「NO」は完成された文章である。──アン・ラモット(作家)韓国のIT企業に勤めるジン・ユンは、結婚を間近に控えていた(1)。
だが結婚式の3週間前におこなわれる取締役会の資料づくりを任されていたので、ゆっくり式の計画を立てる余裕もない。
なんとか早めに終わらせようと、彼女は大量の書類やスライドを必死で作成した。
1日15時間も働いたおかげで、締切より早く資料を完成させることができた。上司も仕事の早さに驚いたようだ。
これで取締役会までの5日間は、結婚式の準備にあてられる。
ところが、そんな彼女に上司から電話がかかってきた。取締役会に先立って、緊急で対応しなければならないプロジェクトがあると言う。
今の上司のもとで数年間働いてきたが、ジン・ユンは一度もノーと言ったことがなかった。
たとえ地獄のようなスケジュールでも、従順に仕事を引き受けてきた。自分の時間をどれほど犠牲にしても、言われた仕事は完璧にこなした。
だが今回にかぎっては、そうするわけにはいかなかった。「できません」と彼女は言った。謝罪も言い訳もしなかった。
「時間をつくるために、必死で仕事を終わらせました。この5日間くらい、自由に使ってもいいはずです」
それから、おもしろいことが起こった。チームの全員がその仕事を断り、上司が自分でやることになったのだ。
はじめのうち、上司はかなり頭に来ているようだった。ほかの仕事もあるのに、1週間丸々そのプロジェクトに費やさなくてはならないからだ。
だがそのうちに、上司も自分のやり方の欠点に気づきはじめた。厳しく要求するだけでは、人を動かすことはできない。
少しペースをゆるめたうえで、こちらの求める成果や責任について各メンバーに理解してもらう必要がある。
結果的に、上司はジン・ユンの勇気ある「ノー」に感謝することになった。
「これ以上はできない」という線を引いてくれたおかげで、無理なやり方に気づくことができたし、それを変える準備もできたのだ。
ジン・ユンはノーと言うことで、上司の感謝と敬意を勝ちとったのだった。現代は、仕事とプライベートの線引きが難しい時代である。
通信手段が進化したおかげで、いつでもどこでも仕事をすることが可能になった。
24時間連絡がつくのが当たり前になり、休日にも対応を迫られることが珍しくない。単に境界が薄れているだけではない。
仕事は一方的にプライベートを侵食しようとしている。
もしも月曜の朝に子供たちを連れて会社に遊びにきたら、おかしな気がするはずだ。
それなのに土日に家や会社で仕事をすることは、ごく自然な行動のように思われている。
ハーバード・ビジネススクール教授で『イノベーションのジレンマ』の著者であるクレイトン・クリステンセンも、そんな要求をされたエピソードについて語っている。
当時彼は経営コンサルティングの会社に勤めていたのだが、土曜日に仕事を手伝ってほしいと上司に頼まれた。
だがクリステンセンは、あっさりとこう答えた。
「ああ、すみません。毎週土曜日は妻と子供と過ごすことにしているんです」上司は腹を立てて立ち去ったが、しばらくすると戻ってきてこう言った。
「よし、チームの全員と話をつけて、土曜日のかわりに日曜日に集まることにしたよ。日曜は出られるんだろうね?」
クリステンセンはため息をつき、こう答えた。「調整してくれたのはありがたいんですが、あいにく日曜は都合が悪いんです。毎週日曜は神様のために使うと決めているので」上司はひどく不機嫌な顔で立ち去った。
それでも結局、クリステンセンの評価が下がるようなことはなかった。
その瞬間は上司もかなり怒っていたが、やがて土日は働かないというスタイルを普通に受け入れてくれた。
プライベートとの線引きを尊重してくれるようになったのだ。
「一度でも例外を許したら、その後は例外だらけになってしまいます」とクリステンセンは語る(2)。
仕事の線引きは砂の壁のようなもので、一カ所が崩れると、ほかも一気に崩壊してしまうのだ。
境界線を引くのが簡単だと言うつもりはない。
ジン・ユンやクリステンセンのようにうまくいくケースばかりではないだろう。
出世の妨げになるかもしれないし、最悪仕事を失うことも考えられる。自分の領域を守るには、ときに大きな代価が必要だ。
だからといって、境界線を放棄してしまったら、もっと大きな代償を払うことになる。
人生でもっとも大事なものを選べなくなるからだ。
ジン・ユンやクリステンセンは、自分の大事なものを守るために、この先はゆずれないという線を引いた。
自分で線を引かなければ、自分の領域は守れない。あるいは誰かが勝手に、もっとも望ましくない形で線を引いてしまうかもしれない。
非エッセンシャル思考の人は、線を引くのがあまり好きでないようだ。境界線などなくしたほうが、バリバリ仕事ができると思っている。
「自分には限界なんてない、何だってこなせるし、全部片づけてやる」というわけだ。だが、それは思い上がりである。
あまり無理をしていると、忙しすぎて何ひとつまともに完成させられなくなってしまう。
一方、エッセンシャル思考の人は、境界線を上手に利用する。一線を引くことで自分の時間を守り、他人からのよけいな干渉を防ぐのだ。
はっきりとした線引きがなければ、他人はどこまで踏み込んでいいかわからず、どんどん侵略してくる。
いちいち対応していたら、自分の大切なものが見えなくなってしまう。
面倒くさい人たちと一線を画す
線引きが必要なのは、仕事だけではない。友人や近所の人が、あなたの時間をどんどん奪っていくこともある。
せっかくの休みが、つきあいのために消えていった経験はないだろうか。
こちらの領域にずかずかと踏み込んできて、いつまでも立ち去ろうとしない人はいないだろうか。面倒くさい人はどこにでもいるものだ。
自分の問題を自分で処理できず、こちらに助けを求めてくる。相手の都合などおかまいなしだ。
うっかり巻き込まれると、私たちの時間とエネルギーは相手にすっかり吸いとられ、自分にとって本当に大事なことができなくなってしまう。
ジン・ユンやクリステンセンのように、他人の思惑から自分の領域を守るにはどうすればいいのだろうか。
いくつかのヒントを紹介しよう。
他人の問題を横取りしない
人助けが悪いことだとは言わない。他人の役に立つのはうれしいものだ。だが、本人が解決すべき問題を肩代わりするのは、人助けではない。
その人は問題を解決しようとしなくなり、よけいに問題から脱け出せなくなってしまう。
臨床心理学者のヘンリー・クラウドが、著書『境界線(バウンダリーズ)』でその種のエピソードを語っている。
ある夫婦が、25歳の息子のことで相談にやってきた。息子を治してほしい、と言うのだ。
なぜ息子さんを連れてこなかったのか、とクラウドがたずねると、夫婦は「本人は問題があると思っていないんです」と言う。
詳しい話を聞いたあと、クラウドは夫婦の期待に反して次のように結論づけた。
「息子さんの言うとおりですね。息子さんには何の問題もありません。あなた方の問題なんです。あなた方がお金を払い、悩み、心配し、あれこれ世話をやいている。息子さんが問題を抱えられるわけないんですよ、あなた方が問題を横取りしているんですから(3)」
それからクラウドは、夫婦にたとえ話をした。隣人が、まったく芝生に水をやらない人だったとしよう。
あなたがスプリンクラーをつけると、水の勢いが強すぎていつも隣の芝生にふりそそぐ。
あなたの芝生は枯れそうになっているが、隣人は自分の青々とした庭を見て「今日も調子がいいな」と満足している。
あなたの努力は無駄になるし、隣人はいつまでたっても水やりの習慣を身につけない。
どうすれば解決できるのか?クラウドはこう説明する。
「塀を立てなさい。問題をあなたの庭から追い出して、隣人のもとへ帰してやるんです」
仕事の世界では、誰もが他人のスプリンクラーのおこぼれにあずかろうとしている。
上司は自分の企画にあなたを巻き込もうとしているし、同僚は自分の手がまわらない仕事をあなたに任せようとしている。
重要なミーティングに向かう道すがら呼び止められて、一方的な自慢話を聞かされる。大事な電話や仕事を抱えているのに、別の用事を押しつけられる。
時間やエネルギーを他人に奪いとられないためには、頑丈な塀を立てるしかない。ただし、頼み事をされるたびに塀を立てるのでは間に合わない。
ゆずれない線をあらかじめ明確に引き、不用意に入ってこられないようにしておいたほうがいい。
本人の解決すべき問題は、本人に解決させる。それがあなたのためであり、相手のためでもあるのだ。
境界線を引いて自由になる
交通量の多い道路に面した学校を想像してほしい。初めのうち、子供たちは校庭のほんの片隅しか使わせてもらえない。
あまり建物を離れると、大人の目が届かなくなるからだ。だがそのうちに、校庭のまわりにフェンスが設置される。
すると子供たちは校庭をめいっぱい使えるようになり、それまでよりずっと大きな自由を手に入れる(4)。
同じように、私たちも自分の境界を定めなければ、他人の侵入を受けてどんどん居場所がなくなっていく。
明確な境界線を引くことで、自分の領域を好きなだけ使えるようになるのだ。
自分の境界線がどこかを知る
これまで数多くの経営者にたずねてみたが、自分の境界線がどこにあるかを明確に答えられる人はあまりいない。
どこかに「やりすぎ」の線があることはわかるのだが、うまく言葉にできないのだ。
自分で明確な線が見えないのだから、他人にそれを推し量れと要求するのは酷である。
自分の境界線を知るためには、いつも足を引っ張られる相手のことを思い出すといい。どんなときに、その人に邪魔をされたと感じただろうか。
どんな頼みをされたときに、さすがに断るしかないと思っただろうか。それからもうひとつ、他人に侵害されたと感じた出来事をリストアップしてみよう。
大げさなことでなくてもいい。イラッとする出来事があれば、それが境界線のヒントだ。
気乗りしないイベントに無理やり誘われたとか、頼んでもいないのに「いい話」を持ってきたとか。そこでいやな気持ちになったなら、それがあなたの境界線かもしれない。
難しい相手とは契約を結ぶ
あるプロジェクトで、仕事のやり方が正反対の同僚とペアを組んだことがある。まわりの人間は、今にケンカになるのではないかとヒヤヒヤしていた。
だが予想に反して、私たちはとても良好な関係を保っていた。なぜか?その秘訣は、仕事を始める前にやり方を明確にしたからだ。
自分が何を優先するか、何が妥協できて何ができないか、その線引きを宣言した。
「まず、めざすものを明確にしておこう。僕がいちばん重要だと思うのは、これとこれで……」というふうに話を切り出し、相手のやり方についても同じように聞かせてもらった。
それから私たちは、たがいを侵害しないように契約を結んだ。
この章の最初のエピソードでジン・ユンが言ったように、ここはゆずれないという線をたがいに引いたのだ。
めざすものと、ゆずれない線が明らかになれば、相手に間違ったことを期待しなくてすむ。
相手がいやがる要求は未然に防げるし、重要なことの邪魔をして機嫌を損ねることもない。
そうして契約を結んだ結果、私たちは最後まで気持ちよく仕事をして、すばらしい成果を上げることができた。
正反対のタイプにもかかわらず、最高にうまくやることができたのだ。
最初は難しいと思うかもしれないが、練習すれば境界線を引くことはどんどん簡単になるはずだ。
努力せず、自動的にエッセンシャル思考を実現する何かをやりとげるには、2種類のアプローチがある。
非エッセンシャル思考の人は、努力と根性でやりとげようとする。
だがエッセンシャル思考の人は、なるべく努力や根性がいらないように、自動的にうまくいくしくみをつくる。
第1章でクローゼットのたとえ話をしたが、クローゼットをつねにきれいに保っておくためには、しくみ化が不可欠だ。
たとえば、不要品を入れる大きな袋と、必要なものを入れる小さなスペースを用意する。
ゴミの回収日やリサイクルショップの場所を把握する。定期的に服を処分しに行く日を決めておく。
つまり、いったんやるべきことを決めたら、それを無意識に実行できるようにしておくのだ。クローゼットがあふれ返るまで放置してから苦労して片づけるのでは、すぐにいやになる。
そうではなく、きれいになるしくみを日々の行動に組み込んで、散らかることを未然に防いだほうがいい。人はラクをしようとする生き物だ。
だから、何の苦労もなくスムーズに正しい行動ができるようにしておこう。
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