ネルソン・マンデラはわたしのヒーローのひとりだ。アパルトヘイト体制下の南アフリカ政府を打ち倒そうとした彼は四〇代はじめに投獄されて重労働を強いられ、七〇代になってやっと釈放された。マンデラが絶望の末に、憎しみに満ちた人間になったとしてもなんら驚くことではない。しかし刑務所から釈放されたあと、彼は民主主義と民族和解を推し進めるために活動した。マンデラは圧倒的な強さで選挙に勝ち、アパルトヘイト廃止後の南アフリカ初の大統領に選ばれた。しかし一期目の任期が終わると、再選を目指すのではなく引退という道を選んだ(選挙に出ていたら、簡単に勝っていたはずだ)。マンデラは、わたしが眼にしたいかなる政治家よりも聖人的であり、現代の偉大な道徳的リーダーのひとりであることはまちがいない。 隣国ジンバブエのロバート・ムガベは、マンデラとまさに正反対の人物だった。ムガベもまた、黒人解放運動に参加した罪で投獄された。釈放後に新たな首相に選ばれたムガベは、マンデラと同じように公共サービスを充実させ、民族和解を求めた。しかし、似ているのはそこまでだった。国内の対立相手との競争に直面すると、マンデラのように相手に歩み寄ろうとするのではなく、ムガベは暴力に頼って自らの統治を強化・拡大した。一期目の終わりに身を引くどころか、彼は憲法を改正して権力をさらに集中させ、不正な選挙によってトップの座にとどまった。ムガベの政策によってジンバブエは混乱状態に陥り、ハイパーインフレーション、高い失業率、病気の蔓延、食糧不足へとつながった。 マンデラとムガベは似たような経歴をもち、似たような動機によって行動を起こした。では、なぜ結果がこれほどちがったのか? このふたりを比べたとき、人を道徳的あるいは非道徳的な指導者へとうながすものは何かという問題が浮かび上がってくる。政治家として活動を始めたとき、ふたりがどのような道を進んでいくのかなど誰にもわからなかったはずだ。多くの人がすぐにムガベを糾弾できずにいたのは、その豹変ぶりを信じることができなかったからだ。マンデラとムガベは極端な例ではあるものの、この両方の人間を生みだした心理的な力は、わたしたち全員のなかにも隠れている。 消えつつあった熱帯雨林を出たあと、人類は生き残るために超社会性を進化させた。それは個人主義を抑え込んだものの、完全に消し去りはしなかった。その結果、人間は利己主義と集団主義の融合体となった。利己的な一面として、それぞれの個体は自らの包括適応度(自分や親族が次の世代に成功裏に送りだすことのできる子孫の数)を最大化しようとする。第 4章で見てきたとおり、配偶者の気を惹くために個々は集団内のほかのメンバーと競争しなければいけない。仲間を打ち負かすことに役立つ特性は性淘汰に影響を与えるので、集団のなかでより拡大していく傾向がある。 このような個人主義と競争への進化圧をなんとか相殺しようとするのが、協力的で相互依存的な集団における人間の役割によって生みだされる圧力だ。小さく、のろく、弱い人類がサバンナ(やほかのすべての場所で)で成功を遂げたのは、チームとして驚くほどうまく機能する能力を進化させることができたからだ。そのため、チームワークと協力は将来の友人や配偶者から高く評価される。そのような集団志向によって協力関係が生まれ、わたしたち一人ひとりが利益を得る。自己中心的で非協力的な人々は、とくに恋人としては望ましくない。この性淘汰のプロセスを経て、協力も遺伝子プールの大きな要素として残ることになった。 個人主義と集団主義のあいだの緊張は、人間の社会性だけではなく、集団メンバーとのあらゆる交流の礎にもなるものだ。集団の一員であることの犠牲と利益は指導者により大きな影響を与えるため、リーダーシップの問題が絡むとこの緊張はより深刻なものになる。指導者たちは集団志向に頼り、自らが模範となってそれを促進しようとする。集団志向はチームワークに不可欠であり、それがわたしたち人間に大きな成功をもたらしてきた。ネルソン・マンデラが民衆の代表として何十年にもわたって苦しみつづけ、釈放後に寛容と和解の政策を打ちだしたことは、この種の集団奉仕の志向の例である。 同時に権力は利益をもたらす。集団トップだけに与えられる利益を手にした指導者たちは、全体のニーズよりも個人や身内の思惑を優先する誘惑に駆られる。国民を飢えさせてでも自らの権力と富を強化しようとしたムガベの行動は、まさにこの自己奉仕の志向の一例である。集団志向と個人志向の狭間のこの緊張をどのように和らげようとするかによって、指導者の倫理観が明らかになる。道徳的なリーダーは集団の利益のために行動する。自分たちの決定から彼らが得る利益は、集団が得る利益と同じ程度のものでしかない。このあと説明する理由によって、わたしはそのような道徳的指導者を「ゾウ」と呼ぶ。非道徳的なリーダーは自己利益のために行動し、集団を犠牲にしてでも自らの決定から利益を得ようとする。ここでは、そのような非道徳的指導者を「ヒヒ」と呼ぶ。ゾウとヒヒ 大人のオスのゾウは恐るべき獣だ。天敵などほぼ存在せず、大人のオスは単独、または入れ替わりの激しいオスのみの集団で暮らすことを選ぶ。そのため、長期にわたって続くゾウの集団は、大人のメスと子どもだけで構成されることになる。原則としては、もっとも強いオスのゾウは群れのリーダーとして振る舞うこともできるが、そもそもそんなことをする動機がない。ゾウの餌となる植物は広い範囲に点在しており、簡単に独占することはできない。また、メスたちは繁殖力があることを近くにいるすべてのオスに示すため、オスたちは集団に属しているとしても、数キロ離れて暮らしているとしても、交尾するためには競争しなければいけない。このような理由から、ゾウのリーダーは一般的に集団内の最年長のメスのなかから選ばれ、そのメスのリーダーが群れの移動、移住、ライオンなどの脅威への対応を取り仕切ることになる。こういった状況におけるリーダーの役割は、ほかのゾウたちに行動を呼びかけ、脅威や機会に眼を向けさせることだ。リーダーがひとり先頭へと飛びだし、集団を護ろうとするわけではない(ライオンが近づいてくると、すべての大人のゾウが前に歩みでて、うしろの子どもを護ろうとする)。あるいは、リーダーが集団を代表して苦痛を味わうようなこともない。ゾウのリーダーが集団に与えるのは、指導という形のリーダーシップだ。 餌や交尾についてなんらかの優先権が与えられるわけでもなく、ゾウのリーダーはその立場から特別な利益を得ることなどできない。むしろ、すぐれたゾウのリーダーは、集団のすべてのメンバーに平等で相互的な利益をもたらそうとする。すると誰もが、いちばん賢いゾウが集団を率いるべきだと動機づけられるようになる。集団と個々の利益がうまくつながっているゾウのリーダーシップは、主として集団奉仕型といっていい。 その正反対にいるのがヒヒのリーダーだ。第 1章で説明したとおり、サバンナに棲むヒヒはヒョウやライオンといったネコ科の大型動物やハイエナにつねに狙われている。そのような状況では数が多いほど安全性が高まるため、サバンナのヒヒのオスとメスは大きな集団になって一緒に生活する。ヒヒの一団には、ほかのメンバーたちを指導・庇護するという意味での個別のリーダーはほぼ存在しないものの、集団の支配を狙ってオス同士が激しく争い合う。メスは支配階層のなかの自分の地位を母親から継承する。しかしオスは生まれついた集団を離れて別の集団に加わるため、群れのほかのメンバーより優位に立つべく脅しや侵略行為を繰り返し、実力で出世の階段を上がらなくてはいけない。 一般的に、群れを支配するボスが仲間に指導を与えることはなく、ほかのヒヒよりも優位に立つという目標はどこまでも自己奉仕的なものでしかない。ほかの多くのオスが手にできる利益(たとえば繁殖力のあるメス、より好ましい餌、日陰の休憩場所)を独り占めこそできないものの、群れのボスにはそれらの利益が不釣り合いなほど多く与えられる。群れのほかのメンバーにとってそのような支配は明らかに不利益なものだが、ヒヒたちはこの状況を打破する手段をほとんど持ち合わせていない。大きな体格や強い攻撃性といった特性がヒヒのあいだで進化したのは、それが集団を支配することに役立つから
だ。支配が繁殖の機会を生みだし、結果としてそれらの特性はさらに強くなっていった。 ゾウとヒヒのリーダーシップ型の比較からひとつ注目するべきなのは、資源の配分がカギとなることだ。第 3章で説明した「縄張り意識によって集団の在り方が決まる」という法則と同じように、ゾウよりもヒヒのほうが集団のメンバーに対する支配からより多くの利益を得ることができる。たとえば食べ物に関していえば、草食動物であるゾウが必要とする植物は至るところに繁茂しており、誰かひとりで独占することなどできない。雑食のヒヒとは大きく異なる状況だ。ヒヒが手にできる高カロリーな食べ物(とくに肉)が往々にして不足しやすいという傾向は、群れの支配スタイルに強い進化圧を与えている。ヒヒは質の高い食べ物を求めて激しく競い合う。餌の共有や配分をコントロールすることによって、ヒヒのリーダーは味方を買収・維持することができ、そのような姿勢をもつことがボスの立場を保つために不可欠となる。 おそらくより重要なことに、繁殖の機会の差もまた集団内に生まれるリーダーシップの種類に影響を与えている。ゾウのリーダーがメスであるという理由もあり、リーダーに特別に与えられる繁殖上の利点はない。一方、オスのヒヒが多くの子孫を残せるかどうかのおよそ半分は階層内の地位によって決まる。より優位に立つヒヒは当然ながら、下層のヒヒよりも多くのメスと交尾することができる。この差によってオスのヒヒは、群れのなかでより優位な地位に立たなければいけないという強い進化圧にさらされることになる。不満を抱く下っ端たちは、ふたつの道のどちらかを選ぶことができる──ボスに闘いを挑むか、もっと優位に立てそうな別の集団に加わるか。どちらにしろ群れにいるかぎり、捕食者を見つけるための多くの眼と安全が与えられる。そのため、階層の下にいるオスたちもひとりで生きるのではなく、集団で生活することを好む。ゾウ型・ヒヒ型のリーダーシップ 人間のリーダーの多くは集団奉仕と自己奉仕の融合体である。しかしその連続したつながりのどこに位置するかによって、実際の行動は大きく変わる。マンデラのように主として集団奉仕的な人もいれば、ムガベのように主として自己奉仕的な人もいる。ゾウ型リーダーはほとんどの状況下で集団志向を保つが、ヒヒ型リーダーは自らの立場への脅威に敏感に反応し、集団内部・外部の脅威に応じて自己志向と集団志向のあいだを行き来する。 人間のリーダーによる状況に応じた行動の変化については、フロリダ州立大学のジョン・メイナーのチームによる研究結果を見るのがもっともわかりやすい。一連の実験をとおして、メイナーは次のような傾向があることを突き止めた。(支配志向の強い)ヒヒ型リーダーたちは、指導者としての自らの地位が部下によって脅かされていると感じるとき、たとえ全体としてのパフォーマンスが下がるとしても、集団内の情報共有を制限し、すぐれたメンバーを排除しようとする。ヒヒ型リーダーはさらに、優秀なメンバーの台頭によって地位が危うくなったと感じると、分割統治という手練手管を駆使し、集団内のメンバー同士が仲よくなることを防ごうとする。 より優秀な個人を排除・隔離しようとするヒヒ型指導者のやり方は、このリーダーシップ戦略がいかに不道徳なものかを浮き彫りにするものだろう。こういった行動のなかでは、リーダーの目標は集団の目標とは正反対のところに置かれる。さらにやっかいなことに、自らの地位が安泰であるかぎり、ヒヒ型リーダーはそのような不道徳な行動をとろうとはしない。これもまた、ヒヒ型リーダーは集団のパフォーマンスを上げる方法を知っているにもかかわらず、自分の立場が危うくなると自己保身に走るという証拠だ。このような自己奉仕的で集団に害を与える行動は、世界じゅうのヒヒ型指導者に共通する特徴だ。これまで数え切れないほどの独裁者たちが(小さくなっていく山の)頂点に君臨しつづけるために仲間の国民の力を奪い取ってきた。 これらのヒヒ型リーダーの不道徳な行動は、別の集団と競争関係にあるときにはいったん収まる。競争が起きると、ヒヒ型リーダーはここぞとばかりに集団の利益のために行動しようとする。別の集団との競争での失敗には大きな犠牲がともなうため、この闘いのあいだは集団とリーダーの目的(それがヒヒ型リーダーの目的でも)が一致するのだ。わたしたちの先祖である狩猟採集民の社会では、集団同士の紛争での敗北によって集団そのものが消えてしまうこともあった(より一般的には、集団の男性たち全員の消滅へとつながった。女性たちは捕らえられて奴隷となり、のちに別の集団に組み込まれた)。 このような理由によって人間は進化の末に、外部の別の集団と闘っているあいだは自分たちを護ることに精力を注ぎ、内部の諍いをいったん脇に置くという傾向をもつようになった。この種の行動もまた、世界じゅうの独裁者たちに共通して見られるものだ。現代の独裁者の多くは自由を求める闘士として政治活動を始め、国を牛耳っていた専制者や植民地支配者を追い払うために命と人生を賭して闘った。ところが集団同士の争いが収まると、ヒヒ型リーダーたちは自らの利益を集団の利益よりも優先させ、国民に仕えることをやめ、権力の維持と強化にばかり眼を向けるようになる。 そのような状況下において、ヒヒ型リーダーの成功のために不可欠な役割を果たしているのが追随者の存在だ。第 8章でよりくわしく触れるように、少なくともホモ・サピエンスが誕生したころから人類はずっと、集団同士の血みどろの争いという難題に向き合いつづけてきた。そのあいだに、集団同士の争いが起きたときには支配的なリーダーを受け容れる(さらには、それを好む)という心理が形作られていった。心やさしい優柔不断な人物と仲のいい友だちになることはできる。しかし、こちらを殺そうと迫りくる恐ろしい敵をまえにしたとき、そのような性格のリーダーは無力でしかない。ゾウのなかには、この争いの問題に対処するために状況に合わせてリーダーシップの形態を変えるリーダーもいる。一方、あまりに民主的すぎるゾウのリーダーは、集団間の争いにうまく対応することができない。結果としてわたしたち人間は、対立に向き合ったときにリーダーシップの好みを変える。競争が集団内か集団間のものかによって変わるこれらの心理的反応は、ひとつの種──集団内では本質的に協力体制を組むが、集団間ではしばしば冷酷な競争心をあらわにする種──による共同生活に適応するために生みだされた。事例研究──ハッザ族とヤノマミ族 タンザニアにはハッザ族と呼ばれる狩猟採集民がいる* 1。彼らは平均二〇~三〇人の比較的小さな入れ替わりのある集団で暮らし、一時的な野営地をもうけて数週から数カ月にわたって生活する。その場所の水たまりが枯渇したとき、あるいは近くの資源を使い果たし、食糧を集めるために遠くまで歩かなくてはいけなくなると、ハッザ族は新しい場所に移動する。遊牧民としての生活様式を続けるハッザ族の住人たちは、持ち運べる程度のものしか所有しておらず、それぞれがもつ個人的な財産はきわめて少ない。男性の多くは宝石類や衣服、狩猟のための弓と矢、野営地を設営するためのナイフや斧などの道具をいくつか持っている。女性は宝石類や服のほかに、食糧を集めて調理するための掘り棒や料理鍋を持っている。 ハッザ族には明確なリーダーは存在せず、集団としての決定はすべて話し合いをとおして下される。年配の男女には一定の敬意が払われるものの、彼らが実際に集団を導くようなことはなく、まわりを支配しようとする個人はすぐさま孤立する。ハッザ族の各メンバーは自分の意思で属する集団を変えることができるため、誰かがリーダー然として自分の考えを他者に押しつけようとしてもたいした効果はない。法執行機関がないわりには、ハッザ族の社会は概して平和だといっていい。また、彼らは一夫一婦主義であり、男女が一緒に家を建てたときに結婚したとみなされる。ハッザ族研究の第一人者で、フロリダ州立大学の人類学者フランク・マーロウが行なった出産に関する調査では、男性はひとり当たり平均で四 ~五人の子どもをもうけ、その数は最低〇人から最大一六人まで幅があることがわかった。 一方、ベネズエラとブラジルのアマゾン川流域に住むヤノマミ族は、狩猟と農耕の両方を行なう原住民だ。彼らの村もたびたび場所が変わるものの、ヤノマミ族はある程度の規模の農耕(キャッサバなどの栽培)もするため、ハッザ族よりも移動の頻度は少ない。結果、彼らの住居はより頑丈な構造となり、人々もより多くの道具を所有していることが多い。村そのものの規模もハッザ族の野営地よりもはるかに大きく成長し、ひとつの村に三〇〇人以上の住民
がいることも珍しくない。 しかし実際のところ、ヤノマミ族の多くの人は、ハッザ族の野営地により近い小さな規模の村で暮らすことを望んでいる。その理由は、ハッザ族が小さな集団を好むのとまったく同じ。そのほうが争いが減るからだ。より小さな村の長は、力ではなく模範を示すことによって村人を導こうとする傾向が強くなる。たしかに、ヤノマミ族の小さな村の生活は、ハッザ族の野営地の生活とさほど変わらない。ところが、メンバーがより小さなグループで生活することを望んでいるにもかかわらず、権力を行使して集団の分裂を防ごうとするリーダーもいる。理由のひとつには、多くの村同士がほぼつねに戦争状態にあるという点が挙げられる。そのような対立のなかでは、村の規模が大きいほうが有利になる。 ヤノマミ族のリーダーの多くは独裁的で残酷だ。リーダーたちは暴力の脅威を使って集団内で幅をきかせ、男性親族のつながりを利用して権力基盤を築き上げる。争いは儀式化した暴力によって解決されることが多い。小さな諍いが起きると、平手打ちやレスリング競争が開かれる。平手打ち競争では、双方の当事者たちが二列に分かれて並ぶ。一方の集団のメンバーが片腕を高く上げると、露出した身体の側面を他方の集団のメンバーができるだけ強く平手でたたく。それから攻守が交替し、延々と同じことが繰り返される。全員が疲れ果てて痛みに耐えられなくなった時点で諍いは解決されたとみなされ、人々はまた普段の生活に戻っていく。 大きな諍いが起きると、ヤノマミ族は驚くべき殴打合戦の儀式を始める。平手打ち競争のときと同じように、諍いの一方の集団がその場にじっと立ち、他方の集団が相手にダメージを与え、それから攻守が入れ替わる。この殴打合戦の場合、 Aさんは両手を脇に下ろして突っ立ち、 Bさんが三 ~四メートルの棒を Aさんの頭に向かってできるだけ強く振り下ろす。 Aさんが意識を失って地面に倒れ込むと、同じ集団の次のメンバーがこんどは攻撃役となり、 Bさんの頭を棒で同じようにたたきつける。 棒による殴打合戦は、みんなが意識を失って倒れるか、不満が解消されたと誰もが納得するまで続く。ところが、殴打合戦でも解決できないほど深刻な問題が集団間で起きると、暴力的な襲撃による一連の報復合戦が始まる。ときに過去のことは水に流そうと両者が取り決め、一緒に祝宴を開いて襲撃が終わることもある。その一方で、いつまでも報復合戦が続くことも多い。 ヤノマミ族は一夫多妻制であり、女性に相手を選ぶ権利はほとんど与えられていない。権力者の男性たちのあいだでは、女性の親族を互いに交換して妻を娶るという流れができあがっている。夫たちはしばしば妻にひどい仕打ちをし、機嫌が悪くなると暴力をふるう。公の場で虐待が行なわれることなど日常茶飯の出来事であり、ほかの住人はあえて止めようとはしない。暴力は、権力者としての地位と多くの妻を手に入れるための大切な手段だとみなされている。事実、誰かを殺した経験のある男性(「ウノカイ」と呼ばれる)は、殺した経験のない男性よりも多くの妻を娶ることができる。当然の流れとして、多くの妻をもつウノカイは、殺人を犯した経験がない男性よりも多くの子どもをもうけることになる。 生殖成功率におけるそのような大きな差が、ヤノマミ族の一部の村に存在する暴力とヒヒ型リーダーシップを推し進める大きな要因となっている。実際、指導者のなかには膨大な数の子どもをもつ者もいる。ヤノマミ族研究の先駆者であるミシガン大学の人類学者ナポレオン・シャグノンの調査によると、あるひとりの強力な指導者には四三人の子どもと二二九人の孫がいたという。ヤノマミ族の子どもの高い死亡率に照らし合わせると、これはすさまじい数字だといっていい。ヒヒ型リーダーの出現と不平等 ハッザ族のリーダー(一般的な意味でのリーダーが存在するのかは定かではないが)がおもに平和的なゾウ型なのに対し、なぜヤノマミ族のリーダーの多くは独裁的かつ暴力的なヒヒ型なのだろう? 多くの要因がからんでいることは当然だとしても、資源を独占する機会があるかないかが大きく影響を及ぼしていると考えられる。あらゆるところで餌を口にすることのできるゾウを彷彿させるように、ハッザ族のような遊牧民社会で生きる人々にとって、資源を蓄積・管理するべき機会はそれほど多くない。しかし、移動の少ないヤノマミ族のような狩猟農耕社会では、そのような機会はより多く訪れる。資源の管理・利用によって、他者から尊敬や服従を引きだすことができるとき、人間の心理のなかのより競争的で自己奉仕的な一面が眼を覚ます。第 3章で見てきたとおり、狩猟採集社会から定住式の農耕社会への移り変わりは、多くの人間社会において、平等主義から離れて独裁主義へと向かう流れへの決定的な分水嶺になった。 農耕を中心としたライフスタイルにおける重要な側面のひとつは、複数の妻を養うことができるようになったという点だ。人を殺して支配階級の高い地位に就いたヤノマミ族の男たちはしばしば、複数の妻を介して多くの子どもをもうける。しかし、その日暮らしの狩猟採集民にそんな真似はできない。単純な問題として、ハッザ族の男性は複数の妻を養えるほどの量の動物を狩ることなどできるはずがない。たとえ伝説的な腕利きの狩人だったとしても、集団の残りと獲物を共有する必要があるため、自分の家族だけで食糧を独り占めすることはできない。つまりハッザ族のこのような一夫一婦制(と女性に選択権があること)が、ゾウ型リーダーシップを生みだす基盤となっている。一方のヤノマミ族では、一夫多妻制(と女性に選択権がないこと)がヒヒ型リーダーシップへとつながっている。たしかに、世界じゅうの多種多様な社会のリーダーの倫理観を形作るうえで、一夫多妻制か否かが大きなポイントとなっている* 2。 ハッザ族の社会では、狩人は仕留めた獲物をまわりと共有し、つねに謙虚な態度を示さなくてはいけない。人々は所有物をほとんど持たず、生殖成功率は社会全体でだいたい均等になっている。ほぼ強制的ともいえるハッザ族の社会の平等は、独裁的なリーダーシップから得られるものなどほぼ何もないことを意味している。優位に立とうとする者は、他者からの強い抵抗に直面する(そのような他者は資源を平等に手に入れる権利をもち、指導者におもねる必要がない)。それどころか、独裁的な戦略によって得られる余分な資源などそもそも存在しない。むしろ、思慮深い助言によって集団はさらに大きな成功を収めることになり、集団にもたらされる利益はすべての個々の利益へとつながる。 実際のところ、集団による意思決定の話し合いのあいだに指導力を発揮し、一個人が褒め称えられることもある。しかし、そのときに知恵と思いやりを示した結果として、一時的に名声が高まったにすぎない。つまり、ハッザ族の社会におけるリーダーの地位は状況に応じてその場でのみ与えられるものであり、リーダーと集団の目標は必然的に一致していなくてはいけない。人間性の一部として備わる利己心と、同じく人間性の一部として備わる集団志向は、ハッザ族の社会の平等主義的構造とうまく調和しており、その両方が人々の背中をゾウ型リーダーシップへと後押ししている。 対照的に、ヤノマミ族の婚姻制度は大きな不平等の種を作りだす。この不平等は、支配と出世の闘いに勝った男性だけに報酬を与える。男性たちはふたつの手段をとおして結婚相手を獲得する──他者(とりわけ対立するほかの集団)への暴力、あるいは権力者が牛耳る同盟関係だ。その結果、暴力的で独裁的なリーダーは、非暴力的な個人や階級の低い人々よりも、生殖においてより大きな成功を手にすることができる。ヤノマミ族の社会構造は人間本来の集団志向を抑え込み、人間本来の利己心により刺激を与えるようになる。 こういった動機の差によってリーダーシップの形が決まり、状況や個々のリーダーの性格・傾向によって、さらに変化していく。とくに小さな村では集団志向が根づき、ゾウ型リーダーシップが生まれることが多い。しかし、より大きな不平等の土壌があるヤノマミ族の社会では、自己奉仕の志向にも報酬が与えられる。結果として生まれる指導体制は往々にしてヒヒ型であり、賢い指導ではなく他者への支配にもとづくものとなる。
小規模な社会から大規模な企業へ 狩猟社会からアメリカのビジネス界に視点を移すと、不平等にもとづく同じような流れがあらゆるところに見えてくる。 一般的に現代の企業はハッザ族よりもヤノマミ族に似た構造をもっており、ヒヒ型リーダーシップが奨励されることが多い。たとえば二〇一七年の調査によれば、アメリカの巨大企業の最高経営責任者たちは平均で九〇〇万ドルもの年収を得ていた。当然ながら、そのような高収入を得るための競争は熾烈をきわめる。同じく当然ながら、 CEOになることによって得られる揺るぎない地位、権力、経済的な報酬がヒヒ型リーダーを生みだす大きな要因になっていることもたしかだ* 3。部下たちはゾウ型のリーダーを選ぶことを望んでいるものの、ほとんどのヒヒは実際にその地位に上りつめるまでゾウのふりをする* 4。 ここ数十年のあいだに CEOの報酬が増えた背景には、当然ながら多くの理由があった。なかでも決定打となったのは、一九九二年のアメリカ証券取引委員会の新たな取り決めだ。この改正によって米国の企業は多くの詳細に紛れ込ませて長い報告書のなかであいまいに役員報酬を発表するのではなく、同じフォーマットの表を使って報告することが義務づけられた。証券取引委員会が懸念を抱いたのは、 CEOの報酬と従業員の平均給与の差の比率が、一九六〇年代なかばの二〇対一から、一九九〇年代はじめまでに一〇〇対一まで上がったことだった。新たな開示形式の導入の狙いは、 CEOと平均的な従業員間の賃金格差について明確な情報を株主に示すことによって企業側に圧力をかけ、報酬の抑制につなげるというものだった。 残念ながら、改正は反対の効果をもたらし、 CEOの報酬と従業員の平均給与の差の比率はその後すぐに二〇〇対一以上に上がった。二〇一七年の時点の比率は一三〇対一まで下がったものの、有名企業の CEOの多くが、従業員の平均よりも四 ~五〇〇倍の報酬を得ているのが実情だ(たとえば、コムキャスト、 Tモバイル、ペプシ)。どうやら、より透明性の高い報酬開示によって、 CEOたちはほかの会社の CEOよりも多くの収入を得るべく張り合うようになったようだ。証券取引委員会の目論み──従業員との格差を目の当たりにした CEOが悔い改め、自らの巨額の報酬を見直すにちがいない──は、甘い考えだったことが証明された。 CEOたちがより関心を抱いたのは、他社と比べたときの自分の順位のほうだった。この結果は、一九九〇年代はじめごろにはすでに CEOたちが圧倒的にヒヒ型だったことを示すものだといっていい。より多くの資源を得るための競争のなかで、彼らの注目は自分たちの集団に向けられるのではなく、むしろ CEO自身に向けられた。この結果はさらに、自らの集団を犠牲にしてでも自己利益を上げようとするヒヒ型リーダーの欲望には、はっきりとした天井がないことも指し示している。 これまで、世界じゅうの独裁者が確固たる意思のもとに、自らの利益のために仲間の国民を窮地に追いやってきた。それを踏まえれば、証券取引委員会の裁定への CEOたちの反応も驚くべきものではないはずだ。ダロン・アセモグルとジェイムズ・ A・ロビンソンによる著書『国家はなぜ衰退するのか』は、世界各地で破綻した経済と原因について解説した傑作であり、気が滅入るほど多くのヒヒ型リーダーたちが登場する。 一例として、二〇一六年に死ぬまでウズベキスタンの独裁者として君臨したイスラム・カリモフについて見ていきたい。彼の経済政策の大失敗によって多くの農家は綿花を収穫するためのコンバインを手放さざるをえない経営状況に追い込まれた。そこでカリモフは単純な解決策を考えだした。九月と一〇月の収穫時期に学校に通う生徒たちが手作業で綿花を摘むというものだ。子どもたちは年齢によって一日当たり二〇~六〇キロの綿花を収穫することを法律で義務づけられたが、対価として支払われたのは一日わずか三セントほどだった。生徒たちは食べ物持参で働きに出かけ、遠くに駆りだされたときには宿泊場所も自分で見つけなくてはいけなかった。そのようなヒヒ型リーダーシップをとおしてカリモフが億万長者になった陰で、平均的なウズベキスタン国民たちは年収わずか一〇〇〇ドルで生活することを余儀なくされた。 ヒヒによる乗っ取り行為は、現代の国家や企業のリーダーシップ構造のなかだけにとどまるものではない。似たような現象は社会のなかでも見られ、不平等は人々の心理のヒヒ型側面により刺激を与えようとする。社会がますます不平等になると、人々は〝持たざる者〟ではなく〝持てる者〟になろうとますます必死になる。この必死さが人間性のより不快な側面を押し広げていき、第 5章で説明したような自分を現実より大きく見せようとする自己高揚の傾向が強くなる。 この現象について研究したメルボルン大学のスティーブ・ローナンらは、所得格差が広がるほど社会において自己高揚傾向が増すことを突き止めた。たとえば、日本人の自己高揚傾向は低かった。日本の市民は控えめな性格の持ち主であることが有名だが、それは高いレベルの集団主義に起因するものだと長いあいだ考えられてきた。一方、ドイツ人は日本人よりもはるかに個人主義的ではあるものの、同じように自己高揚傾向は低かった。ここで注目すべきは、ドイツと日本はどちらも高度な経済的平等を成し遂げている国であるという点だ。 対照的に、自己高揚傾向が強かったペルーと南アフリカはどちらも、国民のあいだの経済格差が大きな国だ。これらのデータによってわかるのは、所得の格差が大きいほどヒヒ型心理の影響がより増し、実際よりも自分を大きく見せようとする傾向が強くなる可能性があるということだ。ペルーや南アフリカといった国では失敗が及ぼす影響はきわめて深刻で、人々は自分の頭のなかの倉庫にあるさまざまな武器に頼り、なんとか成功を手にしようとする。そのような不平等な社会では、人々はたびたび自分の存在価値について誇張する。絶好のチャンスなどたまにしか転がっておらず、能力の高さを他者に知らしめなければ自分を選んでもらうことなどできないのだ。 ヒヒ型心理において自己高揚がこれほど前面に出てくる理由のひとつは、そこに自信を高める効果があるからだ。良くも悪くも自信は、人々がリーダーに強く望む性格である。パフォーマンスを磨くことによって自信の向上へとつながる〝自己改善〟とは異なり、自己高揚では自信過剰が自信の向上へとつながる。第 5章で見てきたとおり、多くの人は「自信過剰」と「うまく調整された高レベルの自信」を区別することが苦手だ。結果として、非現実的なほど壮大な自己像をもつ人のほうが、リーダーシップの競争において有利に闘いを進めることになる。そのような自己高揚傾向はヒヒがリーダーの階段を駆け上がる後押しになるとしても、その立場になったあとに効果的に実力を発揮するための後押しにはならない。自信過剰なリーダーはしばしばお粗末な決断を下し、戦略のあからさまな欠陥を見逃し、ダメな計画をそのまま推し進めてしまう。ヒヒ型リーダーは自らの能力について誤った認識を抱いていることが多く、誇張された自己像をとおして自分に過剰な報酬を与えようとする。 言うまでもなく、ヒヒ型リーダーシップが良い結果へとつながることはまれだ。私利私欲と支配が広まった状況のなかで、信頼関係を保つことはむずかしい。とくに、まっさきに搾取される弱者からの反感はますます強くなる。近年のアメリカでは、格差の不平等が猛スピードで広がるのに呼応するように、対人関係の信頼度も損なわれていった。図 7を見ると、このデータが集められた二〇〇四年の時点では、アメリカの不平等の水準はタイよりわずかに高く、対人信頼度の水準はタイよりわずかに低いことがわかる。その三〇年前の一九七〇年代はじめごろ、アメリカの対人信頼度と不平等の水準はこの表のスイスと同じ程度だった。つまり、つい数十年前までアメリカは世界でもっとも信頼できる国のひとつだったが、現在は世界のちょうど真んなかあたりに位置するようになったということだ。
信頼の喪失はゆゆしき問題だ。なぜなら、人々は不信感を増すと徐々に共同体から距離を置き、職場へのかかわりを減らし、互いに大切な情報を共有する度合いを減らすようになるからだ。信頼を失った人は自己防衛に徹し、まわりに弱みを見せないほうがいいと考えるようになる。こうした状況のなかでは、集団のメンバーが自分の利益を全体の利益と重ね合わせられなくなるため、ゾウ型リーダーシップを生みだすことはほぼ不可能になる。 相手に弱みを見せることは、協力関係を築いて保つうえで大切な要素となる。そのため、互いに信頼を失った人々が一緒に大きな何かを達成するのはむずかしくなる。先祖の例を使うとすると、ライオンが近づいてきたときに Aさんが(逃げるのではなく)石を投げて追い払うという決断を下したとする。その決断において核となるのは、ほかのメンバーたちも同じ行動をとってくれるだろうという Aさんの集団に対する信頼だ。そのような信頼がなければ、 Aさんには逃げる以外の選択肢がなくなり、はるかに悪い結果へとつながることになる。このような理由から、歴史的に繁栄してきた経済とは、他者への信頼感が広く共有された社会で起きたものだと考えてまちがいない。道徳的リーダーシップを生みだす方法 道徳的・非道徳的リーダーシップの進化的起源について学ぶと、こんな疑問が浮かび上がってくる。ヒヒ主義を抑え込み、ゾウ主義をうながす方法はないのか? 不平等が集団に及ぼす影響について考えれば、経済格差をなるべく小さくとどめるのが得策であることはまちがいない。とくに、リーダーと従業員の報酬の格差を減らすべきだ。平等を広めようとする動きにヒヒ型リーダーは徹底抗戦してくるので、変化をもたらすのは容易ではない。しかし、けっして不毛な闘いではない。たとえば、たとえ報酬が九〇〇万ドル( CEOの平均年収)より低いとしても、多くの優秀な人々が CEO職に就きたいと考えるはずだ。 不平等を減らすための努力が失敗に終わった場合、 CEOの報酬を会社の長期的な業績となるべく連動させるようにすると、リーダーと集団の利益が重なるため、報酬の支払いはよりゾウ型に近づく。従業員の平均給与のわずか二〇~五〇倍の報酬(一九九二年以前はそれが標準的だった)、あるいは企業の業績によって細かく変動する報酬が支払われる CEO職に対して、ヒヒ型リーダーは大きな興味を抱かないかもしれない。しかし、それこそが大切なポイントだ。金銭的な見返りが控えめでも、または完全に成果次第だとしても、ゾウ型リーダーはその役割を喜んで引き受ける。皮肉にも、好待遇の地位にはヒヒが惹きつけられることが多いため(もしくは、のちにその人物をヒヒに変えてしまうため)、高い報酬そのものがリーダーシップの質の低下につながる危険性もある。 CEOや上級管理職の報酬を一気に減らすというのは非現実的だとしても、ほかのさまざまな戦略によってヒヒ型リーダーシップの影響をなるべく小さく抑え込むことができる。前述のフロリダ州立大学のジョン・メイナーの研究について思いだしてほしい──外部のほかの集団と対立したときには、ヒヒ型リーダーも集団の利益を優先させ、より道徳的な振る舞いをする。つまり、集団同士の対立にはリーダーのモラルを高める効果があるということだ。今日の企業世界では、会社同士の示し合わせが独占禁止法によって禁じられているため、この種の対立が市場経済の基盤となっている。しかし、市場競争からより大きな脅威を感じる企業もあれば、それほど危機を感じない企業もある。メイナーの調査によると、製品の売れ行きや市場地位がより安定的な企業のほうが、ヒヒ型リーダーシップに陥りやすい傾向があるという。 残念ながら、ほかの集団との競争には諸刃の剣の一面がある。そのような集団間の対立による不安をあおることによって、または実際には存在しない対立を作りだすことによって、ヒヒ型リーダーは集団の目標をないがしろにし、信奉者からより強い忠誠心を引きだそうとする。人類の歴史をとおして専制的・独裁的な指導者たちは、自らのヒヒ型リーダーシップを正当化する戦略として、集団間の対立を利用して〝国家の敵〟をでっちあげてきた。当然ながら、このような戦略そのものがヒヒ型リーダーシップの典型例であることは言うまでもない。不要な対立をあおれば、自らの集団の目標に害が及ぶケースが多いからだ。したがって、集団同士の対立には道徳的なリーダーシップを推し進めるという側面がある一方で、不道徳なリーダーたちの手にかかると皮肉な道具として利用されることがある。 もうひとつの解決策は、わたしたちの先祖たちがわりと長いあいだメンバーが固定された小さな集団で生活していたという事実に隠れている。当時はまだ人がまばらにしか住んでおらず、農業が始まるまで土地の環境収容力(ある環境で継続的に生活できる生物の最大個体数)は低かった。選択肢などほとんどなく(あるいは皆無)、多くの人は生涯をとおして同じ社会集団の小さなネットワークのなかに埋め込まれたままだった。 そのような世界では、集団内のほかのメンバーの情報は対面か口頭(噂話)によって広がっていった。結びつきが強く永続的な社会構造は、ヒヒ型リーダーの影響力を効率的に抑え込む術を与えてくれた。長く続く社会関係では、自分だけの利益のために集団を利用しようとする利己的なメンバーは、必然的に大きな犠牲を払うはめになった。その種の長期的な関係によって、ヒヒ型リーダーシップが完全になくなるわけではない。ヤノマミ族について考えれば、それは火を見るより明らかだろう。しかし、自己奉仕的なふりをして高い地位を手に入れようとするリーダーに対し、永続的な社会関係が防波堤として役立つことはまちがいない。 これとは反対に、現代の組織(とくに、より個人主義的な欧米型の組織)には、高い移動性という大きな特徴がある。国勢調査によると、典型的なアメリカ人は生涯で一〇回ほど転職し、ひとつの仕事に平均でわずか四年しかとどまらないという。たしかに、いまでは新しい仕事を求めて国内はもとより、世界じゅうを移動することも比較的簡単になった。わたし自身、地球の裏側のオーストラリアに移り住んで仕事をすることに、とくに大きな迷いはなかった。技術の発展によってどこにいても友人や家族と連絡を取り合うことができるいま、住む場所などたいした問題とは思えなかった。 現代の高い技術がもたらした驚くべき移動性によって、うまくいかなければ仕事を辞めればいいと多くの人が考えるようになってしまうと、組織よりも自らの目標により重きを置くという傾向が生まれる危険性がある。文化的なちがいは大きいとしても、わたしたちが住む現代的な環境のなかでは、組織どころか共同体から脱退することさえかつてないほど簡単になった。この前例のない移動性によって、ヒヒ型人間を刺激してその台頭を推し進める構造が生まれる。そのようなヒヒたちは企業を利用できるだけ利用し尽くし、業績が傾きかけたところで次の場所に移動する。 移動性が低く、人数もわりと少なかった先祖たちの集団では、まわりのメンバーのなかからリーダーが選ばれた。そのため、集団になんらかの支配的な力を及ぼそうとする個人の企みはすべて、意欲的なリーダーの能力、知識、専門技術、献身によってすぐさま抑え込まれた。集団内部からリーダーを選ぶこのやり方は現代の組織ではあまり頻繁に使われておらず、(とくに組織の上層部では)候補者は競合他社から引き抜かれることが多い。外部からの採用によって新しいアイデアと活力が組織にもたらされるのはたしかだとしても、実際には候補者をほとんど知らない人たちがリーダーを選んでいるということになる。これこそ、組織内から昇進した CEOに比べて、外部から採用された CEOのパフォーマンスはきまって低く、就任期間もより短い理由のひとつだ。 最後に、先祖たちの集団に比べると、現代の組織はあきらかに不利な状況に置かれている。かつての集団には流動的で分散型のリーダーシップ構造があり、それぞれの活動に対して専門知識をもつ者が順に集団を率いた。ときに農耕民族がヒヒ型リーダーに乗っ取られることはあるものの、狩猟採集民のリーダーたちは順応性が高く、臨機応変な対応をつねに心がけ、ほかの分野に手出しせずにひとつの分野に集中してまわりを率いることが多い。たとえば多くの小規模社会には、戦争、狩猟、医療、歌唱、平和などの分野でそれぞれ異なるリーダーがいる。先祖たちの集団では総合的な能力よりも分野ごとの専門知識がより重視され、活動ごとに指導者が異なって当たりまえという規範があった。そのため、特定の活動のあいだに誰が集団を率いるべきかを決めるときにも、ヒヒ型リーダーの見せかけだけの訴えに騙されることは少なかったにちがいない。 一方、現代的な組織では、専門知識がまったく異なる部門がいくつかある場合でさえも(たとえばエンジニアリング、経理、営業など)、全体を取り仕切る支配的な階層が存在する。専門知識の有無にかかわらず、 CEOは組織全体のあらゆる意思決定に責任をもたなければいけない。このように先祖たちのリーダーシップに対する考え方から大きく乖離してしまった結果として、実際には多くの株主、従業員、有権者がゾウ型リーダーシップを強く望んでいるにもかかわらず、アメリカ企業や政治組織のほとんどはヒヒ型リーダーによって運営されるようになった。 祖先たちがもっていたはずのなんらかの英知が、進化の過程で失われてしまったという意味ではない。良いアイデアが失われた事例など数多くあるはずだ。むしろ問題のおもな原因は、先祖たちの進化環境と、現在のわたしたちが置かれている環境の差にある。この進化の不一致こそが、われわれが抱えている多くの問題を生みだしてきた。次の章で検討するとおり、その不一致によってムダな対立が一気に増えれば、人間がみな全滅する危険性さえあるのだ。
*1 彼らの現在の生活様式にはなんら関係ないかもしれないが、ハッザ族は〝人類のゆりかご〟と呼ばれる場所に暮らしている。わたしたちの祖先が森から追放されたあとにたどり着いた、東アフリカのサバンナに広がる人類発祥の地だ。 *2 一夫多妻制の社会は、女性への不当な扱いについて批判されることが多い(ヤマノミ族がその一例)。しかし、タンザニア北部に住むスクマ族やランギ族といった一部の一夫多妻制社会では、女性はじつに平等な扱いを受けている。そのような社会の女性は夫の大きな富から恩恵を受けており、妻と子どもたちはなんら申し分ない生活を送っている。結果、貧しい男性のひとり目の妻になるよりも、裕福な男性の第二夫人や第三夫人になることを選ぶ女性も多い。対照的に、科学ジャーナリストのロバート・ライトが『モラル・アニマル』のなかで指摘するように、一夫多妻制社会のなかの貧しい男性はきまって敗北者とみなされ、妻を養うこともできずにひとり寂しく暮らしている。 *3 わたしとしては、すべての企業の CEOがヒヒ型リーダーだと言いたいわけでも、報酬の高い CEOが必ずしもヒヒ型リーダーだと主張したいわけでもない。事実、企業の世界でゾウ型リーダーが活躍する例は数多くあり、そのなかにはきわめて高い報酬を得ている経営者もいる。しかし、従業員、株主、有権者の望みとは裏腹に、企業や政治の世界にはあまりに多くのヒヒが存在する。本章では、この不幸な状況の根底にある心理についてくわしく考えていきたい。 *4 ヒヒはさらに、一緒に優位な立場を築くことを約束して追随者の心を勝ち取ろうとする。ドナルド・トランプが選挙期間中に「われわれはあまりに勝ちつづけるだろうから、きみたちは勝つことにうんざりするだろうよ」と繰り返し言ったのもその一例だろう。「アメリカ・ファースト」は言い換えれば、「ほかの人々への犠牲など顧みず、われわれは欲しいものを手にするまで軍事力と経済力を誇示しつづける」という意味であり、明らかにヒヒ型リーダーシップの謳い文句だった。
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