昨日の夜、あなたはまごうことなき精神異常者だった。おそらく今夜もまた同じ状態になるだろう。何をバカなことをと切り捨てる前に、理由を説明させてほしい。
理由は5つある。
- 第一に、あなたは夢を見ているときに、その場にはないものを見ていた。これは幻覚だ。
- 第二に、あなたは現実にはありえないことを信じていた。これは妄想だ。
- 第三に、あなたは時間と空間の感覚を失い、誰が誰だかわからなくなった。これは頭の混乱だ。
- 第四に、あなたは激しい感情の波を経験した。これは病的な情緒不安定だ。
- 第五に、あなたは朝起きたときにそのほとんどを忘れていた(ありがたいことに!)。これは記憶喪失だ。
起きているときにこれらの症状が出たら、たとえたった1つであっても、すぐに精神科を受診しなければならない。
しかし、レム睡眠の間に夢を見たからこうなったのであれば、それは生物としてごく自然な現象だ。寝ている間に夢を見るのは、レム睡眠のときだけではない。
「夢」の意味を目を覚ましたときに覚えている睡眠中の出来事と定義するなら、睡眠のすべての段階で夢を見ている。
起きたときに「雨のことを考えていた気がする」と思ったのなら、それも夢に入る。
もっとも深いノンレム睡眠のときに起こされた人も、 0 ~ 20%の確率でこの種の記憶はあるものだ。
しかし、たいていの人が考える夢、映像があり、動きがあり、支離滅裂で、感情的になる経験としての夢は、レム睡眠のときに現れる。
睡眠研究の世界では、「夢」というと、このレム睡眠の夢だけを指すことがほとんどだ。
そこでこの章でも、レム睡眠と、レム睡眠から生まれる夢を中心に見ていくことにする。
とはいえ、他のステージで見る夢もまったく扱わないわけではない。それらの夢の中にも、夢という謎を解き明かすカギが隠れているからだ。
夢を見ているときの脳の中
1950年代から 1960年代にかけて、頭部につないだ電極で脳の活動を記録する技術を使うことで、レム睡眠中の脳波の活動がだんだんとわかってきた。
しかし、その真の姿が見えるようになったのは、 2000年代になり、脳の内部を映像化する装置が登場してからのことだ。
レム睡眠中の脳は、見事な技術で三次元の映像をつくり上げている。
技術の進歩で、その不思議な世界を視覚化できるようになったのだ。
フロイトとその一派は、夢は何らかの欲求を満たす手段であると主張していた。
科学的な根拠は何もないが、それでもこの説は、一世紀にわたって精神医学や心理学の世界を支配していた。しかし、技術の進歩により、その信憑性も薄れてきた。
たしかにフロイトの説にも耳を傾けるべき点はあり、そのことについては後で触れる。
とはいえ根本的な欠陥を見過ごすことはできず、現代の科学では根拠のない説とされるようになった。
最近の主流は、神経科学の観点からレム睡眠を分析するという手法だ。それによって夢のしくみが明らかになってきた。
私たちはどのように夢を見て、何を夢に見るのか。
さらには、睡眠研究でもっとも興味深い問いに対する答えにも、手が届きそうになってきた。
それは、私たちが夢を見る理由だ。
脳をスキャンする技術がいかに進化したかを実感するために、第 3章にも登場したスポーツ・スタジアムの比喩を使って説明しよう。
スタジアムの天井から吊されたマイクは、たしかにすべての観客の活動を記録することができる。
しかし、観客全体の動きとして記録され、どの動きがどこで起こったかまではわからない。
スタジアムのどこにチャントを叫んでいる観客がいて、どこに静まりかえっている観客がいるかはわからない。
電極を使って脳波を記録するのもこれに似ていて、活動の場所はわからない。
しかし磁気共鳴画像( MRI)なら、もう場所がごっちゃになることはない。
MRIは、スタジアム全体を何千もの小さな箱に切り分け(パソコン画面のピクセルのようなものを想像してもらいたい)、そのピクセルごとに観客(脳細胞)の活動を記録する。スタジアムの他の場所にある他のピクセルとは区別することができるのだ。
それに加えて、 MRI画像は三次元だ。そのため脳内のすべてを記録できる。
人間の脳を MRIで観察することで、私を含む多くの科学者は、レム睡眠中の脳の活動をつぶさに観察できるようになった。
レム睡眠と夢が始まると、かつては人の目に触れることはなかった脳の奥深くの構造が活動を始める。
技術の進歩のおかげで、人類は初めてそれを目撃することができたのだ。
夢を見ない、深いノンレム睡眠の間、人間の代謝活動は、起きているが安静にしているときと比べてわずかに減少する。
しかし、レム睡眠と夢が始まると、その状況も一変する。脳内の無数の場所が「点灯」し、活動が活発になったことを示す。
レム睡眠時にとりわけ活発になる部位は4つある。
- ( 1)頭の後ろに位置する視空間を司る部位。複雑な視覚認知を可能にする。
- ( 2)運動を司る運動野。
- ( 3)海馬とその周辺の記憶を司る部位。
- ( 4)脳の奥深くにある、感情を司る扁桃体。
そして扁桃体を上から覆う帯状皮質。どちらも感情を生み、処理する部位だ。
しかもこの感情を司る部位は、レム睡眠に入ると、起きているときよりも 30%も活動量が増えるのだ! たしかに夢の中では映像を見たり、活発に動いたりしているので、視覚や運動を司る部位が活動するのは納得できるだろう。
しかし、ここで驚くのは、むしろまったく活動していない部位の存在だ。具体的には、前頭前皮質の左右両端の部位になる。左右の目尻の 5センチほど上のあたりだ(ワールドカップのオーバータイムで、応援するチームの惜しいシュートが外れたときに、思わず手が行く場所と考えるとわかりやすいかもしれない)。
レム睡眠中にこの部位をスキャンで見ると、冷え冷えとした青一色に染まっている。脳が活発に活動するレム睡眠中であっても、この部位だけは静まりかえっているということだ。
第 7章でも見たように、前頭前皮質は脳の CEOのようなものだ。この部位、とくに左右の両端は、合理的な思考と論理的な意思決定を司る。より原始的な脳の部位、たとえば感情を生む部位に向かって、トップダウンの命令を出している。
つまりレム睡眠の特徴は、「脳の視覚、運動、感情、経験の記憶を司る部位が活発になり、その一方で合理的な思考を司る部位が静かになる睡眠」と表現することができるだろう。
MRIのおかげで、今の私たちは、レム睡眠中の脳全体の活動を観察することができるようになった。
まだ初歩的な技術かもしれないが、それでも研究は新時代に突入し、ついにレム睡眠の「理由」と「しくみ」が解明されようとしている。もうフロイトの夢分析のような、科学的根拠のないものに頼る必要はない。
どんな夢を見たかわかってしまう
MRIがあれば、夢の内容を予想することもできる。
たとえば、レム睡眠中の脳を MRIで記録し、その後で本人から夢の内容を聞く。
しかし、本人の話を聞かなくても、脳スキャンで脳の活動を見るだけで、夢の性質がわかるはずだ。
運動の部位がほとんど動かず、視覚と感情の部位が激しく動いていたのなら、動きはほとんどないが、目に見えるものがたくさんあり、強い感情をともなう夢を見ていたと想像できる。
実際に私たちは、実験でそれを試してみたことがある。その結果、たしかに夢を解読することができた。本人から聞かなくても、夢のだいたいの内容を当てられるのはたしかに画期的なことだ。
しかし、根本的な疑問はまだ解決されてない。
感情的か、動きが多いか、視覚的かといった大まかな内容ではなく、夢の具体的な内容を解読することはできるのだろうか? 2013年、京都大学教授の神谷之康率いる研究チームが、この疑問を見事な方法で解決した。彼らは事実上、世界で初めて夢の解読に成功したと言えるだろう。
しかしその結果、私たちは倫理的に難しい立場に置かれることになる。
この実験は、被験者の合意を得て行われている。後でわかるだろうが、これは非常に重要な点だ。それに、まだ被験者は 3人しかいないので、結果は暫定的だ。しかし、それでも意義深い発見であることに変わりはない。
また、この実験で観察したのは、眠りに落ちてすぐに見る短い夢であり、レム睡眠の夢ではない。しかし、そう遠くない将来に、この方法がレム睡眠に応用されるようになるだろう。
実験は数日にわたり、その間被験者は何度も MRIで撮影された。
被験者が眠ると記録を開始し、少したってから被験者を起こして夢の内容を話してもらう。そのすぐ後でまた寝てもらい、同じことをくり返す。そうやって数百もの夢の画像と報告を集める。
夢の例を1つあげよう。
「大きな銅像がありました。小さな丘の上です。丘の下には、家と道と木がありました」
神谷の研究チームは、夢の報告を分析し、その人の夢によく出るアイテムごとに大きく 20に分類した。よく出るアイテムとは、たとえば本、車、家具、パソコン、男性、女性、食べ物などだ。
それらのアイテムを見たときに、実際に脳がどのように動くかを知るために、今度は被験者に起きているとき MRIに入ってもらい、それぞれの画像を見せたときの脳の動きを記録した。
その記録をある種のひな形として、今度は夢の報告と、その夢を見ていたときの MRI画像を比較し、ひな形と一致するかどうか検証していく。
犯罪捜査での DNA鑑定に似ているかもしれない。
法医学チームが被害者の DNAを採取し、それをひな形として、無数のサンプルの中から適合するものを見つけ出すのと同じような方法だ。
そして分析の結果、神谷のチームは、睡眠中の MRI画像を見ただけで、夢に出てきたアイテムをほぼ正確に当てられるようになった。
夢に男性が出てきた、女性が出てきた、犬が出てきた、ベッドが出てきた、花が出てきた、ナイフが出てきたということが、本人から聞かなくても、 MRI画像でわかるのだ。
これはある意味で、心を読むのと同じだろう。いや、夢を読むというべきだろうか。
アメリカ先住民には、ドリームキャッチャーと呼ばれる美しい装飾品を枕元に吊るし、夢をその中につかまえるという風習があるが、神谷らはそれを実現したと言えるだろう。
もちろん、この手法は完璧にはほど遠い。男性ということはわかったとしても、どの男性かはわからない。
私の夢を例に説明すると、つい先日、 1960年代のアストンマーティン・ DB 4が夢に出てきた。
非常に美しい伝説の車だ。
この夢を MRIで撮影したら、車ということはわかるかもしれないが、車種まではわからないということだ。
いずれにせよ、これは画期的な技術であり、このまま進化を続けていけば、いずれ脳の活動から夢の内容を完全に再現できるようになるかもしれない。
そうすれば、夢の構造についてさらに詳しいことがわかるだろう。
その知識を活用すれば、 PTSDの患者がくり返し見る悪夢など、精神に悪影響を与える夢の問題も解決できるようになるかもしれない。
とはいえ、科学者としてというよりも、個人としての考えを述べるなら、私はこの流れに一抹の不安を覚えている。
かつて、夢は自分だけのものだった。
夢を他人に話すかどうかは自分次第で、そして話すにしても、話す部分と、隠しておく部分を分けることができた。
科学的な実験であれば、被験者の合意を得ることが必要だ。
しかし、この手法がいつか科学の世界を離れ、哲学や倫理の問題に発展することはないだろうか。
おそらくそう遠くない未来に、これまでほとんどの人にとって謎だった夢のしくみをついに理解し、自分のものにできる日が来るだろう。
それがもし実現したら(実現すると私は確信している)、人は自分の夢に責任をもたなければならなくなるのだろうか? 夢の内容に善悪の判断を加えるのは、果たして正しいことなのか。
そもそも夢は、本人の意思とは関係なく現れるものだ。しかし、本人の責任ではないとしたら、いったい誰の責任なのか。これは哲学的な意味をもつ難しい問いであり、簡単に答えは出ない。
夢にはどんな意味があるのか
MRIのおかげで、夢の性質をより深く理解し、初歩的な解読ならできるようになった。それに加えて、人類が太古の昔から疑問に思ってきたことに、ついに答えが出るかもしれない。
それは、「夢はどこから来るのか」という疑問だ。
新しい夢の科学が登場する前、さらにはフロイトの夢分析よりも前の時代、夢はいろいろなところからやって来ると考えられていた。
古代エジプトの人々は、夢は天の神から送られてくると考えていた。古代ギリシャ人も同じような考えだったが、アリストテレスは例外だった。
著書の『自然学小論集』は7つの小論で構成されているが、そのうちの3つが眠りを扱っている。
「睡眠と覚醒について」、「夢について」、そして「夢占いについて」だ。
あくまで冷静なアリストテレスは、夢は天の神から送られるという考えを否定する。そして、覚醒時に経験した最近の出来事が、夢が生まれる場所だと主張した。
しかし個人的には、あのフロイトこそ、夢研究の分野でもっとも大きな科学的貢献をした人物だと考えている。
現代の神経科学は、フロイトの貢献を正当に評価していないのではないだろうか。
1899年に出版された『夢判断』を読めばわかるように、フロイトにとって夢は、頭の中だけに存在するものだった。
そんなことは当たり前だと思うかもしれないが、当時としては画期的な見解だった。
夢は天の神から送られてくるという考えが、まだ広く信じられていたからだ。
フロイトはたった 1人の力で夢を神から奪い取り、解剖学的な定義があいまいな「魂」という場所も否定した。フロイトは夢を科学の一分野にした。それが今日の神経科学につながっている。
夢は脳から生まれるのであり、夢を理解するには脳を分析するしかない──それを世界で初めて提唱したのは、他ならぬフロイトだ。
だから私たちは、フロイトの画期的な発想の転換に感謝しなければならない。とはいえ、フロイトは 50%正しく、そして 100%間違っていた。ここから彼は、とたんに迷走を始める。
科学的に証明しようのない説を唱えるようになったのだ。
簡単に言うと、フロイトは満たされない欲求が夢になると信じたのだ。
彼の説によると、抑圧された欲求(彼はそれを「潜在的夢思考」と呼んだ)はあまりにも強力で衝撃が大きく、そのままの形で出てきたら本人がびっくりして起きてしまうという。
そこで、夢を見ている本人と睡眠を守るために、脳の中に夢のフィルターが備わっている。抑圧された欲求は、フィルターを通過すると、何か別のものに姿を変えている。
姿を変えた欲求(フロイトはこれを「顕在内容」と呼んだ)は、本人も正体がわからない。そのため夢に出てきても、本人がびっくりして起きることはない。
フロイトはまた、自分はフィルターのしくみを理解しているので、夢を解読して本当の欲求を知ることができると信じていた。暗号を解読するカギをもっているので、あらゆる人の夢を解読できると主張した。
そして裕福なウィーンの患者を相手に、夢がもつ本当の意味を教えてあげていたのだ。しかし、ここでの問題は、彼の説は科学的に証明できないということだ。
彼の夢判断が正しいのか、それとも間違っているのか、それは誰にもわからない。これがフロイトの天才的なところであり、それと同時に凋落の始まりでもある。
科学の力では、彼が間違っていると証明することはできない。だからこそ現在にいたるまで、フロイトの夢判断は一定の影響力を保っている。
しかし、それと同じ意味で科学的に正しいと証明することもできないのだ。
正しいとも間違っているとも証明できない説は、科学とはみなされない。そしてフロイトと彼の心理学は、科学界からは無視されるようになった。
具体的な例として、放射線炭素年代測定について考えてみよう。化石のような有機物から放出される炭素の量を元に、年代を割り出すという手法だ。
この手法が科学的に正しいと証明するには、同じ化石を違う装置に入れて測定し、すべての装置で同じ結果になる必要がある。
もしそれぞれで違う結果になったら、この手法には穴があり、厳密な科学とは呼べない。
放射線炭素年代測定は、どの装置で測っても同じ結果になるので、科学的な手法と呼べる。
しかし、フロイト派の心理分析はそうではない。複数のフロイト派の精神分析医に、同じ人の同じ夢を分析させたとしよう。もしすべての分析医が同じ答えを出したのなら、その手法は科学的だ。
しかし実際は、夢の解釈は分析医によって大きく異なる。明確な構造と、客観的な判断基準が存在しないからだ。
フロイト派の精神分析を批判する人は、「一般化の病」という言葉を使うこともある。星占いと同じようなもので、すべての人にあてはまるような一般的な答えしか与えてくれないということだ。
たとえば、大学の講義でフロイトの批判をする前に、私がいつも実演していることがある。
まず、私に夢を分析してもらいたい人はいないかと学生に尋ねる。すると何人かが手をあげる。私はその中から 1人を選び、名前を尋ねる。仮に名前をカイルとしよう。
私はカイルに、自分が見た夢を話してもらう。地下の駐車場を走り回りながら自分の車を探していました。自分がなぜ走っているのかはわかりません。それでも、とにかく車を見つけなければならないと思っていました。
そして見つけたのですが、それは実際に私がもっている車とは違います。でも夢の中では、自分の車だと思っていました。
エンジンをかけようとしましたが、何度キーを回してもかかりません。そのとき携帯から大きな音がして、私は目を覚ましました。
私はカイルをじっと見つめ、何度もうなずきながら話を熱心に聞く。そしてカイルの話が終わると、私はしばらく考え、そして口を開く。
「きみの夢の意味がわかったよ、カイル」。
カイル自身も、クラス全体も、私の言葉に驚き、そして話の続きをじっと待つ。私はまた、もったいぶってしばらく沈黙し、そして自信満々に解説する。
「カイル、これは時間についての夢だ。より正確には、時間が足りないという夢だ。きみは、人生でやりたいことをすべてやるには時間が足りないと思っている」。
そしてカイル本人も、クラスの他の学生も、私の言葉をすっかり信じるのだ。
そこで私は告白する。
「ここで種明かしをしよう。誰の夢を聞いても、私の答えはいつも同じなんだ。誰にでもあてはまるような内容だから、みんな納得してしまうんだよ」。
ありがたいことに、カイルは気のいい若者で、クラスと一緒に笑って許してくれた。私はそこで、カイルにもう一度謝罪する。
しかしこの実演で、一般的な解釈の危険はわかってもらえたはずだ。
とても具体的で個人的なことを言っているようだが、よく考えると誰にでもあてはまるようなことしか言っていない。ここで誤解のないようにはっきり言っておきたい。
私はなにも、夢の意味を自分で考えたり、夢を他人に話したりすること自体を否定しているのではない。
詳しい理由は次の章に出てくるが、むしろそれはいいことだと思っている。
起きているときの思考、感情、心配事を記録することには、メンタルヘルスの面で大きな利点がある。そして夢の記録にも同じ効果が認められている。
ソクラテスも言っていたように、精神的に健全で、意義深い人生とは、よく検証された人生のことだ。
いずれにせよ、フロイト派の精神分析は非科学的な手法であり、結果の再現性はまったく見られない。
そのことだけはよく覚えておいてもらいたい。
実際のところ、フロイト自身もこの限界に気づいていた。
そして、いつか本物の科学が出現するだろうという予言までして、『夢判断』の中にこんな言葉を残している。
「いずれより詳細な研究が行われ、この精神の出来事を説明する有機的な基盤が発見されるであろう」。
つまり彼は、有機的なもの(脳)による説明が、夢の真実を解明することになるとわかっていたのだ。
そして彼の夢分析では、その真実にたどり着くことはできない。
夢の分析という非科学的な道に進んでしまう 4年前に、フロイトはじつは、科学の知見を使って神経生物学的に人間の精神を読み解こうとしたことがある。
彼はその試みを、「科学的心理学草稿」という論文にまとめている。
神経回路とシナプスの地図を描き、覚醒時と睡眠時の精神の働きを理解しようとしていた様子がうかがえる。残念ながら、当時の神経科学はまだ生まれたばかりの学問だった。科学の力で夢を解読することはまだできなかった。
そのため、フロイトが非科学的な夢分析に向かってしまったのも、ある意味しかたのないことだった。
そのことで彼を責めるべきではないが、だからといって彼の非科学的な手法をうのみにしてはいけない。
脳スキャンの技術によって、夢の「有機的な基盤」がついに明らかになろうとしている。
海馬など、自分の経験を記録する脳の部位は、レム睡眠中にきわめて活発になる。
そのため、夢の中身は、個人の最近の記憶と関係すると考えて間違いないだろう。
それを手がかりに、フロイトがいみじくも「昼の残滓」と呼んだ夢の意味を解読できるかもしれない。
この仮説は科学的な検証が可能であり、友人で同僚でもあるハーバード大学のロバート・スティックゴールドが実際に検証を行った。
そしてその結果、仮説が完全に間違っていることが証明された。
夢は何に左右されるのか
夢の内容は、最近の起きている間の記憶を忠実に再現したものなのか? 29人の健康な若い大人を対象に、 2週間にわたって毎日の活動を詳しく記録してもらった。
その日にしたこと(仕事に行ったこと、その日に会った友だち、食事の内容、やったスポーツなど)と、日記を書いているときの感情を記録する。
それに加えて、夢の日記もつけてもらった。毎朝起きてすぐに、覚えている夢をすべて書く。
2つの日記が完成したら、それを第三者に読ませ、日中の活動と夢の内容の間に何らかの関係があるか判定してもらう。
とくに重視したのは、場所、行動、物体、人物、テーマ、感情など、明確な基準で共通点があるかということだ。
2週間の実験で、スティックゴールドが集めた夢の報告は、全部で 299になった。
その中で、間違いなく「昼の残滓」と呼べるものは、 1%か 2%しかなかった。つまり夢は、単に昼間の経験を再現しているのではないということだ。
ただビデオを巻き戻し、その日の出来事を脳内の大きなスクリーンに映しているのではない。「昼の残滓」と呼べるものがあるとするなら、砂漠にたらす 1、 2滴の水のような存在だろう。
しかし、スティックゴールドは、昼間の出来事と夢の間にある強いつながりを1つ発見した。
それは感情だ。覚醒時に感じた大きな感情や心配事のうち、 35 ~ 55%は、その日の夢に、はっきりそれとわかる形で登場していたのだ。
第三者の判定員だけでなく、被験者自身も、両者の共通点をはっきり見ることができた。
覚醒の世界から夢の世界へ導く赤い糸があるとすれば、それは感情だ。
スティックゴールドの実験によって、フロイトの言う「フィルター」は存在しないことがわかった。
感情は、何か別のものに姿を変えたりはしない。
夢の源は、誰でも見ることができる。
夢を見た本人も、わざわざ他人に分析してもらわなくても、自分でそれを見つけることができる。
脳の活動を記録する技術実験を通して、ついに人間の夢を科学的に解読する道が開けてきた。とはいえ、まだ足りないものがある。
ここまで紹介した実験の中に、夢の機能を解明したものはまだ存在しない。
夢は何らかの形で、私たちの役に立っているのだろうか? その問いに科学的に答えるなら、答えは「イエス」だ。
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