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第 14章眠りを妨げるもの、眠りを助けるもの──睡眠薬と自然療法

この 1ヵ月で、アメリカでは 1000万人近くの人が何らかの睡眠を助ける薬を飲んだ。

中でもこの章でとくに注目したいのは、処方された睡眠薬だ。睡眠薬を飲んでも、自然な眠りは手に入らない。それどころか、健康を害し、命にかかわる病気のリスクも高まる。

薬に頼らなくても、つらい不眠症から解放される方法は存在する。

目次

本当にその薬は必要なのか?

現在出回っている睡眠薬は、合法的なものであっても、非合法のものであっても、自然な眠りにはつながらない。

勘違いしないでもらいたいのだが、私はなにも、睡眠薬を飲んでも眠れないと主張しているわけではない。もちろん眠れる。ただそれが、自然な眠りではないということだ。

かつて主流だった睡眠薬は、催眠鎮静薬と呼ばれる種類で、たとえばジアゼパムなどが代表的だ。これは名前の通り鎮静させる薬であり、入眠を助けてくれる薬ではない。

無理もないことだが、多くの人がこの2つを混同している。

現在市場に出回っている睡眠薬も、だいたい同じしくみだが、鎮静の効果は少し薄らいできた。

つまり睡眠薬は、今も昔も、アルコールと同じ働きをするということだ。そのため、アルコールと同じ「鎮静剤」に分類される。

睡眠薬は、ただ脳の外側だけを眠らせているにすぎない。

自然な深いノンレム睡眠の脳波と、ゾルピデム(商品名アンビエン)や、エスゾピクロン(商品名ルネスタ)などの現代の睡眠薬で眠った脳波を比べてみると、その違いがはっきりわかる。

薬で眠った脳は、いちばん大きく、いちばん深い脳波が欠けているのだ。

この状態に加え、ありがたくない副作用もたくさんある。

たとえば、翌朝も疲れがとれない、日中も頭がぼんやりする、夜に自分が意識していない行動をとる(または、朝になって一部の記憶が飛んでいる)、日中に反応速度が鈍り、車の運転などに支障が出る。

新しい睡眠薬は効果の持続時間が短くなっているが、それでもこのような副作用からは逃れられない。

その結果、不眠と睡眠薬の悪循環ができあがる。

日中に眠気が残っていると、眠気覚ましにコーヒーやお茶を飲み、カフェインの力を借りて 1日を乗り切ろうとする。

そしてカフェインのせいで寝つきが悪くなり、しかたなくまた睡眠薬に頼る。

そして翌日のだるさがさらにひどくなり、前日よりもたくさんのカフェインを摂取する。

そのくり返しで、事態はどんどん悪化していく。

問題はそれだけではない。

睡眠薬は、不眠症のリバウンドも引き起こす。

睡眠薬を飲むのをやめたときに、不眠の症状が薬を飲む以前よりもひどくなっているのだ。

リバウンドの原因は睡眠薬への依存だ。

脳内に睡眠薬の成分が増えると、異質な存在である薬の影響をあまり受けないように、脳内の受容器のバランスが変わる。

この現象は薬物耐性とも呼ばれていて、つまり睡眠薬が効きにくくなるということだ。

そして薬を飲むのをやめると、禁断症状が出て、その過程で不眠の症状がさらに強くなる。

この現象は、とくに驚くに値しないだろう。

医師に処方される睡眠薬のほとんどは、依存性のある薬だからだ。

依存の強さは、摂取を継続する長さに比例する。

そして長く摂取するほど、禁断症状もひどくなる。

当然ながら、一晩薬をやめてみて、リバウンド効果で眠れなくてつらい思いをしたら、その患者は次の夜には迷いなく薬を飲むだろう。

薬がないと眠れないのも、また薬を飲みたくなるのも、睡眠薬を常用していたのがそもそもの原因なのだが、それに気づいている人はほとんどいない。

皮肉なことに、たとえ薬を飲んでも、実際に増える睡眠はほんのわずかであり、その効果さえも客観的というよりは主観的だ。

最近、第一線で活躍する医師と研究者のチームが、現在もっとも広く使われている睡眠薬に関する研究データをすべて集めて分析した。

それは 65件の薬とプラシーボ(偽薬)を使った研究で、被験者は合わせて 4500人近くになる。

全体的に、本物の薬を飲んだ人は、プラシーボを飲んだ人に比べ、寝つきが早く、夜中に目が覚めることも少なく感じたと報告している。

しかし、実際の記録を見ると違う物語が見えてくる。

本物の薬とプラシーボで、眠りの深さに違いはなかった。

寝つきのよさについては、薬でもプラシーボでも摂取した人はいつもより寝つきが早くなったが( 10 ~ 30分)、両者の間に違いはない。

言い換えると、睡眠薬にはプラシーボ効果しかないということだ。

研究チームは、以上のような発見をまとめてレポートを発表した。

それによると、睡眠薬は、主観的、及び睡眠ポリグラフ的に、睡眠潜時(横になってから入眠までの時間)をわずかに向上させるだけである──つまり、ほんの少しだけ寝つきがよくなるということだ。

研究チームは、レポートの最後をこんな言葉でしめくくった。

「現在市場に出ている睡眠薬は、すべて医学的な重要性が低く、その効果には疑問が残る」 不眠症のために開発された最新のスボレキサント(商品名ベルソムラ)でさえも、すでに効果は最小限だと証明された。

スポレキサントを飲んだ患者は、プラシーボを飲んだ患者に比べて入眠までの時間がわずか 6分早くなっただけだった。

将来的には、健全な眠りを与えてくれる薬が登場するかもしれないが、今のところは、処方される睡眠薬が、眠れずに困っている人の救世主になることはないだろう。

睡眠薬は百害あって一利なし

処方薬の睡眠薬は、今のところ最小限の効果しかない。

しかし、効果がないなら、害のほうはどうなのだろう? 睡眠薬を飲むのは身体によくないのだろうか? この件については、今まで数多くの研究が行われてきた。

しかしその結果は、まだ一般にはほとんど知られていない。

すでに見たように、自然な深い眠りは新しい記憶を脳に定着させる。

そのとき、シナプスの間で新しいつながりが形成され、記憶の回路がつくられる。

睡眠薬による睡眠は、脳のこの働きにどのような影響を与えるのか。

近年、その点に注目した動物実験が行われた。

ペンシルベニア大学の研究チームは、まず動物に新しいことを学習させ、それから動物に体重を考慮した量のアンビエン(睡眠薬)、またはプラシーボを与えた。

その後の睡眠で脳の働きを観察したところ、予想通り、プラシーボで眠ったグループは、記憶を定着させて新しいつながりをつくる作業が着実に行われていた。

アンビエンで眠ったグループは、その作業ができなかっただけでなく、最初の学習でつくられたつながりの 50%が失われたのだ。

つまりアンビエンの眠りは、記憶を強化するどころか、むしろ記憶を消す働きをするということだ。

以降も同じような報告が続き、さらに人間を対象にした研究でも同じことが証明された。

こうなったら、製薬会社も事実を認めなければならないだろう。

睡眠薬を飲んだ人は、夜はいつもよりほんの少しだけ早く寝つけるが、朝には昨日の記憶をなくしているのだ。

現在、睡眠薬を処方する患者の低年齢化が進んでいることを考えると、これはとても懸念される事態だ。

子どもの脳は発達過程にある。

新しいつながりをつくるのはただでさえ大変な作業なのに、それを睡眠薬の影響下で行うとなると、発達に大きな影響が出かねない。

医師も親も、子どもに睡眠薬を与えることに対しては慎重になるべきだろう。

脳の配線よりもさらに心配なのは、身体に与える影響だ。

この影響を知る人は少ないが、もっと広く知られるべきである。

カリフォルニア大学サンディエゴ校のダニエル・クリプケ医師は、中でもとくに恐ろしい影響を指摘している。

クリプケによると、処方された睡眠薬を飲んでいる人は、それ以外の人に比べ死亡リスクが高く、さらにガンの発症リスクも高くなるという。

最初に断っておくべきだったが、クリプケも私と同じで、どの製薬会社とも利害関係はなく、睡眠薬の研究でどのような結果が出ようとも、経済的に得をすることも損をすることもない。

2000年代の初め、不眠症の患者が急増し、それにつれて睡眠薬の消費も劇的に増えた。

それは裏を返せば、睡眠薬のデータがたくさん集まるということでもある。

そこでクリプケは、疫学的なデータを集めて分析を始めた。

彼が知りたかったのは、睡眠薬の服用と、病気や死亡リスクの関係だ。

分析の結果、関係はあると判明した。

何度分析しても、同じ結果になる。

睡眠薬を服用すると、追跡期間(たいていはわずか数年だ)における死亡率が、飲まない人に比べてかなり高くなるのだ。

その理由は、この後すぐに明らかになる。

とはいえ、これら初期のデータだけで正確な答えを出すことは難しい。

サンプルがまだ少なく、厳密に睡眠薬の影響だとわかるような要素も揃っていないからだ。

しかし 2012年にもなると、データは十分に集まった。

そこでクリプケの研究チームは、純粋に睡眠薬の影響だけを抽出して分析を行った。

睡眠薬を服用したサンプルは 1万人以上になり、そのほとんどはゾルピデム(商品名アンビエン)を服用していたが、中にはテマゼパム(商品名レストリル)を服用していた人もいた。

そして彼らの比較の対象として、年齢、人種、性別、生活環境などがよく似ていて、さらに睡眠薬を服用していない 2万人のデータを集めた。

さらに、睡眠薬以外に死亡リスクに影響を与える要素、たとえば BMI、運動習慣、喫煙、飲酒などの要素も考慮して死亡リスクを割り出した。

そうやって 2年半にわたって彼らの病気と死亡について調べたところ、図 15のような結果になった。

このわずか 2年半という期間でも、睡眠薬を飲んでいた人は、飲んでいない人に比べ死亡リスクが 4・ 6倍も高かった。

クリプケはさらに、死亡リスクは服用の頻度に比例して上がるということも発見した。

年間 132錠を超える「ヘビーユーザー」は、睡眠薬は飲んでいないが同じような条件の人と比べ、死亡リスクが 5・ 3倍になった。

この図でさらに目を引くのは、たまに睡眠薬を飲む人たちの死亡リスクだろう。

年間にたった 18錠でも、データをとった 2年半の間で、飲んでいない人に比べて死亡リスクが 3・ 6倍にもなっている。

睡眠薬と死亡リスクの関係を発見した研究者はクリプケだけではない。

現在、この種の研究は世界で 15以上存在し、そのどれもが、睡眠薬を服用すると死亡リスクが高くなるという結果になっている。

しかし、そもそもなぜ睡眠薬を飲むと死亡リスクが上がるのだろうか? 今手に入るデータだけで、その質問に答えるのは難しい。

しかし、資料はたくさんある。

そこでクリプケや他の研究チームは、その質問に答えるための調査を開始した。

頻繁に見られる死因として浮かび上がったのは、平均より高い確率で発症していると思われる感染症だ。

すでに見たように、自然な眠りほど免疫機能を高めてくれるものはほとんどない。

睡眠薬で眠れるようになったのなら、むしろ免疫力が高まり、感染症にかかりにくくなるのではないだろうか? ここで考えられるのは、睡眠薬による眠りには、自然な眠りのような免疫機能を高める効果はないということだ。

この発見でいちばん影響を受けるのは高齢者だろう。

高齢者は元々、感染症にかかりやすい。

彼らは新生児と並び、私たちの社会でもっとも免疫力の弱い人たちだ。

そして高齢者は、睡眠薬のヘビーユーザーでもある。

睡眠薬を処方される人の半数以上が高齢者だ。

医療界はこの結果を踏まえ、高齢者に睡眠薬を処方する頻度を考え直したほうがいいかもしれない。

睡眠薬と結びつく死因は、他にも自動車事故がある。

これは睡眠薬の直接の影響というよりも、睡眠薬のせいで眠っても疲れが残っていたり、睡眠薬の効果が翌日まで続いたりすることが原因だろう。

夜の間の転倒も、とくに高齢者の間では目立つ死因だった。

また睡眠薬を服用していると、心臓病や脳卒中のリスクも高まる。

そして、ついにガンとの関係も明らかになった。

初期の研究でも、睡眠薬とガンで死亡するリスクの関係は指摘されていたが、比較研究という面では厳密な条件のコントロールがなされていなかった。

クリプケの研究はこの点を大幅に改善し、さらに最近よく使われる新しい睡眠薬であるアンビエンも含んでいる。

睡眠薬を服用している人は、同じような条件で服用していない人に比べ、 2年半の調査期間で、ガンにかかるリスクが 30 ~ 40%高くなることがわかった。

テマゼパム(レストリル)のような昔の睡眠薬のほうが、ガンとの間に強い関係が認められた。

少量から中量のテマゼパムを服用した人は、ガンのリスクが 60%も高くなった。

そしてゾルピデム(アンビエン)をもっとも大量に服用した人も影響を受けやすく、 2年半の間でガンのリスクは 30%高くなった。

興味深いことに、製薬会社が行った動物実験でも、同じようなガンのリスクが報告されている。

アメリカ食品医薬品局( FDA)に提出されたデータをウェブサイトで読んでみると、内容があいまいでわかりにくいところもあるが、どうやら一般的な睡眠薬を投与されたラットやマウスは、ガンのリスクが高くなったようだ。

これらの発見から、睡眠薬を飲むとガンになると断言することはできるのだろうか? 少なくとも、睡眠薬だけが原因だとすることはできない。

たとえば、薬を飲む前から苦しんでいた不眠が原因であって、不眠に処方された薬のせいではないとも考えられるだろう。

それに、そもそもの不眠の症状が重いほど、処方された薬を飲む量も増えるだろう。

もしかしたら、クリプケや他の研究者が発見した薬の量とガンのリスクの関係は、本当の原因は薬の量ではなく、そもそもの不眠症が重症だったからかもしれない。

しかし、睡眠薬そのものがガンの原因である可能性も十分に考えられる。

いずれにせよ、確実な答えを知るには、ガンによる死亡だけに特化した臨床試験を行う必要があるだろう。

皮肉なことに、そのような試験が行われることは不可能に近いかもしれない。

倫理委員会が、すでに明らかになっている睡眠薬とガンの関係を見て、試験は危険すぎると判断すると考えられるからだ。

製薬会社は、睡眠薬のリスクに関するデータをきちんと公表すべきではないだろうか。

残念ながら、大手製薬会社は、一度出したデータを覆さないことにかけては無類の意志の強さを発揮する。

とくに当局の安全テストに合格し、晴れて認可を受けた後ではなおさらだ。

さらにその薬が莫大な利益を上げるようになると、もう覆す可能性はほぼゼロになる。

最初の『スター・ウォーズ』シリーズは、言わずと知れた世界的な大ヒット作だが、それでも興業収入が 30億ドルになるまでに 40年以上もかかった。

そしてアンビエンは、わずか 24ヵ月で 40億ドルを売り上げる。

しかもこの数字の中に、ブラックマーケットでの売上は含まれていない。

これは大きな数字だ。

製薬会社のあらゆるレベルで、意思決定に影響を与えるに違いない。

ここで1つはっきりさせておきたいことがある。

私はなにも、薬による治療そのものに反対しているのではない。

むしろその正反対で、人々に自然な睡眠を与える薬をぜひ開発してもらいたいと思っている。

製薬会社で睡眠薬の開発にとり組んでいる人たちは、みな患者を救うことを第一に考えている。

私がそう断言できるのは、彼らの多くと実際に会ったことがあるからだ。

私自身も研究者として、新薬の研究開発が進むことを心から望んでいる。

そしていつの日か、リスクよりも効果のほうがはるかに上まわる睡眠薬が開発され、たしかな科学的データでその有効性が証明されれば、私は全力でサポートするだろう。

ただ今の時点で、そのような薬が存在しないというだけだ。

薬に頼らない不眠治療

より洗練された睡眠薬を求める旅はまだ続いているが、その一方で、睡眠を改善する自然療法も研究が進んでいる。

電気や磁気、それに音の刺激を使って深い睡眠の質を上げる方法はすでに見たが(そしてまだ開発のごく初期の段階であることも指摘したが)、行動療法で睡眠を改善する方法はすでに数多く存在する。

とくに不眠症の人に効果が高い。

現在のところ、もっとも効果が高いのは、不眠症の認知行動療法( CBT- I)だ。

医療の現場でも、 CBT- Iが一次治療(ある病気に対して最初に行われる治療法)になりつつある。

セラピストは患者の不眠のタイプを見きわめ、個別の方法で治療にあたってくれる。

C BT- Iは、まず睡眠に適した衛生環境(こちらを参照)を整え、そのうえで患者の症状や生活習慣にそって悪い睡眠習慣を変えていく。

当然だと思える方法もあれば、意外な方法もある。

まさかと思うような方法もある。

カフェインとアルコールの摂取を控えること、寝室にテレビやスマホ、タブレットをもち込まないこと、そして寝室を涼しく保つこと。

これは当然だ。

そのほかに患者が守らなければならない決まりは6つある。

(1)起床と就寝の時間を決め、毎日それを守ること。

週末も同じだ。

(2)眠くなったら布団に入る。

夜にカウチなどでうたた寝しない。

(3)眠れなかったらいつまでも布団の中にいない。

起きて何か静かでリラックスできる活動をしながら、眠気がやってくるのを待つ。

(4)夜眠れないのなら、昼寝を控える。

(5)就寝前に心を落ち着ける習慣をつくり、心配事や不安を布団の中にまでもち込まないようにする。

(6)時計を見えない位置に置く。

時計の針を眺めて不安を募らせるのを防ぐためだ。

意外な方法とは、1つは布団の中ですごす時間を制限することだ。

まず 6時間かそれ以下で始める。

覚醒時間を増やすことで、自然な眠気を誘発するという狙いがある。

つまり脳内に睡眠物質のアデノシンを増やすという方法だ。

睡眠圧を上げることで、患者は寝つきがよくなり、眠りも深くなる。

その結果、患者は「眠ることができる」という自信をとり戻し、毎晩、自然で深い眠りを自分で生みだせるようになる。

そして自信が確立したら、布団の中ですごす時間をだんだんと増やしていく。

懐疑的な読者や、とりあえず薬に頼るタイプの読者は、こんな方法でうまくいくのかと疑っているかもしれない。

しかし、信じられないと切り捨てる前に、まずは C BT- Iの証明された効果を見てもらいたい。

C BT- Iの治療効果は全世界で報告されており、再現性も認められている。

不眠症の治療では、睡眠薬よりも C BT- Iのほうが優れているのだ。

C BT- Iを受けた患者は、睡眠薬を飲んだ患者よりも早く寝つくことができる。

睡眠の質もはるかに高く、夜の間に起きている時間が大幅に減少した。

さらに重要なのは、 CBT- Iの効果のほうが長続きするということだろう。

睡眠セラピーを受けなくなってからも効果は続く。

これは、睡眠薬をやめたときのリバウンドとは対照的だ。

不眠症の治療法として、 CBT- Iはあらゆる点で睡眠薬よりも優れている。

それに健康リスクもほとんど存在しないか、またはまったく存在しない。

この点も睡眠薬と大きく違う。

2016年には、アメリカ内科学会が画期的な発表を行った。

第一線で活躍する睡眠専門医と睡眠科学者が、 CBT- Iの効果と安全性をあらゆる角度から検証し、睡眠薬との比較分析を行い、その結果が権威ある医学専門誌の『アナルズ・オブ・インターナル・メディシン』に掲載された。

この包括的な調査は、「慢性的な不眠を訴えるすべての患者の一次治療は、睡眠薬ではなく、 CBT- Iを使用するべきだ」と結論づけている。

C BT- Iの詳しい情報、および資格のあるセラピストのリストは、国立睡眠財団のウェブサイトで読むことができる。

不眠症と診断されている人、または不眠症と思われる人は、睡眠薬を頼る前にこれらの情報を参照してもらいたい。

誰もがよりよい眠りを獲得できる方法

不眠症でもなく、他の睡眠障害もない人でも、もっとよい眠りを手に入れるためにできることはたくさんある。

いわゆる「睡眠衛生」と呼ばれる方法だ。

中でも大切な 12の項目は、アメリカ国立衛生研究所のウェブサイトで読むことができる。

また、本書の付録にも収録しておいた。

12のアドバイスはどれも有効だが、もし1つしかできないというのなら、ぜひ「平日、休日にかかわらず、毎日同じ時間に寝て、同じ時間に起きる」というアドバイスを実践してもらいたい。

睡眠の質を向上させたいなら、これがおそらく最強の方法だろう。

たとえ目覚まし時計を使うことになっても、実践する価値はある。

最後に、睡眠に関してもっともよく尋ねられる2つの質問について考えてみよう。

それは、運動と食事だ。

睡眠と運動は双方向の関係だ。

身体をよく動かした後は、ぐっすり眠れる。

ハイキングで 1日中歩く、自転車で長距離を移動する、または庭仕事で汗を流すなど、長時間にわたって活動した日の夜によく眠れるのは、多くの人が経験しているだろう。

科学的な研究もこの現象を報告していて、古くは 1970年代のデータもある。

しかし、多くの人が思うほど、この現象を強く裏づけるデータは存在しない。

たとえば 1975年に発表された研究では、健康な男性を対象に運動量を段階的に上げていったところ、それと比例して深いノンレム睡眠も段階的に増えていったと報告されている。

しかし他の研究では、定期的に走っている人を、性別と年齢が同じで走らない人と比較したところ、たしかに走る人のほうがノンレム睡眠がやや多いが、それほど大きな違いはないという結果になった。

もっと規模が大きく、条件もよりコントロールされた研究では、もう少しポジティブな結果が報告されているが、興味深い意外な発見もあった。

若くて健康な大人が定期的に運動をすると、トータルの睡眠時間が長くなり、中でもとくに深いノンレム睡眠が長くなる。

それに睡眠の質も高まり、力強い脳波が計測された。

また、中高年でも同じような結果になり、睡眠に不満をもっている人や、正式に診断された不眠症患者も改善が認められた。

これらの研究は一般的に、まず被験者の普段の睡眠を計測してそれを基準とし、それから数ヵ月にわたって決められた運動をしてもらう。

その後、基準の睡眠と比較し、運動による睡眠の変化が認められるか検証する。

平均すると、運動の効果はたしかにある。

主観的な睡眠の質が向上し、トータルの睡眠時間も長くなる。

さらに、寝つくまでの時間も短くなり、たいていの参加者が夜中に起きる回数も減ったと感じる。

実験期間がもっとも長い研究の1つによると、 4ヵ月にわたっていつもより運動した結果、高齢で不眠を訴える被験者でも、平均して 1日の睡眠時間が 1時間近く長くなったという。

しかし、意外な発見もあった。

運動をした日と、その日の夜の睡眠との間に、それほど強い関係は認められなかったのだ。

つまり、運動をした日の夜の睡眠は、運動しなかった日の夜の睡眠と比べ、必ず量や質が向上するわけではないということだ。

または、こちらはそれほど意外ではないかもしれないが、睡眠と次の日の運動との間にも関係があるという結果になった。

前の晩によく眠れないと、次の日の運動は強度も長さも大幅に下がる。

そして前の晩によく眠れると、次の日は精力的に身体を動かすことができる。

簡単に言うと、運動が睡眠に与える影響よりも、睡眠が運動に与える影響のほうが大きいかもしれないということだ。

とはいえ、睡眠と運動が双方向の関係であることは間違いなく、活動量を上げるほど睡眠の質もよくなり、そしてよく眠れるほど翌日は精力的に活動できる。

また、実験の参加者の感想によると、睡眠が改善されたことで、頭がすっきりしてエネルギーが増し、抑うつの症状もそれにつれて減少したという。

1つはっきりしているのは、座りっぱなしの生活が質の高い睡眠につながらないということであり、すべての人が何らかの身体を動かす活動を定期的に行うべきだ。

健康と体形維持だけでなく、睡眠の量と質の向上にもつながる。

そして質の高い睡眠によってエネルギーが増し、さらに精力的に活動できる。

その結果、心身ともに健康になる。

これはまさに好循環と言えるだろう。

ここで、運動に関して1つ注意がある。

寝る直前に運動をしてはいけない。

身体を動かすと体温が上がり、 1時間か 2時間はそのまま下がらない。

そのまま布団に入っても、中核温が高いままなのでなかなか眠気が訪れないだろう。

しかも運動によって代謝が上がっているので、ますます体温は下がりにくくなる。

寝室の電気を消す 2時間か 3時間前には、運動を終わらせるようにしよう。

次に、食事について見ていこう。

食事の中身や食事のパターンは、睡眠に何らかの影響を与えるのだろうか。

残念ながら、それに関する調査は限定的だ。

極端なカロリー制限、たとえば 1日に 800キロカロリーしか摂取しない生活を 1ヵ月続けた場合、一般的に眠るのが難しくなり、深いノンレム睡眠も減少する。

また、何を食べるかということも、睡眠に何らかの影響を与える。

炭水化物が多く、脂肪が少ないという食事を 2日間続けたところ、炭水化物が少なく脂肪が多い食事を 2日続けた場合に比べ、深いノンレム睡眠が減少し、レム睡眠が増えるという結果になった。

健康な大人を対象にした実験で、糖質と炭水化物が多く、食物繊維が少ない食事を 4日続けたところ、深いレム睡眠が減り、夜中に目覚める回数が増えた。

平均的な大人に対して、睡眠のために何を食べればいいとアドバイスするのは難しい。

というのも、これまでに行われてきた大規模な疫学的研究でも、

特定の食べ物が睡眠の質や量に影響を与えることは証明されていないからだ。

いずれにせよ、健全な眠りのためには、満腹すぎても空腹すぎてもよくないようだ。

この点に関しては、科学的な証拠が存在する。

それに、炭水化物が全摂取カロリーの 70%を超えると、眠りに悪い影響が出る。

とくに糖分は控えたほうがいい。

第 15章睡眠のために社会は何をすべきか?──医療と学校の誤謬、グーグルと NASAの英断 今から 100年前、睡眠時間が 6時間かそれ以下の人は、全アメリカ人の 2%もいなかった。

そして現在、アメリカ人の大人の 30%近くが 6時間以下の睡眠だ。

国立睡眠財団が 2013年に行った調査をきっかけに、現代人の睡眠不足が大きな注目を集めるようになった。

一般的な大人に推奨される睡眠時間は 7時間から 9時間だが、それに満たないアメリカ人が全体の 65%もいたのだ。

世界を見わたしても、状況はそれほど変わらない。

たとえばイギリスと日本では、睡眠時間が 7時間を切る大人は、それぞれ人口の 39%と 66%になる。

睡眠を軽視する傾向は、すべての先進国で見られるようだ。

そのため WHOも、睡眠不足をグローバルな健康問題と認定した。

つまり今週でみると、先進国全体では、大人の 2人に 1人(およそ 8億人)が、十分な睡眠をとらないと推定される。

ここで重要なのは、ほとんどの人が好きで睡眠時間を少なくしているわけではないということだ。

先進国の大人の週末の睡眠時間を見てみると、数字がかなり違うことがわかる。

平日であれば、 8時間以上の睡眠はわずか 30%しかいないが、休日になると、 60%近くの人が 8時間以上寝ようとしている。

いわゆる「寝だめ」をしようとしているのだ。

人々は週末になると、平日の間にたまってしまった睡眠負債を一気に返済しようとする。

しかし、本書で何度も見てきたように、睡眠はお金とは違う。

いくら寝ても、失った睡眠は二度ととり戻せない。

睡眠の場合は、負債にペナルティがあるだけでなく、後から負債を返済することもできないのだ。

しかし、睡眠不足は個人の問題だ。

なぜ社会問題のように扱わなければならないのか。

次からは、睡眠不足が社会全体の問題である事例を見ていこう。

具体的には、職場と睡眠の関係、拷問(そう、拷問だ)、睡眠と教育システムの関係、そして睡眠と医療の関係だ。

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