終章最先端の企業事例とクレームを未然に防ぐ行動習慣
21「すごい情報共有法」とシルバー人材活用法
クレーマーをリピーターに変えた「カルビーお客様相談室」多くの企業がモンスタークレーマーの対応に苦慮しているなか、先進的な取り組みを始めた企業もあらわれています。その代表例が、大手菓子メーカーのカルビーでしょう。カルビーでは、クレーム電話の内容を誰でも聞けるシステムが構築されました。お客様相談室のスタッフだけでなく、営業部員や工場長などにもクレーマーの「肉声」が届くのです。また、全国7か所に「地域お客様相談室」が設置されました。従来は、お客様からのクレーム(ご指摘)を本社の窓口で受けた後、担当エリアの営業担当者が対応していましたが、主要7支店(北海道、東日本、東京、中部、近畿、中四国、九州)に専任の相談員を置いたのです。現在、お客様からカルビーに寄せられる問い合わせは、クレームを含めてすべて本社のお客様相談室で一括して受け、その後、各地の地域お客様相談室に引き継がれるようになっています。こうした体制を整えたうえで、本社から支店の地域お客様相談室への情報伝達は15分以内に行うという「15分ルール」や、地域お客様相談室の相談員がお客様を訪問するときは2時間以内に行う「2時間ルール」、さらに、お客様から回収した商品の品質チェックを行い、2週間以内にお客様に報告書を提出するという「14日ルール」が定められています。その結果、商品になんらかの不具合を感じたお客様の再購入率(「いままで通りに買う」「いままで以上に買う」という人の割合)は、以前の82%から95%以上に高まったそうです。トップダウンによって現場の意識改革を進め、実績につなげたカルビーには敬意を表しますが、私が最も注目したのは、地域お客様相談室を設置し、現場経験が豊富な営業マンなどを相談員として登用したことです。相談員の人数は2〜4名程度で、嘱託社員も含まれているようです(2017年12月末現在)。決して大所帯ではありませんが、クレームに対して迅速・柔軟に対応できるチームが編成されたことは、高く評価されるべきだと思います。定年退職者の再雇用でクレーム激減!すでに述べたように、クレーム対応においては、同僚との横のつながりやエスカレーション対応を支える縦のつながりが重要ですが、さらに、「古参社員」や「OB」とのつ
ながりが功を奏する場合があります。メーカーの事例「室長も頑張っているし、私もお手伝いしますが、いまのままでは大きなトラブルが発生したとき、スムーズに対応できるか心配なんですよ」顧問先であるメーカーでクレーム案件を1つ処理した後、営業部門の責任者やお客様相談室の室長と一献傾けながら、私は本音でこう話した。この会社は、ヒット商品にも恵まれて業績は好調だったが、商品の瑕疵を問いただすクレーマーに悩まされていた。お客様相談室には、ひっきりなしに問い合わせや苦情の電話がかかってきていた。「トラブルが起きたらサポートしますが、すぐにはかけつけることができない場合もあります。だから、今のうちに社内の体制を整えておいたほうがいい」私が進言すると、営業責任者も同意した。「そうですね。このままでは室長もつらいでしょう」同社は全国規模で営業展開しているが、お客様相談室は室長以下、数名のスタッフで切り盛りしていた。各人は忙しく立ち働き、とりわけ実直な室長は、クレーム対応の責任を一身に背負っていた。また、営業所の負担も大きかった。クレームが発生するたびに、営業所長をはじめとする社員がお客様を訪問してお詫びしたり、商品を回収したりしなければならない。クレーム対応のよし悪しで、営業所の成績も大きく左右される。そこで検討されたのが、お客様相談室の専任スタッフを増強することだった。室長が対応しきれない部分をフォローしたり、お客様相談室と営業現場の橋渡し役を務めたりするのである。「どんな人がいいんですか?若くて、これから育てる人がいいんですか?」営業責任者が候補者のイメージを尋ねるので、私はこう答えた。「いや、逆に室長より年配で、営業経験が豊富な人がいいでしょう。そのほうが打たれ強いし、声のトーンや見た目も貫禄があったほうがいい。肩書きは『相談役』でも何でも構わないでしょう。ただし、フットワークのいい人であることが大切です。実際に現場に行ける人でなければいけません。いま求められているのは、部門間の調整役ではありません。ここで人選を間違うと、身内のアラを探す嫌な管理者がひとり増えるだけになってしまいますよ。社員のモチベーションが高まるどころか、逆効果になりかねません」こんなやりとりを経て、白羽の矢が立ったのは定年退職した元営業マン。現役時代は、現場でモンスタークレーマーと何度も遭遇している。さっそく、本人に「嘱託として再雇用したい」と伝えると、快く承諾してくれた。そして数か月後……。前年、私が直接サポートした案件は何十件にものぼったが、
年が明けると、ピタリと依頼がこなくなったのだ。この古参社員がメンバーに加わったことで、お客様相談室の雰囲気はずいぶん変わったようです。クレーム対応の達人ではなくても、矢面に立ってサポートしてくれる先輩が身近にいることで、室長を含めたメンバーに心の余裕が生まれたのです。そのことが結果的に、冷静な対応につながったのでしょう。また、クレーム対応力における人材育成にも一役買っているはずです。このように、「先輩」とのつながりは、高齢化社会が進む今後の組織づくりにおいて、1つのポイントになると言えるでしょう。また、次のケースのように、クレーマーと担当者のジェネレーションギャップを埋める効果も期待できます。健康食品メーカーの事例ある健康食品メーカーのコールセンターでは、60代半ばで引退した男性社員が、75歳になって現場に復帰した。シルバーモンスターからのセクハラまがいのクレームに手を焼いていた若い女性オペレーターにとって、非常に頼りになる存在である。電話を代わってもらえば、しつこいクレームもたいてい解決した。商品に関するクレームだけでなく、寂しい心情を吐露するシルバーモンスターに対しても、同世代の人間として共感を示しながら親身に耳を傾けることで、クレームが収束するばかりか、感謝されることもあった。この職場は、頼りがいのあるOBが身近にいることで活気を取り戻している。驚くことに、引退後、長らく体調を崩していたその75歳の男性OBも、見る見る元気になっていった。今、人手不足が深刻化する一方で、シルバーモンスターが急増しています。しかし、この事例のように、同じ高齢者だからこそ対応できるクレームもあるのです。シルバー人材をクレーム対応のエキスパートに育てることが、有効なクレーム対策になる可能性は高いでしょう。頼りになる「助っ人」の探し方社外とのつながりという意味では、宅配業者グループが製品の回収を代行するサービスも一例として挙げることができるでしょう。通常、企業はリコールや自主回収に際しては、お客様を訪問して製品を回収しなければなりません。ところが最近、チラシなどによる告知から、お客様からの電話受付、代替品
の発送、製品の回収などまで、一連の回収作業を代行するサービスが注目されています。このサービスを利用するメリットはいろいろ考えられますが、1つ挙げれば、回収するのが「当事者」ではないため、玄関先でお客様からの誹謗を免れるということです。つまり、宅配業者という第三者にクッション役になってもらうことで、クレームの肥大化を回避するわけです。もちろん、回収を実施するまでの対応では誠意を尽くさなければなりませんが、クレーム担当者の負担が軽減されることはたしかです。また、外部からのサポートという点では、私のようなクレーム対応コンサルタントも、その一翼を担っていると自負しています。そこで最後に、警察OBのサポートについて述べておきましょう。企業は、リスクマネジメントやクレーム対応のために、警察OBを顧問にしたり、相談役にすえることがあります。また、病院では、多発する暴力事件に備えて「院内交番」を設ける場合もあります。さまざまな事情で、警察OBのサポートが検討されていますが、大切なのは「どのような人材が必要なのか?」をしっかり吟味して依頼することです。一般的に、60歳の定年まで勤め上げた警察OBが相談役として民間企業に再就職する場合、警察に顔がきくことから、暴力団絡みのトラブルや暴行、恐喝などの「事件」が起きたときには心強いでしょう。ただ、事件にならないもめごとの段階で、気安く相談できるかどうかは、その人の人柄や考え方によると思います。厳格な警察OBからは、「もっとしっかりしなさい!」と、お叱りを受けてしまう可能性もあります。一方、私のような経歴の警察OBは、クレームの相談を受けたからといって、県警本部や所轄の警察署で知り合いに声をかけるようなことはしませんが、その代わり、自分自身の経験を生かして現場の声にしっかりと耳を傾け、クレーム担当者が「迷路」に踏み込まないようにアドバイスすることを心がけています。じつは、担当者自身、安易な方法(金品の提供や特別待遇など)では、根本的な解決にならないことを知っているのです。一時的にパニックになってしまったり、対応のしかたに95%の自信はあっても、残り5%に不安が残っているようなときに、私の携帯電話が鳴ることは多いものです。どのようなときに、どんな人にいて欲しいのかを考えて、外部の助っ人に依頼するようにしましょう。
挨拶1つで回避できるクレームがある挨拶が「顧客満足」につながることは広く知られていますが、「危機管理」の観点からも重要であることは、あまり理解されていません。「声がけ」が防犯に役立つことは、警察官や警備関係者、保安員の間での常識です。万引きや窃盗犯などは、声をかけられることで「ヤバい、見られた!」と怖じ気づき、その場から立ち去るのが常です。同様に、「いらっしゃいませ」「こんにちは」などの一言が、イライラを抱えるモンスター予備軍の暴走を食い止めます。犯罪者は「見られる」ことを嫌いますが、お客様は「見られない」ことに腹を立てているかもしれないのです。私自身、ひとりの客としてイラッとした経験があります。地元の携帯電話ショップに足を運んだときのことです。平日の午前11時、店内にいる3人のスタッフは全員がカウンターに座って、パソコン画面を見ながらデータを打ち込んだり、なにやら手作業をしたりしています。私のほかに客はいませんでしたが、誰も私の存在に気づいていません。しかたがないので、私から声をかけました。「ちょっと、いいですか?」若い女性スタッフは、チラッと目を向けて、「はぁ」とひと言。私は「その言い方は失礼だろ!」とカチンときましたが、自分の娘のような年齢の女性にクレームをつけるのも大人げないので、「もういいです」と言い残して店を出ました。従業員の挨拶がなかったばかりに、ひとりの見込み客を逃しただけでなく、お客をモンスターに変身させかねなかったのです。お客様のイライラを鎮める「ひと言」挨拶や声がけが大切なのは、商業施設に限ったことではありません。たとえば、病院の待合室では長時間待たされた患者がイライラを募らせています。待合室に新聞や雑誌も備えつけられていますが、ペラペラとページをめくったあと、すぐに放り出します。じっくり記事を読めるほどの心の余裕がないのです。あなたにも、そんな経験はないでしょうか?こんなとき、看護師や受付の職員が「お待たせしてすみません。順番にご案内しておりますので、もうしばらくお待ちください」とひと声かけるだけで、患者の苛立ちは、たとえ少しでもやわらぐはずです。「あと3人の患者さんの診察が終わったら、すぐにお呼びしますね」などと、待ち時間を詳しく伝えられればベストでしょう。「多くの人を診ているのだから、いちいち待合室の患者にかまっていられませんよ」と弁
解する病院関係者もいますが、そこには「患者を診てやっている」という思い上がりが透けて見えると私は感じます。そもそも、挨拶は、視界を広げて、相手に「目配り」「気配り」することです。せっかく挨拶をしても、それが形式的なものであると相手に伝わってしまっては、意味がありません。たとえば、少数の従業員で切り盛りしているコンビニでは、レジで接客をするだけで手一杯の状態になっていることが、よくあります。「いらっしゃいませ。(ピッピッピ)1000円お預かりします。ありがとうございました」お客様への挨拶は接客マニュアルに沿った型通り。視線は常に手元のレジ袋に注がれています。これでは、クレームや犯罪に対する抑止効果は期待できません。本来、「いらっしゃいませ」の挨拶は、レジではなく来店したお客様に向けられるべきものです。店員はレジ回りだけでなく、出入口への目配りを怠ってはいけません。レジを打ちながらでも、横目でチラッと出入口を見て挨拶します。レジの前で長時間待たされるお客様からは苦情も出るでしょうが、別の客に挨拶したからといって、文句を言う人はいないでしょう。ヘソを向けて目を見て挨拶する「飴ちゃん食べへんか」「あんた、どこ行くの?」大阪のおばちゃんは、かばんの中に飴を常備し、初対面でも誰彼なしに声をかけたりします。じつは、彼女たちは声がけの天才であり、危機管理の達人です。私は、ヒョウ柄をまとったおばちゃんが、飴をシェアすることで相手との関係性を縮めている場面を何度も目にしています。安価で携帯性に優れた飴を、コミュニケーションツールとして上手に活用しているのです。一説では、「騒がしい子どもに飴を与えると静かになる」という理由で「飴ちゃん」が普及し始めたともいわれています。「クレーマー予備軍」に対して丁寧な挨拶を呼びかけるのは、道理にかなった危機管理なのです。挨拶では、相手と目を合わせることが大きなポイントです。ただ、目線の合わせ方は意外に難しいものです。相手の目をにらみつけるわけにはいかず、かといって目をそらすこともできません。そこで私は、相手の目元から両肩にかけて三角形を描き、3つの頂点に時間差をつけて焦点を合わせるようにしています。また、男性のネクタイの結び目のあたりを見つめると、自然な視線になるともいわれています。最低限押さえておきたいのは、相手にヘソを向けて話すことです。
そうすれば、少なくとも、相手と真剣に向き合っていることは示せます。
「臍下丹田呼吸法」をマスターしておく最後に、クレーム対応に役立つトレーニングを紹介するために、警察官時代のお話をします。クレーマーに立ち向かうために、ぜひ習得してください。警察学校卒業後は、否が応でも犯罪の最前線に立たざるをえません。たとえば、「覚醒剤の乱用者が刃物を持って暴れている」と無線で連絡が入れば、現場にかけつけなければならないのです。正直なところ怖いです。警察官にも恐怖心があります。ある日、先輩警察官が刃物を持って暴れている酔っ払いに立ち向かい、警棒で刃物を叩き落したつもりが、手元が狂って太ももを刺されました。この先輩は剣道五段です。こんな失敗をしたのは、一瞬、恐怖心から冷静さを失ったからです。そういうときに冷静であり続けるために「いざというときのために覚えておけ」と教官から教えられたのが「臍下丹田呼吸法」です。臍下丹田とは、東洋医学でいう「体内の氣が集まるところ」です。臍下丹田呼吸法は、ヘソの下と恥骨との間の丹田に力を込めて、ゆっくり息を吐き出す呼吸法です。やり方は簡単です。①6つ数える間に息を吐き切る②空になった肺に、ゆっくり3つ数えながら空気を入れる③満杯になったら、丹田に手を当てて、1秒待つ④「」一連の動作にかかるのは約10秒。これだけで、毅然と対応する準備ができます。パニックとは、いわば体内の氣が飛んでいる状態です。そこに氣を入れ直すことによって冷静さを取り戻すのです。私は今でも、手強いクレーマーを相手にするときには、毎回実践しています。クレーマーの自宅を訪問したり電話をかけるとき、臍下丹田に力を込めれば、「死んでしまえ!」「この役立たず!」といった人格を否定されるようなセリフを浴びたり、「なめんなよコラ」なとど絡まれたりしても、気持ちを強くもつことができます。臍下丹田呼吸法と同様に、「数息」という方法でも、呼吸を整え、雑念を取り払うことができます。これは、座禅を組んで、息を吐くときに1から10まで数をカウントすることで、呼吸に意識を集中し、精神を安定させる呼吸法です。吐き切れば、吸うことは意識しなくてもできます。要人警護のSPに学ぶ「足指ストレッチ」
クレーム対応で窮地に追い込まれそうなときは、ちょっとした動作で「心のスイッチ」を切り替えることもできます。要人警護のセキュリティポリス(SP)は、日頃から「心技体」を統制しています。一般の人が、SPの技術をそのままの形で取り入れることは無理ですが、そのエッセンスを吸収することはできます。その代表的なものが「氣」の働かせ方です。要人警護では、腕力よりも氣の働かせ方のほうが重要です。なぜなら、氣が動作にあらわれるからです。SPに剣道の高段者が多いのもうなずけます。剣道の高段者が間合いをとるときは、足の指をムカデのようにして、じりじりと間合いを詰めていきます。じつは、慌てないで的確な行動をとるには、足の指の動かし方が重要なポイントになります。身体を動かすには、まず足の指に力を入れて踏ん張る必要があるからです。身体全体のストレッチができない状況でも、足の指を1本ずつ確認しながら折ってストレッチしておけば、いざというときも機敏に動くことができます。私もクレーマーとの厳しい交渉が始まる前には、こっそり足の指を親指から1ずつ動かして確認するようにしています。左右で10本、ちょうど10秒程度です。これで、かなり精神的に落ち着くことができます。私は数年前から5本指靴下を愛用していますが、それはこの「足指ストレッチ」のためでもあります。加害者にならないための「やり過ごす技術」クレーム現場のストレスに押しつぶされないためには、完璧主義を捨てることも大切です。クレーム対応で失敗する人の多くは、「絶対に失敗はできない」「100点の対応をしなければならない」という真面目な人が多いのです。酔っ払いが警察官に絡むのは日常茶飯事ですが、それは警察官が一般市民に対して「手を出さない」ことを知っているからです。それと同様に、クレーマーは真面目でおとなしい人を狙う傾向があります。私にとって忘れられない出来事があります。コンサルタントとして、ようやく独り立ちした頃のことです。牛丼チェーンの痛ましい事例2004年、男性が東京墨田区の自宅マンションで背中や胸をナイフでメッタ刺しにされて死亡するという事件が起きた。被害者は、ふだんは寡黙な介護士(当時36歳)。一方、加害者は全国チェーンを展開する牛丼屋の店長(当時26歳)。2人とも善良な市民だったが、その背後にはクレーマーとその担当者という関係があった。
事件の発端は些細なことだった。ある日の昼食時、被害者男性は自宅近くにある牛丼屋に立ち寄り、持ち帰り弁当を注文したが、椅子に腰掛けて待っている間の接客態度に腹を立てた。「店内で食べる客にはコップで水を出すのに、オレにはなにも出さないのか!」店長が持ち帰り客への配慮に欠けていたことを詫びて、その場は収まったが、それからまもなく、男性客から電話が入った。「さっき、持ち帰りの弁当を買った者だが、弁当が傾いて中身がグチャグチャ。とても食べられない。どんなものを売ったのか、その目で確かめに来い!」店長は、大急ぎで被害者の自宅を訪ねた。「誠に申し訳ございません」と丁重にお詫びしたが、男性は許してくれない。ちょうど昼食時で、店が立て込む時間帯だった。店長に抜擢されたばかりで、2人のアルバイト店員を残してきた店の様子が心配でならない。「今日のところは、これでなんとか」と、店長はポケットから財布を取り出し、千円札を抜いた。罵声を浴びせていた男性は、なにくわぬ顔でそれを受け取った。しかし、一件落着とはいかなかった。男性のクレームは日増しに過激になり、嫌がらせとしか思えない電話が1日に10回以上かかってくることもあった。そしてついに、「お前の親の顔が見てみたい」のひと言で、店長がキレた。凶行に至ったのは、その直後である。店長の凶行は決して許されるものではありませんが、警察の捜査によって、被害者の男性は同様の手口であちこちから金品をせしめる常習クレーマーだったことが明らかになりました。この痛ましい事件は当時、世間を騒がせましたが、必ずしも特異なケースとは言い切れません。「相手を殺した夢を見た」と、クレーム担当者から私のもとにSOSが送られてくることもあります。SOSすら発することができず、孤独感に苛まれている人もいます。他人に頼ることは、本人のプライドが許さないのかもしれません。日々、クレーマーと向き合っていると、自分の気持ちと折り合いがつかなくなることがあるでしょう。時には「そこまで言うなら、白黒つけようじゃないか!」と反撃したくなるかもしれません。もちろん、それは危険です。かといって、じっと我慢しているだけでは「姑息な自分」に腹が立ってきます。では、どうすればいいのでしょうか?私の方法は「いきなり行動しない」ということです。まずは臍下丹田呼吸法で心を整え、その間に自分の怒りが過ぎ去るのを待つのです。これは私が警察官時代に身につけた方法ですが、今は、怒りを抑えるアンガーマネジメントの方法論について、専門家の本もたくさん出ています。自分なりの「やり過ごす技術」を身につけることが、結果的に自分を守ることになるでしょう。
ただ、それでも事態が好転するとは限りません。その場合、私は「自分がやっつけなくても、いつか誰かが〝倍返し〟してくれる」と考えるようにしています。神様が天罰を与えてくれると信じて、自分の心を落ちつかせるのです。すべてのお客様に満足してもらうために完璧な対応をしなければならない、と考える余裕のなさが、モンスタークレーマーの狙いどころでもあります。半歩退いたり、事態を見守ったりすることで、相手の攻撃をかわすことができるのです。
本電子書籍は2018年9月12日にダイヤモンド社より刊行された『クレーム対応「完全撃退」マニュアル』(第1刷)を、一部加筆、修正の上、電子書籍化したものです。
コメント