「良くは見えるけど、良いと感じられない」のワナボーイングはうんざり労働? キャリア? それとも天職?情熱を求めて転身するスイート・スポットを見つける column 1日に点数を付ける本業以外の活動を試してみる勇気を出してジャンプする絶対にできないと思うものは、もうない
第 5章義務なんか忘れてしまえ
デイヴィッドと一緒に仕事をしたことがある人なら、彼が拍子抜けするくらいシンプルな線画をサッと描き上げるのを見たことがあるだろう。
片方にハート・マーク、もう片方にドル記号が乗っかっているシーソーの絵だ。
このハートとドルの力関係は、人生における大きなテーマだ。
ハートは人間性の象徴であり、個人的な情熱や企業文化という意味での満足感や心の充足を表わしている。
ドル記号は事業を維持する金銭的な利益やビジネス上の意思決定を表わしている。
シーソーの絵は、意思決定の際には意識して立ち止まり、ハートとドルの両面を考えなさいというメッセージなのだ。
特に、「良くは見えるけど、良いと感じられない」ような転職の機会に直面したときには、よくよく注意するべきだ。
トムは経営コンサルタントだった時代、ソーシャル・ワーカーをしている友人に、「経営コンサルタントはこんなに給与が高いのに、ソーシャル・ワーカーはそんなに給与が低いなんて気の毒だ」と嘆いたことがある。
すると彼女は、一瞬の迷いもなく、「たくさん給与をもらわないと、誰も経営コンサルタントみたいな仕事をしないからよ。
私はタダでもソーシャル・ワークをするわ。
お金の余裕さえあればね」と答えた。
彼女にとっては、ハートの方がドルよりもずっと重かったのだ。
結局、トムは経営コンサルタントの業界を去り、デイヴィッドと IDEOで働くことを選んだ。
そう、ハートに従ったのだ。
数年後、トムのところに元上司から困り果てた様子で電話がかかってきた。
彼は会社の運輸部門のカリスマ・リーダーだった。
彼の会社は国際的な航空会社の巨大なコンサルティング・プロジェクトを勝ち取ったのだが、要の従業員が土壇場で辞めてしまったという。
すぐに代わりの適任者を見つけないと、数百万ドルの収益をみすみす逃してしまう恐れがあった。
「君の働いている小さなデザイン会社とやらの給与はどれくらいなんだ?」とトムの元上司はたずねた。
お金に釣られると思ったのだろう。
トムがうっかり本当の額を答えると、その 3倍を出す、と提案してきた。
私たちはふたりで何時間もハートとドルのシーソーを見つめながら、人生の意味について話し合った。
ふたりで一緒に仕事をし、肩を並べて面白い課題にチャレンジできるのは、私たちにとって大きな魅力だった。
しかし、トムにとっては、それほど高額な給与を断るのは無謀に思えた。
一方では、手っ取り早く大金が稼げるのは魅力的だったが、もう一方では、兄弟一緒に働けるのが幸せだったし、 IDEOの仕事は人生でもっとも楽しいことだと感じていた。
結局、元上司に電話を折り返し、打診を断るまで、数日かかった。
それでも、トムは断ったのだ! デイヴィッドも、これまでのキャリアでは、お金よりも意義を優先するような意思決定をしてきた。
彼は自身が創設して成功させたベンチャー・キャピタルを去り、気前の良いストック・オプションのオファーを何度も断り、大儲けの期待できる株式公開の可能性を退けてきた。
その一方で、学生、クライアント、チーム・メンバーが創造力に対する自信を獲得するのを後押しすることに、心から大きなやりがいを見出してきたのだ。
ハートとドルのシーソーのバランスを取るのは難しい。
社会は裕福さや富のもたらす特権に大きな価値を置いている。
しかし、おそらくみなさんの周りにも、お金に目がくらんだ結果、惨めな思いや身動きの取れない気分を味わった人がいるだろう。
じんましんが出るほどのストレスを無視して、今の仕事にこだわりつづけるマンハッタンの有名な投資銀行のアナリスト。
世界的に尊敬される会社でようやく I T系の仕事を得たのに、仕事に幻滅し、人生が過ぎ去っていく感覚に襲われている若い M B Aホルダー。
毎週末を家族や友人と過ごすのではなく、仕事の遅れを取り戻すのに費やしている弁護士。
だからこそ、私たちはお金と心の兼ね合いで悩んだときには、両方とも考慮するのが理に適っていると考えている。
お金の方が価値を測るのは簡単だ。
だからこそ、心の価値を測るには、少しだけ余分な努力が必要なのだ。
経済学の研究によって実証されているように、お金は一定のしきい値を超えると、幸福度との強い相関関係が見られなくなる(注 1)。
ぎりぎりの生活を送っている人々には、自分が情熱を持てるものを追求したり、心を最優先したりする余裕はないかもしれない。
しかし、大半の人々にとっては、情熱や心を無視する方が難しいのだ。
「良くは見えるけど、良いと感じられない」のワナ 両親がにんまりとし、大学の同窓会で再会したクラスメイトがうらやましがり、カクテル・パーティでウケがいいような、安定した立派な仕事であっても、自分に合っていなければ、不幸のもとになることもある。
私たちのある知り合いは、音楽の奨学金を得てアイビー・リーグ(訳注:アメリカの 8大名門私立大学の総称)の大学に進んだが、医者の方が安定した職業だと考え、医学の道へと転身した。
現在、開業医の彼は、医療を単なる仕事としか見ておらず、心からのやりがいを感じられずにいる。
彼以外にも、私たちの知り合いの多くが、別の選択肢を考えることもなく、まっとうに見える職業を選んでいる。
彼らは学校を出て仕事に就いた最初の日から、自分のキャリアの方向性をいちども疑ったことがない。
そして今では、次の昇進のチャンスをつかむために、どんどん長時間働くようになっている。
そもそもなぜ昇進したいのかを立ち止まって考えることもせずに。
私たちの親友のひとりは、引退までの日数を文字どおりカウントダウンしはじめた。
引退の日はまだ 1年以上先なのだが。
研究者で教授のロバート・スタンバーグは、「人々は日常生活の些細な物事にとらわれすぎるあまり、とらわれる必要がないという事実すら忘れてしまうことがあります。
子どものときによく遊んだ中国式フィンガー・トラップのようなものですよ。
指を抜こうとすればするほど、どんどん動かなくなっていく。
でも、いったん指を押し込むと、簡単に抜ける。
時には、物事の見方を変えるだけでうまくいくこともあるんです」と私たちに話した(注 2)。
何歳になっても、情熱を追求することはできるのだ。
ジェレミー・アトリーは若いころ、分析能力と批判的思考に長けていた。
彼の天性の才能に気づいた就職アドバイザーたちは、良かれと思って、「君は法律、会計、物理学、金融のどれかの業界に行くべきだ」と助言した。
彼はそのアドバイスに従い、 20代半ばにして、財務分析を行なう高収入の仕事に就いた。
多くの人々と同じように、ジェレミーも気づけば〝有能という名の呪い〟をかけられていた(注 3)。
確かに、彼は仕事で求められることは何でもそつなくこなしていた。
だが、仕事で心からの充足感を得たためしはなかった。
懸命に働くというしつけを受けて育ったジェレミーは、「これから 20年間、ずっと嫌な仕事をしていくしかない」という現実を受け止め、毎日オフィスに顔を出していた。
彼の会社は、ジェレミーのような社員に、数年間の休みを取って M B Aを取得してほしいと考えていた。
そこで 2007年秋、彼はスタンフォード大学経営大学院に進学した。
在学中、彼は一般的なビジネス・スクールのカリキュラムに加え、気晴らしのつもりで dスクールの入門クラス「ブートキャンプ」を受講した。
授業は厳しかったが、彼はあいまいさと格闘し、自分のアイデアをプロトタイプ(試作品)にし、クリエイティブな判断を下していくうちに、やがて授業の楽しさに気づいた。
「それまで、私はブートキャンプ・コースを〝遊びの時間〟くらいにしか思っていませんでした」と彼は言う。
「ところが途中で、このクラスは今までやってきたことと同じくらい厳しいのに、ずっとやりがいがあると気づいたんです」 彼はその後もクラスを取りつづけ、ますます古い仕事観と新しい考え方の板挟みに悩むようになっていった。
結局、彼はそれまでのキャリアの魅力的な給与と地位を捨てることを決意した。
もちろん、 2年間分の学費を会社に弁済するはめにはなったが。
「会社に戻る気はまったくしませんでした。
人生観が変わるような体験をして、新しい道を追求したいという気持ちが芽生えたんです」。
こうして、彼は dスクールに特別研究員として在籍しつづけ、やがてはエグゼクティブ教育ディレクターにまでなった。
思い直したことはないのかと聞かれると、彼はこう答えた。
「いえ。
今の状況に満足しています。
自宅にいても楽しく安らげるようになりましたし。
それは私にとって何より貴重なことなんです」。
現在、ジェレミーの情熱は仕事ぶりに表われている。
彼は dスクールでもっとも優秀な教師のひとりとして広く知られている。
ジェレミーは最近、自分が生計を立てている活動を説明するのに「仕事」という言葉を使わなくなったことに気づいた。
友人から電話があって、今何をしているのかと聞かれると、彼は「スタンフォードにいる」とか「 dスクールでうろちょろしているところだよ」と答える。
だが、「仕事をしている」とはめったに答えない。
そして、これこそが重要なのだ。
仕事といっても、義務としての〝仕事〟である必要はない。
どんな活動にも、情熱、目的、意味を見出すことはできるはずだ。
そして、そう見方を変えれば、無限の可能性が開けるのだ。
ボーイングはうんざり デイヴィッドは大学を卒業した直後、「良くは見えるけど、良いと感じられない」仕事に就いた。
彼は 1970年代にカーネギーメロン大学で電気工学の学位を取得して卒業すると、シアトルにあるボーイング社で 747ジャンボ・ジェットを開発するエンジニアリング関連の職を得た。
それは誰もがうらやむ仕事だった。
当時、ボーイングはアメリカでもっとも権威あるメーカーのひとつと考えられていた(もちろん今でも)。
私たちの父親は最後まで航空業界で勤め上げたので、デイヴィッドがボーイングに就職したのは、両親にとっても願ってもないことだった。
ただ、ひとつだけ問題があった。
デイヴィッドは仕事がイヤでたまらなかったのだ。
部屋いっぱいの 200人のエンジニアが製図台の前で背を丸め、蛍光灯の下でせっせと作業に励む環境に、彼はなじめなかった。
彼が「ライツ&サインズ」(照明と標識)グループ所属の機械エンジニアとして取り組んでいた最大のプロジェクトは、 747型機の洗面所の「使用中」というサインの開発だった。
それはチーム・プレーヤーとしての彼の強みを活かせる仕事ではなかったし、本当にしたい仕事への足がかりになるとも思えなかった。
地位や報酬という点では確かにいい仕事だったが、デイヴィッドはうんざりしていたし、ちっとも楽しくなかった。
デイヴィッドの仕事に憧れるエンジニア志望者が何千人といるという事実も、申し訳ない気持ちを募らせるばかりだった。
結局、デイヴィッドは仕事を辞めた。
自分にとってはつまらない仕事でも、製図台を引き継いだ次のエンジニアにとっては、心から満足できる仕事であってほしいと願いつつ。
私たちふたりが IDEOの仕事に対して感じている情熱と、デイヴィッドがボーイングで感じていた重苦しい義務感は、昼と夜くらい対照的だ。
部屋いっぱいの他人の中で孤独を感じる代わりに、私たちは常に生き生きとして変化しつづける多様な環境の中で、友人や家族と仕事ができている。
そして何より、仕事でありのままの自分をさらけ出すことができる。
そのおかげで、より有意義な貢献ができるのだ。
労働? キャリア? それとも天職?(注 4) イェール大学経営大学院で組織行動学を教える准教授のエミー・ウェズニスキーは、仕事生活について幅広く研究するため、さまざまな職業の人々を調査してきた。
その結果、人々は自分の仕事を「労働」「キャリア」「天職」の3つのうちのどれかととらえていることがわかった。
この違いは重大だ。
仕事がただの「労働」にすぎない場合、ちゃんと給料はもらえるが、ほとんど週末や趣味だけのために生きていることになる。
仕事を「キャリア」ととらえている人々は、昇進や成功を目指し、より見栄えのする肩書き、大きなオフィス、高い給料を得るために長時間働く。
つまり、より深い意義を追求するのではなく、目標をひとつずつ実現していくことに専念するわけだ。
一方、仕事を「天職」と考える人々は、仕事を単なる手段とみなすのではなく、心からのやりがいを感じている。
つまり、職業としてやっていることに、個人的な充実感も抱いているのだ。
そして、そういう仕事は、より大きな目的に貢献している意識や、より大きなコミュニティに属している感覚をもたらすので、有意義であることが多い。
ウェズニスキーが指摘するように、「天職」(訳注:英語では callingで、「神のお召し」という意味もある)という単語はもともと宗教に由来するが、仕事という世俗的な文脈でも同じような意味がある。
つまり、より価値の高いもの、自分より大きなものに貢献しているという感覚だ。
しかし、仕事を労働ととらえるのか、キャリアととらえるのか、それとも天職ととらえるのかは、仕事をどう見るかによって決まる。
必ずしもその職業自体の性質によって決まるわけではない。
たとえば、 1990年代初頭、トムの妻のユミコは、ユナイテッド航空の国際客室乗務員として働いていた。
人生の大半を日本で過ごしたユミは、客室乗務員を国際的で名誉のある仕事と信じて育った。
ユナイテッド航空に勤めるあいだ、その信念はいちども揺らいだことはなかった。
確かに、仕事でへとへとになることもあるし、ストレスの溜まる労働環境でもある。
しかし、彼女は自分を空の上の世話役だととらえていた。
彼女は乗客に有意義な空の旅を楽しんでもらう手助けがしたかったのだ。
トムは、あるクリスマスの朝、ソウル発の便でいちどだけ彼女の仕事ぶりを見たことがある。
長距離便の乗客全員に満面の笑みで挨拶し、生き生きと客室を動き回り、ときどき立ち止まっては幼児を楽しませたり、出張客と雑談したりしていた。
ほかの人が機械的で苦労の多い「労働」ととらえる仕事でも、ユミは他者の生活に良い影響を与えられる仕事だと感じていたのだ。
何が言いたいのか? あなたのキャリアや地位に関していちばん重要なのは、他人が付ける価値ではない。
あなた自身が自分の仕事をどう見るかだ。
大事なのは、あなた自身の夢、情熱、天職なのだ。
IDEOのパートナーであるジェーン・フルトン・スーリは、問題の解決から予防へと視点を切り替えたとき、天職を見つけた(注 5)。
ジェーンはもともと、怪我や死亡事故につながる製品設計上の欠陥を突き止める研究者だった。
芝刈り機はどのように利用者を傷つけるのか? 車の運転者はどうして近づいてくるオートバイに気づかないのか? メーカーが製品を安全に使えるよう最善の工夫を凝らしているにもかかわらず、馬力の強い道具やチェーンソーが事故を引き起こすのはなぜなのか? 科学的な事後分析を何年も繰り返すうちに、ジェーンは毎回毎回、手遅れになってから〝事件現場〟に到着することに嫌気が差すようになった。
そこで、彼女は劣悪な製品の観察を通じて培った調査スキルを活かし、優良な製品の開発に力を貸せる仕事を探そうと決意した。
彼女は新しい役職に就くと、デザイナー陣とチームを組み、誰にでも使える釣り具、より快適なベビーカー、より直感的に使える医療用具を開発した。
彼女の会社には、問題を突き止めるのが得意な優秀な技術的頭脳の持ち主はすでにたくさんいた。
しかし、ジェーンはどの解決策でも、常に利用者のニーズを最優先した。
もちろん、分析的な仕事にも知的好奇心をくすぐられたが、彼女にとっては創造的な仕事の方がずっと充実感があった。
そして、彼女の人間中心のデザインは、共感の価値を十分に実証し、会社の DNAに刻み込まれた。
時には、自分の専門分野を新しい視点で眺めることで、状況が一変することもある。
ただし、自分の仕事に情熱があるというだけで、仕事がラクになるとはかぎらない。
自分の役割を見直すためには、いっそうの汗と努力が必要なこともあるのだ。
モバイル決済会社「スクエア」のデザイン調査担当者であるエリック・モガは昔、プロのユーフォニアム奏者になるのが夢だった。
子どものころ、彼はそのチューバに似た金管楽器を舞台上で演奏するのが大好きだった。
ところが、彼は退屈でつらい練習が大嫌いだった(注 6)。
楽曲をマスターするために、同じ曲を何度も何度も演奏するのに耐えられなかったのだ。
高校時代、彼は名チェリストのヨーヨー・マの演奏を見学した。
幸運にも、彼は学生を代表して、その伝説的なクラシック音楽家に質問をする機会を得た。
エリックはそのときに聞いた質問を思い出すと、苦笑いを浮かべる。
「プロの音楽家になって、もう練習する必要がないなんて、晴れ晴れとした気分じゃありませんか?」 ヨーヨー・マは一瞬だけ間を置いたあと、エリックに悪いニュースを伝えた。
業界のトップまでのぼり詰めたずっとあとも、ヨーヨー・マは 1日 6時間は練習を続けているというのだ。
エリックはがっくりした。
しかし、ヨーヨー・マの教訓は私たち全員へのメッセージでもある。
情熱があれば努力がいらない、なんてことはないのだ。
むしろ、情熱があればこそ努力が必要だ。
しかし、最後にはきっと、努力した甲斐があったと感じる日が来るだろう。
情熱を求めて転身する デイヴィッドはもともと、法科大学院の学生をより視野の広い弁護士に、 MBAの学生をよりイノベーティブなビジネスパーソンにする手助けを行なうのが、
dスクールの役目だと思っていた。
そして、それは事実だ。
しかし、時に私たちは、 dスクール出身の学生たちが創造力に対する自信を手に入れ、別の分野へと転身するのを見て、驚くこともある。
その典型的な例が、生物物理学の博士候補生のスコット・ウッディだ。
4年間、モーター・タンパク質や DNAの点突然変異について基礎研究を続けてきたスコットは、実験室にいい加減うんざりしていた。
「僕はひとつの研究にひとりきりで取り組んでいました。
そして数カ月おきに一息つき、誰かと会話を交わすのですが、すぐにまた元の環境に戻っていくんです」と彼は話す(注 7) 。
「まるで雄バチですよ。
自分の狭い研究範囲の外側にある物事は考える余裕がないような感じで、いよいよ精神的にまいりはじめたんです」。
この心の落ち込みから抜け出すきっかけを探して、彼は実験室からなるべく遠いところにインスピレーションを探しはじめた。
英文学セミナーやシンクロナイズド・スイミングのクラスに通うこともあった。
そんなとき、彼はあるビジネス・ワークショップで「クリエイティブ・ジム」という dスクールのスタジオ・クラスの噂を聞いた(注 8)。
クリエイティブ・ジムの目的は、多種多様な経歴を持つ人々に、創造力の筋肉を鍛えてもらうことだ。
1回 2時間のクラスでは毎回、「見る」「感じる」「始める」「伝える」「作る」「結びつける」「進む」「統合する」「刺激する」といった、創造性の基礎能力を磨くための実践的な演習を次々と行なう。
その中には、遊び心あふれる演習や一見するとくだらない演習(たとえば、実際に身に付けられるジュエリーを、テープを使ってジャスト 60秒間で作る演習)もあれば、非常に難しい演習(たとえば、正方形、円、三角形のみを使って嫌悪を感じる瞬間を表現する演習)もある。
このクラスの目標は、自分の直感にもっと耳を傾けてもらい、周囲の環境に対する意識を高めてもらうことだ。
「僕はかなり大人しいタイプなのですが、あのクラスはずいぶんと楽しめました」とスコットは言う。
「あのクラスにいるときだけは、少しハメを外して、好き放題できたんです。
毎週、あの授業がいちばんの楽しみでした。
クリエイティブ・ジムは、分析的な能力ばかりを磨くうちにずっと閉まりっぱなしになってしまった創造力の扉を、いくつも開けてくれたんです」 クリエイティブ・ジムのクラスを修了すると、色々なアプローチを探ることはもう怖くなくなった。
彼はうまくいく自信のない物事、成功する保証のない実験でも、積極的に挑戦するようになった。
「多くの人は、新しいアイデアやスキルを開拓する勇気がありません。
ですから、行動するだけでも、 99パーセントの人々よりは勝るわけです」とスコットは言う。
実験室に戻った彼は、毎週のミーティングの新しい形態を提案した。
それまでは、誰かひとりがパワーポイントのデッキを使って 1時間の発表を行なうのが常識だったが、彼は気楽な話し合いを促すため、全員が 1枚ずつスライドを準備して、最新の情報を手短に説明することを提案した。
その後、彼は起業やエンジニアリングの経験なしで、「ローンチパッド」クラスに申し込んだ(アクシャイとアンキットが「パルス・ニュース」を開発した例のクラスだ)。
彼が就職活動中の友人にヒントを得て最初に考えた起業のアイデアは、色々な職に応募する際に使うレジュメのカスタム・バージョンが作れるツールを開発するというものだった。
彼はクラスに合格する確率を高めるため、売り込み文句を磨くことにした。
そこで、カリフォルニア州ペタルーマの大通り沿いの建物を戸別訪問し、経営者に突撃インタビューを敢行し、採用プロセスについて情報を集めた。
「さんざんでしたよ」と彼は笑う。
「ひとつ目に、ほとんどの人は口も利いてくれませんでした。
ふたつ目に、僕自身がものすごく緊張してしまったんです」。
無事クラスに合格すると、彼は今まで経験したことのない物事に挑戦しつづけた。
クラスに招かれたベンチャー・キャピタリストにアイデアを発表する。
潜在顧客にインタビューする。
自分のデザインをすばやく繰り返し改良する。
創造力に対する自信を手に入れ、科学研究は自分の天職ではないという確信を日に日に強めていくと、彼は新しい大胆な道へと歩み出す勇気を得た。
名誉ある生物物理学の博士号を取得するまであと 1 ~ 2年というところで、彼は実験室を離れ、博士課程を中止し、企業の人材獲得方法を一新するスタートアップ企業を設立することを決意した。
実家では、その知らせを聞いた両親が猛反対していた。
スコットの母親は、彼の決断が間違っていると信じきっていた。
スコットにとっては聞くのがつらい言葉だった。
というのも、母親の賛成があってもなくても、そうすると決めていたからだ。
1カ月後、決意を知らされてから初めて息子と対面すると、母親はすっかり心を改めた。
息子の表情は、もう何年も見たことがないくらい幸せそうだった。
母親は「あなたの決断は間違っていないわ」と伝えた。
2年後、スコットはベンチャー・キャピタルの融資を受け、スタートアップ企業「ファウンドリー・ハイアリング」を設立、 CEOに就任した。
企業の人材獲得プロセスの管理や分析をサポートする会社だ。
スコットは後ろを振り返ったりはしないと話す。
「仕事はつまらないもの、仕事はあくまで仕事なのだと思っていました。
でも僕は今、大好きで楽しい仕事をしているんです」 ジェレミーやスコットのように、創造力に対する自信を得て宙返りした人々は、新しい展望について話すとき、今までにない楽観主義や勇気に満ちた表情を浮かべる。
世の中には、以前のスコットのように、ずっと仕事について意識的に不満を抱えている人もいる。
しかし、私たちが出会うほとんどの人は、仕事への不満をはっきりと意識しているわけではない。
ただ漠然と、やり方を変えられればもっと大きく貢献できるのにと思っている。
仕事で本来の自分の半分しか出せていないと思っているのだ。
しかし、ハートを優先すれば──つまり仕事の中に情熱を見つければ──、心の中に蓄えられたエネルギーや情熱を活かし、解き放つことができる。
そのためには、生活の中で自分が生き生きしていると感じる瞬間を書き留めるのもひとつの方法だ。
そのとき何をしていたのか? 誰といたのか? どんな点に喜びを感じたのか? ほかの状況で同じ要素を再現できないだろうか? 追求したい分野がいくつか見つかったら、その分野でクリエイティブな体験の幅を広げるための小さな行動を、 1日ひとつだけ行なってみよう。
スイート・スポットを見つける 情熱と可能性のスイート・スポットについて非常に説得力のある説明をしているのが、ベストセラー・ビジネス書の『ビジョナリーカンパニー』シリーズの著者であるジム・コリンズだ。
何年も前、『ビジョナリーカンパニー 2』が発売される直前のトーク・イベントで、トムは彼にばったり出くわした。
ジムはトークで、パワーポイントもホワイトボードも使わずに、3つの円が重なり合うベン図を空中に描きはじめた(注 9)。
そして、頭の中に絵を描きながら話に付いてきてほしいと聴衆に伝えた。
3つの円は、あなたが自問すべき3つの質問を表わしている。
あなたの得意なことは? あなたがお金を稼げることは? あなたは何をするために生まれたのか? 得意なことだけに専念していれば、ばりばりとこなせるけれど充実感のない仕事に行き着くかもしれない。
ふたつ目の円に関しては、「好きなことをしなさい。
そうすればお金は自然と付いてくる」とよく言われるが、文字どおり受け取ってはいけない。
デイヴィッドは自宅の工作室の上にあるスタジオでモノをいじくるのが好きだし、トムは世界じゅうを旅して色々な文化に触れるのが夢だ。
今のところ、これらの活動に報酬を払ってくれるという人に出会ったためしがない。
3つ目の円──何をするために生まれたのか──は、心からやりがいを感じる仕事を見つけるという意味だ。
究極の目標は、得意であり、楽しむことができて、おまけに給料をもらえる仕事を見つけることだ。
そしてもちろん、好きな人々や尊敬する人々と仕事をすることも大事だ。
その日の聴衆はみんな、同じ質問をしたくてうずうずしているようだった。
「何をするために生まれたのか」なんてどうすればわかるのか? その答えのカギを握るのは、ポジティブ心理学の分野の専門家であるミハイ・チクセントミハイのいう「フロー」だ(注 10)。
フローとは、活動そのものに完全に没頭していて、時間がいつの間にか過ぎ去っているように感じるクリエイティブな心理状態だ。
フロー状態にあるときは、周囲の状況が見えなくなり、完全に活動に集中している。
フローの感覚を生み出す物事を見つけるため、ジム・コリンズは自分で考えたユニークな自己分析を用いた。
彼は幼いころオタクであり、少年時代は実験ノートを取り出してよく科学的な観察結果を書き留めたものだった。
虫をつかまえ、瓶に入れ、何日間も観察し、虫の行動、食べたもの、動きをノートにひとつ残ら
ず記録していった。
大人になると、彼はヒューレット・パッカードでなかなかの仕事を得たのだが、満足できなかった。
そこで、彼は昔よくやった方法に立ち返ってみた。
少年時代に使っていたのと同じ実験ノートを 1冊買い、タイトルに「ジム虫」と書いた。
それから 1年以上、彼は自分自身の行動や仕事ぶりを細かく観察した。
1日の最後に、その日の出来事だけでなく、 1日の中で最高の気分だった出来事も書き留めた。
そうして 1年以上、実験ノートをつけつづけると、あるパターンが浮かび上がった。
彼は複雑なシステムに取り組んでいるときや、人に何かを教えているときが最高に楽しかったのだ。
そこで、彼はシステムについて誰かに教える仕事をしようと決意した。
彼はヒューレット・パッカードを辞め、学界の道を選んだ。
こうして、ジムは自分自身を成功に導く魔法の公式を見つけたわけだ。
しかし、彼の残した最大の宝物とは、自分の宝物を見つける道具を私たちみんなに与えてくれたことなのかもしれない。
1日に点数を付ける 2007年末にがんの治療を無事に乗り切ると、デイヴィッドは文字どおり第二の人生を与えられた気がした。
彼は精神科医の C・バー・テイラー医師のアドバイスに従い、とてもシンプルな方法を実践しはじめた。
1日の出来事を振り返り、日々の生活をより豊かにする方法を探すのだ。
まず、毎晩の就寝前に、 1日の感情の浮き沈みをざっと振り返る。
次に、楽しさを基準に、 1日を 1点から 10点までで評価し、カレンダーに書き込む。
数週間分のデータが集まったら、 C・バー・テイラー医師と一緒にカレンダーを見ながら日々を振り返り、得点に影響する活動を見つけるのだ。
その結果、意外なパターンが見つかった。
1 ~ 2時間、自宅のスタジオ・スペース──納屋の上にある木造りの屋根裏──にひとりきりでこもっていた日が、デイヴィッドにとっては充実して楽しい日だったのだ。
特に、スタジオで大好きな音楽を大音量でかけながら、金属のブレスレット、オリジナルの木製家具、パピエマシェのハロウィーン衣装などを作っていた日には、得点が急上昇した。
こうして、彼は仕事とプライベートの両方で、満足感や達成感がもっとも得られる活動を突き止めていった。
また、満足感の低い活動も突き止めた。
そのうえで、得点の高い活動を増やし、得点の低い活動をやめるようにしたのだ。
これは非常に単純なプロセスだった。
それでも、意外な真実を知り、行動を変えるきっかけになった。
今までわからなかった自分自身に関する新しい気づきが得られたわけだ。
ぜひみなさんも、あなた自身が満足感や充実感を抱ける物事を突き止めてみてほしい。
そして、そういう物事をもっと生活に取り入れる方法を探してみよう。
ほかの人を助けるのでも、運動を増やすのでも、もっと本を読むのでも、ライブ・コンサートに行くのでも、料理教室に通うのでもいい。
IDEOのあるデザイナーは、スケジュール帳に楽しい瞬間、不安な瞬間、悲しい瞬間を表わすシールを貼っていた。
その現代版は簡単に見つかる。
たとえば、ムード・マッピング・アプリを使えば、日々の感情の浮き沈みを記録できる。
そうすれば、どの活動を増やすべきなのか、どの活動を何としてでも避けた方がいいのかがわかる。
この〝ムード・メーター〟は、仕事とプライベートの両方について考えるのに役立つだろう。
自分自身に関して新しい気づきを得るのに、難しいことをする必要はない。
毎日、「最高の気分だったのはいつだろう?」「仕事にもっともやりがいを感じたのは?」と自問する時間を設けよう。
そうすれば、仕事を豊かにする役割や活動を増やすきっかけになるし、最高の喜びや充実感が得られる物事がわかるはずだ。
本業以外の活動を試してみる 自分が何をするために生まれたのか、何が得意なのかは、どうすればわかるのか? ひとつ考えられるのは、空き時間を使って自分の関心事や趣味を追求するという方法だ。
ピアノを習うのでも、子どもとレゴでロボットをデザインするのでもいいから、新しい週末の活動に精を出せば、 1週間をより生き生きと過ごせるだろう。
時に、週末の活動は同僚にも刺激を与える。
私たちが一緒に仕事をしてきた会社でも、従業員が集まってランニングや読書会を始めたり、昼食時に今ハマっている活動や趣味の〝ハウツー〟を 3分間ずつレクチャーしたりするケースがどんどん増えている。
IDEOの場合、週末の趣味が職場にまで浸食し、サイクリングやヨガといった活動をするグループも生まれている。
さらに、知識共有のための特別セッションも頻繁に行なっている。
たとえば、強烈な匂いのチーズが大好きなエンジニアが主催する「カマンベール・チーズの作り方」講座もあれば、イタリアでジュエリー・デザインを学んだ「トーイ・ラボ」グループのメンバーが教える「ジュエリー制作」講座もある(注 11)。
本業以外の活動は、それ自体やりがいのあるものだが、職場で創造力を発揮するきっかけになることもある。
だから、週末の趣味と仕事生活をオーバーラップさせる方法がないか、探ってみよう。
たとえば、スクラップブック作りや動画の編集が趣味なら、そのスキルを活かして、職場でより説得力のある資料を作れるかもしれない。
趣味と仕事を結びつけるには、ある程度の創造的思考や努力が必要だが、あきらめなければ自然とその機会が開けることもある。
新しい分野で興味や能力を見つけるには、空き時間であれ仕事中であれ、色々な活動を試した方がいい。
プロトタイピングの原則は、新しい役職を試すときにも使える。
すばやく小さな実験は、その努力に見合う最高の価値がある。
劇的な変化や全力投球の前に、別の分野や役職を味見してみる。
色々な活動を試してみて、どれがいちばんしっくり来るかを確かめる。
新しい職務を試してみたいと上司に相談する。
別の部門の仲間に手を貸す。
この短期間の活動のあいだ、自分が生き生きとしていた瞬間や、最高の状態だと感じた瞬間を覚えておこう。
あくまでも、これは実験だ。
1回目に試したことが好きになれなくても、がっかりしないこと。
それぞれの活動のどこが気に入ったのか、どこが違えばもっと良かったのかを振り返り、その情報を活かして次の活動を決めよう。
人生やキャリアをひとつの創造プロジェクトととらえるようにすれば、無数の可能性が開けてくるかもしれない。
色々な役割を試すうちに、自分が意外な役割に惹かれていると気づくこともあるだろう。
ほかの人が退屈だとかイライラすると感じる仕事を愛してやまない人々はたくさんいる。
ほかの人を喜ばせるのが大好きなホテルのホスピタリティ・マネジャー。
渾沌から秩序を導き出すことに誇りを感じている税理士。
株式市場を複雑怪奇なパズルととらえているオプション・トレーダー。
そんな彼らも、何も試さなければ、その仕事に密かな情熱を見出すことはできなかっただろう。
新しい役割を探すときには、面白そうな仕事関連のプロジェクトに参加する──または自分で提案する──のをためらってはいけない。
そのプロジェクトがどう化けるかはわからないのだ。
そして、その分野の経験が足りないと上層部の人々に思われているなら、まずは仕事以外でスキルをアピールしよう。
「仕事で求められていることはきちんとこなすけれど、情熱のあるプロジェクトにも取り組みたい」という熱意を見せれば、強力なアピールになる。
たとえば、トムは初の著書『発想する会社!』をほとんど夜と週末だけで書き上げた。
ひとえに彼は文章を書くのが好きだったし、当時学んだイノベーションの物語や教訓を書き残しておきたいと思ったからだ。
個々の仕事関連のプロジェクトで培ったスキルに、幅広い応用が見つかることは決して珍しくない。
ほんの少しの運と強い忍耐力さえあれば、楽しい副業がだんだん本業に変わっていくこともある。
たとえば、ダグ・ディーツが開発した G Eの「アドベンチャー・シリーズ」は、最初に取り組んだときは彼個人の熱狂的な副業にすぎなかったが、のちに彼の本業になった。
トムは著書『イノベーションの達人!』で、大手食品会社「クラフトフーズ・グループ」のサプライ・チェーン担当責任者のロン・ヴォルペのエピソードを紹介
紹介している。
ロンは主要クライアントのセーフウェイと共同のイノベーション・プロジェクトを開始した。
その目的は、セーフウェイの倉庫や店舗におけるクラフトフーズ商品の複雑な流れを管理する新しい方法を考えることだった。
このプロジェクトは当時のロンの役割からすればほんの一部にすぎず、彼自身も新しいコラボレーション方法に関する実験としか考えていなかった。
しかし、このプロジェクトは運営面で数々の飛躍をもたらし、セーフウェイやスーパーマーケット業界全般から高い評価を受けた。
こうして、ロンはクラフトフーズの世界じゅうのチームにイノベーションを広めることに次なるキャリアを捧げることになった。
ロンはたちまちサプライ・チェーン・イノベーション担当カスタマー・ヴァイス・プレジデントとなり、 6大陸の多種多様な顧客とパートナー関係を築く新しい方法を探すようになった。
彼の最近の話によれば、この新しい役割のおかげで、今まででいちばん楽しく、面白く、やりがいのある仕事ができるようになったという。
創造力に対する自信を小売業者との関係に活かすことで、彼自身も顧客も、日々の取引という枠組みを超え、より大きくて持続可能なものを、力を入れて作れるのだという(注 12)。
ロンは会社を辞めなくても、個人的な面でも仕事の面でも生まれ変わることができた。
熱意、楽観主義、意志だけで、職場での実験からやりがいのある新しい役割が得られたのだ。
勇気を出してジャンプする 誰もが莫大な創造力を秘めている。
しかし、私たちの経験からいえば、仕事や生活でそれをうまく活かすには、さらに別のものが必要だ。
それはジャンプする勇気である。
勇気を何度も奮い起こさなければ、潜在的な創造力はやがて消えていってしまうだろう。
インスピレーションから行動へとジャンプするためには、小さな成功の積み重ねが大事だ。
第一歩を踏み出すことへの恐怖のせいで、プロジェクトの開始地点で足踏みをしてしまうのと同じように、私たちはずっしりとのしかかる現状の重みのせいで、大きくキャリアを修正するのをためらってしまうのだ。
みなさんも、「私なら作家になれたはずなのに」とか「医療業界で働けたらなあ」という思いを抱いていたのに、そこで立ち止まってしまった経験があるかもしれない。
しかし、第一歩を十分に小さくすれば、目標に向かって少しずつ進むことはできる。
必要なのは、その第一歩を踏み出すことなのだ。
小さな一歩から始めた企業のマネジャーとして思い出すのは、電気、医療、文具、清掃などさまざまな分野で製品を開発する 3M社のモニカ・ヘレスだ(注 13)。
私たちが初めてモニカに会ったのは、数年前にドミニカ共和国で開かれたイノベーション会議でのことだった。
モニカはずっと、出世するためには自分の創造性を抑えなければならないと感じていた。
しかし、彼女はデザイン思考や 3Mの成長志向リーダーシップ・クラスに刺激や自信をもらい、行動の旋風となった。
3Mのフロアケア部門のグローバル・ポートフォリオ・マネジャーとして、彼女はイノベーション関連の書籍、ビジネス誌、数種類の日刊紙をむさぼるように読み、新しいインスピレーションの源を探した。
毎週、大手百貨店チェーン「ターゲット」の近所の店舗を訪れ、通路をくまなく歩いては、飲料や口腔ケアといった 3Mとは縁もゆかりもない商品カテゴリーから、新しいアイデアを得ていった。
また、 3M社内の技術パートナーとチームを組み、デザイン、技術、マーケティング、ビジネス、コンシューマー・インサイト、製造のスキルを持つ人を集め、分野の枠を超えたチームを築いた。
彼女の 3Mのオフィスは、無数の商品、プロトタイプ、ポスト・イットで埋め尽くされた。
まるでデザイン・スタジオのようだった。
もともと、モニカには実地調査の予算は与えられていなかった。
それでも、彼女は立ち止まらなかった。
彼女は 4人の子どもを持つ大忙しの母親だった。
そのため、一般家庭が散らかった家をどう片づけるのかについて調べる機会がいくらでもあった。
彼女はプロに頼んで自宅を掃除してもらい、携帯電話のカメラを使って、掃除の様子を撮影した。
こうして撮影したビデオには、潜在的なビジネス・チャンスが山ほど眠っていた。
そこで、モニカは世界 20カ国の 3Mチームに、同様のビデオを撮るよう依頼した。
「私の心はすっかり大きくなりました」とモニカは笑いながら言った。
「私は生まれ変わったんです」 それまで、モニカはいちども、自分が特許を申請するようなクリエイティブな人間だと思ったことはなかった。
しかし、彼女はこの 1年間で、 10を超える特許を申請している。
3Mの主なイノベーション指標に、「新製品活力指数」( New Product Vitality Index、略して NPVI)というものがある。
これは、会社の売上全体のうち、過去 5年間で発売された製品の占める割合を追跡する指標だ。
モニカの事業部門の NPVIは、会社全体の昨年の平均値の実に 2倍だった。
彼女は 3Mの消費者&オフィス・ビジネス部門のヒスパニック市場リーダーに昇進し、企業の新しいリーダーたちのお手本とみなされるようになった。
クリエイティブな貢献をする自信を手に入れた彼女は、今までよりも仕事を楽しみ、 3Mに高い価値を届け、周囲の人々の模範になることができたのだ。
モニカがインスピレーションを影響力へと変えられたのは、第一歩を踏み出す勇気と、最後までやり遂げる粘り強さがあったからだ。
私たちの経験からいえば、声を出して誰かに宣言するだけでも、新しい道へと歩み出すのには有効だ。
ぜひみなさんも、人生をどう変えようとしているのか、友人に宣言してほしい。
建設的で継続的なサポートを与えてくれる人々に宣言すれば、いっそう効果的だ。
絶対にできないと思うものは、もうない 人生を単なる義務から真の情熱へと変えたいなら、まずは現状が唯一の選択肢ではないと認めることだ。
生き方や働き方は変えられる。
失敗を新しい物事に挑戦するためのコストととらえよう。
挑戦して失敗するのを恐れてはいけない。
最悪なのは安全策を取ること。
慣れ親しんだ現状にしがみつき、何にも挑戦しないことなのだ。
ローレン・ワインスタインはずっと、法科大学院のクラスメイトとは気が合わないと感じていた(注 14)。
クラスメイトたちは良い成績を取ることや判例を丸暗記することしか頭になく、いつも「前例からするとどうだろう?」としか考えていないように見えた。
もちろん、ローレンは法の支配の重要性を理解していた。
しかし、ふと気づくといつも別のことが気になっていた。
この訴訟の当事者はどんな人物だったのか? その人の生い立ちは? それは訴訟の結果に影響を及ぼしうるだろうか? 彼女がこのような疑問を口に出すと、決まって仲間たちに変な目で見られるのだった。
彼女は初めて dスクールのクラスを受講したとき、何もかもがとても異質に感じたが、同時にとても開放的な気分になった。
〝正解〟を導き出すために判例法を丸暗記するのではなく、実験し、より良い解決策を求めて改良を繰り返すことができる。
自分を抑える必要もないし、〝間違った〟答えを出す心配もない。
まるで肩の荷が下りたような気分だった。
クラスを受講する前、ローレンは自分自身を「少しクリエイティブ」な人間だと思っていたが、いざ自分の考えを主張する段になると、びくびくして煮え切らない態度になってしまう自分にも気づいていた。
グループ形式のアイデア創造セッションで、 100のアイデアを出すよう課せられると(たとえば、ベビーブーム世代向けの画期的な退職オプションなど)、彼女は自分がクリエイティブで、不確実性に対処する力を持っており、周囲の世界を変えられることを証明した。
この自信は最初、教室の中で花開いた。
しかし、やがては法廷にも少しずつ浸透していった。
dスクールのクラスを受講していたころ、彼女はパロアルト裁判所で開かれる模擬裁判で、裁判官と陪審員の前で主張を行なう準備もしていた。
裁判は電車に轢かれた建設作業員に関するもので、ローレンは犠牲者側の立場を主張することになった。
状況が不利なのはわかっていた。
これまで、この裁判で原告側が勝訴したケースは 1回もない。
鉄道会社側に有利な事実が揃っていたからだ。
今までの模擬裁判では、まったく同じ内容がまったく同じように提示され、結果は毎回同じだった。
そこで、ローレンは新しいアプローチを考えた。
その計画を裁判のパートナーに打ち明けると、相手は何とか思いとどまらせようとした。
でも、彼女の決心は固かった。
最終弁論で、彼女は陪審員席に詰め寄り、目を閉じてほしいと陪審員たちに伝えた。
「悪夢を見ていると想像してください。
その悪夢の中で、あなたは猛スピードで走る列車に閉じ込められています……」。
彼女は電車の乗客だけでなく、轢かれた男性の視点からも、状況を想像させた。
裁判はもはや、事実や判例の単純な朗読ではなくなっていた。
建設作業員の体験にスポットライトが当てられたのだ。
最終的に、陪審員は彼女に有利な評決を下した。
裁判官はのち
に、この模擬裁判で過去最高の弁論だったと話した。
彼女はいったいどうやって、今までとはまったく違うアプローチを試す勇気を奮い起こしたのか? そう問われると、彼女は創造力に対する自信を手に入れたことがその一因だと答えた。
「私にとって、怖いと感じるもの、絶対にできないと思うものは、もう何もないんです」と彼女は話す。
このような可能性は、どの職業のどの年齢の人にも開かれている。
たとえば、 40年間の教職経験を持つ 5年生担当のベテラン教師、マーシー・バートンを例に取ろう(注 15)。
彼女は子どもからどんどん創造性が失われていく現状に無力感を抱き、 dスクールのデザイン思考ワークショップの門を叩いた。
ワークショップを終えるころには、次世代のリーダーを育てるために、新しいことを試す覚悟ができていた。
マーシーは自分が教えるカリキュラム全体を一から組み立て直し、州の定める学習指導要綱をデザイン思考の課題へと編成し直した。
マーシーの次の歴史の授業では、子どもたちはただ黙ってイスに座り、アメリカの植民地化の話を読んでいたわけではなく、机をひっくり返し、アメリカ大陸という新世界に旅立つ船に乗り込んだ。
ただ黒板で数学の問題を解いたわけではなく、数学力を使って、アメリカ植民地のミニチュアを作るのに必要な縮尺模型の大きさを正確に計算した。
その結果、生徒たちの標準テスト・スコアが著しく上昇しただけでなく、親たちはもっと重大な変化にも気づいた。
子どもたちは自宅でより的確な質問をするようになり、周囲の世界とより積極的にかかわるようになったのだ。
もちろん、創造力に対する自信を活かす機会があるのは教師だけではない。
営業担当者、看護師、エンジニア──クリエイティブになる勇気さえあれば、誰でも新しい方法で問題を解決できるのだ。
「良くは見えるけど、良いと感じられない」ような立場や仕事から抜け出せずにいるなら、個人的な情熱と職場で実行できる選択肢とのスイート・スポットを探ってみよう。
新しいスキルを学ぼう。
あなたの仕事生活の新しい物語を書きはじめよう。
良く見えるだけでなく良いと感じられる役割を探し、その役割を手に入れるために進みつづけよう。
そこに到達すれば、天職が見つかったと思えるはずだ。
きっと。
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