先代の社長が、運についてこんな話をしてくれたことがある。
「佐藤君、君は運という生き物を見たことがあるかね、運というのは四つ足の動物なんだ
が」。もちろんどんな恰好をしているのか知らなかった。わたしが二十代前半、創業間もな
くのころではなかったかと思う。
「運というのはな、頭がツルツルで、前髪に一握りの毛が生えているんだ。だから捕まえ
ようと思うと、真っ正面からでないとだめなんだ。来たなと思って脇や後ろから捕まえよう
としても、ツルッと逃げられてしまう。前髪しかつかむところがないんだ。だから目の前に
来てからつかもうとしても遅い。運というのはあらかじめ捕まえる準備をしていないと逃げ
られてしまうものだ。
運はだれの前にも現れているんだが、準備をしていない人には捕まえられないんだ。あっ
と気がついたときには通り過ぎてしまう。運を追いかけるだけに終わって、 一生ご縁がない
ことになるc
経営における運というのも同じで、準備しておかなければつかめないよ。このことはよく
覚えておきなさい」と。
わたしは先代の社長から経営についてのさまざまな奥深い話をしてもらったが、この運の
話も忘れられない。そもそも先代社長との出会いにしても、シャープの佐々木氏との出会い
にしても、強い運に恵まれていなければ考えられないようなものだ。
本書で、社長が自らの夢を数値化し、計画的に実現するノウハウを、心を込めて説いてき
たつもりである。運という不確実なものを一切排除して、言い換えれば、運というものに左
右されずに、運が良かろうが悪かろうが、会社を必然的に発展させる方法が長期計画のノウ
ハウなのだと、読者の皆さんに披露してきたわけである。
しかし同時に、それでも成功するためには運というものが必要だ、と申しあげたい。
運を逃がさないための準備が長期計画、と言えなくはない。
本当のところ、経営においては運が七分、努力が三分ではないかと思うのだ。つまり長期
計画の役割は三分、あとの七分は運に恵まれるかどうかによると言いたい。
「努力が七分、運が三分の間違いじゃありませんか」、外部の勉強会でこの話をすると必ず
こんな質問が出る。
「運が七分、努力が三分です。わたしは運命論者なんだ」と答えるのが常だ。
「それでは運任せの経営になりませんか」という意地悪な質問には、
「努力が三分であってゼロではない。ただそれだけ運を大事にしなさい、と言いたいんで
すよ」と答えるようにしている。
運が良かったなという気持ちでいると、せっかく捕まえた運を百パーセント生かそうとい
う気になるものだ。ところが、運に恵まれたから成功したと見える人が、自分では、これは
運が良かったからではない、おれの実力で成功したんだ、と錯覚する人もなかにはいる。こ
ういう人は、せっかくの運を大事にしない。運を粗雑に扱って、三度とおまえのそばには近
づかないぞ、と運から見放されるようなことをして平気だ。
経営の世界では、人との偶然の出会いが大きな事業との出会いに通じたり、思わぬ機会に
運命的な商品に出会ったりということがある。確かに最終的に事業を手掛ける折衝や事前の
テストや商品化の過程では、本人の努力や才能がなければ今日の成功はなかったかもしれな
い。しかし、その原点は何だったのか、まで考えてほしい。たとえば「Aさんに聞いてみる
といいよ」というアドバイスがあったから、この事業にたどり着いた。Aさんと会って聞い
た話からこの事業の発想を思いついたのは確かにわたしだ。しかし、あのときAさんを紹介
してくれた人がいて、はじめてこの仕事はできたという面を考えれば、世の中運七分としか
考えられないではないか。
つまり、運に感謝する気持ちが本当に大切ではないだろうか。言い換えれば、社長は自分
の成功に常に謙虚であれ、ということだ。
なにかに成功したら、それは自分の力だけではない、さまざまな協力者が運を運んでくれ
たのだ、そのお陰で成功できた、と謙虚に感謝するということが大事だと思うのである。
運を大事にすることは、社長の謙虚さにつながる。これは社長の心得として大事なことだ。
経営における成功は自分の力だと思い上がると、ツキは逃げてしまうものである。
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