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第 8章睡眠不足が寿命を縮める──ガン、心臓発作、そして早すぎる死

昔の私は、よくこんなことを言っていた。「睡眠は健康の 3本柱の 1本だ。あとの 2本は食事と運動だ」。しかし最近は考えを変えた。

睡眠はただの柱ではない。むしろすべての基盤であり、その基盤の上に食事と運動という 2本の柱が立っているのだ。

睡眠を根こそぎ奪うと、またはそこまでしなくてもやや睡眠不足になるだけで、どんなに食事に気をつかい、定期的に運動しても、それほど効果がなくなってしまう。

睡眠不足の害は、密かに身体の奥深くにまで侵入していく。睡眠が足りなくなると、体中の組織や臓器が影響を受ける。少しでも睡眠不足のきざしがあれば、無傷で逃れられる身体の部位は存在しない。

蛇口が壊れて家中に水があふれ出すように、睡眠不足の害も身体のすみずみまで浸透し、さらには基本構造である DNAにまで影響を与える。

広く医学界全体に目を向けると、 20以上の大規模な疫学研究で、合わせて数百万人を数十年にわたって追跡した膨大なデータが存在する。

その結果を分析したころ、すべての研究に共通する発見が浮かび上がってきた。

睡眠時間が少ないほど、寿命も短くなるのだ。先進国で死因の上位を占めるのは、心臓病、肥満、認知症、糖尿病、ガンといった病気だ。そのすべてで、睡眠不足との関係が指摘されている。

この章では、睡眠不足があなたの肉体に与える影響を詳しく見ていこう。

具体的には、心血管、代謝、免疫、生殖機能に与える影響だ。

目次

睡眠不足と心血管疾患

不健康な睡眠には、不健康な心臓が宿る。単純だが、真実だ。2011年、 50万人以上の男女を対象に追跡調査が行われた。

対象者は 8ヵ国から選ばれ、年齢、人種、民族もさまざまだ。

その結果、睡眠時間が短くなるほど、調査開始後 7年から 25年の間に、冠状動脈性心疾患を発症する、またはこれが原因で死亡するリスクが 45%上昇するということがわかった。

4000人の男性労働者を対象にした日本の調査でも、同じような結果になった。

14年の間に、睡眠時間が 6時間以下だった人は、 6時間より多く寝ている人に比べ、 1回以上の心停止を経験するリスクが 400 ~ 500%上昇するという。

特筆すべきは、これらの調査の多くで、喫煙、運動不足、肥満といった心疾患の他のリスク要因を考慮して調整を加えても、睡眠不足と心疾患の間に明確な関係が認められたということだ。

中年期にさしかかり、身体の衰えを自覚するようになると、睡眠不足が心血管系に与えるダメージも大きくなる。

45歳以上で、睡眠時間が 6時間未満の人は、 7時間から 8時間寝ている人に比べ、生涯で心臓発作か脳卒中を起こすリスクが 200%上昇する。

この結果を見れば、中年以降の睡眠がいかに大切かがわかるだろう。しかし現実には、中年期は仕事や家庭の責任が重くなり、睡眠時間がいちばん犠牲になる時期でもある。

睡眠不足が心臓をここまで痛めつけるのは、血圧と関係がある。ここで、自分の右腕の内側にある静脈を見つけてみよう。止血帯を巻くように肘のすぐ下あたりを左手で握ると、すぐに静脈が浮き出てくるはずだ。

これを見て、少し怖くなっただろうか? じつは睡眠不足には、右腕どころか、全身の静脈をふくらませるという恐ろしい力があるのだ。

高血圧はすっかり現代病になり、多くの人がその深刻さを忘れてしまっている。今年だけでも、高血圧が原因の心不全、虚血性心疾患、腎不全で、 700万人以上もの人が命を落としている。

睡眠不足が、全世界のお父さんやお母さん、お祖父ちゃんやお祖母ちゃん、そして大切な友人たちの命を奪ったのだ。これまで見てきた実験や研究からもわかるように、睡眠時間がほんの少し短くなるだけで、心血管はダメージを受ける。

一晩だけ、いつもより 1時間か 2時間少なく寝るだけで、心臓の収縮率が時間を追うごとに大きくなり、最高血圧(心臓の収縮期の血圧)が大幅に上昇する。

しかもこれらの結果が出た実験は、若くて健康な人を対象に行われているのだ。

睡眠不足の状態になるまでは、彼らは心臓も血管もきわめて健康な状態だった。どんなに健康な人でも、睡眠不足には勝てないということだ。

睡眠不足によって血圧が上がると、血管そのものもダメージを受ける。とくに大きく損傷するのが、心臓に血液を送り込む冠状動脈だ。

これは命を維持するうえできわめて重要な役割を担っている血管であり、つねに最高の状態を保っているのが理想だ。血管が細くなったり、詰まったりしたら、心臓に十分な血液が送られなくなる。その結果、酸素不足になった心臓は、致命的な発作を起こしかねない。

冠状動脈が詰まる原因の1つは、アテローム性動脈硬化だ。

動脈の内側にアテローム性(糊状)のプラークが付着し、血液が流れにくくなる。

シカゴ大学の研究チームが、およそ 500人の健康な中年を対象にある調査を行った。

被験者はみな、過去に心臓病にかかったことがなく、アテローム性動脈硬化も起こっていない。

研究チームは、被験者の冠状動脈の健康状態を何年にもわたって追跡調査しながら、同時に睡眠の記録もとっていた。

その結果わかったのは、睡眠時間が 6時間以下の人は、 5年の間に冠状動脈の硬化が始まる確率が、 7時間から 8時間寝ている人に比べ、 200 ~ 300%上昇するということだ。

睡眠不足によって冠状動脈が詰まると、心臓に十分な血液が行きわたらなくなり、冠状動脈性心臓発作のリスクが飛躍的に高くなる。

睡眠不足が心血管系にダメージを与えるメカニズムはさまざまだが、どうやら 1人の黒幕がいるようだ。その黒幕は、「交感神経系」と呼ばれている。その役割は、身体を活性化し、興奮させることだ。

身に危険が迫ったりしたら、本能に組み込まれた「戦うか、それとも逃げるか」のストレス反応を引き起こす。そして、大部隊を率いる将軍のように、交感神経系も全身の機能を統率している。

呼吸、免疫機能、ストレスホルモンの分泌、血圧、それに心拍数まで、すべて交感神経系の支配下にある。交感神経系が起こす急性のストレス反応は、たいてい長くは続かない。数分から数時間で消える。

もし本当に身の危険が迫っているのであれば、この反応は役に立つ。いちばん大切なのは生き残ることであり、ストレス反応のおかげでとっさに身を守る行動をとることができる。

しかし、いつまでもこの「オン」の状態でいると、命に関わる危険がある。

ここ半世紀の間で、睡眠不足が人体に与える影響を調べた研究は、少数の例外を除いてすべて同じ現象を観察している。それは交感神経系の過活動だ。

睡眠不足の状態が続くかぎり、そして睡眠不足が解消されてからもしばらくの間は、身体はずっと「戦うか、それとも逃げるか」モードに入っている。

睡眠障害、過重労働による睡眠不足、または単なる睡眠不足などの状態が何年も続けば、交感神経系の過活動もその間ずっと続く。

これは車のエンジンの回転数を極限まで上げ、その状態をずっと続けているようなものだ。車体はいずれ負荷に耐えきれなくなるだろう。人間の身体もそれと同じだ。

睡眠不足による交感神経系の過活動が引き金となり、まるでドミノ倒しのように全身の健康がむしばまれていく。最初に倒れるドミノは、心拍数の加速を抑える機能だ。

このブレーキが効かなくなると、つねに心臓がドキドキしている状態になる。

睡眠不足で心拍数が増えると、血管に送り出される血液の量も増える。

そしてその結果、血圧も上昇する。

それと同時に起こっているのが、コルチゾールと呼ばれるストレスホルモンの増加だ。

交感神経系の過活動が引き金となり、慢性的にコルチゾールが多い状態になる。そしてコルチゾールの増加がもたらすあまりありがたくない現象の1つは、血管が収縮することだ。その結果、さらに血圧が上昇する。

さらに追い打ちをかけるように、睡眠不足によって、全身の不調を癒やしてくれる成長ホルモンの分泌が減ってしまう。成長ホルモンは睡眠中に分泌するからだ。

成長ホルモンが傷ついた血管の内壁を補修してくれないので、内壁がだんだんと剥がれてきてしまう。そうやって血管そのものが弱くなったところに、睡眠不足による高血圧が血管を攻撃する。

こうなると、もう修復は効かない状態だ。その結果、アテローム性動脈硬化のリスクがますます高まる。血管はいずれ破裂するだろう。

破裂に続くもっとも一般的な症状は、心臓発作と脳卒中だ。それでは、つねに十分な睡眠をとっていたらどうなるのだろうか。

深いノンレム睡眠の間、脳は交感神経系に「落ち着きなさい」というメッセージを送る。その効果は一晩中続き、身体の緊張、血圧の上昇、血管の損傷、そして心臓発作に脳卒中という悪循環は起こらない。

ノンレム睡眠のおかげで、血圧が健全な状態に保たれ、高血圧による健康被害を防ぐことができる。一般の聴衆に向けて科学の話をするときは、いつも心配なことがある。

病気のリスクや死亡率という気の滅入る数字ばかりを並べていると、聞いている人は生きる意欲を失ってしまわないだろうか。

しかし、睡眠不足の害についてはこれだけ証拠が出そろっているので、やはり伝えないわけにはいかない。

とはいえ、ときにはたった1つの驚くべき結果を伝えるだけで、事の重大さを理解してもらえることもある。心血管の健康に関しては、 15億人を対象にした「地球規模の実験」がその役割を果たしてくれるだろう。

この 15億人は、 1年間に一度、 1時間かそれ以下の睡眠時間を奪われる。もしかしたらあなたも、この実験の対象者になっているかもしれない。実験は別名、「夏時間」と呼ばれている。

北半球では、3月の夏時間に切り替わる日がやって来ると、ほとんどの人が 1時間の睡眠を失うことになる。

病院の日誌を大量に集めて表にまとめれば(研究者は実際にそれを行った)、夏時間に切り替わった日に心臓発作が激増していることに気づくだろう。

そして夏時間が終わるときは、逆の現象が起こる。時計を 1時間遅らせ、睡眠時間が 1時間増えると、その日の心臓発作は目に見えて少なくなっている。

心臓発作だけでなく、交通事故でも同じような件数の変化が見られる。

睡眠不足による集中力の低下や、マイクロスリープが原因だ。これらの数字からわかるのは、ほんのわずかな睡眠が奪われただけで、心臓も脳も大きな影響を受けるということだ。

たいていの人は、一晩だけ睡眠時間が 1時間少なくなるぐらいなら、何の影響もないと思っている。しかし実際は、影響は大ありだ。

睡眠不足が食欲を増し、代謝を低下させる

睡眠時間が少ないほど、食欲は増す。それに加えて、睡眠不足の身体は、食べすぎで摂取した余分なカロリーを効率よく管理することができない。そのため、血液中の糖分が増えることになる。

7時間から 8時間の十分な睡眠をとらずにいると、食欲増加と代謝の低下というダブルパンチで、あなたの体重はどんどん増えていく。

そしていずれは、肥満や Ⅱ型糖尿病に発展するだろう。糖尿病のコストは全世界で年に 3750億ドルだ。そして肥満のコストは 2兆ドル以上にもなる。

しかしこんな数字よりも、実際に睡眠不足になっている人にとっては、健康と生活の質の低下、そして早すぎる死のほうが身近な問題だろう。

睡眠不足が肥満や糖尿病につながるしくみはすでに解明されていて、議論の余地はない。

睡眠不足と糖尿病

砂糖は危険な物質だ。ダイエットの敵であることは言うまでもないが、今この瞬間に血液の中に存在する糖分もかなり手強い。

血液中の糖分(グルコース)が増えすぎると、数週間から数年の間に体内の組織や臓器が深く傷つき、健康が損なわれ、そして最終的に死に至る。失明や、四肢の切断、さらには透析や移植が必要なほどの腎不全にもつながる。

これらはすべて、 Ⅱ型糖尿病によく見られる症状だ。

健康な人であれば、血中のグルコースが増えすぎると(たとえば食後など)、インスリンと呼ばれるホルモンが余分なグルコースを吸収して正常値に戻してくれる。

インスリンが分泌されると、体内の細胞が自分の表面に排水溝のようなものを開き、動脈から排出された大量のグルコースをどんどん流していく。

しかし、細胞がインスリンに反応するのをやめてしまうと、血中のグルコースを吸収することができない。道路の排水溝が詰まってしまうのと同じような状況だ。

血中のグルコースは危険レベルまで増え、安全レベルに戻すことができない。

この時点で、身体は高血糖の状態になっている。

この状態が続き、細胞がグルコースを吸収しないままでいると、糖尿病予備群となり、やがて本格的な Ⅱ型糖尿病になる。

世界各国で行われた一連の大規模な疫学研究によって、睡眠不足と血糖値の異常との関連が指摘されるようになった。

それぞれの研究は独立して行われていたのだが、どの研究でも、慢性的に睡眠時間が 6時間以下の人は、 Ⅱ型糖尿病を発症する率がはるかに高かったのだ。

体重、アルコール、喫煙、年齢、性別、人種、カフェイン摂取といった、糖尿病と関わりの深い要因を考慮して調整しても、結果は変わらなかった。

調査の結果は明白だったが、くわしい因果関係まではわからない。

糖尿病の症状によって睡眠が阻害されるのか、それとも睡眠不足が原因で血糖値を調整する機能が下がり、それが糖尿病につながっているのだろうか? この疑問に答えるには、糖尿病のきざしがまったくなく、血糖値も正常な健康な大人を対象に、条件を慎重にコントロールした実験を行う必要がある。

ある初期の研究の1つで、参加者は 4時間睡眠を 6日間だけ続けた。

するとその週の終わりには、完全に健康体だった参加者たちも、通常量のグルコースを吸収する能力が、きちんと睡眠をとっていたときに比べ、 40%低下していたのだ。

この数字はいったい何を意味するのだろうか。

この参加者の血糖値を、実験のことは知らない医師に見せたら、即座に糖尿病予備群と診断するだろう。そして Ⅱ型糖尿病の発症を防ぐために、予防的な治療をさっそく始めることになるはずだ。

その後の世界各国の研究室で何度も同様の実験が行われたが、結果はいつも同じだった。

睡眠を減らす時間をこれより少なくしても、睡眠不足の悪影響は明白だったのだ。

それでは、なぜ睡眠不足になると、血糖値のコントロールができなくなってしまうのだろうか。

インスリンの分泌がブロックされ、細胞にグルコースを吸収しろという命令が出なくなるからなのか。

それとも、インスリンの命令は出ているが、細胞のほうが反応しなくなっているのだろうか? すでに見たように、そのどちらも正しい。

とはいえ、後者のほうがより大きな要因になっているようだ。

実験終了時に、参加者の身体の組織を採取して検査を行い(この種の検査をバイオプシーという)、細胞の活動を調べた。

1週間にわたって睡眠時間を 4時間から 5時間に制限された人から採取した細胞は、インスリンに反応しなくなっていた。

睡眠不足の状態になると、細胞はインスリンの呼びかけをかたくなに拒否し、グルコースを流す排水溝をつくろうとしない。

血糖値が危険なほど高くなっていても、細胞はグルコースを吸収しようとせず、むしろ避けていたのだ。排水溝は詰まっていて、グルコースの水位は上がる一方だ。

その結果が高血糖症となる。

糖尿病が深刻な病気だということを知っている人は多いだろうが、どこまで深刻なのかわかっている人はめったにいない。

そこで、具体的な数字をいくつか紹介しよう。

まず治療費は、年間 1人につき平均して 8万 5000ドルだ。そして寿命が 10年短くなる。

現在、世界の先進国では、慢性的な睡眠不足が Ⅱ型糖尿病の主な原因の1つであると広く認められている。そしてこの原因なら、簡単に予防できるだろう。

睡眠不足と肥満

睡眠時間が短くなると、体重が増える。

さまざまな犯人が共謀して、あなたのお腹を大きくする。

最初の犯人は、食欲をコントロールする2つのホルモン、レプチンとグレリンだ。

レプチンは「満腹だ」という信号を出す。血中のレプチンが増えると、満腹を感じて何も食べたくなくなる。対してグレリンは、強い空腹感の引き金になる。血中のグレリンが増えると、食欲も増加する。グレリンが増えすぎるか、またはレプチンが減りすぎると、食べる量が増えて体重も増える。

シカゴ大学のイヴ・ヴァン・コーター博士は、 30年かけて睡眠と食欲の関係を熱心に研究してきた。

彼女の実験は、より実生活に近い条件で行われている。

先進国に暮らす人の 3分の 1以上は、睡眠時間が 5 ~ 6時間しかない。

その事実を踏まえて、被験者に徹夜をさせるという極端な条件ではなく、この 5 ~ 6時間の睡眠を 1週間続けた場合の影響を調べることにした。

最初に被験者になったのは、健康で適正体重の若い人だ。

ヴァン・コーターの実験に参加したことのある人なら、あれは実験というよりも、 1週間ホテルに滞在しているようだったと言うだろう。

自分の部屋とベッドが与えられ、シーツは毎日替えてもらえる。部屋にはテレビもインターネットもある。ただし、無料のお茶とコーヒーはついていない。カフェインを摂取してはいけないからだ。

実験は2つのパートで行われる。最初のパートでは、毎晩たっぷり 8時間半眠り、それを 5日間続ける。睡眠中、頭には電極がつながれ、脳波を記録される。

そして次のパートでは、 5日間にわたり、一晩につき 4 ~ 5時間の睡眠しか許されない。こちらも睡眠中の脳波を記録する。どちらのパートも、食事は量もメニューもまったく同じだ。それに活動量も一定になるようにコントロールされる。

実験の間は毎日、空腹感と実際に食べたもの、そして血中のレプチンとグレリンの量が記録される。実験の結果、 4 ~ 5時間睡眠になると、食欲が大幅に増すことが明らかになった。食事の内容も、活動量もまったく同じだ。

ただ睡眠時間を少なくしただけで、同じ人の食欲が大きく増加したのだ。しかも、実験開始からわずか 2日後には、すでに食欲の大幅な増加が見られた。ここでの犯人は、レプチンとグレリンだ。

睡眠が足りないと、満腹感を知らせるホルモンであるレプチンの分泌が減り、食欲を刺激するグレリンの分泌が増える。

これはまさに、ダブルパンチの精神攻撃だ。

睡眠不足という 1人の敵が、「満腹感をなくす」というパンチと、「空腹感を増やす」というパンチを同時に放ってくる。

その結果、睡眠不足の人は、どんなに食べても満足できなくなってしまうのだ。代謝の観点で説明すれば、睡眠不足の人は、空腹感がコントロールできないということだ。

ヴァン・コーターの実験によって、睡眠時間を 5時間に制限すると、ホルモンと食欲のバランスが完全に崩れてしまうことが証明された。

そしてこの 5時間という長さは、現代社会では「十分」だと考えられている。

「食べるのをやめろ」と伝えるレプチンを黙らせるだけでなく、「もっと食べろ」と伝えるグレリンのボリュームも上げることで、睡眠不足の脳はもうどんなに食べても満足できなくなる。

ヴァン・コーターも言っていたように、「睡眠が足りない人は、飽食の中で飢餓に苦しんでいる」ということだ。

とはいえ、「食べたい」と思うのと、実際に食べるのは別だ。

人は睡眠不足のとき、実際に食べる量も増えるのだろうか? 食欲が増えると、結果的に体重も増えることになるのだろうか? ヴァン・コーターは再び画期的な実験を行い、睡眠不足が実際に肥満につながることを証明した。

この実験でも、参加者は2つの条件を与えられる。

まずは 8時間半睡眠を 4日間続け、次に 4時間半睡眠を 4日間続ける。実験中は活動量も厳格に管理される。食事については、好きなだけ食べてかまわない。食事の内容は記録され、カロリーが計算される。

睡眠時間が短くなると、 8時間半眠った期間に比べ、同じ人の食事が 300キロカロリー増加した。5日間の合計では 1000キロカロリー以上の増加になる。5時間から 6時間睡眠を 10日間続けた場合も、同じような結果になる。

現代人の多くは、仕事がある日はだいたいこれぐらいの睡眠時間だろう。1年のうち週末や休暇をのぞき、仕事がある日だけを合計しても、単純計算で 7万キロカロリー多く食べることになる。

摂取カロリーがそれだけ増えると、だいたい 4・ 5 ~ 6・ 8キロの増量になる。

この生活を続けているかぎり、 1年にそれぐらいのペースで体重が増えていくということだ(心当たりのある人はたくさんいるだろう)。

しかし、いちばん驚くのはヴァン・コーターの次の実験だ。スリムで健康な人だけを集めて、先ほどと同じ条件で生活してもらった。8時間半睡眠を 4日間と、 4時間半睡眠を 4日間だ。

しかしこの実験には、前の実験とは違うところが1つある。

実験の間、食事はビュッフェ形式で好きなものを好きなだけ食べられるのだが、それぞれの条件の最後の日だけ、食事の時間を 4時間に延ばしたのだ。

ビュッフェのメニューは、肉、野菜、パン、ポテト、サラダ、果物、アイスクリームと選びほうだいだ。それ以外にも、クッキー、チョコレート、ポテトチップス、プレッツェルなどのおやつコーナーもある。

参加者は、時間が来るまで好きなものを好きなだけ食べることができる。半分の 2時間がたったら、ビュッフェの補充まである。

そしてここで重要なのは、参加者は 1人で食事をするということだ。これで人目を気にせずに食べることができる。4時間の食べ放題タイムが終わると、摂取カロリーを計算する。

食事だけでほぼ 2000キロカロリーを食べていたが、睡眠不足の参加者は、そこからさらにおやつにも手を出した。そして 8時間半眠っていたときよりも、 330キロカロリー「多く」おやつを食べたのだ。

最近、この実験とも関係する新しい発見があった。

睡眠が不足すると、エンドカナビノイドと呼ばれる物質が体内で増えるという。名前からだいたい想像できるだろうが、カナビス(大麻)とよく似た成分の物質だ。しかし大麻とは違い、体内で自然に生成される。大麻を吸引したときと同じように、エンドカナビノイドが体内で増えると、食欲が増して間食したくなる。

つまり睡眠が不足すると、レプチンが減って満腹を感じなくなり、グレリンとエンドカナビノイドが増えて食欲が増すということだ。こうなってしまうと、食べすぎないようにがまんするのは至難の業だろう。

睡眠不足で食欲が増すのは、起きていることでいつもよりカロリーを消費したからだという説もある。しかし残念ながら、この説は正しくない。

ヴァン・コーターの実験によると、睡眠不足でも睡眠が足りていても、消費カロリー量に違いはなかったからだ。

24時間ずっと起きているというような極端なケースでも、 8時間睡眠をとった場合に比べ、増える消費量は 147キロカロリーだけだ。

どうやら寝ている間も、人間の脳と肉体はかなりカロリーを消費しているようだ。そのため、眠ることでエネルギーを節約するという考え方は、完全に間違っているということになる。

節約できる量はたかが知れているのだから、目の前に危険が迫っているときにわざわざ眠ることはない。

しかし、ここで重要なのは、睡眠不足によって摂取する余分なカロリーは、起きていることで消費する余分なカロリーよりも、はるかに多いということだ。

さらに悪いことに、眠る時間が少なくなるほど、身体に活力がなくなり、身体を動かさなくなる。食欲増加と運動不足を促進する睡眠不足は、完璧な肥満の処方箋だということだ。

睡眠が不足するとジャンクなものが食べたくなる

睡眠不足で体重が増える理由は、食べる量が増えることだけではない。食べる内容も睡眠不足の影響を受ける。

ヴァン・コーターはさまざまな研究を分析し、睡眠不足のときは、甘いもの(クッキー、チョコレート、アイスクリームなど)、炭水化物(パン、パスタなど)、しょっぱいスナック菓子(ポテトチップス、プレッツェルなど)の消費が増えることに気がついた。

一晩に数時間だけ睡眠が少なくなると、それらの消費が 30 ~ 40%増加する。

タンパク質(肉や魚)、乳製品(ヨーグルトやチーズ)、脂肪などはそこまで影響を受けず、 10 ~ 15%の増加だった。

睡眠不足になると、甘いものや炭水化物が欲しくなるのはなぜなのか。

私の研究チームは、その謎を解明しようと調査に乗り出した。

食べ物を見て選んでいるときの脳の活動を記録し、どんなものをどれだけ欲しがったかを測定する。実験前に、私たちは仮説を立てた。

睡眠不足のときに不健康な食事を選んでしまう理由は、脳の活動の変化を見れば解明できるはずだと考えたのだ。

暴食を抑える働きをする脳の部位が、睡眠不足によって機能しなくなっているのか? そのせいで、全粒粉やサラダではなく、ドーナツやピザに手が伸びてしまうのか? 健康で、平均体重の人たちを集め、二度に分けて実験を行った。

一度目は一晩ぐっすり眠ってから行い、二度目は徹夜してから行う。

どちらの条件でも、参加者は 80種類の似たような食べ物の写真を見る。

イチゴ、リンゴ、ニンジンなどの果物や野菜から、アイスクリーム、パスタ、ドーナツなどの高カロリーな食べ物までさまざまだ。

参加者が本当に食べたいものではなく、健康のために食べるべきものを選ばないように、実験に1つ工夫を加えた。

テストが終わって MRIから出てきたときに、食べたいと答えたものを実際に食べてもらうことにしたのだ。

同じ被験者で、たっぷり眠ったときと、寝ていないときの脳内の活動を比較すると、前頭前皮質の正しい判断や衝動のコントロールを司る部位に変化が見られた。

睡眠不足になると、この部位の活動が鈍るのだ。

対照的に、衝動を司る原始的な脳の部位は、食べ物の写真を見ると一気に活発になった。

つまり睡眠不足によって脳の活動がより原始的になり、それが参加者の食べ物の選択に影響を与えているということだ。睡眠不足の原始的な脳は、高カロリーの食事を好む傾向がある。

睡眠不足の人が欲しいと答えた食べ物のカロリーを合計すると、たっぷり寝たときの選択より 600キロカロリー多かった。

睡眠はダイエットの強い味方

ここでのいいニュースは、睡眠を十分にとれば体重もコントロールできるということだ。

私たちの研究により、一晩ぐっすり眠るだけで、衝動を司る原始の脳と、理性を司る新しい脳の間のコミュニケーションが回復し、食欲が正常になることがわかっている。

十分な睡眠は脳内の衝動コントロールを回復させ、異常な食欲にブレーキをかけることができるのだ。それだけでなく、十分な睡眠には腸を健康にする力もあることがわかった。

睡眠には神経を休める効果があり、とくに「戦うか、逃げるか」のストレス反応が静まることで、腸内細菌が元気になるのだ(ちなみに腸は「腸管神経系」とも呼ばれている)。

前にも見たように、睡眠不足で交感神経系が興奮し、「戦うか、逃げるか」のストレス反応が過敏になっていると、ストレスホルモンのコルチゾールが分泌される。

このコルチゾールには、腸内の悪玉菌を増やすという働きもある。

その結果、睡眠不足によって腸の機能が落ち、さまざまな問題につながることになる。

もちろん、世界に蔓延する肥満問題の原因は睡眠不足だけではない。

加工食品の消費が増えていること、食べる量が増えていること、運動不足なども主な原因になっている。

とはいえ、これらの変化だけでは、肥満の急激な増加を説明することはできない。何か他の要因もあるはずだ。

過去 30年で行われたさまざまな研究の結果を総合すると、慢性的な睡眠不足の蔓延が、肥満の蔓延に大きく貢献していると考えて、まず間違いないだろう。

疫学の世界では、睡眠が足りない人は過体重か肥満になりやすいということがすでに認められている。

図 13を見ればわかるように、過去 50年をふり返ると、睡眠時間が短くなるほど肥満の人が増えている。

最近では、幼い子どもにもこの傾向が認められる。1日の睡眠時間が 10時間半以下の 3歳児は、 12時間寝ている 3歳児に比べ、 7歳までに肥満になるリスクが 45%高くなる。

こんなに小さいうちから将来の不健康が約束されてしまうなんて、悲劇以外の何ものでもない。ダイエットについて、最後にもう1つコメントしておきたい。

全身の余分な肉を落としてすっきりするために、 2週間だけ厳格なカロリー制限をするダイエットに挑戦するとしよう。これは肥満の男女を対象に、実際に行われた実験だ。

参加者は病院に 2週間にわたって入院し、厳格な食事制限のもとで生活をする。ただし、参加者の半分は 1日に 5時間半しか眠らず、残りの半分は 8時間半睡眠だ。

どちらのグループもたしかに体重は減った。しかし体重の減り方はまったく違った。5時間半睡眠のグループは、落ちた体重の 70%が筋肉だった。つまり脂肪ではなく、主に筋肉が減ってしまったということだ。

一方で 8時間半睡眠のグループは、落ちた体重の 50%以上が脂肪だった。脂肪を落として筋肉を残すという、理想的な減量に近づくことができた。睡眠不足の状態になると、身体は脂肪を手放さなくなる。

そのため筋肉から減っていき、脂肪が残る。

睡眠不足のときは、いくらダイエットに励んでも、残念ながらスリムで引き締まった身体は手に入らないのだ。

つまり、まとめるとこういうことだ。

睡眠不足は、食欲の増加につながり、脳の衝動を抑える機能が低下し、食べる量(とくに高カロリーの食べ物)が増え、食べてもなかなか満腹感を覚えず、ダイエットをしても脂肪が減らない。

睡眠不足と生殖機能

子孫を残すことに成功したいのなら、毎晩ぐっすり眠ることをおすすめする。

チャールズ・ダーウィンも、私がこれから提示する証拠の数々を読めば、きっと同意してくれるだろう。

20代半ばのスリムで健康な男性を集め、 5時間睡眠を 1週間続けてもらう。

これは、シカゴ大学の研究チームが実際に行った実験だ。

そして 1週間後、睡眠不足を続けた彼らの血液を採取し、血中のホルモンを分析する。

すると、十分に寝ていたときに比べ、テストステロンが大幅に減少していたのだ。若い男性で、テストステロンがここまで減少する影響はとても大きい。

生殖能力に関しては、実際に 10歳から 15歳、年をとったのと同じ影響がある。

この実験によって、睡眠障害(とくに睡眠時無呼吸症候群)を抱える男性は、同年代で同じような条件だが睡眠障害のない男性に比べ、テストステロンの量が極端に低いことが判明した。

一般向けの講演でこの話をすると、「自分は寝なくても平気だ」と豪語するマッチョタイプの男性も、どうやら震え上がるようだ。

そこで私は、まったく悪気なくさらに恐ろしいデータを並べていく。

睡眠時間が少なすぎる(または、睡眠の質が悪すぎる)男性は、十分な睡眠をとっている男性に比べ、精子の量が 29%少ない。それに精子自体の質も悪くなっている。

そしてとどめの一撃だ。寝不足の男性は、十分に寝ている男性に比べ、睾丸のサイズが大幅に小さいのだ。

現に医学界では、テストステロンの減少は命に関わる問題だという認識が広まっている。

テストステロンの少ない男性は、 1日を通して倦怠感が抜けない。テストステロンと脳の集中力の間には大きな関係があるので、仕事中も目の前の作業に集中することができない。

そしてもちろん、彼らは性欲が少なく、健全で充実したセックスライフを送っていない。

実際に先ほど紹介した実験でも、睡眠不足の期間が長くなるほど、被験者の男性は気分や活力が下がると自己申告している。さらにテストステロンには、骨密度を保ち、筋肉の量を増やすという働きもある。

以上を考えれば、すべての年代の男性にとって、睡眠がいかに大切かがよくわかるだろう。

睡眠不足で生殖機能が脅かされるのは男性だけではない。

女性の場合も、日常的に睡眠時間が 6時間以下の人は、卵胞刺激ホルモンの量が 20%減少する。これは排卵には欠かせないホルモンであり、受精にも影響を与える。

過去 40年にわたる働く女性を対象にした調査の結果を総合し、分析した調査がある。対象になった女性は 10万人以上だ。

その調査によると、夜勤のある看護師など、時間が不規則で、夜遅くまで働くことが多い女性は、睡眠の質が下がり、昼間の決まった時間に働いている女性に比べ、生理不順の確率が 33%高くなる。

それに加えて、働く時間が不規則な女性は、妊娠で苦労する確率が 80%高くなる。

それにたとえ妊娠しても、睡眠時間が慢性的に 8時間未満の女性は、日常的に 8時間以上寝ている女性に比べ、妊娠 3ヵ月以内に流産する確率がかなり高い。

睡眠不足が生殖機能に与える影響と、現代社会は夫婦そろって睡眠不足になることが多いという事実を組み合わせれば、不妊が大きな問題になっている理由が理解できるだろう。

人類の種の保存という観点で考えれば、ダーウィンは間違いなく私の主張に賛成してくれるはずだ。

私の友人で、同僚でもあるストックホルム大学のティナ・スンデリンが、偶然にも睡眠と外見的魅力の関係という研究を行っている。

外見的魅力は、異性を獲得して子孫を残すうえで大切な要素だ。スンデリンはまず、 18歳から 31歳の健康な男女を集めた。

彼らは全員、 2回にわたって写真を撮られる。場所は室内で、照明などの条件は 2回ともまったく同じだ。撮影する時間も、 2回とも午後 2時半だ。

女性の場合は髪を下ろし、化粧はしない。男性はひげをきれいに剃る。しかし、違う条件が1つだけある。

それは、写真を撮る前の睡眠時間だ。

1回は 5時間睡眠の後で撮影し、もう 1回は 8時間睡眠の後で撮影する。

どちらの条件で先に撮影するかは決まっていない。人によってバラバラだ。

スンデリンは次に、別のグループを研究室に呼び、これらの写真を見せる。同じ人で、 5時間睡眠の後で撮影した写真と、 8時間睡眠の後で撮影した写真を見比べてもらう。

彼らは研究内容について何も知らされていないので、睡眠時間の違いがあることも当然知らない。

彼らが判定するのは、健康状態、疲労度、そして外見的魅力だ。判定の結果はあまりにも明らかだった。

睡眠不足で撮った写真は、 8時間たっぷり寝た後で撮った写真に比べ、疲れている、健康状態が悪い、魅力がないと判定されたのだ。

スンデリンの研究によって、「美容睡眠」という概念の正しさが、ついに証明されたのだ。この分野の研究はまだ始まったばかりだが、1つ確実に言えることがある。

それは、睡眠は男女の生殖機能にとって欠かせないということだ。生殖に必要なホルモン、生殖に必要な臓器、それに外見的な魅力までも、睡眠に大きな影響を受ける。

ギリシャ神話に登場する美少年のナルキッソスも、おそらく 8時間から 9時間睡眠であの美を保っていたのだろう。それにあの泉のほとりで、昼寝もたっぷり楽しんでいたに違いない。

睡眠不足とインフルエンザ

インフルエンザにかかったことがある人は、そのときのことを思い出してみよう。鼻水が出て、身体の節々が痛み、のどが痛くなり、咳が出て、全身に力が入らない。

何もする気が起こらず、ただベッドの中で丸くなって眠りたいだけだ。もちろん、それがインフルエンザにかかったときの正解だ。

あなたの身体も、眠ることで自分を治そうとしている。睡眠と免疫システムは、お互いに影響を与え合っているのだ。身体に病原菌が入ってきたり、何かの病気になったりすると、睡眠はありとあらゆる武器を免疫システムに送り込む。

そして免疫システムのほうは、病気の身体に「寝なさい」という命令を出し、身体が寝ている間に病気と戦う。

たった一晩でも睡眠が足りない状態になると、免疫システムという身体を守る鎧を脱ぐことになってしまうのだ。

私のよき同僚で、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のアリク・プラザー博士は、睡眠と免疫システムの関係を調べるために、なかなか勇気ある実験を行った。

まず 150人以上の健康な男女を集め、腕時計のような器具をはめて寝てもらい、睡眠を測定する。次に全員を隔離し、鼻の穴に大量のライノウイルス(鼻風邪の原因になるウイルス)を注入する。

もちろん参加者全員に、実験の内容は伝えてある。驚いたことに、全員の合意をとりつけることができた。ウイルスを注入された参加者は、それから 1週間を研究所ですごし、つねに健康状態を監視される。

その間プラザーは、血液や唾液を頻繁に採取して免疫の活動を調べるだけでなく、鼻水や鼻くそなど、鼻の粘液でできているものはすべて集めた。

強制的に鼻をかませ、入手した鼻水はすべてビニール袋に入れ、タグをつけ、重さを計り、詳細に分析する。血液、唾液、免疫抗体、それに鼻水を分析し、その人物が間違いなく風邪をひいているかどうか判断した。

その後プラザーは、ウイルスを注入されるまでの 1週間の睡眠時間を基準に、参加者を4つのグループに分けた。

睡眠時間はそれぞれ、 5時間未満、 5 ~ 6時間、 6 ~ 7時間、 7時間以上だ。すると、睡眠時間と感染率はきれいに比例していた。

ウイルスにさらされるまでの 1週間の睡眠時間が短いほど、感染して風邪をひく確率が高くなる。

5時間未満のグループは、感染率は 50%にもなった。そして 7時間以上のグループはたった 18%だ。

一般の風邪、インフルエンザ、肺炎などの感染症は、先進国における死因の上位を占めている。

その事実を考慮すれば、インフルエンザのシーズンに十分な睡眠をとる指導がもっと広く行われるべきだろう。

もしかしたらあなたは、毎年きちんとインフルエンザの予防接種を受ける責任感の強いタイプかもしれない。予防接種を受ければ、自分だけでなく、まわりの人も守ることができるからだ。

とはいえ、せっかく予防接種を受けても、実際にあなたの身体が抗体をつくらなければ意味がない。

2002年、ある画期的な研究によって、睡眠とインフルエンザワクチンの間にある深い関係が明らかになった。

研究は健康な若い大人を対象に行われた。

参加者を2つのグループに分け、1つは 4時間睡眠を 6日間続け、もう1つは 7時間半から 8時間半睡眠を 6日間続ける。

そして 6日間が終わると、全員がインフルエンザの予防接種を受ける。その後の数日間で血液検査を行い、抗体の出来具合を調べ、ワクチンに効果があったか判断する。

7時間半から 8時間半睡眠のグループは力強い抗体反応を示した。健全に機能している免疫システムがある証拠だ。

一方で 4時間睡眠のグループは抗体反応が弱々しく、たっぷり寝ている人たちと比べて 50%の免疫反応しか示さなかった。A型肝炎と B型肝炎のワクチンでも、同じような睡眠との関係が報告されている。

もしかしたら、睡眠不足のグループも、その後で十分に寝れば、強い免疫システムをとり戻せるのではないだろうか? いい思いつきだと思うだろうが、現実はそんなに甘くない。

寝不足が 1週間続いた人が、その後の 2週間でたっぷり眠っても、インフルエンザの予防接種に対して完全な抗体反応を示さない。3週間寝てもまだ不十分だ。実際、ほんの短期間の睡眠不足でも、ある種の免疫細胞は 1年たっても縮小したままだ。

睡眠不足と記憶の関係と同じように、失った睡眠はとり戻せないということだ。睡眠不足で免疫機能を失ったのなら、後から睡眠時間を増やしても埋め合わせにはならない。失われたものはそのままだ。

たとえ 1年たっても、影響の一部は残っている。

これから予防接種を受けようという人もいるだろうし、今まさにウイルスと戦っている人もいるだろう。いずれにせよ、何事もよく眠らなければ始まらないということは、しっかり覚えておいてもらいたい。

睡眠不足とガン

睡眠不足がほんの数日続いただけで、免疫機能は弱くなる。そして免疫力が下がると、心配になるのがガンだ。ナチュラルキラー細胞とは、免疫システムの中でもとりわけ戦闘力の高い部隊だ。体内のスパイ組織にもたとえられる。身体に害を与える危険因子を見つけ出して排除するのが役目だ。

体内の 007と呼んでもいいだろう。

ナチュラルキラー細胞の標的になる危険因子の1つに、悪性腫瘍細胞(ガン細胞)がある。ナチュラルキラー細胞はガン細胞の表面に穴を空け、その穴から毒性を消すプロテインを注入する。つまり、このジェームズ・ボンド細胞には、つねに体内にいてもらわなければ困るということだ。

そして睡眠が少なくなると、ジェームズ・ボンドはあっという間にいなくなる。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校のマイケル・アーウィン博士が、画期的な実験でまさにそれを証明してみせた。健康な若い男性を対象に、一晩だけ睡眠時間を 4時間に減らす。

すると、たった一晩だけで、免疫系の中に存在するナチュラルキラー細胞が、 8時間たっぷり眠ったときと比べ、じつに 70%も少なくなったのだ。

ここまで免疫機能が低下するのは、かなり深刻な事態だと考えなければならない。しかも、たった一晩の寝不足で起こるのだ。

これが 1週間も続いたら、ガンからあなたを守っている鎧がどうなるか想像してみよう。または、 1週間どころか、数ヵ月、さらには数年も続いたら? 想像する必要はない。

睡眠とガンの関係については、多くの報告が存在するからだ。

シフト勤務で、夜勤のある労働者、つまり概日リズムと睡眠パターンが日常的に乱れている人たちは、各種のガンを発症する確率が大幅に高くなることがわかっている。

現在までに、乳ガン、前立腺ガン、子宮体ガン、大腸ガンなどが報告されている。

この種の報告が積み重なっていくことに危機感を覚えたデンマーク政府は、政府関連の仕事で長年にわたって夜勤を続けた女性が乳ガンを発症した場合、補償金を支払う制度をつくった。

たとえば、看護師や航空機の客室乗務員などだ。

他の国の政府、たとえばイギリス政府などはそのような法制度を整備せず、科学的な証拠があるにもかかわらず、補償金の支払いを拒否している。

年を追うごとに研究は進み、それにつれて悪性腫瘍と睡眠不足の関連を指摘する報告も増える一方だ。ヨーロッパで実施されたある大がかりな研究では、ほぼ 2万 5000人が対象になっている。

それによると、睡眠が 6時間以下の人は、 7時間以上の人に比べ、ガンにかかる確率が 40%上昇するという。

また、 7万 5000人の女性を 11年にわたって追跡した調査でも、同じような結果が報告された。睡眠不足がガンにつながる具体的なしくみもわかってきている。

原因の一部は、睡眠不足によって交感神経系が過度に興奮することだ。この状態が長く続くと、体内の免疫システムが炎症という反応を示す。

本当に身の危険が迫っているときも、交感神経系が興奮して過度の炎症が起こるのだが、これは身を守るために必要なことであり、危険が去ったら炎症も沈静化する。

しかし、炎症には暗黒面もある。

自然な沈静化が起こらず、いつまでもスイッチが入ったままでいると、慢性的な炎症の状態になり、さまざまな健康問題につながる。その中にはガンも含まれる。ガン細胞は、身体の炎症反応を巧みに利用することで知られている。

たとえば、ある種のガン細胞は、炎症因子を腫瘍の中に誘い入れ、その力を借りて腫瘍に酸素と栄養を送り込むための血管をつくる。

さらに腫瘍は、炎症因子を利用して、ガン細胞の DNAに損傷を与え、変質させていくことで、腫瘍の力をさらに高めることもできる。

炎症因子と睡眠不足がセットになると、腫瘍が元の居場所から切り離され、他の場所に転移することも知られている。現在わかっているのは、睡眠不足がガンの成長と転移の一因になっているということだ。

シカゴ大学のデーヴィッド・ゴザル博士が最近行った研究でも、それは実証されている。

ゴザルはまず、マウスに悪性腫瘍の細胞を注入した。それから 4週間かけて、腫瘍の成長を観察する。その間、マウスの半分は普通に眠り、残りの半分は睡眠を阻害され、寝不足の状態だった。

寝不足のマウスは、ガンが成長する速度も大きさも、十分に睡眠をとったマウスと比べて 200%増加した。

私は一般向けの講演で、よくこの実験結果を紹介している。

両方のグループのマウスの中で成長した腫瘍の写真を見せると、聴衆は一様に息をのむ。口をおおう人もいれば、思わず目を背ける人もいる。そこで私は、さらにショッキングな事実を伝える。

実験でつかったマウスを解剖したところ、睡眠不足のマウスにできた腫瘍のほうがはるかに攻撃性が強く、周辺の臓器、組織、骨にまで転移していた。

現代の医学であれば、じっとしているガンならかなりの確率で治療できるようになっている。しかし転移してしまうと手の施しようがなくなり、死亡率が一気に上昇するのだ。

この実験以来、ゴザルはさらに研究を重ね、睡眠不足と悪性のガンの関係を解き明かしてきた。

ゴザルによると、この関係は腫瘍関連マクロファージと呼ばれる免疫細胞で説明できるという。

睡眠不足によって、ガンと闘ってくれる M 1マクロファージ(腫瘍関連マクロファージの一種)が減少するのだ。

M 2マクロファージという、また違う種類の腫瘍関連マクロファージは、睡眠不足によってむしろ増加するのだが、こちらの細胞はガンの成長を助けてしまう。

この組み合わせによって、睡眠不足のマウスのガンはあそこまで悪化したのだろう。

まとめると、睡眠不足はガン細胞を成長させるということだ。ガン細胞に栄養を与え、急速に巨大化させる。ガンの治療中に十分な睡眠をとらずにいるのは、燃えさかる炎にガソリンを注ぐようなものだ。

何を大げさなと思うかもしれないが、ガンと睡眠不足の関連を指摘する研究結果は後を絶たない。

そのため世界保健機関( WHO)もついに動き、夜勤のある仕事には「発ガンの危険がある」と正式に認めた。

睡眠不足と遺伝子、そして DNA

これまで見てきたように、睡眠不足はアルツハイマー病、ガン、糖尿病、うつ病、肥満、高血圧、心血管疾患を引き起こす。

それでもまだ睡眠不足の生活を改める気にならないというのなら、さらに恐ろしい事実をお伝えしよう。

睡眠不足は、生命の基本である遺伝子までもむしばむのだ。体中のすべての細胞は、その中心に核と呼ばれるものをもっている。

核の中に、 DNAという形でほぼすべての遺伝情報が保存されている。DNAはきれいならせん構造になっていて、豪邸の広間にあるらせん階段のような形をしている。

このらせん階段に設計図のような情報が入っていて、その設計図にもとづいて細胞はさまざまな働きをする。その設計図が遺伝子だ。

ダブルクリックでワードのファイルを開き、プリントするところを想像してもらいたい。

遺伝子の活動もそれに似ている。遺伝子が起動して細胞に情報が送られると、その結果できたものがプリントアウトされる。それは消化を助ける酵素かもしれないし、脳の記憶力を高めるプロテインかもしれない。

遺伝子の安定性が揺るがされるようなことが少しでも起こると、必ず何らかの影響が出る。

ある遺伝子の情報が過度に表現される、または過小に表現されると、プリントアウトされた生産物が、認知症、ガン、心血管疾患、免疫不全といった病気の原因になるのだ。

そして遺伝子の安定を損なう要因として、睡眠不足の存在があげられる。脳内にある多数の遺伝子は、毎日決まったスケジュールで十分な睡眠をとることを前提に活動している。

マウスをつかった実験で、たった 1日でも睡眠不足の状態にすると、遺伝子の活動は 200%も下落することがわった。

睡眠が足りない遺伝子は、遺伝情報を正しく伝えることができなくなるのだ。

イギリスのサリー睡眠研究センター所長のデレク =ヤン・ダイク博士によると、睡眠不足が遺伝子の活動に与える影響は、人間の場合もマウスと同じくらい大きいという。

ダイクの研究チームは、健康な若い男女を対象に、 6時間睡眠を 1週間続けた後の遺伝子を調べた。実験は、研究室での厳重な監視のもとで行われる。その結果、じつに 711もの遺伝子で異常が見られたという。ここで興味深いのは、影響は両方向であるということだ。

711の遺伝子のおよそ半分は異常に活動的になり、残りの半分は完全に活動を止めてしまった。活動が増えたのは、慢性的な炎症、細胞のストレス、それに心血管病を引き起こすさまざまな要因と関連のある遺伝子だった。

そして活動を止めた遺伝子は、代謝活動の安定や、免疫機能の強化と関連があった。

その後の研究によって、睡眠不足は、コレステロールを正常値に保つ遺伝子の活動も妨げることがわかった。

具体的には、善玉コレステロールの1つである H DLが減少したのだ。これは心血管病の直接的な原因であると考えられている。

睡眠不足の害は、遺伝子の情報が異常になるだけではない。生命の根幹である DNAの構造にも攻撃を加えるのだ。

らせん状になった DNAは、細胞の核の周囲をただよっているが、 DNA同士が固まって染色体という強固な構造をつくっている。細い糸をより合わせて、丈夫な靴ひもをつくるようなものだ。そして靴ひもと同じように、染色体も先端にキャップのようなものをつけて丈夫にする必要がある。染色体の場合、このキャップはテロメアと呼ばれている。

染色体の先端を守るテロメアが損傷すると、らせん状の DNAがむき出しの無防備な状態になり、正しく機能しなくなる。先端のキャップがとれた靴ひもは、穴に通すのが難しくなるのと同じことだ。

睡眠時間が短くなるほど、または睡眠の質が下がるほど、染色体のテロメアの損傷も進む。

世界各国で実施されている最近の研究により、以上のような現象が多数報告されるようになった。

実験の対象は 40代、 50代、 60代の大人で、その数は合わせて数千人になる。

両者の間に因果関係があるかどうかは、まだ確認されていない。

しかし、睡眠不足によってテロメアがどんな損傷を受けるのかということは、具体的にわかってきている。どうやら、老化や老衰と同じような状態になるようだ。

つまり、年齢が同じであっても、 5時間睡眠の人と、 7時間睡眠の人では、テロメアの老化の具合が違うということになる。5時間睡眠の人は、実年齢よりかなり「老けて」しまうのだ。

動物の遺伝子操作や、遺伝子組み換え作物はいつでも大きな議論を呼び、感情的な反応をする人が多い。

多くの人にとって、 DNAは神にも近い存在であり、その感覚に保守とリベラルの区別はない。

そこまで DNAを神聖視するなら、 DNAを傷つける睡眠不足に対しても、もっと敏感になっていいはずだ。ある一定数の人々は、睡眠不足の状態を自らの意志で選んでいる。

そして自分の選択によって、自分という存在の核である遺伝子を傷つけているのだ。

睡眠を粗末に扱う人は、毎晩自分の遺伝子操作をしているのと同じだ。

自分の身体をきちんと動かしてくれる設計図に手を加え、わざわざうまく機能しないようにしている。成長期にある子どもたちがもし同じことをしたら、その影響は計り知れない。

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