第5章HRテクノロジー入門以前
株式会社リクルート西村隆宏5-1HRテクノロジーとCOBITの成熟度モデル5-2HRテクノロジーを適切に使いこなすためのCOBITの成熟度モデル5-3HRテクノロジーを導入した事例と成熟度モデルの変化コラム④キャリア・オーナーシップ弁護士白石紘一
第5章HRテクノロジー入門以前
15秒サマリー文:北野唯我<何が書いてあるか?>この章では「HRテクノロジー」に関する、理論的背景と、テクニカルな部分がかなり細かいレベルで書かれています。
まず、認識しておくべきことは、HRテクノロジーの導入による効果は「人事の可処分時間を増やすこと」にあります。
HRテクノロジーは「人間ができない高度なことをHRテクノロジーができるようになった」のではなく、これまで人事や現場が「定性的にやってきたこと」が、定量的に同程度に実現できるようになるものです。
たとえば、リクルートグループの1社では新卒の配属を「領域の相性」と「メンターの相性」によって設計しました。
その結果、少なくとも「人事の定性的な情報により実現していた配属業務」を、同程度までに実現できた、といいます。
また、一概にHRテクノロジーといっても、段階があります。
この章では、これをCOBITというフレームワークによって「成熟度」を6つに分けています。
HRテクノロジーの導入を検討しているディレクターはこれらを参考にしながら、導入していくことを推奨します。
<どういう人にオススメか?>このパートはHRテクノロジーの技術者・導入を検討しているディレクター向けです。
主に以下の読者に特にオススメします。
・経営者→HRテクノロジーの導入を検討しているが、理論的背景を理解したい方・人事→社内ですでにHRテクノロジーの導入が決定され、これからプロジェクトが動く方
目的別!このページを見よ!5-1HRテクノロジーとCOBITの成熟度モデル→194ページ5-2HRテクノロジーを適切に使いこなすためのCOBITの成熟度モデル→198ページ5-3HRテクノロジーを導入した事例と成熟度モデルの変化→201ページ
HRテクノロジーは金融業務にテクノロジーを適用するFinTech、法律業務にテクノロジーを適用するLegalTechと同様に「xTech」と呼ばれる「領域名称」×「テクノロジー」のバズワードに過ぎない。
しかし人事組織はその業務特性上、ツールやテクノロジーの選定経験を持つ人は少ない傾向がある上に、「人」という曖昧なものを対象にした業務のため、他のxTechと比較し下記の問題を抱えているケースが多いと聞く。
1.できることへの誤解HRテクノロジーを全能的な手段と捉え、現在の人事組織が抱えている課題もしくはあるべき姿への到達手段の殆どをHRテクノロジーで解決できる、と額面通りに考えている組織。
2.導入するためのイメージ不足1.の如何を問わずHRテクノロジーの導入を検討する初期に何を行えばよいのかイメージがついていない組織。
このような問題を抱えている場合、HRテクノロジーを単なるバズワードとして捉えるのではなく、COBITと呼ばれる成熟度モデルを用いて自社の状態を捉え、成熟度のレベルごとに何を検討し、どのような打ち手を実施すべきかというステップで導入を進めることをおすすめしたい。
具体的な事例として、筆者が属している株式会社リクルートにおいて実施した、もしくは現在進行中の施策を利用しながら初期検討時と実施後振り返りの内容も含めてご説明したい。
また、最後にはHRテクノロジーを用いるために人事組織として何ができるのかという観点からも、当社の事例を紹介する。
本章が悩みを持つ人事組織の方々の、問題解決のヒントになれば幸いだ。
本章は人事の様々な分野をテクノロジーという側面から説明する章のため、適宜参考になる章への誘導を行う。
なおHRTech®は株式会社groovesの登録商標のため、本章では一貫して「HRテクノロジー」の単語を用いる。
5-1HRテクノロジーとCOBITの成熟度モデル本章ではHRテクノロジーを「人事の複雑性・煩雑性をテクノロジーによって対応する方法」と定義する。
HRテクノロジーと分類されるツールや解決方法を説明する前置きとして、人事が関わる人々の複雑性が上昇し、それに対応するため人事業務が複雑、煩雑になっており、この複雑さ、煩雑さを解消するためにテクノロジーの利用が避けられない状況へ変化していると考える。
社員数が数名のスタートアップの場合は、経営者の哲学に合った複数分野にまたがるスキルや経験を有する人を厳選して採用することが、人の複雑性へ対応する効果的方法であると考える。
複雑・煩雑になる人事業務と起きる課題一方で、従業員数が増えれば当然対応コストも増加する。
HRの人員を増やすことで短期的な解消を狙おうと思っていても、法対応や社内制度設計といった業務を担うHRは、ある種専門職であるため人員を急激に増加させることは難しい。
結果的にHR担当者の可処分時間のうち、定型業務が大半を占め企画・戦略立案といった思考を要する業務時間が慢性的に足りない状態が発生する。
これを人以外で解決するには仕組みで解決するしかないのだ。
そこでテクノロジーの活用が有効な打ち手の一つとして台頭してくる。
なぜ人事組織にHRテクノロジーが入り込めないのか?普段筆者が業務内外でHRの担当者と会話する時に最も多いやりとりが、「HRテクノロジーを使えばHRの業務が進化する予感がするが、どのような基準でソリューションの選定を行えばよいのかわからない」「AIはどのような基準で判断しているのかよくわからない。
こわい」「結局全て人で担保したほうがよい」といったものだ。
最後の、人で全て担保する事はいずれ運用が崩壊すると前述したが、「基準がわからない」「こわい」という主張は、①今まで人事がソリューション選定を行う業務を実施する経験が少ない、②人事は定性的な示唆出しが多く、定量的な示唆出しと分析ストーリー作成経験が少ない、③企業の社内システムがレガシーであるの3つが原因だと考える。
人事に所属する人はたいてい、新卒から一貫して人事業務を担当するか、配置転換によって一時的に人事業務を担当する事が多い。
人事業務は採用から育成、労務と様々な思考を要するが、施策実施結果を振り返り、次の施策へ活かすフィードバックサイクルに非常に時間がかかる。
そのため、人事担当者の考課期間内に彼らの取り組みをデジタルに評価する事は難しい。
例えば、新卒採用の成功を測るには入社して最低1年半はかかる事がリクルートのある営業部門では言われている。
内定を受諾し入社前に実施するコミュニケーションが約1年あるため、ある人材を新卒で内定を出してから、人事として投資効果を把握するのに2年半もかかることになる。
Webマーケティングやデータ解析施策は実施して2週間で施策の振り返りが行えるため、単位時間あたりの試行回数は人事と比べると圧倒的に多い。
この環境下において人事が施策の起案精度を上げる事は根本的に難しい。
日本の人事に文系大学出身者が多い傾向にある事も一つの原因になっていると思われる。
HRの業務は人が所属する組織にマネジメントの機能を注入し、組織が創出する価値が個人の創出する価値総和より大きくなる状態の実現のための種々の取り組みである。
VUCAの時代には、マネジメント手段は天下り的ではなく適応的な変化が必要で様々な取り組みを試し効果検証を行いながら改善する手法がとられる。
これは理系学生ならほぼ全員が経験する実験計画そのものである。
その理系大学出身者の割合が、人事は非常に低いのだ。
実験計画が未成熟の場合、しばしば誤った意思決定を出してしまう上にHRの意思決定は影響度が大きいため慎重にすべきだが、そのケーパビリティを有する人が少ない、ケーパビリティを身につける機会が得られない事態が常態化している。
一定規模の企業において、人事給与システムや入退館システム、経理系が非常にレガシーな製品を利用している事も足かせとなる。
これらのシステムは一度導入を決定した後すぐに変更するようなシステムではないため、10年間アップデートを殆ど行っていない企業も多くみられる。
SIer(補足:システムインテグレータ。
企業の課題を情報システムの企画や構築、運用によって解決するサービスを提供する企業)がオーダーメイドで構築したケースも多い。
その場合は、ユーザーに提供するWebサービスと異なり、他の製品との連携性は考慮されない。
そのためHRテクノロジーが流行する中、ピープルアナリティクスを実施する際のデータ調達が非常にコストのかかる業務となってしまう。
このような人事に関連する社内システム、人事業務の構造上の問題が、HRテクノロジー導入の阻害要因となり、他分野と比べてテクノロジーの導入が遅れてしまう要因となる。
5-2HRテクノロジーを適切に使いこなすためのCOBITの成熟度モデルCOBITとは?COBITとはインパクト創出とリスクレベル、リソースの最適化のバランスを維持し、ITを用いた価値創出を支援するためのフレームワークの一つであり、主に内部統制や企業内情シスで利用される。
COBITのプロセスアセスメントモデルはIT管理プロセスの定義と運用において6つのレベルを定義し、さらに細分化した数十のプロセスが存在する。
ここで言えるのは成熟度レベルのアップが一足飛びに実現できないことだ。
この観点こそがHRテクノロジーにおいて有用で、近年乱立している様々なHRテクノロジー関連のサービスやツールを導入する際の羅針盤となりうる。
新卒採用のエントリーシートの採点業務を例にすると、属人的に実施している場合、成熟度レベルは1、もしくは2と推測できる。
エントリーシートの自動採点を機械学習を用いて実施する場合、成熟度レベルは4と推測できる。
機械学習はデータの量は当然ながら、変数として利用できる特徴の数といったデータの多様性、一つ一つのデータの信頼性といったデータの質が大事である。
成熟度レベルが1もしくは2ではプロセスが確立しておらずデータの信頼性が低い場合が多い。
プロセスアセスメントモデルを利用すれば、エントリーシートの自動採点を行う機械学習モデルを構築する前に、まず採点業務のプロセス定義から始めればよいことが直感的に理解できる。
HRはシステム導入のプロフェッショナルではないので本来ならば社内事情に詳しい専門家に頼めばよい。
しかし、HRの置かれている状況が目まぐるしく変化している中で、社内事情とHR関連ソリューションの両面が詳しい担当者は非常に少ない。
HRの各種業務がどの成熟度レベルに位置するのか?導入を検討しているソリューションはどの成熟度レベルに位置するのか?をマッピングした上で検討するとよいだろう。
筆者が社内外で観測できる範囲では多くの人事組織は良くてレベル2であるためAIを導入できる以前の状態である。
しかし、注意してほしいのが、全ての業務においてレベル5を達成することが企業方針として正しいわけではないという点だ。
レベル5の状態へ移行するには当然コストもかかる。
金銭的なコスト以外にもレベル5の状態により社内失業する従業員も発生する可能性があり、そのケアも必要とされる。
仕組み上、正しくても企業には当然制約があるため、金銭的なコストや人員処遇検討コストを加味した上で自社に最適なレベルの置き所を見定めるのがよいだろう。
5-3HRテクノロジーを導入した事例と成熟度モデルの変化機械学習を用いた新卒配属の最適化新卒の配属業務は数十名以上を継続的に採用する企業にとっては毎年発生する大きな手間である。
特に内定者の意向を聞かずに会社都合だけで決定することも可能だが、昨今のエンゲージメント尊重の潮流の中、独善的に決定すると今後入社する社員のエンゲージメントを毀損した状態で入社させる事になる。
理想の配属とは内定者が最も希望するかつ活躍可能性が高い組織に配属し、内定者のポテンシャルを最大限まで引き出しバリューを創出できるメンターをアサインすることだが、育成観点上組織によって最大配属可能人数は異なるため現実的ではない。
配属業務でよくある流れは、まず内定者の希望を聞く事から始まるだろう。
内定者に対してどのような領域、拠点で業務を行いたいのか、自身のキャリアをどのように検討しているのかをヒアリングする。
配属組織についても同様に、どのような嗜好を持つ内定者を求めるのか、受け入れ可能最大人数は何人かをヒアリングする。
内定者から得た情報と配属組織から得た情報を元に最終的な配属先を人が考えながら決定する。
筆者は、株式会社リクルート住まいカンパニーの2018年新卒入社の社員を対象にテクノロジーを使った新卒配属のマッチングモデルを構築した。
この時の基準は配属先の領域候補(マンション仲介業者向け営業や注文住宅販売業者向け営業など)において、過去入社者から活躍社員の特徴を抽出し、内定者の段階で得られる情報と照らし合わせた上で活躍の可能性を機械学習を用いて計算する、いわば「事業領域との相性」と、領域内のマネージャーとの相性を計算する「上司との相性」の2つの数値を全内定者に対し計算する。
その後グループの配属上限人数や個人の希望を制約として加え、全体最適になるよう計算を回す。
得られた結果を元に最終的に人事が違和感を持たないかをチェックし、実際の配属発令を実施した。
配属を機械学習によって行った事の成果を正確に振り返るのは難しいが、少なくとも今回、配属先ミスマッチ起因によって1年以内に離職した従業員は0であった。
ここで重要なのは機械学習というHRテクノロジー(の手法)を使った事が本質ではなく、これまで基本的には人間(人事)の定性な判断によってのみ実現していた配属業務を、定量の世界に変換した上で計算によって、すくなくとも同等かそれ以上の性能を出したことが本質である。
配属における不確実性を踏まえても、一部の判断を人間から機械に移しても問題がないという一次結果が得られた。
さらに定量の世界に配属タスクを変換したことで、定量の世界で使われる統計モデリングや機械学習の知見を配属業務の世界に投入することが実現した。
これは、新卒配属業務が定量指標をとにかく改善するタスクへと変換された事を意味する。
これはCOBITでいうレベル3から4への進化が実現し、業務プロセス改善を定量指標を元に常に実施できる状態が実現したということである。
エンゲージメントサーベイエンゲージメントサーベイとは国内を中心としたリクルートグループ各社において半年に1回実施する、組織コンディションを測るためのサーベイである。
2011年当初、リクルートは全社的にソフトウェアエンジニアやWebサービスの企画業務のような、いわゆるIT系職種を総合職とは異なる形式で新卒を採用し始めた。
今までの企画系・営業系に加えIT系職種の正社員が増え、会社が正社員に求めるスキルも仕事内容も多様で複雑化するが、一人ひとりにマッチする配置や育成環境を検討する上で、組織の現状を正しく客観的に把握するための手法や体制が整っていなかった。
つまりCOBITの成熟度モデルでいう、レベル0の段階である。
そのため、HRテクノロジーを入れる前に、まずサーベイを取得する事に集中をした。
匿名での組織満足度調査はこれまでも実施されていたが、回答結果を個人と紐付ける形でサーベイを実施することで、給与情報や考課情報といったその他の人事データとの組み合わせ、様々な切り口での分析が可能になった。
この取り組みにより経営に対して現状の従業員(もしくは組織)のコンディションを可視化し、同業種の海外企業や類似業務を実施しているeNPSスコアの高い別組織と比較することで組織開発のプランニングに活かすことができた。
また、組織長に対し組織別の集計だけでなく職種・年次・雇用形態別で分析結果を共有し、多様なメンバーのマネジメントにおける最適解を模索する一つの方針を確立した。
リクルートグループ各社の人事は組織の分析を通じて経営や現場マネジメントに第三者からの視点で提案を行うだけでなく、サーベイ結果を個人にまで分解し変化を見にいくことで社員のキャリア開発支援やタレントマネジメントにも活用することができ、取り組み幅が広がった。
リクルートではエンゲージメントを測る指標にeNPSを採用することで社内外の企業や組織を超えた同じ属性間での比較・分析が可能になった。
NPSとはNetPromoterScoreの略で製品やブランドに対する信頼度合いを測る指標である。
eNPSはEmployeeNPSの略で、従業員の企業ないしは組織に対する信頼度合いを測る指標で、eNPSのスコアが高いと従業員の生産性が高い傾向にあるといわれている。
リクルートではeNPSスコアに加え「上司との関係」「同僚との関係」「仕事の中身」「今後の成長」「働き方」「事業戦略」「評価報酬」といった項目に関するサーベイを同時に取得し、影響度を計測している。
このサーベイを継続して実施し、引き継ぎや業務の型化を実施することでエンゲージメントにおいて成熟度がレベル1からレベル2へ進化した。
当初は人と組織の変化をリアルタイムで把握し、その時々で適切なアクションを検討・実行するというサイクルを頻度高く回せるようになることを想定し実施していた。
しかし、実態は職種や組織横断でのプロジェクトなど各属性別の業務環境の実態を知るのに必要な情報がすぐに集計・分析し得る形になっていなかった。
かつ、整備するための人事のケーパビリティや工数もなく、前後の工程に時間がかかり過ぎてしまっている。
そのため現在、後述するデータ基盤と連携しつつサーベイの業務自動化を実施している最中である。
これは成熟度モデルでいうレベル3への進化である。
eNPS自体は世界的に使われている指標であるため、社内外の組織においてeNPSスコアが高い企業をベンチマークし、良い結果につながる要因系項目の特徴は何かを見に行くことができる。
特にリクルートのように変革スピードが早く環境変化が激しい企業の場合には、同じ組織における経年変化をみているだけでは現状の組織で何が起こっているのかを特定しづらい。
だが、同じ形態の組織や同一業種・職種間でモデルケースを設定し、その中で何がエンゲージメントを上げるキーになっているかを分析することで、今の組織に必要なアクションが特定しやすくなる。
さらに何年か実施してデータが蓄積されることで、組織開発をすすめる組織においてどのような改革プランを実行し、その結果どのくらいの期間でどういった変化があったかということが定量的にわかるようになってきている。
本格活用はこれからだが、先行事例から学び予測をするということも出来るようになる。
つまりレベル4までエンゲージメントサーベイを進化させる事が現在のリクルートの人事組織のアジェンダの一つに位置づけられている。
例えば退職リスクの予測モデルと組み合わせると、退職可能性が高まってきている従業員を早期に発見することができ、彼ら・彼女らの悩みや問題の解消につながり、退職可能性を低下させる施策を実施することができる。
これは人事におけるLTVの向上における定性価値向上施策のリソース配分最適化と言い換える事ができる。
LTVとはLifeTimeValueの略で従業員のLTVは従業員の定量・定性両面の創出価値を在籍期間で積分した値となる。
定量価値の単純な例は営業の月間売上がわかりやすく、定性の創出価値はナレッジシェアやマネジメントのような定量では測れない価値といえばわかりやすいだろう。
一般的にナレッジシェアの活発化やマネジメントの改善は組織コンディションを改善する傾向がある。
弊社の一部組織では組織長とメンバーに週一回、仕事の充実度、馴染めているレベル、前向きレベルを点数とコメントを取得するサーベイを実施している。
複数拠点を統括する組織長が現場の組織状況を逐一キャッチするための良いツールとして利用することで、eNPSのスコアが未導入組織と比較して20%向上し、退職率も激減したという事例もでてきている。
成熟度モデルを向上させる推進剤としてのデータ基盤社内で構築すべき最も重要な機能が人事データ基盤と考える。
『データサイエンティスト養成読本ビジネス活用編』(著:高橋威知郎、矢部章一、奥村エルネスト純、樫田光、中山心太、伊藤徹郎、津田真樹、西田勘一郎、大成弘子、加藤エルテス聡志技術評論社)から引用すると、人事データは次の5つに分類される。
・人事データ・性別・年齢等の属性データ・業績・評価データ・アンケートデータ・健康診断データ・デジタルデータ・メール・カレンダーデータ・チャットデータ・施設関連データ・入退館記録・行動記録データ・センサー情報・ウェアラブルデバイスのログ上記の本の中では人事データは取得難易度が高いためまずはコミュニケーションログから分析を始める方がよい、と記載されているが本質的には従業員が生み出す情報を全て一元化する事が理想的と筆者は考える。
しかし、前述の通り人事に関連する社内システムはレガシーなものが多く様々なSIerの支援の中、おいそれと変更できないのが実情である。
人事業務は他の分野と比較し施策のフィードバックサイクルが極めて遅い事も前述したが、それはつまり人事業務で生成されるデータは他の分野と比較し単位時間あたりの生成量が少ない事を意味する。
この特性を逆手にとると、取りうる戦略は既存の人事関連システムの横にデータ抽出システムを構築し、データ抽出システムから人事システムに接続しデータを抽出、適切な整形を施したのち何らかのデータベースにデータを集約する、いわばサイドカーパターンを取る事が当社では現実的かつ効率的である。
この戦略をスピーディーに実現するには、人事内にソフトウェアエンジニアを配置しエンジニア主導で基盤を構築すると関係各所との調整が少ない。
なぜならば、人事データを分析する事は人事の専門知識が求められるが、前述のデータ連携に特化するとそこは不要になる。
また、非人事組織に人事データを渡す必要も無くなり、情報管理の面でもメリットが生まれる。
システムを構築するインフラの調達コストが劇的に低下した事もデータ基盤構築ハードルを低下させる大きな理由である。
AmazonWebServices(AWS)等のクラウドサービスが普及する以前、特に人事システムや経費システムといった社内システムを構築・運用していたころは、データセンターを借り、ハードウェア調達・OSインストール等を経てようやくアプリケーションを構築することができた。
AWS等のクラウドサービスによりインフラ調達コストが低下したことで開発者は本質的なアプリケーション開発に専念することができる。
クラウドの利用についてはセキュリティレベルの低下に繋がるリスクを提唱する人もいるが、クラウドベンダーが保守運用するハードウェアレベルはPSIDSSのようなクレジットカード情報セキュリティの国際統一基準を取得しており、自前で構築するより高いセキュリティレベルを提供しておりテクノロジー観点において人事データのクラウド蓄積は特に問題にならない。
リクルートでは2017年10月から人事データ基盤をAWS上で構築している。
AWSを選定した理由は前述の通りリソース調達コストが低いこと、ベストプラクティスが大量にあること、権限設計が柔軟なことである。
人事がアドホック分析で利用する時のBIツールとしてTableauを導入した。
理由は機能が豊富なこと、リクルート内のユーザーコミュニティが存在することの二点である。
このデータ基盤には、現在、人事基礎情報(育成議論、考課等)・アセスメント情報(SPI等)・サーベイ情報が自動連携されている。
その時のメンバー構成はプロジェクトマネージャー1名、エンジニア3名の合計4
名、コストは人件費込みで1000万円程度でデータ基盤の根幹を構築した。
繰り返しになるが、人事データ基盤を構築する最大のメリットは分析用データソースの一元化であると考える。
従業員の生成するデータは人事・総務・情シス・経理と多岐にわたる。
当然部署は分かれているので複数のデータを組み合わせて分析する場合、多大な調整コストを必要とするため、実施が難しかった。
人事データ基盤が存在することで、従業員が生成するデータは全てそこに蓄積することとなり、人事のデータ調達コストは圧倒的に低下する。
加えてデータベースに保存することで、SQL(補足:リレーショナル・データベースに蓄積されたデータを取得・更新したりデータの定義を行うための言語)でデータを抽出することが可能になるためデータサイエンティストがExcelに疲弊することはなく、普段から慣れている抽出方法でデータを抽出することができる。
特にHRテクノロジーのツールを導入する際、組織情報や人事情報を導入対象ツールに連携する必要が出てくる。
従来は既存の人事システムに人手でアクセスし、データをダウンロードした後、導入対象ツールにデータをインポートしていたが、人事情報や組織情報のメンテナンスに伴うミスが発生する上、単純作業のため非常にモチベーションの湧きにくい業務の一つであった。
しかしデータ基盤上にデータが存在する場合、データ連携コストが圧倒的に低下するためHRテクノロジーのツールの導入および検証作業を高速に実施することが可能になる。
一方データ基盤を構築すると、SQLやBI(補足:ビジネスインテリジェンス。
データを分析・可視化することでビジネス上の意思決定支援のためのツール)といった今まで人事が使って来なかった技術の知識が必要となる。
リクルートでは人事向けにデータ基盤を十分に活用できるよう、SQL100本ノックやBI勉強会を人事向けに開催し、人事内のスキル向上のための取り組みを実施している。
スタートアップではビジネスサイドもSQLを当然のように書いているが、同じように人事もSQLやBIを当然のように使いこなせる状態が実現すれば、データサイエンティストに依頼する以前に仮説検証を人事自ら実施できるようになり、施策量を増やせるのではないか。
また、今までの人事は集計済みデータを見ながら施策立案を行うケースが多かったが、生データを自身で集計・分析した上で施策立案する方が施策の幅が広がる事が多い上に課題がよりシャープになるケースが多い。
人事業務における意思決定精度を高める観点でも、SQLやBIを使いこなし人事自らがデータを眺めながら課題を特定する業務が今後の人事には求められるかもしれない。
人事組織が明日からできる事ここまででHRテクノロジーが着目を浴びつつも導入することに苦戦している企業が多い理由、HRテクノロジーを導入する際の検討フレームとしてCOBITの成熟度モデルの利用が有効であると思われることを、筆者が属しているリクルートの事例を挙げながら紹介した。
とはいえ実際にHRテクノロジーのツールもしくはソリューションを導入するために明日から人事組織は何をすればよいのだろうか?次項で具体的に人事にはどのような変化が必要なのか筆者の経験を踏まえ紹介する。
成熟度を上げるには何をすべきか前述のとおり、成熟度をむやみに上げる事が企業運営上必ずしも正しい事ではない。
自社の投下可能コストと現状を適切に評価し、テクノロジー導入を検討する業務の成熟度をどの水準まで引き上げるかを検討しなければならない。
ただ、これも前述のとおり、この作業において必要となるスキルは今まで人事業務のみ従事していた人にとっては非常に難易度が高いものであることも事実である。
緻密な人事制度を構築する、有望な採用候補者をアトラクトする、集合研修を実施するというような従来の人事業務とは、根本的に求められる知識や経験が異なるためだ。
データ基盤となると、ソフトウェアエンジニアリングの多岐にわたる知識が求められる。
ピープルアナリティクスを導入するならば、統計の知識も求められる。
もちろん人事自らがその知識や経験を身につける事が理想の形であるが、なかなか現実的ではない。
その時におすすめしたいのは、各分野の専門性を有する人材を人事組織に招き入れる事だ。
筆者の属するリクルートでも人事組織に他分野のスペシャリストを専任で配置し、かつそのスペシャリストに自由度をもたせつつ、人事組織として求める状態を構築するパートナーとして業務を推進させる。
自社内でそのような人員を調達できるのが一番良いが、もし社内にそのような人材や機会がない場合は社外のベンダーとそのような連携の形を実現できると良い。
最初に仲間にするのはプロダクトマネージャーどのようなスペシャリティを持つ人材を順に自組織に入れていけばよいのか?これは筆者の持論だが、プロダクトマネージャーを1名入れる事が初手である。
プロダクトマネージャーとは『TheProductManager’sDeskReference』(著:スティーブン・ヘインズ)によると「製品、製品ライン、あるいは製品ポートフォリオのレベルでのビジネス・マネジメント」を指す。
人事を例とすると三角形のうちDevelopersが開発者、つまりHRテクノロジーのソリューション開発を行うスペシャリストと変換できる。
TheBusinessは経営、Usersは従業員、採用プール、アルムナイ等が対象となるだろう。
中央のTheProductは人事組織がこれらステークホルダーに対して価値を創出する種々の取り組みといえる。
なぜプロダクトマネージャーが必要なのだろうか?これはプロダクトマネージャーが多様な経験を積んでいる、もしくは知識を有している事が前提に立脚している。
人事業務経験者のみ集まった人事組織に別のケーパビリティを有するスペシャリストを投下しても、当のスペシャリティを発揮する以前に解決しなければならない課題が山積みであることが多い。
彼らのスペシャリティはそのスペシャリティを発揮するための環境が整って初めて満足に発揮されるが、最初からその様な状況であることは非常に稀であるからだ。
例えばデータサイエンティストの場合、データサイエンスでよく利用される機械学習モデルを作るだけでなくモニタリングやデータ収集などが存在することによる価値のレバレッジが大きいが、プロジェクトマネジメントや要件定義等の業務も担わざるを得ず、十分に価値を発揮できていない状況もよく耳にする一度に大量にスペシャリストを配置してドリームチームを構築することも当然非現実的なので、取りうる選択肢はスペシャリストほど当該分野に専門性は持たないものの「プロダクト」という視点を元に各種ポートフォリオの最適化及びロードマップ策定を行えるスペシャリストとしてプロダクトマネージャーを配置するのが最も効率がいい。
プロダクトマネージャーという職責自体はプロジェクトマネージャーと混同されるケースが多い。
プロダクトマネージャーは「何故やるのか?」、「何をやるのか?」を決定する役割でプロジェクトマネージャーは「いつまでにやるのか?」、「どのようにやるのか?」を決定する役割である。
しかし、プロダクトマネージャーを戦略的に育成する企業が少ないため、日本において彼らを人事に異動させることは難しいかもしれない。
その場合は、やはりまずはプロジェクトマネジメントのスキルを有する人材、もしくは外部の人事コンサルを入れる事を狙うのがよいだろう。
プロダクトマネージャーに比べるとロードマップ策定の解像度が荒くなる可能性があるが、それでも今後舗装する道を示す人が存在するだけでHRテクノロジー導入のハードルが下がる。
ロードマップ策定後に、ようやくデータサイエンティストを入れるのがよいかというとそれもまた異なると筆者は考える。
次はサーバーサイドのソフトウェアエンジニアである。
プロダクトマネージャーの次に仲間にするのはデータサイエンティストではないデータサイエンティストが使う手段の一つである機械学習は「高利子のクレジットカード」に例えられる。
機械学習はデータから何らかの規則を抽出するアルゴリズムだが、当然「データ」に依存してしまう。
特に人事データに限定すると、人事データがどのように生成されるのかをシステムから制御することは不可能である。
ソフトウェアエンジニアリングでは、よく技術的負債という表現が用いられる。
機能追加に伴いシステムの複雑性が増加し、理想の状態からシステムが離れてしまっている状態を指す。
ソフトウェアエンジニアリングにおける技術的負債の解消はリファクタリングやテストのような負債回収手法が存在するが、機械学習においてはデータが負債増加の一因となりそれらの解消手段では足りない。
そのため、ソフトウェアエンジニア不在でデータサイエンティストを投入する場合よく起こるのが、単発のデータ分析業務に職務が限定される場合と構築したモデルが運用されず一瞬で負債化するかのどちらかである。
前者の場合はデータサイエンティストの職責にあっているが退職予測や配属といった定常的に計算結果を必要とする業務には不適である。
チームとして継続的に価値を発揮するにはデータサイエンティストが人事データを分析し、モデルを構築した結果を常に提供する環境を構築する事が先決だろう。
実は機械学習は機械学習の専門家でなくてもプログラミング経験があれば実践できるほど敷居は下がってきている。
Scikitlearnという機械学習を効率的にプログラミングできるライブラリ(プログラミングを行う時に頻発する表現をまとめたもの)が無料で提供されている。
プログラミングは一般的にデータサイエンティストよりソフトウェアエンジニアの方が得意なことが多い。
またデータサイエンスにおいて何らかの予測モデルを構築する時、モデルの比較基準となるベースラインを必ず設定する。
これらの条件により、データサイエンティストをいきなり入れるよりソフトウェアエンジニアを入れた方が課題の解決範囲の広さ、および技術的負債の管理の観点で利点が多いと筆者は考える。
そして、ソフトウェアエンジニアを入れた後にデータサイエンティストを入れるのがよいだろう。
仲間にする順番と成熟度モデル上記で人事組織に別の専門性を有する人材を仲間にする事、その順番は①プロダクトマネージャー、②ソフトウェアエンジニア、③データサイエンティストと説明した。
この順は実はCOBITの成熟度モデルと対応している。
まず、組織がレベル1もしくは2に位置づけられているとする。
必要なのは複雑な状態をコントロールするためのコミュニケーションツールの導入や業務内容の定義である。
目指すレベルが3以上の場合はシステム導入および構築も視野に入れる必要がある。
そのため、HRテクノロジー担当に求められるのは、人事の提供するソリューション全体をプロダクトとみなし、今後提供可能なソリューションを見定めつつ、目先で必要な業務を効率化することである。
これはWebアプリケーションで言われるプロダクトマネージャーそのものである。
このロードマップに従い、次はさらなる業務効率化及びデータの基盤を構築する。
これはソフトウェアエンジニアの職責にフィットする。
業務効率化が進むと業務自体が測定可能なレベル4に到達することができる。
ここでようやくデータサイエンティストが投入され、定量指標の改善活動に専念することが可能になる。
レベル5の最適化フェーズではまたプロダクトマネージャーが活躍する。
自身が担当するプロダクトから拡張し、他の領域の状況を知り、集まったそれぞれのスペシャリストのスキルを組み合わせながら全体最適になるよう、組織構造を組み替える事も視野に入れつつ業務を進化させる責務はプロダクトマネージャーに適任である。
この段階から心理学者など人事と関連するスペシャリストを仲間に迎え入れる事で進化の幅がまた広がるであろう。
これはコンウェイの法則を逆手に取った手法である。
コンウェイの法則とは「システムを設計する組織は、その構造をそっくりまねた構造の設計を生み出してしまう」というシステムアーキテクチャで言われる経験則である。
HRテクノロジーは人事が利用するシステムのリアーキテクト(再設計)そのものである。
人事だけでシステム構築及びツール選定が行えないにもかかわらず、人事のみで結成されたHRテクノロジー導入プロジェクトが頓挫することはコンウェイの法則より明らかである。
日本企業における情報システムは人事系や経理系といった機能ごとにERP(補足:企業運営上必要な情報管理を一気通貫で提供するソリューション)を導入する傾向があると言われている。
その結果もたらされるのはシステムの分断であり、今後のデータ活用のために必要なのはデータの共用化である。
特にリクルートのようなボトムアップを推奨する文化を持つ企業では様々なシステムが生み出されては消えを繰り返す結果、つぎはぎの多いカオスなシステム群となることが多い。
ここで取る戦略は目指すアーキテクチャに見合う組織構成に変更する、いわば逆コンウェイ戦略と呼ばれるものである。
ビジネスがコンウェイの法則に従わざるを得ないならば、従う以前に狙ったコミュニケーションを組織内で行えるよう組織を変えてしまうという行為である。
このようなソフトウェアエンジニアの職責における知見は実は人事に適用可能な概念も多いため、参考文献が役に立つと思われる。
これからの人事は何のケーパビリティを持つ必要があるのか前項では成熟度を上げるために人事担当者以外のスペシャリストの力を使う事の有効性を説明したが、いわゆる人事担当者については取り上げてこなかった。
我々人事担当者は不要なのか?それは違う。
異なるスペシャリストを繋げるハブもしくは課題を発掘する役割として、人事はHRテクノロジーのツール及びソリューション導入において非常に重要な役割を担うと考える。
具体的には下記の3つのケーパビリティを人事が持つ事が必要だと考える。
・業務プロセスの可視化スキル・プロジェクトマネジメントスキル・統計スキルCOBITの成熟度モデルのレベル4以降のHRテクノロジーの導入には下記の4つの役割が必要だと考える。
1.業務プロセスを開き、誰がどのような業務を行い、アウトプットを創出する係2.基礎集計を実施する係3.基礎集計を元に、ステークホルダーに対し価値提供をするために実装する係4.構築したアウトプットを業務に装着する係まず業務観点から上記4つの役割を見ていこう。
1.と2.は、HRテクノロジーを導入する以前にそもそも何が課題なのか特定する作業である。
これを行わずにHRテクノロジーを導入する場合、人事の感覚的な課題感に則った導入となる。
すると課題を解決できる可能性は人事の感覚の精度に依存してしまい、人事のスタープレイヤーしかHRテクノロジーを導入できない事になってしまう。
これは感覚的に間違っていることは明らかだろう。
3.はHRテクノロジーを導入する際の運用負荷を低減させるための作業である。
これを行わずにHRテクノロジーを導入する場合、雪だるま式に運用工数が膨れ上がってしまう。
具体的には従業員の入退職情報、組織改編情報、従業員の所属情報を常に手作業でアップデートし続けることになってしまう。
4.はHRテクノロジーを実業務に装着し、実利を得るための作業である。
4.を実施して初めて人事としてHRテクノロジーを導入する効果が得られる。
次にケーパビリティの観点から4つの役割を見ていこう。
HRテクノロジーの導入とそこで得られる効果検証を元に、我々が最終的に実現したいことはテクノロジーによる継続的な価値創出である。
そのためには様々な課題の中からHRテクノロジーによって解決でき、かつインパクトが最も大きな課題を特定する必要がある。
1.はそのための課題特定作業といえる。
4.はまさしくHRテクノロジー導入プロジェクトと位置づけられるため、必要なケーパビリティはプロジェクトマネジメントそのものである。
「プロジェクトとは、独自のプロダクト、サービス、所産を創造するために実施する有期性のある業務」とPMBOK(補足:ProjectManagementBodyofKnowledgeの略でプロジェクトマネジメントの国際標準のガイドブック)上で定義されているが、日本においてはプロジェクトマネジメントを体系的に学ぶ機会が少ないのが現状で、無期業務をプロジェクトと呼称しているケースも散見される。
人事業務では制度改定や新卒採用業務はプロジェクトに位置づけられるが、プロジェクトマネジメントとして捉える人事担当者は多くないのが現状である。
2.と3.はソフトウェアエンジニアやデータサイエンティストの職責のため、人事がケーパビリティを装着するコストは1.と4.と比較し非常に高い。
そのため、人事担当者はまず業務プロセスの可視化とプロジェクトマネジメントのケーパビリティを身につける事で、取りうる選択肢が非常に増える。
例えば昨今流行しているRPA(RoboticProcessAutomation)は既存の業務プロセスのうち、定型作業をソフトウェアが自動化するための取り組みである。
RPAは業務プロセスの可視化が最も重要な業務であるため、これらケーパビリティを身につければ人事担当自らRPAプロジェクトを推進することが可能になる。
また、業務プロセスを開き課題を特定、特定した課題を解決するための手段としてHRテクノロジーを検討すれば、課題特定を間違えない限りある程度の打率でHRテクノロジー導入プロジェクトは上手くいくだろう。
これらケーパビリティを身につけた後は、統計スキルを身につけるとよいと考える。
なぜなら一定程度の統計スキルを身につければ誤った推論に導かれるケースが格段に減るからだ。
人事の中で最も言われるのが相関と因果の違いである。
どちらも「両者に関係がある」ことを指すのだが、相関は双方向、因果は単方向である。
例えば採用選考において、抽象化思考力とフレームワーク思考力という2つの評価項目を5段階で見ているとしよう。
1回の採用選考で抽象化思考力とフレームワーク思考力の相関を見た所0.98と出た。
この時人事担当者は何をすべきだろうか?取りうる選択肢は質問内容を再考する、どちらかの評価項目をなくすなどが例として挙げられるが、具体的にどちらの評価項目をなくすかは相関だけでは判断ができない。
例えば抽象化思考力を先に聞き、フレームワーク思考力を聞き、聞いた後即時に点数化している場合、もしかすると抽象化思考力の点数に思考が引きずられ、フレームワーク思考力の点数を抽象化思考力と似た点数をつけているのかもしれない。
この場合フレームワーク思考力を評価項目から取り除き、抽象化思考力の配点を再検討する事がまずはじめに行う事である。
面接終了後にまとめて採点する場合、予め面接官の頭の中には合否が決まっており、それに即した点数付けをした結果、面接官の脳内で抽象化思考とフレームワーク思考が混ざっているのかもしれない。
この場合、人事が意図した面接になっていないケースがあるため面接官へのトレーニングの実施、もしくは質問内容を再考することがはじめに行うことである。
統計スキルは日本統計学会が主催している統計検定の2級を取得していれば十分である。
統計検定2級は大学基礎レベルの統計学の知識の習得度と活用のための理解度を問うために実施される検定である。
出題範囲はデータの分布、データの収集、推測、回帰分析と、人事が知っておいて損はない基礎的な統計学の知識を網羅している。
当然準1級やその上を目指すことは歓迎されるが、人事において目指すべき水準としては難易度が高すぎるので、まずは2級合格を目安に勉強するのがよいだろう。
HRテクノロジーは経営からの問いに応える武器なのか本章ではHRテクノロジーを「人事の複雑性・煩雑性をテクノロジーによって対応する方法」と定義したが、ここで得られる果実は業務効率化による人事の可処分時間の増加である。
そのためHRテクノロジーの導入は経営からの問いに直接応える武器ではなく、あくまで人事の思考時間を増やすための手段の一つであり、HRテクノロジー導入が目的化した瞬間、導入プロジェクトが失敗する可能性が高くなると言われている。
しかし人事は定型業務や季節性の業務が多く思考を要する業務へ割く時間が少ないことが常態化しているのも事実であり、解消するためのテクノロジー導入が目的化してしまうこともある種納得ができる。
ただ、HRテクノロジー導入は旧来の人事だけで果たすことは難しいのでソフトウェアエンジニアやプロダクトマネージャー等別のケーパビリティを持つメンバーを仲間に引き入れ、チームとして推進する必要がある。
人事と経営が一体化し企業の成長にコミットするために、人事自ら業務プロセスの可視化やプロジェクトマネジメントのようなケーパビリティを装着しつつ仲間を募るという、全くテクノロジーが関係しないアナログな事を着実に行うことこそ、HRテクノロジー導入の近道だろう。
そして既存業務の効率化により、従業員や経営に対して向き合う時間や人事にとって新しいケーパビリティを獲得する時間を追加で創出することができる。
それにより、何らかの課題を解決するためのリードタイムの削減や、それに伴うフィードバックサイクルの短縮化がもたらされる。
結果的にHRテクノロジーを触媒として組織や自らのアップデートに活かせれば幸いだ。
【参考文献】進化的アーキテクチャ──絶え間ない変化を支える(https://www.oreilly.co.jp/books/9784873118567/)データサイエンティスト養成読本ビジネス活用編(https://www.amazon.co.jp/dp/B07JNLX5C4/ref=dpkindleredirect?_encoding=UTF8&btkr=1)HRテクノロジーで人事が変わる(https://www.amazon.co.jp/dp/B07GV4GCDP/ref=dpkindleredirect?_encoding=UTF8&btkr=1)レガシーソフトウェア改善ガイド(https://www.amazon.co.jp/dp/B01MSLAFPT/ref=dpkindleredirect?_encoding=UTF8&btkr=1)日本統計学会公式認定統計検定2級(http://www.toukeikentei.jp/about/grade2/)TheProductManagementTriangle(https://productlogic.org/2014/06/22/theproductmanagementtriangle/)COBIT5ISACA(http://www.isaca.org/cobit/pages/default.aspx)エンジニアリング組織論への招待(https://www.amazon.co.jp/dp/B079TLW41L/ref=dpkindleredirect?_encoding=UTF8&btkr=1)AguidetotheProjectManagementBodyofKnowledge(https://www.amazon.co.jp/ProjectManagementKnowledgePMBOK%C2%AEJAPANESEebook/dp/B079PTFDG9/ref=sr_1_2?s=digitaltext&ie=UTF8&qid=1543633565&sr=12&keywords=PMBOKCOBIT5andtheProcessCapabilityModel.ImprovementsProvidedforITGovernanceProcess(https://kgk.uniobuda.hu/sites/default/files/06_Pasquini_Galie.pdf)
コラム④自分のキャリアは自分で作る!キャリア・オーナーシップ弁護士白石紘一AI、ビッグデータ、IoT、ロボットに代表される第4次産業革命やグローバル化の進展により、産業構造や社会環境は大きく変化しており、これらの変化は、企業のみならず、働き手に対しても影響を及ぼしている。
また、『LIFESHIFT』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著、東洋経済新報社)において、「2007年に日本で生まれた子供の半分以上が107歳まで生きる」と述べられているように、人生100年時代の到来が予測されている。
本コラムでは、そのような中で、働き手個人が、自身のキャリアに対してどういった意識で向き合うことが必要となるかについて検討された、経済産業省及び中小企業庁が2017年~2018年に開催していた「我が国産業における人材力強化に向けた研究会」の報告書(以下、「報告書」という)の内容を簡単に紹介したい。
1人材の「OS」、キャリア・オーナーシップ(1)今起きている変化別コラムでも触れたとおり、第4次産業革命やグローバル化の進展は、企業のビジネスモデルに大きな影響を与えている。
企業においては、一層の“イノベーション”が求められるようになり、“言われたとおりのことを粛々とこなす”ことの付加価値は、相対的に低下している。
「AIによる雇用の代替」といった議論も、主にはそのような働き方に対してなされることが多いように思われる。
また、特にエンジニアの世界で顕著であるが、スキルの“賞味期限”も短縮化しており、同じスキルで長く食べていくことは、徐々に難しくなりつつある。
社会や産業の変化スピードが速まっている中で、時代に応じて、スキルを自ら随時アップデートできる人材が求められるようになっている。
さらに、人生100年時代においては、“20歳前後までは学校で学び、60歳~65歳前後までは働き、その後は引退して余生を過ごす”という、寿命が80歳前後であることを前提としたいわゆる3ステージ制の人生モデルは、当然のものではなくなる。
「働く」ことと「学ぶ」ことの一体化とともに、個人個人がその時々の状況に合わせて、今自分が何をするのかを判断することが重要となってくる。
(2)キャリア・オーナーシップの必要性こういった社会の変化に対応する形で個人がキャリアを構築していくためには、個人一人ひとりが、「自らのキャリアはどうありたいか、如何に自己実現したいか」を意識し、納得のいくキャリアを築いていくための行動をとっていくこと、すなわち「キャリア・オーナーシップ」を持つことが必要となる。
特に、「人生100年時代」の中では、キャリアは企業からただ与えられるものではなく、自ら作り上げるべきものだという認識、キャリア・オーナーシップが不可欠であろう。
自らが置かれたその時々の状況に応じて、様々な働き方の中から自らの働き方を選択していくことが必要となる。
また、今後自分がどのように活躍したいのかといったビジョンに基づいて、どのようなスキルを獲得するべきかを判断していくこととなる。
このキャリア・オーナーシップは、自分らしく働き、自らの能力を発揮していくための“基盤”であり、いわば人材としての「OS」の一つである(「OS」には、社会環境の変化の速さにも即応できるような“変化への対応力”のようなものも含まれるであろう)。
これに対し、語学力や専門知識といった“スキル”は、いわば「アプリ(アプリケーション)」であるといえよう。
「OS」のアップデートを行うことに加えて、技術や産業の最新の動向を踏まえた知識・スキル、つまり「アプリ」を最新の状態にアップデートする学び直し(リカレント教育)が重要である。
(3)「OS」のアップデートそれでは、どのようにして人材としての「OS」をアップデートすることができるのか。
重要なものとして報告書で触れられているのが、兼業・副業(複業)・出向などによる“経験・キャリアの複層化”と、“リフレクション(振り返り、見つめなおし)”である。
前掲『LIFESHIFT』においては、人生100年時代を生きる人たちが、その過程で大きな変化を経験し、多くの変身を遂げることになるにあたって必要となる資産(「変身資産」)として、①自分についてよく知っていること、②多様性に富んだ人的ネットワークをもっていること、③新しい経験に開かれた姿勢を持っていること、が挙げられている。
こういったものを得るためには、従前と異なる環境へ身を投じることによって、マインドセットのカスタマイズや、スキル・人脈の複層化を図っていくことが重要であろう。
この「従前と異なる環境へ身を投じる」方法として、兼業・副業(複業)・出向などが有用なのである。
また、働き手個人が、得られた経験を自らの血肉(能力・スキルなど)にし、成長に繋げていく上では、社会の状況等を踏まえた自分の強みや弱みを認識し、自分自身や得られた経験についてリフレクション(振り返り、見つめなおし)を行うことが重要である。
これは、種々の機会において、働き手自身が常に意識をして取り組むことが最も有効であり、また、企業で働く中でも、上司との「対話」によってリフレクションを行っていくことも有効である。
2企業が働き手のキャリア・オーナーシップを伸ばしていく必要性働き手が自身のキャリアを企業にゆだねずに、自ら判断するようになることは、企業にとっては、離職者の増加につながり、競争力を低下させるというデメリットをもたらすと言われることもある。
こういった発想は、働き手は自らの職業人生のすべてを企業に捧げるものであり、それこそが企業と働き手の双方の幸せにつながるという、ある種の伝統的な雇用観・働き手への価値観を前提としたものであるといえよう。
しかしながら、社会環境の変化を背景に、働き手個人のみならず、企業もまた、働き手に対する考え方をカスタマイズすることが必要である。
すなわち、まず、第4次産業革命を背景として、産業構造やビジネスモデルが大きく変化する中で、国際競争に打ち勝つために、日本企業が最も意を配らなければならないのは、非連続的な成長(イノベーション)であるところ、モノでもカネでもなく、「人材」こそがイノベーションの源泉である。
企業は、人材がイノベーションを生みやすい環境を整えなければならない。
また、人口動態を背景として、人手不足が今後より顕在化する中で、「労働量」とともに、「質」(=生産性が高い、新たな成長・経営戦略に対応できる等)の伴った人材を確保・育成し、いわば「人材」のROA(ReturnOnAssets)を最大化することが必要となってきている。
このような背景の下、企業・組織が成長を続け、競争力を維持・強化していくためには、ダイバーシティ&インクルージョンの実現、すなわち、多様な人材の一人ひとりが、それぞれに成長・活躍できる環境を整えていくことが極めて重要である。
これまで以上に、企業には、画一的な人事管理・育成制度ではなく、積極的な人材投資と柔軟な人事制度・公平な評価制度の設計が求められる。
また、環境変化やスキルの賞味期限が早期化・短縮化する中でも、自社の働き手に活躍し続けてもらうためには、対話によって、働き手のキャリアの方向性と自社の方向性とをそろえつつ、働き手自らが積極的に学び・成長するように促すことが肝要である。
そもそも従業員個人の意識の高まりなしには、企業としても上記のような時代の変化に対応しきれないといえる。
企業の役目も、成長機会の提供や自律の支援へと変化する必要がある。
こういった、個の尊重や成長機会の提供等を図る「個人が成長・活躍できる企業」こそが、個人に選ばれる魅力的な企業となり、結果として「エンゲージメント」や「リテンション」も高まり、競争力の基盤が強化されることとなろう。
個人の自律性を高め、かつ、自社の魅力向上やその発信、ビジョンの浸透等によって“自律的な個人に選ばれる企業”となることで、「消極的選択」ではなく「積極的選択」を促し、エンゲージメント・生産性向上の好循環を作っていくことが肝要といえよう。
3終わりに変化する時代の中で、働き手自身も変わり(学び)続けることが必要である。
「成長主体である個人」として、自らのキャリアプランに応じて、多様な「学びの場」や「活躍の場」を自ら選択し、自らを高め続けることが重要となってこよう。
そして、企業もまた、働き手に対し、「雇用し続けて守る」だけでなく、「社会で活躍し続けられるように支援する」ことが求められており、人事による多様な機会提供や評価制度の再設計、研修等を通じて、「キャリア・オーナーシップの醸成」や「キャリア開発支援」を積極的に行うことで、企業の成長(優秀な人材の獲得、生産性の向上など)に繋げていくことが必要である。
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