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0  窮地

登場人物紹介 0  窮地 1  始動【解説】───「識学」とは何か? 2  奇跡【解説】───人気者の社長が、会社を危機に陥らせてしまう単純な理由 3  波乱【解説】───部下のモチベーション管理は上司の仕事ではない 4  難局【解説】───会社の変革には別れがつきもの 5  変化【解説】───「姿勢のルール」が守れない組織はすべてが緩む 6  受容【解説】───社長は会社では孤独であれ 7  競争【解説】───部下の「頑張っている姿」を褒めてはいけない 8  刷新【解説】───管理職は他部署のやり方に口を出さない 9  結果 10  復活最終章  社員を愛する謝辞

わずか五年足らずのうちに  二〇〇〇社を超える企業が導入した組織改革理論がある。  その導入時には、社内に不安や反発が生じることもあるが、  最終的には会社をより健全で、筋肉質な状態へと導いてくれる──。  社員の誰もに好かれる「優しい社長」が  よかれと思って行っていたことが空回りし、  危機に陥っていたある会社。  本書はその会社が、新たな組織改革理論を導入し、  復活するまでを追ったストーリーである。

登場人物紹介 ●若宮宏人(わかみやひろと)  三十三歳 /オールウェイズ・アサイン社  代表取締役社長兼 CEO  スマホ EC事業、オウンドサービス事業をベースにオールウェイズ・アサイン社を起業。最初こそ売上や営業利益率もよかったが、現在は頭打ちとなっている。普段は周りに慕われるポジティブな性格だが、部下や会社を思うあまり臆病になってしまう一面も。  右肩下がりとなっている会社の業績を見つめながら、毎晩悩み苦しんでいたが、「識学」との出会いによって精神的にも強くなっていく。  ゴルフやキャンプなどアウトドアが好きで、以前から社員たちを連れて行くなど、フットワークの軽さには定評がある。 ●西村美優(にしむらみゆ)  二十三歳 /オールウェイズ・アサイン社  社長室所属(のちに広報課へ異動)  同社の初期メンバーで最年少女性社員の一人。  頻繁に飲み会を開催してくれて、親しみやすい若宮のことが大好きだったが、識学が導入されて以降、若宮の態度が一変したことで、識学を恨むようになる。  あまり空気が読めず、突っ走ってしまうところが玉に瑕だが、人一倍正義感が強く、どこか天然な性格が多くの社員たちから愛されている。好きなものはお酒とカラオケ。 ●佐伯航平(さえきこうへい)  三十五歳 /オールウェイズ・アサイン社  執行役員兼営業部長(のちに第一営業課長へ降格)  同社の執行役員兼営業部長だったが、識学の導入で会社初の降格人事の対象となり、第一営業課長に。もともとはよき家庭人だったが、仕事がうまくいかなくなるにつれて、精神的に荒れ、家族関係も悪くなっていく。善くも悪くも影響されやすい性格だが、きっかけがあれば火がつく野心家な面も兼ね備えている。 ●布施享一(ふせきょういち)  四十一歳 /オールウェイズ・アサイン社  広報課長  異動先での美優の上司で、よき相談相手(つまりは愚痴の聞き役)。仕事の教え方が丁寧なことに定評があり、布施に影響されてか部下たちにも柔和な性格な者が多い。引き出しにはいつもお菓子が入っていて、疲れている社員に配っている。  識学が導入されて、広報活動をどうしていいか右往左往している毎日。太り気味なのでダイエットにも識学を使ってみようと試みるが、どうなるか? ●山岸紗安佳(やまぎしさやか)  三十一歳 /オールウェイズ・アサイン社  第二営業課長  第二営業課長。アクティブな社員が多い社内では珍しい内向的な性格。細やかな配慮に長けており、他の社員では気がつかないようなミスやトラブルの原因も、事前に見つけられると社内で評判。  仕事への姿勢は常に誠実で、識学に反対する者が多いなか、社内の誰よりも先に積極的に学ぶようになっていく。 ●添田樹(そえだいつき)  三十二歳 /オールウェイズ・アサイン社  副社長  若宮と一緒に起業した創業メンバーの一人。若宮にとっては相棒のような存在だったが、識学の導入に強硬に反対する。  几帳面で慎重な性格で、新しい挑戦を拒む傾向にある。ミスのない仕事ぶりや、クールな雰囲気が一部の部下に人気があり、添田に密かに憧れている社員も少なくない。 ●藤川仁吾(ふじかわじんご)  二十二歳 /オールウェイズ・アサイン社  第二営業課所属  今年入ったばかりの新卒社員。山岸の部下。  軽薄な雰囲気を漂わせるいわゆるチャラ男だが、上司である山岸の仕事への誠実さを尊敬しており、自分も仕事に対しては真面目であろうと心がけている。  社長の若宮や、先輩である美優にも明るく接するお調子者だが、いざというときは空気を読んで行動できるため、可愛がられている。 ●篠原由樹奈(しのはらゆきな)  二十三歳 /広告代理店勤務  高校時代からの美優の親友で、社会人になってからも定期的に飲みに行く仲。  美優と同じく酒好きだが、下手な飲み方はせず、酔い潰れた美優をよく介抱してやっている。  清楚で可愛らしい見た目とは裏腹に、さっぱりした性格で、誰に対しても公平に接する。  識学の到来によって不機嫌になる美優を心配するが、友達だからと遠慮せず、的確なアドバイスをしてくれる頼れる存在。何事もそつなくこなすタイプだが、器用貧乏だからか、昔から情熱に欠けるのがコンプレックスで、日々、一喜一憂している美優を少し羨ましく感じている。 ●安藤明大(あんどうあきひろ)  三十五歳 /「識学」代表  株式会社識学の代表。傾きかけたオールウェイズ・アサイン社を建て直すべく、識学を使って社内の改革に挑む。真面目で熱い性格だが、普段から無表情な上にぶっきらぼうな喋り方をするため、誤解されやすい。  最初はオールウェイズ・アサイン社の社員たちに嫌われていたが、その仕事ぶりや細やかな気遣いの存在によって、次第に同社に受け入れられていく。 ●財前清(ざいぜんきよし)  三十四歳 /オールウェイズ・アサイン社のメインバンク、都市銀行「東京すばる銀行」の担当者  オールウェイズ・アサイン社の立ち上げ時に、設立したてでまだなんの実績もない会社にも関わらず、多額の融資を決めてくれた担当者。頭の切れる男だが、裏表が激しくお調子者。  貸出先の先行きが悪くなると、すぐに手のひら返しをする性根の悪い一面もあり、若宮に対しても、会社の業績がよかったころは丁寧に接していたが、業績が悪化してからは貸し出し資金の一括返済を暗に求めるなど、脅しつけるような電話をたびたびかけるようになっている。

0  窮地  美優はマイクを振り回すようにして、その場にいた誰よりもはしゃいでいた。  天井につけられたピンクやグリーンに瞬く LEDライトが、彼女の少しばかりあどけなさの残る横顔を照らす。  隣には、まだ若い見た目の割には上等そうなスーツを着た男が、美優と一緒になってタンバリンを叩いている。彼は若宮宏人。美優の勤める会社の代表だ。「社長!  一緒に歌いましょ!  ほら!」  美優は自分の立つ高さまで若宮を引っ張り上げようと、彼の腕をぐいっと引っ張った。「はいはい、わかった、わかった!」  一瞬だけ困った表情を浮かべつつも、若宮は満ざらでもなさそうな顔をしながら立ち上がって美優と肩を組むと、テーブルに置いてあったマイクを無造作に掴み取り、彼女が歌っている曲に横からお得意のハモりを入れた。  周りには、オールウェイズ・アサイン社の社員である十人くらいの男女が、皆アルコールの匂いを漂わせながらニコニコと話をしたり、カラオケの画面に向かって合いの手を入れたりして思い思いに楽しんでいる。「おお!  オルイン名物、若宮社長のハモりだ ー!!」「よっ!  歌うま社長!」  男性社員が口に手を当てて声を上げると、皆が一斉に盛り上がった。「おいおい、やめろよぉ」  頭を軽くかきながらも、若宮は乗りに乗って、美優と組んだ肩に一層力を入れる。彼がリズムに合わせて踊るように動くと、美優もその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。  はたから見れば、だらしなくネクタイを緩ませ、酔って首もとを赤くする彼を見て、まさかこの男が、近年 I T業界で存在感を高めている会社、オールウェイズ・アサイン社の社長兼 CEOだとは誰も思わないだろう。  時刻は深夜十二時近く。五反田。今日は木曜日で平日だ。  仕事終わりのサラリーマンたちは、「明日も仕事だから」と遠慮がちにグラスの中身を飲み干して、次々に終電間際の改札口を小走りで抜けていく。終電を逃して、明日の出勤に遅刻してはたまったものではない。五反田の夜は、だんだんと喧騒から抜け出そうとしていた。  しかし、美優たちがいるカラオケボックスの騒ぎはまだ静まりそうにない。(この会社に入って、本当によかった)  美優は歌い始めてもう三曲目になる流行りの J I POPをマイクに向かって口ずさみながら、酔いの回った思考で幸せを噛み締めていた。  美優は会社が大好きだ。  優しい上司、気さくな同僚、やりがいのある仕事。そして、いつもこんなふうに飲み会に連れて行ってくれる最高の CEO、若宮。  短大を卒業し、社会人として仕事を始めるのに一抹の不安を覚えていた彼女にとって、オールウェイズ・アサイン社は、間違いなく最高の職場となった。一人娘を心配していた両親でさえ、美優が楽しそうに話す会社の話題を耳にし、仕事に励む様子を見て、安堵を見せていた。  隣で一緒に歌ってくれている若宮の顔をチラリと見て、この前の会社のゴルフ会を思い出す。  先月、ゴルフ好きの若宮が、希望する社員全員を郊外のゴルフ場へ連れ出してくれたのだ。  社会人二年目となる美優にとって、ゴルフは憧れはあれど、なかなか手を出せないでいたものだ。だから、余計に嬉しかった。それにゴルフ終わりにレストランで飲む冷えたビールが、あんなに美味しいなんて。円卓を囲んで乾杯をしたときのみんなの笑顔が忘れられない。「この前のゴルフ、めっちゃ楽しかったよね。若宮社長、かっこよかったなぁ」  女性社員の一人が飲みかけのハイボールを片手に、歌い終わった美優へ話しかけてきた。「社長、ゴルフすごく上手でしたよね!  ゴルフウェアも似合ってたし、それに、イケメンだし……」  美優は、うんうんと共感する彼女と一緒になって若宮の精悍な姿を思い出し、ニヤニヤしていた。「キャンプもよかったですよね。群馬のキャンプ場、綺麗だったなぁ。また行きたい」  ゴルフだけじゃない、誰かがキャンプに行きたいと言えば、年間社内行事に「社員キャンプ」を追加して、全員をとびきりのキャンプ場へ連れて行ってくれた。  テントを張るときも、若宮は率先して手伝っていたし、バーベキューの準備で一生懸命に火を起こす若宮の姿は、社員全員の目に魅力的に映っていた。  仕事で少しばかり辛いことがあっても、若宮が作ってくれた楽しい思い出を胸に頑張ってきた。(特に社長と行くカラオケは最高。ノリがいいし、ハモりもうまいし、疲れなんて吹き飛んじゃう)  そう幸せに浸る美優の思考回路に、明日の仕事のことはなかった。「今が楽しい。だから、はしゃぐ」。それだけが彼女にとって「会社の飲み会の楽しみ方」なのだ。  美優がふと若宮のほうを見ると、彼は若い男性社員と部屋の隅で話し込んでいた。「お前はな、頑張りすぎなんだよ。できるやつなんだから、もっと肩の力を抜け」「は、はい!  ありがとうございます!」  喧騒に混じって、とぎれとぎれに聞こえてくる会話内容から推測するに、どうやら部下の悩み相談を受けていたらしい。いかにも真面目そうな男性社員が、目を潤ませるのではないかという勢いで若宮の言葉に耳を傾けている。  若宮はいつもそうだ。困っている部下がいれば、いつでも話を聞いて励ましたり、悩みに答えをくれたりする。彼が男性社員からも女性社員からも好かれる理由はそこにあった。  こうやって頻繁に飲み会を催すのも、部下たちの悩みを吸い上げる機会にもなるから、と考えているのだろう。(社員思いの若宮社長らしいな)  と美優はあたたかい気持ちになって、しばらくその光景を眺めていた。

「最後はやっぱり美優ちゃんでしょ!  ほら歌って!」「はい!  西村、歌います!」  カラオケも終盤、オオトリを任された美優がマイクを受け取る。  今日も楽しかったという気持ちを込めて、美優は誰もが知っている女性アーティストのバラードを歌った。美優の若々しく高い声と、しっとりとしたメロディが絶妙に合って、そこにいた全員が聞き入っていた。  若宮も、部下が一生懸命に期待に応えようとする姿を嬉しそうに見ていた。  美優が最後の曲を歌い終わると同時に、若宮がすくっと立ち上がる。「じゃ、ここらでお開きにするか。みんな今日もお疲れさん!!」  と笑顔で宣言した。お開きの合図だ。歌い終わった美優に拍手をしていた社員たちも、皆ゆっくりと立ち上がって、「お疲れさまでした」と口々に言いながら帰りの支度を始めた。酔いに加えてカラオケで騒いだこともあり、疲れてきていたのだろう。表情には疲労の色も見えるが、誰もが満足した顔でカラオケルームをあとにしていった。「若宮社長!  今日もありがとうございました!」  皆がエレベーターに乗ったあと、一人で会計をしにレジへ向かった若宮の側へ、美優がお礼を言いに近づいた。  若宮はそんな美優に気づくと「おお、お疲れさん」と片手を上げる。  手早く会計を済ませようとする若宮に、美優は以前から疑問に思っていたことを聞いた。「けっこう頻繁に飲み会とかカラオケとか連れて行っていただいてますけど、全部払ってもらってても、大丈夫なんですか……?  会費を集めるとか……」  美優は心配そうに首をかしげる。  若宮はクレジットカードのサインを入れながら、気にもしていない様子で、「いいんだよ、気にするな!  明日も頑張ってくれな、期待の若手!」  と、いつものようにおどけて返した。 *     *      *  エレベーター下のホールで待つ社員たちと合流して、次々にタクシーへと乗り込む一人ひとりへ向かって、若宮は手を振る。もう夜更けにも関わらず、まだ煌々と輝く五反田の街灯やビルの明かりをあとに残し、真っ黒なタクシーの影が夜の闇へと吸い込まれていく。「美優ちゃん、乗らなくていいの?」  タクシーに乗り込もうとしていた社員の一人が、美優に向かって声をかけると、美優は眉毛をハの字の形にして、「私、ここからそんなに遠くないので!  皆さんがお先に!」  と答えた。彼女はいつも最年少だからと遠慮して、先輩より先にはタクシーに乗らないのだ。「若い女の子なんだから、夜道は気をつけてよ!」  心配してくれる声に対して、ありがとうございます、と元気よく返しつつ、美優も若宮と一緒になって手を振った。  結局、最後の最後まで残った美優だったが、彼女が車へ乗り込み、ドアが閉まるときには、もう時計の針はほとんど深夜一時を指し示していた。「社長、お疲れさまでした!  おやすみなさい!」「お疲れさん!  じゃあなー!」  ドアが閉まる間際に短い挨拶を交わし、若宮は美優の乗ったタクシーを見送る。  カラオケボックスの前に一人残された若宮は、先ほどまでとは打って変わって疲れた様子を見せた。「よし、今日も一日頑張った……」  独り言を呟くと、硬いアスファルトの道を一歩一歩探るように歩きだす。  彼もまた、五反田の夜へと吸い込まれていった。 *     *      *  翌日の午前六時。若宮は駅前のファーストフード店のテーブル席に、背中を丸めて腰掛けていた。スーツにはシワが寄り、ネクタイは昨晩、解散後に一人で飲み歩いた店のどこかで忘れてきてしまったらしく、見当たらない。「うぐっ……吐きそうだな……」  居座らせてもらうからと申し訳程度に注文したポテトとコーラを目の前にして、二日酔いの猛烈な吐き気と頭痛が若宮を襲っていた。ドリンクカップに結露した水分が、丸みを帯びて垂れるのと同じ速度で、若宮の額に冷たい汗が流れていた。  何も知らない人が見れば、飲んだくれたサラリーマンのだらしない姿にしか思えないだろう。しかし、若宮の額に伝う冷や汗と、その絶望の淵にあるかのような表情の理由は、二日酔いにばかりあるわけではない。原因は、彼の手にしたスマートフォンの画面のなかにもあった。  不気味なほどに明るく輝いた画面に表示されているのは、オールウェイズ・アサイン社の財務諸表だ。若宮の視線は、そのうちの売上、そして利益率の間で行き来を繰り返している。(おかしい、おかしいんだ。どうして売上は上がっているのに、利益が下がり続ける……)  売上に反比例するかのように下がる利益率の数字が、彼の表情に影を落とすものの正体だった。  若宮は追い詰められていた。懸命に営業をかけても、社員のモチベーションを上げるために会社の経費をいくら使っても、経営状況は右肩下がりのまま。この状況が長く続けば、大幅なリストラはおろか、倒産ということにもなりかねない。「どうすりゃいい!?  どうすりゃいいって言うんだよ!!!」  苛立ちを抑え込めずに、テーブルに自らの拳を打ちつけた。ダンッと大きな音が、まだ客の少ない静かな店内に鳴り響く。隣に座っていた若い女性が、こちらに怯えた目線を送ってくるとほぼ同時に、店員が飛ぶようにやってきた。

「お客さま!  ほかのお客さまのご迷惑になる行為はおやめください!」  厳しい表情を向けてくる店員に余計に苛立ちが増し、思わず言い返してしまいそうな自分を押し殺す。こちらが悪いのは明白だ。吐き気と頭痛は止まらないものの、迷惑行為を働いてしまった手前、居心地が悪くなった若宮は店をあとにした。  五反田の街に差し込む朝日が若宮の顔に当たる。本来なら爽やかな気分を運ぶその光でさえ、彼の心を晴らすことはなかった。

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