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第1章 そもそも、帝王学とは何か?

目次

まえがき帝王学とは「お金と幸せを結ぶ教養」だ

「ねえ、お金ってどうやったらもらえるの?」 あれは 6歳のときでしたが、幼かった私の素朴な疑問に、曽祖父はこう答えました。

「人を笑顔にすることをしなさい」 最初からお金を儲けようとするのではなく、人が喜んだり楽しんだりすることを一生懸命にやると、自然にお金はついてくるということです。

曽祖父は「お金だけを追い求めていても、結果的にお金も人もついてこない」と教えてくれました。

簡単に言ってしまうと、これが帝王学です。お金と幸せを結ぶ教養を帝王学と言います。それが、我が永田家での定義でした。

この本を手に取っていただき、誠にありがとうございます。著者の永田雅乙と申します。

フードビジネスコンサルタントとして、これまで国内外 19か国、累計 1万 1000店舗以上のプロデュース、コンサルタントを手掛けてきました。

14歳からこの業界に飛び込み、それ以来ほとんど飲食業界で過ごしてきましたが、最初から飲食業やサービス業に興味があったわけではありません。

むしろ、縁も所縁もありませんでした。

そもそも、私に帝王学を教えてくれた曽祖父は、映画業界の人間なのです。

おじいちゃんの膝の上で教わった帝王学 私の曽祖父は永田雅一と言います。

映画会社の大映を一代で築き上げ、一代で潰してしまいました。

世間からは「永田ラッパ」と呼ばれ、毀誉褒貶の激しい人でしたが、私には最高の曽祖父でした。

大映と言っても、今の若い方でしたらわからないかもしれませんね。

戦後の激動期、ヴェネツィア国際映画祭で、日本映画として初めてグランプリを取った「羅生門」や、カンヌ国際映画祭で同じく日本映画初のパルムドールを取った「地獄門」は、大映の作品です。

また、大映出身の「ガメラ」や「大魔神」をご存じの方は多いと思います。

1970年代に映画産業が斜陽になるまでは、東宝や東映、松竹などと並ぶ映画会社でした。

私は永田家の跡継ぎとして、曽祖父にとてもかわいがってもらいました(もちろん曽祖母にも祖父母にも両親にもですが)。

曽祖父は、幼かった私を膝の上に乗せて「いいかい、これが永田家の帝王学なんだよ」と、いくつもの教えを授けてくれたのです。

よく「厳格な父親に帝王学を叩き込まれた」などと表現された文言を目にしますが、実際にはそれくらいソフトな教えです。

帝王学に対して「金持ちのマイルール」みたいなイメージをお持ちの方もいるかもしれませんが、そんなことはありません。お金と幸せを結ぶ原理原則のようなものなので、みなさんにも必ず役立ってくれる思考です。

ちなみに、私は曽祖父を「おじいちゃん」と呼んでいたので、以後はこの本でも「おじいちゃん」と言います。

映画やテレビドラマみたいに「おじいさま」なんて呼んでいませんでした(笑)。

この点もおそらく、みなさんと同じだと思いますよ。

失敗は財産だ

さて、おじいちゃんから教わった帝王学ですが、いきなり「お金と幸せを結ぼう」と言われても、どう行動すればいいかわからないと思います。

そこで本書では、おじいちゃんが私に授けた「人を笑顔にしなさい」という言葉から、帝王学についてアプローチしていきます。人を笑顔にしようにも、最初から完璧にできる人なんていません。

14歳から飲食業界に身を置き、サービス業に従事してきた私は、一流のサービスマンを何人も知っています。

彼らは、目の前におられるお客様の状況や要望などを一目で把握し、次の瞬間にはお客様を笑顔にすることができるのです。

しかし、それができるのは、かつてたくさん失敗してきたからです。失敗した経験のない人は当然、人の痛みがわかりません。痛みがわからない人は、真の喜びをわかることもできないのです。

私はまず、みなさんにこう言いたい。

「どんどん動いて失敗しなさい」と。失敗や挫折を恐れずに行動し、その経験から学ぶこと。これが、帝王学の初歩とも言えるでしょう。

人間らしい失敗を重ねれば重ねるほど、人としての深みが出てきます。

一方で「失敗したくないし、挫折するのが怖いから何もしない」というのは最悪の判断です。帝王学における帝王とは、先導者という側面もあります。PDCA思考すら役に立たないケースが多々あるのです。

そんな状況下で「失敗するのがイヤだからやめておく」なんて言っていたら、永遠に何もできません。私自身、これまでかなり失敗してきましたし、今も失敗の経験を積み重ねています。

具体的なエピソードについては本章に譲りますが、言うなれば「失敗した数が多ければ多いほどお金と幸せを結べる」と言えますし、むしろ「失敗は財産だ」と前向きに捉えましょう。

14歳で飲食業界に飛び込んで得られたもの ところで、私が 14歳から飲食業界で働いてきたと聞いて、みなさん、そろそろ疑問に思ってきましたよね?

14歳と言ったら中学生です。しかも私の家は、率直に言ってしまうとお金持ち。一方で、飲食業には縁も所縁もありませんから、よくある「家業を手伝っていた」というわけでもありません。

中学生が、その必要もないのに、なぜ飲食店で働いていたのか? それは、学校生活に満足できず、自分の手でお金を稼いでみたかった私が、飛び込みで「ここで働かせてください!」と、いろんなお店にアルバイトのお願いをしていたからです。

もちろん、中学生が採用されるはずがなく、それこそトライ&エラーの連続でした。

あきらめかけていたとき、あるイタリアンレストランの経営者に拾われたのです。きっかけは、それだけです。とくに、飲食に思い入れがあったわけではありません。

飲食業界は今もそうですが、当時はなおのこと「見て覚えろ!」だったので、最初は皿洗いや掃除でさえ勝手がわかりませんでした。

飛び込みで入ってきた中学生に丁寧な研修なんてありませんし、パワハラという言葉もなかったので、何かヘマをしたら先輩の拳や灰皿が飛んできます。

そんな中で少しずつ仕事を覚えていき、次第にフロアや厨房の仕事を任されるようになって以来、飲食業界に身を置いて無我夢中でやり続けることができました。

なぜなら、お客様の笑顔を間近で見られるから。

おじいちゃんに教わった帝王学の原則を、肌で感じることができたのです。

飲食業界、とくに現場には、帝王学の基礎が詰まっていました。

私が、どんな気づきを得られたのかも、詳しくは本章でご紹介します。

他人の評価はいっさい気にしない

「失敗を恐れてはいけない」と並ぶ帝王学の初歩として、もう一つお伝えしたいことがあります。それが「他人の評価を気にしてはいけない」です。

私は 16歳で自分のお店を任され、フードビジネスコンサルタントとして独立しました。

応援してくれた方もおられましたが、今でいう「アンチ」はもっと大勢いました。アンチは今もいます。

さすがに、直接からんできたらその限りではありませんが、私はいっさいアンチの評価を気にしません。気にする時間がもったいないからです。

「人を笑顔にすること」を考えた場合、アンチをその中に入れる必要がありません。

私にとっても、そしてみなさんにとっても、笑顔にしたい人はもっと別にいるはずです。

当然、アンチの声はスルーに限りますが、もっと言うと友人からの評価も気にする必要はありません。

よく「友人や知人からどう思われているのか気になる」という方がおられますが、帝王学を身につけた後では、そんなものはきっと気にならなくなるでしょう。

友人というのは、みなさんがそうであるように、あちらも掛け値なしでおつき合いしているはずです。ですから、みなさんを評価してくるような人は、そもそも友人ではありません。

交友関係を広げると、その分、時間を取られ、手間もかかり、それでいて得られるものは少ないので、大事なものが見えにくくなります。

そんなことよりも、大事な人に時間を割いて、丁寧なおつき合いを心掛けましょう。

彼や彼女たちを笑顔にすることを考えてください。

長い「まえがき」となってしまいましたが、永田家の帝王学は「お金と幸せを結ぶこと」であり、それは「人を笑顔にすること」と同意という、非常にシンプルな教えです。

そして、この教えを叶えるためには「失敗を恐れない」「人の評価を気にしない」、この二つを自分の中に根づかせることが大事なのです。

コロナ禍によって、私たちの価値観やライフスタイルは、多大な変化を余儀なくされています。じつは今は、おじいちゃんが日本映画の最盛期を築いた戦後と同じ「激動の時代」なのです。

この本でお伝えする帝王学は、激動期を生き抜くにふさわしい教養と言えます。

本書を読んだみなさんが、一人でも多くの方を笑顔にし、おじいちゃんから授かった帝王学を我がものとすることができたら、著者としてこれ以上の喜びはありません。

第 1章 そもそも、帝王学とは何か?

まずは「失敗や挫折を恐れないこと」から

一般的に、失敗や挫折というと「新しいビジネスを手掛けたが大損してしまった」「一生懸命練習したのに、成果に結びつかなかった」とか、あるいは「大切な商談や面接でやらかした」「努力してつくり上げたものが、世間から評価されなかった」など、さまざまなケースを思い浮かべる人が多いでしょう。

みなさんにも、自分の人生において、多かれ少なかれ失敗や挫折の経験はあると思います。

でも、あとから振り返ってみると〝あの経験があったからこそ今の自分がある〟と解釈できることがありませんか? おじいちゃん(永田雅一)は「失敗を恐れて行動できないことが、人生でいちばんの損失だ」という考え方の人でした。

私は「人生という限られた時間の中では、どれだけ多くの経験を重ねたかが豊かさの指標になる。だから何事も思い立ったら行動しなさい。そのときに、結果を考えながら行動するのはやめなさい」と、いつも言われてきました。

だからといって、何も考えずに行動していいという意味ではありません。でも、それ以上に考えすぎて動けないほうがマイナスだから、とにかく行動という教えです。

たとえば、新しいビジネスを始めるにあたり、計画を練って、データを収集し、失敗しないための施策を考えて、そこから動いて悩み……という、今の時代で言う PDCA( Plan、 Do、 Check、 A c t)を 1周まわすとします。

一方で、すぐ行動を起こせる人は、一般的な PDCAを 1周まわすあいだに、 4周まわしたくらいの経験をします。失敗を恐れている人と比べると、すぐ行動を起こせる人のほうが、 4倍も知識と経験、スキルが身につくということです。

失敗も含め、さまざまな経験を積むことが、人生の豊かさの指標になります。失敗や挫折を経験したら、そこから新たな一歩を踏み出せばいいだけです。

失敗や挫折の真っ只中は本当に苦しいものですが、どの視点で物事を見るかが重要なのです。

今、目の前で起きていることが失敗に見えたとしても、 10年、 20年の長いスパン、さらに人生という視点で見ると、それは失敗ではないと言えることがほとんどでしょう。

繰り返しますが、帝王学においては動かないことがいちばんの損失です。

動いた上での失敗や挫折など、あとでいくらでもリカバーできますが、動かなければそもそも始まりません。動かないことを恐れるべきで、失敗や挫折を恐れる必要はないのです。

さらに「そういった経験」から何を学ぶか

おじいちゃんが築き上げた映画会社の大映は、昭和 46年( 1971年)に倒産してしまいました。

一時代を築いた映画会社の倒産は大事件ですが、おじいちゃんは晩年「あのとき倒産して本当によかった」とよく話していました。なぜか。

倒産したことで、人生において大切なこと、大事にしていたことを、ようやく思い出せたからだと言うのです。

昭和 20( 1945)年に大映株式会社が誕生して以降、昭和 20年代は苦労も多かったけれど、戦後の日本を映画という娯楽で、多くの笑顔で満たそうという思いだけだった。

そうしたら、いつの間にか大映という会社は大きくなり、リーディングカンパニーとなり、自分は金持ちになり政治的な力を手に入れていた……。

やがて昭和 30年代に入り、自身の地位が確固たるものになったときには、得た金をどう増やすか、力をどうやってもっと強めるかという視点に変わっていった。

そして昭和 46年に倒産するまで、およそ 10年かけて、大映は倒産に向かっていました。地位も金も力も手に入れた昭和 30年代、お金という指標で見たら、おじいちゃんは成功者そのものです。

でも、おじいちゃんにとっては、むしろ苦労が多かった昭和 20年代のほうが、ピュアな気持ちで映画に向き合っていた時代であり、お金は伴っていなかったけれど成功だったのです。一般的に、成功を収めたとされている昭和 30年代は、終わりの始まりにしか過ぎません。

金や力に思いを集中し、映画という娯楽で世の中を笑顔にしようというピュアな思いを見失っていたのですから。

昭和 46年に大映が倒産し、世間では「永田ラッパは終わった」と言われていましたが、おじいちゃんの解釈では、倒産が成功の始まりであり、自分の人生を成功で終わらせることができたと考えていました。

倒産によって、人生において大切なこと、大事にしていたことを、ようやく思い出すことができたからです。帝王学では、倒産さえ、人生の学びに昇華することができるのです。

帝王 =先導者。ゆえに挫折や失敗が宝になる

倒産をまたぐおよそ 10年間に、おじいちゃんは「君よ憤怒の河を渉れ」(昭和 51年/ 1976年公開)をはじめ、 4本の映画を製作しました。

この時代、おじいちゃんは〝映画で人を笑顔にしたい〟という初心に立ち戻り、ピュアな気持ちで向き合っていたため、映画ファンのあいだで今なお愛される作品を残せています。

昭和 30年代に、金と力を持ったことでゆがみが生じたものの、倒産という大きな失敗と挫折を経て原点に立ち返ることができたので、晩年は豊かなものになりました。

おじいちゃんほどダイナミックな乱高下ではないものの、みなさんの人生においても、大なり小なり成功も失敗もそれぞれあるでしょう。

でも、絶好調のときこそ原点回帰して、本来の自分の軸を思い出すべきだし、苦しいときこそ俯瞰して自身を見つめてください。

その上で、苦しいときは成功の始まりであり〝人生を豊かにするエッセンスを持てた〟と考えるべきです。

人生という長いスパンで見たとき、失敗も挫折も宝物になるのだということを、ぜひ覚えておいてください。

前例なきものに挑む者に PDCA思考はない

失敗や挫折を恐れるなと言っても、前例がないことを手掛けるのは難しいものです。そんなときに計画を練ることを否定しませんが、今の日本における事業計画は所詮、絵にかいた餅です。

失敗しないために調査をし、データを収集しているだけのように見えてなりません。失敗を恐れた PDCAになっているのです。

PDCAよりも、欧米で主流となりつつある OODAのほうが有意義です。

OODAとは、 Observe(観察)、 Orient(状況判断、方向づけ)、 Decide(意思決定)、 Act(行動)を意味しますが、これはまさしくおじいちゃんの考え方と同じで、思いついたらまず行動ということ。

行動を起こせば、良くも悪くも結果をつきつけられますし、それを検証し、次の行動を起こすようになります。つまり、行動 →結果 →その結果をもって新たな行動・挑戦 →また何かしらの結果が得られるのです。

行動と結果を繰り返す中で、経験値を上げ、次の糧にする力がついていきます。そうして経験値を上げると、糧にする速度も上がっていきます。

先導者 =ファーストペンギンという表現が妥当かもしれません。ペンギンは群れをなし、シャチやオットセイなど天敵がいる海で魚を捕って生きています。ですが、天敵を恐れて海に飛び込まなければ飢え死にするだけです。

でも、どのペンギンよりも先に海に飛び込めば、そこには豊かな食べ物が待っている――ファーストペンギンになることを厭わないことです。

失敗や挫折を恐れず、思い立ったら、感じたら、すぐに行動しましょう。思考よりも直感を優先させるべきです。あれこれ悩めるのは豊かな証拠で、平和に暮らせているということです。

戦時下においては、生きることが最優先となります。保障された安全な場所もないまま、次の食料調達を考えているとき、悩んでいるヒマなんてありません。

「ランチに蕎麦を食べようか迷う」「気になるスイーツがあるけれどいつ行こうかな?」「運動不足だけどどうしよう」など、今は豊かで平和な悩みがあふれすぎています。

ランチは蕎麦がいいなら行けばいいし、食べたいスイーツがあるなら日取りを決めればいいし、運動不足だと感じているなら、一駅手前で降りて歩けばいいだけです。

まず行動を起こすことは、決して難しいことではありません。

先導者とは、他人の役に立てる人のことを言う

ファーストペンギンは先導者ですが、自分がいちばん豊かな食べ物にありつくためには独占しないと、すべての魚を食べることはできません。でも、はたして豊かさを独り占めすることが成功なのでしょうか。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」と言われる通り、うまくいっているときこそ謙虚な気持ちを忘れてはいけません。

なぜなら人間は、一人では生きていけないし、まわりにいる多くの人たちのおかげで生きていけている感覚は、いつまでも持ち続けるべきだからです。

とくに、成功して驕っているときには、謙虚さを忘れてしまうものです。

おじいちゃんだったら、金や力に捉われて、映画を観てくださる人のおかげで自分があるという原理原則が抜けていた時代がありました。

私が身を置く飲食業界でも、似たようなことが多々あります。

飲食店は多くのお客様が食事をしに来てくださり、お酒を飲みに来てくださり、お茶をしに来てくださるから、お店が成立しているということを、絶対に忘れてはならないのです。

仮に、自分の店が予約の取れない繁盛店になったとき「たくさんのお客様が来てくださってありがたい」という気持ちよりも「自分たちが食わせてやっている」とか「うちに来られてよかったね」という気持ちのほうが勝る店は、やはり長くもちません。

私が予約の取れない繁盛店のオーナーだったら、予約してまで来てくださるというありがたさと同時に、ほかの方の予約をお受けできない申し訳なさを感じます。

先導者として成功を手に入れたいなら、まず感謝することです。あとから追随する人たちの笑顔は、自分の笑顔の下支えになります。

誰だって「ありがとう」と声をかけてもらえたり、感謝されたりすると、人生の次のステップに進む原動力になります。

多くの方々の笑顔は、結果的に自分たちの笑顔につながっていくものです。ファーストペンギンになるのは、自分の人生を豊かにするチャンスなのです。

自己中で OK。だからこそ先導者になれる

「うまくいっているときこそ謙虚さと感謝の気持ちを」と言っているのに、一方で「自己中で OK」は矛盾しているように感じるかもしれません。

でも、私の言う「自己中」は、自分勝手で協調性は不要という意味ではなく「自分の人生の真ん中に自分を据えて、自分を満たしてあげる」という意味です。

そもそも日本人は「人に迷惑をかけちゃいけない」と教わってきていますし、利他の精神が美徳とされています。でも、まずは自分が満たされていて、日々を笑顔で暮らすことができていないと、そういった精神は形だけのものになりがちです。

まずは「ありがとう」「ごめんなさい」「おはよう」という、ごくごく基本的な気遣いや挨拶ができる環境を自身で整えていないと、他人の役には立てません。

利他の精神を美徳とする考えは、もう十分どこかで聞いてきたことでしょう。

ぜひこの本からは、まず自分を満たして、自分を笑顔にする、自分にゆとりがあるからこそ人の役に立てるのだという考え方を身につけてほしいです。

自分軸で考え、他人からの評価は気にしない

先導者として新規のビジネスなどをスタートさせる際、そのときの価値観や倫理観とズレていることがあって、他人から批判されることも多いものです。でも、そんなのは無視しましょう。

価値観は移り変わりゆくものですから、 1秒でも前の価値観は古いと思って問題ありません。多くの日本人が、他人からどう見られているかを気にしすぎです。

「これをやったらほかの人にどう思われるだろう」とか「この事業にチャレンジしたらどんな評価を受けるだろう」などと、そんな他人軸の考え方が、行動に移せない主な原因でしょう。

他人軸ではなく自分軸。つねに自分を真ん中に置いて、自身の価値観に則って判断し、決断すべきです。

もっとも、自分を批判する人にばかり目がいきがちになるのもわかります。批判する人の声のほうが、大きく聞こえてしまうのが人間ですから。

でも、必ず支持してくれる人もいますし、賛同してくれる人だっているはずです。批判的な意見は、冷静に耳を傾ければ役に立つこともありますが、それに翻弄される必要はありません。

そんな批判よりも「自分のことを好きだ」という人のために働くべきで、自分を嫌いだという人にカマっているヒマはないはずです。

自分軸で自分を中心にして、自分を応援してくれる人のためにがんばると、自分の心も満たされて豊かになります。そして、満たされていればいるほど、失敗や挫折を恐れなくなります。なぜなら、失敗したとしても〝自分はダメな人間だ〟とは思わなくなるからです。

「人を笑顔にする仕事をしなさい」の真意とは?

おじいちゃんは、私にたくさんの言葉を遺してくれています。

自分が絶好調だったり多忙を極めていたりすると、つい頭から離れることもありますが、ターニングポイントでは必ずおじいちゃんの教えに戻ります。

なかでも繰り返し言われ続けて、いつ何時も忘れたことがないのは、まえがきでも紹介した「人を笑顔にする仕事をしなさい」という言葉です。

「人を笑顔にする仕事をしなさい」「どんな仕事でもいいから、関わる人たちを笑顔にしなさい」 これは私にとって、本当に深すぎる言葉となっています。「関わる人たち」と一口に言っても、かなりの人数となります。

飲食店だったら、まずお客様を笑顔にするのが仕事です。

接客する中で料理をお出ししたりしながら喜んでいただきます。

するとお店の売り上げが上がりますが、そこには一緒に働く仲間たち、食材を運んでくれる納入業者さんも含まれ、会うことはめったになくても、生産者の方も関わってきます。

もっと言えば、通勤に利用する交通機関で働く人も含まれてくるので、ほとんど身のまわりにいる人すべてが「関わる人たち」となるのです。さらに、そうした方々の家族も「関わる人たち」に入ります。

たとえば、お店のスタッフが楽しく働けていれば、彼らは毎朝、笑顔で出社するし、帰宅後もいい雰囲気が続いて、スタッフを通じて家族全員が笑顔になれます。

子どもが親の仕事を「大変だ」と思うのは、親が辛そうに働きに出て、疲れ切った顔で帰ってくるからです。

でも、もし親が、いつも笑顔で働いていたらどうでしょう? いかに「人を笑顔にすること」が深いテーマか、おわかりいただけるかと思います。

若いころは視野が狭かったので、私はおじいちゃんの言葉を「お客様を笑顔にするのが仕事だ」と解釈して、自分はその通りにできていると思っていました。

でも、それでは不十分でした。

私がお客様を笑顔にするために 100%の力を注いでいても、一方でダラダラしているスタッフに「テキパキ働け!」なんて文句を言ったりして、かなりキツイ振る舞いをしてしまいました。

すると、辞めていくスタッフが出てきたりして、全体のモチベーションが落ちて陰口を叩かれたりします。

そのときは「あいつらサボりやがって、悪口を言いやがって」と思うのですが、スタッフ同士の連携が悪くなってくると、お客様の笑顔を奪うことになるのです。

そこでようやく、スタッフも笑顔でいてくれることが、いかに大切かということにも気づきました。

無関係に見える人でも、じつはつながっている

私は 1990年代に飲食業界に入りましたが、多くの先輩やシェフたちが、出入り業者さんを下に扱っていたのを見てきました。

たとえば、業者さんから見積書が出てきたら「こんなの払えるか!」と言って目の前で破ったり、キックバックを要求したり……。

本当に最低ですけど、業者さんに対して「こっちが金を払ってる客だぞ」というスタンスの先輩が非常に多かったのです。

当時は「そういうものなのかな」と思っていましたが、あるとき「近江商人と三方よし」という言葉を知りました。

これは「売り手によし、買い手によし、世間によし」という考え方で、お客様はもちろん、一緒に働いている仲間たち、納入業者さんもみんなが笑顔になって、やはり自分も笑顔になるという、商売についての教えです。

この言葉を知ったとき、おじいちゃんの「人を笑顔にする仕事をしなさい」という言葉が、私の中で一気に輝き始めました。

それからは、業者さんへのひどい振る舞いをしている先輩に意見して、生意気だと殴られたこともあります。

でも、もし私が精肉店の従業員で、いくつかの飲食店に肉を納入している立場だったら、同じランクでいい状態の肉は、やはりいい人がいる店に分けると考えたのです。

もっとも、それを先輩たちに言ったところで、否定されるだけですからムダです。

だから、自分で商売をするときは、感謝の気持ちを持って接しようと決めました。

たとえば、真夏に重い荷物を運んできてくれたのなら、冷たい麦茶の 1杯も出そうと。そんなことを考えながら出勤していた途中のことです。

電車が遅延してしまい、駅員さんが乗客から怒鳴られている光景を目にしました。

もちろん、駅員さんが遅延を発生させたわけではないのですが、一方で、ふと電車が定刻で運行しているから、私は通勤できているのだと気づきました。

そのとき、一見、無関係に見える人も、すべて関係があると思い知ったのです。「関わる人たち」は、事業が大きくなればなるほど増えていきます。ですが、関わる人たちを笑顔にしていると、私に嫌がらせをする人は出てきません。

新たに店をオープンすれば、お客様として来ていただけますし、それに心から感謝することで好循環が生まれていきます。

不幸なことは起こりにくくなるし、何より人の笑顔が生まれるところには、結果としてお金がついてきますから。

笑顔とお金を結ぶ帝王学の実践については、あとの章で詳しくお話ししますね。

明治生まれの考えが、なぜ令和の今に響くのか?

明治時代と令和の現代では、インターネットの有無をはじめ、インフラが大きく異なります。

生活習慣はもちろん、食生活だって大きく変化しましたが、人が人と関わりながら生きていくという大前提は変わっていません。

飲食業界は流行り廃りが激しいのですが、私はこの飲食業界コンサルタントとして、 2023年で 30年を迎えます。

なぜ 30年もの長期間、私が業界の最前線に居させてもらえるかというと、普遍的なものを大切にしているからだと考えています。

タピオカが流行ろうがマリトッツォが流行ろうが、それは扱う品目に過ぎません。

ご来店されたお客様に、笑顔になっていただくことが、我々の仕事だと思っています。

食べ物のトレンドは変化しても、私は「お客様を笑顔にするためには、現場で働くスタッフが笑顔でなければならない」という原理原則に従って、コンサルタント業務を遂行しています。まわりの人たちが笑顔で満たされたとき、自分の人生も笑顔になります。

「人を笑顔にする仕事をしなさい」という、明治生まれのおじいちゃんの言葉は、本当にタイムレスなのです。

人との関わりもそうです。

たとえば、かつて Facebookや Twitterなどの SNSが急速に普及したとき、すごい時代が来たと思いませんでしたか? SNS以前は、日記の延長であるブログが人々の共感を呼び、それが Facebookで気軽に日常を発信できるようになって、 Instagramで写真中心になり、 TikTokで動画……。

時代が大きく変わっているような気にさせられますが、これはただ技術が発展して、人とのつながり方(ツール)が変化しているだけですよね。

店の認知を広げるために、かつてはビラ配りを重要視してきましたが、現代では SNSに投稿すれば済みます。

形や手法は時代とともに変化しても、目的は変わりません。

イヤな人との出会いすら、貴重なことだってあります。

現代はパワハラと言われるリスクがあるので、かつてのような厳しい上司が減っています。

でも、厳しくされている当時は、本当にイヤな上司だと思っていても、何年か経って振り返ると、あの上司のおかげで自分は鍛えられたと思うかもしれません。

コトの本質は、いつの時代も不変です。ツールや手段など変わっていくものがあっても、変わってはいけないことは必ずあるのです。

言うことは聞かない、でも歯向かわない

おじいちゃんは、金と力を持った昭和 30年代のイメージが強いので、団塊の世代以上の方々には、永田雅一 =怖い人、高圧的な人というイメージが強いかもしれません。

ただ、不毛な喧嘩はしない人でした。

基本的には感情豊かな人でしたが、非常に合理的なのです。

合理的というのは、自分がこうだと思ったら他人の意見は聞かないし、自分を批判する人には喧嘩を挑まないということです。

つまり「俺を批判するやつは俺に関係のない人間だ」「俺のことを嫌いなやつにカマっているヒマはない」という考えなのです。

歯向かわないというと、我慢するイメージを持つ人もいるかもしれません。

ですが、決して我慢しているわけではなく、自分を否定してくる人間と関わっている時間はもったいないということです。

帝王学では、人づき合いにおいても時間を大切にします。人づき合いは、お互いの価値観が合うか合わないかで決まります。

でも結局、人の価値観は十人十色です。自分とまったく同じ価値観の人はいません。もちろん友人とは、価値観が似ていることが多いはずです。

次図のように、価値観を円で示すと、お互いに重なった部分が多ければ多いほど、その人とは似た価値観を持っていることになります。

最初は、小さな重なりかもしれませんが、つき合いが続けば徐々に重なり合う面積が増えていく人もいます。そういう友人は、時間をかけて大切にしたいですよね。

また、いくら価値観が似た友人であっても、自分とは価値観が合わない部分はあります。色々な価値観があることを知ることで、人生は楽しくなるのです。

一方で、自分とまったく価値観が合わない人がいます。そういう人から批判されたり、嫌われたりしても、気にする必要はありませんし、その時間がもったいないだけです。むしろ、まったく円が重ならないのですから、そうなるのが自然です。

おじいちゃんのように「自分には関係ない人だから、カマっているヒマはないな」と、合理的に受け流してください。

大事なのは自分で考え、感じること

タピオカ、マリトッツォ、フルーツサンド、塩パン……。

飲食業界にはわかりやすいトレンドも多いので、たとえばタピオカが流行っていたらすぐ店をオープンさせれば、ビジネスチャンスだと思う人もいるかもしれません。

それは、短期的に見たら有効かもしれませんが、私は〝自分がないビジネス〟はもたないと考えています。それよりも、自分がこれだと思うことを、未熟でも行動に移していくほうが学びは多く、意味があります。

自分がやりたくてやっていることは、やらされ仕事ではない分、機微を感じることができます。そして、自分で考えて、自分で行動を起こすと、世の中の流れがより見えるようになってきます。

自分のビジネスが正解かどうかを判断するには、学びや経験の中から感じることも必要なのです。

人気が出てきてお客様が増えてくると、いかに効率よく稼ぐかが念頭になり、小手先で勝負する飲食店も出てきてしまいます。ただ、お客様の存在が真ん中にない施策は、必ず綻びが生じます。

飲食業界に限らず、どんな業界でもよくあることでしょうが、売り上げが伸びてくると、もっと、もっとと利益ばかりを追いかけるようになってしまいます。

そうするうちに、創業時の思いが薄れてきて、中途採用者が増えてくる中で、会社の成り立ちや思いは、さらに共有されなくなります。

やがて、目の前の売り上げを達成することばかりが優先され……そのとき必ず、お客様を裏切ることになるのです。自分で考え、感じるというのは、失敗を恐れないことも含めて、まず自分から動くことです。

次に、他人の評価は気にせず、自分軸で考え行動し、自身を満たして、人を笑顔にする仕事をする――。それがすぐではないとしても、結果としてお金がついてくるでしょう。

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