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第14章 GTDと認知科学

本書の初版が刊行されて以来、社会心理学と認知心理学における研究が進み、GTDの提唱する基本原則が有効であることが科学的にも立証されるようになった。

最近まで、GTDの効果は経験則的にしか確認できなかった。

GTDの5つのステップを実践したことのある人なら誰でも、「やるべきことが明確になって適切に物事に集中できるようになりました」と、その効果を認めている。

本書で紹介してきたGTDのテクニツクをすこしでも実践しはじめた人ならば、自分の生活や仕事にプラスの影響があつたことに気づいていることだろ う。

近年、認知科学の領域では、GTDの手法とその理論の成り立ちが理にかなったものであるこ とが研究データによって証明されつつある。

これまで当たり前のようにそこにあった重力の存在がようやく証明されたような話だ。

そして、こうした研究データによって、私が本書で提示しているワークフロー管理手法の信憑性が増し(これはおそらく必要なことだろう)、 一見シンプル なGTDのプロセスと行動がなぜこれほどまでに確実な成果をもたらしているのかの説明がつく ようになった。

この章ではそのあたりの研究を紹介していこう。

GTDの効果を裏付ける研究は、次のような 範疇やカテゴリーにおいて行なわれてきた。

  • ポジティブ心理学
  • 分散認知―  「外部の脳」の価値
  • 「済んでいないこと」によつて生じる負荷の軽減
  • 「フロー」
  • 「セルフリーダーシツプ」論 。
  • 「実行の意図」を通じての目標達成 。
  • ポジティブ心理資本
目次

GTDとポジティブ心理学

2000年、米国心理学会の会長に就任したマーティン・セリグマンは、その就任演説で心理学の領域における研究対象を変えるべきだと訴えた。

人間の心理状態のネガテイブな側面を研究して解明するだけではなくて、人間を人間たらしめるポジティブな側面に目を向けていこうという主張である。

これは、20世紀半ばに提唱されたアブラハム・マズローによる「自己実現理論」 をより具体化し、心理学の中心としていこうという呼びかけにすぎないだろう。

だがそれ以来、 ポジティブ心理学はメジャーな研究分野に成長した。

このような変化のおかげで、基本レベルでも応用レベルでも、この分野に関するさまざまな 研究が行なわれるようになった。

そして数多く存在する心理学的要素への理解が深まり、それを 応用することによって多くの人たちの人生が改善されてきた。

ポジティブ心理学は実に幅広い分 野をカバーしているが、幸福、心の健康、フロー(最高の体験)、意義、熱意、目的、真のリー ダーシップ、精神力、価値観、個性、美徳などといった要素がそこに含まれている。

現在では世界中の大学院でこの分野を研究するプログラムが設置されており、さらに拡大を続けている。

さて、これがGTDにどう関係するのだろうか。GTDは単なるプロジェクトの管理手法ではない。

効率よく生産的に仕事を進める手法というよりは、有意義な仕事、意識的な生活、心の健康といった根本的な問題に目を向けた手法だ。

日々生じる「やるべきこと」について、どのような結果を望むかに注目し(そうすることを必須としている)、「把握する」「見極める」「整理する」「更新する」のステップを実行して頭をすっきりさせるというプロセスは、有意義な人生を生きるためのやり方でもある。

GTDの効果をすでに体感した人もいるだろうが、その考え方がどのように私たちの精神や健康、パフォーマンスに結び付くのかを、いくつかの理論や研究結果を通じて見ていこう。

分散認知――「外部の脳」の価値

2008年、ベルギーの2人の研究者による「GTDI ストレスフリーの生産性手法の背景にある科学」という非常に興味深い論文が専門誌で発表された。

この論文では、実際の研究データの裏付けとして、認知科学の観点からGTDの手法を分析し ている。

その内容は詳細かつ本質的なもので、実に見事に結論が導き出されている。何度も読む価値がある論文で、ここでは語り尽くせないほど素晴らしい内容だ。

せっかくなので一つだけ紹 介しておくと、「頭はパターン認識に基づいてアイデアを生み出すが、多くの物事を覚えておけるような仕組みにはなっていない」という主張がまさに核心を突いているといえるだろう。

頭は何かを認識する能力には秀でているが、覚えておくのは大の苦手である。

たとえば、カレンダーを見たときに、その日には何があってどのような段取りになるかは一瞬で認識できるが、 2週間先までの予定を覚えておくとなるとまったく別の話になってしまう。

認知科学においては、ダニエル・J ・レヴィティンが著書『整理された脳――情報化時代における明確な思考』で新たな発見を見事に解説している。

情報があふれる中で関連データを管理し、認識しておく能力には限りがあるということ、そのため「外部の脳」を構築し、有効活用す ることが不可欠だということだ。

簡単に言えば、記憶に頼ってすべてを整理しようとすると(実際、多くの人が人生のあらゆることに関してこれをやってしまう)、頭には処理能力以上の厳しい負荷が課されることになり、 うまく働かなくなってしまうのだ。

だが、あとで考えて行動できるようにリマインダーを設定しておくことができれば、頭はリラックスし、ある状況下で優れた思考を自然と発揮することができるようになる。

たとえば、 メールを読んだあとに、それに対応するための会議の予定をカレンダーに書き入れておくといったことだ。

会議の予定は前もつてカレンダーで確認することになるから、そのときになれば適切に準備ができるだろうと安心し、また頭が働くようになるのだ。

GTDの手法を実践すると、集中的に取り組むべきものを見極めて、初期段階で効果的に手を回しておくことができるようになる。

また、適切な時期が来たときに思考を促すためのリマインダーを整理しておくこともできる。

先に述べた2人の研究者は、意識の特性を最大限に活かすための方法を科学的に説明し、最低限の思考だけでも最高に素晴らしい成果を生むことができると いう理論を見事に展開している。

「済んでいないこと」によって生じる負荷の軽減

21 世紀を迎えて以来、心理学者のロイ・バウマイスターらにより、「済んでいないこと」が与える心理的影響に関する研究が進んでいる。

目標やプロジェクト、求めている結果などの「済んでいないこと」が意識にどのような影響を与えるのかについてバウマイスターの導き出した結論は、私が何十年にもわたり実際に日にしてきたことを裏付けている。

つまり、「済んでいないこと」があると頭の多くのスペースが占領され、明確な思考と集中力が制限されてしまうのだ。

また興味深いことに、バウマイスターはGTDの理論をもう一つ証明してくれている。

つま り、精神の負荷を軽減させるためには、「済んでいないこと」を必ずしも完了させる必要はなくて、のちに一、のちに必ずそれについて行動がとられるという信頼性のある計画こそが必要だということだ。

適切な期間内に確認するとわかっているリマインダーが信頼できる場所に設置されていれば、 約束を果たすための「次にとるべき行動」を判断しておくだけで必要十分というわけである。

彼 はその素晴らしい著書『意志力の科学』において、私の提唱する考え方とモデルを頻繁に引き合 いに出している。

知識労働において常に必要となる「心の筋肉」を鍛えるために、GTDの考え方が有効だと主張しているのだ。

「フロー」

心理学の領域で広まっている理論で、よくGTDに関連付けて語られるものの一つに「フロー」がある。フローとは、最大限にパフオーマンスを発揮している状態だ。

これはアスリート たちが「ゾーン」と呼ぶもので、第1章で述べた「水のような心」にも密接に関係している。

フ ローの体験にはいくつかの特徴的な要素がある。

まず、フローを体験するには、ある活動の難易度が自分の能力に対して適切なレベルでなくてはならない。自分の能力以上に難易度が高いと不安が生じ、逆に難易度が低いとその活動に退屈してしまう可能性が高いからだ。

フロー体験は通常、ある活動に完全に没頭している状態で起こるものだ。

そうなると、その人には状況を完全にコントロールできているという感覚が生まれ、日標がはっきりと見えてくる。次に何が起こるのかがわかっており、何かが起きても瞬時に対応ができるようになる。

また、行 為と認識が融合する感覚が生じ、その間は時間の認識がなくなって無我の境地に至る。

通常、その活動に対しての内的モチベーションがあり、外部から得られる報酬ではなくて活動そのものが 目的となっている。

フロー体験中は最大限のパフォーマンスが発揮できており、自分が今してい ることに完全にのめりこんでいる。

そしてフローをいったん体験すると、その活動をもっと行ないたいという欲求が生まれてくる。

フローは、もともとは余暇活動(ロッククライミング、絵画など)の研究を通じて概念化され た。

だが、チクセントミハイとルフェーヴルは、高度なスキルを要するのは余暇よりも仕事のほ うであり、多くの仕事にはフロー体験を生じさせるような目標とフィードバック機構が備わって いることを見出した。

GTDのアプローチには、明確な目標をもつことや、フィードバックを受けることなど、フ ロー体験が発動する条件が含まれている。

一度に一つのことのみに集中すべきというGTDの アプローチは、 一つの活動に完全にのめり込み、ほかのことによつて意識が乱されないというフ ローの状態と密接に関係している。

GTDを実践すると、仕事とプライベートにおいてフローが生じやすくなるのだ。

また、やるべきことを頭から追い出して外部のシステムに預けることで状 況を把握しやすくなるが、これは一種のフィードバック機構ともいえる。

また、やらなければな らないことを総合的に把握できていると、ある時点で何に注意を向けるべきかが適切に判断でき るようになり、日の前のことに集中できるようになる。

これによって、フローが生じやすくなる のである。

「セルフリーダーシップ」論

セルフリーダーシップは1980年代半ばに提唱された理論で、セルフマネジメントの概念を 拡大したものである。

クリストファー・P ・ネックとチャールズ・C ・マンツの定義では、セル フリーダーシップとは、特定の行動や認識のテクニックを用いて自らに影響を及ぼし、自分自身 の行動をコントロールしていくプロセスのことである。

この理論はマネジメントやリーダーシップの教材で幅広く取り上げられているほか、セルフ リーダーシップ研修プログラムといったものも作られるようになるなど、かなり普及してきてい るようだ。

セルフリーダーシップは、主に「行動への集中」「内的報酬」「建設的な思考パターン」という 三つのカテゴリーに分類される。

「行動への集中」では、自己認識を高めることによって行動を管理することを目指している。

の視点をもつことは、やらなければならない厄介な仕事をこなしていくのに役に立つ。

具体的な 方法としては、内省、自己目標設定、自己報酬、自己処罰、自己へのきっかけ作りなどがある。

「内的報酬」では、外部からやらされていると感じることなく、行動そのものからモチベーショ ンを得られるような状況を生み出すことを目指す。

楽しくない活動がより楽しいものになるよう に工夫したり、活動の楽しい面に意図的に目を向けたりして充実感を得ようとする。

「建設的な思考パターン」では、パフオーマンスが上がるような思考法を目指す。

たとえばセル フトークやメンタルイメージによって、ゆがんだ考えや思い込みを変えたりする。

GTDには、このようなセルフリーダーシップに結び付く要素が含まれている。

もっともわか りやすいのは、自己へのきっかけ作りの概念だろう。

GTDをうまく実践できるようになると、 将来の行動を促す物理的なリマインダーを設定できるようになるからだ。

また、GTDには「内 的報酬」の要素もある。

小さいながらも厄介なタスクを把握し、こなしていくのはある意味快感 だ(頭のメモリの大掃除と自由な時間でそれが実現する)。

さらに、GTDには、仕事を漠然と したプロジェクトではなくて、「次にとるべき行動」として具体的にとらえようとする考え方が ある。

「これは無理だ、とてもできない」から「よし、やってやろう」という態度へと変わるの だ。

この考え方は、ポジティブなマインドセツトを目指すセルフリーダーシップの好例だろう。

セルフリーダーシップのテクニックを活用すると、「自分はできる!」という自己効力感が高 まることがわかっている。

自己効力感は、組織心理学においてもっとも活発に研究されている概 念の一つで、会社員の場合でも起業家の場合でも、仕事の満足度やパフォーマンス、その他のポ

ジティブな組織行動に結び付くものであることがわかっている。

「実行の意図」を通じての目標達成

人生には目標(望んでいる結果)が欠かせないものだが、GTDはそれが個人のものでも、 組織のものでも、その達成に向けて着実に行動を促してくれる方法論だ。

心理学者のピーター・ M ・ゴルヴイッツアーとガブリエル・エッテイングンは、目標達成に関する研究を行なってお り、「実行の意図」の効果を説いている。

手短かに言うと、設定された目標へ向かって行動をとるための最善の方法は、将来の行動に 対して、「こうなったらこうするのだ」という因果関係を頭の中で作っておくというものだ。

前 もって何らかの計画を立て(実行の意図)、どのような場面で何をするのかを決めておくと、残 りわずかな意志力をふり絞らずとも、自然と適切な行動がとれるというのである。

GTDのシステムでも、前もって行動の選択肢を決めておくという点で、「実行の意図」が活 用されているといえるだろう。

たとえば、「職場で1時間以上の時間があって、エネルギーのレ ベルが高いときに、リストを確認して難しそうなタスクを片付ける」「日曜日の午後になったら 週次レビューを行なう」「混乱していて手に負えないと感じたら、気になることを書き出す」な どが、GTDでいうところの「実行の意図(こうなったらこうする)」にあたる。

ポジティブ心理資本

ポジティブ心理資本というのは比較的新しい考え方だ。

近年の組織心理学では、どのような心 理状態であれば、労働者が高い処理能力を発揮できるのかが研究されるようになってきた。

ポジ ティブ心理資本は、「自己効力感」「楽観性」「希望(ビジョン)」「再起力(レジリエンス)」とい う四つの要因に分けられる。

「自己効力感」とは、難しいタスクであっても、自分ならばきっと遂行できるという自信をも つことである。

・「楽観性」は、物事をポジティブにとらえ、現在や将来の成功へと結び付けて考えることであ る。

・「希望(ビジョン)」は、日標に向かって粘り強く取り組み、必要に応じて軌道修正を行なうこ とである。

・「再起力(レジリエンス)」は、逆境や課題を乗り越えて元の状態に戻る― あるいはそれ以上 になって復帰する力のことである。

一つひとつの要因によってどのような結果がもたらされるかについてはある程度わかっている し、統計的なデータもあるだろう。

ただしこれらを組み合わせたときには、それぞれの効果を足 し合わせた以上の効果が期待できる。

この分野の研究はまだ始まったばかりだが、この理論を応

用することで、個人や組織のパフォーマンスにポジティブな影響を与えられることがすでに立証 されつつある。

ポジティブ心理資本は、心理的な特性というよりは心理的な状態を表すものだ。

つまり、気分 のようにそのときどきで変わっていく。

逆をいえば、この状態は個々人の生まれもった特性に左 右されることなく、ある程度はコントロールが可能だということでもある。

GTDの手法を実践すると、ポジティブ心理資本のすべての要因を取り入れることになる。

まず、自分や他者に対するすべての約束を把握しておけるようになり、そのときどきに何をす べきか(すべきでないか)を適切に判断できるようになるため、それが自信とコントロール(自 己効力感)につながっていく。

また、目的をもって目標に向かっていけばプロジェクトの成功につながるという因果関係が見 えるようになり、未来に対してポジティブになれる(楽観性)。

GTDが習慣になると、自分に とって意味のあるプロジェクトを見出して完了までに必要な次のステップを明らかにし、それを 忠実に実行していくことができるようになる。

そして何かが完了するたびに、「もっとやってみ よう」という前向きな気力が湧いてくるのだ。

また、GTDではあらかじめ行動の選択肢を用意しておくために、「仕事を見極めるための仕 事」をする。

これは目標設定(求める結果は何か?)とそこに至るまでの道筋(次にとるべき行 動は何か?)を決めることでもある。

そういう意味では「目標に向かって軌道修正しながらたど り着いていく」という、「希望」の要因を実践しているといえるだろう。

GTDを実践している人は、そうでない人よりも失敗からの回復力(再起力)が優れていると いう実証的なデータはまだ存在しない。

しかし、世界中の有能な人たちに携わってきた私に言わ せれば、これが正しいことは明らかだ。

これまでに多くの人が、家庭における深刻な問題、キャ リアにおける激しい変化などを経験してきたが、GTDを実践していたおかげで正気を保ちつ つ、生産的に活動することができたからだ。

GTDの手法を取り入れると、困難に直面しても冷 静さとコントロールを保つことができるようになる。

ストレスや逆境の中でこそ思考が冴え渡つ てきて、てきぱきと対応できる人は、そうでない人よりもストレスから回復しやすいのは間違い ないだろう。

ポジティブ心理資本というくくりで考えると、組織としてGTDを導入している集団がなぜ 高い対応能力を発揮して優れた結果を生み出し、強固な組織となっているのかが理解できる。

今 後、組織心理学におけるポジティブ心理資本がどれだけ解明され、発展していくかは別として、 GTDの実践によって得られる心理面や感情面、そして身体面での効果を説明する枠組みである ことは確かだろう。

今後も科学的な研究が進み、GTDの効果を裏付ける新たなデータが次々と出てくるはずだ。

私はGTDに携わりはじめた当初からその効果を確信しており、数えきれないほど多くの人たち がそれを実際に体験してきた。

「気になること」のすべてを把握し、それについての行動を見極 めて整理し、最新の状態を保つことができれば、より知的で実り多い人生を送ることができるの だ。

これほど素晴らしいことはないだろう。

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