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第 7章 「現象」を読む

ボールペンからその人の「性格」まで見抜くなぜ私たちは「真ん中」のものを選ぶのか?どんな交渉もうまくいく「ベストな場所」とは?

同僚の「ボールペンの後ろ」に注目してみる「筆跡」から、その人の「性格」を読むすぐに体調を崩す人は、「自尊心」が低いイベントのポスターから「およその参加者数」はわかるメニューを先にとるのはどっち? 上司と部下を見分ける法最後に交渉に勝つのは「怒りっぽい人」 column‐ 7 最初は「読めない」のは当然、あまり焦って読心術をするなおわりに参考文献

なぜ私たちは「真ん中」のものを選ぶのか? 突然だが、ここに 3種類の日焼け止めクリームがあるとしよう。

①高級なクリーム、 ②ふつうのクリーム、 ③安売りしてあるクリームの 3種類である。

さて、みなさんはこれらのクリームのうち、どのクリームが一番売れ行きがいいのか、わかるだろうか。

じらすつもりもないので答えを知ってしまえば、「ふつうのクリーム」が正解だ。

私たちは、3つの選択肢のある場合には、かなりの高確率で〝真ん中〟のものを選ぶ。

だから、高級品と、普通の品と、安売り品があれば、どうしても普通の品のものが選ばれやすいのである。

この方法は、どんな選択にも当てはまる。

たとえば一流校と、二流校と、三流校という3つの学校があって、受験者がどの学校を選びやすいのかといえば、二流校になるわけである。

選択では、真ん中が好んで選ばれやすい傾向があるのである。

私たちが選択をしなければならないときは、「極端なモノは避ける」という現象が見られる。

これを「極端性の回避現象」という。

みなさんも食事に出かけて、松コース 5000円、竹コース 3000円、梅コース 1000円というメニューを見せられたとき、「 5000円と 1000円は、ちょっとイヤだな……」という気分になったことがあるのではないだろうか。

これが極端性の回避現象である。

価格にしろ、品質にしろ、デザインにしろ、とにかく3つ以上の選択をしなければならないときには、人は真ん中を選びやすいということが心理学的には予想できるのである。

ノースウェスタン大学のアレクサンダー・チャーネフ博士は、コードレスホンやワインなど、いろいろな商品カテゴリーを使って実験を行っているが、極端なものを選んだ割合は、せいぜい数 10%であって、真ん中を選ぶ人が 57・ 1%から 60・ 1%であったという。

10人の人がいれば、 5人から 6人は、真ん中を選んでしまうのである。

選択を求められたとき、おそらく私たちの頭の中では、「真ん中を選んでおけば、とにかく失敗しない」 という判断が働くのだと考えられる。

極端なものを選ぶと、はずれたときのリスクが大きいから、そういうことのないように真ん中を選ぶのだ。

たとえば、価格が高いわりに、そんなによくない商品を買ってしまった場合、私たちは後悔する。

そういう後悔のリスクを減らすためには、そんなに高級品でなくともいいから、「失敗しないもの」のほうが望ましい。

また、あまり安いものを買ってしまうと、たしかにお金はかからないが、安いだけによくない商品である可能性も高い。

安物を買って、お金をムダにするのもやはり後悔する。

そういう後悔をしたくないのなら、やはりある程度は出費がかさんでも、「失敗しないもの」が望ましい。

このように考えると、一番無難で、失敗しないのはやはり真ん中レベルの選択肢なのである。

こうして、真ん中を選ぶ人が増えるわけだ。

そういえば、男性は、あまりに美人な女性も、あまりにブサイクな女性も、どちらも敬遠するというデータがある。

平凡で、ごくふつうの女性ほど、男性にモテるのである。

これも一種の極端性の回避現象なのかもしれない。

どんな交渉もうまくいく「ベストな場所」とは? 私たちは、緑あふれる自然が好きである。

緑をみると、心がなごむのだ。

だから、人と会うときには、エントランスや窓際などにたくさん緑が置いてある場所のほうが好ましいということがいえる。

そういう場所で人に会うと、緑に囲まれていることによって相手も気分がよくなり、一緒にいるあなたまでもが好意的に評価されるようになるからだ。

打ち合わせをするとき、どんな場所で人に会うのかを見れば、お互いにどれくらい仲良くなれるのかも、ある程度までは予測できる。

緑の少ない、殺風景なところで会えば、そんなに親しくはなれないし、緑あふれる場所で会えば、すぐに打ち解けた関係になれるということが予想できるのである。

たとえば、ホワイトボードとテーブルしか置かれていない会議室と、観葉植物が部屋のあちこちに置かれた会議室があるとしよう。

もしその部屋で初対面の人に会うのだとすれば、おそらくは後者の部屋で会ったときのほうが、お互いにいい印象を持てるのである。

緑があるかどうかは、人づきあいに大きな影響を及ぼす。

私たちは、自分ではあまり気がつかないかもしれないが、周囲に緑のある状況にいたときのほうが、だれとでも打ち解けることができるからである。

川沿いの道を散歩したり、ジョギングしている人たちは、お互いに行きかうたびに「おはようございまぁ〜す」とか「こんにちはぁ〜」などと声をかけあう。

街中では、めったにみられない光景である。

なぜかというと、川沿いの道というのは、だいたい緑にあふれているからである。

緑のある場所は、お互いに打ちとけやすくなるのだ。

フロリダ州立大学のクリスティン・レディック博士は、ニューヨーク市内の 6歳から 12歳までの子どもに、 12日間のサマーキャンプに参加してもらった。

もともと都会に住んでいる子どもは、打ち解けるまでに時間がかかるし、それほど深い付き合いも苦手としているが、緑にあふれたキャンプ場に連れ出すと、すぐに仲良しになれることが判明したそうである。

緑のある場所で、自然を媒介すると、人づきあいもうまくいくらしい。

もし初対面の人に会うときには、緑のある場所を選ぼう。

そうすれば、その人ともすぐに仲良くなれると予想できる。

都会においても、緑にあふれた場所は、探せばいくらでもある。

そういう場所を選ぶのがよい。

よほどの達人であれば、「俺は、話術に自信があるから、どんな場所で人に会おうが関係ないんだよ」と言えるのかもしれないが、もしそうではないのなら、なるべく自然の多い場所で人に会おう。

ゴルフ場やバーベキュー場が、接待場所によく使われるのは、そこに緑が多いから。

緑のある場所のほうが、話もはずんで、お互いに気持のいい時間が過ごせるのだ。

同僚の「ボールペンの後ろ」に注目してみる ボールペンや鉛筆のお尻の部分を、がじがじと噛んでしまう人がいる。

そういう人のボールペンは、後ろの部分がささくれだっている。

こういう行動傾向がある人は、いったいどんな性格なのだろうか。

結論を先に言えば、「悲観主義」である。

物事を何でも悲観的にとらえ、雨が降っただけでも、「この世はもう滅亡する」という前兆として考えてしまうようなタイプほど、ボールペンをよく噛むのである。

英国エクセター大学のポール・クライン博士は、 600名以上の大学生を対象にして、ペンを噛むのかどうかを調べる一方で、性格テストをやらせて悲観主義の得点を算出してみた。

すると、ペンを噛むクセのある人は、そういうクセのない人に比べて、約 2倍も悲観主義の得点が高いことがわかったのである。

ボールペンを噛まない人は、性格的に明るくて、楽観的な人が多い。

困ったことがあっても、「大丈夫、大丈夫、アハハ」と気楽に受け流してしまうのである。

ところが、ボールペンをがじがじと噛むクセのある人は、物事をさらりと水に流すことができずに、いつまでも悲観的なことばかりを考える。

そして、その思考から抜け出せなくなるのである。

もし、上司がそういうタイプなら、悲観的で、心配症なところがあるとみなしてよいだろう。

したがって、報告・連絡・相談の、いわゆる「ホウレンソウ」をきっちりやってあげ、不安をぬぐい去ってあげるようなことをしてあげるとよい。

かりに上司から、「現場から、そのまま直帰してもいいぞ」といわれていても、何の連絡もいれずに直帰してはいけない。

心配性な上司のためにも、一本の電話を入れてあげ、「ただいま仕事が終わりました。

何も問題ありませんでした。

このまま戻ります」という報告をして、念には念を入れてあげたほうが喜ばれるだろう。

ところで、クライン博士によると、ボールペンだけでなく、タバコについても、フィルター部分をがじがじと噛む人には、悲観主義の傾向があるという。

悲観的な人は、自分の不安を鎮めるために、何かに噛みつくことで落ち着きを取り戻そうとしているのかもしれない。

ともかく、相手の灰皿の吸い殻を見て、フィルターを噛んである跡があるなら、そういう人もまた悲観的な人であることが見抜ける。

交渉相手やお客さんが悲観的なタイプなら、目に見える利益ではなく、むしろアフターフォローや保証についての話をしてあげたほうがよい。

彼らは、心配症なところがあるので、利益よりも、フォローや保証を聞きたいのである。

「こんなにお金が儲かるんですよ」ではなく、「こんなに損をしません」のほうが、悲観的な人の目を引くことができるのである。

「筆跡」から、その人の「性格」を読む 枕草子や源氏物語などの書物を読むと、昔の人たちが、相手から送られた文の筆跡を見て、送り主の人柄を推し量っていたことがわかる。

その人の筆づかいを見れば、「ああ、心がやさしい人なんだな」といったことがだいたいわかったのだろう。

現在でこそ、パソコンの普及によって、手書きで文章を書くという習慣は廃れ始めているけれども、それでも署名や簡単なメモなどを見せれば、相手の人となりを見抜くことは可能である。

あるいは、相手に何か文字を書かせて、それを確認してもいい。

たとえば、おしゃべりをするときにも、いらない白紙をいつでも用意しておき、「う〜ん、ちょっと口で説明されてもよくわかんないなぁ。

図で書いてくれませんか?」 などと相手に求めれば、その人の筆跡を知ることができるだろう。

さて、相手の筆跡を手に入れたら、次のようなポイントに注目して、その人の性格を知ることができる。

これは筆跡学の父と呼ばれるジャン・イポリート・ミションによる説に基づくものである。

・角ばった鋭い線で書いている →感覚が鋭く、直観力がある ・丸みのある線で書いている →円満な性格 文字や線の描き方で、このようなことがわかるのである。

大ざっぱであるとはいえ、丸っぽくて、女の子のような文字を書く人は、性格的にも温和な人で、やさしい人が多いとみなしてよいであろう。

また、慶応大学の槙田仁さんの著書によれば、筆跡の特徴と、その人の性格には次のような関連性があるという。

隣のページの図を参照してもらいたい。

分裂気質とは、内向的で、少数の友人でも満足できるタイプである。

批評家的で、冷たい印象を与えるが、理性的で公平でもある。

循環気質とは、他人に同情し、世話を焼きたがる人のことである。

初めて会った人ともすぐ親しくなれる社交的な人だと思ってもらえればよい。

粘着気質とは、一言でいえば、粘り強い性格の持ち主だ。

常識を自分の「ものさし」とすることが多く、頑固で融通がきかないところもある。

忍耐力は強く、あまり怒らないが、ひとたび怒り出すとなかなかおさまらないという特徴もある。

なお、表のパターンの3つの特徴すべてに当てはまらなくとも、たとえば、「大きな文字」を書いて、「形が四角い」という特徴のある文字であれば、筆圧があまり強くなくとも、粘着気質だとみなせる。

相手の文字の書かれたメモや文書は、その人の性格を見抜くための宝物だ。

そういうものは大事にとっておいて、その人の性格を判断するための材料にしたい。

すぐに体調を崩す人は、「自尊心」が低い 季節の変わり目などに、年間に 2、 3回ほど、会社を休むのはしかたがない。

ところが、しょっちゅう風邪をひいたり、腹痛を起こしたりして、会社を休んでみんなに迷惑をかける人がいる。

このようにすぐに健康を損なう人は、「体調管理がヘタ」ということもあるが、基本的な性格として、「自尊心が低い」ということも見抜けるのである。

自分に自信が持てない人は、なぜか体調を崩しやすいという特徴を持っているのだ。

ウォータールー大学のデール・スティンソン博士のグループが、 180名の学生を対象にした調査をしたところ、慢性的に自尊心が低い人ほど、ちょこちょこ病院のご厄介になることが多いという傾向があったそうである。

スティンソン博士の分析によると、自尊心の低い人は、あまり友だちがいない。

そのため、悩みや心配があっても、それを相談することができない。

結果、精神的に落ち込みやすく、それが身体的な健康をも損なう遠因になるのだという。

このデータを逆に考えてみよう。

どんなに身体を動かそうが、睡眠不足であろうが、いつでも元気いっぱいで、風邪などはここ何年間もひいたことがないという人は、だいたいにおいて自信家であるとみなしてよい。

自信家は、健康優良児なのである。

「○ ○さんは、こういう寒い時期には風邪なんてひきませんか?」 とさりげなく質問してみて、「ガハハ、僕は風邪なんてひいたことがありませんよ」 という返事がかえってくるようなら、よほどの自信家であろう。

こういうタイプは、自分に自信を持っているだけに、あまり他人の言うことには耳を貸さない傾向があるし、がむしゃらに突き進んでいく特徴もある。

そのぶん、周囲の人が彼に合わせるのに苦労する。

とはいえ、自信家の人の行動パターンを読めてしまえば、意外に付き合いやすいところもあるので、一概に付き合いにくいタイプだと言いきることはできない。

彼らの行動パターンは固定化されていることが多いので、そのパターンさえわかってしまえば、どうということもなくなるのである。

むしろ、自信がない人のほうが、すぐに前言を翻したり、予測していなかった行動をとったりするので、それに合わせるのは大変である。

彼らは自信がないために、自分の言ったことにも自信が持てない。

そのため、「あれをやれ」といったり、「やっぱり、これをやれ」といったように、指示がぶれやすいのである。

相手の健康度をみれば、その人の自信の度合いまでが判定できる。

そして、付き合うのであれば、身体的に健康な人のほうが、どちらかといえば付き合いやすいといえる。

イベントのポスターから「およその参加者数」はわかる あるイベントを行うとき、主催者としては、どれくらいの人数が参加してくれるかが非常に気になるところである。

1000名の参加者を見込んでいたのに、 50人しか集まらないようなら、イベント自体が失敗になってしまうからだ。

あるイベントが実施されるとき、どの程度の参加者が見込まれるのかについては、呼びこみのポスターを見せてもらえれば、私ならおよその参加者を読むことができる。

それくらいのことは、心理学の知識を使えば、わけもないことである。

「イベントの内容を知らなくとも、それでも予想できるのか?」 と疑問に思われる方がいるかもしれないが、私ならポスターだけで予想できる。

といっても正確な人数が読めるはずはなく、参加者が「多い」のか、それとも「少ない」のかくらいの判断ではあるが。

では、心理学者は、イベントの参加を見込むとき、どこに注目するのか。

それは、ポスターの下のほうに載せられた〝スポンサーの数〟である。

そのイベントに賛同し、協賛している企業が多いほど、そのイベントは成功するのである。

ポスターを見た人の立場で考えてみよう。

スポンサー企業がずらずらと載せられていれば、「ああ、これはきっといいイベントに違いない」と思うに決まっている。

逆に、スポンサーが載せられていないなら、「他の企業の協力が得られないような、つまらないイベントなんだ」と思う。

だから、ポスターにどれくらいのスポンサーがついているのかを見れば、そのイベントの成功まで、ある程度までは予想できるのである。

米国ニュージャージー州にあるラトガース大学のジュリー・ルース准教授は、「アート&クラフト・フェスティバル」という架空のイベント用ポスターを実験的に作成し、そのポスターに載せるスポンサーの数を、1つだけしか載せないもの、2つ載せるもの……という具合に、最大5つまで載せたポスターを作ってみた。

そして、それぞれのポスターを見せて、「あなたはこのイベントにどれくらい参加したいですか?」とか、「このイベントに興味がありますか?」と質問したところ、スポンサーの数が増えるほど、参加したいと答える割合が高くなることがわかったのである。

ポスターを見る人は、イベントの中身というより、スポンサーを見ているのであって、スポンサーがずらずらっと並んでいれば、それだけで「いいイベントにちがいない」と思ってしまうことが科学的にも明らかにされたのである。

イベントの参加者を増やしたいなら、できるだけスポンサーを増やす(あるいは多いように見せる)ことが大切である。

「 ○ ○商店街」といったひとつだけのスポンサーでは、だれも興味を持ってはくれないのだ。

メニューを先にとるのはどっち?上司と部下を見分ける法 じっくり観察していれば、どちらが上司でどちらが部下なのか、どちらが接待するほうでどちらがされる側なのか、どちらが偉くてどちらが偉くないのかなどは、すぐに見抜くことができる。

その際の手がかりは、「どちらが先に動くのか」である。

一般に、どんな行動をするにしても、先に動くほうが「パワーは上」なのであり、相手よりも後に行動する人は、「パワーが下」とみなせるのだ。

たとえば、喫茶店に入ってきた 2人組がいるとしよう。

どちらのほうが地位が上なのかは、次のようなポイントに注目すればすぐにわかる。

どちらが先に、イスに座るのか?どちらが先に、メニュー表をとるのか?どちらが先に、お冷に口をつけるのか?どちらが先に、タバコに火をつけるのか?どちらが先に、食事をはじめるのか? ようするに、どんな行動でも、先に行動をスタートさせるほうがパワーは上なんだろうな、と考えてよいわけだ。

パワーが下の人間は、相手が行動するのを待たなければならないという目に見えない不文律があって、ふつうの人なら、そのルールに縛られてしまうものなのだ。

たとえば、パワーが下の人は、パワーが上の人がタバコを取り出して火をつけるまで、自分が先に火をつけることはない。

たいていは相手が先にタバコを吸い始めるので、「僕も、吸ってよろしいでしょうか?」 と確認してから、吸うことになる。

ようするに相手の行動を確認しながら動かなければならないので、どうしても後手にまわらざるをえなくなるのだ。

ハーバード大学のドナ・カーニー博士は、地位や権力のちがう二人の場合には、握手を求めるのも、相手に近づいていくのも、パワーが上の人のほうが先に動くことを突き止めている。

昔の大学病院には、「大名行列」と称して、教授の後を、ずらずらと医局員たちがついて回診を行っていたという。

一番偉い人が先を歩いて、パワーが下の人は、それについていかなければならないというのは、ある程度までルール化されているといえよう。

動物の世界においては、ニワトリにしろ、サルにしろ、ライオンにしろ、「偉い順」から、エサを食べることになっているという。

リーダーがたらふく食べて、次に 2番目に強いものが食べて……という順位が、はっきりと固定化されているそうなのだ。

動物も人間も同じようなところがあるのだ。

複数の人間のパワーの順位を見抜きたいのなら、その行動の順序を見ればよい。

先に動いているのはだれか。

それを見抜ければ、だれがリーダーなのかもわかるはずだ。

最後に交渉に勝つのは「怒りっぽい人」 商談においては、大きな声を張り上げ、荒々しい素振りを見せる側が、いつでも勝利をつかむ。

つまりは、どちらの交渉者が怒りっぽいのかを見れば、商談がどちら側に有利に展開するのかも読めるわけである。

スタンフォード大学のマーワン・サイナソー教授は、同性のペアを作らせ、ヘッドハンターと、ハンティングされた人物という役割をそれぞれに与え、給与、会社のロケーション、休暇の日数、などについて交渉をさせるという実験をしたことがある。

そして、どちらに有利な条件で商談がまとまったのかを分析したところ、眉にシワを寄せて、机をバンバン叩くなどの「怒りっぽい交渉者」ほど、相手は譲歩してくれることがわかったという。

商談というのは、弱気な人が一方的に悪い条件をのまされるもの。

だから、負けん気が強くて、強硬な態度をとるほうが、勝つものなのだ。

アメリカの伝説的な弁護士にクラレンス・ダロウという人物がいる。

彼は、殺人犯でさえ無罪にしてしまうくらいの弁護力があったそうだが、そのやり方というのが、とにかく相手を威圧する方法であったという。

ダロウは、胸を大きくそらして、サスペンダーを引っ張っては離し、ビシビシという不快な音を立てて相手を心理的に追い詰めたというのである。

交渉の本などを読むと、「温和で、紳士的な態度をとることが大切です」などと書かれているが、そんなやり方をしていたら、自分に都合のいいように商談をまとめることなどはできないのだ。

ふつう、商談においては、お互いの自己紹介から始まるけれども、その場面を観察させてもらえれば、私はどちらが交渉で勝てるのかを予想することもできる。

一般には、「声の大きな人」のほうが商談には勝つから、声の大きさだけを手がかりにして、商談の行方もわかるのだ。

ヤクザや借金の取り立て屋は、みな一様に声が大きいが、それは相手を心理的に追い詰める方法なのである。

たいていの人は、大きな声で怒鳴られると、肝が冷えて、知らぬ間に相手の言い分をのんでしまうものなのだ。

商談にかぎらず、声が大きい人のほうが、仕事もやりやすい。

それは、声が大きければ、それだけ相手を威圧することができ、無茶苦茶な要求でも、相手にのませることができるからである。

会議においても、声の大きな人の意見は、必ず、通ってしまう。

逆に、どんなに優れた意見を述べようが、蚊の鳴くような声でしか意見をいえないなら、そういう意見が採用されることはめったにないのである。

column‐ 7最初は「読めない」のは当然、あまり焦って読心術をするな 人を読むときには、焦って結論を出さないほうがいい。

焦って結論を出すと、その人の本当の姿を読むというよりも、あなたの先入観を相手に押しつけるだけの結果にしかならないからだ。

「ふん、お前みたいな人間は、ケチなヤツが多いんだよ」「ふん、お前みたいな人間は、ウソつきだってのが相場なんだよ」「ふん、お前みたいな人間は、信用ができないに決まってんだよ」 このような読心術なら、むしろやらないほうがよい。

あなたがそういう眼で相手を見てしまうと、相手も気分が悪いからだ。

ヘンな先入観というか、思いこみを持っていては、人間関係がうまくいくはずがない。

「この人は、 ○ ○の性格だとは思うんだけど、ひょっとするとちがうかもしれないから、すぐにそう決めつけなくてもいいや」 という柔軟な姿勢で読心術を行ってほしい。

1回会っただけでは、相手の心や性格は読めないかもしれないが、 2回目、 3回目と、会う回数が増えれば、それだけ相手の人となりは読めてくる。

だから、そんなに焦って読心術しなくともよいのである。

米国ヴァージニア大学のエリック・アンダーソン博士は、 52組の同性の友だちを集めて、知り合ったばかり(学期が始まってすぐ)と、 5カ月後に、お互いに自分自身に関してのウソをつく、という実験をやらせたことがある。

その結果、知り合ったばかりでは、相手の感情をうまく読みとることができず、簡単にウソに引っかかってしまうことが判明した。

ところが 5カ月後の再調査においては、相手がウソをついたときには、それに気づくことができたのである。

お互いに親密になればなるほど、お互いに隠しごとができなくなっていたのだ。

このデータからわかるとおり、お互いに親密になれば、相手の考えていることが手にとるように理解できるようになるものなのだ。

「お前さ、今、こういうこと考えてるだろ?」と言えるようになるものなのである。

だから、焦って読心術をする必要などはないわけだ。

1回しか会うことのない人の読心術をしなければならないときには、急いで相手の人柄を見抜くことが求められることがあるかもしれない。

だが、現実には、そういう機会はめったになく、たいていは 2回目、 3回目と会うためのチャンスが必ずあるものなのである。

お医者さんの例で考えてみよう。

患者の病気の原因を、焦って特定しようとすると、誤診を犯してしまうかもしれない。

だからお医者さんは、誤診をしないように、じっくりと診察をするのである。

みなさんも同じだ。

焦って相手を読心術しようとすると、誤診を犯してしまう危険性が大である。

そんなにあわてて相手を知ろうとしなくともよい。

じっくりと相手を観察することも大切であることを、どうか忘れないでほしい。

おわりに 本書では、他人の心をこっそりと盗み見るための心理学的なデータをたくさん紹介してきた。

おそらく、本書を熟読玩味すれば、人の心が上手に読めるようになるであろう。

読者のみなさんが、これまでの人生では漠然と見逃していた相手の感情やホンネの手がかりについても、いろいろと学べたのではないかと思われる。

しかし本当に大切なのは、「人の心を読む」ことではなくて、「人間関係が円満にいくように努力する」ことであることを、最後になってしまったが指摘しておきたい。

読心術というのは、相手の気持ちを察してあげることにほかならない。

相手がどんな気持ちでいるのかを理解してあげ、相手が少しでも嬉しい気持ちになれるような行動をとるために、読心術があるのである。

「この人は、 ○ ○のタイプだ!」 と読心術をするだけで終わりにせず、「この人は、 ○ ○のタイプだから、こうやって付き合おう!」 という指針として、読心術を利用してもらいたいと思う。

相手の気持ちを盗み見るだけで終わらせてしまったら、単なるデバガメ(覗き趣味)である。

そうではなくて、あくまでも相手との付き合いをよくするという目的で、読心術を利用していただきたいと思うのだ。

最近は、「空気が読めない人」が多いというが、空気が読めないということは、まさに相手の心が読めていないということである。

そういう人は、平気で周囲の人を困らせるので、人間関係もうまくいかない。

ところが、読心術を学べば、「空気が読める」ようになり、どんな人に対しても、ソツのない対応がとれるようになるのである。

そういう方向で読心術を利用してもらうのが一番であろう。

さて、本書の執筆にあたっては大和書房・第一編集局の藤沢陽子さんにいろいろとお力を借りた。

この場を借りて、謹んでお礼を申し上げたい。

藤沢さんには、いつもおんぶにだっこでご迷惑をかけっぱなしであるが、そのぶん精一杯の力を振り絞って原稿を書かせていただいたつもりである。

今後もよろしくお付き合いいただきたい。

また、読者のみなさんにもお礼を申し上げる。

いつも私の本をお読みくださって、ありがとうございます。

これはお世辞でも何でもなく、本当にみなさんのご支援には、心の底から感謝しております。

これからも全身全霊で、魂のこもった本を執筆していくつもりですので、どうか末永くお付き合いください。

また、どこかでお目にかかれるといいですね。

内藤誼人

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