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第 13章あなたを眠らせない犯人は誰か──スマホ、目覚まし、アルコール

私たちの多くがあまりにも疲れている。

しかし、なぜそうなのか? 具体的には何が、自然な本能である睡眠パターンや熟睡する能力を、私たちから奪っているのだろうか? 診断が下るような睡眠障害ではないのなら、眠れない理由をピンポイントで指摘するのは難しい。

または、自分ではこれが原因だと思い込んでいても、間違っていることが多い。

通勤・通学時間が長いこと、そしてテレビやインターネットのせいで就寝が先延ばしにされること。まずこの2つのせいで、睡眠時間は朝と夜の両方から削られる。それは大人も子どもも同じだ。

現代人の眠りに影響を与えている要素は、大きく分けて5つある。

  • (1)つねに電気の光( LEDも含む)を浴びていること
  • (2)室温が管理されていること
  • (3)カフェイン(第 2章も参照)
  • (4)アルコール
  • (5)学校や職場の始業時間が早いこと

たいていの人は、以上のような社会的要因が組み合わさって、不眠のような状態になっている。それを本物の不眠症と勘違いしているのだ。

目次

現代の明かりのダークサイド

マンハッタン南部のパール・ストリート 255番地から 257番地。

ブルックリン橋にもほど近いこの場所は、一見したところはまったくわからないが、じつは人類史が大きく変わった現場だ。

トーマス・エジソンがこの場所に世界初の発電所を建設し、電化社会が幕を開けたのである。

そのとき、人類は歴史上初めて、太陽光に支配される 24時間のサイクルから解放された。ただスイッチを入れるだけで、周囲の明るさをコントロールできるようになった。そしてその結果、覚醒と睡眠のパターンも自然のリズムとは切り離された。

これからは、「夜」と「昼」を決めるのは回転する地球ではなく、私たち自身だ。夜をここまで明るくすることに成功した種族は、私たち人類しか存在しない。人類は視覚の生き物だ。脳の 3分の 1以上は、視覚情報を処理するために使われている。

この割合は聴覚や嗅覚、さらには言語や運動をもはるかに上まわる。

初期のホモ・サピエンスは、日が沈むとほぼすべての活動を終わりにしていた。暗くてあたりが見えなければ身動きがとれないので、そうするしかなかったからだ。

やがて人類は火を発明し、夜にも活動ができるようになった。

しかし、明るさにも限度があるので、そこまで大がかりな活動はできない。

ハッザ族やサン人といった現代の狩猟採集民も、日が暮れてからは、たき火を囲んでお話をしたり、歌をうたったりするだけだ。

そのため火を使うようになってからも、睡眠と覚醒のパターンが乱れることはなかった。

その後ロウソクが登場し、さらにガスやオイルのランプが発明されると、人工的な明かりの影響力は大きくなり、夜の活動範囲も広がった。

ルノワールの絵を見れば、 19世紀パリの夜は人口の明かりでかなり照らされていたことがわかるだろう。

ガス灯の明かりが家々の窓からもれ、夜の街は明かりで満たされた。

その瞬間から、人工の光は、人間の睡眠パターンに手を加えるようになった。

視交叉上核( 24時間単位の体内時計のある場所)にとっては、さらに過酷な運命が待ち受けていた。エジソンがマンハッタンに建設した発電所によって、いたるところに電気の明かりが出現したのだ。とはいえ、電灯を発明したのはエジソンではない。

その栄誉は、 1802年にイギリス人化学者のハンフリー・デービーのものになっている。

しかし、 1870年代の半ば、エジソン電気照明会社が、性能の安定した電球の商品化に成功したのだ。

まず白熱灯をつくり、そして数十年後には蛍光灯をつくった。太古の昔からずっと真っ暗な夜をすごしてきた人類は、ついに明るい夜を手に入れたのだ。

そしてエジソンから 100年がたち、現代の私たちは、人工の光によって自然な睡眠リズムが壊れるしくみを解明した。

人間の目に見える光の波長のうち、短い波長はおよそ 380ナノメートル(紫や青)で、長い波長はおよそ 700ナノメートル(暖色の黄色や赤)だ。

太陽の光は、これらの色と、その間にある色をすべて含んでいる。

エジソン以前、さらにはガスやオイルの明かりもまだなかった時代、太陽が沈むと、人間の目に見える光もすべて姿を消した。

脳内にある 24時間単位の時計(視交叉上核)にも光は届かない。

視交叉上核は、昼の光が届かなくなったことで夜の到来を知り、脳の松果腺という部位にかけていたブレーキをゆるめる。

すると松果体は、メラトニンと呼ばれる睡眠を誘発するホルモンを分泌する。メラトニンを合図に、脳と身体は「今は夜だ」と判断し、眠る準備を始める。

人工的な光が存在しない世界では、人類はだいたい日の入りから数時間後に眠くなるようになっている。しかし電灯が登場し、この自然なリズムは終わりを告げた。

その後に生まれた世代は、「真夜中」の定義が変わった世界で生きていくことになる。

夜の人工光は、たとえ弱い光であっても、視交叉上核に「今は昼だ」と信じさせることができる。

メラトニンのブレーキは日の入りとともにゆるめられているはずなのだが、人工光が存在するかぎりしっかりと踏まれたままだ。

室内にあふれた人工光には、脳内の時計の進みを止める働きがある。そして現代人の眠りは、時間が来ても離陸しなくなってしまった。

普通であれば、夜の 8 ~ 10時の間に眠気が自然とやってくる。現代の狩猟採集民の就寝時間と同じだ。

しかし工業化した世界で暮らす人たちは、人工光に脳がだまされ、就寝時間になってもまだ昼だと思い込んでいる。

夜の人工光によって、いったいどれくらい脳内の時計が巻き戻されるのか。通常であれば、 2 ~ 3時間だ。

たとえば、あなたが今これを読んでいる時間が夜の 11時だとしよう。

場所はニューヨークのマンハッタンだ。

あなたは夜中ずっと、人工の光を浴びてきた。

時計の針は夜の 11時を指しているかもしれないが、視交叉上核はまだ昼だと勘違いしているので、メラトニンの分泌は始まらない。メラトニンの分泌が遅れているので、自然な時間に眠ることはほぼ不可能だ。ついに電気を消して、目を閉じても、眠りはすぐにやってこない。

メラトニンの量がピークに達し、自然な眠りが訪れるまでには、まだしばらく時間が必要だ。

暗くなってからやっとメラトニンの分泌が始まるのだから、すぐに眠れることを期待してはいけない。

あなたは、ベッドサイドの小さなランプをつけていただけだ。

それが視交叉上核にどれほどの影響を与えるというのか。しかし、影響は甚大だ。

ほんの少しの明かり、具体的には 8 ~ 10ルクス(ロウソクの明かりと同じくらい)でも、人体のメラトニン分泌を遅らせる効果があるとわかっている。

ベッドサイドのランプなら、どんなに弱い光でもその倍の明るさはある。だいたい 20 ~ 80ルクスだろう。

たいていの人が寝る前に浴びていると思われるリビングの明かりになると、弱い光でも 200ルクスはある。

たしかに明るさは日中の太陽光の 1 ~ 2%でしかないが、それでも脳内のメラトニン生成を 50%抑制する力があるのだ。

白熱灯のせいでかなりの苦労を強いられてきた視交叉上核は、 1997年にさらに追い打ちをかけられる。

青色発光ダイオード、またの名を青色 LEDの登場だ。

目の中にあって光を感知し、視交叉上核に「今は昼だ」と伝える光受容器は、青い光の中にある短い波長をもっとも敏感に感じとる。

そして青色 LEDは、まさにその青い光を、もっとも強く発しているのだ。

そのため、夜に青色 LEDを浴びると、昔ながらの白熱灯に比べ、メラトニン生成への悪影響が 2倍にもなる。

もちろん、毎晩 LEDランプを正面からにらみつけている人はめったにいない。

しかし、 LEDが使われているのはランプだけではない。

多くの人が何時間も見つめているパソコン、スマートフォン、タブレットの画面も LEDの光だ。

ときには網膜から数センチしか離れていないところまで、画面を近づけることもあるだろう。

アメリカ人の大人 1500人以上を対象にした最近の調査によると、 90%の人が、夜寝る前の 60分かそれ以下の時間、何らかの電子機器を定期的に使っているという。

これはメラトニンの分泌に大きく影響し、その結果寝つきも悪くなる。

ある初期の研究によると、寝る前に iPad(画面で青色 LEDを使っているタブレット)を 2時間使うと、メラトニンの分泌が 23%も抑えられるという。

そして最近の研究では、さらに懸念される事実が明らかになった。

健康な大人を被験者に選び、厳密に管理された研究室の環境で、 2週間にわたって生活してもらう。

2週間は、前半と後半に分けられ、それぞれ違う条件で生活する。

条件の1つは、 5日にわたって夜寝る前に iPadで数時間本を読むこと。その読書以外で iPadは一切使わない。

そしてもう1つは、 5日にわたって寝る前に紙の本を数時間にわたって読むこと。参加者がどちらの条件を先に行うかはランダムに選んだ。

その結果、 iPadの読書は、紙の読書に比べ、メラトニンの分泌を 20%以上抑えることがわかった。具体的には、分泌の始まる時間が、紙の本に比べて最大で 3時間も遅くなる。

iPadで読書すると、メラトニンの量がピークになって眠りが始まる時間が、夜中の 12時を過ぎないと訪れない。

そして、現に実験の参加者たちも、 iPad組のほうが紙の本組よりも寝つきが悪かった。

iPadの読書は、メラトニン分泌のタイミングだけでなく、睡眠の量や質に悪影響を与えている。

その方法は3つだ。

  • 第一に、寝る前に iPadで読書すると、レム睡眠の時間が劇的に少なくなる。
  • 第二に、 iPad組は、寝ても疲れがとれず、昼の間もずっと眠かった。
  • そして第三に、 iPadの使用をやめても、メラトニンの分泌が遅くなる効果はその後も続く。

実験の参加者は、数日の間、メラトニンの分泌が 90分遅れたままだった。まるでデジタルの二日酔いだ。

夜に人工光を浴びないようにするのはとても難しい。光はいたるところにあふれているからだ。

まずできるのは、夜の時間をすごす部屋の明かりを弱くすることだろう。天井の強い明かりは避け、ほの暗い間接照明に切り替える。

さらに、夜の間は青い光を遮断するメガネをかけてもいいだろう。そして、寝ている間は寝室を真っ暗にするのも、同じくらい大切だ。いちばん簡単な方法は、窓に遮光カーテンをかけること。

最後に、パソコンやスマートフォン、タブレットに、夜になると青い光を出さないようにするソフトをインストールするという方法もある。

アルコールは眠りを妨げる

睡眠薬と並び、アルコールが睡眠を助けるというのは大いなる誤解だ。寝る前のアルコールで寝つきがよくなる、さらにはぐっすり眠れるとまで信じている人はたくさんいる。

しかし、どちらも大きな間違いだ。

アルコールは鎮静剤に分類されるドラッグだ。脳内の受容器と結合し、ニューロンの発火を抑える働きをする。アルコールが鎮静剤だと聞くと、意外に思う人が多い。

というのも、適量のアルコールであれば、気分が高揚して、より社交的になるからだ。

鎮静剤を飲んでどんちゃん騒ぎなんて、あり得るのだろうか? その答えは、アルコールが鎮静させる脳の部位にある。それは前頭前皮質だ。すでに見たように、前頭前皮質には衝動を抑える働きがある。

アルコールは、まずこの前頭前皮質を麻痺させる。その結果、酔うと気が大きくなり、言動に抑制が効かなくなるのだ。

解剖学的には、これも脳の鎮静の一種である。アルコールにもう少し時間を与えると、脳の他の部分にも鎮静作用を及ぼしてくる。酔いが回り、頭がぼんやりしてくる。脳が鎮静した状態だ。意識を保つのが難しくなり、またその意志もなくなる。そのため、意識を簡単に手放すことができる。

ここで「眠る」という言葉を使わなかったことに注意してもらいたい。

なぜなら、鎮静は睡眠ではないからだ。アルコールは、あなたから覚醒の状態を奪うが、それは自然な眠りとは違う。アルコールを摂取して眠った人の脳波は、自然な睡眠の脳波と同じではない。むしろ、軽い麻酔をかけられた状態に近い。しかし、寝酒が睡眠に与える悪影響は、これで終わりではない。

他にも2つの方法で自然な睡眠を阻害するのだ。

第一に、アルコールは睡眠を断片的にする。夜中に何度も目が覚め、そのため寝ても疲れがとれない。飲んでも朝までぐっすりだという人は、夜中に起きたのを覚えていないだけだ。

第二に、アルコールは現在わかっているかぎり、もっとも強力なレム睡眠抑圧因子の1つだ。体内でアルコールが分解されると、アルデヒドとケトンという化学物質がつくられる。

とくにアルデヒドが、レム睡眠にとって大きな障害になる。たとえるなら、心停止の脳バージョンのようなものだ。脳波の鼓動を止め、夢が見られない状態にしてしまう。

昼から夜にかけてアルコールを摂取すると、たとえ適量であっても、夢を見るレム睡眠が奪われるということだ。この現象の極端な例は、アルコール依存症患者だ。彼らは酒を飲むと、眠りの中にレム睡眠がほとんど現れなくなる。

夢を見ない期間が長くなると、処理していない記憶がたまり、身体は必死になってレム睡眠を欲するようになる。そして恐ろしいことに、起きている間も夢を見るようになるのだ。マグマのようにたまったレム睡眠が、覚醒時にも吹き出してくる。

それが、アルコール依存症によく見られる妄想や幻覚の正体だ。この症状には、「振戦譫妄」という名前がついている。

依存症患者がリハビリセンターに入り、アルコールを飲まなくなると、脳は待ってましたとばかりにレム睡眠をむさぼるようになる。

長い間失われたレム睡眠を、一気にとり戻そうとする。これが「レム睡眠リバウンド」と呼ばれる現象だ。

ある研究により、依存症のレベルまで行かなくても、レム睡眠不足による譫妄状態になることが証明された。

すでに見たように、レム睡眠の機能の1つは、記憶の統合と関連づけだ。

これは、新しい言語を習得するときに抽象的な文法を自分の頭の中で組み立てたり、関連ある事実をつなぎ合わせて大きな全体をつくったりするときに必要な機能だ。

研究は、大勢の大学生を対象に 7日間にわたって行われた。

実験の条件は3つあり、学生を3つのグループに分けて、それぞれに1つの条件を与える。

実験初日、すべての参加者が、人工的につくったまったく新しい言語の文法を学ぶ。コンピューターのプログラム言語を新しく学ぶのに似ているかもしれない。実験初日、すべての参加者が新しい文法を順調に身につけた。90%の正答率だ。

そして 1週間後、文法の知識がどれだけ脳に定着しているかテストする。ここで、3つの条件が登場する。

第一のグループは、 2回目のテストまでの間、普通に眠ることを許される。

第二のグループは、実験の初日に、アルコールを摂取してから就寝する。オレンジジュースで割ったウォッカを 2 ~ 3ショットだ。被験者の性別と体重を考慮し、血中アルコール濃度が同程度になるようにお酒の量を調整する。

そして第三のグループは、初日と 2日目は普通に眠り、 3日目の夜にアルコールを摂取する。酔いの程度は第二のグループの初日と同じだ。

どのグループも、初日に文法を学ぶときは完全に素面だ。

そして 7日目に行われる 2回目のテストも、完全に素面の状態で受ける。

これで、テストの結果に違いが出ても、記憶する段階と思い出す段階でアルコールの影響があったからではない、ということがわかる。

結果に違いが出たのなら、それは間の段階で記憶を阻害する何らかの要素があったからだ。

2回目のテストの結果、ずっと普通に寝ていたグループは、初日に学んだことをすべて覚えていた。むしろ抽象的な概念をさらに深く理解し、知識が増えていたほどだ。とはいえ、これは予想通りの結果だった。健全な睡眠にはそのような力がある。

対照的に、初日の夜にアルコールを摂取したグループは、 7日後には部分的な記憶喪失とも呼べるような状態になっていた。初日の覚えたことの 50%を忘れていたのだ。

この結果は、本書でもすでに見た事実とも一致している。

記憶を定着させるには、学んだ日の夜の睡眠がカギを握るということだ。

しかし、真の驚きは第三のグループだった。

初日の学習から 2日間は健康な眠りを確保したにもかかわらず、 3日目の夜のアルコールによって、初日に覚えていたことの 40%を忘れていたのだ。

初日にアルコールを摂取したグループとほぼ変わらない結果だ。

学習した初日のレム睡眠には、複雑な知識を同化させるという働きがある。

そのため学習初日にアルコールを摂取すると、この働きが阻害される。

しかし、ここで特筆すべきは、どうやら記憶の処理は初日だけでは終わらないということだろう。初日をすぎても、何らかの理由で睡眠が阻害されると、記憶の処理と定着も大きな影響を受ける。そして睡眠の阻害には、アルコールの摂取も含まれる。

初日と 2日目にたっぷり寝て、 3日目に睡眠が阻害されるケースでも、影響は大きかったのだ。

この発見を、現実の場面にあてはめて考えてみよう。あなたは学生で、月曜の試験に向けて詰め込み勉強をしている。水曜日は 1日中まじめに勉強した。その日の夜、友だちから飲みに誘われた。しかしあなたは睡眠の大切さをよく知っているので、誘いを断る。

木曜日にも飲みに誘われたが、あなたはまた断り、ぐっすり眠るほうを選んだ。

そして金曜日、友だちはみなパーティにくり出している。そこであなたは考える。まじめに勉強した水曜日から 2日間はきちんと寝たのだから、もう大丈夫だろう。

記憶の処理は終わり、脳に定着したはずだ。しかし、悲しいかな、それは甘い考えだ。

ここでアルコールを摂取すると、レム睡眠が阻害され、学習したことの多くが消えてしまうのだ。

それでは、新しい記憶をどれくらい寝かせれば、完全に処理が終わって脳に定着したといえるのだろうか。はっきりした答えはまだわかっていない。しかし、数週間にわたる研究はすでに行われている。

今のところわかっているのは、 3日目の夜ではまだ記憶の処理は終わっていないということだ。

学部生の授業でこの事実を紹介すると、教室にはうめき声がこだまする。

そこで私は、政治的には正しくないアドバイスをする──飲みたければ朝にパブへ行きなさい。そうすれば寝るまでにはアルコールが抜けているだろう。

冗談はともかく、睡眠とアルコールに関しては、いったいどうするのが正解なのだろうか。

厳しすぎると思われるだろうが、アルコールが睡眠に悪影響を与えることは事実であり、これだけ科学的な証拠がそろっていると否定のしようがない。

夕食と一緒に 1杯のワインをたしなむぐらいなら影響はないと思うかもしれない。しかし、そのアルコールを体内で分解して排出するのに、肝臓と腎臓が何時間にもわたって働かなければならない。生まれつきアルコールを分解する酵素が多い人でもそれは同じだ。

夜のアルコール摂取は、あなたの睡眠を阻害する。望まれていない答えなのは重々承知しているが、それでも私からのアドバイスは、やはり「飲むな」にならざるを得ない。

夜は涼しく──理想的な寝室の温度は 18・ 3度

身のまわりの温度、とくに自分の身体や脳に近い場所の温度は、眠りとの関係でもっとも見過ごされている要素だろう。これは寝つきのよさにも、眠りの質にも影響を与える。

部屋の室温、寝るときに着ているもの、そして布団が温度を決めている。

そして昔と大きく変わったのが部屋の室温だ。

部屋の中が暖かくなったことは、現代人の睡眠に大きな影響を与えている。

第 2章でも見たように、眠りに入るには身体の中心の体温(中核温)が摂氏 1度ほど下がる必要がある。そのため、暑すぎる部屋よりは、寒すぎる部屋のほうが寝つきがいい。

寒すぎる部屋は、少なくとも脳と身体の温度を下げて、眠るのに最適の状態にしてくれるからだ。

中核温が低下すると、脳の中央にある温度に敏感な細胞がその変化を感知する。

この細胞は視床下部の中にある。

温度の細胞のすぐ隣にあるのが、脳内の 24時間時計である視交叉上核だ。

もちろん、それには理由がある。

夜になり、中核温がある一定の温度より下がると、温度の細胞がすぐ隣にいる視交叉上核にメモを送る。そのメモと、あたりが暗くなってきたという情報を頼りに、視交叉上核はメラトニンの分泌を始める。

つまり、メラトニンの分泌を促す情報は、日が暮れて暗くなることだけではない。

日が暮れて温度が下がることも、メラトニンの分泌には必要だ。

夜の暗さと、夜の寒さは互いに独立した要素だが、それが協力して体内のメラトニン分泌を促してくれるおかげで、私たち人間は理想的な時間に眠りに落ちることができる。

しかし、あなたの身体も、ただ身のまわりの気温にすべてを任せているわけではない。

中核温をコントロールする1つの方法は、皮膚の表面を活用することだ。体温調節の仕事は、主に身体の3つの部位が担当している。手と、足と、そして頭だ。

これらの部位はどれも、皮膚のすぐ下で血管が密集している(この状態は「動静脈吻合」と呼ばれる)。

血液が皮膚の表面近くで広がり、まわりの温度の影響を受けやすくなる。

つまり、手、足、頭は、きわめて効率的な放熱装置というわけだ。睡眠の直前になると、盛大に放熱を行って中核温を下げてくれる。手足が暖かいと、中核温は下がりやすい。そのため寝つきもよくなる。

つまり、寝る前に水で顔を洗うのは、生理学的に見てもとても理にかなった習慣であるということだ。

あなたはもしかしたら、顔を洗ってさっぱりするから寝つきがよくなると思っていたかもしれない。

しかし、顔の皮膚の清潔さは、睡眠とは何の関係もない。

ここで大切なのは、手と顔を水で濡らすという行為そのものだ。

水(お湯でもかまわない)で皮膚を濡らすと、蒸発するときに一緒に熱も逃げていく。その結果、中核温が下がるのだ。

寝ている間に手足が布団から出ることがあるのも、身体の先端部分から熱を逃がし、高くなりすぎた中核温を下げることが目的だ。

これは眠っている間の出来事なので、本人はだいたい気づいていない。

子どものいる人なら、夜に寝室をのぞいたときに、この状態を確認できるだろう。

眠るときに中核温が下がるという現象は、 24時間単位で気温が上がったり下がったりする環境と関係がある。

ホモ・サピエンスは、アフリカ東部の赤道付近で進化した。この地域は、年間を通じて平均気温の変化がほとんどなく、プラスマイナス 3度ほどだが、夜と昼の寒暖差は大きい。冬は 8度の差があり、夏は 7度の差がある。

ケニア北部に暮らす遊牧民のガブラ族や、狩猟採集民のハッザ族やサン人といった工業化以前の暮らしをしている民族は、今でも自然界の温度と調和した生活を送っている。

小屋は風通しがよく、冷暖房の設備はない。寝具は最小限で、ほぼ裸だ。生まれたときから死ぬまで、ずっとこの状態で眠っている。

彼らが健康的な時間に就寝し、しかもぐっすり眠れるのは、外気とほぼ同じ温度の環境で眠っているからだ(もう1つの大きな要素として、人工的な光を浴びないことがあげられる)。

管理された室温や、暖かすぎる布団や寝間着から解放された彼らは、言ってみれば温度のリベラリズムを体現している。

そしてそれは、快適な睡眠を妨げるのではなく、むしろ促進しているのだ。

対照的に、工業化された社会に暮らす私たちは、自然の気温の変化とは切り離された生活を送っている。

室内の温度はセントラルヒーティングやエアコンで管理され、眠るときは暖かい布団とパジャマがある。

つまり私たちは、ほぼ一定した温度の環境で眠っているということだ。

夜になっても室温が下がらないので、視床下部はメラトニンを放出するタイミングをつかめない。

それに、身体も衣類や室温でつねに暖かい状態に保たれているので、放熱がうまくいかず、中核温が下がらない。布団やパジャマが一般的なものであるなら、ほとんどの人にとって、理想的な寝室の温度は摂氏 18・ 3度だ。

これを聞いて驚く人は多い。

寒すぎるのではないかと感じるからだ。もちろん、その人独自の体質や年齢、性別によって多少の違いはある。

しかし、これは推奨される 1日の摂取カロリーと同じで、だいたいの目標にするには悪くない数字だ。

現代人のほとんどは、気温が高すぎる環境で眠っている。そのことも、眠りの質や量に満足できない一因になっているだろう。

たしかに寒ければいいというわけではなく、 12・ 5度を下回ると、よほど暖かい布団やパジャマでないかぎり、むしろ眠りに悪影響を与える。

とはいえ、たいていの人が、室温 20 ~ 22度ほどの暑すぎる環境で眠っていると思われる。不眠症で睡眠外来を受診すると、たいてい寝室の温度を尋ねられる。そして、今より 3度から 5度下げたほうがよいとアドバイスされるのだ。

睡眠と気温の関係がにわかには信じられないという人も、これまでのさまざまな研究結果を見れば考えが変わるかもしれない。

たとえばある研究では、ラットの足や身体を温め、皮膚の表面近くに血液を集めて放熱を促し、中核温を下げた、するとそのラットは、他のラットよりもはるかに早く寝ついたという。

人間を対象にした、もっと変わった実験もある。

まず、温度調節機能のついた「睡眠スーツ」を着てもらう。

全身を包むタイプで、ダイビングのウェットスーツのような形状だ。スーツの裏に細いチューブがはりめぐらされている。人工の静脈のようなものだ。四肢、手足、胴など、身体の主要な部分は、すべてこの人工静脈に密着している。

研究者は、狙った部分のチューブに水を流すことで、身体の各部位の表面温度をコントロールすることができる。

その間、被験者はずっとベッドに横になっている。

手足だけを選んで体温をわずかに上げたところ(具体的には 0・ 5度)、その部位の血流が増し、身体の内部にたまっていた熱が放出された。

すると被験者は、普通の状態よりも 20%早く寝ついたのだ。

若く、健康で、元々寝つきのいい被験者だったが、それでもこれだけの効果があった。

しかし、彼らはこの結果に満足せず、今度は睡眠に問題のある2つのグループを被験者に選んだ。

それは高齢者と、不眠症の患者だ。

そして前と同じように体温を操作したところ、高齢者は若者と同じような結果になった。寝つくのが普段より 18%早くなったのだ。

そして、不眠症患者のほうはさらに大きな効果が認められた。寝つくまでの時間が 25%も短縮されたのである。

入眠時だけでなく、一晩にわたって体温が下がるように調節したところ、被験者はぐっすり眠る時間が増え、途中で起きる時間が減った。

実験前の彼らは、睡眠の後半に入ると 58%の確率で覚醒し、それから眠りに戻るのに苦労していた。

これは睡眠維持に苦労する不眠症の典型的な症状だ。それが睡眠スーツによる体温調節を受けると、わずか 4%まで減ったのだ。

そしてすべての被験者で、脳波で見る睡眠の質、とくに深いノンレム睡眠の質も向上が認められた。

あなた自身も、自分では気づいていないかもしれないが、おそらくこの温度調節法を自分の睡眠で活用しているだろう。

寝る前にお風呂にゆっくりつかるのは、多くの人にとって最高に贅沢なひとときだ。それに、身体を温めれば寝つきがよくなるような気もする。それはたしかにその通りだが、理由はあなたの想像とは正反対かもしれない。

お風呂に入ると寝つきがよくなるのは、身体が芯まで温まったからではない。温かいお湯につかると、血流が表面に集まる。皮膚が赤くなるのがその証拠だ。

そしてお湯から出ると、拡張した血管から急速に熱が放出され、中核温が大幅に下がる。むしろ身体の芯が冷えることが、寝つきがよくなる本当の理由だ。また、寝る前のお風呂は、健康な大人で深いノンレム睡眠が 10 ~ 15%増えるとされている。

目覚まし時計の功罪

工業化された世界が私たちの睡眠を襲う武器は、夜の人工光、変化のない室温だけではない。「早起きを強いる文化」もその1つだ。

きっかけは、産業革命によって大きな工場が誕生したことだ。大きな工場を動かすには、大勢の工員が同じ時間に工場に来る必要がある。そこで誕生したのが工場の汽笛だ。

労働者の暮らす村では、朝になると、工場が鳴らす汽笛に静かな空気を切り裂かれる。

すべての労働者を同じ時間に起こし、同じ時間に工場に来させるのが目的だ。そして時が流れ、このおせっかいな汽笛は、目覚まし時計に形を変えて個人の寝室にまで侵入してきた。

まだ眠いのにむりやり起きるという習慣があるのは、すべての種族の中で人類だけだ。他の種族は、こんなむちゃなことはしない。

目覚ましでむりやり起きた人と、自然に起きた人の体内で起こっていることを比べてみればよくわかる。

実験によると、目覚ましで起きた人は起床直後に血圧が急上昇し、脈拍も上がる。目覚ましの音で、「戦うか、逃げるか」のストレス反応が起きたことが原因だ。

目覚まし時計には、さらに大きな危険が潜んでいる。それはスヌーズボタンだ。短時間の間に何度も目覚ましで起こされるのは、そのたびに心臓にショックを与えるということでもある。

これを週に 5回のペースで長年続けていたら、一生のうちに心臓や神経系がどんなにダメージを受けるか想像に難くないだろう。

睡眠で何らかの問題を抱えている人は、まず「休日か平日かにかかわらず、毎日同じ時間に起きる」ということを実践してもらいたい。

実際のところ、不眠症の治療法としては、これがいちばん効果がある。

しかし、決まった時間に起きるには目覚まし時計が必要だという人も多いだろう。

目覚ましを使うなら、スヌーズ機能だけは使わないように。1回のアラームで起きるようにすれば、心臓に何度も負担をかけずにすむ。

余談だが、私は独創的な(つまりバカげた)しくみの目覚まし時計を集めるのが趣味だ。自分をむりやり起こすという人間の愚行の記録を、せめて後世に残せたらという希望もある。

たとえばある目覚ましでは、幾何学的な形をしたブロックが、本体の同じ形をした穴にはめ込まれている。そして時間になると、ただアラームが鳴るだけでなく、はめ込んだブロックが一斉に飛び出して床に散乱するのだ。落ちたブロックを拾い、すべて元の場所にはめ込むまで、アラームは鳴り続ける。

しかし、私のいちばんのお気に入りは別にある。

何の紙幣でもいいのだが、たとえば 20ドル札を時計の正面にある穴に差し込む。そして朝になってアラームが鳴ると、一定の時間内にお札を抜きとらないと、シュレッダーにかけられてしまうのだ。

行動経済学者のダン・アリエリーは、さらに残酷な方法を思いついた。

目覚まし時計を WiFi経由で自分の銀行口座につなぎ、寝過ごす時間が 1分増えるごとに、口座から 10ドルが政治団体に送られるのだ──それも、心から嫌っている団体に。

朝起きるためだけに、私たちはここまでのことをしなければならない。この事実だけでも、現代人の睡眠不足の深刻さがよくわかるだろう。

夜は明るい人工光にさらされ、朝は早くから仕事や学校に行かなければならない。自然の温度変化も感じられない環境で暮らし、カフェインやアルコールの攻撃も受けている。これではぐっすり眠れないのも当たり前だ。

21世紀の世界は、自然な眠りとは相容れない環境になっている。

環境活動家で詩人のウェデル・ベリーが発明した表現を借りれば、現代社会は自然が生み出した完璧な解決策(睡眠)をとり出し、それを2つの問題に分けた。

1つは、夜に睡眠が足りないこと。そしてもう1つは、日中も疲れが残ることだ。この2つの問題を解決するために、現代人は睡眠薬に助けを求めた。これは賢い選択なのだろうか? 次の章で、この質問について科学と医学の面から検証していこう。

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