第10章差別の心理学:ダイバーシティ施策を成功させる方法 フランク・ドビンハーバード大学教授アレクサンドラ・カレフテルアビブ大学准教授
ダイバーシティ施策は効果を上げているのかなぜ単純に偏見をなくせないのかマネジャーに協力させるための方法
第10章差別の心理学:ダイバーシティ施策を成功させる方法 フランク・ドビンハーバード大学教授アレクサンドラ・カレフテルアビブ大学准教授
ダイバーシティ施策は効果を上げているのか金融業界を震撼させた複数の訴訟騒ぎが世間で注目されてから、企業はダイバーシティ(多様性)にいっそう配慮するようになった。
1990年代末から2000年代初頭にかけて、モルガン・スタンレーは性差別訴訟の和解金として5400万ドル、スミスバーニーとメリルリンチはそれぞれ1億ドル以上も支払った。
モルガン・スタンレーは2007年にまたも集団訴訟を起こされ、4600万ドルを失った。
バンクオブアメリカ・メリルリンチは2013年、人種差別訴訟の和解金として1億6000万ドルを支払った。
この15年間で、メリルリンチがこうした訴訟で支払った総額は5億ドル近くにも及ぶ。
このため、いまやウォールストリートの企業は、新規採用者にこの手の集団訴訟には加わらないとする仲裁協定へ署名するように要求している。
また、研修その他のダイバーシティに関する取り組みも拡充してきた。
しかし結局のところ、金融機関であれ他の業種の組織であれ、平等化は進んでいない。
米国の商業銀行のマネジャーに占めるヒスパニック系の比率は、2003年の4・7%から2014年の5・7%へと増加したが、白人女性の比率は39%から35%、黒人男性の比率は2・5%から2・3%へと減少した。
投資銀行の場合は、業界全体が縮小しているため分析が複雑になるが、数字はさらに芳しくない。
従業員100人以上の米国企業全体では、マネジャーに占める黒人男性の比率は、1985年の3%から2014年の3・3%へとわずかに増加したのみである。
白人女性の比率は、1985年の22%から2000年の29%へと大きく上昇したが、それ以降はほとんど増えていない。
シリコンバレーでは、多くのリーダーが事業のためにも社会的正義のためにもダイバーシティを高める必要性を喧伝しているが、それでも主力となる技術職は白人男性が多数派を占めたままである。
ダイバーシティへの取り組みの大半が、ダイバーシティを高めていないとしても驚くに値しない。
ビッグデータのおかげで多少の目新しい機能が加わったけれども、基本的には1960年代から使ってきた旧態依然のアプローチで何度も何度も勝負に出ているだけなのだ。
この手の手法は、事態を改善するどころか悪化させることのほうが多い。
企業は長年にわたり、職務、登用試験、業績評価における偏見を減らすために、採用や昇進時の偏見を抑制するダイバーシティ研修を活用してきた。
従業員たちにマネジャーへの道を開くための施策としては苦情申し立て制度に頼っていた。
いずれも、マネジャーの考え方や行動を取り締まって訴訟を未然に防ぐように設計された手法である。
ところが、この種の強制的手法は偏見を根絶するどころか、むしろ強化しかねない。
そのことは実験に基づいた研究で明らかになっている。
社会科学者によると、人間はみずからの自律性を主張するために規則に反発することが多いという。
もし、筆者らがあれこれ強制されたら、独立した人格の持ち主であることを証明すべく、かえって真逆のことを行うだろう。
800社余りの米国企業から収集した30年にわたるデータを分析し、数百人のラインマネジャーおよび企業幹部に詳細なインタビューしたところ、取り締まりを緩めたほうがよい結果が出ることがわかった。
マネジャーをダイバーシティの問題解決に当たらせることや、マネジャーが業務中に女性やマイノリティの労働者と接する機会を増やすこと、社会的説明責任を醸成してマネジャーが公平な人間だと思われるように仕向けることのほうがより効果的なのだ。
だからこそ、照準を定めたカレッジリクルーティング(採用担当者が主要大学のキャンパスを訪問し、大学推薦を受けた学生を訓練生として採用する方法)や、メンター制度、自己管理チーム、特別チームといった介入方法は、企業のダイバーシティを高めることができた。
ただし、最も効果的な解決法の中には、本来はダイバーシティ向けに考案されていなかったものも含まれる。
筆者らはデータやインタビュー、企業の事例を丹念に調べ、何が有効で何が無効かを明らかにした。
その結果を次に紹介しよう。
なぜ単純に偏見をなくせないのかダイバーシティに取り組む際、企業幹部は古典的な指令・制御手法を好む。
その理由は、何をすべきで、何をしてはならないか、求められる行動がはっきりと示されるので、理解や防御が容易だからだ。
しかしながらこの手法は、人間が変わるための動機付けに関する、筆者らが知りうる知識のほぼすべてに反している。
数十年に及ぶ社会科学の研究で明らかになったのは、ごく単純な真理だ。
すなわち、規則を課して再教育を施すという方法でマネジャーを責めたり、その面目を潰したりしても、彼らを本気で取り組ませることはできないのだ。
最も一般的なトップダウン型の試みがうまくいかない理由を見ていこう。
ダイバーシティ研修研修を受けた者は通常、偏見を持たなくなるのだろうか。
この問いに関する研究は第2次世界大戦以前から行われており、その数は1000件近くにも及ぶ。
これらの研究によって、人々は偏見にどう対処すべきかについて模範解答を容易に得られるものの、すぐにそれを忘れてしまうことがわかった。
ダイバーシティ研修による好ましい効果が1日あるいは2日以上持続することは稀であり、多くの研究が示すところでは、研修によって偏見が助長されたり、反発が起きたりするおそれがある。
にもかかわらず、中規模企業の半数近く、フォーチュン500企業のほぼすべてがダイバーシティ研修を行っているのだ。
多くの企業で逆効果が見られる。
その理由の一つに、4分の3の研修で否定的なメッセージが使われていることが挙げられる。
ダイバーシティ関連の訴訟に重点を置き、莫大な和解金の話を持ち出して暗に脅しをかける。
「差別をすると、当社は代償を支払うはめになりますよ」というわけだ。
そうしたくなる気持ちはわかる。
筆者らも本稿の冒頭でそうやって注意を引き付けたからだ。
しかし、脅しや「否定的な動機付け」で人を変えることはできない。
もう一つの理由は、研修を実施している企業のおよそ4分の3が、故R・ルーズベルト・トーマス・ジュニアのようなダイバーシティの権威が語った、時代遅れのアドバイスに依然として従っているからである。
彼はよく次のように述べていた。
「ダイバーシティの管理が組織の戦略であるならば」、ダイバーシティ研修は必修にすべきであり、「それに取り組めない者には辞職勧告もやむなし」という態度を経営陣は明確にしなければならない、と。
しかし、マネジャーを対象とした強制的研修の導入から5年経っても、白人女性、黒人男性、ヒスパニック系がマネジャーに占める比率は是正されなかった。
それどころか、現に黒人女性の比率は平均で9%減少し、アジア系米国人の男性および女性の比率は4〜5%落ち込んだ。
研修講師に聞いたところ、コースが必修であることに怒ったり反発したりする人も多く、実際に参加者の多くが、研修後に他の集団に対する敵意が増したと報告している。
これに対し、任意の研修は真逆の反応(「私は参加することを選んだのだから、ダイバーシティを推進しなければならない」)を引き起こし、よい結果につながる。
黒人男性、ヒスパニック系男性、アジア系米国人の男性および女性がマネジャーに占める比率は、5年間で9〜13%増加する(白人女性や黒人女性の比率が減少することもない)。
トロント大学の調査が、筆者らの洞察を裏付けている。
ある研究で白人被験者に黒人への偏見を批判するパンフレットを読ませたところ、それに賛同するようにという圧力を被験者が感じた場合は、パンフレットを読むことで黒人への偏見が強化された。
かたや、賛成しようがしまいが自由だと感じた場合には、偏見が減ったのである。
研修が矯正措置であるかのようなメッセージを発する企業があまりにも多い。
ある全国的飲料会社のダイバーシティマネジャーは、上層部が問題グループへの対応策として研修を利用していると語った。
「たくさんの苦情があれば、または、あってはならないことですが、もし何らかのハラスメントがあれば(中略)、『当該事業部門の全員が研修をやり直すことになる』と上層部は告げます」研修を実施している企業は、たいていマネジャー向けの特別プログラムも設けている。
マネジャーは登用や昇進、報酬を決定する役割なので、たしかにハイリスクグループである。
しかし、対象をマネジャーに限定するのは、彼らが諸悪の根源だと言っていることに等しい。
マネジャーたちはそれを不快に思い、反発する傾向がある。
登用試験現在、40%ほどの企業は偏見に打ち勝つべく、第一線で働く登用候補者のスキルを評価するための試験を義務付けている。
しかし、自分が気に入った人材をすべて雇えるわけではないと言われると、マネジャーたちはそれを快く思わない。
そして筆者らの調査によれば、登用試験を恣意的に用いることが多いのだ。
1950年代を振り返ると、戦後に黒人が北部へ流入した際に、シカゴにある精肉加工企業のスウィフト・アンド・カンパニーは、管理職および品質検査職に登用試験を導入した。
ところが、マネジャーたちは黒人には試験に不合格だったと告げた後に、試験を受けていない白人を昇進させていたことが、ある研究で明らかとなった。
機械操作担当のある黒人は次のように証言している。
「私はイングルウッド高等学校で4年間学びました。
品質検査職のための試験を受けましたが、主任は私に不合格だったと告げました」。
こうして、その職には「試験を受けていない」白人が抜擢されたのである。
この手の出来事はいまでも起こっている。
米国西海岸の某食品会社に新しく着任した人事責任者にインタビューした時のことだ。
彼の話によると、白人のマネジャーたちがよそ者(その大半がマイノリティ)にのみ管理職試験を課し、同じ白人の場合は試験なしで登用していたという。
「特定の職に関して誰かに試験を課すならば、全員を等しく試験する必要があります」
しかし、応募者全員に登用試験を課すマネジャーでも、その結果を無視するおそれがある。
投資銀行やコンサルティング会社では、登用面接に試験を組み込んでいる。
数学の問題とシナリオに基づく課題をその場で解かせるというものだ。
ノースウェスタン大学ケロッグスクール教授のローレン・リベラは、この取り組みを研究するに当たり、ある企業における登用会議の様子をこっそり観察した。
するとリベラは、白人男性の数学の試験成績が悪くても決定者たちはほとんど気に留めないが、女性や黒人がそうである場合には大いに注目することに気づいた。
意思決定者たちは(意識的にせよ無意識的にせよ)試験成績を恣意的に使ったため、試験によって偏見は抑制されるどころか増大していたのだった。
現在、マネジャー職の登用に筆記試験を導入している企業は全体の約10%だが、導入後の5年間で、白人女性、アフリカ系米国人の男性および女性、ヒスパニック系の男性および女性、アジア系米国人女性がマネジャー職に占める比率は4〜10%減少している。
特に白人女性とアジア系米国人女性の減少が顕著だが、どちらも教育水準が高く、通常ならば標準的なマネジャー職登用試験の成績がよい集団である。
したがって、集団ごとの受験スキルの差によってこの傾向を説明することはできない。
業績評価中規模企業および大企業の90%以上が年次業績評価を用いて、報酬と昇進に関するマネジャーの公正な決定を担保している。
優秀な労働者を見極めて報いることだけが目的ではなく、業績評価には訴訟から企業を守るという側面もあるのだ。
差別で訴えられた企業は、「当社には業績評価制度があるから、差別的処遇は起こりえない」と主張することが多い。
ところが、さまざまな研究によると、業績評価の場で女性やマイノリティは低く評価される傾向が見られる。
また、従業員との揉め事を避けるために、あるいは昇進を自由に決める余地を残しておくために、誰にでも高評価を与えるマネジャーもいる。
マネジャーが業績評価制度にどう向き合おうが、結果としてダイバーシティは向上しない。
制度を導入した企業では、その後の5年にわたりマイノリティのマネジャーが増えず、マネジャーに占める白人女性の比率は平均して4%減少している。
苦情申し立て制度最後に挙げるこの手段は、偏見を持つマネジャーを特定し、更生させるためにある。
中規模もしくは大企業の約半数が、報酬、昇進、解雇の決定に対して従業員が抗議できる制度を設けている。
しかし、たいていのマネジャーは、自分の振る舞いを変えたり他の者による差別に対処したりはしない。
それどころか、苦情を申し立てた従業員に報復をしたり貶めたりするのだ。
2015年にEEOC(雇用機会均等委員会)にはおよそ9万件もの差別への苦情が寄せられたが、そのうち45%には報復を受けたという訴えが含まれていた。
すなわち、最初の申し立てが冷笑や降格をもって迎えられたり、さらにひどい仕打ちを受けたりしたことを意味している。
苦情申し立て制度によって組織内の悪しき振る舞いを防げないことがわかると、声を上げる人は少なくなる。
実際、従業員調査では、ほとんどの人々が差別について報告しないことがわかっている。
これは別の予期せぬ結果へとつながる。
マネジャーは苦情がめったにないと判断すると、自分たちの組織には問題がないと結論付けてしまうのだ。
筆者らはインタビューでこうしたことをたくさん見聞きしている。
あるエレクトロニクス企業の人事担当バイスプレジデントと話した時、彼女は「他社が抱えている」と広く報じられている難題について語り、次のように付け加えた。
「当社にはこうした問題は何一つありません。
(中略)当社ではこの4年間、差別に関する苦情はまったく寄せられていません」さらに実験に基づいた研究によると、苦情申し立て制度のような保護制度があると、会社の方針により公正さが保証されると思い込みがちだ。
それで誰もが警戒心を緩め、みずからの決定に偏見が入り込む余地を与えてしまうという。
公式の苦情申し立て制度を導入しても状況は改善しないどころか、むしろ悪化する。
筆者らの定量分析では、制度導入後の5年間で白人女性および全マイノリティ集団(ヒスパニック系男性を除く)に属するマネジャーは3〜11%減少することがわかった。
それでも大半の雇用主は、裁判官に好印象を与えるという理由だけであろうと、苦情を拾い上げる何らかの制度が必要だと感じている。
有効な戦略の一つは、公式の意見聴取プロセスのみではなく非公式の調停も提供するような、「柔軟な」申し立て制度にすることだ。
非公式の解決だとマネジャーが懲罰機関の前に引き出されることはないので、報復するケースが減るかもしれない。
これから示すように、マネジャーを公の場で叱責することなく、彼らに説明責任を感じさせると効果が上がりやすい。
マネジャーに協力させるための方法前掲の一般的な解決法が逆効果だとすれば、ダイバーシティ促進のために雇用側は何ができるのか。
取り締まりに力点を置かない戦術を用いたいくつかの企業が、一貫して良好な成果を上げている。
こうした企業は3つの基本原理を適用している。
具体的には、マネジャーにダイバーシティ問題の解決に当たらせる、マネジャーと異なる集団に属する人々が接するようにする、変化のために社会的責任を奨励するというものだ。
関与信念と行動が一致していない人は、心理学者の言う「認知的不協和」を経験している。
実験によると、人間には信念か行動のいずれかを変えることで不協和を「修正する」傾向が強い。
したがって、特定の見解を支持するようなやり方で行動するように人々を促すと、彼らの意見はその見解のほうに近づくのだ。
たとえば、死刑制度擁護の小論文を書かせると、強硬な死刑反対論者さえも死刑制度に何らかのメリットを見出すようになる。
マネジャーが社内で積極的にダイバーシティ向上を支援すると、同じような現象が起こる。
彼らは自分たちをダイバーシティの擁護者と思い始めるのだ。
女性とマイノリティを対象としたカレッジリクルーティングを例に挙げよう。
筆者らのインタビューでは、マネジャーたちは招待されればすすんで参加することがわかっている。
その理由の一つは、メッセージが前向きなものだからだ。
「幹部候補のダイバーシティを高めるのに手を貸してください」。
そして、参加はあくまで任意である。
優れたリクルーターになりそうなマネジャーを企業幹部が選出する場合もあるが、無理やり引っ張り出すようなことはしない。
大学訪問を行うマネジャーは、自分の責務に真剣に取り組んでいると語る。
彼らは、たとえば女性エンジニアやアフリカ系米国人のマネジャー研修生など、登用されることの少ない集団から有望な候補者を連れてこようと固く決意しているのだ。
すると、ほどなくして認知的不協和が起こり、ダイバーシティに関してどっちつかずだったマネジャーが考えを改めるようになる。
効果はてきめんである。
女子学生を対象としたカレッジリクルーティング制度の導入から5年後、白人女性、黒人女性、ヒスパニック系女性、アジア系米国人女性がマネジャーに占める比率は、平均して約10%上昇する。
マイノリティ採用に重点を置いた制度では、黒人男性のマネジャーの比率は8%、黒人女性のマネジャーの比率は9%増える。
マネジャーに関与させ、彼らの偏見を徐々に崩していくもう一つの方法は、メンタリングだ。
メンターは部下にさまざまなコツを教え、重要な研修や任務の後見人となる過程で、部下が成長して進歩するのに必要なチャンスを与えられるように支援する。
するとメンターは、相手が白人男性か女性かマイノリティかにかかわらず、自分の部下はこれらのチャンスをもらうに値する人材だと信じるようになるのだ。
ここでも認知的不協和が生じ、「私が支援する者は誰であれ、支援に値するはずだ」と考えるようになる。
白人男性にはメンターを自分で見つける傾向が見られるが、女性やマイノリティは公式制度の助けを必要とすることが多い。
その理由の一つは、ジョージタウン大学マクドノースクール・オブ・ビジネスで学科長を務めるデイビッド・トーマスがメンタリングに関する研究で突き止めたように、白人男性の企業幹部は若い女性やマイノリティの男性に気軽に手を差し伸べようとは思わないからだ。
ただし、彼らは部下を割り当てられると熱心なメンターになるし、女性やマイノリティは真っ先にメンターになってもよいと名乗りを上げることが多い。
メンター制度によって、企業のマネジャー層のダイバーシティは大いに向上する。
黒人女性、ヒスパニック系女性、アジア系米国人女性、ヒスパニック系男性、アジア系米国人男性の比率を、平均で9〜24%押し上げる。
化学やエレクトロニクスなど、昇格資格を持った大卒の非マネジャー職が多い業界では、メンター制度を導入すると白人女性や黒人男性のマネジャーの比率は10%、あるいはそれ以上に増える。
女性やマイノリティ向けの特別なカレッジリクルーティング制度を導入している企業は約15%にすぎず、メンター制度を設けている企業もわずか10%である。
とはいえ、組織がひとたび導入を試みれば、そのメリットは明らかになるだろう。
2000年にコカ・コーラが差別訴訟で1億9300万ドルという史上最高額の和解金を支払った後、この制度がいかに役立ったかを見てみよう。
裁判所が任命した外部の監視委員会による指導の下、北米グループの経営幹部たちは、リクルーティング制度と専門職および中間管理職を対象としたメンター制度に関与し、マイノリティに関する測定可能な目標に向けて具体的に取り組み始めた。
経営上層部さえも採用とメンタリングに一役買い、採用担当のパートナーは求人活動の幅を広げることを求められた。
5年後、元CEO兼会長のネビル・イズデルによれば、メンタリングを受けた者の80%が管理職において少なくとも1階級昇進したという。
一対一のメンタリングとグループで行うメンタリングが用意され、どちらもあらゆる人種を受け入れていたが、アフリカ系米国人からの申し込み
が多かった(指導対象者の36%)。
こうした変化によって重要な進展がもたらされた。
2000年から2006年にかけて、定額給従業員に占めるアフリカ系米国人の比率は19・7%から23%に上昇し、ヒスパニック系は5・5%から6・4%に増えたのだ。
また、専門職および中間管理職者に占めるアフリカ系米国人とヒスパニック系の比率は、2002年の時点でそれぞれ12%と4・9%だったが、わずか4年後には15・5%と5・9%に増加した。
ここから好循環が始まった。
今日のコカ・コーラはまるで別の企業のようだ。
2016年2月に『アトランタ・トリビューン』誌が、CFOのキャシー・ウォーラーをはじめ、同社でバイスプレジデント以上の職位にあるアフリカ系米国人女性17人の特集を組んだほどだ。
交流集団間の交流によって偏見が減少しうると初めて立証されたのは、第2次世界大戦中の欧州戦線での予期せぬ実験だった。
米国陸軍はまだ人種別に分離されており、白人のみが戦闘に当たっていた。
ところが、大戦中に多くの死傷者が出て人員不足に陥ると、ドワイト・アイゼンハワー元帥は戦闘に参加する黒人の志願兵を募った。
ハーバード大学の社会学者、サミュエル・スタウファーは、休暇中に陸軍省で部隊内の人種意識を調査した。
すると、会社で黒人たちとともに働いていた白人は、分離されたままの企業の白人よりも著しく人種的敵意が少なく、黒人とともに働こうとする気持ちが格段に強いことがわかった。
スタウファーは、黒人とともに戦う白人は真っ先に黒人を自分たちと同じ兵士と見なすようになると結論付けた。
スタウファーにとって重要な点は、白人と黒人が共通のゴールに向かって対等に働かなければならないことだった。
奴隷制度時代と解放後の数百年間にわたり、白人と黒人は密接に関わり合ってきたが、それだけでは偏見は減じなかったのである。
集団の垣根を超えてこの種の交流を創り出すビジネス手法は、同様の結果をもたらす。
プロジェクトにおいて、さまざまな役割や機能を担う人々が対等な立場で働くことのできる自己管理チームを考えてみよう。
そのようなチームでは多様な人々との交流が増える。
企業内の職種はいまだに、人種、民族、性別によって大別されているからだ。
たとえば、女性は男性よりも販売に就くことが多いが、白人男性は技術職や管理職として働くことが多い。
黒人男性やヒスパニック系男性は生産現場に従事することが多い。
スタウファーの戦争に関する研究で明らかになったように、肩を並べて働くことで固定観念は打ち砕かれ、より平等な登用や昇進へとつながる。
自己管理チームを形成する企業では、マネジャーに占める白人女性、黒人男性および女性、アジア系米国人女性の比率が5年間で3〜6%上昇する。
マネジャー研修生にさまざまな部署を経験させることも、交流を増やすもう一つの方法だ。
通常、この種のクロストレーニングでは、従業員はさまざまな職務に挑戦し、組織全体への理解を深めることができる。
ただし、これによって各部署の責任者たちや研修生にも幅広く多様な人々と交流する機会ができるため、ダイバーシティにもプラスの影響を及ぼすことになる。
筆者らが確認した結果では、白人女性、黒人男性および女性、アジア系米国人の男性および女性がマネジャーに占める比率を3〜7%高める。
米国企業の約3分の1が中核事業で自己管理チームを形成しており、およそ5分の4の企業がクロストレーニングを実施している。
これらの手法は、多くの組織がすでに導入済みだ。
カレッジリクルーティング制度やメンター制度のほうがダイバーシティに大きな効果を与えるが、それはおそらく、ダイバーシティの取り組みを活性化するとともに集団間の交流を促すからであり、すべてが成果につながっている。
自己管理チームとクロストレーニングは、ダイバーシティを推進すると考えられている強制的なダイバーシティ研修や業績評価、登用試験、苦情申し立て制度を上回る効果があった。
社会的説明責任第3の戦術は社会的説明責任の醸成だ。
これは、周囲によく見られたいという人間の欲求を刺激する。
イスラエルで実施されたある実験が格好の例証となっている。
この実験では教員研修生たちに、アシュケナージという名前(ヨーロッパ系ユダヤ人の家系であることを示す)と、セファルディという名前(アフリカあるいはアジア系ユダヤ人の家系であることを示す)のユダヤ人学生たちが書いた同じ作文を評価させた。
セファルディという名の学生は通常、貧しい家庭の出身で、学校の成績は芳しくない。
教員研修生たちは、アシュケナージ姓の学生の作文には平均してBを、セファルディ姓の学生の作文には平均してDをつけた。
しかし、研修生間で評価について話し合うと告げられた場合、評価に差がなくなったのである。
自分たちの決定を説明しなければならない可能性があるとわかると、教員研修生たちは作文自体の質で判断するようになった。
職場でも似たような効果が見られる。
マサチューセッツ工科大学スローンスクール・オブ・マネジメントのエミリオ・カスティーヤが行った実地調査を例に挙げよう。
ある企業で、アフリカ系米国人は白人と比べて常に昇給額が少ないことがわかった。
同じ職位で業績評価の点数が同じにもかかわらずだ。
そこで、カスティーヤは社会的説明責任を醸成するための透明化を提案し、同企業は各部門の人種別および性別の業績評価と昇給額の平均を掲示した。
社内のどこが白人を特別扱いしているか、従業員、同僚、上司に筒抜けになるとマネジャーたちが理解すると、昇給格差はほとんど解消されたのである。
ダイバーシティ推進特別チームの設置は社会的説明責任の醸成に役立つ。
通常はCEOがこうしたチームを招集し、各部署の責任者に任意参加を求めたり、少数派からメンバーに加わってもらったりする。
特別チームは四半期ごと、あるいは半期ごとに全社、各事業部門、各部署のダイバーシティ指標を調査し、何に注意を向けるべきかを把握する。
採用やキャリアの障壁といった問題がどこにあるのかを調査した後、特別チームは解決策を見つけ出し、それぞれの部署に持ち帰る。
これにより、同僚がメンターをすすんで引き受けていないとか、採用イベントに参加していないなどに気づくことができる。
説明責任の理論が示唆するように、部署内に特別チームのメンバーがいれば、マネジャーたちは登用や昇進の決定に際して「これは正しいことに見えるだろうか」と自問するようになるだろう。
会計事務所デロイトLLPは、社会的説明責任がどれほど威力を発揮しうるかを見てきた。
1992年、当時CEOだったマイク・クックは女性アソシエートの離職を食い止めようと決心した。
同事務所の従業員の半数は女性だったが、パートナーに近づく前にほぼ全員が辞めていたからだ。
当時デロイトのコンサルティング部門のCEOを務めていた、ダグラス・マクラッケンがのちにHBRへの寄稿論文で述べたところによると、クックはみんなの注目を集める特別チームを招集し、「悪しき振る舞いを禁じるために、新たな企業方針を即座にいくつも定める」のではなく、むしろ透明性に依拠して成果を上げようとしたという。
この特別チームは各拠点に女性の昇進状況をモニタリングさせ、拠点ごとの問題に対処すべく目標を設定させた。
CEOやその他のマネージングパートナーがつぶさに見ていることがわかると、「優良顧客の仕事や非公式のメンタリングなどが女性たちにも回ってくるようになった」とマクラッケンは述べている。
そして、全国の部門責任者がパートナーやアソシエートから、変革がなぜもっと早く進まないのかと問い質されるようになった。
外部の顧問機関が進捗状況の年次報告書を発行し、各マネジャーは変革指標を選択して自分たちの業績評価に織り込んだ。
こうして、8年間で女性の離職率は男性と同じ水準に下がり、女性パートナーの比率は5%から14%に増加した。
これらは大手会計事務所で最も高い数値である。
2015年までにグローバルパートナーの21%が女性となり、同年3月、デロイトLLPはキャシー・エンゲルバートをCEOに指名した。
大手会計事務所で初めての女性のトップである。
特別チームは、3面作戦でダイバーシティに取り組むものである。
すなわち、説明責任を促すことに加え、以前はダイバーシティプロジェクトに冷淡だったかもしれないメンバーを関与させ、参加者の女性、マイノリティ、白人男性の間に交流を増やす。
効果も大きい。
ダイバーシティ用の特別チームを設置した企業では、その後の5年間でマネジャーに占める白人女性や各マイノリティ集団の比率が平均して9〜30%増加している。
ダイバーシティマネジャーを置くという方法も、社会的説明責任の醸成によって社会的包摂を強化する。
その理由を理解するために、前述の教員研修生の実験に戻ろう。
この実験の結果は、人間は自分の決定を説明しなければならないかもしれないと気づくと、偏見に基づいて行動する可能性が低くなるというものだった。
そのことは、多くの研究によって裏付けられている。
したがって、マネジャーを問い質す可能性のあるダイバーシティマネジャーを設けるだけで、マネジャーたちが一歩下がって反省し、最初に思い浮かんだ人物を登用したり昇進させたりする代わりに、要件を満たした人材すべてを考慮するようになる。
ダイバーシティマネジャーを指名した企業では、その後の5年間であらゆる少数派集団(ヒスパニック系男性を除く)のマネジャーに占める比率が7〜18%上昇している。
これらは有効だったか否かにかかわらず、導入されたさまざまな取り組みによる上昇を差し引いたうえで、ダイバーシティマネジャーの設置によって得られた成果である。
中規模および大企業で特別チームを設置しているのは20%のみで、ダイバーシティマネジャーを置いているのは10%にすぎないが、どちらも効果は大きい。
ダイバーシティマネジャーの設置は人件費もかかるが、特別チームは既存の従業員を活用するやり方だ。
このため、強制的研修などの失敗に終わったいくつかの方法よりも、はるかに安上がりである。
バンクオブアメリカ・メリルリンチやフェイスブック、グーグルのような一流企業はこの数年間、説明責任の醸成に注力してきた。
デロイトの初期の事例をもとに、これらの企業は現在では誰の目にもわかるように全面的なダイバーシティ指標を公表している。
そうした取り組みが顕著な変化をもたらすかどうか、数年のうちに結果が出るはずだ。
***ダイバーシティへの取り組みの大半は、偏見を取り締まるという戦略に基づいていた。
しかし、機会均等を促進するために導入されて以来、この種の戦略は見事な失敗続きである。
1985年以来、企業のマネジャーに黒人男性はほとんど増えていない。
白人女性の割合は2000年以降増えていない。
これは、女性やマイノリティに十分に教育を受けた人材がいないという意味ではない。
過去2世代にわたり、どちらの集団も教育水準は大幅に向上したからだ。
問題は、強制的に取り組みに参加させ、実践に移さなければ罰するというやり方では、人々を動機付けることができないことである。
結局のところ、数字がすべてを物語っている。
マネジャーにダイバーシティ研修への参加を強制し、登用や昇進の決定を規則で縛ろうとして、法律遵守の苦情申し立て制度を導入しても、組織のダイバーシティは向上するどころかさらに低下するだろう。
幸いにも、我々は有効な対策を知っている。
後はそれをもっと実行すればよいのだ。
ダイバーシティ推進と銘打つことの否定的側面メンタリングや自己管理チーム、クロストレーニング(さまざまな職務を経験させる教育訓練)は、なぜ強制的研修のように反発を招かずにダイバーシティを高めるのか。
その理由の一つは、これらの取り組みが通常、ダイバーシティのためのものだと銘打たれていないからかもしれない。
企業方針としてのダイバーシティという言葉は、白人男性にストレスを感じさせるおそれがある。
カリフォルニア州立大学サンタバーバラ校とワシントン大学の研究者たちは、若い白人男性に模擬採用面接を体験させた時に、このことを突き止めた。
被験者の半数はダイバーシティ推進を謳う企業の面接を受けたが、残りの半数はそうではない企業の面接を受けたのだ。
ダイバーシティ推進を明言する企業を訪れた被験者たちは、白人への差別を予想して動悸や呼吸の乱れなどを示し、録音された面接の受け答えも著しく出来が悪かった。
【注】“WinningtheTalentWarforWomen:SometimesItTakesaRevolution,”HBR,November,2000.(未訳)
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