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褒めてやらねば、人は動かず―好子による強化と弱化

第2章鬼の上司が会社を伸ばす?──嫌子による強化と弱化

ケース─上司の何気ない言動が部下の士気を落としている1問題の捉え方:標的行動の定義2随伴性ダイアグラムの書き方3嫌子消失の強化4四つの基本随伴性5嫌子による行動の制御の危険6それでも人は嫌子を使う

ポジティブな反応がポジティブな集団を作るこれは、日本の中堅電機メーカーである大日本エレクトロン(架空の会社)の旧モバイル事業部と、それを買収した北欧の携帯電話メーカー、ノルウェー・モバイル社(同じく架空)の物語である。

大日本エレクトロンは、テレビやオーディオ、掃除機や洗濯機といった、家電を中心とする電気製品を開発・製造するメーカーだ。

戦後まもなく創業され、今では従業員が一〇〇〇人を超えている。

ただ、ブランド力に欠けるため、製品の多くは大手の総合電機メーカーに対するOEM供給であり、また完成品ばかりでなく、他社製品用の部品の開発・製造も行っている。

時代の流れの中、携帯電話にも進出したものの過当競争のせいで、なかなか業績が伸びない。

悩んだ末、経営陣は、携帯電話を担当するモバイル事業部(総勢八二人)を、北欧のノルウェー・モバイル社に売却(営業譲渡)することにした。

ノルウェー・モバイルは、世界最大の携帯電話メーカーだ。

しかし、日本では競合他社が多すぎて、シェア拡大に苦しんでいた。

日本は特殊な市場で、海外とは売れ筋の商品が異なる。

世界の大部分では、安くてシンプルな携帯電話が最も売れているが、日本では、高機能・高付加価値の携帯電話がボリュームゾーン(売れ筋)を形成する。

ノルウェー・モバイルでは、この手のハイエンド製品も、もちろん手がけている。

しかし、日本市場に浸透するためには、日本に根ざした開発体制を整えることも考えなければならない。

また、高性能の小型部品を製造する能力も高めなければならない。

そこで同社は、ちょうど事業の再構築を始めた大日本エレクトロンからモバイル事業部を買収し、日本法人であるノルウェー・モバイル・ジャパンにこれを統合した。

ノルウェー・モバイル・ジャパンは、もともと海外から端末を輸入し、国内のキャリア(通信業者)に販売する機能しか持っていなかった。

そのため、組織はマーケティングとソーシング(輸入・物流)の二部門しかなく、人数も二〇人弱という小所帯だった。

そこに、いきなり八二人が合流する。

一気に五倍の大きさとなってしまう日本法人を混乱なく経営するため、ノルウェー・モバイル本社は二つの工夫を施すことにした。

まず一つは、合併後のノルウェー・モバイル・ジャパンの組織形態である。

買収した元大日本エレクトロン社モバイル事業部の組織をばらばらに再編成したりはせず、元の事業部長を「事業ディレクター」として経営陣の一角に据え、その下に旧事業部の組織をそのまま置くことにした(図1-1)。

もう一つの工夫は、HRビジネスパートナーの配属である。

HRビジネスパートナー(ビジネスパートナーと称することもある)とは、トップマネジメントを補佐し、現場の組織が円滑にいきいきと「とるべき行動」をとるように仕向ける役割である。

命令するのではなく、人々が自発的に望ましい行動をとるようにする。

この難しいミッションを遂行するためには、ビジネスに関する知識に加え、行動分析学の応用技術が必要とされる。

日本ではまだ確保が難しいこの役割に、ノルウェー・モバイル本社は米国から日系のベテランを送り込んだ。

今日は、合併後初めての全社ミーティングだ。

一〇〇人以上を収容できる貸会議室に、つい先月まで大日本エレクトロンの社員だった人々と、元からノルウェー・モバイル

にいた社員たちが、緊張した面持ちで集う。

皆、自由に話してよいのかもわからず、広い会場にヒソヒソ声だけが聞こえる不思議な雰囲気の中、ウィンスタンレー社長のスピーチでミーティングは始まった。

「ミナサン、オハヨゴザイマス」大柄なノルウェー人の社長は、ニコニコしながら日本語でそう切り出すと、あとは英語で話を続けた。

秘書が日本語で要約してくれたところによると、「大日本エレクトロンから優秀な皆さんを迎えることができ、とても嬉しい。

皆さんは、これから何が起こるのだろうと不安に思っているかもしれないが、心配はいらない。

組織も元の形を維持するし、リストラもしない。

安心してよい仕事を続けてほしい。

これからは同じノルウェー・モバイルの仲間として、皆で頑張っていきましょう」というものだった。

スピーチが終わると、社長は次の約束のために、そそくさと会場を出ていった。

そして、その後にビジネスパートナーと名乗る四〇歳前後の男が皆の前に立った。

「おはようございます。

ビジネスパートナーのサカモト竜馬です」坂本竜馬?ふざけた名前だな。

と、元事業部長、今は事業ディレクターという肩書きに変わった田宮幸一は、心の中でつぶやいた。

「祖父が日本の幕末の志士が大好きで、こういう名前がつきました。

ちなみに私は日系三世で、苗字はカタカナで書いています」サカモトは続ける。

「私の仕事は、正式にはHRビジネスパートナーといいます。

ノルウェー・モバイル本社では人事の一機能とされています」人事という言葉を聞いて、人事課長の水木次郎が、片方の眉をぴくりと動かす。

「要は、皆さんがいきいきと働き、よい仕事ができるよう、お手伝いするのが役目です。

人事の専門用語では、エンゲージメントといいます。

エンゲージメントは、組織を活性化するすべての要素を含みます。

ですので、ビジネスパートナーの役割は、社内のさまざまなところに顔を出させていただいて、楽しく強い職場を作るためのヘルプをさせていただくことです。

まあ、初めて聞く方にはわかりにくいかもしれない職務なので、とりあえずは人と組織の運営相談をする人、くらいに考えてください」サカモトは続ける。

「きょうのミーティングでは、まず、皆さんに、これから会社はどうなると思うか、ということをお聞きしたいと思います。

いろいろなお考えがあるのではと思いますが、いかがですか?」サカモトは自ら手を挙げて全体を見渡し発言を待つが、皆無言。

(会社がどうなるか、なんて……。

この連中に、考えなどあるものか)事業ディレクターの田宮は、心の中でつぶやいた。

「あなたは、どう思います?」サカモトが、近くで目の合った男性に尋ねる。

彼は首をかしげ、しばらくの沈黙のあとに、「……それほど、今までとあまり変わらないんじゃないかと思います」と言った。

(それ見たことか)田宮は思う。

サカモトは、ちょっとニヤッとして、「なるほど。

それが今の正直な感覚なのかな」と言い、「他の方はどうです?」と、歩き回りながら何人かに尋ねてみる。

「今まで通り、きちんと働くことだけ考えてます」「うーん。

よくわかりません」サカモトはそうした発言にもすべてうなずき、「なるほど」と相槌を打ち、「ありがとうございました」と礼を言う。

辛抱強くそれを続けるうちに、はじめより場の雰囲気は和らぎ、皆比較的気楽に自分の意見を言うようにはなってきた。

だが、発言の内容は、まだ今ひとつ頼りない。

熱血漢で鳴らした大日本エレクトロン出身の製造部長、岩崎啓太は、思わず手を挙げて言った。

「今まで通りちゅうんじゃ、つまらないんじゃないか。

これを機に、いっちょう頑張って結果を出して巻き返してみたいと、私は思うんじゃが」すると、それを聞いたサカモトの顔が、パッと輝く。

まるで、ひまわりが咲いたような笑顔で、「そう!そうですよね!」と大声で叫ぶ。

そして、「皆さんは、どう思われますか?」と聞く。

少しの沈黙のあとで、おずおずと手を挙げた開発部の社員が言う。

「携帯メーカーとしては世界最大のノルウェー・モバイルと一緒になったのなら、開発力も上がると思います」「うーん、確かに!さすがによいところに着目されますね」とサカモト。

すると、クールな顔を心持ち喜びに崩したその社員は、「開発というのは個人の創造力任せと思われるかもしれませんが、実は共同作業なので、社内のネットワークというのは重要なんです」と続ける。

さらに営業部の社員が手を挙げた。

「営業も、そうですよ。

やっぱりノルウェー・モバイルのブランド力は強いですから、今までより売りやすくなるのではないでしょうか」「おお、そうですね!きっと、そうなりますよね!」とサカモト。

すると今度は、ノルウェー・モバイルに元からいるマーケティング部の社員からは、「いやあ、ノルウェー・モバイルは、ブランド的には有名でも、今まで製品が日本では充実していませんでしたからねえ。

でもこれからは、ブランド・イメージに違わない製品ラインアップが望めますから、助かりますよ」という声が。

サカモトは、「あはは」とおもしろそうに笑う。

その後も、いろいろな社員からポジティブな意見が相次ぐ。

若手の社員から、「業績がよくなったら、ノルウェーにご招待なんてこともあるんでしょうか?」などという質問も出て、座がどっと笑いに沸く。

(なんだ、これは?)田宮は、内心驚いた。

今までうちの社員は、こんなに積極的に発言したこともなければ、こんなに前向きだったこともない。

一体、ここで何が起きているのだろう?ミーティングは弾んだ雰囲気の中で続き、そのまま終わるかのように思われた。

だが、製造部・生産1Gの小田切が、水をさすような発言をした。

「そんなにうまくいくかなあ?」ウキウキした感じの座が、さっと静まる。

サカモトも笑顔を消し、「どういうことですか?」と聞く。

すると、小田切は、まずいことを言ったかな、という顔をして、「いや、別に……」と口ごもった。

サカモトが、「どうでしょう、皆さん?」と全員に尋ねると、誰も何も答えない。

やがて、沈黙に耐えかねたように、ある壮年の社員が言った。

「まあ、もちろん、順風満帆とはいかないのだろうけど、それでも、少なくともわれわれの前途には希望が見える、と言っていいんじゃないかな?」サカモトに笑顔が戻る。

「きっとその通りなのだと、私も思います。

皆さん、これから、一緒に頑張っていきましょう!」そして、ミーティングは終わった。

皆がぞろぞろと職場に戻る中、田宮はサカモトをつかまえて、話しかけた。

「何か、狐につままれたような気がしたよ。

私の部下が、こんなに公の場で発言するなんて。

しかも前向きな意見を言うとは。

いつも、『もっと前向きに考えろ』『積極的に自分の意見を言え』と命じても、彼らからは何を考えているのかわからない無反応しか返ってこなかったのに。

何か特別なことでもしたのかい?私は気がつかなかったけど」すると、サカモトはニコッと笑って、こう答えた。

「さすが事業ディレクター、大切なところに気がつかれましたね。

確かに私は魔法のように奇抜な技を使ったわけではありません。

でも、実は皆さんへの応対には細心の注意を払っていたんです。

きょうは合併後、初めてのミーティングでしたでしょう?ですから、皆さん今後に漠然とした不安を抱いていらっしゃるのではないかと思いまして。

そこで、まずはポジティブな発言を強化したのです」「強化?」「ええ。

そして、ネガティブな発言に対しては、好子消失による弱化ということを行ったのです」「え?」「これは失礼しました。

要は行動分析学と呼ばれる心理学のセオリーを使ったのです。

皆さんに前向きになってほしいと願うディレクターのお気持ちはすばらしいです。

でも、『前向きになれ』と命令して前向きになるほど、人間は簡単ではないでしょう?それに、そもそも〝前向きな意識〟というものは何なのか、実は正体が判然としない。

そうじゃありませんか?行動分析学は、ともかく人の行動を変化させます。

そこから、いわゆる意識というものも変えていくのです。

ポジティブな言動が、ポジティブな意識を作る。

これが行動分析学の考え方なのです」「ふーん。

何か、わかるような、わからないような……」「あはは。

そうですよね。

それでは、まずは好子というものと、強化・弱化についてご説明します。

ディレクターのお部屋に、これから一緒に行っていいですか?」

「もちろん」解説1.あの会議で何が起こったのかさて、サカモトが使ったのは、サカモト自身が言うように、魔法の技でも何でもない。

使ったのは奇抜な魔法ではなく、行動分析学に基づいた行動改善のテクニックである。

それでは、サカモトが使った技を明らかにするために、この全社ミーティングで何が起こったのか、もう一度見てみよう。

田宮事業ディレクターが狐につままれたのは、自分の部下たちが、これまでの会議では、いくら「もっと前向きに」とか「積極的に」と言っても、何の反応もしなかったのに対し、サカモトが進行した全社ミーティングでは、公の場で発言したどころか、その発言もきわめて前向きの発言であったという点である。

行動分析学をマスターすれば、この場面から次の二点にたちどころに気づくことになる。

①田宮ディレクターは個人攻撃の罠にはまっている序章で述べたように、行動分析学では、心や性格といった人間の内面で行動を説明しない。

しかし、多くの人々の例にもれず、田宮もまた、部下たちが会議で発言しないのは、「前向きな意識」が欠如している、「積極性」がないからだというように、部下の行動の問題を、意識や性格といった、医学モデルで考えている。

その結果、「この連中に考えなどあるものか」「それ見たことか」と、問題の解決を投げ出している。

②ヒトは指示だけでは動かないもう一つ大切なことは、人間は指示だけでは動かないということだ。

「……しろ!」と指示するだけで、相手がそれをしてくれるのなら、上司も親も教師もどれほど楽なことか。

自分が望むことを、相手がしてくれないとき、なぜできないかの分析、そしてどうすればさせられるかの対応策には三つのレベルがある。

第一のレベルは、やり方を知らなかったり、やる意義がわからなかったりする場合、つまりやるべきことに対する知識が欠けているレベルである。

その場合には、もちろん知識を与える必要があり、指示は有効だ(ただし、効果的に指示を与えるための要件はもちろんあり、それはあとの章で説明する)。

第二のレベルは、頭ではわかってはいるが、技能が伴わないというレベルで、このときに必要となるのは練習である。

第三のレベルは、頭ではわかっているし、できるのにやらない、というレベルである。

2.行動の原理に基づいたテクニック田宮の部下たちがこの場面で求められていた行動は、発言、とりわけ前向きの発言である。

第一レベルの知識に関しては、声の出し方を知らなかったり、会議において発言することの重要性を知らなかったということはないだろう。

第二レベルの技能に関しても、サカモトのミーティングでは果敢に発言したのだから、発言技能がないということもありえない。

そうなると、部下の問題は、第三レベルにある。

魔法の技の正体:好子出現の強化行動分析学では、ヒトの行動の原因は心や性格にあるのではなく、行動の結果、さらにいえば、行動の直前から直後への状況の変化にあると考える。

行動する前に出した指示よりも、行動したあと、聞き手に何を返すかが重要なのである。

社員の発言の直後にサカモトが返したリアクションは次のようなことだった。

・「それほど変わらないと思う」という発言に対して、ニヤッとして、「なるほど」と応じた。

・歩きながら、次々と指名し、すべての発言に対して、うなずきながら、「なるほど」「ありがとうございました」と応じた。

・熱血漢の岩崎製造部長の「これを機に巻き返してみたい」という前向きの発言に対し、即座にひまわりが咲いたような満面の笑みを返し「そう!そうですよね!」と大声で叫んだ。

・開発部の社員の「ノルウェー・モバイルと一緒になれば、開発力も上がる」という前向きの発言に、「確かに!」「着眼点がすばらしい!」と応じた。

・営業部の社員の、「ノルウェー・モバイルのブランド力に期待できる」という前向きの発言に対して、「おお、そうですね!きっと、そうなりますよね!」と応じた。

・ノルウェー・モバイル出身のマーケティング部社員の、「大日本エレクトロンを吸収することで、製品ラインアップの充実が期待できて助かる」という前向きの発言に対して、「あはは」とおもしろそうに笑った。

ここで注目すべきは、発言の内容ではなく、それぞれの発言に対するサカモトのリアクションだ。

はじめは、ニヤッと笑ったり、「なるほど」と相槌を打つだけだったのが、だんだん、「そうですよね!」「確かに!」「すばらしい!」「あはは」と大笑い……となっていく。

なるほど、指名しながら発言を引き出していくうちに、だんだん前向きの発言が増えていって、サカモトは気分がよくなっていったのだな、などとのんきに考えてはいけない。

サカモトは、だんだん気分がよくなり、しまいには大笑いをしたのではなく、計画的にこれを行っているのだ。

サカモトと社員たちのやりとりをわかりやすく示すと図1-2のようになる。

社員たちが発言するたびに、サカモトは必ず何らかのリアクションを返す。

たとえ、「何も変わらないんじゃないですか」というシニカルな発言に対しても、「なるほど」と応じる。

そして前向きの発言が出れば、満面の笑顔で応酬した。

発言の直前は、無表情(もちろん真剣な真顔)だ。

しかし、発言した途端に、必ずポジティブなリアクションを返す。

この発言直前の無表情から、発言直後の明るい笑顔とポジティブな応答への変化──これがミーティングをがらりと変えた。

ただそれだけである。

しかし、これこそが、田宮ディレクターが「魔法の技」と見まごうた、人間の行動を昂揚させる、最も重要かつ基本的な行動改善の技法である。

行動は、行動直後の状況の変化によって変わる。

これが行動の根本原理であり、専門用語では、行動随伴性(behavioralcontingency)と呼ぶ。

行動を医学モデルではなく、随伴性によって見る、これが行動分析学の行動観だ。

行動随伴性行動と行動直後の状況の変化との関係で、行動の原因を解明し、行動を改善するための枠組み発言にすかさず応答すると発言の回数が増える。

日常会話だってそうだ。

ろくに相槌も打たない相手に話はできない。

相手が、目を輝かせたり、身を乗り出したり、タイミングよくうなずいたりするから、話は弾む。

コンピュータを使った実験では、相手からのリアクションを〇・三秒遅らせただけで違和感を覚え、話し方がぎこちなくなるという結果があるほどだ。

試しに、電話の相手がしゃべっている時に、絶対相槌を打たず、黙ってみるとよい。

必ず相手は、「聞こえてる?」と聞き返してくる。

だから、発言を引き出すには、発言にすかさず反応を返してやることだ。

行動直後の随伴性によって行動の回数や強度が増えることを専門用語で、強化という。

今後、繰り返し使う重要な概念だ。

また、サカモトは、計画的に、発言の直後にポジティブなリアクションを返して前向きの発言を増やしている。

このように、直後にリアクションを返して行動を増加させる操作のことも強化という。

強化行動の回数や強度が増えること。

または、増やす操作この強化の随伴性によって、社員の行動は驚くべき変化を遂げたわけだ。

ところでこのときの直前直後の変化も重要だ。

たとえば、ここでは、「笑顔がない」から直後の「笑顔がある」、「うなずいていない」から「うなずく」などと変化している。

こうした直前の「ない」から直後の「ある」への変化を「出現の変化」という。

発言する前になかった笑顔やうなずきが、発言によって出現したわけだ。

そして、この出現の変化によって、実際に出てきたものは、笑顔、うなずき、「そうですね!」のリアクション、「あはは」の大笑いなどである。

この、「うなずき」「そうですね!」や「ひまわりのような笑顔」といった、行動の直後に出現して、行動を強化する刺激やできごとを、専門用語で好子という。

「好子」は「よしこ」ではなく、「こうし」と読む。

好子行動の直後に出現すると行動を増やす刺激やできごと全社ミーティングでの社員たちの発言は、サカモトが与える「そうですよね!」という承認や賞賛などの好子が出現することで強化された。

これが、田宮が驚嘆した魔法の技の正体である。

これが、本書で解説する行動の原理の一番目だ。

好子出現の強化行動の直後に好子が出現すると行動は増加する「大のオトナの行動がこんな簡単なことで変わるなどありえない、これは単なるお話だ!」と思うかもしれない。

しかし、変わるのである。

直後の好子の出現で発言が変化することを、最初に実験的に証明したのは、今から半世紀以上前の一九五五年に発表されたグリーンスプーン(Greenspoon,J)の研究である。

グリーンスプーンは、七五名の学生を被験者にして、思いついた単語を順番に言わせた。

そして、複数名詞を言ったときだけ、さりげなく、うなずいたり、「うんうん」などの肯定的なリアクションを行った。

すなわち、複数名詞を言う行動を、肯定的なリアクションという好子出現で強化したところ、その回数が有意に増加したのである。

しかも、重要なことは、このとき被験者は、自分が複数名詞を多用するようになったことに気づかなかったという点だ。

これは、その後、言語条件づけ(verbalconditioning)と名づけられた一連の研究の端緒となった記念碑的な研究である。

話者の言語行動が、聞き手のうなずきや同意などの影響を受けて大きく変容するにもかかわらず、多くの場合、話者の行動の変化は本人の自覚なしに生じる。

その後、一層自分の行動変化に気づきにくいように実験手法が改良され、さまざまな発語が好子出現で強化できることが明らかになった。

私たち人間は、自分のことはよくわかっていると思い込みがちだが、必ずしもそうではないのである。

好子がなくなると行動はどうなるのか:好子消失の弱化ところで、製造部・生産1Gの小田切の発言を覚えているだろうか?サカモトが行った好子出現の強化によって、次々と前向きの発言が生まれ、座がウキウキした感じになったときに飛び出した「そんなにうまくいくかなあ」という発言である。

これにサカモトはどう対処したか。

図1-3を見ながら随伴性で考えてみよう。

小田切から消極的な発言が飛び出したとたん、サカモトは、それまでの笑顔をさっと消した。

消極的な発言の直後に、「笑顔あり」から「笑顔なし」に状況が変化する。

つまり、消極的な発言に対しては、直前にあった好子(ここでは笑顔)を消失させたのである。

その結果、小田切の消極的な発言は抑制された。

直前から直後の状況の変化によって、行動が抑制されることを、専門用語で弱化という。

弱化行動の回数や強度が減ること。

または、減らす操作人間の行動は、直後に好子が消失すると弱化する。

これが行動の原理の二番目だ。

好子消失の弱化行動の直後に好子が消失すると行動は減少するサカモトは、このように好子を自在に操ることで、社員の前向きの発言を引き出し、消極的な発言を抑制し、ミーティングの雰囲気を一変させたのである。

*サカモトは大勢の社員のそれぞれの行動を好子出現で強化している。

しかし、好子出現の強化は、特定の一人の人間に連続的に適用した結果、行動が増加することが基本である。

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