改訂版について
本書は2001年に出版された『G etti ng Thi ngs D one』の初版(邦訳『は じめてのGTD ストレスフリーの整理術』二見書房)を総合的に書き直したもの― と言えるかはわからないが、ともあれ書き直しである。
初版の原稿を実際に最初から最後まで入力し直し、 言葉が足りないところがないか、時代にそぐわなくなった内容や言い回しがないか、またはマニュアルとしての「効果」と「鮮度」を保つために最適ではない箇所がないかを確認し、それらのす べてを改めることを目指した。
本書が全世界の方々にとって有益で、21世紀、さらにはそれ以降も実用的な価値を失わないようにしたかったのだ。
また、私は初版の刊行以来さまざまなかたち でGTDに携わってきたが、GTDの手法に関して私が実際に体験した、興味深くも重要な事実を新たに盛り込みたいとも思ったのだ。
GTDが秘めているパワーや精妙さ、そしてその効果の 普遍性を、私自身がより深く理解するに至ったという経緯もある。
さらに、GTDがいかに全世 界で受け入れられ、普及したかということについても述べてみようと思う。
一方、本書を再考する中でわかったのは、GTDの基本原則とさまざまなテクニツクにはまっ たく手を加える必要がなかったということだ。
嬉しいことに、改訂版を執筆する中で初版の内容 に再び触れてみて、私の提示した整理術の基本原則と実践方法のほとんどは普遍的なものであること、そして将来的にも容易には色あせないであろうことが再確認できたのだ。
たとえば宇宙開発チームが2109年に木星に降り立つには、現在の手法が提示しているのと同じ基本原則を取 り入れてコントロールとフオーカスを保つことになるだろう。
最初の飛行ミッションにおいて、 何に集中すべきかを自信をもって選択できるよう、「インボックス」(本文で説明していく)も活用していくはずだ。
そして「次にとるべき行動」を決定することは、どのような規模のタスクに おいても、その遂行のために絶対に必要となる。
とはいえ、初版の刊行以来、私たちのライフスタイルや仕事をとりまく環境は大きく変化し た。この改訂版ではそういった変化を考慮して内容を書き改めることにした。
また、興味深いと 思われる新たな事実も書き加え、GTDになじみのない方々にも、すでにGTDを実践している 方々にも、ためになるアドバイスを提示していきたい。
時代の変化
この改訂版では、次に示すような時代の変化を考慮して構成を見直した。
デジタルテクノロジーの普及
「ムーアの法則」(デジタル処理能力は時の経過に伴い指数関数的に向上していく)が示唆したとおり、デジタルテクノロジーが飛躍的な進化を遂げ、我々の社会や文化にまで大きな影響を及ぼすようになった。この変化は私たちにとって喜ばしいものである反面、同時にそれに圧倒されてもいる。
GTDの手法はやるべきことの「中身」と「意味」に目を向けていく手法であるため、管理すべき情報がデジタルであろうがアナログであろうがそれほど影響はない。
メールで受け取った依頼はコーヒーブレイクの際に口頭で受けた依頼と本質的には何ら変わることがないので、同じように処理していくことができる。
初版では特定のタスクを実行するのに最適なツールを紹介していたが、改訂版では現状を考慮して、こうした特定のソフトウェアに関する記述の大部分を削除した。
ソフトウェアのイノベー ションが著しいため、すぐに古くなったリバージョンアツプされたりするからだ。
あるプログラ ムを知ったと思ったらすぐに別の優れたツールが出てきた、ということも頻繁に起こりうる。
そのため、この改訂版では「どれがよいか」については扱わずに、あるツールが有用かどうかを見極められるような参考情報を提供することにした。
改訂版に向けては、紙ベースのツールや資料の扱いについても悩んだ。若い世代の人たちの中には、すでに紙には用はないと思っている人も多いだろう。
だが年寄りと思われることを覚悟のうえで、紙のツールや資料に関するアドバイスの大部分を初版どおりに残すことに決めた。
この改訂版を手にするであろう全世界の読者の多くは、少なくとも部分的には紙を使っていると思われたからだ。
また私のまわりでは、デジタルツールに精通した人であっても、結局は紙に戻ってきたという人も多い。
我々が紙という媒体を完全に捨て去ることができるかどうかは、時が自ずと示してくれるだろう。
常時接続の時代
モバイル機器が普及し、常時接続が当たり前となった現代社会でGTDをどのように活用したらいいですかと尋ねられることが多くなってきた。
次々と舞い込んでくる、重要かもしれない情報―少なくとも自分に関係がありそうな情報 ―を、誰もが絶え間なく受信しつづけている。
技術の進化により情報には格段にアクセスしやすくなったが、その情報量や入ってくる速度、そして内容の変化に対応しなくてはならなくなった。
まわりの環境によって気が散りやすい人にとっては、こうした情報は生産性を阻害する要因になってしまうことだろう。
大事なのは何に注意を向けていくかである。
テクノロジーの進化による日々の体験は、GTDの考え方を身につけているかどうかでポジティブにもネガティブにもなりうることを知っておこう。
GTDのグローバル化
GTDのプロセスはほかの文化にも効果があるかとよく尋ねられるが、私の答えは常に「もちろん」である。
本書の核の部分は人間の本質に関わるものであるため、GTDの応用に関して 文化の相違が障害になったケースを未だかつて体験したことがない――もっと言えば、性別や年齢、性格の相違も関係ない。
GTDが必要かどうかという認識や、GTDの果たす役割は、当然ながら個人によって異なってくる。
しかしそれは文化や性別、年齢、性格による違いではなく て、人生や仕事に対してどう考えているかの違いによるものだ。
初版の出版以来、GTDの考え方は世界中に広まっていつた。初版は30以上の言語に翻訳され、デビッド・アレン・カンパニーでは書籍の内容に基づいた研修プログラムを行なうフラン チャイズ事業を多くの国々で展開している。
初版を執筆した時点で、GTDの効果に文化の垣根 はないというある程度の自信はあったが、何年もその効果を目の当たりにする中で、その自信は 揺るぎないものとなっていった。
より幅広い読者と利用者を想定
初版を執筆したのは、主に企業研修やセミナーで実践してきたGTDの手法をマニュアル化したかったというのが主な動機である。
初版で扱っている実例や文体、見栄え、イメージ(表紙ではネクタイを締めた)は、主に経営者やマネージャなどのプロフェッショナルを読者層として想定したものだ。
もちろん、初版の内容が家庭の主婦や主夫、学生、芸術家、ひいては定年を迎えた方々にも等しく価値のあるものだということは承知していた。
だが初版の執筆当時、GTDの 手法をいちばん求めていたのが、ビジネスの現場で膨大な情報や押し寄せる変化の波と戦いつづけていたプロフェッショナルたちだったのだ。
ただし現代においては、リラックスしつつも集中力を発揮していくことでどのような成果が得られるかが幅広く注目されるようになってきた。
単にビジネスプロフェッショナル向けの「時間 管理手法」ではなくて、日々の生活においていかに物事をこなしていくかの手法が求められているのだ。
実際、世界中の人々から、いかにGTDが人生によい影響を与えたかの体験談を数多く 寄せてもらつた。そこでもっと幅広い需要に応えるために、初版で扱っていた実例や本文の焦点を見直そうと思ったのだ。
GTDを「より多くの仕事を成し遂げるために長時間働くこと」と勘違いしてしまう人もいるかもしれない。また「生産性」という言葉もビジネス寄りの印象を与えてしまうだろう。
だが、GTDでは、物事をこなしていくことに比重を置いているわけではなくて、「自らをとりまく世界に対して適切な形で関わっていくと」を主眼としている。
ある時点で何をすべきかについて最善の選択をし、現時点で行なっていないことに対して思い悩んだりストレスを感じたりしないようにする手法だ。この手法を実践することによってやるべきことが明らかになり、心理的にも余裕が生まれてくる。
これはビジネスプロフェッショナルに限 らず、さまざまな状況にある人たちに対しても効果がある手法なのだ。
長年の経験から、私たちはみな同じ目標に向かっているのだということがわかった。GTDを 世界中で実践している多くの方々に手を差し伸べるべく、本書を構成し直す機会に恵まれたこと を嬉しく思う。
GTDを総合的に実践するために必要な時間と労力
本書で説明している手法自体は簡単だと思っているが、ときとして次のような反応を示されることがある。
まず、提示されている情報とテクニックがあまりにも多すぎるため、なんだか面倒そうだ、と思われてしまうことだ。
また、GTDを習慣化するためにはある程度の年月がかかると主張しているため、どちらにしても始めるのが面倒だ、と思われてしまうことである。
世の中では「すぐにできる!」といった手法がもてはやされているが、G丁Dにおいては手法の詳細を簡略化しないという主義を貫いてきた。
そういう意味では「学ぶことが多すぎる」とい う反応はなくならないのかもしれない。初版においては仕事とプライベートでGTDを総合的に実践していくための詳細な手順とテクニックをふんだんに盛り込んだが、改訂版においてもその方針は変えないことにした。
GTDの初心者にとって、この量の情報を一度にすべて取り入れていくのは気が遠くなるようなことと感じられるかもしれない。
しかし、GTDに真剣に取り組みたい読者のために、日常生活で習慣化していくための詳細な手順を盛り込まないわけにはいかないと判断したのだ。
この改訂版では、整理システムの確立という大変な作業を考慮し、読者にとって親切な構成となるよう努めたつもりだ。一歩一歩、着実に進めていってほしい。
GTDの有効性を証明した認知科学の研究
2000年頃に感じていた、荒野で孤独な声を上げているかのような感覚はもはやない。初版 の刊行以来、GTDの基本原則と実践方法の効果が科学的なデータによって裏付けられるようになったからだ。
新たに書き加えられた第14章「GTDと認知科学」では、そのような研究結果の一部を紹介することにした。
GTD初心者の方ヘ
ここまで読んでくださったあなたなら、何らかのかたちでGTDに取り組んでみよう、という興味をおもちになったことだろう。
本書は、GTDの実用的なマニュアルになるような構成とした。料理本のように基本から始めて詳細な手順を説明し、さらに今後、継続的に実践していけるように豊富なテクニックも紹介している。
第1章から始めて順に読み進めていってはしい。本文でも述べていくが、GTDの基本 原則をこの順に応用していけば、きっと素晴らしい効果が得られることだろう。
もしくは、興味のあるところにさっと目を通していつたり、読み飛ばしたりしてもよい。そのような読み方もで きるように配慮したつもりだ。
GTD経験者の方ヘ
GTDの経験者にも、この改訂版は新しい本として読んでいただけるだろう。GTDはこれまでもさまざまな媒体で紹介してきたが、そのたびに誰もが認識を新たにする。
GTDの初版を5回も読み返した人ですら、読むたびに新しい発見があると言っていた。これは、ソフトウェアの基本を習得してから1年後にマニュアルを読み返すようなものである。こんなことも、あんなこともできるのかと驚き、やる気が湧いてくるのだ。
この改訂版を読むことで、GTDを始めたと きには気づかなかったことが見えてきて、一つ上のレベルから実践できるようになるはずだ。
本書では、あなたがすでに作り上げたシステムやツールの中でも取り入れることができる、新しい アイデアの数々を紹介していこう。
本書の内容をあらためて理解することによって、仕事と人生において本当に大切である分野に対して、ポジティブで生産的な視点から関わっていけるようになるだろう。
第1章 仕事は変わった。さて、あなたの仕事のやり方は?
たとえやるべきことが山のようにあったとしても、頭をスッキリさせつつ、リラックスしながら高い生産性を発揮していく「やり方」がある。私が、GTD(Getting Things DONE)の頭文字をとったものだ)と読んでいる。
このやり方を身につけることさえできれば、仕事でもプライベートでも効率よく物事をこなし、充実した人生を送っていくことができるだろう。
またこの 「やり方」は、今やらなくてはならないことに集中し、適切に対処していくための最善の方法でもある。頭の中から時間の概念が消え去り、注意を向けるべき対象に完全に意識が向いている状態だ。
この境地に至ったあなたは、やらなければならないことや関心のあることのすべてを把握したうえで、今、この瞬間にやるべきことに完全に没頭しているはずだ。
GTDは、今や成功するビジネスパーソンにとって必要不可欠である。いくらなんでもこんなに仕事を抱えきれないだろう、といった状況でも正気を保つために必要な技術であり、これがあることでもっとも重要なことにもっとも適した方法で関わっていくことができるようになる。
もちろん、生産性を高める方法を自分なりに編み出して実践している人もいるのかもしれない。しかしその方法を、いつどんなときでも確実かつシステマチックに実践することができるだろうか。
それができなければ、日々押し寄せてくる仕事の波からけっして抜け出すことはできない。本書で紹介する手法やテクニックの一つひとつはそれだけで効果的なものではあるが、日々の習慣にシステマチックに組み入れていくことで、その効果を最大化することができる。
「気になっていること」の全てを明らかにし、それについて何をすべきかを適切な方法で見極めていくことで、重要な選択をさまられたときに自分の行動に対して確固たる自信をもつことができるようになるだろう。
私が提唱するGTDの柱は三つある。
まず一つ目は、やるべきことやきになることの「すべて」を把握することだ。今やらなければいけないことを、あとでやりたいこと、いつかやる必要があること、大きなことも小さなことでも、すべてを頭の中から一旦吐き出して、信頼できるシステムに預けなくてはいけない。当たり前のように聞こえるかもしれないが、ほとんどの人はこれができていない。
「あなたのやりたいこと今ここですべて見せてください」を言ったら、 あなたは見せることができるだろうか)。
柱の二つ目は、人生において常に降りかかってくるあらゆる「インプット」にその場で対処できるようにすることだ。
それらが発生したときに適切な判断を下し、「次にとるべき行動」を具体的かつ自信をもって導けるようにならなくてはならない。
柱の三つ目は、そのようにして導かれたさまざまな判断のすべてを、人生における異なる視点レベルから評価しつつ、いついかなる時でも正しい決断を下せるようになることだ。
本書では、GTDを実践していくうえで役立つツールやヒント、ちよつとしたテクニックの類も伝えていくつもりだ。
本書で解説している理論ゃテクニックは、仕事、プライベートを問わず、あなたがやらなければならないあらゆることに、学んだ瞬間から活用していくことができ るだろう。
仕事は増える一方だが……
近ごろは誰もが同じグチをこぼしている。「やるべきことが多すぎて時間が足りない」というのだ。ごく最近も、そういう2人に出くわした。
1人は昇進したばかりの大手投資銀行の幹部だ。彼は仕事が忙しすぎて家庭がないがしろになっているのでは……と悩んでいた。
もう1人は人事課長をしている女性だ。彼女は、毎日150通を超えるメールと格闘しつつ、週末のプライベートな時間を確保しようと必死になっていた。
21 世紀を迎えた今、私たちはある矛盾に悩まされている。快適に生活できるようになった一方で、できることが増えすぎて日々のストレスをどんどん溜めこんでしまっているのだ。
選択肢や機会がありすぎりために、人々は常に決断や選択を迫られており、それが心理的な負担になっている。そしてほとんどの人はこの状況に大きな不満を感じつつも、効果的な解決策を見出せずに いる。
仕事の「何」が変わったか?
多くの人がストレスを抱えるようになった大きな要因の一つは、仕事の性質がすさまじいスピードで変化していることにあると私は考えている。
20世紀後半だけを見ても、仕事の内容は部品の組み立てなどに代表される単純作業から、経営学者のピーター・ドラッカーが言うところのナレッジワーク(知識労働)へと変化してきている。
昔の仕事は単純明快だった。畑は耕し、機械や箱は組み立て、牛は乳をしぼり、本箱は運べば よかった。何をすべきかは誰が見てもわかったし、その仕事が達成されたかどうかもひと目で判断できた。もっと生産性を上げたければ、仕事のプロセスを効率化するか、より長時間働くか、 といった判断をすればよかっ たのだ。
しかし、今はどうだろう。あなたが抱えているプロジェクトの多くには、はっきりとした「終わり」がない。しかも、ほとんどの人は、やるべきことや改善したい状況を同時にいくつも抱えていて、彼らが死ぬまで努力しても、それらを完全に達成することはできないようにさえ思える。
あなたも同じような状況になっていないだろうか。会議や研修では何をどこまで追求するべきか。役員の報酬体系はこれでいいのだろうか。子どもの教育方針についてはどこまで詰めるべきだろうか。さきほど書いたブログ記事はあれでよかったのか。社員のやる気が出るようなミーティングができているだろうか。健康管理についてはどうだろう。さらには、今関わっているプロジェクトのためにどれだけの情報を集めるべきか。そうした問題を抱えている人も多いのではないだろうか(なにしろインターネツトには簡単にアクセスできる無限の情報があるのだから)。
また、仕事の「終わり」が曖味になり、達成までのプロセスが複雑になったために、多くの人がよりたくさんの仕事を抱えるようになってしまった。
今日、組織で成果を出していくには、部 門を越えた協力や取り組みが不可欠になっている。部門間の壁は崩れ(崩れていないなら崩す必 要があるのかもしれない)、他部署もしくはさまざまなプロジェクトからの転送メールにまで目を通さなければならない状況になっている。
それに加え、老いた両親までもが今やインターネッ トやスマートフォンを使うようになり、友人や家族との距離感がなくなった。仕事以外でも常に連絡をとらなくてはならなくなり、状況はさらに悪化している。
コミュニケーションのための新しいテクノロジーが次々と登場する中、仕事にしてもプライベートにしても、どこまでやれば「終わり」なのかがますますわからなくなってきた。常に「つながっている」状態が続くことが期待されることで、今までになかった問題が生じてきているのだ。
グローバル化が進み(たとえばチームメンバーの半分は香港、重要人物の1人はエストニア、といった状況も珍しくない)、リモートでの仕事やつながりが当たり前のようになってきたことで、この問題は深刻になるばかりだ。さらにスマートフオンに代表される、常に身につけておくことができる便利なガジェット類もこの問題の深刻化に拍車をかけている。
時間的にも空間的にもどこまで何をするべきかがどんどん曖味になってきていて、それに加えてネットワークからは判断に困るような情報が次々と舞い込んでくるという困った状況なのだ。
仕事と人生はなおも変化しつづける
仕事の終わりがはっきりしなくなっただけでも大変だが、さらに悪いことにその仕事の内容も常に変化し続けている。また仕事だけでなく人生とというくくりから見ても、その責任や関心の範囲がどんどん変化してきている。
私はセミナーで、よく次のような質問をする。「自分が本来すべき仕事だけをしているという人はどれくらいいますか?」「この1年、プライベートで大きな変化がなかったという人は?」この質問をしたときに手をあげる人はほとんどいない。
たとえ仕事の終わりが曖味になったとしても、特定の仕事だけをある程度続けていれば、その仕事で何をすればよいかはだんだんわかってくる。どの程度の完成度でどれだけの仕事をこなしていれば正気を保てるかもわかってくるはずだ。
もし仕事においても人生においても大した変化がなければ、自分にとって快適な生活のリズムを保ちながら、平穏で安定した毎日を送れるのかもしれない。
ところが、現代においては、ほとんどの人にこれが当てはまらない。その理由は三つある。
1目標、製品、顧客、市場、テクノロジーなどがとてつもない速度で変化しつづけている。当然ながら、組織の構造や役割、責任なども同様だ。
2プロフェッショナルの多くがフリーで仕事をするようになり、頻繁にキャリアを変えている。40代や50 代になってもこうした成長路線を歩んでいる人も多い。彼らが目指しているのはオールラウンドプレイヤーとなってその時代の主流層に取り込まれることであって、一つ の仕事を長く続けることではない。
3文化、ライフスタイル、テクノロジーがどんどん変化していく中で、個々人が臨機応変に対応しなくてはならない状況が次々に起こるようになった。突然、老いた親の介護が必要になったり、無職になって家へ戻ってきた子どもの面倒を見たり、思いがけず闘病生活を強いられたり、人生の伴侶の新たな出発に配慮したり……こういった出来事が以前よりも頻繁に起こるようになり、もたらされる結果も以前より深刻なものになってきている。
この忙しい現代において「いつどこで何をどれだけすべきか」がはっきりわからなくなってしまったのだ。
職場や家庭では今何をすべきか?移動中の飛行機や車の中ではどうだろう?次の週末は?次の月曜の朝は?
こうした質問に対して即座に自信をもって答えられる人はほとんどいないだろう。成果を上げるためにどのような情報をどれだけ集めればよいかについても同じだ。
私たちはこうした急激な変化の時代において、大量の情報を処理しつつ、やるべきことを増やしつづけている。
そして多くの人は、このように増えつづける「処理すべき情報」と「やるべきこと」に対処する術をいまだに身につけてられていないのである。
世界中のどこにいてもネットワークで繋がっていられる時代が到来したとはいえ、変わったのは「物事が起こりうる頻度」のみである。
人生における変化のベースがもっと緩やかだった時代では、新たな状況に伴う不快さをいったんやりすごしさえすれば、しばらくは安心していられた。
今や、そのような時間的なゆとりに恵まれている人はほとんどいない。今この本を読んでいるそばから、あなたのまわりの世界は変化しつづけている。
そしてもし本書を読みながら気がかりなことが頭をよぎったり、「あ、メールチェックしなくては……」と思ったりしたら、あなたは、大きな問題を抱えていると言える。
そうした「気になること」に邪魔されているようでは、本来あなたがすべきことに、今この瞬間に集中できていないことを意味するからだ。
今までのやり方ではもう間に合わない
学校で教わったことや従来までの時間管理手法、システム手帳や各種のデジタルツールを使っていたとしても、現在の状況に対応していくには不十分である。仕事のスピードや複雑さ、絶えず変化する優先順位にはとうていついていけないだろう。
豊かではあるものの、変化の激しい現代においてゆとりをもって無理なく結果を出していくには、今までの考え方や仕事のやり方では歯が立たない。
今までとはまったく違う新しい手法やテクニック、新しい習慣が求められているのだ。 時間管理手法や整理術におけるこれまでのアプローチは、すこし前まではそれなりに効果的だった。
工場で流れ作業をしていた人々が徐々にマネジメントのための仕事に移っていくにつれ、こうした手法がある種の指針となったことは間違いない。
このような時代では単に「いつ何をするか」が重要だった。「時間」そのものが管理の対象だったのだ。
だから、カレンダーは重要なツールとして機能していた。しかし仕事が複雑になってくると、その時間をどう使うべきかの裁量を任されるようになり、「いつ何をするのが最善か」について判断しなくてはならなくなった。優先順位やTo Doリストはこの流れから生まれてきたものだ。
判断の自由が与えられているのなら優先順位を考慮し、そのときに与えられた選択肢からもっともよい選択をしていくべき、と考えるのは当然のことだろう。
ただ時へて仕事はさらに複雑になってきた。カレンダーは便利ではあるものの、実際はやるべきことのごく一部しか管理できなくなってしまった。TODOリストや優先順位についても、現在多くのプロフェッショナルが抱えている大量かつ多様な仕事に対応していくには不十分だと言わざるおえない。
現代においては、数十通から数百通を越えるメールやテキストメッセージが毎日届き、そこに書かれた指示や要求に目を通さなくてはならない。1日1回、やるべきことに優先順位をつつければそれで済むという人はいないはずだ。
トツプダウンかボトムアップか?
こうした状況に対応するためにトツプダウンのアプローチを勧めるビジネス書や仕事術、セミナーなどが登場してきている。
広い視野をもち、長期的な目標や価値観をはつきりさせていけば 日々の仕事の意味や方向性が見えてくるはず、という考え方だ。
しかし実際にはいくらこのような努力をしても、思ったような結果につながらない場合が多いと私は考えている。私自身、こうしたアプローチの失敗例をたくさん見てきているが、それらは次の三つの理由による。
1.こまごまとした日々の仕事に気をとられるあまり、より高いレベルに目を向けることが難しくなってしまうため。
2.日々の仕事を整理して管理していくための効果的なシステムが確立されていないため。
3.より高いレベルでの目標や価値観が明らかになると、それにあわせて変えなくてはいけない こと、やらなくてはいけないことが見えてきてしまうため(そうなると余計な仕事がさらに 増えることになる)。
長期的な目標や自分の価値観についてじっくり考えることはもちろん重要だ。何をやって何をやめるべきか、無数の選択肢の中でどれに注意を向けるべきかなど、難しい判断を下さねばならないときの基準になるからである。
だがそれで日々の仕事やストレスが減るとは限らない。むしろ、毎日の生活や仕事において考えるべきことが増える可能性さえある。
会社の価値観を考え抜いた結果、ワークライフ・バランスを維持するための仕組みを構築しなくては……と思いついてしまった人事課長の仕事はより複雑になるだろう。また、十代の娘がいつか家を出てしまう前に 貴重な体験をさせてあげたいと考えた母親の仕事はけっして減りはしない。
現代の仕事環境において、決定的に欠けているものがある。それは、現場レベルできちんと機能する、仕事を成し遂げるための理論と、それを実践するた目の手段やツールだ。これらが1つシステムとして機能していなくてはならない。長期的な目標の達成をサポートしつつ、日々のこまごまとした仕事を片付けるためのシステムである。
仕事の優先度をあらゆるレベルで管理できて、日々降りかかってくる「やるべきこと」にも対処できなくてはいけない。システムを維持すること以上に時間と労力を節約できて、しかも仕事がらくにならなくては意味がない。
武道家の「気構え」を身につける
あらゆるレベルですべてのことをコントロールできている完璧な状態を想像してはしい。頭の中がすっきりと整理されていて、まだ済んでいないことに対する不安が微塵もない状態とはどういうものだろう?
ほかのことにいっさいわずらわされず、やるべき作業に100%集中できて いるとしたら、どんな素晴らしい気分になるだろうか。
そうした境地に至ることは不可能だろうか。いや、そんなことは断じてない。私の経験からすれば、仕事においてもプライベートにおいても、ゆったりとした心持ちであらゆることを把握しつつ、ストレスを感じることなく最小限の努力で最大限の効果を発揮することは不可能ではない。
複雑な現代社会においても、武道で言うところの「水のような心」を実現することは可能である。このような心理状態を、トップアスリートたちは「ゾーン」、もしくは「フロー」と呼んでいる。
これは心が澄み切っていて、創造性を発揮しながらも日の前のやるべきことに没頭している状態のことだ。誰しもこうした境地に至った経験があるはずだ。
ただ、意識してそうした境地に到達できるかどうかは別の問題だ。人生や仕事が複雑になった21 世紀において、この能力がますます重要になってきているのは間違いない。
仕事においても人生においても好ましいバランスを 維持しつつ、前向きな展望をもちつづけたいと思っている人にはとくに必要だろう。
ボート競技 で世界トップクラスのクレイグ・ランバートは、著書『水上の精神』(1998年)の中で、この境地について次のように説明している。
漕船選手は、この流れるような感覚を「スイング」と呼んでいる。(中略)裏庭のブランコで無心に遊んでいたときのことを思い出してほしい。ブランコそのものの勢いでスムーズな動き が繰り返される、あの感じだ。とくに力を入れなくても、ブランコは勝手に揺れてくれる。
より高いところにいくには足を振り上げないといけないが、基本的には重力がほとんどのことをやってくれる。揺らしているのではなくて、揺れているのだ。
ボートも同じだ。スピードに 乗って、自ら疾走する感じになる。漕ぎ手はボートに合わせるだけでいい。むしろ、無理にパドルを漕いで邪魔をしないように気をつけないといけない。
スピードを出そうと努力すると、かえって勢いが削がれてしまう。より速く進もうと必死になってしまい、ムダが生じるのだ。
よく上流階級を必死に目指す人がいるが、その願いは永遠にかなわない。元々上流階級の人間は必死になったりはしない。彼らは最初からブランコに揺られているのである。
水のような心
空手では、いつでも攻撃に対して反応できる心理状態のことを「水のような心」と呼ぶ。静かな池に小石を投げ込んだら、池がどうなるかを想像してほしい。
その池は与えられた力と質量に対して正確な反応を見せたあと、元通りに静かになるはずだ。反応しすぎることも、反応しすぎないこともない。水は水であるにすぎず、それに徹している。何かを沈めることはあるが、沈められることはない。静止していることもあるが、それに我慢できなくなるわけではない。流されることもあるが、それに苛立つこともない。このような境地をイメージしてほしい。
空手の突きは、力ではなくスピードが大事である。鞭の先端の一撃をイメージするといいだろう。だから、体の小さい人でも板やレンガを割れるようになる。
怪力などなくても、一点への集中と、そこに至るまでのスピードがあればよい。逆に筋肉に力が入っていると突きは遅くなる。
そのため、空手の上級者においてはバランスとリラックスの習得が重視される。そしてそのカギとなるのが、何が起きようともそれに的確に応じることができる「水のような心」なのである。
何かに過剰に反応したり、反応が不十分だったりすると、その対象に振り回される可能性が高くなる。
メール、やるべきこと、家族、上司、あなたのまわりの物事や人々に対する反応を間違えてしまうと、望むような結果は得られない。
ほとんどの人は特定のことに対する意識が過剰だったり、逆に不十分だったりする。それらに対処するときに「水のような心」になりきれていないからだ。
自らそうした境地に至ることは可能か
最近、とても調子がよいと感じた経験を思い出してほしい。あなたはそのとき、万事うまくいっていると感じていたはずだ。
ストレスもなく、目の前のことに集中できていたのではないだろうか。そこでは時間の感覚もあまりなかったかもしれない。
気がついたら「あれ、もうお昼?」とびっくりした人もいるだろう。その一方で、仕事は大いにはかどったはずだ。このような状態を、自ら意識して再び体験してみたくはないだろうか。
反対に、それとは対極の状態ー事態が手に負えなくなってしまい、ストレスに押しつぶされ そうになったときや、仕事がはかどらず投げ出したくなったときに、あなたはそこから自力で抜け出せるだろうか。
そのようなときにこそ、GTDの理論と手法が最大の効果を発揮する。もてる時間、労力、能力のすべてを最大限に発揮することができる、「水のような心」を自らたぐりよせることができるようになるからだ。
「やるべきこと」とうまく付き合うために
私は何十年にもわたって多くのビジネスパーソンを指導してきたが、その中で気づいたことがある。
それは、ストレスの大半が「やるべきこと」をうまく片付けられていないことから生じているという事実だ。
自分もしくは、他の人から課された「やるべきこと」をもっとうまく管理することができれば、誰もがゆとりをもって物事をこなしていくことができる。これはストレスをはっきりと意識していない人にも言えることだ。
あなたはおそらく、自分で考えている以上に多くの「やるべきこと」を自分に課しているはずだ。あなたの意識はそれが大きなものであれ、小さなものであれ、一つひとつをきちんと認識している。
これには「世界から飢餓をなくす」といったスケールの大きなTo Doから、「新しい アシスタントを雇う」といったもの、さらには「ベランダのランプの電球を替える」といった些細なものまで、ありとあらゆることが含まれる。
これらとうまく付き合っていくには、まずあなたが意識している、していないにかかわらず、全ての「やるべきこと」を把握し、一箇所に取り込んでいく必要がある。
そして、それがどういう意味をもつのかを明らかにし、次にどうすればよいのかを見極めないといけない。
一見簡単そうだが、ほとんどの人はこれを体系的に行ってはいない。そのためのやり方がわからないか、する気がないか、もしくはその両方だ。
そして何より、そういった体系的な方法を実践していないことでどれほど損をしているかに気づいていないからであろう。
この手法の効果を体感してみよう
ここで一つ、私から提案したい作業がある。今、もっとも気になっている「やるべきこと」を思い出してもらいたい。
いちばん困っていること、気になって仕方がないこと、興味のあることなど、意識の大部分を占めていることは何だろう。
それは目の前にあって対応を迫られている仕事かもしれないし、なるべく早く解決しなければならないと思っている何らかの問題かもしれない。次の旅行の計画を決めてしまわなければ、と焦っている人もいるだろう。あるいは、部門内で緊急事態が発生したことをたった今メールで読んだところかもしれないし、巨額の遺産を相続してその扱いで悩んでいる人もいるかもしれない。
いちばん気がかりなことが明らかになったら、その問題なり状況なりが、どのようなかたちで解決されるのが理想的かを一言でかいてみよう。
要はその「プロジェクト」を「完了」とみなすために何が必要かということだ。それは「ハワイ旅行にいく」といった単純なことかもしれないし、顧客の問題を解決する、娘の受験に関する問題を解決する、部署内で新しい管理体制を構築する、息子に読解力をつけさせるといった、やや面倒なケースもあるだろう。
それができたら、その状況を一歩でも進めるために、次にとるべき「具体的な行動」を書いてもらいたい。
もしそれを達成しなければならないとしたら、あなたはどこに行ってどういった行動をとるだろうか。受話器をとって誰かに電話をかける、パソコンの前に座ってメールを打つ、紙と鉛筆を手にしてアイデア出しをする、インターネットで情報収集をする、ホームセンターで釘を買ってくる― あなたが「次にとるべき具体的な行動」は何だろう。
さて、ここまで考えるのに2分くらいはかかったと思う。その2分で何か有意義なものが得られただろうか。私のセミナーでこれをやってもらうと、ほとんどの人から次のような声があがる。
「すこし頭の中がすっきりしました。心がリラックスして集中力を取り戻せたようにも感じます」。あなたもおそらくそうだろう。もしかしたら、実際に行動してみようという意欲が高まったかもしれない。
人生や仕事において、そうした意欲が何百倍にも高まったとしたら、どん なに素晴らしいことだろうか。このちょっとした作業で何かを得られたという人は、何が変わったのかを考えてみてほしい。あなたの中で前向きの変化をもたらしたのはいったい何だったのか。状況そのものには何の変化もないし、何かの問題が解決したわけでもない。やるべきことを明らかにし、そあなたに起こったのは、「望んでいる結果がはっきりして、次に取るべき行動がわかった」ことだけである。
知識労働社会で大事なこと
先ほど行なった作業は、知識労働社会における思考プロセスである。この時代に生きる我々は 「気になること」についてもっと考える必要がある。ただ、それはあなたが思っているほど難しいことではない。
ピーター・ドラッカーは、知識労働について次のように述べている。「知識労働においては(中略)作業は与えられるものではなくて、自ら定義すべきものだ。知識労働で生産性を高めるカギは、この仕事で求められている結果は何かと考え、それを明確にする ことである。それにはリスクを伴う決断を下さなければならないが、ほとんどの場合、正しい答えなどありはしない。ただ、選択肢があるだけである」
「気になること」に意識を向け、それが自分にとっそどのような意味をもつのかを見極め、それに対してどう行動すべきかを判断する。
こうした思考に対して、ほとんどの人が二の足を踏む。 それについて考えるには普段使わないエネルギーが必要だとわかっているからだ。
今まで、日々の作業の大半は、最初から何をするべきかがはっきりしていることが多かった。仕事にしろ、家事にしろ、ほかの人に「こうしなさい」「ああしなさい」と決められていれば、望んでいる結果を真剣に考える必要性はなかったのだ。
しかし、仕事が複雑になった現代においては、自らが率先して意識的な思考をしなくてはいけない。そうしないと、次々と降りかかってくる物事がストレスになっていく。
そのストレスから逃れるいちばんの近道は、「望んでいる結果」と「次にとるべき行動」について意識的かつシステマチックに思考することなのだ。
なぜそれが気になるのか?
頭の中にあることが気になってしまうのは、現状を変えたいと思いつつも次のような状態に なっているためだ。
- 望んでいる結果がはっきりしていない
- 次にとるべき物理的な行動が定義されていない
- 望んでいる結果や次にとるべき行動を適切なタイミングで思い出させてくれるリマインダーが設定されていない。
「気になること」がこうした状態になる限り、それがあなたの頭から離れることはない。望んでいる結果ととるべき行動を明らかにし、確実に見直すことがわかっているシステムに預けなくてはならないのだ。
人はだませても、自分の心を騙すことはできない。
あなたの心は、大事なことについてすでに結論が出ているかどうかを知っているし、望んでいる結果や必要な行動が確実 に思い出せる状態になっているかどうかも知っている。
これらが解決されない限り、心はひたすら悩みつづけてしまう。すぐに行動を起こせない状況にあってもだ。それがさらなるストレスとなって、もっとあなたを苦しめることになる。
心は自分の意思で判断できない
あなたの心の中には、どういうわけか「非論理的な」部分がある。ちょっと考えればわかることだが、あなたの心が本当に優れたシステムであるならば、やるべきことは「それに対して何かできるとき」だけ思い出せればいいはずだ。
あなたの家に電池の切れた懐中電灯はあるだろうか。では、その懐中電灯の電池を交換しなくては、と思い出すのはいつだろうか。言うまでもなく、その懐中電灯を目にしたときであろう。
ただ、これはよくよく考えると、かなり間抜けなことだ。心に多少なりとも分別があるのなら、 電池がお店で売られているのを見たときに思い出すべきではないだろうか。
今日、起きてから今までの間に、「あ、あれをやっていない―」と何度も思ってしまった人はいるだろうか。なぜそんなことが起こったのだろう。すぐにできないことを考えつづけるのは時間と労力のムダだし、まだやっていないという焦りを募らせるだけなのにおかしくはないだろうか。
たいていの人は、こうした心の「非論理的」な動きに支配されているようだ。とくにやることがたくさんあるという人ほどこの傾向が強い。
たくさんの「気になること」に心のスペースの多くをさいてしまっており、効率よく処理できなくなっているのだ。
最近の研究では、人の意識は自然と「やるべきだけど済んでいないこと」に向かってしまうことがわかってきた。
その結果、本当に考えるべきことや考えたいことに割くべき思考が十分になされていない、という状況に陥っているようだ。意識はあなたが思っているほど知的でも生産的でもないのである。
「気になること」をどうするか
多くの整理システムがほとんどの人にとって機能していないのは、「気になること」をうまく管理しきれていないからだ。
「気になること」はそのままでは管理することが難しい。あるやり方で管理しやすいように変換してあげる必要がある。
私がこれまで見てきたTODOリストのほとんどは、やるべきことを単に羅列しただけで、実際に必要な作業を書いたものにはなっていなかった。
それは、数々の「気になること」の部分的な覚え書きでしかなく、望んでいる結果や次の具体的な行動へと変換されていなかったのである。
本来であれば、リストを見て行動すべきことがひと目でわかるようにしておくべきだ。 ありがちなTo Doリストとは次のようなものだ。
- 母親
- 銀行
- 医者
- ベビーシッター
- マーケティング担当部長
このようなTODOリストを見ても、安心するどころかストレスになるばかりだ。なんらかのの覚え書きとして役に立たないこともないが、これを見ても「あぁ、そうだった1 何とかしなくては……」という焦りが生まれるだけだろう。
しかも、疲れたときにこのリストを見てしまうと、さらに気分が落ち込んでしまうのではないだろうか。
行動こそが管理すべきもの
スポーツ選手と同じように、あなたも訓練さえすれば、やるべきことに集中してテキパキと作業をことなしていくことができるようになる。
仕事とプライベートにおける「やるべきこと」の数を最小限に抑え、より少ない努力ではるかに大きな成果を発揮していくことも可能だ。
日々の生活や仕事で発生する「気になること」を、それが発生した瞬間にどう処理すべきか、さっと判断できるようになるだろう。
これらを達成するには、まず、頭の中からすべての「気になること」を追い出すという習慣を身につけていく必要がある。
それは時間や情報を管理したり、優先度をやりくりしたりすることではない。そんなことは今の時代、不可能に近いはずだ(5分でやる!と決めたことさえ守り きれずに結局それ以上の時間がかかってしまったという経験をした人も多いだろう)。
すべての「気になることを管理するカギはそこにはない。管理すべきは「行動」そのものなのだ。
いちばん難しいのが行動の管理
あなたは、やるべきことの優先度と、時間や情報、集中力をどのように関連づけているだろうか。じつはここにこそ、限られた時間と労力を存分に注ぐべきなのである。
本当に重要なのは、そのときどきで自信をもってとるべき行動を選択していくにはどうすればよいかということだ。
そんなことはわかりきっていると思われるかもしれない。けれども実際にはほとんどの人が、 やるべきことを多く抱えなが為次にとるべき行動を決められずにいる。
大多数の人は、さまざまな物事を進めるために何十という行動を必要としているが、それらの行動が何かをきちんと把握できていない。
手に負えそうにない仕事は確かに多い。しかし、そう感じられるのは、その仕事をいつぺんに完了させようとしているからだ。
私たちに必要なのは、その仕事を確実に進めていくための具体的な行動ステップである。何も難しいことではない。やり方を間違えなければ1分や2分でできるものだ。
私が、何千人ものプロフェッショナルを指導してきて気づいたことがある。それは、彼らにとって最大の問題は、多くの人が思い込んでいるような「時間不足」ではないということだ。
本当の時間は、やるべきことの真の意味を理解していないため、次にとるべき行動がわかっていないことになる。
状況がややこしくなってからではなくて、「気になること」があなたのアンテナに 引っかかった時点でしかるべき判断をしていく必要がある。
あなたの頭のなかにぼんやりと存在する「気になること」を片付けていくには、次の二つにつ いて考える必要がある。
- それを「やり終えた」とはどういう状態か(結果)。
- それを「やっている」とはどういう状態か(行動)。
そしてほとんどの場合、この二つを理解するには意識的な思考が必要になってくる。
ボトムアップのアプローチでいこう
これは長年の経験からわかつてきたことだが、仕事の効率を高めるにはボトムアップのアプローチが有効である。
もっとも身近な地に足のついた行動から始める方法だ。論理的に考えれば、まず個人や組織の目的とビジョンを明らかにし、何が重要かを見極めたうえで、具体的な行動についてについて考えていくトップダウンのアプローチのほうがよさそうに思える。
ただ、これには問題がある。
多くの人は、日々やらなければならないことに追われていて、全体に目をむける余裕がなくなっているのだ。まさにこの理由によって、ボトムアップのアプローチのほうが有効なことが多いのである。
日々のこまごまとした「気になること」をコントロールし、在すべきことに集中できている状態を維持する習慣を身につけることができれば、数多の視野にぐっと広がってくる。
創造的なエネルギーが解放され、より高いレベルに目を向けられるようなり、自信をもってその創造性を活用していけるようにもなる。
私のセミナーでは、今まで気になっていたことのすべてをまずは整理してもらう。すると、そ の日の夜には今までよりもずっと自由に将来のことについて思いをめぐらせることができるようになっている。
こうしたボトムアップのアプローチさえ習得できれば、自然とより高いレベルで の思考が可能になるのだ。
「水平的な視点」と「垂直的な視点」で行動を管理する
約束事、プロジェクト、行動など、やらなければならないことは、「水平的な視点」と「垂直的な視点」の両方で管理していく必要がある。
水平的な視点とは、あなたに関係のあるすべての事柄を「広く見渡すための視点」で、垂直的な視点とは、その一つひとつの物事について「深く考えていくための視点」である。
「水平的な視点」では、自分が携わるありとあらゆる行動を管理していく。あなたを取り巻く環境の全てが常時レーダーで追跡されている状況を思い浮かべて欲しい。
大事なのはそのレーダーの照準を、いついかなるときでも適切な物事に向けられるようにしておくことだ。
時間がないかもしれないが、わずか1日の間にものすごい量の「気になること」が意識の中に飛び込んできている。
薬局での買い物、娘の彼氏のこと、明日のランチの予定、事務所で萎れかけている植物、苦情をいう顧客のこと、、これらのすべてを把握しておくには、優れた整理システムが必要だ。
それさえあれば、必要なときに注意を向ける対象を自在に切り替えていけるようになる。
一方、「垂直的な視点」では、それぞれのトピックやプロジェクトについて、より深く考えていくことになる。
たとえば、ある日、妻と夕飯を食べながら話しているとき、心の中のレーダーが次の休暇に照準をあわせたとしよう。いつどこへ行こうか。何をしようか。どういった段取りにしようか。
そういったより深いレベルへと思考を進めていかなくてはならない時もあるだろう。あるいは、近々実行される部門の再編成について上司との間でなんらかの意思決定を行わなくてはならない場合も同様だ。
このように、水平的な視点ですべての物事を把握しつつ、垂直的な視点で物事の詳細や段取り、考えられるアイデア、優先事項など、それぞれについてより深く考えていく必要もある。
「水平的な視点」も「垂直的な視点」も、目指すものはいっしょだ。つまり、気になることを頭 から追い出し、適切に対応していくことである。
両方の視点から行動がきちんと管理されていれ ば、仕事でもプライベートでも、あらゆる物事に対応できているという安心感を得られるように なる。
すべてを頭の外に追い出そう
頭の中に気になることがある状態では、ゆとりをもってすべてをコントロールしていくことはできない。
本書で説明するさまざまな「やり方」は、すでにあなたがやってきていることかもしれない。ただ、私とあなたの違いは、私が「気になることのすべて」を、ー大きなことも小さなことも、プライベートなことも仕事上のことも、緊急性もあることもそうでないことも、頭の中ではなくて、頭の外の信頼できるツールで100%管理している点にある。
あなたも過去に、仕事や人生に関して何らかのリストを作った経験があるはずだ。それによって物事に集中し、心のコントロールができたと感じられたのであれば、私の言わんとすることをわかつてくれるはずだ。
自分を取り巻く世界は何ら変わつていないのに、リストを作ることであ る程度の安心感が得られたはずである。実際に何が変わったのかと言えば、「自分を取り巻く世界に自分がどう関わっていくか」がはっきりしただけだ。これはそれほど難しいこことではない。
ただほとんどの人は事態が混沌として手に負えなくなるまで、この種のリストを作ろうとはしない。しかも作ったとしても、たいていは急を要することについてのみである。
すべて頭の外に追い出せるようにリストを作り、それをいつでも確認できる状態に保つことができれば、「水のような心」の境地に至ることができる。
経験上断言できるが、本書で紹介している思考プロセ スを実践できるようになれば、あなたの視野はぐっと広がり、より豊かな体験ができるようになる。
このプロセスの習得に取りかかるのに遅すぎるということはない。あなたもぜひ取り組んで みてはしい。
私は何かの意思決定をするとき、「事前に考慮された」選択肢から直感を信じて選ぶようにしている。
その場でどんな選択肢があるかな、、、と考えたりはしない。その場で考えつく選択肢だけでは正しい優先順位で行動しているとは言えないからだ。
すべての選択肢を事前に考慮しておき、信頼できるシステムにあらかじめ整理しておくことが重要である。その場その場で何度も選択肢について考えるのは時間のムダだ。それでは創造性のエネルギーを効率的に活用しているとは言い難いし、フラストレーションやストレスの元にもなる。
この「事前に」行動の選択肢を考えておくという作業を避けて通ることはできない。気になることに対して、どういう行動をすべきかが決まっていなければ、心はそのことを考えつづけてしまう。
そうなると「あれについてはどうすればいいんだっけ」といった思考であなたの頭の中がいっぱいになってしまい、思考能力と対応能力が著しく低下してしまうのだ。
脳の短期記憶はちょうどコンピュータのメモリのような働きをしている。やるべきこと、気になること、整理されていない事柄のすべてをここに保管しようとする。
一方、あなたの意識はパソコン画面のように、それらの中から特定のことを選び出して注意を向けるものだと思ってほしい。
ただし、一度に選ぶことができるのはせいぜい2つか3つで、片付いていないものは短期記憶に残ったままだ。
ほとんどの人は、脳の短期記憶に抱えきれないぐらいの「気になること」を溜め込んでいる。
例えるならば、メモリの容量ぎりぎりまで使い切ったパソコンで作業をしているようなものだ。
そのため脳に負荷がかかって集中することができない。常に気が散ってしまい、対応能力が落ちてしまうのである。
これは最近の認知科学の研究でも証明されている。脳 に負荷がかかっていると精神の処理能力が阻害され、やるべきことを常時把握しておくのが難し くなってしまうのだ。
こうなると、システマチックな思考プロセスや、信頼できる整理システムこそが頼みの綱になってくる。
本書を読んでいるあなたも、この数分間に別のことを考えてしまったのではないだろうか。それはおそらく、何らかの「気になること」だったはずだ。
あなたの脳のメモリからそれが浮かび上がってきて、「これについて何とかしてくれ!」とあなたに訴えたわけである。それに対してあなたは何をしただろう。何もしなかったのではないか。
そうして思い浮かんだことはすぐに書き留めて、近いうちに必ず見直すことがわかっているシステムに入れておかなくてはならない。
そうでないと、あなたの頭はそれについて心配しつづけてしまい、ストレスは溜まる一方である。
何より問題なのは、今は対処できないことであっても、心がそればかりを考えつづけてしまうことだ。心には過去や未来や締め切りといった概念がない。
あなたが何かをしなければならないと思って脳のメモリに収めた瞬間から、意識の一部は常にそのことを考えつづける。そうしたことのすべてに対して、脳は「早くやらなくちゃ!」という切迫感をもつことになる。
実際のところ、二つのことをメモリに記憶した時点で、すでにまずい状態にあると思ったほうがいい。両方をいっぺんに達成することはできないからだ。
そしてそのことが漠然としたストレスとなってあなたを悩ませるのである。 ほとんどの人は、何らかのかたちでこのような精神的ストレスに常にさらされている。
ただ、 あまりにも長い間そのような状態にあったために、そうしたストレスに鈍感になってしまっている。
いかにひどい緊張状態にあったかに気づくのは、たいていの場合、そのストレスから解放されたときである。
室内でかすかな雑音がしていたが、それが止まるまで気づかなかったという経験はないだろうか。それと同じことだ。
そうした雑音のようなストレスから解放されることは可能だろうか? もちろん可能だ。本書 を読んでいただければ、その方法がわかるだろう。
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