統率力とは、概略、以下の一連の流れから成り立っている。まず、ものを思考して、次に百計を立て、さらにそれを期行する。
一口に思考するというが、「思う」と「考える」とは全く違う。「思う」とは、「感じる」ほうに近い。感じるのは、ほとんど心で感じる。頭では感じない。「考える」とは、確実に頭で考える。「思う」と「考える」は違う。とにかく、心と頭を駆使して「思考」する。
次に、百計を立てる。計画をめぐらすという方がより正しい。環境の変化があったり、敵がいたり、事業経営は一筋縄ではいかないので、ここでは敢えて「百計」とした。権謀術数の限りを尽くして事業発展の計画を立てる。そして、それを蒻行する。
こういうことから事業経営は成り立っているのだが、統率力も、大きな意味で、「思考」「百計」「朗行」の二つから成り立っている。この二つは、順番を変えても、 一つを抜かしてもいけない。
もう少し具体的に言えば、まず、思考の中で経営者として最も大切なことは、直感力、ひらめきである。勘や先見性も、すべて直感力にほかならない。
思考を下に降ろし、広く伝達していくためには、発表力を身につけておく必要がある。
私の友人で、しかも、父親のように仲が良かった滝口長太郎さんという方がいた。小学校しか出ていない。そして、どもりだった。社長でありながら、社員の結婚式にさえほとんど出席しない。「挨拶をしろ、と言われるから出ない」ということで、長年、通してきた。
あるとき、滝口さんは、話し方の先生と出会い、「人間味豊かなものをたくさん心の中に持っているのに、その発表ができないというのは、寂しいことだし、何とも惜しい」と言われた。それで、話し方教室で一年がかりで一生懸命に勉強して、どもりが治った。すると、結婚式に出たくて出たくてしょうがなくなった。果ては、全国の倫理法人会の会長になり、 一生懸命に活動をやっていた。
私は、この人が好きだった。まるで親子のように仲良くなって、 一緒に講演もやった。滝口さんが、私の話を最後に聴いてくれたのは栃木県の宇都宮市だった。それから、わずか一か月後に滝口さんは亡くなった。実の父親を戦争で失っていた私は、とても悲しかった。
滝口さんは、「打つ手は無限」というのが晩年の座右の銘で、その通りの言葉を自分の墓にも書いている。今の時代に最も相応しく、なおかつ、素晴らしい詩なので、ここで紹介しておきたい。
「打つ手は無限」
すばらしい名画よりも、とてもすてきな宝石よりももっともっと大切なものを私は持っている
どんな時でも、どんな苦しい場合でも愚痴を言わない
参ったと泣き言を言わない
何か方法はないだろうか、何か方法はあるはずだ
周囲を見回してみよう
いろんな角度から眺めてみよう
人の知恵も借りてみよう
必ず何とかなるものである
なぜなら打つ手は常に無限であるからだ
本題に戻るが、滝口さんは、それほどまでに発表力が豊かになった。どんなに頭がよくても、自分の思っていることを発表できないのでは、能力が半分になってしまう。説得力や発表力は、人を統率する時に非常に大切だ。
次に、百計の計画力では、「感じる」ことを「考える」ことに切りかえて、それを具体的に計画の中に流し込んでいくことが重要である。つまり、成功のシナリオをきちんと書けないといけない。
伊藤景パック産業という会社があり、お菓子や弁当のパッケージ類を売っている。パン店とか、お菓子店とか、ファーストフード店が主要なお得意先である。
ある時、そこの常務が、お得意様のお菓子店を訪問したところ、
「あなたね、パッケージを売りに来るんだったら、いつも常務様がわざわざ来る必要ないよ。面接して、お茶を飲んで、無駄な時間を費して、忙しくてしょうがない。パッケージのことだったら、ファックスとかカタログだけを送ってくれれば十分だ。あんたは、たくさんの店を回ってるんだろう。あんたが来るからには、どこの店がなぜ繁盛しているか、どういう商品を売って、どういう値段で、何時から何時まで売って、どういうお客さんが来ているか、それを教えてくれない限り、来る必要ないよ」と言われた。
それでこの常務は、雷に打たれたようにショックを受け、考えに考えて、自分の会社の中に「繁盛店サポート部」をつくった。繁盛店サポート部は、正社員がたった四人で、そのほかに社外のスタッフでコピーライターとか、デザイナーとか、プランナーとかを置いて、活動を展開することになった。
繁盛店サポート部の主な仕事は、どういうことか……。お菓子屋さんを訪問しても、どこでも似たような商品ばかりを売っている。形も、味までも似ている。それは、実にひどいものだ。
私は、過日、岐阜県の長良川に行ったが、そこで、竹かごに入ったアユの形をしたお菓子をお土産にもらった。それからしばらくして、今度は、伊豆のほうへ行った。その時に、行きつけの店があって、ぶらっと立ち寄ると、その店の社長がお土産に菓子をくれた。家に帰って開けてみると、長良川のお菓子と寸分変わらない。「互いにこんなに離れていても、同じものをつくっているのか」と、ほとほと果れ果ててしまった。お菓子屋さんはかくのごとく、どこも同じだ。売れると思うと、機械も全く同じものを買ってきて、全く同じ菓子をつくってしまう。これでは、長く、百年も、三百年も続くような会社は築けない。
そこで、繁盛店サポート部の登場となる。
部員が、お菓子屋さんの社長と面接をして、「どういうお菓子をつくりたいのですか?」と聞く。菓子職人にも同じことを聞くと、彼らは夢をいっぱい話してくれる。ただし、現実にはそういうものを少しもつくっていない。「じゃあ、私たちがサポートしますから、 一緒につくりましょう」と言って、五十回でも百回でも、心いくまで作り直す。 一年かかり、二年かかりして、特色のある味の菓子を作り上げる。他社が菓子を分析しても、「この味は、どうやって出したんだろう」と、首を傾げるくらいに分からない味をこさえてしまう。
そして、お菓子を五個なら五個、十個なら十個、パックに入れて試供品を作り、それを自店の半径五百メーターのところに、家が何百軒あろうとも、全社を挙げて配ろうと提案する。
「このお菓子は、おいしくて、こういう特色があります。私たちが命を賭けてつくったものです」という売り文旬も授ける。
さらに、試供品と併せて商品券、つまり三割引券(三割引券ではだめである。三割引はどこでも、何の商品でもやっているからだ)を持っていく。かなり多めにそれを持っていって、気前よくばらまく。商品券の有効期間が二か月であれば、私の経験から言えば、最低でも八割以上の人が商品券を使う。そして、その商品が、その地域で根づいていく。
こういうことが、「計画」とか「実行」とかいうことである。それができていない。いろいろな会社へ行くが、全然できていない。それは、全体的な思考の中に「味がみんな同じだが、どうしよう」という問題意識が不足していたり、戦略的に計画が立っていなかったり、計画を強力に実行する力がなかったりしていることが、主な原因である。
つまり、実務処理能力と統率力が、うまくかみ合っていない。こういう不都合が、非常に多い。統率力は、社長とか、社長のすぐ下にいる人たちの問題である。実務処理能力は、社長を含めた全員の問題だ。
クリエイティブなものを十分につくれる実力があるのに、みんなと同じようなものしかつくっていない。売り方でも、お菓子を漫然と店頭に置いて、「やっぱり、売れなかった」と、すぐにあきらめてしまう。
最初は、確かに、創作で特殊な味だから、なかなか売れないかもしれない。そうであるなら、なぜ全員で手分けをし、試供品を持って、家庭訪間をしないのか。
そして、いいお菓子でおいしいということをわかってもらうキャンペーンを、社命をかけてやることを、なぜ社長は全社員に説得しないのか。こういう統率力と実務処理能力が不足しているのではないかと思う。
「思考」「百計」「蒻行」を実務で行わなければ、知っていても何もならない。絵に画いた餅である。
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