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第 11章夢と創造と問題解決──夢が創造力を生み、問題を解決する

レム睡眠の役割は、勤勉な衛兵のようにあなたの正気と心の安定を守ることだけではない。大きな役割はもう1つある。それは、知的に情報を処理し、創造性と問題解決能力の発達につなげることだ。

レム睡眠のこの能力に着目し、普通なら意のままにできないレム睡眠をコントロールしようとする人もいるぐらいだ。

目次

夢は創造性が生まれる場所

すでに見たように、深いノンレム睡眠は記憶を定着させるという働きがある。しかし、それらの記憶を統合し、より高度な目的のために活用するのはレム睡眠の役目だ。

レム睡眠で夢を見ているとき、脳はこれまでに蓄えた膨大な量の知識を吟味し、そこからある規則性や共通点を導き出している。そして翌朝になって目を覚ますと、頭の中の情報が整理され、画期的な解決策を思いついたりする。

こう考えると、レム睡眠の夢は、情報の錬金術と言えるかもしれない。

この「アイデアを生む」というレム睡眠の働きから、人類史上でもっとも大きな発見の1つが生まれた。

すべての知識と、その知識の間にある関係を発見することほど、レム睡眠の知性の偉大さを物語るものは存在しないだろう。

いや、わかりにくい表現だったら申し訳ない。わざと難解な表現をしているわけではないのだ。

私はただ、ドミトリ・メンデレーエフが、 1869年2月 17日に見た夢の話をしているだけだ。その夢から、元素の周期表が生まれた。彼は夢の中で、すでに知っているすべての元素を概観し、その規則性を発見したのだ。

ドミトリ・メンデレーエフはロシアの化学者だ。彼はその斬新な発想力で、存在がわかっている宇宙の元素には、何らかの規則性があるはずだと考えた。これを神の意図を探す試みと表現する人もいるだろう。

メンデレーエフはこの挑戦に夢中になり、元素の名前と主な働きを書いたカードまでつくったほどだ。家でも、研究室でも、列車の長旅でも、彼は手づくりの元素カードを目の前に並べ、何らかの規則性を見出そうとしていた。

こうして何年も自然の謎に挑戦し、そして何年も失敗し続けた。一説によると 3日連続の徹夜の後で、彼のイライラはついに頂点に達した。頭の中では元素がグルグル回っているが、どうしても規則性を見つけることができない。

メンデレーエフはついにあきらめ、眠ることにした。そして彼は夢を見た。夢を見ている脳が、起きている脳にはできなかったことを成し遂げた。

脳内に詰まった知識を統合し、そしてひらめきの瞬間が訪れ、すべての元素をきれいに並んだマス目の中に収めたのだ。

元素の「周期」と「族」を基準に、性質の変化に従って整然と並んでいる。

メンデレーエフ自身の言葉を紹介しよう。

私は夢の中で表を見た。その表の中に、すべての元素がぴったりとはまっていく。そして目が覚めると、すぐに紙に書いた。後で訂正が必要になったのは、たった 1ヵ所だけだった。

夢に出てくる解決策に懐疑的な人もいるだろうが、メンデレーエフの体験を否定することはできない。

存在が知られているすべての元素に規則性を見出したのは、彼の起きている脳ではなく、夢を見ている脳だった。すべてをレム睡眠に任せた結果、大発見につながったのだ。

私自身が属する神経科学の世界も、夢から生まれたひらめきの恩恵を受けている。その最たる例が、オットー・レーヴィのひらめきだろう。

レーヴィはカエルを使った実験をするという夢を見て、そこから神経細胞が化学物質を使って互いに交信しているという発想が生まれたのだ。

神経細胞は、神経伝達物質と呼ばれる化学物質を出し、シナプスと呼ばれる接合部を通して、別の神経細胞に情報を伝えている。

そして、シナプスの部分にはすき間がある。直接つながった部分を通して電気信号を伝えているのではないのだ。オットー・レーヴィは、この夢が教えてくれた発見でノーベル賞を受賞した。

芸術の世界でも、夢のひらめきは活躍している。たとえば、ビートルズの「イエスタデイ」と「レット・イット・ビー」だ。この 2曲をつくったポール・マッカートニーは、夢の中でメロディが浮かんできたと言っている。

彼が「イエスタデイ」について語った言葉を引用しよう。

目を覚ましたら、頭の中に美しいメロディがあったんだ。

「いい曲だな。何ていう曲だろう」と僕は考えた。すぐそばにアップライトピアノがあった。ベッドの右側の、窓の近くだ。

そこでベッドから出てピアノの前に座り、最初に Gのコードを弾き、次に Fシャープマイナーセブンス、それから B、 Eマイナー、そして最後は Eだ。

コードはすらすらとつながった。とてもいいメロディだと思ったけれど、夢に出てきたものなので、自分がつくったとは信じられなかった。

「いや、自分はこんな曲をつくったことはない」と。でもあれは僕がつくった曲だった。信じられない出来事だよ! 私はリバプールで生まれ育ったので、どうしてもビートルズびいきになる。

しかし夢から作品が生まれた物語としては、ローリング・ストーンズのキース・リチャーズのほうが上かもしれない。

リチャーズが夢に見たのは、「サティスファクション」の有名な冒頭のリフだった。

当時の彼は、ベッドの横にギターとテープレコーダーを置き、夜に何か思いついたらすぐに録音できるようにしていた。

そして 1965年5月 7日、フロリダ州クリアウォーターでの講演を終えたリチャーズは、ホテルの部屋に戻ってきた。

いつものように、ギターをもってベッドに入った。そして翌朝目を覚ますと、テープが最後まで回った状態になっていた。

「自分は何もしていないけどな。もしかしたら寝ている間に録音ボタンを押してしまったのかもしれない」。そう考えてテープを巻き戻し、再生ボタンを押すと、「サティスファクション」のリフが聞こえてきたんだ。

最初のヴァースがすべて録音されていた。そしてその後の 40分は、ずっといびきの音だったよ。

夢という創造のミューズは、文学界でもさまざまなインスピレーションを与えている。

たとえばメアリー・シェリーは、 1816年の夏、レマン湖のほとりにあるバイロン卿の別荘に友人たちと滞在していたある夜に、恐ろしい夢を見た。

あまりにもリアルな夢だったので、起きているときに起こったことだと勘違いしたほどだ。そしてその夢から、ゴシック小説の傑作『フランケンシュタイン』が誕生した。

また、フランスのシュルレアリスムの詩人、サン・ポール・ボーは、夢の能力をよく知っていたので、ベッドに入る前に寝室のドアに「起こすな。詩人が仕事中だ」と書かれた張り紙をしていたという。

これらの逸話は、話としてはおもしろいが、実験のデータとして扱うことはできない。

それでは、レム睡眠が創造的な発想につながることを証明するには、どのような科学的な証拠が必要なのだろうか。レム睡眠の問題解決能力を神経科学で説明するには、どうしたらいいのだろう。

レム睡眠のあいまいなロジック

眠っている間の脳の検査で難しいのは……、それは、本人が眠っているということだ。眠っている人は、パソコンを使ったテストを受けることはできないし、質問にも答えられない。認知科学の調査で一般的な方法は、すべて使えないということだ。

この章の最後で触れるいわゆる明晰夢ならそれも可能かもしれないが、明晰夢を見る人を簡単に調達できるわけではない。

そのため、睡眠を科学的に研究しようとすると、寝ている間の脳をただ観察するしかない。その間、被験者に何らかのテストを受けてもらうことは不可能だ。

寝る前と起きた後にテストを受けてもらい、その結果から、睡眠の各段階や夢が、翌朝のテストの結果にどんな影響を与えたかを推測するだけだ。

私はハーバード大学メディカルスクールのロバート・スティックゴールドと共同で、この問題に対する解決策を考案した(直接的な解決にはならず、完璧とも言いがたいが)。

第 7章に出てきた「睡眠慣性」を覚えているだろうか。

起きた直後に、まだ脳の中に眠りが残っている状態だ。私たちが考えたのは、この半分起きて、半分眠っている状態を、睡眠の調査に活用できないかということだ。

といっても、朝の半分眠っている状態のときにテストを受けてもらうのではない。

ノンレム睡眠とレム睡眠のさまざまな段階で起こして、その都度テストを受けてもらうという方法だ。

ノンレム睡眠とレム睡眠には、それぞれに独自の脳の働きと、脳内物質の配合がある。起きたからといって、脳内の状態がすぐに変わるわけではない。

寝ていたときの脳波と脳内物質はまだ残っていて、完全に覚醒する前の「睡眠慣性」の状態をつくり出す。とくに、自然に目覚めるのではなくむりやり起こされたときは、睡眠慣性の状態になりやすい。

しかし時間がたつにつれて、起きる直前の脳内の状態はだんだんと薄れ、覚醒の状態に近づいていく。そこで私たちは、被験者が起きたらすぐに、わずか 90秒で終わる認知テストを受けてもらうことにした。

こうすれば睡眠に近い状態の脳を知ることができる。ある物質が気化した気体をとらえて分析し、物質の性質を調べるようなものだ。この方法はうまくいった。

ここでの認知テストはアナグラム(アルファベットを並べ替えて単語をつくるゲーム)を行うことにした。

それぞれの単語は5つのアルファベットでできていて、正解は1つしかない(たとえば、「 OSEOG」であれば、できる単語は「 GOOSE」しかない)。

参加者は、ランダムに並んだ5つのアルファベットを、一度に 1組ずつ見る。スクリーンに映るのはわずか数秒だ。そして時間内に思いついた単語を口頭で答える。

時間が来たら、また次の5つのアルファベットがスクリーンに現れる。1回のテストは 90秒で終わりだ。テストが終わったら参加者はすぐに眠りに戻る。そして私たちは、参加者ごとの正解の数を記録する。

参加者は事前に実験内容の説明を受け、研究室に用意されたベッドで眠る。その際、頭部と顔に電極をつないでおく。私たちは隣の部屋のモニターで、彼らの眠りをリアルタイムで観察する。

またすべての参加者は、眠る前にアナグラムテストの予行練習を何度か行い、テスト形式に慣れておく。実験が始まると、被験者は一晩に 4回起こされる。

ノンレム睡眠時に 2回、レム睡眠時に 2回だ。ノンレム睡眠時に起こされたときは、参加者はほとんど頭が働かないようで、テストの正解はほとんどなかった。

しかし、レム睡眠時に起こしたときはまったく違う結果になった。

全般的に、問題解決能力が飛躍的に向上し、ノンレム睡眠時に起こされたときだけでなく、日中の覚醒時よりも、正解が 15 ~ 30%も多かったのだ! 違ったのは正解の数だけではない。

レム睡眠時に起こされたときは、問題の解き方も、ノンレム睡眠時に起こされたときや日中の覚醒時とは違ったのだ。

ある被験者によると、レム睡眠時に起こされたときは、正解がただ頭に「浮かんでくる」という。

もっともその被験者は、起こされたときに自分がレム睡眠をしていた自覚はなかったのだが。

いずれにせよ、夢を見ていた状態が残っている脳は、解決策が簡単に浮かんでくるようだ。

ノンレム睡眠で起きたときや、日中の覚醒時は、意識的に考えて答えを出そうとするのだが、レム睡眠時に起きたときはすぐに正解にたどり着く。

どうやらレム睡眠の状態が残る脳は、情報の処理がより柔軟になっているようだ。

スティックゴールドはさらに、同じような被験者を起こす手法を使って実験を行い、レム睡眠で夢を見ている脳がより創造的に記憶を処理していることを証明した。

彼が着目したのは、関係のある概念の記憶(意味的知識ともいう)が夜の間どのように機能しているかということだ。

意味的知識は、関係する概念が樹形図のようにつらなっている。

図 14はその一例だ。

私が教授を務めるカリフォルニア大学バークレー校から、私が連想した概念が並んでいる。

スティックゴールドは、標準的なコンピューターテストを使い、ノンレム睡眠時に起こされたとき、レム睡眠時に起こされたとき、日中の覚醒時のそれぞれで、被験者に関係する概念の樹形図をつくってもらった。

ノンレム睡眠時に起こされたときにつくる樹形図は、近い関係にある言葉が理路整然と並んでいた。

図 14と同じだ。

しかし、レム睡眠時に起こされたときにつくる樹形図はまったく違っていた。

関係する概念がつながっているきれいなピラミッド型はもう存在しない。

レム睡眠の脳は、当たり前の常識にまったく興味をもっていないようだ。

当然の答えを無視して、とんでもない飛躍を見せる。

レム睡眠の脳に論理の番人は存在しない。

記憶の倉庫の中を自由に走り回ることができる。

レム睡眠で夢を見ている脳は、ほぼ「何でもあり」の状態だ。

そして結果を見るかぎり、変であるほどいいようだ。

アナグラムの実験と、意味の樹形図をつくる実験でわかったのは、レム睡眠の脳がいかに特殊な働きをしているかということだ。

ノンレム睡眠の脳とも、覚醒時の脳ともまったく違う。

レム睡眠に入り、夢が始まると、じつに独創的な夢のリミックスが行われる。

当たり前の常識は、ここでは通用しない。

まったくかけ離れた記憶同士が、思わぬところでつながりをつくる。

むしろ、あえていちばん遠い記憶を探して結びつけているようだ。

記憶の可能性が広がるこの現象は、望遠鏡を反対側からのぞく感覚に似ている。

望遠鏡を普通にのぞくと、対象が大きくなって細かいところまでよく見えるが、まわりの全体像は見えない。

視野が狭くなっている状態だ。

それを逆からのぞくと、広く全体が見わたせるようになる。

起きているときの脳は、ごくかぎられた記憶のつながりしか見えていない。

しかしレム睡眠で夢を見ているときは、貯蔵された記憶をすべて俯瞰し、あっと驚くつながりをつくることができる。

夢の中で記憶が溶け合う

ここで紹介した2つの実験と、ドミトリ・メンデレーエフが経験したような夢の中のひらめきを組み合わせると、2つの仮説が浮かび上がる。

1つは、起きている脳に問題を構成する要素を記憶させたら、レム睡眠の間に脳が独創的な解決策を見つけてくれるという仮説だ。

そしてもう1つは、ただレム睡眠を経験するだけでなく、夢の内容も、問題解決の正否に影響を与えているという仮説だ。

前の章で見たように、レム睡眠時に感情の整理を行うときは、レム睡眠だけでなく、夢の内容も大切だった。

問題解決の場合も、同じことが言えるのではないだろうか。

私や他の研究者による実験の結果、夢の内容も大切であるということが何度も証明された。

私があなたに、2つの単純な物事の関係を教えたとしよう。

たとえば、「 Aは Bより優先される( A > B)」といったことだ。

次に、「 Bは Cより優先される( B > C)」と教える。

2つの異なる前提だ。

次に、 Aと Cを一緒に見せ、どちらを選ぶかと尋ねると、あなたはおそらく Aを選ぶ。

なぜならあなたの脳が、すでに存在する記憶( A > Bと B > C)から、 A > B > Cという関係を推論し、今まで存在しなかった前提である A > Cという答えを導き出したからだ。

これが、関係する記憶の処理であり、レム睡眠の間にこの活動がとくに活発になる。

ハーバード大学時代の同僚のジェフリー・エレンボーゲンと共同で、ある研究を行った。

A > Bのような前提をたくさん用意し、それを被験者に教える。

すべての前提は独立しているが、全体として関係がある。

先ほどの A > B > Cと同じだ。

次に、被験者にテストを受けてもらう。

個々の前提に関する知識だけでなく、前提同士の関係も推論するようなテストだ。

その結果、前の晩に寝た人、とくに明け方のレム睡眠をきちんととった人たちだけが、記憶している前提を関連づけることができた。

たとえば A > B > C > D > E > F、というように。

そして、 B > Eのように、離れた要素の間の関係も見つけることができた。

また、 60 ~ 90分の昼寝(レム睡眠を含む眠り)をしたときも、まったく同じ効果が認められた。

人は眠りの中で、お互いにかけ離れた記憶の要素を結びつけることができる。

私たちの実験の参加者は、バラバラになったジグソーパズルのピースをもって眠りに就き、そして眠りの中でパズルを完成させたのだ。

これが、知識(個々の事実を保持すること)と、知恵(すべての事実が組み合わさったときの意味を知っていること)の違いだ。

簡単に言えば、学ぶことと理解することの違いということになる。

そしてレム睡眠は、理解することを可能にしてくれる。

こんなのは単なる情報の数珠つなぎで、たいしたことではないと思う人もいるかもしれない。

しかしこの能力こそが、人間の脳とコンピューターを分けるカギになる。

コンピューターは、大量のデータを正確に記憶することができる。

しかし一般的なコンピューターは、それらのデータの関連性を見つけたり、独創的な組み合わせを思いついたりすることはできない。

ただハードディスクの中に保存しておくだけだ。

私たち人間の記憶は、関連というウェブの中で密接につながり合っていて、そこから柔軟な発想や、正確な予測が可能になる。

私たち人間にそれができるのは、レム睡眠と夢のおかげだ。

暗号解読と問題解決

レム睡眠の仕事は、情報を斬新な発想で結びつけることだけではない。

もっとすごいこともやっている。

レム睡眠は、個々の情報から「抽象的な」概念もつくり出すことができるのだ。

たとえばベテランの内科医なら、患者のちょっとした症状という情報を組み合わせ、正しい診断を下すことができる。

この抽象的な概念をつくり出すスキルは、長年にわたる努力で獲得することも可能だ。

しかしレム睡眠なら、わずか一晩で同じことを達成できる。

その最たる例が、言語の習得だろう。

赤ちゃんの脳は、個々の言葉を聞きながら、複雑な文法のルールという抽象的な概念を頭の中でつくり上げている。

生後わずか 18ヵ月の赤ちゃんでも、初めて聞いた言葉から抽象的な文法を推論することができる。

ただし、初めて言葉を聞いたその日のうちに眠ることが条件だ。

前にも見たように、赤ちゃんはとくにレム睡眠が多く、そして言語の獲得にはレム睡眠が欠かせない。

しかし、レム睡眠が力を発揮するのは乳幼児期だけではない。

大人になってから外国語を学ぶときも、同じような効果があるという調査結果が、これまでに何度か報告されてきた。

しかし、睡眠から生まれた革新的な発想という意味では、おそらくこれに勝る例は存在しないだろう。

スタートアップ企業やテクノロジー企業で睡眠について講演を行うとき、私はいつもこの例を話している。

睡眠の大切さを十分にわかってもらえるからだ。

それは、ドイツにあるリューベック大学のウルリヒ・ワグナー博士が行った実験だ。

これはなかなか厳しい実験で、おそらく参加したいと思う人は皆無だろう。

べつに何日も徹夜をさせられるわけではない。

ただ山のような数字の問題を解くだけだ。

これはたとえるなら、割り算の筆算を 1時間以上も延々と続けるようなものだろう。

あまりにもうんざりして、途中で生きる意欲を失うに違いない。

そう断言できるのは、私も被験者になったからだ! 実験の冒頭で、問題を解くルールを与えられる。

しかしここには、被験者には教えられないルールも存在する。

そのルールに気づけば、すぐに答えにたどり着ける。

いってみれば近道のようなものだ。

被験者は、ルールを知らずに、まず何百もの問題を地道に解いていく。

それが終わると、また 12時間後に戻ってきて同じような問題を解く。

そして 2度目のテストの終わりで、被験者は隠れたルールに気づいたか尋ねられる。

このとき、被験者は2つのグループに分けられている。

1つは朝に 1回目のテストを受け、 12時間ずっと起きていてその日のうちに 2回目のテストを受ける。

もう1つは夜に 1回目のテストを受け、その後で 8時間ぐっすり眠り、そして翌朝に 2回目のテストを受ける。

ずっと起きていたグループで隠されたルールに気づけたのは 20%だけだった。

しかし睡眠を挟んだグループは、ほぼ 60%が気づくことができたのだ。

これ

はつまり、睡眠によって創造性に 3倍の開きが出たということだ! 昔から「問題を寝かせる」とはよく言うが、問題を「起こしておく」とは言わないのはそのためだろう。

おもしろいことに、「問題を寝かせる」というような表現は、世界のほとんどの言語に存在する。

夢を見るレム睡眠が問題を解決するという現象は、どうやら全世界に共通するようだ。

機能は形に従う──夢の中身が問題だ

作家のジョン・スタインベックはこんな言葉を残している。

「夜は難しかった問題も、夜の間に睡眠の委員会が働けば、朝には解決している」。

「委員会」を「夢委員会」にしていたら、なおよかっただろう。

夢を問題解決に活用したいなら、どんな夢でもいいというわけではなく、それにただ眠ればいいというわけでもない、大切なのは夢の中身だ。

しかし、これはとくに新しい考え方ではない。

しかし科学的に証明するには、仮想現実の登場を待つ必要があった。

そしてその過程で、メンデレーエフやレーヴィをはじめとする多数の証言が浮かび上がってきた。

ここでまた、研究仲間のロバート・スティックゴールドに登場してもらおう。

彼は、被験者が仮想現実の迷路を歩くという、画期的な実験を考案した。

最初の学習の段階で、被験者はそれぞれがランダムに割り当てられて違う入り口から迷路に入り、外に出る道を探す。

彼らの学習を助けるために、スティックゴールドは迷路の中に特徴のあるモノ(たとえばクリスマスツリー)を置いた。

被験者はこれらを目印にすることができる。

最初の学習の段階で、 100人近くの被験者が仮想現実の迷路の中を歩いた。

その後、被験者の半分は 90分間の昼寝をとり、もう半分はそのまま起きていてビデオを見た。

被験者は全員、頭と顔に電極をつなぎ、観察されている。

そして 90分の間、スティックゴールドはおりにふれて眠っている被験者を起こし、どんな夢を見ていたか尋ねる。

または起きている被験者を訪ね、そのときに考えていたことを何でもいいから答えてもらう。

90分が終わり、そして眠っていた人の睡眠慣性が消えるまで 1時間ほど待つと、被験者は全員またバーチャルの迷路の中に入る。

ここまで読んだ人なら、もう結果は予想できるだろう。

昼寝をした人たちは、迷路をよく覚えていた。

目印をすぐに見つけ、昼寝をしなかった人たちよりも早く出口に到達した。

しかし、予期していなかった発見もあった。

それは、夢の内容による結果の違いだ。

眠った人たちの中で、迷路の夢を見た人、または迷路と明確に関係のあるものの夢を見た人は、同じように眠ったが迷路関連の夢を見なかった人に比べ、ほぼ 10倍もパフォーマンスが向上したのだ。

スティックゴールドがこれより前に行った、夢の中身に関する研究と同じように、ここでも夢に出てくる迷路は、最初に学習した実際の迷路と同じではなかった。

たとえば、ある参加者はこんな夢を見た。

「夢の中で、私は迷路のことを考えていました。

たぶん人間をチェックポイントにしていたと思います。

そこから何年か前に行った旅行のことを思い出しました。

そこで見たコウモリのいる洞窟が、迷路に似ていたんです」 スティックゴールドのバーチャル迷路にコウモリはいない。

それに他の人もいなければ、チェックポイントもない。

どうやら夢を見ている脳は、記憶をただ再現しているだけではないようだ。

むしろ夢のアルゴリズムは、突出した記憶だけを選んで抜き出し、既存の記憶の中に当てはめようとするらしい。

夢はたとえるなら、スゴ腕のインタビュアーだ。

彼らは話を聞き出すのがうまく、聞いた断片をつなぎ合わせ、本人も気づいていなかったようなことを指摘してくれる。

夢もそれと同じで、私たちから最近の経験をすべて聞き出し、それを「過去」という文脈の中にきれいにはめこんでくれる。

最近知ったことの意味を理解し、すでに知っていることとの関連に気づく。

そこから新しい発想が生まれてくる。

これはすべて、夢のおかげなのだ。

新しく学んだことを脳に定着させるのがノンレム睡眠の役割だとしたら、レム睡眠と夢の役割は、ある特定の状況で学んだことを、他の状況でも応用するための方法を見つけることだ。

一般向けの講演でこの発見について話すと、たいてい同じような反論が出る。

それは、睡眠時間が短いことで有名な歴史上の人物でも、たぐいまれな創造性や問題解決能力を発揮したではないかというものだ。

そのときによく出る名前が、発明家のトーマス・エジソンだ。

彼の睡眠時間が本当に短かったのか、今となっては知るよしもない。

しかし、確実にわかっていることがある。

それは、エジソンはよく昼寝をしていたということだ。

彼は夢がもつ創造的な力に気づいていた。

夢を見る睡眠を「天才の空白」と呼び、とことんまで活用していた。

昼寝をするときのエジソンは、まず肘掛けのある椅子を仕事机の脇にもってくる。

机の上には紙とペンが置いてある。

それから鉄のフライパンを右の肘掛けの真下になる床に逆さまにして置く。

それだけでもかなり謎の行動だが、エジソンはさらに、鉄製のボールベアリング 2個か 3個を右手に握る。

そして肘掛け椅子に座り、ボールベアリングを握った右手を肘掛けの上に載せ、そこでやっと眠りに入る。

夢を見はじめると筋肉が弛緩し、右手に握ったボールベアリングが下に落ちる。

それが真下にあるフライパンに当たり、大きな音がする。

エジソンはその音で目覚めると、夢に出てきた創造的なアイデアをすべて紙に書く。

たしかにこれは天才的だ。

明晰夢──自分の夢をコントロールする

夢の話をするなら、明晰夢について触れないわけにはいかない。

明晰夢とは、夢を見ている本人が、「これは夢だ」と自覚しているような夢だ。

しかし一般的には、自分の夢の内容をコントロールするという意味で使われることが多い。

夢の内容を自分で決めたり(たとえば、「飛ぶ夢を見よう」など)、または問題解決など、夢に特定の仕事をさせたりすることもある。

かつては、明晰夢など存在しないと考えられていた。

科学者が懐疑的になる気持ちも理解できる。

第一に、夢は本来コントロールできないものであり、それを意識的に操るなどと主張したら、すでに謎の存在である夢がさらに途方もないものになってしまう。

そして第二に、単なる主観的な主張を、どうやって客観的に証明するというのか? しかも主張する本人は、その間にぐっすり眠っているというのに? 今から 4年前、ある画期的な実験によってすべての疑問が解けた。

明晰夢を見ている人の脳を、 MRIで観察したのだ。

実験の参加者は、まず起きているときに左手を握り、次に右手を握る。

それを何度もくり返す。

そのときの脳の活動を観察し、左右それぞれの手を握るとき、脳のどの部分がどのように活動するか記録する。

次に参加者は、 MRIの装置の中で眠り、夢を見るレム睡眠に入る。

レム睡眠の間は、すべての筋肉が弛緩するので、夢に見ている通りに身体を動かすことができない。

しかし、レム睡眠の間も目の動きだけは失われない。

明晰夢を見る人は、この「目は動かせる」という状況を利用して、寝ている間も意思の疎通を図ることができる。

それぞれの目の動きが何を意味するかということを事前に決めおき、自分が見ている夢の内容を研究者に知らせるのだ(たとえば、「明晰夢に入ったら目を左側に 3回動かす」、「右手を握る前に目を右側に 2回動かす」というように)。

明晰夢を見られない人にとっては、夢を見ながら自分の意思で眼球を動かすなど、とても信じられないだろう。

しかし私は、実際にその現場を何度も目撃してきた。

そうなると、むしろ否定するほうが不可能だ。

被験者が明晰夢の始まりを告げると、研究者は MRIで脳の撮影を始める。

そのすぐ後で、被験者は「これから左手を握る夢を見る」という意図を伝え

てくる。

それを左右交互にくり返えす。

起きているときと同じだ。

レム睡眠中で筋肉が弛緩しているので実際に手を動かすことはできないが、それでも夢の中では動いている。

または少なくとも、被験者は起きたときにそう主張する。

そして MRI画像を見れば、彼らが嘘をついていないことがわかる。

覚醒時に手を握ったときに活動した脳の部位と、まったく同じ部位が活発になっているからだ。

こうなると、もう疑う予知はない。

明晰夢を見る人は、夢を見ているときに、いつどんな夢を見るか決められるということが、ついに科学的に証明された。

同じような目の動きによる意思疎通を使った実験によって、明晰夢の最中に、意図的にオーガズムに達することも可能だとわかった。

とくに被験者が男性であれば、それが本当なのか生理現象で確認することができる。

まだわからないのは、明晰夢が有益なのか、それとも有害なのかということだ。

何の訓練もなしに明晰夢を見ることができるのは、人口の 20%にも満たない。

8割以上の人は、普通にしていれば明晰夢を見ないのだ。

夢を自在にコントロールすることに何らかの利点があるなら、進化の過程でほとんどの人がその能力を獲得していたはずだ。

しかし、この考え方は間違っている。

なぜなら、「人類の進化はすでに止まった」という前提で考えているからだ。

もしかしたら、明晰夢を見る人たちは、さらに進化したホモ・サピエンスなのかもしれない。

彼らの能力が自然によって選ばれれば、未来の人類は誰もが明晰夢を見て、創造性や問題解決という夢の力を意図的に活用し、個人の問題だけでなく、人類全体の問題を解決するようになるのかもしれない。

そんな未来がやって来るのだろうか?

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