第11章表彰制度はこう変えよ──好子の種類
ケース─全員参加で選び選ばれる1組織行動のマネジメントシステム2生得性好子と習得性好子3トークン4表彰制度の心理学
全員参加で選び選ばれる管理部で「プロンプト・ゲーム」が流行りだしてしばらくたったある日、管理部長の剣持が、サカモトのところに相談に来た。
「サカモトさん。
ちょっと困ってしまって」「どうしたのですか、剣持さん。
困ってしまうなんて、珍しいですね」「いやあ、実は、表彰制度のことで、少し」「どうぞ、お話しください」「今年度も、あと四半期を残すのみとなったわけですが、ウィンスタンレー社長から、『年度末に、チームワークに貢献した社員を表彰したい』と言われたんです。
表彰制度は総務の分掌で、私は総務課長も兼任していますから、私のところに社長からのご下命が下ったのです」「よいことではないですか?」「もちろん、社長のお考えはよく理解できますし、ありがたいことだと思っています。
特に今年は合併元年ですからね。
出身にかかわらず全員が一つになるために、チームワークを最も重視するというのは、私ももちろん大賛成です。
ですが、表彰制度というのが、ちょっと……」「先ほどから伺っていると、表彰制度についてずいぶんとお悩みのようですが。
何か苦手感でもあるのですか?」「サカモトさんは、表彰制度については、どう思われます?」「どうって……いいますと?」「大日本エレクトロンにも、表彰制度はありました。
でも、これが社員の間ではきわめて評判が悪くて。
たとえば、選ばれる基準が不明確だとか、プロセスがブラックボックスだとか。
だから、選ばれた少数の社員は嬉しそうでも、その他大勢の者たちは白けてしまって」「ははあ、ありがちですね」「そのうち表彰もマンネリ化して、選ばれた連中すら、あまり嬉しそうではなくなってしまいまして。
式も形式化して、ついには誰も意義を感じないようになってしまい、数年前になくしてしまったんです」「そんなことが、あったのですか」「でも、今度の社長は新しい方ですし、ご方針は理解できるので、何とかしたいのですが……。
ところが、調達の桐山ディレクターや企画の遠山ディレクターにお聞きしてみても、ノルウェー・モバイル・ジャパンでは、今まで表彰式というのは、したことがないんだそうですね」「まあ、二〇人程度の小所帯でしたからね。
表彰式というのも、大げさだったのかもしれません」「サカモトさん。
盛り上がる表彰制度って、できるものなんでしょうか?」剣持が、期待と疑念が入り混じった目でサカモトを見る。
するとサカモトは、胸を叩いて言った。
「できますよ。
大丈夫」「ああ、よかった。
やっぱり相談して……。
でも、どうするんですか?」「剣持さん。
社長が本当にやりたいことは、表彰することというより、チームワークの重要性を全社員が意識し、毎日の仕事で実際に行動することじゃないですか」「それは、確かにそうですね」「ですから、表彰制度ということだけに視野を狭めて考えず、チームワーク強化のための組織行動マネジメントシステムを、表彰という器も使ってデザインするという視点に立てば、違う発想も得られるのではないでしょうか」「うーん。
なるほど。
『組織行動のマネジメントシステム』ですか。
そこまでは考えたことがありませんでした」「おそらくポイントとなるのは、誰が、どのような好子を、いつ、何に対して与えるか、ですね。
大日本エレクトロンでは、表彰は、どのようにされていたのですか?」「えーと、まず部署長が、表彰対象の社員を事務局に推薦していましたね。
それを事務局が取りまとめ、表彰当日に社長が読み上げるという方式でした」「すると、好子を与えるのは、部署長だったのでしょうか、社長だったのでしょうか」「うーん。
直接的には社長でしたが、社長が対象者一人ひとりの行動を把握していたはずはないので。
ただ、あからさまに部署長だということも、公にはできなくて」「なぜですか?」「結局、推薦するための明確で客観的な基準があるわけではなかったからです。
そんな状況で、部署長の推薦ということが表に出ると、部署長の好き嫌いで推薦が決まっていると社員に思われてしまいますから」「そうですか……。
そうなると社員の皆さんは、一体誰が表彰者を選んだのか、わからずじまいだったわけですね」「ええ……。
まあ、『会社が選んだ』という漠然としたことしか……」「でも、会社などという人間は、いませんからね。
それでは次に、好子は何でした?」「社長からの褒め言葉と、賞状、それに金一封ですね」「ふむふむ。
そうすると、当然それらは表彰当日に渡されて、それですべてであるわけですね?」「そうですが……。
ポイントがよく見えませんが」「つまり、好子は一回与えられて終わりだった、ということであるわけですね」「そうです」「おわかりと思いますが、行動というのは何回も繰り返し強化しないと、如実な変化は表れにくいものです。
全員の前で表彰されるというのは、インパクトとしては大きいでしょうが、そのとき一回限りというのでは、どれだけ十分かはわからないですね」「そうですか……」「それに、一番気になるのは、何に対して好子が与えられるかということですね」「その点は、まったく同感です。
さっきも言いましたように、表彰の基準が曖昧なものですから、表彰された社員の側も、自分の何がよかったのか、はっきり認識できていない者も多かったように見受けられました」「誰が感謝しているのかも、何を賞賛しているのかも、実は判然としない。
しかも年に一回だけ。
これでは確かに、ほとんど意味はないかもしれませんね」「そうですか、やはり……」剣持は、心持ち肩を落とした。
「剣持さん、がっかりすることは、ありませんよ。
もう答えは半分見えたじゃないですか」サカモトは言った。
「どういうことですか?」「つまり、今までの表彰制度が駄目なところだらけだったのなら、その逆をすればよいわけですよ」「逆……ですか?」
「ええ。
たとえば表彰者の選定ですが、社員の皆さんに参加していただいたら、どうですか?」「社員の参加というと……互選ですか?」「そうですね。
それも一つの方法ですね。
実際それで効果を上げている会社もあります。
でも、そこにさらに一工夫を加えてはどうでしょう」「うーん。
申し訳ありませんが、私にはお手上げです」「気にすることはありませんよ。
いろいろな事例を知っているか、いないかというだけのことですから。
たとえば、皆さんにカードの束を渡しておいて、チームワークを発揮してくれた人がいたら、その場でカードの一枚に相手の名前と自分の署名を書いて、渡すのです」「ただ感謝するだけでなく、ですか」「ただ感謝するだけでなく、です。
感謝の言葉と笑顔、それにカード。
これで好子の種類が一つ増えます。
このカードのようなものを、行動分析学ではトークンと呼びます」「トークン……感謝の『しるし』といった意味ですか」「そうです。
それで一定期間、みんなでよい行動に対しトークンを与え合うのです。
これだけでも、普通の表彰制度より、組織行動の変化は表れやすいと思います。
何しろ、強化の頻度が圧倒的に違いますから。
また、どのような行動に対して感謝・賞賛したのかも明確ですから」「なるほど。
それが表彰制度ですか」「いえいえ、まだです。
一定期間が経過したら、今度は、各人に与えられたカードを事務局が回収します」「それで、カードの枚数が一番多かった人を表彰するわけですか」「そこが注意を要するところです。
トークンは組織行動を変化させる優れたシステムですが、それをそのまま表彰に結びつけるには問題もあります。
カードの枚数が、優秀さを厳密に表すとは限らないからです。
たとえばAさん・Bさんという二人の社員がいて、AさんのほうがBさんよりもカードが一枚でも多かったら、絶対にAさんのほうが表彰されるべきといえるでしょうか?」「それは……偶然もあるでしょうから、そんなことはいえないでしょうね」「そうでしょう?ですから、表彰に結びつけるにあたっては、『神の手』を介在させるのです」「神の手、ですか?」「要は、抽選です。
たとえば、まずカード枚数の上位何名かを選び抜いておいて、彼らのカードを抽選箱に入れ、それを社長が引くというのは、どうですか」「ほう。
なんか、おもしろそうですね」「カードの枚数が多いほうが、抽選には当たりやすい。
ですが、一枚でも多い人が必ず当選するかというと、そうとは限らない。
そこがミソです。
わざと抽選という無作為の仕組みをかませることで、通常の表彰にありがちな、表彰者への変な嫉妬も防げる。
表彰されなかった人も、『次こそは自分が』と素直に思うことができますし、また表彰者を素直に祝う気にもなれるでしょう」「なるほどねえ。
人間心理の機微をついていますねえ。
で、枚数については結局、非公開にするんですか?」「枚数は、わざわざ言わなくてもよいのではないでしょうか。
枚数の少ない人が表彰された場合に、皆さんに変な違和感を持たせてしまうかもしれませんから。
ただ、抽選の対象としてノミネートされた上位数名の名前は、横並びで発表するとよいと思います。
私はこれを『アカデミー賞方式』と言っています。
ほら、映画のアカデミー賞で、何作品かが候補としてノミネートされるでしょう?あんな感じです。
そうすれば、ノミネートされただけで、ほとんどの人は名誉を感じるはずです」「何だか、おもしろそうですねえ」「そう。
おもしろくすることが、うまくいく表彰制度のコツだといってもよいと思います。
会社によっては、表彰式を、大バーベキュー・パーティーでとり行うところもあるんですよ」「それなら雰囲気も堅苦しくならないし、みんなリラックスして楽しめるから、表彰されなかった社員たちも、表彰対象者たちに素直に『おめでとう』を言えそうですね。
それ、いいなあ。
でも、全社で百人という当社の規模だと、全員でバーベキューはちょっと無理だし、逆に部門で分けるとこぢんまりしすぎて、ちょっと盛り上がりに欠けますね」「そうですねえ。
じゃあ、代わりに……」二人の楽しい相談は続いた。
まもなく、新しい表彰制度の導入が全社に発表された。
制度としては、剣持とサカモトが考えたように、トークン・カードを使った互選方式である。
今度は自分たちが表彰者を決めるとあって、表彰当日まで、このことは職場の話題になり続けた。
何しろ毎日のようにカードのやり取りがされるので、みんな意識しないはずがない。
あるときには、「あの情報、役に立ったよ」とカードを一枚。
またあるときには、「おっ。
気が利くねえ」とカードを一枚。
チームワークを合言葉に、助けてもらってありがたいと思ったときに、感謝をこめてカードを渡す。
たとえば営業や開発であれば、ノウハウを自分一人で囲い込まずにナレッジ・シェア(知識・情報の共有)してくれたとき。
管理であれば、「社内顧客」に見立てた他部署の社員たちが満足したとき。
中にはカードを机の上に積み、その厚さが増えるのを励みにチームワークに精を出す社員たちもいた。
そして、期末の全社集会で、表彰式が行われた。
全員が乗れる大型クルーザーを借り、穏やかな湾内をクルーズしながらの船上パーティー。
音楽と普段とはまるで違う景色に、皆出航直後から興奮気味である。
そして、全社集会としての社長挨拶や業績報告などが済むと、いよいよ表彰式が始まった。
管理、営業、開発、製造、企画、調達と、表彰者は部門ごとに選ばれる。
まず、各部門から三人ずつ(製造だけは人員が多いので五人)が「ノミネート」され、舞台の上に上がる。
皆嬉しそうで、照れくさそうで、かつ最終的に誰が選ばれるのだろうというドキドキ感をあらわにした顔である。
そして、彼らのカードが入れられた抽選箱が、サカモトによって、うやうやしく運ばれてくる。
「ではまず、調達部門から」箱の中から、ウィンスタンレー社長が慎重に一枚を引く。
全社員が思わず息をつめて注視する一瞬。
「物流課ノ内藤サン、オメデトゴザイマス!」引かれたカードを社長が読み上げると、みんなが「おおー」と、どよめいた。
そして満場の拍手。
選ばれた内藤は信じられないという顔をし、選ばれなかった壇上の二人も、内藤の肩を叩いて「おめでとう!」と言っている。
(前の会社では、こんなに社員全員が一つになって盛り上がったことって、なかったな)事業ディレクターの田宮は、この光景を見て、そう思った。
続けて企画、製造と表彰が進み(製造は表彰者二人)、全部門の表彰者が壇上に並んだ。
「皆さんは、チームワークの優れた社員として表彰されました」社長が挨拶する。
(実際には社長は英語で話し、それをサカモトが通訳したのだが)「ですが、チームワークは、日本の中だけにとどまりません。
世界中のノルウェー・モバイルが、皆さんの仲間です。
そこで表彰の副賞として、各国のノルウェー・モバイルのリーダーたちが集まる海外でのイベントに、皆さんをご招待します」これを聞いて、会場は「ごわっ」というどよめきに包まれた。
「ええっ。
そんなすごい副賞?」「俺も、もっと頑張っとけばよかったなあ」「君も惜しかったはずだよ」「この次は、絶対に頑張るぞ」皆いろいろなことを口走る。
「皆さん」社長は続ける。
「私は、この会社を、皆さんが一致団結していきいきと働くことで、どこにも負けない力を持つ会社にしたいと思っています。
表彰制度は来年も続けます。
みんなのチームワークで、理想の会社を作ろうではありませんか!」熱くなった社員たちを乗せて、クルーザーは夜の海を走り続けた。
解説1.組織行動のマネジメントシステム表彰制度を導入している会社は多い。
しかし、「表彰は何のためにやるのか」を考え抜いている会社は、どれくらいあるのだろう。
表彰制度は何のためにあるのですかと尋ねると、たいていの会社は「頑張った人を認めてあげるため」という。
けれど、それならば、通常の人事考課の中で評価してあげれば済む話ではないか。
表彰制度の意味はいろいろあるだろうが、一つには「モデル(模範)」を他の社員に提示できることが、人事考課とは明らかに異なる点である。
行動分析学には「モデリング」という技法がある。
人は、他人の行動を真似ることで新しい行動を身につけることができる。
モデルを提示し、他の皆がそれを見習う(真似る)ことで、組織的な学習効果が期待できるというわけだ。
このケースの中でサカモトが言っているように、表彰制度は誰かを表彰するためだけにあるのではない。
むしろ、他の全員の行動を変えたいがゆえにあるのだ。
つまり、表彰制度とは組織行動のマネジメントシステムと位置づけなければならない。
組織行動のマネジメントシステムとして捉えれば、現行の表彰制度には次のような問題点が見つかる。
①行動がピンポイントに定義されていない表彰制度を強化のシステムとして位置づけるなら、強化すべき行動は何かをはっきりさせる必要がある。
「頑張った」人とか「多大な貢献をした」人などは、行動の定義としてはまったく不明確だ。
これでは誰かが選ばれて表彰台に立ったとしても、他の人々は真似のしようがないではないか。
②強化の回数が不十分であるケースにあるように、組織のチームワークを強化することが今回の表彰制度の目的であるのなら、次のチェックポイントは強化の頻度である。
読者の皆さんはもうお気づきであろうが、人と組織の行動を変えるためには、何度も何度も強化を繰り返さなければならない。
年に一回くらい表彰することは、むろん何もしないよりはよいだろうが、行動分析学的に見て十分だとはとてもいえない。
行動分析学の創始者スキナーは、教育分野にも多大な貢献をしたが、小学生が算数の基礎技能を身につけるには、五万回の強化が必要だと述べている。
一時間当たり七〇回である。
しかし、現実に教師が与える好子(この場合は褒め言葉)は、一時間当たり平均六回にすぎない。
もちろん、企業において、社員の行動を強化・維持するためにこれだけの強化が必要か否かは不明である。
しかし、企業においても、要求される行動を引き出すには、現実の強化があまりに少ないことは想像できる。
③好子は行動の直後に与えられていない表彰制度は年に一回行われることが多い。
したがって、日々の業務の中で、どれほど望ましい行動をしたとしても、その直後に表彰が行われることはありえない。
すでに述べたように、行動が最も効果的に強化されるには、行動の直後に好子を与える必要がある。
表彰だけに頼っては、行動を強化できないのである。
2.生得性好子と習得性好子大日本エレクトロンがやってきた表彰制度の問題点は主として三つであった。
これを克服するために、サカモトは、表彰までのプロセスを工夫して、チームワーク強化の行動マネジメントをしようと考えた。
そこで使ったのが、「感謝カード」である。
感謝カードを好子にすることによって、強化しようとする「他者の役に立つ行動」が何かを明確にし(何しろ、ありがたいと感じた当の本人が渡すのだから、相手に対して何をすればいいのか明確に理解できる)、行動をするたびに強化でき、行動の直後に強化できる。
ところで、感謝カードそのものは、ある意味では単なる紙切れにすぎない。
これがなぜ好子になるのか?人間にとっては、生まれながらにして好子であるものと、経験によって好子になったものとがあり、前者を生得性好子、後者を習得性好子という。
たとえば水や食料、暑いときの冷房や、寒いときの暖房、性的刺激など、個体と種の生存に関わるものは生得性好子の典型である。
生得性好子生まれながらにして好子である刺激や出来事一方、私たちの社会には、経験によって好子となった習得性好子がたくさんある。
たとえば褒め言葉というのも実は習得性好子だ。
笑顔や注目も習得性好子だ。
だから、たとえば一度も聞いたことのない外国語で、話し手の顔も見えない状態で褒められたとしても、それが行動を強化する可能性はほとんどないであろう。
つまり、言葉というのは本来的には単なる記号にすぎず、それ自体ははじめから好子でも嫌子でもない。
これらが、行動を強化しうる好子となったのは、生まれたあとのある段階で、生得性好子と同時に与えられた(専門用語では対提示という)経験があるからである。
たとえば、赤ん坊の頃、母乳やミルクといった生得性好子を養育者から与えられる際には、同時に、笑顔、言葉かけ、やさしいまなざしが与えられることが多い。
その結果、笑顔や、やさしいフレーズの言葉、やさしいまなざしが習得性好子になる。
習得性好子他の好子と対提示されることで好子としての機能を持つようになった刺激や出来事また、お金も習得性好子である。
お金は物理的には単なる金属や紙にすぎない。
これ自体、物理的には生存の役には立たない。
しかし、お金を持ってゆけば、お店で食料などの生得性好子が手に入る。
このように、お金と好子とが交換できることによって、やがてお金それ自体が習得性好子となり、行動を強化できるようになる。
逆にいえば、好子と交換できなければ、お金は人にとって無価値なものにすぎない。
たとえばお店で買い物をしたことのない赤ん坊にとって、お金は好子にならない。
つまりお金というのは本来、好子でも嫌子でもない中性刺激なのである。
それが他の好子と対提示されることで、価値変容を起こすのだ。
3.トークントークンが普通の習得性好子と違う点は、複数の好子と交換可能な点である。
感謝カードはトークンである。
カードそのものは、単なる紙切れであるから、習得性好子であることは間違いない。
この感謝カードは、最終的に「表彰され、副賞をもらえる可能性」という好子と交換されることで価値がある。
このように、交換されることに価値がある好子は現実にいろいろある。
日本人にわかりやすい例ではパチンコの玉、また、航空会社のマイレージポイントもそうだろう。
しかも、これらは、特定の好子ではなく、いろいろな種類の好子と交換可能だ。
パチンコ玉で交換できる景品はいろいろある。
単に種類が多いだけではなく、玉の数によって、さまざまな価値の景品と交換できるところがミソである。
また、マイレージも、マイレージの多寡によって渡航先を選べるだけでなく、アップグレードの特典と交換することもできる。
ノルウェー・モバイル社の感謝カードと交換できる可能性のある副賞は、今年は海外で行われるイベントへの参加権であったが、来年度以降、異なる種類の好子との交換が期待できる。
このように、複数の価値ある好子と交換可能な習得性好子を、特に、トークンと呼ぶ(そういう意味では、現金もまたトークンであるのだが、組織行動マネジメントでは、それを使う状況を想定して、特に現金以外のものをトークンと呼ぶことが多いようだ)。
したがって、感謝カードは行動分析学的にトークンとしての意味を持つ。
けれど、サカモトはこのトークン・カードを、それ以上の意味も持つ習得性好子にしている。
サカモトは「(カードを渡すときには)感謝の言葉と笑顔も一緒に添えてくれ」と言っている。
トークン・カードは、それ自体はただの紙切れである。
しかし、それに感謝の言葉と笑顔という好子を対提示することで、表彰の可能性に加えて別の価値も持つ習得性好子になったのである。
4.表彰制度の心理学さて、最後に、うまくいく表彰制度のポイントについて、ここで簡単にまとめておこう。
表彰は、組織のエンゲージメントを高める一要素である「認知」の手段として使えることがあるからだ。
①透明性を持たせるどういう人を、誰が、どのように表彰対象として選ぶのか。
その基準やプロセスが社員にとってガラス張りであることはきわめて重要だ。
ここが不透明な表彰は、社員の疑心暗鬼を生みかねない。
「上の誰かのお気に入りが選ばれただけではないのか」とか、「なぜ、あの人が選ばれたのか納得できない」とか。
そうなると、せっかく社員みんなに見習ってほしくて、会社として(一部の)社員を表彰しているのに、社員たちは見習おうと思うどころか、表彰された社員を色眼鏡で見ることになるかもしれない。
②全員が参加する表彰制度というのは、諸刃の剣だ。
全社員にモデル(模範)を提示したくて優秀社員を表彰するのに、へたをするとその優秀社員が皆の嫉妬の的となりかねない。
だから、そうならないような工夫を凝らす必要がある。
たとえば普通の表彰式では、嬉しいのは「表彰される人(たち)」だけであり、ほとんどの「表彰されない人たち」は、かやの外だ。
だから、このケースで紹介されていたように、全員でパーティーをする中で表彰も行うというのは、雰囲気をしらけさせない方法の一つだ。
また、表彰のプロセスにおいても、何らかの形で全員が参加できるようにすることもよい工夫である。
③誤差を飲み込むケースの中では、表彰の「アカデミー賞方式」と抽選方式が紹介された。
この二つは、いわば表彰制度に、車のハンドルでいう「遊び」を持たせる工夫の例だ。
表彰制度では、考課制度のように厳密な評価をすることは難しい。
どのようなプロセスであろうと、候補者を絞り込むことは、実際には甲乙つけがたいのである。
それなのに、選定の誤差を無視して「表彰される人」と「されない人」に無理やり二分してしまうのは、やはり疑心暗鬼のもととなる。
「Aさんは表彰され、Bさんはされなかったが、二人はほとんど同じじゃないか」というわけだ。
そこで、「表彰された人」と「されなかった人」の間に、「表彰されたかもしれない人」という層を作る。
このようなグラデーション構造を作ることで、選定の誤差は解消される。
また、このような中間層を設ければ、そこに入ろうと頑張る人も少なからず出ることが期待できる。
④渡し方が肝心である感謝カードのような仕組みを導入している会社は現実にあるが、正直、うまくいっているところと、そうでないところがあるようだ。
その原因はさまざまであろうが、一つのチェックポイントとして、感謝カードが儀礼化していないかどうかを挙げたい。
最終的に何かと交換できるという仕組みは、交換対象が十分に魅力的であれば機能するけれど、それはやはり「最終的」なものだ。
感謝の言葉も笑顔もなく、ただ事務的に感謝カードを渡すのと、「ありがとう!」と笑って渡すのとでは、感謝カードの「ありがたみ」が違ってくるのである。
せっかくトークンを導入するのであれば、できる限り人の心を温かくするようなものにしたい。
たまったトークンを見ると、誇りと喜びがわいてくるようなものにしたいものだ。
表彰制度は、大部分の社員が「自分には関係ない」と思うようなものであってはいけない。
どれだけ皆を「巻き込む」か。
それが成功の秘訣である。
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