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第 16章 21世紀の新しい睡眠──もっと充実した睡眠ライフのために

寝不足は緩慢な自殺であるという事実を認めたら、次にできることは何だろう? どうすれば今の状況を変えることができるのだろうか? 私が考える解決策は、2つの段階に分かれている。

第一に、まず睡眠不足の問題がここまで根強い原因を解明すること。そして第二に、あらゆる「てこの支点」で変化が起こるようなモデルを構築することだ。

この問題に、魔法の万能薬は存在しない。そもそも、睡眠不足がここまで蔓延している理由も1つではないからだ。

図 17は、私が考える未来の睡眠のあり方だ。

個人から社会まで、あらゆるレベルを「てこの支点」として活用し、それぞれの支点で変化を起こしながら、新しい睡眠のあり方を社会全体に広げていく。

目次

テクノロジーを最大限に利用する

個人の睡眠を増やすには、2つの方法が考えられる。

1つは受け身的な方法で、個人がすることはとくにない。そのため、こちらの方法のほうが望ましい。

そしてもう1つは、能動的な方法で、個人の努力が必要になる。

現実的な方法はいくつか考えられる。

同僚の多くは、寝室にテクノロジーをもち込むことで睡眠が阻害されていると主張する。私も同意見だ。本書でも、たとえば LEDの光を出すデバイスを夜に見ることの悪影響に言及している。

そこで睡眠の専門家の多くは、睡眠を完全にアナログにすることを提案する。しかし、私はこれには賛成できない。

テクノロジーを敵に回すのは得策ではない。そもそも、その戦いに勝ち目はないからだ。むしろこの便利な道具を活用するべきだ。

おそらく 3年後から 5年後には、個人の睡眠を記録するデジタル機器が登場しているだろう。安価で、使いやすく、しかもかなり正確に睡眠パターンと概日リズムを計測してくれるはずだ。

もちろんこのデバイスは、家庭内のネットワークとつなぐことができる。今これを書いている時点で、すでにそれを行っている人もいる。

この装置から、2つの可能性が開けてくる。1つは、別の部屋に眠る家族全員の睡眠を記録できること。エアコンなど部屋の温度を調節する機器とネットワークでつなぎ、寝室の温度も記録する。

装置には学習アルゴリズムも組み込まれていて、室温と睡眠の質の関係を学習し、やがてエアコンに正しい温度を教えるようになる。

眠りの質を決める要素はたくさんあるが、中でも温度はカギになる要素の1つだ。

さらに、自分の自然な概日リズムを装置に学習させ、そのリズムに合わせて自動で室温を変えることも可能だろう。

現在のエアコンでは、寝ている間に温度を変えることはできない。しかしこの新しいシステムでは、自然な眠りのリズムに合わせて室温を変えることができる。

しかも、私たちは何もしなくていい。すべて機械におまかせだ。

これで私たちは、寝つきがよくなり、トータルの睡眠時間が長くなり、家族全員が、オーダーメイドの睡眠環境を手に入れることができる。

この装置のもう1つの使い道は、部屋の照明と関係がある。現代人の多くは、夜に人工の光を浴びすぎるという問題を抱えている。とくに青色 LEDの光が問題だ。

そう遠くない未来に、 LED電球専用のフィルターが開発され、人間に届く光の波長をコントロールできるようになるだろう。

時間によって、覚醒効果のある青い光を出したり、メラトニンの生成を抑えない黄色い光を出したりできる。

これを、私たちの概日リズムを把握している睡眠追跡デバイスと組み合わせれば、家中の明かりをカスタマイズできる。

もちろん、電球もホームネットワークに接続されている。

LED電球だけでなく、タブレットやスマートフォンの画面を光らせる LEDも、それぞれの個人の自然な睡眠パターンに合わせて、発する光の波長を変えるのだ。

部屋を移動しても、行った先の部屋にある光があなたに合わせて変わるので問題ない。

身につけたデバイスから、あなたの生体情報がつねに他の機器に送られるので、どこにいても完全にカスタマイズされた環境に身を置くことができる。

そして正しい時間にメラトニンが分泌され、自然に眠りに就くことができる。

これは完全にカスタマイズされた睡眠医療だ。

そして朝が来たら、今度は室内を覚醒効果のある強いブルーライトで満たす。

こうすれば毎朝すっきり目覚め、前向きな気分で 1日を始められるだろう。

また、時差ボケの解消にも有効だ。

旅行に持っていく LED、つまりスマホ、タブレット、ノートパソコンなどの光も活用し、睡眠と覚醒のリズムを調整すればいい。

この方法には、さらにたくさんの応用が考えられる。

朝の通勤時間に、自家用車内をブルーライトで満たしたら、頭がすっきり覚醒するだろう。

このテクノロジーは、冬の朝はほぼ真っ暗な、緯度の高い地域に暮らす人にとってはとくに有効だろう。

また、職場でも自宅と同じように明かりを調整することができる。

そのような変化でどれほどの利益があるのかはまだわからない。

しかし、睡眠にはうるさい NASAは、すでに似たようなテクノロジーを活用している。

国際宇宙ステーションに暮らす宇宙飛行士は、時速 3万キロ近くで宇宙空間を移動し、 90分から 100分で地球のまわりを 1周する。

その結果、彼らは「昼間」をおよそ 50分経験し、そして「夜」をおよそ 50分経験している。

1日に 16回の日の出と日の入りを見ることはできるが、睡眠と覚醒の自然なリズムは完全に乱れてしまう。

このままでは、重度の不眠症と眠気に襲われるだろう。

地上の仕事で失敗をすれば、ボスに怒られるかもしれない。

しかし、宇宙空間に浮かぶ金属のチューブの中で、何億ドルものコストがかかっている仕事をやり損なうと、結果はボスに怒られるどころではすまされない。

この問題を解決するために、 NASAは数年前から大手電機メーカーと提携し、まさに私が提案したような電球を開発した。

宇宙ステーションいる宇宙飛行士たちに、地球と同じ 24時間サイクルの光と闇を届けるのが目的だ。

これで彼らの睡眠と覚醒のリズムが整い、疲労が原因のミスを減らすことができる。

ただし、ここで使った特殊な電球の製造コストは、 1個あたりおよそ 30万ドルもする。

しかし、現在は多くの企業が、この種の電球の量産を目指して研究開発にとり組んでいるところだ。

いずれ普通の電球とそれほど変わらない価格で手に入るようになるだろう。

そうすれば、ここで提案しているような多くの可能性が現実になる。

少しずつ習慣を変える

次に、個人の努力が必要な方法について見ていこう。こちらは導入がかなり難しいかもしれない。

人間の習慣は、一度確立してしまうとなかなか変えることができない。

これまでの新年の誓いを思い出してみよう。

その中に実際に守れたものはあるだろうか? 食べすぎない、定期的に運動をする、タバコをやめる。誓いを守ったほうが健康にいいとわかっているのに、それでも守れない。

しかし、それでも私は楽観的だ。いくつかの解決策で、睡眠に大きな変化を起こすことができるだろう。

まずは、本、講演、テレビなどを活用し、人々に睡眠について教育する。私は毎年、 400 ~ 500人の学部生を相手に、睡眠の科学を教えている。そして授業の初日と最終日に、匿名で睡眠に関するアンケートを採っている。

初日と最終日の生徒の睡眠時間を比較すると、平均して 42分増えているのだ。たいした違いではないと思うかもしれない。

しかし週に換算すると 5時間増えたことになり、 1学期では 75時間も増えたことになる。しかし、これだけではまだ足りない。

私が教えた学生たちの大部分も、いずれは昔の不健康な習慣に戻ってしまうだろう。

ジャンクフードを食べると肥満のリスクが増大するという事実を、どんなに科学的な証拠を交えて説明されても、それだけでクッキーよりもブロッコリーを選ぶようにはならない。

知識だけでは不十分だ。それ以外の方法が必要になる。

健康的な習慣を定着させる1つの方法は、自分自身のデータを見ることだ。心血管疾患の分野での研究が参考になる。

心血管の疾患があり、生活習慣の改善を指導された患者に、自分の健康状態を確認できる機器をわたすと、指導を守る確率が上昇するのだ。

高血圧の人は、毎日血圧を測って記録する。減量を指導された人は、体重を量って BMIを記録する。禁煙を指導された人は、肺活量を測って記録する。

そうやって自分の進歩を目で見て確認すると、いい習慣を続けるモチベーションになる。

彼らの 1年後、さらには 5年後を追跡調査すると、大部分の人が改善された習慣を守っているという。

自分を数値化するということにかんしては、「百聞は一見に如かず」という諺があてはまるようだ。

また、自分の睡眠をモニターするウェアラブル端末(自分の身につけるデジタル機器)もどんどん生まれてきている。それを使えば、自分をデータ化するという方法を、睡眠にも応用することができるだろう。

スマートフォンを活用すれば、自分のあらゆる情報を 1ヵ所で管理することができる。

1日の歩数、歩いた時間、運動の強度などの活動、光を浴びた記録、体温、心拍数、体重、食事、仕事の生産性、気分といったデータを見て、それを自分の睡眠と関連づける。

そうすれば、自分の心身の健康が、睡眠と直接的に関係していることが理解できるだろう。

適量の健康的な食事をして、たっぷり寝た翌日は、頭がすっきりして、機嫌がよく、ポジティブで、人間関係もうまくいき、仕事の生産性も上がるということが、データとして見える化されるのだ。

これを毎日、毎月と続け、そして最終的には毎年続けていけば、多くの人の睡眠習慣が改善するだろう。

いきなり理想を実現できるとは思わないが、しかし睡眠時間が一晩に 15 ~ 20分増えるだけでも、生涯の健康リスクは激減する。

国家レベルで実行すれば、数兆ドルものコストを節約できる。

見返りは他にもまだまだあるだろう。

現在の医療は病気の治療が中心になっているが、睡眠不足を改善することで、予防を中心とする医療に変わっていけるかもしれない。

予防は治療よりもずっと効果的だ。それにお金もはるかにかからない。

または、医療の改革をさらに 1歩進めることもできるかもしれない。

現代の医療は、現状を分析するだけだ。

これがあなたの睡眠パターンで、これがあなたの体重です、というように。

しかしこれを、未来を予測する医療に変えられるのではないだろうか? たとえば喫煙では、このままタバコを吸い続けたらどうなるかを予測するようなアプリが、すでに開発されている。

アプリをスマートフォンに入れ、自分の顔の写真を撮り、 1日の喫煙本数を入力する。そして、喫煙による外見の変化に関する科学的なデータをもとに、喫煙を続けた場合のあなたの顔を予測する。

この同じ方法が、睡眠でも使えるはずだ。

しかも外見の変化だけでなく、脳内や体内の変化も見られるようにする。

たとえば、このまま睡眠不足の生活を続けると、アルツハイマー病や何らかのガンを発症するリスクが高まる、というように。

男性であれば、睾丸が縮小する、男性ホルモンが減少するといったリスクを画像で見せられると、睡眠不足の怖さが身にしみて理解できるだろう。

また、体重増加、糖尿病、免疫力の低下、感染症といったリスクも見える化できる。

睡眠の記録をとることで、インフルエンザの予防接種を受けるタイミングも知ることができる。

1週間の睡眠時間の合計で判断するのだ。

第 8章でも見たように、予防接種を受けるまでの 1週間で平均して 4時間から 6時間しか寝ていなかったら、抗体をつくる能力が通常の半分以下まで落ちている。対して平均して 7時間以上寝ていれば、予防接種の効果を最大限に生かすことができる。

アメリカのインフルエンザによる社会的なコストは、年間で 1000億ドルにもなる。

直接的な損失が 100億ドルで、生産性が落ちるなどの間接的な損失が 900億ドルだ。このシステムがあれば、予防接種の効率化で病院の負担はかなり小さくなる。

それに、患者数が減れば、生産性の低下などの間接的な損失も数十億ドル単位で減少する可能性がある。そして浮いたお金は、このシステムの充実のために再投資できるだろう。

教育システムを変える

この 5週間で、私は同僚、友人、家族を対象に非公式のアンケートを実施した。彼らの中には、アメリカ人もいれば、私の祖国であるイギリスの出身者もいる。

さらに、スペイン、ギリシャ、オーストラリア、ドイツ、イスラエル、日本、韓国、カナダの出身者にも参加してもらった。

私が知りたかったのは、彼らがそれぞれの国で子どものころに受けていた健康教育だ。

正しい食生活の指導は受けたか? 98%が「受けた」と答え、教わった内容のいくつかをまだ覚えている人もいた。

ドラッグ、アルコール、安全なセックス、妊娠や出産についての授業はあったか? 87%が「あった」と答えた。

運動の大切さを学校で教わったか、または、体育の授業で毎週何らかの運動をしていたか? この質問の答えは、 100%が「イエス」だった。

しかし、同じ人たちを対象に睡眠教育について尋ねると、それまでと正反対の結果になった。

睡眠について学校で何かを教わったと答えた人は、 1人もいなかったのである。

健康に関する授業があったという人でも、睡眠の大切さについては何も教わっていない。

彼らの体験が一般的だとしたら、学校は睡眠について何も教えていないということになる。私たちは何世代にもわたって、睡眠不足の危険を子どもたちに教える義務を怠ってきたのだ。そのため彼らは、睡眠不足が自分の身体に与える短期的、長期的な影響を、まったく知らずに過ごしている。

私はできることなら、 WHOと協力し、全世界の学校で簡単に導入できる睡眠教育プログラムを開発したいと思っている。

ここでの目標は2つだ。

1つは、子どもたちの人生を変えること。そしてもう1つは、睡眠の大切さを知った子どもたちが大人になったら、今度は自分の子どもたちに睡眠の大切さを教えることだ。こうすれば、家庭の中で礼儀や道徳を教えるように、睡眠の大切さを次の世代に伝えていく文化ができあがるだろう。

医療面での効果もある。

未来の世代は、寿命が延びるだけでなく、より大切な健康寿命を延ばすことができるだろう。

睡眠教育を実施するコストは、睡眠不足が引き起こす世界規模の損失に比べればまさに微々たるものだ。

あなたが組織や会社の代表者、または慈善活動に興味ある個人で、この活動に協力したいという気持ちがあるなら、ぜひ私に連絡してもらいたい。

組織を変える

職場の睡眠改革について、私から3つの提案がある。

第一は、社員のための改革だ。

5万人近くの従業員を抱える大手保険会社のエトナは、睡眠追跡装置の記録を基準に、たくさん寝た社員にボーナスを出す制度を始めた。

エトナ会長兼 CEOのマーク・ベルトリーニは言う。

「仕事に 100%集中し、よりよい決断を下すことは、私たちのビジネスの基本である」。さらには、「頭が半分寝ている状態でいい仕事はできない」とも言っている。

7時間睡眠を 20日間続けたら、一晩につき 25ドルのボーナスがもらえる。1年で最高 500ドルまでもらうことができる。

このシステムに疑問をもつ人もいるだろう。

しかし、私生活も含めて社員の健康のために投資することには、思いやりの意味だけでなく、経済的な意味もある。ベルトリーニはおそらく、投資の見返りは十分にあるということを知っていたのだろう。

睡眠を十分にとった社員は、生産性、創造性、勤労意欲、エネルギー、効率性が向上する。幸福感については言うまでもない。

社員の睡眠を大切にする会社は、誰もが長く働きたい会社だ。ベルトリーニは経験からわかっていた。

1日に 16時間から 18時間も働いていると、社員はすぐに燃え尽きてしまう。社員を消耗品のように扱っていると、生産性も下がるばかりだ。病欠が増え、士気は下がり、そして離職率は上昇する。

私はベルトリーニの制度を全面的に支持するが、少しだけ変えたいところもある。ボーナスという金銭的な報酬ではなく、休暇を増やしてはどうだろうか。

多くの社員は、数十ドルから数百ドルのお金よりも、休暇のほうが嬉しいはずだ。私なら、「睡眠ポイントシステム」を採用したい。

睡眠時間をポイントに換算して貯め、お金か休暇のどちらかと交換できるというシステムだ。しかし、ただ睡眠時間を貯めればいいわけではない。

すでに見たように、大切なのは十分な睡眠を継続的にとることだ。7時間から 9時間の睡眠を毎日続けること。平日に負債を貯め、休日に一括返済するという方法は認められない。このシステムでは、トータルの睡眠時間だけでなく、継続性も評価の対象になる。

不眠症の人も、このシステムでペナルティを受けることにはならない。

むしろ、自分の睡眠をデータ化することで問題を自覚し、さらにスマートフォンを使った認知行動療法を受けることができる。

そして不眠症の治療を受けることも、睡眠ポイントと同じように扱われ、ボーナスや休暇と交換することができる。

第二に、勤務時間を柔軟にすることを提案したい。

午前 9時から午後 5時までと厳格に決めるのではなく、社員の都合に合わせて出社時間や退社時間を決められるようにする。

大切な連絡などのために全員が会社にいる時間をあらかじめ決め(たとえば 12時から午後 3時など)、あとは自由に決めてもらう。

本書の初めのほうでも見たように、人にはそれぞれの「クロノタイプ」がある。

簡単に言えば、朝型か、それとも夜型かということだ。

このシステムであれば、朝型の人は早く来て早く帰り、夜型の人は遅く来て遅く帰ることができる。

それぞれの自然なリズムに合った時間で働き、能力を最大限に発揮することができる。

それに加えて、通勤時間をずらすことで、ラッシュの緩和という効果も期待できるだろう。時間とお金の節約になり、ストレスも軽減する。その間接的な効果も小さくないはずだ。

睡眠を主軸にすれば、医療改革できる

そして第三の提案は、医療業界の改革だ。

研修医のスケジュール改革ももちろん緊急の課題だが、患者のケアと睡眠の関係についても大きく考え方を変える必要がある。

ここで、2つの例をあげて説明しよう。

例 1:痛みを軽減させる

睡眠が少なくなるほど、または睡眠がこま切れになるほど、あらゆる種類の痛みに対して敏感になる。

そして、大きな痛みをもっとも感じる場所である病院は、同時にもっとも熟睡できない場所でもあるのだ。たった 1日でも入院した経験のある人は、私の言っていることがよくわかるだろう。

とくにひどいのは集中治療室なのだが、ここにいる患者はもっとも症状が重く、そのために誰よりも睡眠の力を必要としている。

医療機器はひっきりなしに何らかの音を出している。定期的にアラームやブザーも鳴る。それに検査だ何だと、しょっちゅう起こされることになる。

この状況で、患者が十分な睡眠をとれるわけがない。

病院の労働衛生に関する研究によると、病室や病棟内の騒音は混雑したレストランやバーに匹敵するという。しかもその状態が 24時間ひっきりなしに続くのだ。

集中治療室を対象にした調査によると、内科や外科の区別なく、すべての患者がよく眠れないという結果になっている。

患者はまず、集中治療室という慣れない環境でとまどい、さらに騒音という追い打ちにあう。寝つきが悪くなり、やっと寝ても眠りが浅く、途中で何度も目が覚め、レム睡眠の時間が短くなる。

さらに問題なのが、医師や看護師が、集中治療室の患者の睡眠時間を実際よりも長く見積もっていることだ。以上のような事実を総合すると、病院の環境は、患者の健康回復にまったくそぐわないということがわかる。

しかし、この問題は解決できる。睡眠を中心に据えて、患者ケアのプログラムをつくることは可能だ。

私自身が行った研究によると、痛みを感知する脳の部位は、寝不足の状態でいると、 8時間ぐっすり眠ったときに比べ、不快な温度の刺激(もちろん危険なレベルではない)に対して 42%より敏感になる。

ここで興味深いのは、この痛みを感知する部位は、モルヒネなどの鎮静剤がもっとも作用する部位でもあることだ。

つまり睡眠は自然の鎮静剤であり、睡眠をとらないと、痛みを敏感に感知するようになる。

患者が激しい痛みに苦しむということだ。

ちなみに、モルヒネはできれば使用を避けたほうがいい薬だ。

以上のようなさまざまな科学的研究を総合すれば、入院患者の睡眠を向上させることで、モルヒネの投与を減らせるということがわかるだろう。

そしてモルヒネを減らせば、安全リスク、重い副作用、薬の危険な相互作用も減らすことができる。

良質な睡眠を手に入れた入院患者は、薬がいらなくなるだけでなく、体内の免疫システムも強化できる。

その結果、感染症にかかりにくくなり、手術後の傷も早く治る。回復が早ければ、退院も早くなる。それが医療費削減につながり、保険料率を下げることにもなる。

病院における睡眠の改善は、決して難しいことではない。まずは、病室から必要のない機器やアラームをとり除くことから始めよう。

次に、医師、看護師、病院スタッフに、睡眠の効果を教育する。患者の睡眠を守ることは、自分たちの利益にもなると理解してもらう。

また患者に対しては、入院手続きのときに、いつもの睡眠パターンを確認しておくといいだろう。そしてできるかぎりそのパターンに合わせて検査などを行うようにする。

私の自然に起きる時間は 7時 45分なので、盲腸で入院することがあるとしたら、 6時半に起こすのはできればやめてもらいたいと思っている。

簡単な方法は他にもある。

たとえば、すべての入院患者に耳栓とアイマスクを配るという方法だ。

そして夜間の照明は暗くし、 LEDを使わない。逆に昼間は明るい照明にする。これで患者は概日リズムが乱れず、自然な睡眠と覚醒のパターンを維持できる。

どの方法もお金はそれほどかからない。しかも、ほとんどの方法が明日からでも導入できる。そしてすべての方法が、間違いなく患者の睡眠を大幅に改善してくれる。

例 2:新生児を守る

未熟児の健康と命を守るのは難しい仕事だ。

不安定な体温、呼吸のストレス、感染症などが、心臓の不安定、神経発達の阻害につながり、最悪の場合は死に至る。まだ未熟な状態である新生児は、ほとんどの時間を寝て過ごさなければならない。

しかし、新生児の集中治療室のほとんどは、夜間もずっと明るく照らされ、日中も天井の強い光が赤ちゃんの薄いまぶたを攻撃する。

24時間明るい環境で、あなたはぐっすり眠ることができるだろうか? 当然ながら、この環境に置かれた未熟児たちは、普通に眠ることができない。

ここで再び、睡眠を奪われた人間とラットの運命を思い出してみよう。彼らは中核温を維持する能力を失い、心血管機能が弱り、呼吸が困難になり、免疫機能が崩壊した。

なぜ私たちは、新生児の睡眠を最優先に考えて、新生児集中治療室( NICU)を設計してこなかったのだろう。

睡眠は、母なる自然が与えてくれた最高の治療法だ。

私たちは、睡眠に適した照明(昼は弱い光、夜はほぼ真っ暗)を導入した NICUを対象に調査を行っている。

ここ数ヵ月の間で集まった予備データによると、赤ちゃんの睡眠は、時間、質ともに大幅に改善した。

その結果、睡眠に適さない環境にいる未熟児に比べ、体重増加は 50 ~ 60%向上し、血中酸素飽和度も大幅に高くなった。

ここで特筆すべきは、熟睡できた未熟児は、退院が 5週間も早くなったことだ! 発展途上国でも、お金をかけずにこの設備を導入することは可能だ。

ただ電球にカバーをかけて暗くするだけでいい。費用は電球1つにつき 1ドルもしないだろう。それだけで、未熟児の眠りを大幅に改善することができる。

また、お風呂の時間に注意するという単純なことでも、赤ちゃんの眠りを改善できる。

真夜中にお風呂に入れるのではなく(実際に行われているのを見たことがある)、自然な就寝時間の前に入れるようにする。

どちらの方法も、全世界で導入できるだろう。全世界の新生児病棟や小児病棟で、子どもの睡眠を最優先にした設備を整えるべきだ。それができない理由は1つもないことを、私はここで強調しておきたい。

睡眠は国家レベルでとり組むべき課題

睡眠に関する正しい教育は、国家レベルでとり組むべき課題でもある。

運輸安全関連の予算のうち、居眠り運転の危険を教育するための予算はごくわずかだ。

しかし現実は、ドラッグと飲酒を合わせた自動車事故よりも、居眠り運転による事故のほうが多い。それに事故の結果もはるかに深刻だ。

各国の政府が真剣に居眠り運転防止キャンペーンを行っていれば、年間で数十万人の命を救えるかもしれない。

居眠り運転が減れば事故が減り、救急医療費や通常の医療費も削減できる。キャンペーンでかけた費用はすぐに回収できるだろう。

各種の自動車保険の保険料率も下がり、そして個人が払う保険料も下がる。居眠り運転に対する罰則も強化するべきだ。

もちろん、血中アルコール濃度に比べ、居眠り運転は立証するのが難しい。

しかし、大手自動車メーカーと一緒に働いた経験から判断すると、そう遠くない未来に、運転手の覚醒度を判定するテクノロジーを搭載した車が登場するだろう。

運転手の反応速度、目の動き、運転態度、それに事故の性質などから、居眠り運転かどうか判断できるようになる。

また、個人の睡眠を記録するデバイスが普及すれば、そのデータも参考にできるだろう。

居眠り運転版の「呼気検査」が実現するのも夢ではない。

社会全体を変えるのは、たしかに大がかりで難しい仕事だ。しかし、すでに存在する他の分野の対策を拝借し、睡眠に応用することなら、それほど難しくないだろう。

たとえばアメリカの保険会社の多くは、スポーツジムに通う人の医療保険料を安くしている。

睡眠にはスポーツ以上の健康効果があるのだから、保険会社はきちんと寝ている人にも同じような待遇をするべきではないだろうか。

保険加入者は、保険会社が認定した市販の睡眠記録デバイスを使って自分の睡眠を記録する。

そしてそのデータを、保険会社のウェブサイトの専用ページにアップロードする。保険会社が年齢ごとに適切な睡眠時間を設定し、それをクリアした加入者は、その月の保険料が安くなる。

運動の習慣と同じで、睡眠の向上は社会全体の利益になる。

医療費の削減につながり、そして個人はより健康で長生きできるようになる。加入者の保険料が下がっても、保険会社は利益を上げることができる。

事故が減ることで、保険金の支払いが減るからだ。これはすべての人が恩恵を受けることのできるシステムだ。

メディアが健康問題を扱うときは、とかく危機感を煽るような暗い話ばかりする。

しかし私はこの本で、誰もが前向きになれるような解決策を提示してきたつもりだ。

この本に触発されて、自分なりの睡眠改善法を思いつく人もいるかもしれない。

そのアイデアを普及させるために NPOを設立する人、または起業する人が出てきたら、私にとってこんなに嬉しいことはない。

おわりに──眠るべきか、眠らざるべきか

たった 100年の間で、人類は生きるために必要な「十分な睡眠」を捨ててしまった。睡眠は、 340万年にもおよぶ進化の末に完成したシステムであり、きわめて機能的に人類の命を守ってきた。その完璧なシステムを捨てた現代人は、健康、寿命、安全、生産性、そして子どもたちの教育で、大きな代償を払うことになった。

睡眠不足は沈黙の疫病だ。世界の先進国でこの病気が蔓延しているという事実は、 21世紀の公衆衛生が直面する最大の難問だ。

睡眠不足がもたらす早すぎる死や健康被害を避けたいのなら、抜本的な意識改革が必要だ。

個人も、文化も、職場も、社会も、睡眠に対する態度を大きく変えなければならない。

一晩ぐっすり眠ることは人間の生まれながらの権利であり、その権利をとり戻すときがついにやって来たと私は信じている。

眠ることは恥ではなく、怠惰の証でもない。睡眠は自然の万能薬だ。健康、幸せ、活力を人類にもたらしてくれる。本来の睡眠をとり戻した私たちは、日中の「本当に目覚めている」という感覚を思い出すこともできるだろう。

そして、真に生きているという充実感も味わえるようになるはずだ。

付録──健やかな眠りのための 12のアドバイス

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