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第19章集中──「今、何が重要か」を考える

生は今この瞬間にある。今この瞬間をないがしろにする人は、日々を十分に生きることができない。──ティク・ナット・ハン(禅僧)

ラリー・ゲルウィクスは、ハイランド高校のラグビー部コーチ。

就任してからの勝敗は418勝10敗で、同部を36年間で20回の全国優勝へと導いてきた。「われわれはつねに勝つ」と彼は言う。

圧倒的な結果を出しているのだから、もっともな言葉だ。だが、彼が言っているのは試合のことだけではない。

彼の言う「勝つ(win)」とは、チーム全員がつねに考えるべき問いの頭文字でもある。「今、何が重要か(What’sImportantNow?)」という問いだ。

ラリーは選手たちに、今ここに集中しろと説く。明日の練習や来週の試合はどうでもいい。「今、何が重要か」を考えるのだ。

彼はこの指導方針を使って、ハイランド高校ラグビー部を負け知らずのチームに育て上げてきた。彼らの強さの秘密は、その集中力にある。試合中、選手はつねに「今、何が重要か」だけを考えている。

前回の失敗を思い出したり、試合の展開を不安に思ったりしない。

そんな考えは無駄でしかないからだ。さらに「今、何が重要か」という問いは、自分たちのプレイに集中するきっかけとなる。

相手のプレイを気にしていては勝てない、とラリーは言う。相手のやり方に呑まれてしまうからだ。知らず知らず集中力を失い、チームがバラバラになる。

今ここに集中し、自分たちの動きだけを意識することによって、チーム全体の気持ちがひとつになる。

そのまとまりが、スムーズな試合展開を可能にするのだ。ラリーは勝敗について、実に本質的な考え方をする。

「負けることと、打ち負かされることは違う」と彼は選手たちに言う。打ち負かされるのは、相手が強いからだ。スピードやパワーや才能の問題だ。だが、単に「負ける」というのは、自分に負けることだと彼は言う。

集中力を失い、本質を見失ったときに負けるのだ。

最高の力を発揮するためには、「今、この瞬間」だけを意識しなくてはならない。これはラグビーの試合だけでなく、私たちの仕事や生活にも言えることだ。

目次

過去や未来にとらわれない

過去の失敗について、くよくよ思い悩んでしまうことは誰にでもあるだろう。忘れたいのに、何度も何度もその場面を再生してしまう。

あるいはこの先起こることについて、心配したり考えすぎたりすることもあるだろう。考えてもどうにもならないことはわかっているのに、やはり不安で頭から離れない。

来週の会議、次のプロジェクト、この先の人生。目の前にないものばかりが頭につきまとう。過去の失敗や未来への不安にとらわれるのは、人としてごく自然なことだ。

ただし、過去や未来のことを考えるたびに、目の前の大事なことがおろそかになるという事実も忘れてはならない。

古代ギリシャには、時間を表す言葉が2種類あった。「クロノス」と「カイロス」だ。

クロノスは白髪の老人の姿で表され、時計の針の動きそのままの時間を意味している。私たちが普段使っている時間だと思ってもらえばいい。

一方、カイロスはちょっと違った性質の時間を意味している。言葉で説明するのは難しいが、「今だ」と感じるタイミングのようなものを指す。

クロノスが量の問題であるのに対し、カイロスは質の問題だ。カイロスを感じることができるのは、今この瞬間を生きているときだけである。

考えてみると意外だが、そもそも私たちには「今」しかない。未来や過去は想像のなかにあるだけで、けっして触れられない。私たちの行動が何らかの力を持つのは、今ここにおいてだけなのだ。

非エッセンシャル思考の人は、過去や未来に気をとられるあまり、今を生きることを忘れている。いつも心ここにあらずの状態で、目の前のことに集中できない。

一方、エッセンシャル思考の人は今ここに集中する。クロノスよりも、カイロスを生きる。昨日や明日ではなく、今この瞬間に何が大事かを考えるのだ。

先日、妻のアンナと待ち合わせて一緒にランチを食べた。

仕事が忙しいときはたいてい、ランチの時間を利用して朝の相談のつづきをしたり夜の予定を話し合ったりする。

だがこの日、料理が運ばれてくると、アンナがある実験を提案した。今このときに集中してみようと言うのだ。朝の話は忘れる。このあとの子供の迎えや夕食のことも考えない。

目の前の料理に集中し、ただゆっくりと食事を楽しむ。なかなかいいアイデアだ。私はゆっくりと、食事を口にはこんだ。変化はすぐに起こった。

自分の息づかいが聞こえ、無意識のうちに深く呼吸していることに気づいた。そして時間そのものが、普段よりもゆっくりと進みはじめた。

いつもは体がそこにあっても思考はあちこちを飛びまわっているのに、そのときは体と心がぴたりと一致している感じがした。

その感覚は、食事を終えても消えなかった。仕事にも変化が起こった。普段はいろいろな考えがよぎるのに、この日は目の前の仕事だけに100%集中できたのだ。

仕事は何の無理もなく、自然に、流れるように進んでいった。

いろいろな問題を細切れで考える代わりに、今やっていることだけを深く考えることができた。仕事に何のストレスも感じず、心から楽しめた。実にすがすがしい気分だった。

映画『二郎は鮨の夢を見る(1)』で有名になった世界最高の寿司職人、小野二郎の姿が頭に浮かぶ。

何十年も寿司を握りつづけてきた彼は、流れるような優雅さで見事な寿司を握る。単に練習の成果というだけではない。寿司を握る彼の姿を見ると、身も心も今この瞬間に没頭していることがわかる。それがエッセンシャル思考の生き方だ。

今このときを生きているから、目の前の仕事に全力で没頭できる。よけいな考えにエネルギーが奪われることもない。持てる力のすべてを賭けてこそ、偉大な仕事は可能になるのだ。

集中の対象をひとつに決める

しばらく前のことだが、スタンフォードの大学院時代の同級生と偶然再会した。大学のオフィスでコンピュータに向かっていたとき、向こうから声をかけてきたのだ。

軽く近況報告をしたあと、実は転職活動中なんだ、と彼が言い出した。こういう感じの仕事を探しているんだが、心当たりはないかと言う。もう少し詳しい条件を聞かせてくれ、と私は言った。

だが30秒もたたないうちに、携帯電話のメールの受信音が響いた。彼は何も言わずに携帯を取り出し、返信を打ちはじめた。私はそういうときにいつもするように、口を閉じて終わるのを待った。

10秒がたち、20秒がたった。私はじっとそこに立ち、彼が夢中でメールを打つのを見ていた。無言で画面に集中している。

いつになったら私に気づくだろうと思い、そのまま待ってみることにした。ところが2分たっても、何ひとつ変化がない。じっと立ったまま相手を待たせるには長い時間だ。

私はあきらめて席に戻り、仕事を再開した。それから5分後、彼はようやく現実に戻ってきてふたたび私に声をかけた。

「さっきの話なんだけど、いい仕事はないかな?」心当たりがないわけではなかったが、今の対応を見ていると、この男を紹介していいものかどうか不安になった。

面接中に突然携帯電話を見はじめたらどうする?たとえ体がそこにあっても、いきなり心がどこかに行ってしまうのではないか?マルチタスクの弊害、ということがよく言われる。だが実を言うと、複数のことを並行しておこなうのは難しくない。

皿洗いをしながらラジオを聞いたり、食事しながら会話をしたり、掃除をしながらランチの相談をしたり、メールを打ちながらテレビを見たり。

問題は、人は一度にひとつのことにしか「集中」できないということだ。複数のことをやるのはかまわない。

しかし集中の対象がどれなのかは、はっきりさせておく必要がある。

エッセンシャル思考の敵はマルチタスクではなく、焦点を複数に合わせようとすること、すなわちマルチフォーカスなのだ。

今ここを生きるテクニック

では、今この瞬間に集中するにはどうすればいいのだろうか?いくつかのテクニックを紹介しよう。

◆「今、何が重要か」を考える

先日ニューヨークで、経営者のためのエッセンシャル思考講座を1日がかりで実施した。

優秀な経営者たちに教えるのは楽しく、充実した時間を過ごすことができた。ところが部屋に戻ると、急に混乱に襲われた。

部屋の中のあらゆるものが、やらなくてはならない用事を思い出させた。

メールチェック、留守電の確認、読みかけの本、来週のプレゼンの準備、今日の経験から得られたアイデアをメモすること等々。

単にやることが多いだけでなく、何から手をつければいいかわからない状態だった。不安に駆られた私は、その場に座って目を閉じた。

「ちょっと待て。今、何が重要なんだ?」答えは明らかだった。今やらなくてはならないことは、「今、何が重要か」を決めることじゃないか。

私は立ち上がり、部屋の片づけを始めた。あちこちにものが散らかっていたら、どうしても気が散るからだ。携帯電話の電源も切った。メールで邪魔される心配がないというのはいいものだ。

私は日記を開き、今日の出来事を書きとめた。書いていると心が落ちついてきた。そのまま、今やらなくてはと思っていることを紙に書き出した。

それから私は、「安心して眠りにつくためには、今何をすべきか?」と考えた。いちばん重要なのは、妻と子供におやすみを言うことだった。

そのほかにやるべきことは多くない。翌朝のために、モーニングコールと朝食の手配をしておく。明日の講義のファイルがすぐ開けるように用意する。シャツにアイロンをかける。それだけだ。

それ以外は今考えることではないので、リストに線を引いて消した。

やることが多すぎて何から手をつけていいかわからなくなったら、まずは考えるのをやめて、深呼吸をすることだ。心を落ちつけて、今この瞬間に何が重要かを考えよう。

明日のことや、1時間後のことは忘れていい。今だけを見るのだ。

それでも何から手をつけるかわからないなら、やるべきことをリストアップしたあと、今すぐやること以外はすべて線を引いて消してしまおう。

◆未来を頭の中に抱えない

頭のなかに未来のことが詰まっていると、今この瞬間に集中できない。

先ほどの例でいえば、私は今すぐやることを決めたあと、「今すぐ必要ないけれど重要なこと」をリストアップすることにした。

刺激的な1日のあとで、やりたいことのアイデアがひしめいていたのだ。私は日記の新しいページを開き、「この先やりたいことは何か?」に対する答えを書いた。

うまく形になっていなくてもいいから、とにかく頭の中にあるものを紙に吐き出していった。

紙に書くことには、2つの効果がある。ひとつは、有用なアイデアを忘れないこと。

そしてもうひとつは、「覚えているうちに何かやらなくては」という漠然とした焦りを感じなくてすむことだ。

◆優先順位をつける

今すぐやるべきことのリストができたら、優先順位の番号を振って、順番に片づけていこう。一度にひとつのことに集中し、終わったら線を引いて消す。

おかげで私は今すぐやるべきことをすべて手際良く終え、安心して眠りにつくことができた。

マインドフルネスを身につける

不動産大手コーニッシュ&キャリーの副社長をつとめるジェフリー・A・ロジャーズが、シンプルな気分転換法を教えてくれた。

彼がこのやり方を思いついたのは、車で帰宅するときに仕事のことばかり考えている自分に気づいたからだった。

とっくに会社を出たのに、心はまだ会社にいるかのように今日の出来事や明日やるべきことを延々と考えている。

ジェフリーは家のドアを開ける前に、「気分転換の一呼吸」をすることにした。やり方は簡単。ちょっと立ち止まり、目を閉じてゆっくりと息を吸う。深く吸い込んだら、今度はゆっくりと吐き出す。

そのときに、仕事の考えをすべて空気と一緒に吐き出してしまう。こうすると、家の中に入るときには家族のことに集中できるそうだ。

老子も言うように、「仕事は存分に楽しめ。家に帰れば家にいろ」というわけだ。

ベトナム出身の禅僧ティク・ナット・ハンは、世界でもっとも穏やかな人だ。彼の生きる時間は、古代ギリシャ人の言うカイロスである。彼はそれを「マインドフルネス」と呼ぶ。

「マインドフルネスの状態は、あなたを今ここに戻してくれます。今ここで自分の幸せを認識するとき、幸せはやってくるのです(2)」彼はそうした「今、ここ」の状態を生きている。

お茶を飲む時間も、彼にとっては大切なカイロス時間である。

茶碗を持ち、息を深く吸い込むと、心が体に戻ってきて、あなたは今このときに落ちつきます。身も心もひとつになり、一杯のお茶に命を見いだすでしょう。あなたはそこに在り、お茶もそこに在ります。過去や未来をさまようことなく、思いや不安に惑うことなく。心を悩ませるものから解き放たれ、一杯のお茶を楽しむのです。それが幸せのときであり、安らぎのときです

自分の日々を振り返り、カイロス的な瞬間を見つけよう。それを日記に書きとめて、どんなときにそうなるかを分析しよう。

「今、ここ」を感じられるきっかけがわかったら、その体験を再現できるように練習してみよう。

カイロスを感じられるようになれば、あなたのパフォーマンスは何倍にも高められ、同時に大きな喜びを知ることができるだろう。

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