ひとつの目標を、立ち止まらずに追いかける。それが成功の秘訣です。──アンナ・パヴロワ(バレエダンサー)最初に、クイズをやってみよう。
次ページの表は、3つの企業と、それぞれのミッションステートメントをバラバラに並べたものだ。
どのミッションステートメントがどの企業のものか、当てられるだろうか(1)?なかなかの難問だ。解けなかったとしても、気にすることはない。
なぜ難しいかというと、ミッションステートメントの内容があまりに一般的で無個性だからだ。
そういう汎用的なステートメントがもてはやされる業界もなかにはあるようだが、たいていの場合、そんなものは何の役にも立たない。
そもそもミッションステートメントは、明確な目的を示し、社員のやる気を引き出すために書くものだ。内容がぼんやりしていたのでは、その意図にそぐわない。
ここからの章では、重要なことにエネルギーを集中させるため、不要なものを切り捨てる技術について論じていく。まず最初に切り捨てるべきは、やろうとしている意図にそぐわない行動だ。
単純なことのようだが、これを実現するためには、自分がどんな目的に向かっているのかをとことん明確に定義しなければならない。さて、あなたの目的は、本当に明確だろうか。
「かなり明確」を「完全に明確」にする
あなたの目的や戦略は明確か、と経営者にたずねると、「かなり明確です」という答えがよく返ってくる。
かなり明確なら、それで十分だと思っているようだ。だが「完全に明確」な状態を知ると、それまでの「かなり」が不便だったことに気づく。
まるで視力の悪い人が、初めて眼鏡をかけたときのようなものだ。会社の経営だけでなく、個人のキャリアについても同じことが言える。
「これからの5年間で、どんな仕事を成しとげたいですか?」という問いに、とことん明確に答えられる人はあまりに少ない。
私が完全な明確さにこだわるのは、それが仕事の結果に直結するからだ。
これまで多数の経営者を見てきたが、目的が明確さを欠く場合、結果はたいてい悪い方向に向かっていった。
目的が明確でなければ、人を動かすことはできない。目的もわからない仕事では、やる気が出ないからだ。
どれほど熱心にコミュニケーションやチームワークを教え込み、360度評価で風通しのいい体制をつくろうとしても、目的が明確でなければやがて問題が巣食い、はびこっていく。これは単なる仮説や受け売りではない。
私自身、500人以上の経営者と話し合い、1000以上の会社の状況を調査したが、その結果は明白だった。
会社の目的やメンバーの役割が明確でない場合、社員は混乱し、ストレスを抱え込む。逆に目的がきわめて明確になっている場合、社員はどんどん成果を上げる。
目的が明確でないとき、人はどうでもいいことに時間とエネルギーを浪費する。これまで数多くの会社を見てきたが、その弊害は大きく2つのパターンとして表れてくるようだ。
パターン1社内政治が蔓延する
まず最初のパターンとして、上司の気を引くための社内政治が蔓延する。
仕事のゴールが見えず、どうすれば勝てるかわからないので、「上司の歓心を買う」という不毛なゲームに逃げ込んでしまうのだ。
その結果、本来なら仕事に注ぐはずの時間とエネルギーは、表面的な自己演出やご機嫌とりに費やされる。不要なだけでなく有害で、生産性を著しく下げる行動だ。
仕事だけでなく日々の生活でも、似たようなことはある。自分のしたいこと(望みや目的や価値観)がわからず、他人の目ばかり気にしてしまうのだ。
いい車に乗り、きれいな家に住み、ツイッターのフォロワー数を増やすことに夢中になる。その一方で、大切な人と過ごす時間が削られ、心も体もないがしろにされていく。
パターン2何でも屋になる
もうひとつのパターンは、リーダーの求心力がなくなり、各自がバラバラに動き出すことだ。
会社の明確な方向性が見えないので、それぞれ目先の利益のために行動するようになる。
といっても悪気があるわけではないし、個人レベルでは本当に重要な仕事をしているのかもしれない。
だが各自が別々の方向に進んでいたら、チーム全体としてどこにもたどり着けない。
1歩進むたびに5歩下がるというありさまだ。同じことは仕事以外にも当てはまる。あまりに多くのことに少しずつ手を出していたら、本質的なゴールにたどり着けない。
努力の方向性がバラバラで、成果が足し算されないからだ。大学で5つのバラバラな科目を受講しても、卒業単位は満たせない。5つのバラバラな仕事を経験しても、キャリアの積み重ねにはならない。
明確な目的がなく、目先の気になることを追いまわしているだけでは、意味のある成果にはつながらないのだ。
思想家のラルフ・ワルド・エマーソンもこう述べている。
「人と国を滅ぼすのは、作業としての仕事である。すなわち、自分の主目的を離れ、あちらこちらに手を出すことである」全体の目的と個々の役割がとことん明確になっていれば、チームは驚くほどの力を発揮できる。
エネルギーが同じ方向に向かい、相乗効果が生まれるからだ。では、どうすれば会社や個人の目的を明確にできるのだろうか。ひとつのやり方は、「本質目標」を決めることだ。
本質目標を決める
本質目標について理解するための近道は、それが何でないかを知ることだ(2)。
2×2のマトリックスを使って説明しよう。前ページの図の左上にあるのは、ビジョンやミッションステートメント。「世界を変えたい」というような、魅力的だが具体性に乏しいものだ。
左下は、価値観。「イノベーション」「リーダーシップ」「チームワーク」など、企業が重視している価値の表明だ。
これらはありふれたものであることが多く、あまりインスピレーションをかき立てない。
右下は、四半期などの短期的な目標。「昨年比5パーセントの増益」といったようなものだ。非常に具体的だが、魅力的であるとは言いがたい。
そして右上に位置するのが、本質目標である。これは具体的で、かつ魅力的。大きな意味があり、しかも測定可能だ。
本質目標を正しく決めれば、その後の無数の決断が不要になる。
たとえば「弁護士ではなく医者になる」とまず決めておけば、何を学ぶべきかが明らかになる。それから何年間も、よけいな選択肢を考えずにすむ。ひとつの大きな決断が、その後のあらゆる決断を助けてくれるのだ。
イギリスの事業家マーサ・レイン・フォックスは2009年、英国政府によるインターネット普及推進プロジェクトのリーダーに任命された。
この新たなプロジェクトの目標をどのように定義するか、彼女は慎重に考えた。下手をすると、ありふれたバズワードばかりが並ぶ馬鹿げたものになってしまう。やがてマーサと部下たちが作成したのは、すばらしい本質目標だった。
「2012年までに、イギリスのあらゆる人がインターネットを使えるようにする」シンプルで、具体的で、魅力的で、測定可能な目標だ。
誰もが明確に理解でき、方向性を間違えることなく行動できる。それさえ理解しておけば、誰かの言いなりになることもない。
新人がリーダーに向かって「これは本質目標と無関係では?」と意見を述べることも可能だ。すぐれた本質目標があれば、周囲の協力も得やすくなる。
普段からは考えられないレベルの力を発揮し、迷いなく目標に向かって進みつづけることができる。
会社やチームや個人に必要なのは、具体的で魅力的、意味があって覚えやすい本質目標だ。
では、どうやってそのような目標を作成すればいいのだろう?
言葉にとらわれるな
会社やチームの目標を文章にしようとすると、つい細かい言葉が気になってくる。「この言葉か、それともこっちの言葉か?」だが、細かい言葉にこだわるのは危険だ。
ともすると響きのいいバズワードに引きずられ、形だけで中身のない文章(本章の冒頭にあげたような)ができあがる。
本質目標のステートメントは、美しくなくていい。形よりも中身が大事だ。細かい言いまわしを考える暇があったら、もっと本質的な問いを立てよう。
「たったひとつのことしかできないとしたら、何をするか?」
達成をどう判定するか
中身が大事といっても、まったく人の心を動かさない言葉では意味がない。美辞麗句を並べる必要はないが、具体的でわかりやすい言い方を選んだほうがいい。
どれくらい具体的かというと、次の質問に答えられるくらいだ。
「達成をどうやって判定するのか?」このことを教えてくれたのは、スタンフォード大学ビジネススクール教授のビル・ミーハンだった。
マッキンゼーで30年にわたりCEOや経営陣にアドバイスをおこなってきた人物だ。
私はスタンフォードの学生だった頃、彼の「非営利組織の戦略的経営」という授業をとっていた。
そのとき与えられた課題のなかに、非営利組織のビジョンおよびミッションステートメントを評価するというものがあった。
100以上もの実例を見ていくなかで、壮大だが空虚なステートメントがいかに多いかを思い知らされた。
たとえば「世界から飢餓を撲滅する」という壮大な理想。わずか5人の組織がそんなことを言っても、リアリティがない。
そんな中途半端な理想主義があふれるなかで、ひとつのステートメントが異彩を放っていた。誰でも即座に理解できて、心を動かされる。そのステートメントを書いたのはちょっと意外な人物だった。
俳優で社会起業家の、ブラッド・ピットだ。彼はハリケーン・カトリーナに襲われたニューオリンズの復興の遅さに苛立ち、自らメイク・イット・ライト財団を設立した。
その目標はこうだ。
「ニューオリンズの下9地区に住む世帯のために、低価格で環境にやさしく、災害に強い家を150戸建設する」このステートメントは、教室の空気を一変させた。
具体的で、リアル。リアルだから、心を動かす。「達成をどうやって判定するのか?」の答えも、これ以上ないほど明確だ。
本質を見据えて生きる
本質目標は、仕事や会社だけのものではない。正しく使えば、人生に意味を与え、正しい方向へと導いてくれる。
ネルソン・マンデラは27年間の獄中生活を通じて、人生の本質を見つめつづけた人物だ。
1962年に投獄されたとき、彼はすべてを奪われた。家も評判も自尊心も、そしてもちろん自由も。
それからというもの、彼は本質だけを見つめ、その他のあらゆるものを切り捨てた。自分の怒りや恨みさえも忘れた。
彼が選んだ本質目標は、南アフリカにおけるアパルトヘイトの撤廃だった。マンデラの人生は、私たちの世界に大きな遺産を残してくれた。
人生の本質目標を決めるのは、容易ではない。勇気と洞察力を持ち、自分の力を最高に発揮できる行動を見定めなくてはならない。
そのためには、タフな問いに答えることが必要だ。トレードオフを直視し、本質から外れたものごとを断固として切り捨てなくてはならない。
厳しいが、やるだけの価値はある。
本当に明確な目標だけが、自分や組織の力を最大限に引き出し、真にすぐれた成果を可能にしてくれるのだから。
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