少し長い「はじめに」
日本の企業のうち、大企業の割合は全体の0 ・3%です。残りの99 ・7%は中小零細企 業です(2ol5年中小企業白書)。雇用に関しては、おおむね大企業が25 %、中小零細企 業が75%です。こうした枠組みの数字は意外と知られていません。なぜならば、 一般的に 情報と呼ばれる新聞や雑誌の報道が大企業の動勢について書かれたものだからです。そし て、書店に並ぶ経営書の多くも大企業に関するものが多いのです。まれに中小企業に関す る情報も、大企業向けの焼き直しであったり、ごく一部の業界や特殊な事例を元にした内 容のため、現場で実践しようとしても、うまくいかないことが少なくありません。 本書はそうした情報の背景を踏まえ、企業組織がどのように物事を考え、どのように変 化させていかなければならないかについてコンサルティングの現場での私の経験をもとに、 中小零細企業向けに書かれたものです。
組織に存在する価値観の多様化
数年前、平均年齢28 歳という企業と1年間お付き合いをしました。そこで目にした若い世代の物事の考え方に驚きました。 入社3年目までの若い社員たちの多くが「給料が安い」と話しているのです。その企業 の給与・賞与・福利厚生などを知っている私からみれば、決して条件が悪くはありません。 しかし、どういうわけか給料に関する不満が大きいのです。話を進めていくうちに、彼ら の中からこんな言葉が出てきました。 「朝から晩までこき使われて、時給に換算したら学生バイト以下ですよ……」 冗談で言っているのかと思ったら、どうやら本気で言っているようです。ほかの数人の 若い社員たちも領いています。続けてこうした発言がありました。 「部長は時給が高いからなぁ……」 朝は彼らよう遅く出社して、夕方は彼らより先に帰る部長は「時給」が高いと言ってい るのです。呆れながら、業務内容や経験の差、持っているスキル(資格など)について話 をしたのですが、なかなか理解をしてもらえません。揚句、 「『同一労働同一賃金』って言うじゃないですか。僕も部長と同じように営業をしている のですから、こんなに給料差があるのは納得できません」 と言い放ちました。 「同一労働同一賃金」とは、ILO (国際労働機構)が推進しているもので、キリスト教の正義感を背景にしたヨーロッパの概念に基づいた労働権利に関する考え方です。根底に あるのは、仕事に関する基準が「職務給」ということです。それに対して、日本では「職 能給」「年齢給」などという、人に基づく基準を持っていて単純に現在の日本に当てはめ られるものではありません。そのときにはそんな話をしませんでした。なぜならば、彼ら の働く基準が、高校生や大学生のときのアルバイトの経験から「時給」であることに気づ いたからです。 戦後7o 年を越え、高度経済成長を経て成熟時代に入った日本社会ではこうした以前とは まったく異なる価値観が出回っているのです。 「学校で何を学んできたのか?」 「家庭でどんな躾をされてきたのか?」 などと言っても始まりません。すべてとは言いませんが、このようにバラバラの価値観が 日本の社会にあふれ、時に組織の中にまで入り込んでいます。 別の組織の話です。パート社員を含む女性社員たちの研修で、こんな発言とやり取りが ありましたc 「会社はいつも勝手に物事を決めて、私たちに押しつけてきます。もっと民主的に物事は進めるべきだと思います。全員の意見を聞いて経営をすべきです」 ある女性が研修会のあとでこう話すと、ほかの女性たちの多くが領いていました。 司会者や研修の講師たちが困った顔をして、オブザーバー参加の私にSOSを求めて きました。私は笑いながら演壇に立ちました。 「『船頭多くして船山に登る』という言葉をご存知でしょうか。実は、みんなの意見を聞 いて組織の方向を決めるということは正しくありません。組織とは誰かが何かを決めて、 参加者がそれに従うというというものです。もちろん従業員さんの意見を聞くということ は大切ですが、それによって会社経営の方針を決定するなどということはありません。そ んなことをしたら、まず会社は潰れます。それから、先ほどから何度も『民主的』という 言葉を使われておりましたが、ここは企業組織です。民主的という言葉の意味を取り違え ないようにしてください。会社経営は議会とは違いますから……」 クライアントではなかったので、おだやかな語調でそんな話をしました。すると、先ほ どの女性がマイクを握う直し、私に向かってこんな言葉を投げかけました。 「あなたのような、ファシスト的な考え方があるから私たちは苦労しているのです。私た ちは、労働者の権利として経営に文句を言っているのです。おかしな発言はしないでください」 申し上げておきますが、この企業は昨今世間を賑わせているようなブラック企業ではな く、着実に成果を上げ、伸びている健全な企業なのです。その企業が、さらに上を目指そ うとして研修会を実施したところ、こんな発言が飛び出してきたのです。 再び笑いながら演壇に立ってューモアたっぷりに話をしました。 「ええとそれでは、この会社の資本金は1000万円ですから、半分の500万円を出し て株主になりましょう。先ほどから何度も民主的とおっしゃっていますが、 この組織は株 式会社です。経営に参加するなら、まず株主になって経営会議に参加して、今の発言をす るべきです。それが社会のルールですがいかがですか?」 「ここ3年間で、日本の企業数は4 20万社から385万社へ減っています。人口減少、 少子高齢化が急速に進んでいる中で企業数は激減しています。1日に約3oo社が消えて いっているというのが現状です。そのような状況下で組織の存続と発展を考えるというテ ーマでの研修会で、先ほどのようなネガティブな発言が出るとは何とも情けない話です」 「本気でこの会社が嫌いなら、ご自身で会社をおつくうになればいい。そして、先ほどか らお話されているような、残業をしない、給料は大企業並みにもらえる、年間150日ほ ど休暇の取れる会社を作ればいい。今回は、少しでもいい会社にしようという試みであったはずですが、最初からこんな意見が出るところに組織の課題が見えていますね」 そして、最後の部分は少し回調を変えて本気になって言いました。 「本日私は、オブザーバー参加ということでここに来ています。メインの講師ではないか ら言えることですが、初対面の人間に対してファシスト呼ばわりをされたことは覚えてお きましょう。社会人としてどれだけ失礼な発言であったかは、きちんと覚えておきます。 何ようもこの会場に入ってきたとき、私は何人もの方々へあいさつをしましたが、半分以 上の方は返事を返してくれませんでした。遅刻してこられた方がどれくらいいましたか。 組織がどうのこうのという以前に、基本的なことができていない組織だと思います。日本 全国を周り、多くの企業を見てきましたが、ここは最低の組織です。何ですか、研修の最 中に居眠りをする人間はいる、後ろでは携帯電話の画面ばかり見ている、そして常識がな い。こういう会社からまず潰れていきます―」 なぜこのようなことが起こるのでしょうか。それは、価値観の多様性に対して丁寧な対 応をしてこなかった組織に原因があります。本質から離れた現象だけに対応を続けている と、こうした訳のわからない事態を招いてしまうのです。「会社のイベントに遅刻者が多い組織」 「決めたことが守れない組織」 「他部門のことに無関心な組織」 「組織人としての教育ができていない組織」 「会社の悪口を平気で言い続ける人
たち」 「まともなあいさつもできない人たち」 「会社が汚れていても気にもしない人たち」 「社会人としておかしな人たち」…… 実は、気をつけて見てみるとこのような課題を抱えている組織は少なくないのです。以 前ならば、「それくらい言わなくてもわかるだろう」という共通の価値観が組織にありま した。しかし、現代では世代、職位、性別などによって価値観が多様化していて、まとま りのない組織が増えています。本書は、このような私がコンサルティングの現場で見聞き した実体験をもとに書いていきます。
組織内の3つの誤解
昨今の企業組織において最大の課題は、3つの言葉が通用しなくなったことにあります。 ①きちんと ②ちゃんと ③利益 この3つが組織の中で明確になっていないことが原因となって、組織でさまざまな誤解 を招いています。 想像していただきたいのは、社長が6o代、新入社員がlo 代後半〜2o 代前半である組織の 風景です。社長が、朝礼や訓話の中でよく「①きちんと」という言葉を使いますが、その 言葉が碁い世代にきちんと伝わっているかどうかは大変疑わしいのです。同様に、専務が 「②ちゃんと」という言葉を会議で使い続けているにもかかわらず、若い世代が納得して 言われたとおりちゃんと行動しているかどうか疑わしいです。 以前ならば、 「それくらい言わなくたってわかっている」 という、暗黙の了解が各世代間にあって、「きちんと」や「ちゃんと」という言葉が具体 的にイメージできたのです。しかし、最近ではイメージの共有以前に言葉の意味すら通じ なくなっています。 例えば、「衣紋掛け(えもんかけ)」や「ちり紙(ちりがみ)」「ズック」などという言葉を若い世代は知りません。それぞれ「ハンガー」「テイツシュ」「シューズ」と置き換えなけ れば意味すら通じない場合が増えています。つまり、抽象的な「きちんと」「ちゃんと」 という言葉では以前のように、具体的な活動や行動に結びつかないのです。 実際に、ビジネスの現場でのあいさつ、服装、電話対応などがうまくいっていない組織 は少なくありません。まして、書類提出、報告・連絡・相談、情報共有についても、まと もに機能していない組織だらけです。 そして、最大の問題は「③利益」についてほとんどの組織で共有ができていないことで す。こんな話をすると、ベテランの会長や社長からはこう叱られます。 「利益なんて幼稚園生でもわかる話だ。偉そうなことを言うな―」 そこで、私はベテランの経営者へ質問をします。 「では、社長が組織に向かって話している利益とはどんなものですか?・売上総利益です か?・営業利益ですか? 経常利益ですか? 税引前当期純利益ですか?・純利益です か?」 この質問に、多くの経営者が目をパチクリとさせます。 実は、この5つの利益は決算書に書かれているものですが、その意味を理解して「利 益」という言葉を使っている経営者は驚くほど少ないのです。そうなると、経営者自身がよくわかっていない「利益」という概念と言葉が、組織に浸透するはずがありません。お まけに中小企業の多くの従業員は、入社以来一度も「利益教育」を受けたことがありませ ん。右肩が上がっている時代ならば、おおまかな売上と粗利益で経営をすることができま したが、これほど時代変化が進んでいるときに、従来型の「ドンブリ経営」では組織の存 続は難しいのです。 では、どのようにすればいいのでしょうか。 それは、「仕事があってもなくても、うちの会社ではこれだけの金額が必要だ」という 明確な金額を組織内に示し、それを全員で追いかける仕組みを作ることです(仕事があっ てもなくても必要な利益のことを「絶対利益」と呼んでいますが、これについては本書の中で詳述 します)。 組織内に誤解がはびこってしまうのは、こうした抽象的な言葉で意識や行動を変えさせ ようとしているからです。
「5S活動」と「プロセス共有」
私は、現在の経営コンサルタントの仕事を始める前に、建設系の会社で約2o 年にわたっ て現場監督という仕事に従事してきました。専門は土木ですので、多くの道路や橋梁、ダムエ事やトンネルエ事などに関わりました。その中で、現場ごとに従事する人間が変わり、 現場ごとに元請けや下請けという立場で小集団を指揮してきました。小さい現場のときは 7〜8人、現場が大きくなると60〜70 人くらいの集団を率いて現場というプロジェクトを 仕上げてきました。その意味からすると、小集団の動かし方については専門家と自負して います。 コンサルタントとして独立し、最初は建設系企業への組織活性化のコンサルティングを していたのですが、その効果が周りに認められて、現在では製造系、販売系、流通系、サ ービス系など、ほとんど業種を問わずに仕事をしています。 組織活性化とは、時代変化にきちんと組織が対応し、組織の人たちが目的や目標を共有 して、いきいきと動いている状態のことです。組織活性化コンサルティングの導入で 「5S活動」という手法を使います。 「5s活動」とは、「整理・整頓。清掃・清潔・躾」という5つの要素のことです。この 5S活動は、手順を踏んで組織に落とし込むと、組織に大きな変化が起こうます。何よ りも、5S活動は理念ではなく実践活動なので「目に見える変化」をもたらします。目 に見えるので、組織から曖昧さや抽象的な言葉が消えます。このプロセスにおいて顕在化 した組織課題に手を入れることにより、活性化を図ります。つまり、自社における「きちんと・ちゃんと。利益」が明確になるのです。結果として以前とはまったく違う新しい組 織に生まれ変わることができます。 長い付き合いのある人たちと、言わなくてもわかるだろう、という関係を作り上げられ ているのはなぜでしょうか。それは、その人たちと「プロセス共有」ができているからで す。子どもの頃や、成長する過程、出会ってからの関わりの中で、人々は同じ時間と環境 を共有していました。だから、いきなりの話でもついていけるし、長く顔を合わせていな くても良好な関係を維持できるのです。つまり、先に挙げた組織の誤解を解消するために は、このプロセス共有が必要なのです。 世間で流行っている「断捨離」や「片付け」などという個人的な行動とはまったく異な るものです。また、工場などの製造系の現場のみで推進されている一般的な「5S活動」 とも違います。 今一度5S活動を通じて本来組織のあるべき姿をイメージしながら、あらためてプロ セス共有を行い、その活動の中で、さまざまな課題が顕在化しますが、課題から目をそら さず対応することにより、世代を越えて時代にあった組織を作ることができます。 本書の内容は、地域や業界を問わず360社を超える実例に基づいています。地域特性や業界特性はあるにしろ、組織には「基本」があります。第1部が「必要編」で、組織で 起こっているさまざまな課題と、課題の考え方についてまとめています。第2部が「実践 編」です。実際に5S活動に取り組む手順と注意点をまとめました。そして、第3部が 「育成編」です。多くの組織が取り組みを行いながら、継続できない理由を紹介していま す。 当たり前のことですが、どんなに時代が変わっても本質は変わりません。それは個人も 組織も同じです。ですから、経営者や経営幹部は、組織の存続のために大声で叫ばなけれ ばなりません。 「ダメなものは、グメー」 本書が、多くの組織の活性化の第一歩になることを切に願っております。 平成28 年6月 株式会社経営改善支援センター 戸敷 進一
第1章 5S活動必要編
2枚の写真から見えてくるもの
次ページの2枚の写真を見てください。ずいぶん「汚い組織」と「されいな組織」の写 真ですよね。さて、どちらの組織のほうがしっかりした組織のように思いますか。 タネを明かすと、2枚の写真は「同じ組織の同じ場所」を撮影したものです。ただし、 時期が4カ月ほど違っていますが……。 さて、4カ月の間に組織の中でどのような変化が起こったのでしょうか。 26ページの2枚の写真を見てください。これも、ある組織の資材置場の同じ場所を撮影 したものです。そして、この写真も時期が2カ月ほど違っているだけです。さて、その期 間に組織にどんな変化があったのでしょうか。 実は、それぞれの組織は全社一九となって「5S活動」に取り組んだのです。


100年に一度の変化、1000年に一度の変化
5S活動の歴史の説明の前に、時代の大きな枠組みの変化について見てみましょう。 次ベージのふたつのグラフは、100年間の日本の人口推移(図表1)と1000年間 の人口推移(図表2)を表したものです。日本の人ロピークは2oo5年でしたから、す でに人口減少が顕在化してから‐0年以上過ぎました。同時に、日本の歴史を振り返っても 例がないくらい、とてつもない大変化が起こっていることがわかります。現在、我々の目 の前で起こっていることは「100年に一度」あるいは「1000年に一度」の大変化な のです。そのとき、自分たちの所属する組織がいかにあるべきかを本気になって考えてお かなければ、企業組織はあっという間に消滅してしまいます。 右肩が上がっている時代は受け身で物事を考えればよかったのですが、右肩が下がると 一歩踏み出して行動をしなければなりません。市場は縮小し、顧客のニーズも社会の仕組 みも大変化を起こしているのです。

消えて行く企業
中小企業庁の統計によると、3年間で”万社の企業組織が消滅しています(2oo,年 統計420万社、2ol2年統計385万社「中小企業自書」)。帝国データバンクの統計では、 倒産する企業と自主廃業・解散する企業の比率は、自社廃業・解散する企業の方が2 ・ol 倍多いと報告されています。 世間では「正規雇用・非正規雇用」や「移民政策」などとのんびりした話をしています が、実際の足元で起こっていることは、それようも激しく、社会の根幹を揺るがすような 組織の存続の危機ということが実際に起こっているのです。
創業年数や資産は組織の将来を担保しない
組織に関する考え方はさまざまありますが、突き詰めると「組織=人+仕組み」という ことだと私は考えます。「いや、社歴や資産も重要な要素ではないか」という声が聞こえてきそうですが、現実は そうでもありません。 2ol3年の統計では、倒産した企業の平均創業年数はあ・6年でした(『東京商エツサ ーチ』より)。20 年前には、企業の寿命は3o 年と言っていたのですが、現在は6年以上短く なっているのです。時折、自社の創業年数を自慢する経営者にお目にかかることがありま すが、この数字を伝えると多くの方が顔をしかめます。創業年数が長いということは確か に信用や信頼という観点からすれば重要なことですが、それが組織の今後を保証するもの ではありません。 また、会社や経営者が資産を持っているということも大事なことですが、これも組織の 未来を保証するものではありません。 小泉政権のときに推し進められた金融のグローバル化政策により、資産評価ようもキャ ッシュフロー、すなわち資金の流れの方が重要視されるようになりました。金融機関が金 を貸す場合にも、土地をどれくらい持っているかより、健全に資金が回っているかを評価 するのです。つまり、借金を抱えていても黒字かどうかというァメリカのような発想が支 配的になりました。 「社歴が長い」「資産がある」という従来型の企業評価は、今風ではありません。そうなると、組織の将来を担保するものは「時代にあった人」と「時代にあった仕組み」しかな いのです。時代にあった人とは、社会や組織の変化を見逃さない人のことであり、時代に あった仕組みとはインフラやツールだけではなく、本質を外さず新しい概念を取り込んだ 柔軟な仕組みのことです。 このことを充分に理解していないと、流行うのものに安易に飛びついて痛い目にあった り、予想もしなかった組織的抵抗にあってしまい、組織をズタズタに傷つけてしまうこと もあります。企業が推し進めた成果主義や評価制度は、なかなか日本では根付きませんで した。成果主義を導入して失敗した企業や、評価制度をとりやめた企業もありましたc 今までに、欧米と日本の組織風土の違いを理解せず、そのような導入をはかった企業で 何が起こったかを私たちはいくつも見てきました。「売れるホームページ」「売れるチラ シ」というよいフレーズに誘われて、編されてしまった企業も少なくありません。時代変 化が早く、情報があふれている時代なので、安易に流行りのものを取り入れようとせず、 一度、きちんと足元を見直す必要があります。

「5S活動」の歴史
5S活動とは、「整理・整頓。清掃。清潔・躾」という5つの要素を組み合わせた、組 織活性化の「技術」のことです。 その成立過程は、かつて日本社会の工業化が進む中で、製造業の世界で生産性の向上や 労働安全環境の確立のために、「3S活動(整理・整頓・清掃)」というスローガンから生 まれたものです。呼び名は、3つの要素をローマ字で表したときに、頭文字に「S」の文 字がつくことからそう呼ばれました。昭和ω年代から始まる高度経済成長下で多くの工場 や建設現場に、3S活動のポスターや垂れ幕を目にしたものでした。 その工業化の時代の中で、社会や個人のニーズも変わり「清潔であること」「よくしつ けられた人々」という新たなテーマが浮かび上がりました。そして、従来の3S活動に、 「清潔」と「躾」という要素が加わり、「5S活動」という、製造系だけではなく、すべ ての業種に当てはまる組織活性化技術が生まれました。
組織内の共通言語を作るための5S活動
5s活動が組織を活性化させるもっとも大きな理由は、5S活動によってできる仕組 みが組織内の「共通言語」になるということです。 組織の中には、部長、課長、主任などというさまざまな職位や、事務系、現場系、販売 系、営業系などという職種があります。また、世代や性別、最近では国籍の違いまであり ます。つまり、組織は意識しておかないと、それぞれの考え方や言い分や理解度に大きな 差が生まれるのです。 組織にとって一番重要な利益ですら、職位や職種によってずいぶんと認識が違います。 ある人にとっては売上がすべてであり、ある人は販売することや物を作ることがすべてで あり、時には集金の金額や支払いの金額でしか利益を考えられないなどというバラバラな 状態です。本来全員で共通の認識のもとで行動しなければならないのですが、実態はそう ではありません。 こうしたバラバラの状態をどのようにしてひとつにまとめ上げるかは、経営者や経営幹 部の仕事です。そのときに、丁寧に5S活動で作り上げる仕組みは共通言語として組織の中に展開できる唯一のものなのです。
意識改革のツール
実際に5S活動に取り組んで、組織を活性化させた組織は数多くあります。 ある組織では、ベテランの女性パート従業員たちがやる気を出し、あっという間に組織 の雰囲気を変えてしまったことがあります。ある企業では、2o 代の若い世代が5S活動 を推進し、数力月で組織の仕組みを整えてしまいました。5S活動は、いわば翻訳の必 要のない共通言語であると同時に「目に見える活動」なので、いったん動き出すと実にス ムーズに活動の成果が表面に現れてきます。 この目に見える活動という特質は、中小企業にとっては重要なことです。組織の「意識 改革」は、研修に参加させたり本を読ませたりという言葉や文字やイメージでできるもの ではありません。狭い範囲の業務の中から生まれてくるものでもありません。全員で取り 組み、組織全体で成功体験を共有して初めて生まれてくるものです。具体的な変化を目に 見える形で見せることによってはじめて意識変化を起こすことができます。その意味からすると、5S活動は意識改革にとって強力なツールとなります。
5S活動は片付けでも断捨離でもない
「みんなで頑張ろう―」「全社一九―」 と経営トップが声をかけても、なかなか組織はまとまりません。あの手この手で組織を鼓 舞するのですが、職位や職責でばらつきがあり、言っている意味が全員に伝わらない……。 多くの中小企業でもっとも頭が痛いのが、このまとまうの悪さではないでしょうか。強く 言っても、時間をかけても、結果はかわりません。時代に合わせた組織に変化するため、 全社一九になって取り組まなければならないというのに、なかなかそれができない……。 「だから、経営は難しい」 と、多くの経営者がどこかであきらめてしまっています。 「『5S活動』は『片付け』や『断捨離』とは違う」 と書いていても、 「なんだ、片付けのことか」「断捨離のことか」という言葉がどこからか聞こえてきます。確かに、先ほどの2枚の写真を見ると片付けや 断捨離の話のように聞こえるかもしれません。 みなさんの会社では年末などに大掃除を行うと思います。おそらくお盆の前などにも行 っているのではないでしょうか。しかし、みんなで一緒にやった大掃除が、3週間経った ら元に戻ってしまうことはありませんか。 実は、大掃除は片付けなのです。片付けとは、机の上や事務所や倉庫にあるものを「片 一方にくっ付ける=片付け」という作業です。日についた物を机の片隅に寄せ、あるいは 散らばった物を壁側に押し付けて、片付いたと言っているに過ぎません。 それに対して5S活動は仕組み(システム)なので、 一度形ができてしまうと元に戻る ことがありません。片付けが一時的なものであるのに対して、5S活動は長きにわたっ て継続することが可能な仕組みなのです。 また、昨今流行うの「断捨離とどう違うのか?」という声も聞こえてきそうです。断捨 離とは、不要なものなどの数を減らし、生活や人生に調和をもたらそうとする生活術のこ とです。断捨離が個人の感覚で行うプライベートなものであるのに対して、5s活動は 組織活動です。組織活動を個人の判断で行うと新たなバラツキを生んでしまいます。
組織に立ちはだかる3つの壁
組織活性化の経営コンサルタントとして日常的に企業組織と接していて強く感じるのは、 「① セクショナリズム」「②世代間の意識格差」「③職位による意識格差」という3つの壁 が、どの企業にも存在しているということです。 組織には、「私は営業だから」「私は総務だから」「店舗だから」「工場だから」などと、 所属によって発生する意識のズンは小さくありません。多くの社員は、自分の置かれた位 置から物事を判断してしまい、苦情が発生しても組織のこととして捉える以前に、その苦 情の責任の押しつけ合いに走うがちです。そして、他部門への悪日がいたるところに存在 します。これがセクショナリズムの壁です。 同時に、ベテラン・中堅・若手の間にも大きな壁があります。本来、それぞれの役割を 理解して補わなければならない関係のはずが、成功体験の有無や業務理解の格差によって 充分な補完関係にない場合があります。こうした自らの役割に対する理解不足から、「最 近の若い連中は」「うちの年寄りどもは」という、双方の理解不足による無意味な軋礫を 発生させています。職位による意識格差の壁は致命的です。現場サイドは大したことではないと思っていた トラブルやクレームが、経営陣や経営幹部からすれば組織の存続に関わる重大なことだっ たり、若手が真剣に思い悩んでいることを組織の上層部が軽く考えてしまい、最終的に人 材流出につながるケースも少なくはありません。このように、所属や世代、職位の違いに よる3つの壁が立ちはだかっているのです。
意識改革の前に行うべきこと
立ちはだかる3つの壁を取りはらうために何を行うべきか、経営者はさまざまなことを 考えます。そして、多くの経営者が「意識改革」という言葉にたどう着きます。社員たち の意識を変えられれば、組織が活性化すると思うのです。そのために経営書を読み、研修 会に参加して、経営計画書や組織の目的・目標の重要性を知り、組織にそれを落とし込も うとします。 しかしながら、そうした経営者が伝えようとする理念や計画が、適切に組織の中に浸透 しているかどうかということに関しては大いに疑間が残ります。大切な経営計画発表会に遅刻者が続出するのはなぜでしょう。 会社の経営理念を幹部たちが答えられないのはなぜでしょう。 売上目標や利益目標を全員で共有できていないのはなぜでしょう. 会議中にスマホを眺めている人が多いのはなぜでしょう。 顧客重視を謳いながら社員同士のあいさつがまったくできていないのはなぜでしょう。 喫煙所で会社や上司の悪口ばかりを言っている社員が少なくないのはなぜでしょう。 実は、どんなに立派なことを考え計画したとしても、それを実行すべき組織側にそれを 受け入れる準備ができていないとそれらは浸透しません。浸透しないので、いつまでも経 営側と組織の歯車がかみ合わない状態が続きます。そして、恐ろしいことに業務は待って くれません。毎日営業や受注、販売や製作、請求や会計処理という日常の業務が押し寄せ ます。歯車がかみ合わないままそれを行うので、ミスが多発して、苦情があとを絶たず、 品質は上がらず、結局顧客の評価が上がらない。結果として時代変化についていけず、な かなか業績が伸びないという悪循環の中でもがき続けなければなりません。 では、何から始めればいいのでしょうか。 組織の人たちの意識改革を行うひとつ手前で、組織を整える必要があるのです。 一度、組織の中にある誤解を解き、5S活動で具体的に体を動かしてそのプロセスを共有させ、 日に見える変化を実感させることが必要です。それによう短期間で社員たちの「改革の受 け皿」を整えることができます。
運動と活動の違い
「今まで3S活動や5S活動をやってきたけれど長続きしない」 「いつも掛け声だけで終わってしまい、完成した状態に致らない」 「昔やったことがあるけれども、すぐ元に戻ってしまった」 こういうお問い合わせをよくいただきます。セミナーが終わったあとの質疑応答の中で もよく出る質問です。なぜ、そんな質問が多いのかには理由があります. 多くの組織でやっていることは、「運動」であって「活動」ではないのです。その証拠 に、会社に「5S活動推進中」「整理整頓」などという大きなポスターを掲げながら、実 際にはグチャグチャな事務所や工場をよく見かけます。 一見きれいそうに見える店舗も、 バックヤードが減茶苦茶な状態だったケースもよく見ます。
組織における運動とは、掛け声やポスター(標語)掲示のことです。 例えば、多くの幼稚園や小学校の正門などで見かける「オアシス運動」という言葉をご 存知でしょうか
おはようございます ― ありがとうございます ― ‐ しつれいします ― すみません」
オアシス運動は、学校で行われているあいさつ運動のことです。学校ならば、みんなで 唱和してできていない子どもたちを注意すればいいのですが、組織での活動としては皮相 すぎます。 それに対して活動とは「プロジェクト」のことです。プロジェクトとは、 ①誰が(責任者) ②何を(目的)0 いつまでに(工程) ④ いくらで(予算) 0どのように(手段) という明確な目的や手段と、何よりも達成期間を明確にした組織的な活動です。 組織で行わなければならないことは「活動Hプロジェクト」です。決してポスターを張 り出しただけの「運動=スローガン」ではありません。以前は「5S運動推進中」とい う張り紙をあちこちで見かけました。しかし、それらはどこかの小学校の校門の前や教室 に貼り出された単なる標語にすぎません。前述した弊社に寄せられる多くの質問の原因は、 活動ではなく単なる運動で終わらせてしまっているということです。5S活動は決して 運動にしてはならないのですc
スペースを与えると社員たちが動き始める
5S活動のひとつの特徴は、組織に所属する人たち全員を巻き込んだ活動であることが挙げられます。本社や営業所を問わず、工場や店舗を問わず、ものの置き場だけではな く機械の取り扱いや車両管理にまで活動の範囲は広がります。役員や幹部だけではなく、 一般社員やアルバイト・パートまで巻き込んだ活動です。そのときに、 「自分たちで考えてみる」 というプロセスを挟み込むと、思いもかけない高いレベルの成果が出ます。今まで無関心 であった人たちから意見が出たり、世代を超えて仕事に対する考え方についての対話が始 まったりしたときに多く見られるケースです。 うまくいっていない5S活動の特徴は、押しつけられた活動であるということが少な くありません。「以前やったけれど、うまくいかなかった」という質問に対して、「なぜ 5S活動を始めたのですか」と尋ねると、多くの組織からこんな返事が返ってきます。 「社長がやれと言ったので」 「取引先がやれと高ってきたので」 「会長がうるさいので」 こうしたきっかけで始まった5S活動のことを「やらされ5S活動」と言います。自 分たちでは活動する目的も意味もわからずに、とりあえず活動するわけですから、レベルが上がるわけがありません。まして、継続できるはずもありません。 本気になって意識改革や組織改革をやりたいのならば、時代変化の意味や業界の行く末 を含めた大きな流れを従業員に理解させ、目的を設定してプロジェクトとして5S活動 に取り組ませる必要があります。そして、もっとも重要なことはそのプロジェクトにおい て自分たちで考えてみるという、活動のための「スペース」を与えることです。 活動の完了時期や予算などの大きな枠組は経営陣が決めなければなりませんが、そのほ かは自由裁量を従業員に与えることです。活動の目的に応じた責任者を定め、それを支え るメンバーたちを選出し、経営者や組織全体で活動の進捗などを共有するコミュニケーシ ョンに関する決め事を設け、メンバーたちに考えるスペースを与えることが大切です。
変化を待っている従業員たち
さまざまな組織でコンサルティングをしてきて実感しているのは、実は従業員たちの多 くは変化することを待ち望んでいるということです。自分たちの生活や将来について無関 心な人間はいません。誰でも、今ようよくなりたいと願っています。では、なぜ今まで変われなかったのでしょうか。 理由は簡単です。経営者が方法を教えず、動いていいという許可を与えていなかったか らです。いつも上から言われる「業務命令」という形でしか、自分たちは動いていません でした。それ以外のことをすると、時には「余計なことをするな」と叱られたかもしれま せん。そうした体験が積み重なって、従業員が萎縮していた事例もたくさんあります。 しかし、5S活動が始まってある程度日に見える形ができてきたときに、多くの社員 さんたちは目を輝かせてこう言います。 「こんなことをやりたかったんですよ」 やる気のある若手とそんなに積極的ではない若手がいる組織では、パートの方たちが、 若者たちの尻を蹴り上げるようにして活動を進めた事例があります。気難しい職人が多か った組織では、跡継ぎ専務と数人のメンバーで始めた活動が、工場が変わっていく中で、 職人たちから積極的な意見が出るようになり、5S活動に懐疑的だった社長が感嘆の声 を上げるレベルにまで変化した事例があります。 2o 店舗を超える店舗を持っていた販売会社では、その中の4店舗が先行して見違えるよ うに変わり、それがほかの店舗に伝播して全体が変化していくプロセスも見ています。組織をきちんとしたものにしたいという思いは、経営者だけのものではありません。従 業員の人たちも同じ願いを持っているのです。それがバラバラに動いているときは組織に 無用な摩擦や軋蝶が生まれますが、5S活動(プロジェクト)という共通のプロセスを全 社で体験すると、摩擦や軋礫が消えてゆくだけではなく、以前とは違った組織に生まれ変 わっていくのですc
「2 ¨6 ¨2の法則」の誤解
みなさんは、組織に関する「2 ¨6 ¨2の法則」というものをご存知でしょうか。これ は多くの経営書に書かれていることですが、何も活動をしていない一般的な組織では構成 メンバーが「2 一6 一2」の比率に分かれるというものです(図表3)。 。社員の2割はこのままではいけないという危機感を持っている ・社員の6割は組織が決め事をしたら積極的ではないがそれに従う 。社員の2割は変化することを嫌う、あるいは反対する
確かにこうした性質はあるようです。

どこ の企業にも必ず「このままではいけない」と いう危機感を持った人たちがいます。経営者 はそうした上の2割の人たちとどうにかして 組織を活性化しようと努力をしています。し かし、そこにはある種の誤解あります。 「専務や筆頭部長たちは危機感を持っていて くれるが、残りの社員はそうした危機感が薄 い。彼らを何とかしなければならない」 と経営者は考えてしまうのです。 そして、朝礼や会議など折に触れて「君た ちには危機感が足りない―」と6割の人たち に熱心に語りかけます。彼ら、すなわち6割 の組織に無関心な人たちの変化を促進しよう とします。しかし、この人たちがなかなか変 わってくれません。ある意味、この人たちは無関心ではないが受け身の人たちなので、自分たちからは積極的には動かず、経営者から するとイライラする存在でもあります。そのイライラが高じて、時に大声になってしまう こともあるかもしれません。 実は、6割の人たちは強い人(仕組み)につくという性質を持っています。よって「上 の2割の人たち」が強くなれば、この6割の人たちは動き出すのです。6割の人たちも、 会社の行末や自分たちの生活に無関心なわけではありません。本当は胸の奥底で「このま まで大文夫だろうか」と考えているのです。そこで、上の2割の人たちが、5S活動を 開始して全社を巻き込みます。すると、6割の人たちも同じ方向を向くようになります。 つまり、プロジェクトを通じて「8 ¨2」を作ることができれば、間違いなく組織は大き く動き出しますc そうなると、残りの「変わりたくない」と思っている2割の人たちも動きます。「8 ¨ 2」という比率は、組織においては抵抗者が出てこない比率です。 例えば、休日に会社のために一斉清掃を行ったとします。10 人中8人が熱心に動きてい るときに2人では腕を組んで何もしないわけにはいきません。少々抵抗感があっても全体 の8割の動きに従います。 逆に、組織にとってもっとも危険な比率とは「6 ¨4」です。組織の大勢が「6 ¨4」になると4割の人たちは腕組みをして手を止めてしまいます。 なぜならば、活動に批判的な仲間がある程度いるので、熱心に動こうとする人たちに対 して、お手並み拝見とばかりに手を止めて動こうとしないのです。5S活動のようなプ ロジェクトに取り組む際には、「6 一4」の状態を作ってはいけません(この「6一4」の 比率を私は「悪魔の比率」と呼んでいます)。 また、最初から「変化することを嫌う、あるいは反対する」という2割の人たちを切り 捨ててもいけません。 以前ある組織で社長が苛立ってこの2割の人たちを辞めさせたことがありました。そう すれば組織が素早く変化できるのではないかと考えたのですが、すぐに6割の中から下の 2割の人たちが現れてきて苦労したという話を聞きました。つまり、組織の人たちの意識 を変えるということは、単純にその人たちが持っている性格や資質によるものではなく、 組織の枠組みや変化させる手順があるのだということを理解しておく必要があるのです。
5S活動と利益管理の親密性
「片付けたくらいで利益が出るものかな」という質問をよく受けますが、 「利益が出るかどうかは別にして、5S活動を仕組みとして構築できたら、間違いなく 生産性は上がります」 と私は答えています。 5S活動を行える組織は「ものを探す」という無駄な動きがなくなり、在庫管理の精 度やセクショナリズムなどという組織の弱点がなくなります。次に成功した事例を挙げて みますc 建材販売会社Aの場合 5S活動を始める前の商品在庫額が1億80oO万円でした。5S活動の仕組みが整い、 不良在庫がなくなり、毎月棚卸ができるようになった結果、現在は売上が上がったにも かかわらず、商品在庫額は3000万円です。約6分の1まで在庫を圧縮できたために、 資金繰りがどれほど楽になったかは想像していただければわかることです。・建設業Bの場合 以前は機械の修理代が年間28oo万円かかっていたのですが、5S活動を行ったそ の年には980万円まで減っていました。それまですべて外注で行っていた機械のメン テナンスをすべて自社で行い、同時に今までやっていなかった始業点検を必ず行うよう になり、異常に早く気づくようになりました。そのことによって売上は維持したまま、 外にもれ出ていた修理費の圧縮が可能だったのです。 ・金属加工業C の場合 毎年年間の経常利益が5oO万円前後しかなかったのですが、軍手1枚から備品を管理 するようになり、同時に業務フローの見直しを行った結果、5S活動を始めた翌年に は6o00万円弱の経常利益を得ることができました。この利益体質は現在も続いてい て、取引先からの提案もあり、現在は新工場の建設に取りかかっています。 どの企業も、5S活動を入り口にして組織の体質を変え、生産性を大きく変えています。 それは、5S活動が利益管理と非常に親密な関係にあるという特性を持っているからなのです。
組織の全員が理解できる絶対利益
企業組織の利益の考え方にはいろいろなものがありますが、われわれはもっともシンプ ルな考え方として「絶対利益」というものを組織で考えていただいています。 組織には「仕事があってもなくても絶対に必要な金額」というものがあります。 例えば、人件費はもっともわかりやすい費用でしょう。同じように、地代家賃、光熱費、 車両に関する車検や保険費用、毎月のリース費用、 一般管理費の多くのものは、仕事の有 無(売上の有無)にかかわらず、組織にとっては絶対に必要な金額で一般的にそれらは固 定費と呼ばれます。また、多くの中小企業は金融機関からの借入れをしていると思います のでその返済金額も該当します。さらに、予定納税の積立て、採用や設備投資のために利 益が必要になってきます。整理して書くと次のようになります。 固定費+金融機関への返済金+税金の積立金額十税引き前利益=絶対利益もしかすると、初めてご覧になる数式かもしれません。特に、金融機関への返済金と固 定費が並立しているので、ご指摘をされる方もいらっしゃるかもしれませんが、実はこの 式によって出された金額を集めることが組織の存続を保証すると同時に、全社員にもっと もわかうやすく利益を理解させるものなのです。 例えば、会計上には「売上総利益」「経常利益」「営業利益」「税引前当期純利益」「純利 益」という5つの利益がありますが、この中のどれを社員に教えたらいいのでしょうか。 会計士から利益教育を受ける企業もありますが、 一般社員に「減価償却費」「租税公 課」「法定福利費」などと教えても、ほとんど理解できません。だったら「仕事があって もなくてもこの金額が必要だ―」という金額を全員に教えたほうが、よう現実的です。何 しろ、この金額の中には自分たちの給料やボーナスが入っているのです。シンプルに利益 の説明をすると、世代や職位にかかわらず、アルバイト・パートの人たちまで充分に理解 できます(詳細は後述します)。 少し角度を変えて考えると、その金額の総額を組織全体で集めてしまうと、企業は潰れ ないことがわかります。企業が倒産する理由は、売上不振や利益圧迫などさまざまな要因が重なりますが、逆に考えれば、この絶対利益を集め切れなかったからという一点に帰結 します。 5S活動の最大の特徴は全員で取り組むということにあります。そして、組織が必要 とする利益もまた全員で集めなければなりません。 絶対利益についての金額は、残念なことに決算書の中には書かれていません。これは、 経営者自らが自分自身の体を点検するように、自ら費用や金額を計画、設定することから しか把握できません。これは、ある意味「経営計画」の第一歩なのです。そして、この金 額を確定させることができれば、組織全体にこう問いかけることができます。 「弊社では、仕事があってもなくてもこの金額が絶対に必要だ―・だから今度から……」 次ページのグラフは、5S活動とともに「絶対利益獲得金額」を毎月全社に公表して、 利益獲得の進捗を全社で共有しているものです(図表4、5)。

企業の「究極の目的」と「5S活動」の関係
5S活動に取り組んでも継続できない理由や、片付け程度で終わっている理由につい てはいくつか述べてきましたが、私がこれまでの経験から確信していることは次のことで す。それは「5S活動の位置が組織全体の中で明確になっていなかったから」というこ とです。「何のために5S活動を行うのか」という明確なスタート地点がなかったのです。 企業の究極の目的は「存続と発展」です(図表6)。自主廃業・解散を考えている企業以 外は、存続を目指さなければなりません。そして、時代に合わせて発展しなければなりま せん。存続とは3年後、5年後に会社があるかという短期的な存続と、10年後、b年後に 組織があるかという中期的な存続のことです。 20 歳の人は、これから“歳までの残り6年をどこかで働かなければなりません。30歳の 人は”年間、わ歳の人でも25 年間は働かなければならないのです。そのためには、組織の 存続と発展が究極の目的となることはおわかりいただけると思います。 そのためには、前述の絶対利益の確保が不可欠です。どんなされいごとを言っても、絶 対利益が不足すると組織は倒れます。大企業は、金融機関や場合によっては国が助けてく

れることがありますが、中小企業の場合には誰も助けてくれません。必死になって日々の 業務に励まなければならないのは、絶対利益を確保するという理由からなのです。 そして、その絶対利益を確保するために「1円を拾う仕組みの5S活動」「1円を落と さないための5S活動」が存在します。実はこの部分が、5S活動が継続できるか、そ の後も維持できるかの分岐点です。多くの組織が「社長がやれと言っているのでやってい る」という受け身の活動や利益に直結する活動であるという意識のないままに動いている ので、活動が停滞したう場合によっては消滅してしまうのです。 最後にその活動で獲得したお金は、従業員たちの生活に還流します。生活とは、その組 織に属している人たちだけではなく、その人たちの配偶者や子ども、親などという家族の 安心のことです。つまり「組織の存続と発展」は自分たちの生活と直結しているのです。 この循環のことを「″”F のヽo庁(正しい流れ)」と呼んでいます。そしてこの流れは、言葉 で説明しても組織には浸透しません。5S活動というプロジェクトを通してしか、全社 員には理解されないのです。
5S活動は人材育成を兼ねる
「なかなか人が育たない」という経営者の嘆きをよく耳にします。背景にあるのは、 コン プライアンスが厳しくなったため、昔のように若い時期から責任者としてビジネスの最前 線に投入できなくなったという状況があります。 昔は社会に余裕があって、若者の少々のヘマに対して散々怒鳴り散らされたあとに「ま ぁ若いからしょうがないか。今度からは気をつけてくれよ」などというある意味の優しさ 力ありました。 しかし、今は違います。若者が失敗した際に「お宅はこの程度なのですか」という一言 とともに信用をなくし、時には訴訟問題にも発展しかねません。それが怖くて、組織は若 者たちになかなか責任者としての実戦経験を積ませられません。 昔なら3年で一人前と言われていたのに、現在は5年たっても半人前、場合によっては lo年でも一人前とは言えないような従業員が少なくないのです。そして、それを見ている ベテランたちが「俺たちのころは……」と、若者たちを見下したような発言をして若者た ちのやる気を削いでいる風景が重なり、ますます人が育っていかないのです。また、社会が複雑化して業務の専門性が増したため、組織の全体像が見えにくくなって います。営業は営業、経理は経理、製造は製造、販売は販売というセクショナリズムが色 濃くなって、各セクションに「透明なアクリル板」を立てたような閉塞感が漂っています。 興味があるのは自分の業務だけ、関心があるのは自分たちの部署だけという傾向は、世代 にかかわらず強くなっています。以前ならば「オールラウンダー」的な動きが組織の中に あって、その中から組織の全体を見渡せる人材が育ってきていたのですが、最近では難し くなってきていますc 業務からだけでは人は育ちません(第3章「業務と仕事」、コラム2参照)。組織を横断し た視点や組織を俯腋する視点が、日常の業務の中にはないのです。本気で人を育てようと 考えたら、組織の中で「プロジェクト」を興し、そのプロジェクトに期待する人材を送り 込むことです。 業務はキャリアが問題になりますが、5S活動や利益管理活動は組織内のことなので、 失敗することや転ぶこと、場合によっては個人的にへこむことも許されます。 逆に言えば、失敗したことのない人間やへこんだことがない人間は、人の上に立って組 織を引っ張っていくような能力が発揮できないのです。 いくら研修会に参加させても資格を取らせても、それが組織運営や経営に資するとは限りません。組織にとって重要な統率力や調整力は、プロジェクトを通して培われます。 私は、5s活動のリーダーやメンバーになって見違えるように変化した人たちを見て きました。30 代の課長たちが世代が違う部長たちを凌ぐほどの経営感覚を身につけたり、 工場の若手社員が営業幹部に対して組織の課題を指摘したり、女子社員が会議の席で上司 たちのだらしなさを理路整然と指摘した場面などにも立ち会いました。業務の中では決し てできないことを、彼らは活動の中から学び、組織に貢献する行動に結びつけたのです。 5s活動には、単なる業務改善や生産性向上に加えて、人を育てるという、組織にお ける本質的な目的を達成するプロジェクトでもあります。
5S活動で組織課題が露呈する
組織にはさまざまな課題があります。しかし、多くの組織では日常業務に追われてなか なか明確にすることができません。ところが5S活動は理論や理屈ではなく、実践しな ければならない日に見える活動なのでその組織が持っている根本的な課題が露呈します。
《組織課題の例》 ・集まうに遅刻者が続出する 。集まりに欠席者が多い 。表立っては言わないけれど陰で悪口を言う ・各部門間でばらつき(温度差)がある ・利益に関してまったく無関心である 。組織の一員であるという自覚がない ・役職者が自分の役割を理解していない ・積極的な人たちの足を引っ張る 。愛社精神のかけらもない 。会社の悪口を平気で口にする 。経営者に経営者としての自覚がない 。会長の意見ですぐに組織が萎縮する 。社会人として通用しない人間がいる 。組織人としての教育ができていない 。すぐに「辞める」などと発言する・仲間意識が薄い など 5S活動を実践するとこうした組織の弱点が随所に現れてきますc 「なぜ離職者が多いのか」 「なぜ利益を確保できないのか」 「なぜコミュニケーションよく働けないのか」 「なぜ健全な組織として、社員たちがイキイキと働けないのか」 それは、今まで組織課題に蓋をして見ないようにしてきたからです。役職者やベテラン に遠慮をしてしまい、前に進められなかったから今の環境があるのです。 5S活動はストレートに組織を動かす活動です。組織の将来を考えたときに、妥協で きないラインが見えてきます。絶対利益管理は組織存続の生命線であり、課題が噴出する ということは、活動が正常に機能している証拠です。 5S活動は、ある意味、従来型の組織との決別活動でもあります。右肩上がりの時代 の受け身の仕組みや意識と決別し、新たな時代に向かうべき組織体制整備活動でもあるのですc
中小企業でルールが守られない理由
多くの経営者から「決めたことが守れなくて困っている」という相談を受けます。中小 企業においてルールが守られない理由は大きく分けてふたつあります。 ひとつは「明文化に関する誤解がある」という理由です。多くの組織では暗黙の了解で 日常業務をまわしています。決まりはあるのだけれど、それが明文化されていない場合が 多いので、人や世代によって勝手に解釈されてしまい、しまいにはどこかに決め事が消え てしまっているという経験はないでしょうか。 では、きちんと明文化すればよいかというと、そうでもありません。ISO (国際保証) 認証企業などにはマニュアルや規定などがあるはずなのですが、誰もそれを読んでいない、 というとんでもない現実があります。少なくとも認証企業には知ページ、組織によっては looページを超える文書を備えているはずなのですが―組織に所属している人たちがそ れを読んでいないのです。これは、ISOを指導したコンサルタントに問題があるのですが、 一つひとつの規格 要求事項が、クライアント先組織のどんな業務や仕組みに関係しているのかを理解させず、 同業種のサンプノレマニュアルを部分的に書き換え、安易に導入させてしまっているからで す。 さらに、業界の特質や企業の特性を理解していないコンサルタントも少なくないので、 現場にいる人々に浸透するはずもありません。ひたすら『サーベイランス』という認証機 関の定期審査のためだけに、無駄に時間をかけている場合もあります。 もうひとつの理由は「決めたのだから守れ」という、業務命令的な押しつけにあります。 組織が定めたルールなので、本来守らなければならないのは当たり前なのですが、実際 そのルールを決めた背景が明確でなければ、組織にとっては押しつけになります。 例えば、ISOのさまざまな決め事は規格要求、すなわち外部要求です。自分たちで 本当に必要だと思って決めたものではありません。したがって、組織の人たちにとっては 余計なことだと思われてしまいます。そんなルールが、自分の会社で守られるわけはあり ません。 では、どのようにルールを守らせればいいのでしょうか。 それは一度、組織課題をテーブルの上にあげて、組織に何が不足しているのか、どの部分に不手際があってうまく機能しないのかを明確にして、ルールを作り直せばいいのです。 そのときに重要なことは「優先順位」と「シンプノレ表現」です。 実は、組織において発生するさまざまな課題の根本的な原因は、そんなに多くありませ ん。事象や現象としてはたくさんあるように見えても、原因はいたってシンプノレですo ・コミュニケーションがうまくとれていないことによる課題 ・利益に関する認識が欠けていることによって発生している課題 ・自分たちは専門家だという職業人としての自覚不足により起こっている課題 ・社会人や組織人としての常識がないことによる課題 ・組織の将来像を共有できないために起こっている課題 職種や業態によって少々違っているかもしれませんが、中小企業において発生している 課題の原因はこうしたものの複合にあります。 ある組織で、組織で問題であると思うことを箇条書きにしてもらったところ、およそ 12o項目出てきました。それを前述のようなカテゴリーに分け、その中の重要だと思わ れる上位3項目の改善を進めたところ、その下にあった細々とした課題が自然に消えてしまいました。つまり、上流の課題が解決すると、その下の課題はなくなるのです。 5S活動を実践すると、組織の中からさまざまな不協和音が聞こえてきます。それぞ れに対応するのは大変なことですが、優先順位を決めてシンプルな上流ルールを決め、そ の背景を伝えれば組織は実に機能的に動き始めます。 ルールの文書量はA4サイズ用紙で2枚程度にまとめるのが理想です。この分量ですと、 A4サイズ用紙の両面に印刷をすれば1枚に収められ、 コンパクトにまとまっているので 読むほうも理解しやすいのです。 ルールに関する詳細は第2章で説明しますが、5S活動の中の「躾」とは、こうして 自分たちの活動から出てきた課題に対して真正面から向かい合い、自分たちの言葉でルー ルを作り、それを全員で守っているという状態のことを言います。
「駄目なものは、駄目!」と言える組織
現代の組織で起きていることと、5S活動(プロジェクト)が組織にとって必要である という話を書いてきました。背景には従来の考え方ややり方では組織をうまく回せなくなくなってきているという大きな時代変化があります。 しかし、どんなに時代が変わっても、人間が組織を動かしている以上「本質」は変わり ません。 大切なことは、自分たちの価値観に照らし合わせたときに、「駄目なものは、駄目―」 と言い切れる強さを持っているかどうかです。社会人として、組織人として、目的や日標 を共有した人たちを本気になって育てなければなりません。 さて、どの時点で時代にあった組織に変わりますか。もし変わうたいと思ったら、5S 活動の実践をお勧めします。絶対利益と結びついた5S活動は、間違いなく組織を変え ます。肝心なことは、経営者が本気になって変化することを決意することです。それさえ できれば、あとはきちんと手順を踏んで活動に踏み出せばいいのです。 すでに多くの企業が、5S活動をきっかけにして変貌を遂げました。絶対利益の追求 を始めて、利益体質を自ら変えていきました。 みなさんも、ぜひ覚悟を持って、恐れずに変化していただきたいと思います。
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