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第3部教科書通りのマーケティング──「やるべきこと」をやり切れば、すべてが変わる

目次

第3部教科書通りのマーケティング──「やるべきこと」をやり切れば、すべてが変わる

MarketingofHoshinoResort│#01「おいしくなかったら全額返金します」スキー場レストランのヒットメニューを育てるサービスの品質が低下していたスキーリゾート。

その運営に乗り出した星野社長が打ち出した大胆な戦略──。

スタッフは初め反発したが、やがて自分で考えて行動するようになった。

 

返金を求めるお客様が続出するのではないか…「アルツ磐梯」は磐梯山の山麓にあり、猪苗代湖を望むリゾートである。

施設内にはスキー場、ゴルフ場、ホテルなどを備えている。

スキーシーズンは稼働率が高く、家族連れのスキー客、若いスノーボーダーでにぎわう。

このスキー場のお客様の大半が昼食を取るのが、ゲレンデに面したセルフサービス方式のレストランである。

人気メニューはカレーライスで、注文の約5割を占め、毎シーズン約10万食が出るという。

カレーライスの人気の秘密は「おいしさ保証」である。

これは「カレーを食べた人が『おいしくない』と感じた場合、スタッフに申し出ると、代金を全額返金してもらえる」というサービスである。

「おいしくない」と感じた理由がいかなるものであっても、申し出があった時点で、返金に応じる。

味がどうだったかにかかわらず返金に応じると、「本当はおいしかったけれど、『おいしくない』と言って代金を取り戻そうと考えるお客様が続出するのではないか」。

そんな懸念を抱きたくなる。

星野リゾートがアルツ磐梯の運営を引き受け、星野社長が「おいしさ保証」を提案したとき、スタッフは「不正な返金が相次ぐため、大変なことになるのではないか」と激しく反発した。

しかし、サービスを実際にスタートしてみると、トラブルは起きなかった。

それどころか、スタッフが自分のサービスに対する意識を高く持つようになったという。

「おいしさ保証」の背後には、米国の経営学者、クリストファー・W・L・ハートの「サービスの100%保証システム」という論文がある。

星野社長はこの論文をどのような形で経営に生かしているのだろうか。

まずは、このサービスを導入しようと考えた背景から振り返ろう。

星野社長が参考にした教科書『いかに「サービス」を収益化するか』編者:‥DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部出版社:‥ダイヤモンド社価格:‥1890円(税込み)ハート氏の論文のほか、「ハーバード・ビジネス・レビュー」に掲載されたサービスに関する論文を多数収録

【抱えていた課題】Problem顧客満足度を考えないスタッフに危機感星野リゾートがアルツ磐梯の運営に乗り出したのは2003年のことだった。

アルツ磐梯はそれまで第三セクターが運営していたが、バブル経済崩壊で当初の事業プランが破綻し、経営が行き詰まった。

その経営立て直しに乗り出したのが軽井沢などで旅館・ホテルの運営実績を積んできた星野リゾートだった。

再生を始めるに当たって、星野社長はアルツ磐梯に自ら足を運んだ。

そこで気づいたことは、スタッフが自分で考えず、指示を待っているために、動きが非常に鈍いことだ。

スタッフと話してみると、お客様へのサービスに対するモチベーションが低い。

「スタッフは常に上司の方ばかり向いていた。

多くのスタッフがお客様のことを考えていないことがすぐに分かった」その直感は、アンケート調査でも裏づけられた。

星野リゾートは旅館やホテルの再生プランを決めるために、レストラン、客室などサービスメニューごとに顧客満足度調査を詳細に行う。

その結果を見ながら満足度の低いサービスを一歩ずつ改善して、顧客満足度を上げていく。

お客様が満足する施設に変身させることでリピーターを増やす。

同時にムダを解消することで収益の改善を進め、黒字化を達成する。

まずはアルツ磐梯だけでなく、スキー場のサービス全般についての調査を実施した。

その結果は驚くほど低評価で、スキー場を訪れるお客様は、現状に全く満足していないことが判明した。

スキー場のスタッフは、自分たちの仕事がサービス業であるとの意識が希薄で、顧客満足度を考えたことがない人が多かったのである。

「スタッフの意識を変えなければならない。

それも劇的に変える必要がある」。

こう決意した星野社長の頭をよぎったのが、ハートの「サービスの100%保証システム」の論文である。

星野社長がこの論文と出会ったのは、1980年代のことである。

慶応義塾大学を卒業後、米国コーネル大学大学院に進んだときに、そこで教壇に立っていたハートから教えを受け、「サービスの100%保証システム」の論文も熟読した。

 

【解決への取り組み】Breakthrough「まずくて当たり前」だから「保証」の意味ありハートの論文は、製造業で一般的な「保証」がサービス業にはほとんどないと指摘し、機械よりも不確かな人間が提供するサービスこそ「保証が重要」と力説している。

ハートが提唱する保証システムは、約束を実行できなかった場合、顧客に代金を返金するというものだ。

返金理由に付帯条件や留保条件をつけず、返金の仕組みを簡単にすることなどを求めている。

軽井沢では「保証」を取り入れなかった理由保証の意義は、顧客に安心感を与えることだけでない。

ハートは、サービスを提供する社員がサービスに責任感を持つようになる、と指摘する。

星野社長はこの論文を知ったとき、「こんな考えがあるのか」と新鮮な印象を持った。

星野社長は、父から経営を引き継いだ軽井沢のホテル・旅館の改革に乗り出したときには、この仕組みを使わなかった。

その必要はないと考えたからだ。

ハートは「サービス保証制度が不要となる時」について記している。

それは既にサービス内容に定評がある場合だ。

軽井沢の旅館・ホテルはブランドイメージが高く、お客様は「サービスが良くて当たり前」と考える。

これは「不要となる時」であり、「サービスの100%保証システム」を導入する意味がなかった。

アルツ磐梯の状況は正反対だった。

顧客満足度もブランドイメージも低かった。

星野社長は、お客様の安心、スタッフのサービスへの責任感向上の両面から、アルツ磐梯にこの仕組みを導入する意義は大きいと判断した。

保証を導入する対象として注目したのがゲレンデのレストランだった。

アルツ磐梯に限らず、スキー場のレストランについて、多くの人は「おいしくなくて当たり前」とあきらめているからだ。

「お客様が大きな不満を持つゲレンデのレストランこそ、100%保証を取り入れる意味は大きい。

アルツ磐梯のサービスへのこだわりをお客様とスタッフに伝えよう」。

星野社長はこう考え、主力メニューであるカレーライスの「おいしさ保証」を発案した。

スタッフの反発はすさまじかった。

レストラン責任者の鳥里星生ユニットディレクターは、「どんなにおいしいカレーを作っても返金を求められるかもしれない。

そうなったら大変だ」と不安を持った。

だが、星野社長はアルツ磐梯を変えるために、反発を押し切って「おいしさ保証」の導入を決めた。

鳥里ユニットディレクターは腹を決め、何度も試食を繰り返して味を高めた。

そして03年12月からカレーの「おいしさ保証」を開始した。

 

開始3日目にやってきた最初の返金要求初日と2日目は返金の申し出がなかった。

スタッフが拍子抜けしていると3日目、「返金してほしい」と若い2人組の客が来た。

スタッフは「とうとう始まった」と恐怖を感じた。

返金時に理由を尋ねると、客は「ご飯がべとべとだ」と説明した。

スタッフが確かめると、炊飯器の老朽化でご飯がしっかり炊けていなかった。

若者の言う通りだった。

「これは大変だ」と危機感を持ったスタッフは、大慌てで新しい業務用炊飯器を注文した。

「お客様は誠実だということがよく分かった」一連の動きを聞いた星野社長は「スタッフがサービスに責任を持ち、自分から動き始めた」とうれしくなった。

この日を境にスタッフは「どうしたらお客様に満足いただけるか」を意識し、「おいしさ保証を伝える大看板を作ろう」「辛口がどれくらい辛いかきちんと伝えよう」など、独自の工夫を開始した。

カレーの「おいしさ保証」はやがてアルツ磐梯がサービスを高めて再生の道のりを歩む象徴になった。

懸念した返金はほとんどなく、1シーズン10万食を提供するうちの10件程度に過ぎない。

星野社長は「お客様は誠実だということがよく分かった」と語る。

 

【他分野への応用】Exampleスクール事業やネット販売にも役立つアルツ磐梯はカレーの「おいしさ保証」に続いて、04年、スキー・スノーボードのスクールで「上達保証制度」を開始した。

レッスン終了後、お客様が「あらかじめ約束したレベルに達しなかった」と感じた場合、受講料を全額返金するサービスである。

スクールの責任者である石内圭一ユニットディレクターは、インストラクター全員が「先生が生徒に教える」のでなく、「お客様に対してスクールというサービスを提供する」という意識を持つため、教え方のマニュアル作りやインストラクターの評価制度作りを進めた。

1回のレッスン参加人数はかつて最大12人だったが、サービスを徹底するために4人まで減らした。

この保証制度の返金発生率は、毎年0・1%以下。

評判が口コミで広まり、12月の事前予約スタート時、電話が殺到する日本有数の人気スクールになった。

「保証」は製造業では一般的だが、これをサービス業に当てはめることをハートは教えてくれた。

ハートによると、ホテルやレストランを顧客にする米国のある害虫駆除会社は「害虫を完全に退治する」ことを顧客に約束する。

施設の利用者が建物内で害虫を見つけたとき、そのお客様の飲食代、宿泊代の支払い、わび状の送付、次の食事・宿泊1回分の支払いなど多様な保証をつけているという。

 

星野社長は「例えば英会話などでもサービスの100%保証が使えるのではないか」と語る。

インターネットで増え始めた「ベストレート保証」は、「当社のホームページ経由での予約や注文が一番安い」と明言するやり方だ。

教科書のエッセンス『いかに「サービス」を収益化するか』に収録された「サービスの100%保証システム」●製造業の製品には保証書がある。

だが、サービスには保証書がない。

何らかの保証が必要ではないか。

●「サービスの100%保証システム」とは、サービスが約束通りに提供されることを保証するシステムである。

●サービス内容が約束通りでない場合、顧客がサービスに対して支払った金額を返金する。

●顧客が返金を求める理由について、付帯条件や留保条件をつけない。

また返金請求の仕組みを簡単なものにする。

●このシステムを導入することで、顧客は安心してサービスを受けることができる。

●サービスを提供する社員は、このシステムによって自分のサービスに対して責任感を持つ。

●既にサービス内容に定評がある場合、サービス保証システムは不要である。

●保証制度を悪用するお客様がいたとしても、その不正が与える損害は、保証システムによる利益に比べると、ずっと小さい。

 

MarketingofHoshinoResort│#02お客様への対応は数十秒の勝負瞬時に最適判断する人材を育てるお客様と接する一瞬の対応が積み重なり、施設全体の評価が決まる。

では、スタッフの判断力を高めるためには、どうすればいいのか。

トップが覚悟を持って取り組むことで、現場が動き出す。

 

満足してもらえるか、失望されるかサービス業の最大の特徴は、生産と消費が同時に行われることだ。

旅館・ホテルのスタッフがお客様対応にかける時間は、1回当たり平均十数秒程度である。

あっという間の短い時間で、スタッフは最適な判断をして、お客様の要望に応える必要がある。

スタッフの対応が的確ならば、お客様は満足し、そのスタッフだけでなく、施設全体を高く評価し、繰り返し訪れてくれる。

しかし、スタッフの対応が不十分なとき、お客様は失望する。

スタッフのミスが積み重なれば、お客様はクレームの声を上げ、施設を厳しく非難する。

スタッフがお客様と接するわずかな時間──。

それを「真実の瞬間」と呼び、世界的なロングセラーとなったビジネス書がある。

北欧の航空会社、スカンジナビア航空の社長を務めたヤン・カールソンが1980年代に書いた『真実の瞬間』である。

カールソンは「真実の瞬間」の重要性をスタッフに理解してもらい、判断力を高めていく取り組みを続けることで、赤字だったスカンジナビア航空の再建を実現した。

同書はその体験を基にしたものである。

星野社長は『真実の瞬間』に強く影響を受けた。

瞬間的な判断力の大切さをスタッフに理解してもらい、顧客満足度を高める努力を続けている。

青森県十和田市で星野リゾートが運営する「奥入瀬渓流ホテル」は、バイキングを提供するレストランの顧客満足度が急上昇している。

お客様への対応を的確にするため、スタッフの配置や案内の手順を徹底的に見直し、言葉のかけ方なども工夫した結果だ。

星野リゾートの全バイキング施設で顧客満足度がトップになった。

長野県・軽井沢町で運営する「ホテルブレストンコート」では、スタッフの接客ミス情報を共有して再発を防ぐために、「ミス撲滅委員会」を設けている。

その活動を通じて、スタッフは「真実の瞬間」の対応力を磨いている。

星野社長が参考にした教科書『真実の瞬間』著者:‥ヤン・カールソン出版社:‥ダイヤモンド社価格:‥1325円(税込み)サービスのあり方を説いた定番として読み継がれている。

原書は1985年、日本版は90年に出版。

 

【抱えていた課題】Problem現場スタッフの判断の質を高めたい星野社長が『真実の瞬間』に出合ったのは、91年に星野リゾートの経営トップに就任して間もないころだ。

最初は何気なく手に取っただけだった。

読み始めてすぐに「サービス業がどうあるべきかについて、強い説得力を持って書かれている」と気づき、衝撃を受けた。

星野リゾートは軽井沢で温泉旅館・ホテルを運営し、老舗としての評価は得ていたが、一方では経営上の課題も多く、将来が見えづらくなっていた。

星野社長は状況を打開するために、改革を進めようと考えていた。

数え切れないほどの「真実の瞬間」が繰り返される同書の著者が経営していたスカンジナビア航空の場合、スタッフがお客様と接する「真実の瞬間」の時間は平均15秒に過ぎないという。

だが、その回数は膨大で、数え切れないほどの「真実の瞬間」が繰り返される。

その対応力によって、企業に対するお客様の評価は決まっていく。

「現場のスタッフの判断の質こそが、会社全体に対するお客様の評価を決める」。

こう確信した星野社長は、スタッフの対応力向上に本格的に取り組み始めた。

 

経営情報をスタッフに公開「真実の瞬間」の対応力を上げるには、スタッフが自分で考えて動く体制が不可欠である。

では、考えるためには何が必要なのか。

「判断の根拠となる情報を持つべきだ」と考えた星野社長は、さまざまな経営情報をスタッフに対して積極的に公開した。

「売上高、利益などの情報を共有することで、スタッフは星野リゾートの意思決定の理由、プロセスを深く理解するようになる。

それはスタッフの的確な判断につながる」。

そう発想したのである。

「自分ならこうしたい」をできるようにする同時に、組織を徹底的にフラットに切り換えた。

星野リゾートにおける「フラットな組織」とは、組織の文化としてのフラットさを意味する。

自由なコミュニケーションを大切にして、スタッフがポジションにかかわらず自分の意見を述べることを推奨する。

「スタッフは当時、『自分ならばこういうサービスをしたいのに』という不満を持っていた。

対応を任せたことで、スタッフは生き生きと働き始めた」(星野社長)

【解決への取り組み】Breakthroughミスを憎んで人を憎まず星野社長はお客様対応に関するスタッフの裁量を明確にした。

「スタッフは、そのとき自分が必要だと判断したサービスを自由に行うことができる。

サービスの内容や範囲は現場の判断に任せる」と決めた。

星野リゾートはやがて他社からリゾートの運営を引き受けるようになったが、そこでも星野社長の姿勢は変わらなかった。

軽井沢の施設と同じように、スタッフへの情報開示を徹底し、フラットな組織づくりを進め、「真実の瞬間」の質を高めている。

奥入瀬渓流ホテルは、2005年から星野リゾートが運営を手がけている。

同ホテルにあるバイキング形式のレストラン「紅山」では、お客様への対応力を磨くために、スタッフの配置や行動を徹底的に見直した。

そのとき山下圭三総支配人が特に意識したのは、レストランに来店したお客様の出迎えである。

同レストランでは、それまでお客様が集中する時間帯になると、出迎えのスタッフが不足することがあった。

山下総支配人は「お客様に心地よく過ごしてもらうためには、まず、しっかりした出迎えが重要」と判断した。

出迎えのスタッフが不足しないようにするには、人員を増やす必要があった。

しかし、再生中のホテルにスタッフを増やす余裕はない。

そこで山下総支配人は、フロントや客室清掃など他分野の業務や人員配置を見直し、レストランでの出迎え要員に充てた。

お客様を少しでも早く出迎えられるように、入り口付近でスタッフの立つ位置や、立つ角度も微妙に変更した。

スタッフ1人ひとりの「真実の瞬間」の対応力の底上げも図った。

約4カ月かけて、ロールプレイング形式でお客様対応のトレーニングを繰り返した。

さまざまな工夫を積み重ねた結果、同レストランの顧客満足度は急上昇し、星野リゾートのバイキング施設で、トップの評価を得るようになった。

ミス情報を収集して運営システムを見直す星野リゾートの本拠地、軽井沢の施設は「真実の瞬間」の対応力を高めるために、一歩進んだ取り組みを進めている。

ホテルブレストンコートでは、お客様対応のミスの情報を共有し、対策を練るために、「ミス撲滅委員会」が活動を続けている。

同委員会のキャッチフレーズは「ミスを憎んで、人を憎まず」。

「ミスを起こした人の責任を問う」ことではなく、「同じミスを起こさない」ことが大事だからである。

ミスをなくすには、なるべく多くのミス事例を分析し、運営システムを見直すことによって、同じミスが起きない仕組みに変えていく必要がある。

だからミスを隠さず公開してもらうことが大切だ。

そこでミス撲滅委員会は3つのルールを定めた。

ミスを報告する人は「実際にミスを起こした人」「他の人が起こしたミスについて知っている人」のどちらでもよいミスをした人を絶対にしからないミスを報告してくれたことについてしっかり褒めるこうしたルールを定めた結果、ミスが起きたのに報告しなかったり、当事者がミスと気づいていなかったりした「隠れたミス」の報告が集まるようになった。

活動に消極的な部門もあったが、ミス撲滅委員会を立ち上げた米内山泰ディレクターは「部門ごとに報告数のノルマを設け、小さなミスでもいいから出してもらううちに定着した」と語る。

集めたミス情報を基に再発防止の仕組みをつくるなどの活動を進めている。

ミス撲滅委員会は、「星のや軽井沢」などでも設置され、「真実の瞬間」の対応力を底上げしている。

 

【他分野への応用】Example「攻めの接客」は幅広い業種で役立つ「真実の瞬間」の対応力について、星野社長が高く評価しているのが、グローバルダイニングである。

同社はレストランやカフェ、焼き鳥店などタイプの違う飲食店を運営している。

星野社長は「接客に対して自信を持っているスタッフが非常に多いと思う。

お客様を前にしたとき、スタッフは『どう対応して差し上げようか』と楽しんでいると思えるほどだ。

同社のスタッフは『攻めの接客』を感じることが多い」と評価する。

星野社長が海外企業の成功事例として挙げるのが、米国でさまざまなスタイルのレストランを運営しているレタス・エンターテイン・ユー・エンタープライズである。

同社はシカゴに本社を置き、創業者のリチャード・メルマンは「シカゴのレストラン王」と呼ばれている。

メルマンはフランス風、スペイン風、メキシコ風などタイプの全く違う人気店を多数育てた。

星野社長はメルマンに何度も会ったことがあり、大きな刺激を受けた。

「スタッフはお客様に対してパフォーマーのように振る舞っている。

どのスタッフも接客のための強い意欲に満ちているのが印象的だ。

『やらされている』という感じのスタッフは全くいない」同社のスタッフはサービスに対する自信にあふれている。

「レタス」という社名には、“〝letusentertainyou”〟という意味も込めている。

幅広い業種で読まれるべき本サービス業以外でも、お客様への対応力が問われるケースは増えている。

「『真実の瞬間』は幅広い業種で役立つ本である。

星野社長は『真実の瞬間』を読んだ後、カールソンが経営改革を実行したスカンジナビア航空を利用したことがある。

「確かにサービスが非常に素晴らしいと感じた。

本に書いてある内容には間違いがないと実感した」と振り返る。

教科書のエッセンス『真実の瞬間』●お客様はスタッフと接する短い時間=「真実の瞬間」の中で、企業を評価する。

●「真実の瞬間」の質を引き上げることで、企業の競争力を高める。

●経営者はスタッフの対応力を上げるために、分かりやすいビジョンを示し、必要な情報を共有する。

●顧客のニーズに迅速に対応するために、階層の少ない組織をつくることが大切。

●最前線のスタッフは、顧客1人ひとりのニーズと問題に対応する権限を持つ。

●サービス業だけでなく、さまざまな業種でお客様対応の重要性が高まっている。

 

MarketingofHoshinoResort│#03おもてなし向上へ「気づき」を集める1人ひとりにピッタリのサービスを提供お客様の求めるサービス水準が高い高級旅館を舞台に、きめ細かなおもてなしで満足感を高めている。

お客様情報を蓄積し、サービスの向上に活用する。

 

お客様の「好み」を蓄積する情報システム作り長野県軽井沢町の「星のや軽井沢」は星野リゾート屈指の高級旅館である。

水路が流れる緑豊かな敷地内に77室の離れ風の客室が点在している。

秋になれば木々は紅葉して、全く違う表情を見せる。

星のやはハードだけでなく、ソフトでも顧客満足度の向上を追求している。

24時間ルームサービスなど共通メニュー化されたサービスだけでなく、お客様1人ひとりに合わせて、「気配り」「おもてなし」を高度化する仕組みを取り入れている。

お客様が星のやを再訪するたびに、個々の要望に合わせたきめ細かいサービスを提供するのである。

例えば、お客様が星のやを最初に訪問したとき、客室にシャンパンを持ち込んだとする。

それに気づいたスタッフはお客様に頼まれなくても、すぐにシャンパンクーラーを用意して、部屋に届ける。

この情報は、お客様が再び訪れたときに、確実に生かされる。

最初から部屋にさりげなくシャンパンクーラーを用意しておくのである。

お客様は持ち込んだシャンパンをすぐに冷やして楽しむことができる。

タオルをたくさん使い、あらかじめ用意した分で足りなかったお客様がいれば、次回の訪問時にはタオルを最初から多めに用意する。

こうした「気配り」を実現するために、星野リゾートは顧客情報を集約する情報システム「CRMキッチン」を独自に開発し、星のや軽井沢に先行して導入した。

その情報システムにお客様が利用したサービスのデータなどを蓄積し、1人ひとりに合わせた「おもてなし」を提供する。

顧客満足度を向上させることが狙いだ。

このサービスのベースにあるのが、経営コンサルタント、ドン・ペパーズが1990年代に提唱した「ワン・ツー・ワン・マーケティング」の理論である。

この理論は、多くの企業が参考にしたが、思うように実践することができなかった。

星野社長は入念に準備して理論に沿った仕組みを整えている。

星野社長が参考にした教科書『ONEtoONEマーケティング』著者:‥ドン・ペパーズ、マーサ・ロジャーズ出版社:‥ダイヤモンド社顧客1人ひとりに合わせたサービスを提供する意義を語る。

原書は1993年発行。

示唆に富む記述が多い

【抱えていた課題】Problemお客様のニーズに近いが、ピッタリではない星野リゾートは、顧客満足度の向上と業務の効率アップを両立させることを目指している。

そのための手法として、まずはお客様を年齢や性別などのグループに分けて分析する「セグメント・マーケティング」を導入した。

この結果得られたデータを見ながら、必要なサービスメニューを練り上げた。

だが、サービス水準が高くなる中で、セグメント・マーケティングの限界が浮上した。

「このやり方では、お客様1人ひとりのニーズは分からない。

これはお客様からすれば、『自分のニーズに近いがピッタリではない商品』を買っていることになる。

もう一歩、進化させることができないか」。

星野社長は理想と現実のギャップを埋めたいと考えた。

そんな中で、「星のや軽井沢」の計画が動き出した。

世界のリゾートに負けないサービスを提供する旅館を作るというプロジェクトだ。

「お客様1人ひとりに合ったサービスを提供しよう。

そのために新しいマーケティングに本格的に取り組もう」サービスの理想を追求する星野社長が注目したのが、ペパーズが提唱したワン・ツー・ワン・マーケティングである。

お客様と1対1で対話することで、個別の要望に合わせて製品やサービスを提供する考え方だ。

 

ITの発展で実現可能にITの発展によって、企業はお客様1人ひとりの情報を詳細に記録し、分析・活用できるようになった。

それを前提としたワン・ツー・ワン・マーケティングは90年代、新しい経営手法として注目を集めた。

しかし、導入は進まなかった。

手間と時間がかかるからだ。

途中で挫折するケースも多かったのである。

必死に追い求める価値がある星野社長は「もしこの仕組みができたら、お客様の満足度は必ず高くなる。

お客様の好みなどを把握して、それを他社に知られずに独占することもできる。

星野リゾートにとって、お客様の情報は最も大事な資産である。

コストがかかっても、必死に追い求めるだけの価値がある」と腰を据えて臨んだ。

 

【解決への取り組み】Breakthrough役に立たない情報は捨てる星のやでワン・ツー・ワン・マーケティング導入の中心になったのは、吉川竜司総支配人である。

吉川総支配人は大学卒業後、システムエンジニアとして情報システム会社で働き、それから星野リゾートに入った。

宿泊予約のシステム作りを進めるなど、星野リゾートのIT戦略を引っ張ってきた。

ワン・ツー・ワン・マーケティングの新しいシステムを作るに当たり、吉川総支配人は、部署ごとにバラバラに保管していたお客様情報を集約することから始めた。

年齢、性別などのプロフィルや、滞在日数などの利用情報、アンケート方式による顧客満足度の調査データなどを1つにまとめた。

こうしてベースになるデータを整えたうえで、吉川総支配人はお客様の要望をしっかりつかむために、接客したスタッフの現場情報をかき集めた。

接客での「気づき」をすべてメモ書きで提出してもらうことにした。

短期間に大量のメモが集まった。

星野社長は「お客様の満足度を高めるという視点から、本当に必要な情報は何かを見極めよう。

役立つ情報だけを残して、不要な情報は捨てよう」とアドバイスした。

不要な情報を集めすぎてしまうと、ワン・ツー・ワン・マーケティングが定着しないからだ。

吉川総支配人がメモを分析すると、8割は不要な情報だった。

スタッフの主観的な情報で、サービスメニュー作りに結びつかなかった。

吉川総支配人は残りの2割のメモを分類整理し、外部のシステム会社と協力しながら、システム作りを進めた。

お客様の要望に的確に応えてこそ意味があるこの分野では、ワン・ツー・ワン・マーケティングに基づくシステムの先行事例がなかった。

予想通り、開発は困難にも直面した。

しかし、星野社長はあきらめなかった。

吉川総支配人にさまざまなアドバイスを送り続けた。

こうして完成したのが「CRMキッチン」である。

名前には「料理メニューを作るように、お客様の好みに合わせてサービスを作る」という思いを込めた。

 

星野リゾートはこのシステムの詳細を外部に公開していないが、吉川総支配人によると、「リピーターのお客様がいらっしゃったときに、お客様1人ひとりに合わせたサービスメニューが自動的に表示される」などの仕組みが盛り込まれている。

ただし、いくら「提供すべきサービス」が分かっても、それを的確に実行することができなければワン・ツー・ワン・マーケティングは成功しない。

星のやでは、リピーターのお客様が宿泊するとき、スタッフは事前にCRMキッチンの画面を見ながらミーティングを開き、必要なサービスメニューを確認する。

吉川総支配人は「サービスを徹底するためには、手間がかかったとしても、スタッフが顔を合わせて話し合うことが大切だ」と強調する。

CRMキッチンは、リピーターへのサービス向上だけでなく、一度訪問してくれたお客様に的確な案内を届け、リピーターになってもらうためにも役立っている。

営業を担当している澤田裕一ユニットディレクターは、「CRMキッチンを活用することで、過去に宿泊したお客様に対して、それぞれの好みに合ったイベントや宿泊プランなどを電子メールで提案している」と説明する。

ワン・ツー・ワン・マーケティングによって、星のやは顧客満足度が上がり、「非常に満足」と答えた人が35%から50%に伸びた。

お客様がリピーターとなる比率も上がった。

そしてリピーターのお客様の場合、その5割が再び1年以内に再び宿泊するという。

 

【他分野への応用】Exampleネット販売のアマゾンは「お薦め」で躍進アマゾン・ドット・コムは、早くから顧客情報を生かしたワン・ツー・ワン・マーケティングを取り入れ、大きな成果を上げている。

お客様の過去の購入履歴などに基づいて、「お薦め商品」を電子メールで利用者に知らせる。

過去に同じ商品を買った人のデータを基に、「この商品を買った人は、こんな商品も買っています」という形で他の商品についても知らせる。

こうした提案をシステム化することによって、アマゾンは売上高を伸ばしてきた。

「星のや京都」とシステムを共有星野リゾートは今後、ワン・ツー・ワン・マーケティングに基づくCRMキッチンをグループのさまざまな旅館・ホテルに広げていく予定である。

「星のや」の2軒目として、2009年12月にオープンした「星のや京都」でもCRMキッチンを活用している。

軽井沢と京都の星のやは、お客様情報を共有し、軽井沢に宿泊したことのあるお客様が京都に初めて宿泊する場合も、「星のや」のリピーターとしてきめ細かなサービスを受けられる。

星野社長は「CRMキッチンによって達成できた点もあるが、私にとって『まだこれから』という面もある。

これまでの経験を生かし、さらに良いシステムを作りたい」と語る。

ワン・ツー・ワン・マーケティングは90年代に脚光を浴びたが、それを提唱したIT業界のキーワードは移り変わりが速い。

今ではワン・ツー・ワン・マーケティングという言葉をほとんど耳にしなくなっている。

しかしお客様1人ひとりに向けて、こだわりのあるきめ細かなサービスを提供しようという流れは、これからも変わることがないだろう。

「この理論は、時間とコストをかけて、必死に追い求めるだけの価値があると確信している。

お客様1人ひとりに100%満足していただくためには、それだけの取り組みが必要だ」と星野社長は語る。

コストカットの時代に合っていないのでワン・ツー・ワン・マーケティングをやめる企業もある。

だが、この理論は多様化するニーズに対応するために欠かすことができない。

星野社長は「続ける企業にとってはむしろチャンス。

コストに見合ったワン・ツー・ワン・マーケティングを考えていくことが大切だ」と強調する。

教科書のエッセンス『ONEtoONEマーケティング』●ITの発展が従来のマーケティングを大きく変えている。

ワン・ツー・ワン・マーケティングを支える技術は予想以上のスピードで進化している。

●企業はお客様1人ひとりの特徴を把握するマーケティングが可能である。

●企業はお客様と1対1の関係を持ち、製品やサービスにお客様の要求を反映できる。

●お客様との取引情報を次の製品・サービス作りや提案に生かすことによって、顧客満足度を高め、リピーターになってもらう。

●電子メールなどのツールは中小企業にとって利用しやすい。

●お客様情報を乱用しない。

 

MarketingofHoshinoResort│#04顧客が感じる「品質」を長期的に高めていくブランド価値を高める改革会社の屋台骨を支える事業に陰りが見えてきたとき、変化を恐れず、長期的な視点に立って、改革を推進した。

ブランドイメージの立て直しに成功し、売上高を伸ばしている。

 

リゾートウエディングの大改革軽井沢高原教会は、長野県軽井沢町の星野エリア内にあり、ホテルブレストンコートに隣接する。

そのルーツは、軽井沢が日本に住む外国人の別荘地となって間もないころ、約90年前にさかのぼる。

長い歴史を持つ教会だ。

リゾートウエディングの先駆けとして知られ、毎年たくさんのカップルが結婚式を挙げる。

この教会での結婚式のセレモニーは15年ほど前、劇的に変貌を遂げた。

1990年代後半まで、軽井沢高原教会での結婚式は、白馬に引かれた馬車に新郎新婦が乗って教会の周辺を回るなど、メルヘン志向の演出が売り物だった。

ところが、星野社長は、この人気サービスを完全に捨て去った。

現在は派手な演出はなし。

厳粛かつ晴れやかにセレモニーは進行する。

森の中にある教会で、牧師は、晴れの日を迎えた新郎新婦がそれぞれ歩んできた道のりを振り返りながら、静かに語りかける。

結婚式が終わると、教会の前で出席者は新郎新婦に華やかにライスシャワーを降らせる。

そして、全員が木々の自然に包まれた中庭に集まり、シャンパンで乾杯し、2人の門出を祝福する。

シンプルだが感動的な時間を提供することにこだわったセレモニーが進行していく。

この教会の隣には「牧師館」がある。

牧師が常駐している施設で、軽井沢高原教会で結婚式を挙げたカップルにとって、「いつでも帰ってこられる場所」として新設された。

軽井沢高原教会の結婚式は、星野リゾートのスタッフと教会の牧師がじっくり話し合いを重ねながら、現在の形になった。

その背景には米国の経営学者、デービッド・A・アーカーによる「ブランド・エクイティ」という理論がある。

星野社長がこの理論を導入した背景から振り返ってみよう。

星野社長が参考にした教科書『ブランド・エクイティ戦略』著者:‥デービッド・A・アーカー出版社:‥ダイヤモンド社価格:‥3990円(税込み)ブランド理論の古典として、20年近く読み継がれている。

長期的な視点でブランドを生かす経営戦略を体系的に説く

【抱えていた課題】Problem大ヒット商品の人気に陰り軽井沢高原教会でメルヘン調の演出がスタートしたのは70年代である。

白馬の馬車などユニークなアイデアを次々に取り入れ大人気を集めた。

このヒットによって星野リゾートのブライダル部門は大きく成長を遂げた。

90年代に入ってもブームは続き、軽井沢高原教会で結婚式を挙げるカップルは途切れることがなかった。

売り上げなどの数字も、好調を維持していた。

だが、91年に経営を引き継いだ星野社長は、その限界を感じていた。

メルヘン志向の演出に魅力を感じない人が増え始めていたのである。

「このままで本当に大丈夫だろうか」という不安が強くなった。

このとき脳裏をよぎったのが、ブランドの持つ価値を企業の資産としてとらえる「ブランド・エクイティ」という発想である。

企業は短期的な業績にとらわれずに、長期的な視点からブランドの資産価値を高めるべきだ──。

ブランド理論の第一人者であるアーカーはこう強調する。

星野社長は80年代の米国留学中にアーカーの論文を読み、大きな衝撃を受けていた。

アーカーはブランドの価値を決める要素として次の5つ挙げている。

・認知=知られているかどうか・知覚品質=お客様がどのように感じるか・連想=ブランドについて思い浮かべること・ロイヤルティ=リピーターとなってくれるかどうか・他のブランド資産=トレードマークなど星野社長は特に「知覚品質」に注目した。

アーカーによると、この知覚品質がブランド価値のカギを握るという。

「軽井沢高原教会の知覚品質に課題がある」と直感した星野社長は、自分の考えを客観的に確かめようと、調査会社を使い、軽井沢高原教会で結婚式を挙げたカップルにグループインタビュー形式で意見を聞き、同時にアンケート調査を行った。

その結果、軽井沢高原教会は、認知度は高いが、知覚品質に陰りが出つつあることがはっきりした。

 

【解決への取り組み】Breakthroughやめるだけでなく、より良い点を加える知覚品質が下降してきた理由は、メルヘン志向の演出にあった。

「このままでは軽井沢高原教会のブランド価値は低下し、立ち行かなくなる」。

星野社長は危機感を持った。

業績好調な事業を改革すべきか?だが、すぐには改革に踏み出さなかった。

星野リゾートは当時、軽井沢だけでビジネスを展開していた。

軽井沢高原教会の結婚式とホテルの披露宴を合わせたブライダル部門は、会社の中で大きなウエートを占める事業だった。

リゾートウエディングのブームは続いており、馬車などのメルヘン志向の結婚式を喜ぶお客様は相変わらず少なくなかった。

「データの上で知覚品質に陰りがあるのは確かだが、ウエディング部門は今のところ順調だ。

本当に改革に踏み切っていいのか」。

星野社長は自問自答を繰り返した。

決断をためらう間、知覚品質の調査データは下降線をたどった。

星野社長は2年間悩み続けた末、「従来のやり方をやめるという消極的な考えだけではうまくいかない」「新しい方向を目指す、より良い点をつけ加えるという積極的な視点を持つと、『変える勇気』がわく」と気づき、全面的な見直しを決断した。

 

原点に返ってセレモニーを見直す「挙式セレモニーとは本来どうあるべきなのか。

その原点に返って考えてみよう」。

星野社長はスタッフに語りかけた。

出席者の心に残るしっかりとしたセレモニーにするために、式の内容を見直すことにしたのである。

ソフトとハードの両面を見直すその結果、軽井沢高原教会の結婚式のセレモニーでは、馬車などメルヘン志向の演出をやめることになった。

スタッフからは、「お客様が喜んでいるのになくすのか」「ブライダル部門の売上高が下がる」と心配する声が出たが、星野社長はためらわなかった。

「『心に残るセレモニー』というコンセプトに合わない。

短期的に挙式組数を維持できるからと言って、ブランド資産を削る手法は、長期的に見て持続可能ではない」と説明した。

一方、ソフトとハードの両面から結婚式の新しい魅力をつけ加えた。

まずは軽井沢高原教会の牧師と話し合いを重ね、牧師が結婚式を挙げるカップルと事前にじっくり話す時間を設けた。

牧師は新郎新婦がそれぞれ歩んできた道のりを踏まえて、式の場で語りかける。

結婚式が終わったあと、出席者がカップルに祝福を伝える方法にも知恵を絞った。

家族や友人たちが新郎新婦を囲んでシャンパンで乾杯し、和やかに語ることのできる場所を教会に近い中庭に作った。

また、それまで教会では夏の期間だけ礼拝を行っていたが、1年中、毎週日曜日の昼に礼拝を開くことにした。

結婚式の希望が多い時間帯なので、その分、挙式組数も減少する。

が、教会のあり方を見つめ直し、セレモニーの魅力を高めることを目指した。

牧師が常駐する「牧師館」も作った。

式を挙げたカップルが気軽に立ち寄れるようにして、結婚式の感動をいつまでも持ち続けてもらう。

結婚式の雰囲気に合った質の高い披露宴を行うことができるように、ホテルブレストンコートの全面的な改装も行った。

 

一連の改革によって、メルヘン風の挙式を求めるカップルは来なくなった。

このため、挙式組数が大幅に落ち込んだ。

社内からは「前のやり方のほうがよかった」という声が出たが、星野社長は動じなかった。

顧客満足度はやがて上がり、挙式組数も増加星野リゾートで広告部門のディレクターを務める直井通子氏は「挙式組数が減ったとき、ブライダル戦略会議を何回も開き、工夫を積み重ねた」と語る。

新しいセレモニーの顧客満足度はやがて上がり、それに少し遅れて挙式組数は増加に転じた。

「質」にこだわるカップルが増えるのに応じて、それに合ったサービスをつけ加えた。

1組当たりの単価は上昇し、ブライダル部門の収益力は向上した。

 

【他分野への応用】Exampleブランド価値は「貯金」に似ている星野社長は「ブランドの価値は貯金に似ている。

取り崩していたら、いつか失われる。

将来を見て、積み上げていくことが大事だ」と語る。

ブランド資産の向上に関する取り組みについて、星野社長が高く評価するのが、和菓子の虎屋である。

虎屋は約500年の伝統を持つ老舗で、長い時間をかけてブランドの価値を磨き上げてきた。

虎屋は伝統のある店舗だけでなく、六本木の東京ミッドタウンなど新しい商業施設にも出店しているが、「どの場所にあっても、全くぶれていない。

その姿勢は素晴らしいと思う。

虎屋のようかん、と聞くだけで、お客様は、さまざまなことを約束されている」(星野社長)。

ブランド価値を大事にしている企業として星野社長がもう1社挙げるのは、コカ・コーラである。

「世界中で認知されているだけでなく、知覚品質も高い。

知覚品質が高いから、コカ・コーラのマークを見るだけで、お客様はスカッとさわやかな気持ちになる。

ほかの会社もコーラを作るが、コカ・コーラを逆転できない。

それだけすごいブランドだと思う」認知率は広告費に比例するが、知覚品質は社員の力で高まる軽井沢高原教会での経験を通じて、星野社長は知覚品質の重要性を強く実感した。

「認知率はある程度、広告費と比例する面があるが、知覚品質はそうではない。

サービス業において、知覚品質を高めるのは社員の力である。

社員1人ひとりの対応にかかってくるところが大きい」と強調する。

「社員の対応に不十分な面があると、ブランドにとってマイナスに働く。

それはブランドとお客様との約束を破ることになるからだ」。

こう考えている星野社長は、機会があるごとに、社員にブランド価値について語りかけている。

教科書のエッセンス『ブランド・エクイティ戦略』●ブランドには資産としての価値がある。

その価値は時間とともに変わっていく面があるため、積極的に管理する必要がある。

●ブランドの価値を決める要素は次の5つである。

認知=どれだけ知られているか知覚品質=お客様がどのように感じるか連想=ブランドについて思い浮かべることロイヤルティ=リピーターとなってくれるかどうか他のブランド資産=トレードマークなど●ブランド力を高めることによって、企業は競争を優位に進め、収益性を高めることができる。

●ブランドの価値を高めるためには、長期的な視点に立った首尾一貫した取り組みが必要である。

●目先の売り上げや利益を追うだけでは、ブランドの価値は高められない。

お客様の期待を裏切ると、ブランドの価値は下がる。

 

星野社長が参考にしたマーケティングの教科書顧客志向の極限を知る『サービス・リーダーシップとは何か』著者:‥ベッツィ・サンダース出版社:‥ダイヤモンド社価格:‥1890円(税込み)優れたサービスを実現するリーダーのあり方を語る何度も来てもらうヒント『顧客ロイヤルティの時代』著者:‥内田和成、嶋口充輝出版社:‥同文舘出版価格:‥2940円(税込み)リピーターを増やす方法を具体的なケーススタディーで検証具体的なケースから学ぶ『グロービスMBAマーケティング』編著者:‥グロービス経営大学院出版社:‥ダイヤモンド社価格:‥2940円(税込み)ヒット商品の実例に基づいてマーケティングを体系的に論じるポジションの見直しに役立つ『ニューポジショニングの法則』著者:‥ジャック・トラウト出版社:‥東急エージェンシー出版部価格:‥1680円(税込み)時代の変化を乗り切るために、目指すポジションの見直し方を紹介名前のつけ方など多くを学ぶ『ブランディング22の法則』著者:‥アル・ライズ、ローラ・ライズ出版社:‥東急エージェンシー出版部価格:‥1785円(税込み)ブランド構築を22の視点から分かりやすく解説する体験自体に価値があるという発想が新鮮『経験価値マーケティング』著者:‥バーンド・H・シュミット出版社:‥ダイヤモンド社価格:‥2310円(税込み)感性や感覚に訴えるマーケティングについて多様な実例を交えながら解説

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