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第 12章睡眠障害と眠らないことによる死──どのくらい眠ればいいのか

医学的に見て、睡眠ほど数多くの深刻な障害とセットになるものはない。

少し大げさな表現だと思うだろうか。

しかし、たとえば昼間にいきなり気絶したように眠ってしまうナルコレプシー、寝ている間に人を殺す夢遊病の殺人者、レム睡眠中も筋肉が弛緩せず、夢の中での行動を実際にやってしまう病気、そして寝ている間にエイリアンに拉致されたと思い込む症状──。

ここまで並べれば、冒頭の主張も理解できるのではないだろうか。

おそらくもっとも驚きを禁じ得ないのは、数ヵ月のうちに死んでしまう珍しい不眠症だろう。

眠らないと死ぬということは、数々の動物実験でも証明されている。

この世に存在する睡眠障害を並べたら、おそらく膨大なリストになってしまう。そこでここでは、数を絞って見ていきたい。

具体的には、夢遊病、不眠症、ナルコレプシー、そして致死性家族性不眠症だ。睡眠の科学の観点から分析し、これらの病気が教えてくれる睡眠と夢の謎について考えていこう。

目次

夢遊病

夢遊病は睡眠障害の一種であり、眠りながら何らかの動きをするのが特徴だ。

眠りながら歩く、話す、食べる、メールを送る、セックスをするなどの症状があり、また非常にまれではあるが、眠りながらの殺人も報告されている。

おそらくたいていの人は、夢遊病はレム睡眠のときに起こると考えるだろう。

レム睡眠で見た夢を、そのまま行動に移していると考えるのが自然だからだ。

しかし実際は、いちばん深いノンレム睡眠のときに起こっている。つまり夢を見ていないときだ。

眠りながら歩いている人を起こし、歩いている間に何を考えていたか尋ねると、たいてい答えは返ってこない。

彼らは、夢をそのまま行動に移していたのではなく、何かの意思をもって動いていたのでもない。

夢遊病の原因は完全に解明されたわけではないが、これまでに集められたデータを総合すると、深い眠りの最中に予期しない形で神経系の活動がいきなり激しくなることが、きっかけの1つと考えられる。

強い電流が脳を刺激し、深いノンレム睡眠という地下室から、覚醒という最上階のペントハウスまで一気に駆け上がれと命令を出す。しかし脳は、途中のどこかで止まってしまう。

深い眠りと覚醒という正反対の世界の真ん中で身動きがとれず、眠りと覚醒が混在した状態になる。起きているわけでもなければ、寝ているわけでもない。この混乱のなかで、脳はいつもやっている基本的な動きをしようとする。

たとえば、クローゼットへ行って扉を開ける、水の入ったコップを口へもっていく、言葉を話す、といったことだ。

正式に夢遊病と診断するには、患者に病院に泊まってもらい、一晩か二晩にわたって観察する必要がある。

頭と身体に電極をつないで睡眠のステージを測定し、天井にとりつけた赤外線カメラで夜の間に起こったことを撮影する。

夢遊病の症状が出ると、天井カメラの映像と、電極から送られてくる脳波のデータが矛盾するようになる。

これは、どちらかが嘘をついているのだろうか? 映像を見ると、患者は完全に起きているように見える。

ベッドの端に腰かけて何か話し始める人もいれば、服を着て部屋を出ようとする人もいる。

しかし脳波を見ると、患者は、または少なくとも患者の脳は、ぐっすり眠っている。脳波だけを見れば、紛れもない深いノンレム睡眠の脳波だ。

起きている脳に特徴的な、激しく無秩序な動きはまったく見られない。夢遊病の症状のほとんどはとくに害がない。しかし大人の夢遊病の場合、ときにはとんでもない行動につながることもある。

1987年、当時 23歳のケネス・パークスは、カナダのトロントで妻と生後 5ヵ月の娘と一緒に暮らしていた。

パークスは失業中で、さらにギャンブルによる借金もあった。そのストレスもあり、ひどい不眠症に悩まされていた。パークスはどこから見ても、暴力的な性格ではない。良好な関係にあった妻の母親からは「優しい巨人」と呼ばれていた。

たしかにパークスは物静かな性格だが、身長 193センチ、体重 102キロと、体格はかなり立派だった。そして、運命の5月 23日がやって来た。

パークスはカウチに寝そべってテレビを見ながら、そのまま眠りに落ちた。そして午前 1時半ごろ、いきなり起き上がり、裸足で車に乗り込んだ。

どの道路を走ったかにもよるが、義理の両親の家までだいたい 22キロほど運転したと推定される。

パークスは義父母の家に入り、 2階に上がると、自宅のキッチンからもってきたナイフで義母を刺し殺した。そして義父もナイフで刺し、意識がなくなるまで首を絞めた(義父は一命をとり止めた)。

パークスは再び車に乗って運転を始めた。そしてある時点で完全に目覚めると、そのまま警察に行ってこう告げた。

「自分は誰かを殺したような気がします……。この手が……」。

彼の手は血で真っ赤に染まっていた。

そのときに初めて気づいたのだが、どうやらもっていたナイフで、自分の上腕を自分で切っていたようだった。

パークスは、殺人のことは断片的にしか覚えていなかった(たとえば、義母の顔に浮かんだ恐怖など)。動機もなかった。

そして昔から夢遊病の症状が出ていた。家族にも夢遊病が多かった。

そこで彼の弁護団は、これは重度の夢遊病の症状であり、犯行当時の彼は眠っていたと主張した。自分の行動に気づいていなかったのだから、罪に問うことはできないというのだ。

1988年5月 25日、陪審は無罪の評決を下した。

それ以降、夢遊病時の犯行という理由で無罪を主張するケースが数多く出現したが、そのほとんどが有罪になっている。

ケネス・パークスの事例は中でもとくに悲劇的であり、彼自身もまだ罪悪感に苦しんでいる。おそらくその苦しみは一生続くだろう。

しかし、私がここでこの事例を紹介したのは、読者を怖がらせるためではない。

夢遊病がもたらす悲劇をセンセーショナルに煽りたかったからではない。

私が伝えたかったのは、睡眠から生まれる無意識の行動が、法律的にも社会的にも深刻な結果をもたらす可能性があるということだ。

そして医療関係者には、ぜひ司法の場で適切な助言をして、正しい司法判断が下るように尽力してもらいたい。もう1つ、確認しておきたいことがある。

今これを読んでいる人たちの中にも、夢遊病の症状が出ている人がいるかもしれない。しかし、たいていの症状(眠りながら歩く、話すなど)は無害であり、とくに治療の必要はない。

医療の介入が必要になるのは、夢遊病の本人か、またはその家族やパートナーが、症状によって健康被害を受けている、または身の危険があると判断されたときだけだ。

効果的な治療は存在する。

ケネス・パークスが、あの5月の夜の前にその治療を受けられなかったのは、とても残念なことだ。

不眠症

ただ睡眠が足りないだけでは不眠症ではない。

睡眠不足を医学的に定義する基準は、第一に、眠る能力は十分に備えているがそれでも睡眠が足りないこと、そして第二に、自分に十分な睡眠の機会を与えないことだ。

つまり睡眠不足とは、眠ることはできるが、あえて十分な時間の睡眠をとらないことだと定義される。

一方で不眠症の定義は、第一に、睡眠を発生させる能力が不十分であること、そして第二に、自分に睡眠の機会を十分に与えているにもかかわらず眠れないことだ。

つまり不眠症の人は、十分な睡眠時間をとっても、質量ともに不十分な睡眠しか得られない。話を先に進める前に、「睡眠状態誤認」と呼ばれる現象にも触れておこう。これは「逆説性不眠症」とも呼ばれている。

本人は一晩中よく眠れなかった、または一睡もできなかったと訴えるのだが、電極などを使って客観的に観察すると、きちんと眠っている。本人が感じているよりはずっとよく眠っていて、ときには完全に熟睡していることさえある。

つまり、睡眠状態誤認は読んで字のごとく、自分の睡眠状態を正しく把握していないということだ。

そのため、この症状は心気症の一種と考えられている。

まるで「そんなのは気のせいだ」と軽く扱われているように感じるかもしれないが、睡眠医療の世界では深刻な問題だと認識されている。この診断が降りたら、精神科による治療が可能だ。

それでは、本物の不眠症に話を戻そう。不眠症にもさまざまな種類がある。

ある1つの分類法によると、不眠症は大きく2つに分けられる。1つは「入眠障害型」で、これはなかなか寝つけないという症状だ。もう1つは「睡眠維持障害型」で、夜の間に何度も目が覚めるという症状になる。

俳優でコメディアンのビリー・クリスタルは、自分の不眠症についてこんなことを言っていた。

「私の眠りは赤ちゃんと同じだ。1時間おきに目を覚ます」。

入眠障害型と睡眠維持障害型は、どちらかの症状だけの人もいれば、両方の症状が出る人もいる。どちらの症状が出ているにせよ、不眠症には明確な診断基準があり、それを満たさないと不眠症とは診断されない。

基準を紹介しよう ・睡眠の量、または質に不満をもっている(たとえば、寝つきが悪い、眠りが浅い、途中で何度も起きる、早朝に目覚めてしまう、など)。

  • ・日中も極度のだるさや眠気が残る。
  • ・週に 3日以上不眠の状態になり、それが 3ヵ月以上続いている。
  • ・不眠症と似た症状が出るような心身の病気にはかかっていない。

具体的には、次のような症状が慢性的に現れることだ。

寝つきが悪い、夜中に目が覚める、早すぎる時間に目が覚める、途中で起きた後でなかなか寝つけない、日中もつねに身体がだるいなど、あてはまる症状があり、さらにその状態が数ヵ月続いているなら、睡眠専門の医療機関を受診することをおすすめする。

ここでただの「医療機関」ではなく、わざわざ「睡眠専門の」と書いたのには意味がある。

近所の診療所でも、間違いなく優秀な医師はたくさんいるだろう。しかし普通に医学部で学び、病院で研修を受けるだけでは、睡眠に関する教育はほとんど受けることがない。

そのためたいていの医師は、不眠を訴える患者には睡眠薬を処方する。次の章でも触れるが、睡眠薬が正しい答えであることはめったにない。

不眠症の診断で、症状が出る頻度や長さを重視するのは(週に 3日以上で、その状態が 3ヵ月続く)、睡眠の不調は誰でも経験するからだ。たまに眠れないくらいならとくに問題はない。たいていの場合、仕事のストレスや人間関係など、明確な原因がある。

原因の問題が解決すれば、不眠の症状も自然と消えることが多い。このように厳格な定義があるにもかかわらず、慢性的な不眠症は驚くほど一般的な病気だ。

道ですれ違う人のうち、およそ 9人に 1人が医学的な不眠症と診断される。アメリカ国内で換算すると、およそ 4000万人が不眠に悩んでいることになる。

また、理由はよくわからないが、不眠症は男性よりも女性のほうが多く、およそ 2倍にもなる。男性は不眠症だと認めたがらないせいだという説もあるが、それだけではこの数の違いは説明できない。

人種や民族による違いも大きく、アフリカ系やヒスパニックは、白人よりも不眠症になりやすい。

この違いは、糖尿病、肥満、心血管疾患といった、睡眠不足との関連が指摘されている病気や症状のリスクとも呼応している。

しかし実際のところ、不眠症の問題は、これらの数字が示唆するよりもはるかに深刻な状態になっている。

診断の基準を少しゆるめ、疫学的なデータだけで考えるなら、この本を読んでいる人の 3人に 2人が、寝つきが悪い、夜中に目が覚めるなどの症状を週に 1回のペースで経験している可能性がある。

つまり簡単に言うと、不眠症は深刻な現代病であり、すぐにでも対策が必要だということだ。しかし、その深刻さを理解している人はほとんどいない。

不眠の対策と言えば薬を処方することが一般的であり、アメリカにおける睡眠薬や睡眠導入剤の売上げは 1年で 300億ドルにもなる。この数字だけでも、不眠がいかに深刻な問題であるかがわかるだろう。

不眠に悩む何百万もの人々が、大金を払ってでもぐっすり眠りたいと思っているということだ。しかし、本当の問題はお金ではない。

不眠の原因のほうがより深刻だ。遺伝も原因の1つであり、親から子どもに遺伝する確率は、 28 ~ 45%になる。しかし、この数字を見ればわかるように、遺伝が原因のすべてではない。

大半の患者は、遺伝以外か、または遺伝と環境の両方が原因になっている。慢性的な不眠症のもっとも一般的な要因は2つある。どちらも精神的な要因だ。

1つは悩みや心配事であり、もう1つは落ち込みや不安だ。現代社会のスピードに追い立てられ、情報の洪水で溺れている私たちにとって、布団の中だけは何も考えずにすむ場所ということになっている。

しかし、意識的に何も考えないようにするのは至難の業だ。横になったとたんに、今日の出来事や、明日やるべきことが次々と頭に浮かび、後悔したり、心配したりしている。

ときには遠い未来のことまで気に病んでいる。この状態で、睡眠の穏やかな脳波を出し、一晩ぐっすり眠れるわけがない。

不眠症の主な原因は、精神的な問題だ。

そのため研究者たちは、精神の問題を引き起こす生物学的な原因に注目してきた。

そして、1つの原因が浮かび上がった。

それは交感神経系の過活動だ。交感神経系は、前にも見たように、「戦うか、逃げるか」のストレス反応を引き起こす役割がある。

危険や急性のストレスに対して交感神経系が反応し、身を守るために戦うか、または逃げるかを判断する。

生理的な反応としては、脈拍が速くなる、血流が増える、代謝率が上がる、コルチゾールなどのストレスホルモンが分泌される、脳が活性化するなどがある。

それらの反応はすべて、本当に身の危険が迫っているなら役に立つ。

しかし、この「戦うか、逃げるか」の状態は、そもそも長時間にわたって続くべきものではない。慢性的に「戦うか、逃げるか」のスイッチがオンになっていると、さまざまな健康問題を引き起こす。そして現在、不眠症もその1つだと認識されるようになった。

なぜ「戦うか、逃げるか」のスイッチがオンになっていると、不眠につながるのだろうか。

その理由はいくつか考えられ、本書でもすでに触れたものもあれば、まだ触れていないものもある。

原因の第一は、交感神経系の過活動で代謝率が上がることだ。これは不眠症患者によく見られる症状であり、そして代謝率が上がると、身体の中心の体温(中核温)が高くなる。

第 2章でも見たように、眠るためには中核温を 2 ~ 3度下げる必要がある。

代謝率の高い人は、中核温が下がりにくいために、眠るのが困難になるのだ。

そして第二に、ストレスホルモンの存在があげられる。

交感神経が興奮すると、コルチゾールや、その仲間であるアドレナリン、ノルアドレナリンが分泌される。どのホルモンも、心拍数を上げる働きがある。

通常であれば、浅い眠りから深い眠りへと移行するにつれて、心血管システムも活動が穏やかになる。

しかし脈拍が速い状態では、この移行がうまくいかない。これら 3種類のホルモンはどれも代謝率を上げ、その結果として中核温が上がる。それが速い脈拍と組み合わさり、さらに眠るのが困難になる。

そして第三に、第二で指摘したホルモンの働きにより、交感神経系と関連した脳の活動が変わること。熟睡できる人と、不眠症患者の脳の働きを比較した研究がある。

それぞれが眠ろうとするときの脳の働きをスキャナーで観察したところ、熟睡できる人は、感情の脳(扁桃体)と記憶の脳(海馬)、そして脳幹の中にある緊張や注意を司る部位がすぐに静かになった。一方で不眠症患者は、この3つの部位がずっと活動していたのだ。

また、脳の視床という部位は外界からの知覚を受けとる役割を果たし、睡眠中は活動を休止するべきなのだが、不眠症の人はこの視床もずっと活動したままだった。

簡単に言うと、不眠症の人は、脳がずっと緊張状態にあるということだ。

ノートパソコンを閉じてスリープモードにしたと思っていたのに、後で気づいたらずっとスリープしていなかったという経験は、おそらく誰にでもあるだろう。その間パソコンは、ずっとスクリーンがオンで、ファンも回りっぱなしだ。

こうなる理由は、たいていの場合、まだ何かの処理が続いていてスリープできないことにある。脳画像を使った研究の結果、不眠症の脳内でもこれと同じような状態になっていることがわかった。

感情と記憶のプログラムがずっと処理中で、いくら目を閉じてもスリープモードに入れない。

交感神経系の「戦うか、逃げるか」反応と、感情、記憶、注意を司る脳の3つの部位の間には、直接的なつながりがある。

この肉体と脳の交信でさらに緊張状態が高まり、結果として眠れなくなるのだ。

そして第四に、不眠症患者はたとえ眠っても、眠りそのものの質が違うという問題がある。

ここでもまた、「戦うか、逃げるか」反応が過敏になっていることが原因のようだ。

不眠症の人は、眠りの質が悪い。ノンレム睡眠の間も、脳波に力強さがなく、波形も浅くなっている。さらにレム睡眠はこま切れで、本人は気づいていないが、何度も途中で覚醒している。

そして眠りの質が悪いために、一晩寝ても疲れがとれず、身体のだるさが一日中続く。頭がうまく働かず、感情のコントロールもできない。こう見ると、不眠症は夜だけの問題ではないことがよくわかるだろう。1日 24時間に影響を与える深刻な病気だ。

ナルコレプシー

感情は、私たちの人生を価値あるものにしてくれる。感情のおかげで、心も体も健康で、元気でいられる。もし感情がまったくなかったら、人生はとたんに味気なくなるだろう。感情のない人生は、ただ存在しているだけにすぎない。

そして悲しいことに、ナルコレプシー患者の多くは、まさにこの存在するだけの人生を強いられている。

医学的に定義すると、ナルコレプシーは神経疾患の一種だ。つまり原因は中枢神経系、具体的には脳にあるということになる。症状が現れるのはだいたい 10歳から 20歳だ。

遺伝子の異常も原因の1つだが、異常は突然変異であり、親から子へ遺伝するわけではない。

また、ナルコレプシーは人間だけの病気ではない。他の多くの哺乳類も発症する。

ナルコレプシーの症状は、大きく分けて3つある。

第一に、日中に激しい眠気に襲われること。

第二に、金縛りのような状態になること。この状態を睡眠麻痺と呼ぶ。

そして第三の症状はカタプレキシーだ。ナルコレプシー患者にとってもっとも厄介な症状は、日中に激しい眠気に襲われることだろう。

仕事中、車の運転中、家族や友人と会食中などに耐えがたい眠気に襲われ、起きていられなくなる。

この描写を読んで、「大変だ! 自分もナルコレプシーだ!」と思った人も多いかもしれない。

しかし、可能性はかなり低いだろう。

ナルコレプシーの患者は 2000人に 1人であり、この割合は多発性硬化症と同じくらいだ。

ナルコレプシーでもっとも特徴的な症状は、昼間に襲ってくる激しい眠気だ。

激しい眠気は経験があると思うかもしれないが、ナルコレプシーの眠気はそんな生やさしいものではない。たとえるなら、 3日か 4日ずっと起きているときに感じる眠気と同じくらいだ。

症状の2つ目は、睡眠麻痺だ。

目が覚めているのに、動くことも、話すこともできない。一時的に自分の身体の中に閉じ込められている状態だ。これらの症状は、たいていレム睡眠中に起こる。

前にも見たように、レム睡眠中は身体の筋肉が麻痺して動かなくなる。夢の動作を実際にしないようにするためだ。通常であれば、目が覚めれば、その瞬間に筋肉の麻痺も解除される。

しかし、ごくまれにではあるが、脳が覚醒しても、レム睡眠の麻痺が身体に残ることがある。これはたとえるなら、パーティはもう終わっているのに、空気が読めずにいつまでも残っている人のようなものだ。

脳が覚醒したので起きようとするのだが、身体は麻痺しているので動かない。まぶたを開けることも、寝返りをうつことも、声をあげることも、手足を動かすこともできない。

しかし、しばらく待てば、レム睡眠の麻痺は消え、思い通りに身体を動かせるようになる。

睡眠麻痺を経験したことがあるという人も、心配はいらない。睡眠麻痺はナルコレプシーだけの症状ではない。健康な人でも、およそ 4人に 1人は睡眠麻痺を経験している。つまり、しゃっくりと同じくらいよくある症状だ。

私自身も、これまでに何度か睡眠麻痺を経験している。そして私はナルコレプシーではない。

ナルコレプシー患者の睡眠麻痺は、通常の人よりもはるかに頻度が高く、症状の出方も激しい。

ここで余談ではあるが、さらに珍しい事例を紹介しておこう。

睡眠麻痺の状態になった人は、たいてい恐怖を感じ、部屋の中に侵入者がいるような気分になる。恐怖を感じるのは、侵入者という危険が迫っているのに、身体が動かないからだ。叫ぶ、立ち上がって部屋を出る、自分の身を守るといった行動をとることができない。

現在、宇宙人に拉致されたと主張する人の大部分は、おそらくこの状態になっていたのだろうと考えられている。白昼堂々、宇宙人が地球人を拉致する現場が目撃されることはまずない。たいていの宇宙人は夜にやってくる。

映画『未知との遭遇』でも、『 E・ T』でもそうだった。

それに加えて、宇宙人による拉致の被害者は、部屋の中に何か(宇宙人)がいた気がする、または絶対にいたと報告することが多い。

そして最後に、拉致被害者の多くは、身体が麻痺する薬を注射されたと主張する。この証言がおそらく決め手になるだろう。

被害者は身体が麻痺しているために、抵抗することも、逃げることも、叫んで助けを呼ぶこともできない。

しかし、彼らの身体を麻痺させたのは、もちろん宇宙人ではない。本当の犯人は、目が覚めているのに、身体にレム睡眠の麻痺が残っていることだ。

ナルコレプシーの第三の症状はカタプレキシーだ。

これが核になる症状であり、そしておそらくもっとも驚くべき症状でもあるだろう。カタプレキシーの語源は、ギリシャ語の「 kata」(倒れる)と「 plexis」(発作)だ。つまり「発作を起こして倒れる」という意味になる。

しかし、カタプレキシーと発作はまったく別のものであり、むしろ筋力が突然失われると表現するほうが正しいだろう。

脱力の程度は、頭ががくっと落ちる、顔の筋肉が下がる、あごが落ちる、ろれつが回らなくなるといった軽度なものから、膝が崩れる、全身の筋力が失われてその場に崩れ落ちるといった深刻な症状までさまざまだ。

患者にとってはこれだけでもつらいのに、さらに追い打ちをかけるような事実もある。

カタプレキシーの発作は、何の理由もなく起こるのではない。つねに中度から強度の感情に反応して起こる。ポジティブな感情でも、ネガティブな感情でも、結果は同じだ。

ナルコレプシーの患者に向かって何かおもしろいジョークを言うと、相手は糸の切れたマリオネットのように床に崩れ落ちる。

後ろからそっと忍び寄っておどかしても、相手はやはり崩れ落ちる。シャワーを浴びて気持がいいと感じることさえ、患者にとってはカタプレキシーの原因になるのだ。

ナルコレプシーの患者が車を運転しているときに、クラクションの音に驚いたらどうなるか想像してみよう。または、彼らが子どもと楽しく遊んでいたらどうなるだろう。

子どもが身体に乗ってきて、くすぐったりしたら? 子どもの発表会を見ながら、感動のあまり涙を流したら? ナルコレプシーの患者にとっては、これらすべての経験が、糸が切れたように倒れ込むきっかけになる。

それに愛のあるセックスも、彼らにはほぼ不可能だ。

このように、彼らが楽しめないことのリストは永遠に続き、どれも悲しい結末が待っている。ナルコレプシー患者が感情的に豊かな人生を送るには、カタプレキシーの発作も辞さないという覚悟が必要だ。

しかし、ところかまわず倒れ込むような状態は、やはり危険すぎる。その結果、彼らはつねに感情を動かさないようにするしかない。日々の喜びや悲しみのすべてが奪われた状態だ。

これはたとえるなら、毎日味のないお粥しか食べないようなものだ。それがどんなに味気ない人生か、容易に想像できるだろう。

目の前で誰かがカタプレキシーで倒れ込んだら、きっと完全に意識を失っているか、または眠っていると思うに違いない。しかし、実際は違う。

彼らの意識はつねにはっきりしていて、外界の動きをきちんと認識している。彼らの身体の中で起こっているのは、レム睡眠時と同じ筋力の麻痺だ。

完全に麻痺することもあれば、部分的に麻痺することもある。そのため、ナルコレプシーはレム睡眠の異常だと考えられている。

脳は覚醒しているのに、筋肉を弛緩させるという命令が間違って下された状態だ。患者が大人であれば、原因と症状を説明することができる。

それに、感情の起伏をなくす方法を指導することもできるだろう。しかし、患者が 10歳の子どもとなるとそれは難しい。

彼らに何と言えば、この無慈悲な病気を理解してもらえるだろうか。子どもの脳が健全に発達するには、豊かな感情の経験が必要だ。

子どもに「何も感じるな」と言うのは、「子どもでいるな」と言うのと同じことだ。この問題に、簡単な答えは存在しない。

しかし、現在の医学は、ナルコレプシーのしくみを解明しつつある。そしてそれと並行して、健全な睡眠についてもさらに多くのことがわかってきた。

第 3章でも見たように、通常の覚醒状態を維持する脳の部位は、脳幹と視床だ。

脳幹は注意や危険の察知を受けもち、そして脳幹の上に載るように位置する視床は知覚情報を受けとるのが役目だ。夜になって脳幹が電源を落とすと、脳幹から視床に送られる刺激もなくなる。

刺激を受けなくなった視床は、知覚情報を受けとるのをやめる。そうやって人は眠りに落ちる。

しかし、第 3章で触れなかったこともある。

それは、脳幹が電源を落とすタイミングをどうやって判断しているかということだ。

何かが脳幹に命令を出しているはずだ。その命令を受けて脳幹がオフになり、そして睡眠がオンになる。そのスイッチは、視床下部と呼ばれる部位の中にある。そして視床下部は、体内の 24時間時計を司る場所でもある。

睡眠と覚醒のスイッチと体内時計のスイッチが同じ場所にあるのは、おそらく意外でも何でもないだろう。視床下部の中にある睡眠と覚醒のスイッチは、脳幹と直通電話でつながっている。

そして起きるときはスイッチオンの信号を送り、寝るときはスイッチオフの信号を送る。そのとき、視床下部はオレキシンと呼ばれる神経伝達物質を分泌する。オレキシンは、覚醒のスイッチをオンにする指のような存在だ。

オレキシンが脳幹に到達すると、覚醒スイッチが確実にオンになり、脳幹が覚醒モードに入る。覚醒した脳幹は、知覚の入り口である視床にも「起きろ」という命令を出す。

すると、夜の間閉じていた視床の門が開き、外界の刺激が知覚という形で入ってくる。そしてあなたは、完全に目覚めることになる。

夜になると、その反対のことが起こる。夜の視床下部は、脳幹にオレキシンを送り込まなくなる。これで覚醒のスイッチがオフになり、脳幹が緊張や注意のモードから睡眠のモードに入る。

そして視床も門を閉じ、外界からの知覚をとり入れなくなる。

このように、視床下部とオレキシンが、睡眠と覚醒のスイッチをコントロールしているのだ。

電気スイッチでいちばん大切なものは何か、エンジニアに尋ねてみよう。おそらく「オンかオフかはっきりさせること」という答えが返ってくるはずだ。

スイッチは、完全にオンか、または完全にオフかのどちらかだ。その中間は存在しない。

オンかオフかどっちつかずの状態では電気システムが安定せず、期待通りの働きをしてくれないだろう。しかし、ナルコレプシーの脳内では、まさにこの問題が起こっている。その原因は、オレキシンの異常だ。

ナルコレプシー患者の死後に、その脳を解剖して詳細に調べたところ、ある異常が見つかった。オレキシンをつくる細胞のほぼ 90%が失われていたのだ。

しかもそれどころか、脳幹の表面を覆っているオレキシンを受けとる部分(受容体)の数も極端に少なくなっていた。

オレキシンが少なく、そして追い打ちをかけるようにオレキシンの受容体も少ないために、ナルコレプシー患者の脳内では、睡眠と覚醒のスイッチが不完全な状態になっている。

完全に切り替わらず、オンとオフの間をふらふらと行ったり来たりしているのだ。完全に覚醒することもなければ、完全に眠ることもない。

オレキシンの不足によって睡眠と覚醒が切り替わらないことが、ナルコレプシーの主な原因であり、また主な症状でもある。

オレキシンという指がスイッチをきちんと押してくれないので、昼の間は完全な覚醒状態を保つことができず、そして夜も完全な睡眠状態を保つことができない。

こま切れの睡眠をくり返すだけだ。ナルコレプシー患者は、 1日 24時間、ずっとこの不安定なオンとオフをくり返しているのだ。

数多くの優秀な同僚たちが力を尽くしてきたが、今のところナルコレプシーの有効な治療法は見つかっていない。ナルコレプシーは睡眠科学の敗北の象徴になっている。

その理由の一部は、患者が少ないことだ。そのため製薬会社も、研究開発に大金を投じようという気にならない。

悲しいことに今のところ、患者は症状とともに生きる道を模索し、その中で最善の人生を目指すしかない。

すでに見たように、ナルコレプシーは睡眠と覚醒のスイッチがきちんと切り替わらないことが主な原因であり、そしてスイッチの不調はオレキシンという神経伝達物質の不足が原因だ。

読者の中にも気づいた人はいるだろうが、いくつかの製薬会社がオレキシンの働きに目をつけ、不眠症の治療法を思いついた。

夜の間にオレキシンを分泌させないようにすれば、不眠症の人を眠らせることができるのではないか? 現在、この薬の開発が製薬会社によって進められているところだ。

開発に成功し、夜にオレキシンの分泌を止め、覚醒のスイッチをオフにする薬ができれば、現在の問題の多い睡眠薬よりもずっと自然な治療ができるようになるだろう。

致死性家族性不眠症

マイケル・コークは「眠れない男」として有名になり、そして眠れないために命を落とした。不眠を発症する以前のコークは活動的な人物だった。

家族思いの夫で、シカゴ南部のニュー・レキシントンにある高校で音楽を教えていた。眠りに問題が現れたのは 40歳のときだった。

当初コークは、妻のいびきのせいだと思った。夫にいびきを指摘されると、妻のペニー・コークは、それから 10日間カウチで眠ることにした。

しかしコークの不眠はよくならず、むしろ悪化する一方だった。眠れない夜が何ヵ月も続き、原因は他にあると確信した彼は、病院で診てもらうことにした。しかしどの医者も不眠の原因を突き止めることができなかった。

中には多発性硬化症のような、睡眠とは関係ない診断を下す医者もいた。

それからも症状の悪化は進み、コークはついにまったく眠ることができなくなった。文字通り一睡もできない。

普通の睡眠薬はもちろん、強い鎮静剤もまったく効かない。この当時のコークを見れば、ひどい睡眠不足であることがすぐにわかるだろう。

彼の目を見るだけで、自分までぐったりしてしまうはずだ。

まばたきはハエが止まりそうなほどゆっくりで、あれはまるで、まぶたに「ずっとこのまま閉じていたい」という意思があるかのようだった。

眠りたいという切実な欲求にあふれていた。眠れない日が 8週間続くと、コークの精神は徐々に崩壊していった。認知力の低下と比例して、肉体も衰えていった。運動機能が失われ、ただ歩くことも困難になった。

ある夜、コークは学校のオーケストラの指揮をすることになっていた。舞台の袖から歩いて中央まで行き、指揮台に上るだけでも重労働だった。それでも彼は勇敢に立ち向かい、杖をつきながら何分もかけて歩ききった。

不眠の状態が半年になろうとするころ、コークはベッドから起き上がれなくなり、ただ死を待つ状態だった。年齢はまだ若かったが、脳の状態はまるで末期の認知症の老人のようだった。

自分で風呂に入ることも、着替えることもできない。幻覚や妄想が頻繁に起こった。言葉を話すこともできなくなり、ただ頭を動かしたり、力を振り絞ってうめき声をあげたりすることで意思の疎通を図っていた。

さらに不眠が数ヵ月続き、コークの精神と肉体はすでに完全にシャットダウンした。42歳の誕生日を迎えて間もなく、マイケル・コークは死亡した。死因は致死性家族性不眠症( FF I)と呼ばれる特殊な不眠症だ。

これは遺伝性の難病であり、治療法は存在しない。完治できないどころか、症状を和らげる方法も存在しない。これまでのところ、致死性家族性不眠症と診断された人は、全員が 10ヵ月以内に死亡した。

医療の世界でもっとも謎に包まれた病気の1つであり、私たちに衝撃的な事実を突きつけた。それは、人間は寝なければ死ぬということだ。FFIのしくみについては、かなりのことがわかってきている。根本の原因は、プリオン蛋白遺伝子( PrNP)の異常だ。

プリオン蛋白は、すべての人の脳内に存在して、私たちの役に立ってくれている。

しかし、遺伝子の異常でプリオン蛋白が悪性になると、ウイルスのように全身に広がる。突然変異を起こしたプリオン蛋白は、脳の特定の部位を攻撃して破壊する。そして異常なプリオン蛋白が広がるとともに、脳の退化が加速する。この異常なプリオン蛋白が徹底的に破壊するのが視床だ。

視床は脳内にある知覚の入り口であり、眠るときは門を閉じて知覚情報を入れないようにしている。

FFIで死亡した人の脳を解剖したところ、視床がまるでスイスチーズのように穴だらけになっていることが発見された。異常なプリオン蛋白が視床に穴を空け、完全に機能不全にしてしまったのだ。

視床の門にあたる表面も同じような状態だった。そのせいで夜になっても知覚情報が遮断されず、眠れない状態になるのだろう。

プリオン蛋白の攻撃によって穴だらけになった視床は、つねに門が開いた状態になる。脳内にはつねに知覚情報が流れ込み、スイッチをオフにすることができない。この状態では、どんなに睡眠薬を飲んでも効果はない。

穴だらけの視床を閉じる薬は存在しないからだ。それに加えて、脳から身体に送られる「眠りに備えよ」という信号も、視床を通過しなければ身体に届かない。

身体がその信号を受けとると、心拍数が下がり、血圧が下がり、代謝が下がり、中核温が下がる。しかし視床が損傷しているために、「眠れ」という信号が身体の各部に届かなくなる。

その結果、患者は脳も身体も眠れないという状態になるのだ。今のところ、この病気の治療法は存在しない。かつて、ドキシサイクリンという抗生物質に注目が集まったことがあった。

クロイツフェルト・ヤコブ病や狂牛病といった他のプリオン病で、異常なプリオン蛋白の増殖を抑える働きが認められたからだ。

現在、この治療法の試験が進んでいるところだ。治療法の開発競争とは別に、この病気には倫理的な問題もある。FFIは遺伝病であるために、家系をたどれば起源に行き着くことができる。

この病気の起源はヨーロッパ、具体的にはイタリアのある土地であり、そこにはこの遺伝子をもつ家族が多数暮らしている。

さらに起源をさかのぼると、 18世紀終わりにベネチアで暮らした医師が、明らかにこの病気を発症していたことが判明した。

もちろん、起源はこの医師よりもさらにさかのぼるだろう。

しかし、病気の起源をつきとめるよりも、未来を予測することのほうが大切だ。遺伝で発症するとはっきりわかっているために、優生学という微妙な問題を避けて通ることはできない。

自分が病気の家系に生まれたとしたら、その事実を伝えてほしいと思うだろうか? さらには、自分の運命を知り、まだ子どもがいないとしたら、子どもが欲しいという気持ちになるだろうか? 自分が子どもをつくらなければ、この遺伝子を後世に伝えずにすむと思うだろうか? この問題に、簡単な答えはない。

もちろん科学は答えられないし、おそらく答えるべきでもないのだろう。

睡眠不足と栄養不足

FFIの存在によって、人間は寝ないと死ぬということが明らかになった。しかし科学的には、これだけではまだ完全に証明されたことにはならない。

死亡するのは寝ないからではなく、何か他の症状が原因かもしれないからだ。病気以外にも、人間が寝ないことによって死亡したというケースは報告されている。

たとえば、ジン・シアオシャンのケースだ。

報道によると、 2012年、彼はサッカーのヨーロッパ選手権の全試合をテレビで見るために、 11日間ずっと起きていたという。

昼間は普通に仕事をして、夜は寝ないで観戦だ。そして 12日目、シアオシャンはアパートの自室で死んでいるところを母親に発見された。死因は睡眠不足だと見られている。

さらには、モーリッツ・エアハルトの悲劇的な死もある。バンク・オブ・アメリカでインターンをしていたエアハルトは、発作を起こして急死した。

金融業界では当たり前になっている過重労働と睡眠不足が原因であり、とくに若い社員が過酷な状況に置かれている。

いずれにせよ、それらは単なる事例であり、本当に睡眠不足が死因だと科学的に証明するのは難しい。しかし、動物実験で、睡眠不足が死につながる証拠が見つかっている。

他に病気がない状態で睡眠を奪うと、たしかに動物は死亡する。

もっとも劇的で、倫理的に考えさせられるのは、 1983年にシカゴ大学の研究チームが行った実験だろう。彼らが実験で求めていたのは、とてもシンプルな答えだ。

生きるために眠りは必要なのか? そして、実験用のラットを何週間も眠らせなかった結果、彼らは明白な答えを手に入れた。

平均すると、ラットは 15日後に死亡したのだ。その後すぐに、同じような実験が2つ行われた。1つの実験では、寝ないのは食べないのと同じくらい致命的だということがわかった。

まったく寝ないでいると、まったく食べないのと同じくらい早く死ぬ。

そしてもう1つの実験では、レム睡眠だけを奪われたときも、完全に睡眠を奪われたときと同じくらい早く死ぬということがわかった。

どちらもラットを使った実験だ。ノンレム睡眠だけを奪った場合も最終的には死ぬが、レム睡眠を奪ったときよりは長生きできる。平均して 45日だ。

ところが、これらの実験には問題もある。

餓死であれば死んだ原因は明白だが、睡眠不足の場合はなぜ死んだのかがはっきりしないのだ。

しかし、実験中の観察と、死後の解剖の中に、いくつかの手がかりなら見つけることができる。

第一に、眠らないラットは、眠っているラットよりもはるかにたくさん食べるが、眠らずにいる間にどんどん体重が減っていった。

第二に、眠らないラットは自分の中核温を制御することができなくなった。

眠らない時間が長くなるほど体温が下がり、どんどん室温に近づいていく。これはかなり危険な状態だ。

人間を含むすべての哺乳類は、身体がきちんと機能する体温の範囲がとても狭い。

この範囲を超えて体温が上がりすぎたり、逆に下がりすぎたりすると、一気に死が近づいてくる。

代謝機能と体温の両方で変化が見られたのは偶然ではない。

哺乳類は、中核温が下がると、代謝率を上げることで対応しようとする。エネルギーを燃やして熱を出し、身体や脳の温度を上げて、生存できる体温を保とうとする。

しかし、睡眠不足の状態では、この努力もむだに終わる。

フタのない薪ストーブと同じで、どんなに燃やしても熱はどんどん逃げてしまうからだ。

そして3つ目の手がかりが、おそらくもっとも有力だろう。睡眠不足は、ラットの見た目にも大きな影響を与える。

体中の肌がぼろぼろになり、足や尻尾も傷だらけだ。睡眠不足で影響を受けるのは、代謝機能だけではない。免疫機能もまともに働かなくなるのだ。

だからちょっとしたばい菌でもすぐに感染してしまう。そして、劣化したのは見た目だけではない。死後の解剖によって、さらに衝撃の事実が明らかになった。

あらゆる内臓や組織が破壊されていたのだ。肺には液体がたまり、内出血があり、胃の内壁にはあちこちに潰瘍ができていた。肝臓、脾臓、腎臓などの内臓は、実際にサイズも重さも減少していた。

ストレスと感染に反応する副腎は逆にかなり大きくなっていた。

副腎から分泌されるコルチコステロン(不安と関係があるホルモン)の量が、突出して多くなっていた。

それでは、いったい死因は何なのか。これは一筋縄ではいかない問題だ。研究者にも、答えはまったくわからない。死に至った病理学的な現象は、すべてのラットで違っていたからだ。

共通するのは唯一「死」だけだ(または、どの段階でラットを安楽死させるかによっては、「死の確実性」だけだ)。

その後の数年間でさらに実験が行われ、そして最後となる実験でついに謎が解けた(これが最後の実験になったのは、科学者たちが実験の内容に倫理的な葛藤を抱いていたからだ。私自身も、これで終わりにするのは正しい選択だと考えている)。

ラットの死の決め手となったのは敗血症だ。バクテリアによる感染症が血流とともに全身をめぐり、身体のすべてが破壊されて死に至る。

ただし、感染の原因は、外からやってきた恐ろしいバクテリアではない。ラット自身の腸内にいたバクテリアが犯人だった。

免疫システムがきちんと機能していれば、難なく撃退できるバクテリアだ。

ロシア人科学者のマリア・マナセーナは、その 1世紀前にすでに同じ現象を報告していた。

若い犬を寝かせずにいたところ、数日で死亡したのだ(正直なところ、これはかなり読むのがつらい研究だ)。

マナセーナの研究から数年後、イタリアの科学者もまた、犬を使った研究で、眠らないと死に至るということを確認した。

それに加えて、死後解剖の結果、脳と脊髄の神経の劣化も報告している。

マリア・マナセーナの研究から 100年の歳月と、実験技術の向上を待ち、ついにシカゴ大学の研究チームが謎の解明に成功した。

なぜ睡眠を完全に奪われると、あんなに早く死に至るのか。職場などに設置してある非常ベルを見たことがある人も多いだろう。

「緊急の場合はガラスを割ってボタンを押してください」と書いてあるはずだ。

ラットや人間を含むすべての生き物は、睡眠を完全に奪われると、まさに「緊急の場合」の状態になる。

そして割れたガラスの破片が脳と全身に散乱し、ついに死に至る。

本当に必要な睡眠時間は 6時間? 7時間? 8時間?

慢性的な睡眠不足も、何日かまったく寝ないような急性の睡眠不足も、身体に深刻な影響をもたらし、場合によっては死に至る。

その結果を見ると、睡眠研究の世界で議論の的になった、ある問題を思い出す。

多くのメディアだけでなく、一部の科学者も誤解しているあの問題だ。

問題の研究を行ったのは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究チームだ。

彼らは、工業化以前の社会で暮らしている民族の睡眠習慣を観察した。

腕時計型のデバイスを装着してもらい、3つの狩猟採集民の活動を記録したのだ。

南米のチマネ族、それにアフリカのサン人とハッザ族だ。

彼らは前の章にも登場している。

彼らの就寝と起床のパターンを数ヵ月にわたって追跡した結果、次のことがわかった。

狩猟採集の生活をする民族は、夏は 6時間しか眠らず、冬は 7・ 2時間しか眠らない。

信頼あるメディア各社がこの実験結果を一斉に報道し、やはり人間は 8時間も寝なくて大丈夫なのだと書き立てた。

中には 6時間かそれ以下でも問題ないと主張するメディアもあった。

たとえば、あるアメリカの一流紙には次のような見出しが躍っていた。

8時間睡眠は必要ない? 現代の狩猟採集民の睡眠研究で明らかに また他のメディアは、現代人に必要な睡眠時間は 7時間とされているという、そもそも間違っている前提から出発し、「果たして 7時間も必要なのか?」と疑問を呈している。

なぜ信頼あるメディアの数々が、あのような結論に達してしまったのだろうか。

睡眠不足の害については、この章で紹介したような証拠が数多く存在しているにもかかわらず。

ここで、問題の研究を詳しく検証して、どのような結論になるか見てみよう。

第一に、研究の報告を読むと、研究の対象になった狩猟採集民も、 7 ~ 8時間半の「眠るための時間」をとっていることがわかる。

それに加えて、研究で使った腕時計型のデバイスは(ちなみにこれは、そこまで正確でもなければ、睡眠を計測するのに理想的な機械でもない)、実際に眠った時間は 6 ~ 7・ 5時間と推定している。

つまり、彼らが確保している眠るための時間は、国立睡眠財団と、アメリカ疾病予防管理センターがすべての大人に推奨している 7 ~ 9時間とほぼ同じだ。

ここでの問題は、「睡眠のための時間」と、「実際に眠った時間」を混同している人がいることだ。現代人の多くは、睡眠のための時間を 5 ~ 6・ 5時間しかとっていない。そうなると、実際の睡眠時間はだいたい 4・ 5 ~ 6時間だ。

だから、現代の狩猟採集民が、われわれ工業化社会の人間と同じ睡眠時間で暮らしていると考えるのは間違いだ。彼らは私たちよりも多くの「睡眠のための時間」を確保している。

第二に、腕時計型デバイスが完璧に正確だと仮定し、彼らの睡眠時間が平均して 6・ 75時間だとしよう。

しかし、実際にこの数字が正しいとしても、これが人間にとって理想的な睡眠時間だと断言できるのだろうか? 先ほど引用した新聞の見出しをもう一度見てみよう。

「 8時間睡眠は必要ない?」も、「果たして 7時間も必要なのか?」も、どちらも「必要」という言葉を使っている。

しかし、この「必要」とは具体的にどういう意味なのか。

ここでの間違いは、狩猟採集民の実際の睡眠時間が、すべての人間にとって「必要」な睡眠時間だと思い込んでしまったことだ。

この考え方は、2つの点で間違っている。

1つは、実際の睡眠時間は、そのまま必要な睡眠時間を意味しないということ。

これは不眠症患者の例で考えればわかるだろう。

大切なのは、実際の睡眠時間が、本当に必要を満たしているのかということだ。

つまり「必要」とは、健康に生きるために必要な時間という意味になる。

そこで、調査の対象になった狩猟採集民の健康状態に目を向けてみよう。彼らの平均寿命はわずか 58歳だ。

彼らは私たちよりもはるかに運動量が多く、肥満はほとんどいない。健康に悪い加工食品もほとんど食べない。それなのに平均寿命はとても短い。たしかに彼らの社会に最新の医療は存在せず、衛生状態もよくないだろう。

そして私たち先進国の人間の寿命が長いのは、まさにその2つのおかげでもある。

しかし、疫学的なデータを見ると、平均して 6・ 75時間しか眠らない大人の平均寿命は 60代前半とされている。

狩猟採集民の 58歳とだいたい同じくらいだ。

しかし、睡眠よりも彼らの寿命に大きな影響を与えているものがある。

これらの民族は乳幼児死亡率が高く、その段階を超えて思春期まで生き残ると、今度は感染症が待っている。

感染症にかかるのは免疫力が下がっているからであり、そしてすでに詳しく見たように、睡眠不足は免疫力が下がる大きな原因だ。

ここでもう1つ指摘しておきたい。

狩猟採集民にとってもっとも大きな脅威になっている感染症は腸内感染症。そして興味深いことに、先ほど紹介したラットを使った実験で睡眠を奪われたラットたちも、これとよく似た腸管感染症で死んでいたのだ。

狩猟採集民は寿命が短く、そして睡眠不足が寿命の短さにつながることはすでに証明されている。それを踏まえたうえで、今度はそもそもなぜ彼らの睡眠時間が短いのかという点を考えていこう。

はっきりした答えはまだわかっていないが、おそらく彼らの生活様式と関係があると考えられる。

彼らはその名の通り、狩猟と採集をして暮らしている。あらゆる生き物は、食料の量が制限されると睡眠が短くなる。食べ物を探すために、長時間起きているようになるからだ。

狩猟採集民に肥満がいない理由の1つは、つねに食べ物を探さなければならず、長期にわたって十分な食料を保存しておくことができないからだ。

起きている時間のほとんどを、狩猟か採集、そして食事の準備に使っている。

たとえば、ハッザ族の場合、 1日の摂取カロリーは 1400キロカロリーかそれ以下だ。

欧米諸国の平均と比べると、 1日の摂取カロリーが 300 ~ 600キロカロリー少なくなっている。

つまり彼らは、日常的に軽度の飢餓状態にあるということだ。そして自然な生理現象として、飢餓状態になると睡眠時間も少なくなる。彼らも食料が十分にあれば、「必要な」時間だけ寝ているかもしれない。

つまりまとめると、先進国の人間も、狩猟採集民も、 7時間かそれ以下の睡眠では足りないということだ。

9時間睡眠は寝すぎなのか?

疫学的なデータによると、睡眠と寿命の関係はきれいに比例しているわけではない。

つまり、睡眠時間が長いほど長生きになるわけではないということだ。

平均の睡眠時間が 9時間に達するまでは死亡リスクは下がり続けるが、 9時間を越すと逆に死亡リスクは増加するのだ。絵にすると、このような曲線を描く。

ここでの大切なポイントは2つある。

第一に、このデータを詳しく分析すると、 9時間以上眠る人の死因は、肺炎などの感染症やガンが多いということ。感染症もガンも免疫機能を活性化し、そしてすでに見たように、免疫機能が活発に働くと睡眠も増える。重い病気の人は、病気と闘うために長時間眠る必要があるのだ。

しかし、ガンのような強力な敵を相手にすると、どんなに寝ても病気に勝てないこともある。つまり、寝すぎると早死にするというのは、偽りの因果関係だ。

正しくは、重い病気の人は長時間眠り、そして眠りでも病気に勝てずに早死にするということになる。今のところ、睡眠が身体に悪いという証拠は1つも見つかっていない。

第二に、だからといって寝れば寝るほどいいというわけではない。睡眠は、多ければ多いほどいいというしくみにはなっていない。

それは食べ物、水、酸素も睡眠と同じであり、死亡リスクとの関係では「 J」を逆にしたような曲線を描く。

食べすぎると寿命は短くなる。水を飲みすぎると血圧が上がり、脳卒中や心臓発作を引き起こすこともある。血液中に酸素が増えすぎると高酸素症と呼ばれる状態になり、細胞、とくに脳の細胞が損傷を受ける。

食べ物、水、酸素がそうであるように、睡眠もまた、多すぎると死亡リスクを上げることにつながるのかもしれない。

結局のところ、覚醒の時間も、睡眠の時間も、進化の過程で最適化されてきた。それぞれ役割は違うが、どちらも生存するために欠かせないものだ。

そして人間の大人にとっては、平均して覚醒が 16時間、睡眠が 8時間が最適なバランスだ。

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