7ヨ:
これは人から聞いた話だが、幕末の蘭学者、高
れている。
野長英に関してひとつのエピソードが残さ
高野長英は大変な執念の人であった。勉強も人一倍した。何事につけ人に負けてはいられ
ない。医者としての腕前でも、長英はだれにも負けなかったそうだ。
長英は、医学を長崎のシーボルトの塾で学んでいた。伊東玄朴や大槻俊斎などと一緒であっ
た。彼がそこで学んだのは、医学だけではない。オランダ語を学び、ヨーロッパの事情を学
び、自然科学や兵学、さらには国家のことを学び、日本の将来をどうするかということも考
え、そのための勉強会もつくっていた。
その勉強会での話である。ある日この会で、こういう申し合わせをみんなでした。
「きょうの勉強会では日本語はいっさい使わないことにしよう。オランダ語だけを使う。
日本語を使った者からは罰金を取る」
しかし、そうは言っても、つい一言くらいは日本語を使ってしまうものだ。討論に熱中し
てくると、うっかり日本語が飛び出し、慌てて口を手で押さえても間に合わない。こうして、
とうとう高野長英をのぞいてみんなが罰金を取られてしまった。残ったのは長英ただ一人で
あ
つ
た
と
い
つ
そうなると、他の者はくやしいから、何とか長英に日本語をしゃべらせようと、意地になっ
ていろいろ仕掛けるのだが、長英はそれに乗らず、そのまま会は終わってしまった。
勉強会の部屋は三階にあった。散会となり、「では失礼……」とオランダ語で言って長英
が三階から降りかけようとしたときである。ちょうど後ろに立っていた伊東玄朴が長英の背
中をどんと突いてみた。そんなときはだれでも日本語を発してしまうものである。だが、長
英は、だだ、だだ、だっ、と階段を落ちていったかと思うと、次の瞬間、大声で、
「ゲバールレイキ!」
と叫んだそうだ。「あぶないっ!」という意味のオランダ語であった。
これは、高野長英がいかに執念の人であったかを物語るエピソードだが、わたしは、こう
いった執念こそが経営者には必要だと思うのである。
社長には大きな責任がある。社長としてやるべき事柄は、どんなことがあってもやり遂げ
なければならない。明日の朝までに答えを出さなければならなかったら、徹夜してでも答え
を出す。これは、経営者としては当然の行為であろう。経営の基本にこれがなければならな
い。言ってみれば、これは経営の定石のひとつなのである。
経営には定石というものがある。経営を簡単にするためには、経営の定石を守ることだ。
定石を無視した奇妙な手法で企業が伸びたためしはまずない。たとえあったとしても、それ
は一時の繁栄をもたらすだけだ。
こういった定石を一つひとつ積み上げていくことは、大変地味だが、経営を難しいものに
しない要諦だと思う。
コメント