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遠くに、旗を立て続けること

目次

まえがき

事業は、たった一人の社長によって栄えたった一人の社長いかんで亡びるものである。

事業を創業し、繁盛させ巨億の富を築いた社長でも、度重なる危機や変化に上手に対応し、永く幾代にもわたって、その繁栄や富を子孫に、上手に、幸福に伝えた例はそう多くはない。

それはなぜか、どうしたらよいか……幾百年も続いている希少の指導会社をみていると、その秘伝が凝縮して存在している。

不況、天災、市場変貌、国際化、戦争、ライバルの台頭、制度改革、素材革命、システムの急変更など、考えられないほどの異常に耐え、良く対応してきた社長たちは、

一体どういう思想や哲学や戦略戦術を用いて凌いできたかを知っておくべきである。どれほど啓示になり、役立つか計り知れない。

今、私たちは、政治にも、経済にも旧来とは異った混乱を感じ、未曾有の不況や、変革や、統合や、新設といった、地球が一つになるための、いわばグローバリゼイションの激しい波に洗われ、一喜一憂を余儀なくされている。

しかし、これさえも先見し、上手に対応し、凌いで生き残っていかなければならない。

これからは、社長自身の考え方、処し方こそが根本の根本であり、それによって事業経営の興亡が決まる岐路に立たされていることを銘ずるべきである。

こういう激変に応じて経営を進める時に、大事なことは、視点を誤らないことである。確とした考えを持っていることである。

たとえば、 一事業を永く営むに当たって、本当の財産、後継する者に残すべき財産とは一体何だろうか、を深く考えた時に、必ず突き当たる認識の間違いがある。

それは、多くの社長たちが財産だと信じて、額に汗してせっせと築いた金品や土地や建物が、実は本当の財産ではないということである。錯覚だということである。

本当の財産とは、どんな時代になっても、危機や変化を乗り切ることができる手腕を身につけさせることに他ならない。

このことを間違っている人が多い。永く、幾代も続く繁栄を伝えていくためには、子孫にその秘伝を教え、手腕を磨く以外にはない。

手腕こそ本当の財産である。手腕さえ身につけば、金品も土地も建物もいつでも買うことができる。

特にオーナー社長が事業の繁栄を永く幾代にもわたって続けるためには、それを継ぐ子孫の手腕を磨く修業こそ最重要な課題である。

激しくなる国際競争に耐える援助や、施策も、政治の力も、景気の浮揚策も大切ではあるが、個々の事業が生き残っていくためには、一人一人の人間、特に、オーナー社長の考え方、処し方が卓抜でなければならない。

二十一世紀は、資本主義が成熟し、いよいよ地球が一つになる世紀である。

経営に対する深い思想や哲学から、儲けるための戦略や戦術、知恵や判断力が大事である。

世界の動向、成長産業の交代、商習慣の混じり合いなど、処世の大道を実学で身につけなければ役に立たない。

どんな時代でも社長自身の考え方、処し方こそが根本である。企業は、たった一人の社長によって繁栄するかわりに、たった一人の社長によって亡びることを肝に銘ずるべきである。

本著は、これからのオーナー社長の時代対応のあり方、その中での大野望の描き方、人生計画、事業繁栄の戦略、盛運、魅力と性格の有り様、親兄弟の考え方、株、資産、部下、物、金、美学の持ち様、徳、お客様、後継と選び方、師、友人、所有と経営、煩悩、家庭、結婚、健康、死生観、生き方……など、そのすべてに幾度となく直面する危機や変化を乗り越えて繁栄するための、オーナー社長としての根本的な処し方と精神デザインを書いたものである。

平成十年十二月吉日

牟田 學

遠くに、旗を立て続けること

多くの創業者は、時流に乗って事業を興す。しかし、それは事業家にとってほんのスタートにすぎないことを知っておくべきである。

時流がブームを呼んで、ただ儲かるというだけで、次々にライバルが生まれ、臆面もなくそっくり類似した物やサービスが売られる。

供給過剰から過当な競争が起こり、ついには、生き残って栄える企業はごく僅かだという状態になってしまう。

「糸偏」ブームが来た。カメラのブームも起こった。家電ブームも来たし、自動車のブームも来た。やがて少し豊かになると、外食やレジャーや海外旅行ブームもやって来た。

市場は国内から海外へ広がり、情報は衛星を利用するようになり、交通機関は地球を狭くしてしまった。コンピュータが普及し、そのソフトは旧来のシステムを大変革させている。

こういうブームの度に、誰もが大儲けを企て、ドッと参入した。しかし、市場が飽和状態になると、大半の事業は次々に倒れていった。

事業を永く続ける哲学や思想がない事業家は、次代を担う生命の根源である商品や顧客を磨き、追加し、新しく育てることを忘れ、事業を維持できなくなる。

資本主義は競争が原理で成り立っている。悪いものが浄化されるように、自由競争は自然に良いものだけを残す。

これからは、人類を幸福にするというコンセプトに価値観が絞られる時代に移っていく。こういう時代の流れは、誰も変えることができないごく自然な、そして確実な流れである。

言語も、宗教も、哲学も、文化も、スポーツも混合し、そこで生きる企業も、人も、国という垣根を越えていく時代が到来している。

先見力は、事業家にとって欠かせない大事である。

特に、これからどんな産業分野が栄えるかを掴んで、事業経営の方向性を決定することに鈍い人は、リーダーとして不向きだと言わぎるを得ない。

時流は、まず捉えるべき第一の旗である。

時流に乗って事業を繁栄させることは、決して難しい事ではない。時流に逆らったものの方が、かえって難しいし、儲けるのに五倍も六倍もの努力をしても大して成果が得られないのが普通である。

しかし、次の旗はもっと難しい。

時流が味方している間は、さほど卓抜の手腕がなくても、稀には大した努力をしなくても儲かることが多い。なかには、幸運にも、偶然に自分が踏み込んだ事業分野が未成熟で、たまたま需要が多かっただけで、その繁栄を自分の実力によるものだと錯覚することも起こりやすい。これが怖い。

努力をしないで儲かることが一、二年も続けば、それが当たり前になって、社長も、役員も、社員も、怠情になってしまう。儲かることは、永くは続かないのだ。

新しい顧客の開拓に腐心し、新しい事業の柱を作り、商品を絶えず改良し、追加していかなければ会社はだめになってしまう。

だから、難しいのは二本目の旗、三本目の旗だと言っているのである。

環境や状況が一変した時でも、 一つの事業を足掛かりに、危機や大変貌に対応し、素早く手を打って、他の不振や混乱をよそに、売上も利益も伸ばし続けていくことを目指していかなければならない。これが難しい。

ドトールコーヒーは、東京株式市場に公開している。ここの社長は、鳥羽博道氏である。鳥羽さんは、学校を出てすぐにブラジルヘ一旗揚げに渡った人である。

渡った先のブラジルのコロラドというコーヒー園で、現地人と一緒に働いた。だから、コーヒーに関しては滅法詳しい。

また、働いたコロラドというコーヒー園が厳しかった。最高の豆を育て、収穫することに命を賭けていた。コーヒーに無知だった鳥羽さんは、そのガッツにすっかり惚れ込んでしまい、さまざまな影響をここで受けている。

おいしい豆の選び方から、果ては焙煎の細かい名人芸まで詳しく学んだわけだが、第一の旗はコロラドと同じようなコーヒー園を経営することではなかった。

この品質の良いコロラドの豆をどうしても日本へもって行き、日本人においしいコーヒーを飲ませたいという夢であった。

帰国して、これ程おいしいのだから、「当然、黙っていても売れるし、客は買わせてくださいとお願いするに違いない」と思い、熱い期待を胸に、喫茶店という喫茶店を何軒も訪問してみた。

ところが、そういう自分の期待とは逆にさっぱり注文をくれない。訪問先の喫茶店には、UCC、アートコーヒー、キーコーヒーと先発の有名な業者がすべて入っていたのだ。系列化が進んでいて、後発ではもう買ってくれるところがなかったのだ。普通の場合は、ここで終わりである。

鳥羽さんは、輸入した最高の豆をどうしたら売ることができるか苦しんだ。そして、自分で喫茶店を作ることに挑戦するという考えを発見した。第二の旗を立て替えたわけである。

東京の渋谷と二軒茶屋に、十坪、二十坪、三十坪ほどの、必ずしも一流店ではない三軒の喫茶店を問もなく開業した。

この三軒のパイロットショップで、「顧客の集め方」「コーヒーのいれ方」「紅茶のいれ方」「トーストの焼き方」「サンドイッチの作り方」から「接客のありかた」「損益計算のやり方」まで、店の繁盛への手の打ち方を掴んだ。

それでも、立地が良くなかったせいもあって、 一日の売上は、 一店につき三万円だ、五万円だという程度であった。

原価計算をしてみると、これでは喫茶店のチェーンは望むべくもなかった。展開できない。売上を増加するためにはどうすればよいか、悩んだ。

その苦労があったから、今日のドトールがあるわけだが、売上増のために、様々なイベントやパッケージ商品の開発に着手してみた。

その一つが、インスタントコーヒーではなく、おいしいコロラドの豆を焙煎したレギュラーコーヒーを挽いて「缶入り」「袋詰め」にした商品を開発し、夏には「テトラ入リアイスコーヒー」を開発して、喫茶店の店頭でのテイクアウトを狙ってみた。一日の売上が三倍、三倍、四倍と増えた。

この成功を基礎に、戦略を立て直して挑戦した。喫茶店チェーン「コロラド」の展開である。家庭の主婦で自立心の強い人達を中心に、喫茶店経営者をフランチャイズ方式で募集した。

こうして、コロラドのチェーンは東京から首都圏に広がって、五百店を越えるに至ったのだ。やっと実った夢である。

事業は、成長拡大しなければ倒れてしまう。

もし、縮小均衡を旨とすれば、あらゆる原価を一定にし、決して上げないという条件が必須である。人件費も、家賃も、原材料費も、 一切を上げなければ、縮小均衡も可能である。

しかし、現実には、公共料金も、医療費も上昇するのであるから、売上や利益を上昇させなければ破綻してしまう。

店を増やし、地域を広げ、商品を追加し、顧客を増やしていかなければ、経営維持は困難である。

コロラドは、関東一円に五百店以上を展開したが、それ以上の展開が難しいことに鳥羽さんは気づいた。旗をもっと遠くに立て直す機会の到来である。

こうして生まれたのが、新しい業態である「ドトールコーヒーショップ」の展開戦略である)。

大都市の駅前には、立ち食いソバの店がある。ソバは元来が和食である。和食に食い飽きた人は、必ず洋食が欲しくなるに違いない。駅前に立ち食いソバがあって、さらに、その隣に立ち食いパンやコーヒーショップがあつた方が便利なのではないか、というのが発想である。

立ち食いソバが、通常のソバより安価なように、コーヒーを百五十円程度の安価で売ったらどうだろう、という考え方である。

パンは焼き立て、コーヒーは安価で挽き立て、というわけだ。この時の問題は、「コロラド」と一部抵触することだった。「フランチャイジーとの間で拗れた関係が生じるに違いない」と、意見を聞かれたときに話した記憶が、私にはある。

しかし、これは、別のコンセプトの店であり、コロラドのオーナーも「ドトール」に新しく参加すれば良いことでもある。

新しい店は、駅前や人通りの多い都市部でフランチャイジーが募集され、次々にオープンした。既にテストでも分かっていたことだが、立地さえ良ければ、新しい業態のドトールコーヒーショップは、 一店舗で一日五十万円とか二百万円も売るところが出てきた。

こうして、ドトールコーヒーショップに多くの大企業のフランチャイジーが加盟し、経営の基礎が強くなった。

ドトールコーヒーの株が東京の株式市場に公開された時、人気上々であったことは言うまでもない。

時々感じることだが、人間は貧乏からの脱出を願い、屈辱をバネに、金持ちになりたいという欲望の実現のために事業を興す。

一つ目の旗は、こういうことが起爆剤になっているだけに、飽くまでも小さな小さな旗でしかない。すぐ手が届くだけに、目的は達しやすい。しかし、この小さな成功に安住して、次の旗が立たない事業家が多い。

欲望を野望に替え、あくなき起爆剤をつくって心を高揚させ、ついには雲をも掴むほどの遠いところに旗を立て続けることを、幾代にも亙って教えることが大事である。

遠くに、旗を立て続けることを断てば、事業は自分の代で終わりである。

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