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第12章キャンセル──過去の損失を切り捨てる

この世のトラブルの半分は、イエスを言うのを焦りすぎ、ノーを言うのを渋りすぎることからくる。──ジョシュ・ビリングス(作家)

超音速旅客機のコンコルドは、航空工学における偉大な到達点だった。

ロンドンからニューヨークまで2時間52分50秒という驚異的な速さを誇り(従来の旅客機の半分以下の時間)、世界最速の旅客機の座に君臨した(1)。

ところが、商業的には稀に見る大失敗だった。

もちろん、すぐれているのに売れなかったアイデアやイノベーションは少なくない。だがコンコルドの場合、なんと30年も赤字を垂れ流していたのだ。

赤字はフランスとイギリスの政府によって補填され、その額はどんどんふくらんでいった。投資額を回収できる見込みはゼロに近かったが、両政府は予算を注ぎつづけた。

座席数は少ないし、機体の受注がほとんどない。その一方で、製造には莫大な金がかかる。どう考えても、利益が出るわけがなかった。

のちにイギリス政府の資料が公開されたが、30年前の閣僚たちも「けっして健全な経済的根拠にもとづかない」投資であることを認識していたらしい(2)。

いったいなぜ、英仏両国の優秀な政治家たちは、採算の合わない投資をだらだらとつづけたのだろうか?理由のひとつは、サンクコスト(埋没費用)に対する心理的バイアスにある。

「サンクコストバイアス」とは、すでにお金や時間を支払ってしまったという理由だけで、損な取引に手を出しつづける心理的傾向のことだ。

「ここでやめたら今までの投資が無駄になる」と思うあまりに、望みのない投資を重ねてしまう。これが悪循環を生み、投資額が増えれば増えるほど、脱け出すことが難しくなる。

コンコルドの開発・製造に費やされたサンクコストは、およそ10億ドル。投資額がふくらみすぎて、英仏両国はもはや後に引けなくなってしまったのだ(3)。同じことは個人のレベルでも容易に起こる。

たとえば、チケットを買ってしまったという理由だけで、ひどくつまらない映画を最後まで見つづける。いったんバスを待ちはじめると、タクシーをつかまえるのが悔しくて、いつまでもバスを待ちつづける。

別れたほうがいいとわかっているのに、うまくいかない相手との関係を切ることができない。こうした例はいくらでもある。

最近アメリカで話題をさらった、ヘンリー・グリボムという男性のエピソードもそうだ。

彼はこつこつと貯めてきた2600ドルの貯金を、お祭りのゲームに全額費やしてしまった。景品として手に入れたのは、大きなバナナのぬいぐるみひとつ。

いったんゲームに手を出すと止まらなくなって、家から全財産を持ってきたと言う。

「お金を払ったのに手ぶらで帰るわけにはいかないと思って、どんどんエスカレートしたんだ。結局大損に終わってしまったけれどね(4)」

お金を払えば払うほどやめられなくなるという、典型的なサンクコストバイアスだ。あなたも、何の意味もないとわかっているプロジェクトに、時間やお金を費やしつづけていないだろうか。

損切りができず、いつまでも駄目な投資をつづけていないだろうか。非エッセンシャル思考の人は、こうした悪循環にはまり込みやすい。

だがエッセンシャル思考の人は、勇敢に自分の過ちを認め、悪循環を脱け出すことができる。

サンクコストにとらわれず、駄目な行動をすっぱりと切り捨てるのだ。

目次

途中でやめることはなぜ難しいのか

サンクコストバイアスにかぎらず、非エッセンシャル思考の人が陥りやすい罠はいろいろとある。

次に紹介するような罠に出会ったら、損失を最小限にとどめて、上手にそこから脱け出してほしい。

授かり効果

所有という概念は、人の心に大きく影響する。わざわざ買おうと思わないようなものでも、いったん所有してしまうと失うのが怖い。「授かり効果」という心理的バイアスのせいだ。

ノーベル賞を受賞した心理学者のダニエル・カーネマンが、授かり効果に関するおもしろい実験をしている(5)。

カーネマンらは、ランダムに選んだ被験者の半数にマグカップを与え、残りの半数には与えなかった。

マグカップをもらったグループ(つまり、所有しているグループ)は、「いくら払ってもらえばそのマグカップを手放すか」という質問を受けた。

残りの人は「そのマグカップを手に入れるのにいくら払うか」という質問を受けた。

その結果、マグカップを持っているグループの答えが最低でも5ドル25セントだったのに対し、マグカップを持っていないグループの答えは2ドル25セント〜2ドル75セントにとどまった。

所有しているという理由だけで、何の変哲もないマグカップの価値が3ドル分も高く感じられたのだ。

自分の生活を振り返ってみても、いざ手放すとなると価値が高く感じられるものがあるのではないだろうか。

たとえば、何年も読んでいない本。箱に入ったままの食器。誰かにもらって一度も袖を通していない服。

何の役に立つわけでもないのに、所有しているという理由だけで、失うのがもったいないと感じる。まだ持っていないとしたら、わざわざ買わないはずなのに。

上手に手放すテクニックを身につける

困ったことに、こういうバイアスは品物だけでなく、行動についても当てはまる。

たとえば、自分がリーダーをつとめるプロジェクトは、たとえ利益が出ていなくても存続させたい。自分が主導している企画からは、なかなか手を引きたくない。

行動やプロジェクトが「自分のもの」だと感じるとき、そこから離れることはひどく難しくなるのだ。

そんなときに役立つヒントを紹介しよう。

持っていないふりをする

心理学者のトム・スタッフォードは、授かり効果に対する強力な対抗策を紹介している(6)。

「どれくらいの価値があるか?」と考えるかわりに、「まだこれを持っていないとしたら、手に入れるのにいくら払うか?」と考えるのだ。

仕事やその他の活動でも、同じテクニックが使える。

たとえば思わぬチャンスが舞い込んできたとき、「このチャンスを逃したらどう感じるか?」と考えるかわりに、「もしもまだこのチャンスが手に入っていなかったら、手に入れるためにどれだけのコストを払うか?」と考えるのだ。

あるいは長期化している仕事のプロジェクトに対して、「もしもまだこのプロジェクトに参加していなかったら、参加するためにどんな犠牲を払うか?」と考えるのだ(7)。

◆「もったいない」を克服する

オハイオ州立大学教授のハル・アークスは、意思決定に関するひとつの謎に直面していた。

なぜ、子供よりも大人のほうが、サンクコストバイアスにとらわれやすいのだろう?アークスはその答えが、「もったいない」と言われつづけたことにあるという結論に達した。

無駄は悪だという考え方が染みついているから、すでに使ったお金や時間を捨てることができないのだ(8)。

アークスはこう語る。

「大きな時間や努力を費やしたプロジェクトをあきらめるとき、すべてを無駄にしたように感じます。

無駄は良くないと言われてきた私たちにとって、それは受け入れがたいことなのです(9)」そうした心理の例として、彼はこんなたとえ話を紹介している。

「あなたがミシガン州へのスキーツアーへのチケットを、100ドルで購入したとしましょう。

それから数週間後に、ウィスコンシン州へのスキーツアーのチケットを50ドルで購入したとします。

スキー場としては、ウィスコンシンのほうがずっと魅力的です。ところが、あとで気づいたのですが、2つのツアーは日程が重なっていました。

もう払い戻しはできないし、売るにも遅すぎます。

どちらかを選ばなければなりません」この話をしたあとで「あなたならどちらを選びますか?」とたずねたところ、約半数の人は高いお金を払ったミシガンのツアーを選んだ。

ウィスコンシンのほうが楽しめるとわかっているのに、である。

安いほうを選んでしまったら、無駄がより大きくなると考えたのだ(実際はそんなことはないにもかかわらず)。

高いお金を出してしまったのだから、使わなければもったいないと思うのは自然なことだ。

だがその気持ちに流されると、すでに支払った無駄だけでなく、さらなる無駄を生むことになる。

◆失敗を認め、成功に向かう

昔の友人に、道をたずねるのが大嫌いな人がいた。道に迷った事実を認めたくないからだ。

自分でなんとかしようと動きまわり、結局よけいに深く迷い込んでしまう。典型的な非エッセンシャル思考である。

自分の失敗を認めたとき、初めて失敗は過去のものになる。失敗した事実を否定する人は、けっしてそこから脱け出せない。失敗を認めるのは恥ずかしいことではない。

失敗を認めるということは、自分が以前よりも賢くなったことを意味するのだから。

◆靴に足を合わせる

心理コメディ映画『トッツィー』で、ダスティン・ホフマン演じる売れない中年俳優は、なんとか役を得ようと悪戦苦闘する。

あるときは「もう少し年配じゃないと」と言われ、別のときには「もっと若い人を探しているんだ」と言われる。

「身長がちょっとね」と言われて「もっと高くできます」と反論したが、相手の返答は「いや、高すぎるんだよ」。

必死のホフマンはさらに食い下がり、「大丈夫です。ほら、かかとが高いでしょ。もっと低くできますよ」。

すると相手は「ああ、しかしね、ちょっと違う感じの人がほしいんだ」。

それでもあきらめきれないホフマンは、「じゃあ、違う人になりますよ」笑い話だが、他人事ではない。

私たちも、自分ではない誰かになろうとしていないだろうか。自分には合わないとわかっているのに、どうしても認めたくない。そんなときは、どうすればいいのだろうか?

◆第三者の意見を聞いてみる

自分に合わないことにとらわれているときは、他人の冷静な意見を聞いてみたほうがいい。

何の利害もない立場からのアドバイスは、執着を断ち切るのに役立つはずだ。

私も以前、うまくいかないプロジェクトをあきらめきれず、何カ月も無駄に努力したことがある。

やればやるほど状況は悪くなる一方だったが、そのときは冷静な判断ができなかった。

「もっとがんばれば、きっとうまくいく」と自分に言い聞かせた。これまでの努力が無駄だったと思いたくなかったのだ。

そんなある日、私はプロジェクトの状況について友人に愚痴をこぼした。友人はその仕事とは無関係で、サンクコストのことも頭にない。だから私の話を聞いて、実に的確なことを言った。

「別に、そのプロジェクトと結婚しているわけじゃないんだからさ」この言葉を聞いて、私はハッと我に返った。おかげでそれ以降、無駄な努力をやめることができたのだった。

◆現状維持バイアス

いつもやっているからという理由でそれをやめられない傾向を、「現状維持バイアス」と呼ぶ。

以前仕事を受けたある会社は、実に古くさい人事考課制度を使っていた。いつから制度が変わっていないのだろうと疑問に思って訊いてみたが、誰ひとりその由来を知らない。

10年前から働いている人事部長を含めてだ。しかもその間、誰もその制度に疑問を抱かなかったらしい。当たり前のようにそこにあるものを、人は無条件に受け入れがちだ。

このバイアスから自由になるために、ゼロベースというテクニックを使おう。

◆ゼロベースで考える

会社や部門で予算を立てるとき、普通は前年度の実績をもとにして考える。だが、前年度までの予算を無視して、ゼロから考えるという方法もある。

「ゼロベース予算」というやり方だ。手間のかかるやり方だが、メリットも大きい。現状にとらわれず効率的なリソース配分ができるし、過大な予算申請に気づきやすい。

業務の非効率な点も見てくるし、各部門が予算の利用目的を明確に意識できる。こうしたゼロベースの考え方を、自分の仕事や生き方に当てはめてみよう。

たとえば、今の時間の使い方をいったん忘れて、何も予定のない状態にする。そして、今日やるべきことをゼロから考えてみるのだ。

これはお金の使い方や人間関係など、あらゆることに応用できる。まっさらな状態から、時間やお金やエネルギーの使い方をあらためて考えてみよう。

ただ惰性でつづけていることは、すぐにやめるべきだ。

◆流れで引き受けるのをやめよう

非エッセンシャル思考の人の日常は、なんとなく引き受けてしまった約束であふれ返っている。

よく考えもせず、流れでそうなってしまうのだ。近所の人と話していたら、PTAの活動に巻き込まれる。同僚と話していたら、プロジェクトに参加することになってしまう。

友人と食べ物の話をしていたら、いつのまにか一緒に新しいレストランに行くことになっている。どうしてこうなるのだろう?

何かを言う前に、5秒待つ

うっかり約束してしまうのを防ぐには、何かを言う前に5秒だけ待つといい。

反射的に「いいね、行きたいね」と言うかわりに、いったん立ち止まって「これは本当に重要か?」と考えてみるのだ。

すると、あとで後悔することを避けられる。

すでに約束してしまったことについては、素直に間違いを認めてキャンセルすればいい。よく考えずに引き受けてしまったのだ、と正直に言って謝ろう。

これをやめたら損をする?

たいていの人は、損をするのが大嫌いだ。いつでも得をしたいと思っている。

だから「これをやめたら、何か大きなものを逃すのではないか?」という不安で、どうでもいいことをやりつづけてしまう。どうすればこの不安を克服できるだろうか。

◆逆プロトタイプ

最近ビジネスの世界でよく聞く言葉に、「プロトタイピング」というものがある。

プロトタイプ、つまり大まかなモデルを作成し、本格的に取り組む価値があるかどうかを試してみるというやり方だ。

何かをやめるときにも、同じやり方が応用できる。本格的に撤廃する前に、簡単な形で試してみるのだ。

リンクトインのディレクターをつとめるダニエル・シャペロは、これを「逆プロトタイプ」と呼んでいる(10)。

逆プロトタイプのやり方は簡単。今やっていることを試験的にやめてみて、不都合があるかどうかたしかめるのだ。

私のクライアントだったある男性は、会社で新たなポストについたとき、前任者のこなしていた仕事量に仰天した。

数えきれないほどのテーマについて、非常に精密でグラフィカルな報告書を、毎週欠かさず作成していたのだ。

彼はその仕事を引き継ぐことになったわけだが、そこまでやる意味があるのかと疑問に思った。

あまりに手間がかかりすぎるし、それほど利益に貢献するとも思えない。そこで彼は、逆プロトタイプを試してみることにした。

報告書をつくるのをやめて、どんな不都合が起こるか様子を見てみたのだ。

その結果、誰も困っていないことがわかった。何週間ものあいだ、誰ひとりそのことに気づかなかったほどだ。

こうして報告書が不要であることを実証できたので、彼は堂々と報告書を撤廃することにした。同じことは、さまざまな分野に当てはまる。

顧客や友人や家族のために苦労してやっていたことが、実は相手にとって何の意味もなかったということがあるかもしれない。

ためしに、その行動をやめてみるか、あるいは簡素化してみよう。しばらく様子を見て、とくに誰も困らないようならやめてしまったほうがいい。

これらのテクニックを使っても、何かをやめることはそう簡単ではない。やると決めたことをキャンセルするのは、やはりどうしたって気まずいものだ。

だが、不本意なことをやりつづけていても、誰のためにもならない。

さまざまな心理的バイアスにとらわれず、きっぱりと「やめる」スキルを身につければ、人生はもっとシンプルになるはずだ。

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