スター精密の社史をかいつまんで述べてきたが、要するに1950年の創業から常に10年後の将来を見越し、10年タームで経営をしてきたというわけだ。まだ零細企業の段階から、自社で使う機械は自社で一番効率よくつくれ、これからは脱下請けだ、中小企業の生きる道は専門化だ、海外進出だと、いち早く会社の進むべき方向を見抜いて、手を打ってきたのである。

ただし、21世紀に入って、世の中の流れは急激に速くなった。このたびのアメリカ発の金融不安が、あっという間に世界的不況をもたらした今回の件をみても明らかだ。したがって、いまスター精密の経営の舵をとる私は、10年ではなく5年先を見る経営をしている。10年先を見ても予測の精度が低すぎるからだ。

5年先を見通し、同時に5年先に実現したい夢をしっかりと社員に示す。そして、常に儲かる事業にのみ経営資源を集中し、不要な借金をせずに、全社一九となって着々と成長する。これが資本力も組織力も弱い中小企業が、これからの低成長時代に徹する経営の定石であることは、スター精密61年の歴史が証明するところだと自負している。

定石4.社長は会社の数字を意図的に創り出す人でなければならない

社長という人種は概してロマンチストだ。そうでなければ、大失敗の可能性もある事業を自分の人生を賭けて興し、経営を続けたりできるものではない。それに社長は人一倍人情家でもある。そうでなければ、生まれも育ちも違う多くの人を率いていけない。

つまり、社長というのは人並み以上の情熱と情緒を持ち合わせた人物であるが、だからこそ、社長には人並み以上に冷静な数字のコントロールもまた必要なのである。経営はバランスである。社長の頭のなかでは夢と数字のバランスこそが一番大事なのかもしれない。すなわち、社長は自分の夢やロマンを数値化する、言い換えれば、経営数字に社長の意図を込めることが必要なのである。要するに、社長は会社の数字を意図的に創り出す人でなければならないということだ。

ところで、事業経営には数字の約束事がつきものである。そして幸いなことに、用いられる数字はそう難しいものではない。小学生の知識で十分ときている。それでいて、商売の長い歴史のなかで培った経験則から、社長にとって非常に重要な決断の根拠となるものだ。

数字は、社長の考え方を明快に整理してくれる実に便利な道具なのである。事業経営を簡単にするには、経営の定石を踏まえることだと繰り返し述べてきた。そして、多くの経営の定石は、数値化することによって、より客観的な判断材料となる。たとえば、「もっともっと儲かる会社にしたい」というのであれば、、ROAを社長がつかんでいなければいけない。「いざというときにビクともしない会社に育てたい」というのであれば、社長が自社の流動比率を把握し、さらに数値を改善する具体策を理解していないと、単なる寝言ということになる。

しかし、ちょっと周囲を見回してみただけでも、将来の経営を難しくするような資金の調達を不用意にしている会社が意外に多いのが目に付く。私が塾頭を務める経営塾において、塾生の会社の決算書をまずはじめに拝見すると、目指すべき経営指標がわからなくて社長に明確な方針がないために、必要以上の在庫を抱えて事業の収益性を大きくマイナスさせていることに気づいていないとか、資金が固定化されすぎていて、万一のときにどうなるか心配になるバランスシートにお目にかかるのは珍しくない。

こういう経営体質は絶対に直しておかなければならないのだが、財務体質の改善は一年やそこらでできるものではない。たとえば、在庫の削減ひとつとっても、今まで大量に在庫を保有していた会社が、営業になんの支障もなく来年には在庫を半分に減らせるかと言えば、なかなか難しい。やはり、在庫が増え続ける原因を突き止めて、全社をあげて解決していくには相応の時間が必要である。

こういうものは、人間の身体と同じだ。単純に風邪を引いたときは、栄養と睡眠をたっぷりとれば1日や2日で回復するが、そもそも風邪を引きにくい体質に根本から改善しようと思ったら、3カ月や半年、場合によれば1年、2年かけて食生活や運動などを日々の習慣にまでしないと成功しない。

会社も同じで、日々の資金繰りというのは、その会社の財務体質の結果を表している。いつも資金繰りに追われている会社は、資金全体の運用と調達のバランスを改善しない限り、未来永劫、資金繰りの苦労から解放されることはない。

もちろん、いま述べたように会社の体質はそう簡単には直らない。ある程度の時間が必要だ。だが、直した体質は、それ以後の会社の確実な発展のベースになってくる。そのために社長は、将来に向けて計画的に企業の収益性と安全性の2つの体質を具体的に改善していくのである。

要するに社長は、常に決算書から我が社の体質を正しくつかみ、実態が効率のいい経営となるように、なおかつ同時に、万全の健康な体質となるように、必要な手を逐次打っていかなければいけないということだ。

そのためには、これから本書で述べていく数々の定石に基づく経営指標を常に頭に入れておく必要がある。決算書に目をやったとき、大まかな暗算でいいから、これらの指標がたちどころに、自社の数字で出てくるようにしておくことが大事なのだ。

過去の数字を読みながら現在の我が社の実態を数字の約束事から客観的に捉えて、どこを改善し、何を伸ばすべきか、その明確な根拠を頭にしっかり叩き込んでいただきたい。それが、社長の示す「事業の将来の方向づけ」を地に足の着いた、社長自身の支えとなってくるものにしていくであろう。

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