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第11章 遠近関係の法則

マーケティングの効果は、長い時間を経てから現われる。

アルコールは興奮剤だろうか、それとも抑制剤だろうか。
仕事を終えた金曜日の夜、どこかのバーかグリルを訪ねたら、まず間違いなく、ア
ルコールは興奮剤であることが確認できるだろう。騒々しい会話や笑い声はアルコー
ルが持っている刺激効果の何よりの証拠である。しかし早朝四時に、安酒を飲んだ客
が道瑞で眠りこけているのを見れば、アルコールは抑制剤であることが確認されるに
違いない。
化学的に見れば、アルコールは強い抑制剤である。しかし飲んだ直後は、人の心の
抑圧を押え込むことによって、あたかも興奮剤であるかのような働きをするのである。
多くのマーケティング活動が同じような現象を示す。長期的なマーケティング効果
は、短期的な効果の正反対である場合が多いのである。
バーゲンセール販売は会社の売上げを増やすだろうか、それとも減らすだろうか。
言うまでもなく、短期的には売上げを増やす。しかし同時にバーゲンセールは、顧客
に「正規の」価格では買わないよう教えこむことになる結果、長期的には売上げを減
らすという事例がますます増えている。

品物を安く買えるということの他に、バーゲンセールは顧客に何を語りかけている だろうか。実は、あなたのところの正規の値段が高すぎることを語っているのである。 バーゲンセール期間が過ぎると、顧客は「バーダンセール」で評判の店を避けるよう になる。 売上げ高を維持するために、小売業者はひっきりなしにバーダンセールに走らぎる をえなくなる。小売店の並ぶ一角を歩いていると、 一〇軒あまりもの店が窓に軒並み 「バーゲンセール」の表示を掲げているのを見かけることも珍しくない。 自動車メーカーのソベート制度は売上げの増加をもたらしただろうか。実をいうと、 リベートの増加は、売上げ台数の減少と符号しているのである。アメリカでの車の売 上げは、五年連続して下降している。 ニューヨーク市最大の家具メーカーであるシーマンズは毎週バーダンセールを実施 してきたが、最近つぶれてしまった。 クーポン付き販売が長期的に売上げを伸ばすという証拠はない。なのに、多くの会 社は、売上げを維持していくために年四回のクーポン付き販売を余儀なくされている。

いったんクーポンを止めれば、売上げが減少するからだ。 言い替えれば、売上げを増やすためではなく、発行を止めた場合に売上げがダウン するのを防ぐためにクーポンの発行を続けているのである。クーポンとは麻薬のよう なものだ。禁断症状が余りにも苦痛なために、続けているだけの話である。 クーポンにしろ、ディスカウントまたはバーゲンセールにしろ、消費者はこれによ って何かおまけがある時だけ買い物をすることを覚えるようになる。いっそのことク ーポンの発行など始めなかったらどうなっていただろうか。小売分野における真の勝 者は、「常時安価販売」を実施しているウオールマートやK マート、あるいは急速に 成長を遂げている倉庫を利用したディスカウントショップである。 ところが、ほとんどいたるところで、価格の上下運動が見かけられる。航空会社と スーパーマーケットがその双璧だ。だが最近、プロクター&ギャンブル社が固定価格 を設定するという大胆な動きに出た。あるいはこれが、 一つのトレンドの先駆けにな るかもしれない。 短期的には儲かっても、長期的には損をするといった事例は、日常生活の中に数多

く存在する。犯罪がその代表例だ。仮に銀行から一〇万ドル奪って、その結果、 一〇 年の刑期を務めるとしたら、あなたは一日の仕事で一〇万ドル稼いだか、 一〇年間の 労働で一年当たり一万ドルずつ稼いだかのいずれかである。どちらと見るかは、あな たしだいだ。インフレは短期的には経済を活性化させるが、長期的には景気後退につ ながる(ブラジルの愚か者たちは、まだこれがわからないでいる)。 過食は短期的には欲望を満足させるが、長期的には肥満と抑欝を招く。 生活のさまざまな側面(金を使う、ドラッグをやる、セックスをする)では、あな たの行為のもたらす長期的効果が短期的効果の正反対である場合が多い。ではなぜ、 マーケティング効果は時の経過につれて表われるということが、こんなにも理解しに くいのだろうか。 製品ラインの拡張を取り上げてみよう。短期的に見ると、製品ラインの拡張は常に 売上げを増大させる。ビール産業の事例がこうした効果をはっきりと示している。七 〇年代の初期、「ミラー・ハイ・ライフ」は年間平均二七パーセントという売上げ増加 率で突っ走っていた。ミラーの成功は「ミラー・タイム」キャンペーンで拍車がかか

った。 一日の終わりにはミラーのビールでご自分に報いてあげてください、といった、 ブルーカラー対象のキャンペーンである。これに味をしめたミラーは、 一九七四年に 「ミラー・ライト」を発売した。同じ製品ライン名を冠した、素晴らしいコンセプト商 品であった。 二種類のミラーは、短期間は共存できた。ブルーカラー用のビール(ハイ・ライフ) とヤッピー族対象のビール(ライト)として。しかし長期的には、製品ラインの拡張 であったがためにお互いに相手ブランドの足を引っ張る結果にならぎるをえなかった。 ミラー・ハイ・ライフの売上げの絶項期は、ミラーライト発売から五年後の一九七 九年だった。この五年間にミラー・ハイ。ライフの年間売上げは、八六〇万バレルか ら二三六〇万バンルヘとほぼ三倍の増加を遂げた。商品ライン拡張の短期的効果であ る。 しかし長期的な効果は無残だった。ミラー・ハイ・ライフは一九七九年の二三六〇 万バレルから一三年間連続して下降線をたどり、 一九九一年には僅か五八〇万バレル にまで減少した。この下降は間違いなく今後も続くであろう。

ミラーライトもまた、製品ライン拡張による被害の犠牲となった。 一九八六年にミ ラー社は、ミラー・ジェヌイン・ドラフトを発売した。このブランドは新しいカテゴ リーでの初めてのビールだったために、うまく成功した。ところが不幸なことに、こ のブランドにもまた「ミラー」という名前がついていた(次章参照)。歴史は繰り返 す。五年後ミラーライトは売上げの頂点に達し、以後は下降に向かった。いったん下 降が始まると、止めることはまず不可能である。 どこに目をつけたらいいか分かっていない場合には、製品ライン拡張の効果を認め ることは難しいだろう。とりわけ次の四半期の決算報告書しか頭にないマネジャーに とってはそうである(もし弾が目標に命中するのに五年もかかるとなれば、殺人罪に 問われる犯人はほとんどいないだろう)。 ミラーに起こったと同じことがミケロブにも起こった。「ミケロブ・ライト」発売の 三年後に、 レギュラー商品である「ミケロブ」の売上げが頂点に達し、以後一一年間 も連続して売上げが下がったのである。今日、四種類のミケロブビール(レギュラー、 ライト、ドライ、クラッシクダーク)の販売量総合計は、 一九七八年にレギュラーの

ミケロブが単独で達成した販売量を二五パーセント下回っているのである。 一九七八 年といえば、ミケロブ●ライトが発売された年だ。 クアーズにも同じような事態が発生した。「クアーズ・ライト」の発売を契機に、ク アーズのレギュラービールの売上げが激減し、今日ではかつての四分の一に止まって いる。 王者といえども安泰ではない。禁酒法が廃止されてから、 一貫して売上げを伸ばし てきたバドワイザーの売上げが、この三年間連続して減少気味なのである。その理由 はバド・ライトにある。 ミラーにしろ、クアーズにしろ、あるいはアンホイザー・ブッシュにしろ、ライト ビールが市場の主流になったために製品ラインを拡げざるをえなかったのだと、あな たは考えているかもしれない。新聞記事を信じる限り、だれもがライトビールを飲ん でいると思うのももっともである。だが、これは事実ではない。ミラー・ライトが発 売されて一八年たったいまでも、ライトビールはビール市場のたかだか三一パセント

を占めているに過ぎない。 マーケティングのその他の分野では、製品ラインを拡張したことによる短期、長期 の影響はもっと早く現われる。 一九八五年、 マージャニはコカコーラのマーク入り衣 服を発売した。二年後にその売上げは、卸売段階で二億五〇〇〇万ドルに達した。し かし、その翌年には市場は文字通り一夜にして干上がり、 マージャニは何百万ドルも の在庫を抱える羽目となった。 これと同じ運命をたどったのが起業家ドナルド・トランプであった。トランプの事 業は、最初のうちうまく当たった。そこで彼は事業を拡張し、銀行が金を貸してくれ そうな事業には、手当たり次第にトランプの名前をつけた。すなわちホテル、二つの カジノ、二つのコンドミニアム、航空会社、 ショッピングセンターなどである。 雑誌「フォーチュン」は、トランプを「キャッシュフローと資産価値を鋭く見据え る投資家であり、機敏なマーケッターであり、抜け目のないやり手実業家である」と 評した。「タイム」と「ニューズウイーク」はトランプを表紙に登場させた。 今日、トランプは一四億ドルの負債を抱えている。短期的に彼を成功に導いた手法

こそ、まさしく、長期的には彼を破綻させた元凶であった。つまり、製品ラインの拡 張である。 一見簡単そうに見えるけれど、 マーケティングは決して甘いものではない。

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