1 過剰なストレスが全身を壊していく 2 ストレスを感じたときに効くひと言とは? 3 寝不足が続くとダメージを修復できない 4 優良ホルモン「メラトニン」が増える眠り方 5 40分の昼寝で完全回復―― NASAの研究結果 6 ウォーキングだけでストレスは激減する 7 ハマるとやめられない「超正常刺激」の正体 8 スマホの使用時間が長い人ほど不安が大きい 9 デジタル断食は失恋?――ドアッジ博士の見解実践ガイド
1過剰なストレスが全身を壊していく ストレスは人を殺します。
ある朝、目を覚ました妻がいつものようにリビングへ行くと、そこにはソファで冷たくなった夫の姿が。
あわてて救急車を呼ぶも時すでに遅く、夫は大動脈破裂で早朝には命を落としていたことが明らかになります。
解剖や精密検査でも原因はわからず、彼の死は謎のまま処理されることに……。
ここ数年、世界中で似たような悲劇が増えています。
その原因は様々ですが、多くの悲劇に共通するポイントは「過剰なストレス」です。
WHOの推計によれば、心臓麻痺の死亡者は世界で年に 1700万人。
そのうち 25%は激しいストレスによるものと考えられ、近年でも被害者の数は増加し続けています。
私たちの心臓は、メンタルに影響されやすい臓器です。
気持ちが興奮すれば脈拍と血圧は上昇し、睡眠中やリラックス時には脈拍と血圧が下がります。
どちらも人類が進化の過程で獲得してきた生存システムのひとつです。
ところが、精神にストレスがかかった状態だと、心臓のエンジンはふかしっぱなしになり、夜になっても休むヒマがありません。
その結果、心臓や血管に過度の負担がかかり、突然死にいたるのです。
たとえば、あなたが締め切りの近い仕事を先延ばしにしていたとしましょう。
なんとなくネットで時間をつぶしている間にも頭の隅には仕事のプレッシャーがこびりついており、あなたの感情システムは徐々に「脅威」モードに切り替わっていきます。
ほどなく、脳の原始的なエリア(扁桃体)が騒ぎ始め、内分泌系に対策を取るように指示。
これを受けた内分泌系は体の各所にシグナルを送り、アドレナリン、コルチゾール、 ACTHといったストレスホルモンを吐き出させます。
これらのホルモンは、いずれも体を戦闘状態にするスイッチです。
アドレナリンや ACTHが心拍数を上げて外敵の襲撃にも素早く反応できる態勢を整え、コルチゾールは過度の炎症反応で体が動かなくなってしまうのを防ぎます。
このシステムは、原始の社会であればうまく働きました。
ライオンやヒョウに襲われたときは瞬時に全身を興奮状態に切り替え、すぐさま逃げるか戦うかのどちらかを選択。
事態が終わればストレスホルモンは役目を終え、すみやかに体はもとにもどっていきます。
しかし、仕事を先延ばしにしていると、パニックを起こした脳はコルチゾールを増やすように指示を出し続け、少しずつ私たちの体はストレスホルモンに慣れてしまいます。
覚せい剤の常習者に似たような状態です。
いったんこうなると、事態は一気に悪化していきます。
本来ならばコルチゾールが免疫システムのバランスをとっていたのに、もはやブレーキは完全に壊れたも同然。
暴走した白血球が細胞を傷めつけ、やがて心疾患、肥満、老化の促進といった症状が現れ始めます。
最初の小さなストレスがホルモンの連鎖を生み、最後には全身を壊していくわけです。
人体のストレス処理系は、あくまで森やサバンナで出会う緊急の危機に対応するために進化してきたシステムです。
短期的に終わる急性のストレスをさばくのは得意ですが、現代の慢性的なストレスに立ち向かうようにはできていません。
果たして、このミスマッチを解決するにはどうすればいいのでしょうか? 一般的に、病気に対処するには、応急処置と根本治療の 2種類を使いわける必要があります。
たとえば花粉症で鼻水が止まらない場合は、とりあえず短期的には鼻炎薬を飲んで症状をやわらげ、同時に減感作療法などで根気よく体質を改善していかねばなりません。
ストレスも同じです。
仕事の失敗や職場の人間関係といった日々のストレスはとりあえず応急処置でしのぎつつ、並行して柔軟なメンタルを長期的に作り上げていく必要があるのです。
応急処置だけでは大元の問題は解決しませんし、根本治療だけでは成果が出る前に心が折れてしまうでしょう。
そこで本章では、最初に応急処置用のストレス対策法をまとめ、次に根本的な治療法を探っていきます。
もちろん、ここでも使うべきは進化論の視点です。
2ストレスを感じたときに効くひと言とは? 自分が大勢の前でスピーチをする場面を想像してみましょう。
あなたの頭には「セリフを忘れたらどうしよう……」「笑われるかもしれない……」といった思考がうずまき、ほどなく全身にストレス反応が起きます。
アドレナリンのせいで心臓は高鳴り、緊張で手が震えだすかもしれません。
こんな状況で、もっとも応急処置の効果が高いのが「リアプレイザル」です。
名前は難しそうですが、やることは簡単。
スピーチの直前にストレス反応が起き始めたら、「楽しくなってきたぞ!」や「興奮してきたぞ!」と自分に言い聞かせるだけです。
ハーバード大学のアリソン・ブルックス氏は、 300人を集めた実験で「リアプレイザル」の効果を証明しました。
すべての被験者に「スピーチ」「カラオケ」「数学のテスト」などを指示したところ、自分のストレス反応を「楽しくなってきた」とポジティブに解釈したグループは、それぞれ 17 ~ 22%も成績が良くなったのです。
ブルックス博士は言います「私たちは自分の感情をコントロールし、意図的に影響を与えることができる。
自分のストレスをいかに言葉や思考に変換するかで、どんな感情も再構築できるのだ」 たとえば、いきなり道端で知らない人に怒鳴られたとしましょう。
普通なら「なんだこいつ!」と頭に血がのぼる場面ですが、一歩引いて「何か悪いことがあったのかもしれない」などと考え直してみるのも「リアプレイザル」の一種です。
それだけで、ある程度は感情の波がおさまっていくはずです。
「リアプレイザル」が効くのは、そもそも「緊張」と「興奮」の感覚は、どちらも人体の反応という点では変わらないからです。
人前でスピーチをするとき
でも、会社で昇進が決まったときでも、人間の体は同じように心臓が激しく脈打ち、同じようにコルチゾールが分泌されます。
このとき私たちの体は外部の刺激に態勢を整えただけで、その反応を「緊張」と「興奮」のどちらに解釈するかは脳の判断にゆだねられます。
古代の環境を考えてみれば、当たり前の話です。
サバンナで猛獣に襲われたときだろうが、美味そうな獲物を見つけたときだろうが、すぐに行動を起こさねばならない点で両者に変わりはありません。
ここで対処のシステムを2つに分けていたら、反応のスピードが遅くなるだけでしょう。
さらに、リアプレイザルは、使えば使うほどあなたをストレスに強くする性質も持っています。
被験者の脳を fMRIで調べたある実験では、嫌な体験をポジティブに解釈しなおした直後から扁桃体の活動が低下し、「リアプレイザル」が上手くなった被験者ほどネガティブな体験に脳がパニックを起こさなくなりました。
つまり「リアプレイザル」は感情の筋トレとしても使えるわけです。
ただし、この手法はおもに緊急時に使ってください。
いくらストレスの影響は考え方によって変わると言っても、すべてのネガティブな体験をポジティブに解釈できるはずがありません。
緊張する場面で冷静な判断をしたいときや、他人のネガティブな感情に飲み込まれそうなときに使うのがおすすめです。
3寝不足が続くとダメージを修復できない「睡眠負債」という言葉があります。
これは睡眠の量を借金にたとえた表現で、毎日の寝不足が少しずつ溜まっていくと、やがて債務超過に達して様々な疾患を引き起こします。
50年前にスタンフォード大学のウィリアム・デマント氏が提唱したアイデアで、その後も多くの臨床試験で影響の大きさがわかってきました。
睡眠負債が怖いのは、本人も気づかぬうちにじわじわと債務が増えていく点です。
たとえば 1日 30分ずつの寝不足が続いた場合、最初のうちは借入額が少ないので気が楽ですが、放っておくうちに返済できなくなり家計が破綻。
心疾患や鬱病などの症状が出たときは手遅れになります。
このような現象が起きるのは、睡眠に日中のストレスを回復させる働きがあるからです。
私たちが眠りにつくと、脳は 45 ~ 60分以内に完全休憩の状態に入り、骨と筋肉の成長や免疫システムの強化などの作業を行います。
さらに 1 ~ 2時間が過ぎるとレム睡眠に切り替わり、今度は大脳が活動をスタート。
日中の嫌な体験や記憶が呼び起こされ、すべての情報を処理していきます。
一晩寝れば前日の嫌なことを忘れやすいのは、睡眠が記憶を整理整頓してくれるからです。
しかし、長期にわたって睡眠負債が続くと、脳と体が受けたダメージを修復する時間はなくなります。
処理されずに残った疲労やストレスは少しずつ体を破壊し、最終的には手のつけられない炎症に変わるのです。
睡眠負債は自覚がないまま債務がかさむため、改善のためには自分が良質な睡眠を取れているかどうかを判断する必要があります。
そこで参考になるのは、スタンフォード大学が行った系統的レビューです。
過去に出た 277の研究をまとめた労作で、「良質な睡眠を客観的に把握するにはどうすればいいのか?」という問題について、信頼に足る結論を出しています。
専門家の意見が一致した「良質な睡眠」のサインは次のようなものです。
・眠りに落ちるまでの時間が 30分以内・夜中に起きるのは 1回まで・夜中に目が覚めた場合は 20分以内に再び眠ることができる・総睡眠時間の 85パーセント以上を寝床で使っている(昼寝や通勤電車内での居眠りなどの合計が 15%を超えない) この4つをすべて満たすことが「良い睡眠」の最低条件で、ひとつでも当てはまらないポイントがあれば睡眠負債の可能性は高くなります。
以上をふまえたうえで、具体的な対策を見ていきましょう。
4優良ホルモン「メラトニン」が増える眠り方 睡眠の改善において一番重要なのは、ここでもやはり「自然」です。
第 3章で取り上げた「自然フィックス」を実践していれば、あなたの睡眠レベルはすでにある程度まで改善しているはず。
人類は古代から豊富な自然音と木々に包まれながら眠ってきたため、自然のなかにいるだけで、私たちの体は睡眠の質が上がるデザインになっているからです。
2016年、コロラド大学が被験者に冬山で寝起きをするように指示したところ、 2日後に全員のメラトニンが増加する現象が認められました。
メラトニンは体内時計をコントロールし、私たちを自然な眠りに誘うホルモンです。
通常は日が沈んだころから血中濃度が増え始めますが、夜中まで人工照明に照らされたような状況では分泌のタイミングが遅くなることがわかっています。
夜になっても眠れない現代人が多いのは、メラトニンの分泌タイミングのせいです。
自然環境によるメラトニンレベルの改善は、アウトドアで過ごす時間が長くなるほど効果も高くなります。
コロラド大学は 2013年にも似た実験を行っており、キャンプで 1週間を過ごした被験者は、メラトニンの増加タイミングが 2・ 6時間に改善。
さらにキャンプの時期を夏場に変えると、いつもより 4・ 6時間も前にメラトニンの分泌が始まり、体内時計のタイミングが日の出と日の入りの時間に一致しました。
つまり、太陽の運行に体がシンクロし始めたわけです。
研究チームは言います。
「自然の光をたった 2日浴びるだけでも、体内時計は 69%もシフトする。
このデータをもとに、近代の建築は自然光を取り入れるデザインにしたほうがいいだろう」 キャンプ実験の被験者たちは、たった 2日のアウトドアでも普段より 13倍も多く太陽光に当たっていました。
睡眠負債を返したければ、まずは日中に太陽の光を浴びる時間をできるだけ増やしたうえで、夜には室内の照明を限界まで暗くしてみてください。
これに加えて、定期的にキャンプでメラトニンのメンテナンスを行えば、少しずつ負債は減っていくでしょう。
寝室を暗くするには 1級の遮光カーテンを使うのが理想ですが、当面の処置としてはアイマスクと耳せんでもかまいません。
「睡眠を改善するアイテムはなにか?」という疑問について調べたコクラン共同計画のレビュー論文でも、耳せん、アイマスク、マッサージ、アロマテラピー、リラックス音楽のなかで効果が認められたのはアイマスクと耳せんだけでした。
それ以外の方法については、はっきりしたデータが出ていません。
アイマスクと耳せんを同時に使うと、睡眠中のストレスホルモンが下がり、逆にメラトニンの量が増えていきます。
アロマやマッサージのリラックス効果を否定するわけではないものの、現時点ではこの2つを使うのが確実です。
また、定期的にアウトドアに行くのが難しい場合は、メラトニンのサプリを飲むのも手です。
ホルモン剤の一種なので効果はとても大きく、コクラン共同計画のレビューでも、騒音や照明のせいで眠れない場合は、アイマスクと耳せんより 1日 1 mgのメラトニンを使ったほうが効果が大きいとの結論が出ています。
ホルモン剤と聞くと怖いかもしれませんが、数多いサプリのなかでもメラトニンは安全性が高い成分です。
6才の児童 44人を対象にした実験では、 1日 5 mgのメラトニンを 3・ 8年ほど飲ませても副作用はみられませんでした。
たいていの研究では 1日に 0・ 5 ~ 1 mgでも快眠の作用が出ているため、よほど大量に飲まない限りは問題ないでしょう。
用法としては、寝床に入る 30 ~ 120分前に 0・ 5 mgを飲みます。
それでも効果がみられなければ、 1週間ごとに 0・ 5 mgずつ増やしてください。
ただし、メラトニンはあくまで体内時計の調節に使うサプリなので、午前中や昼間に飲むのはよくありません。
過去の実験でも、朝にメラトニンを飲んだグループは糖尿病のリスクが悪化したとの報告が出ています。
注意してください。
5 40分の昼寝で完全回復― NASAの研究結果 睡眠負債は知らぬ間にコツコツと積み上がっていくため、返済もコツコツと行うのが重要。
そこで使えるのが、「昼寝」のテクニックです。
昼寝の研究が進み始めたのは 1990年代で、たとえば 104人の健康な男女を睡眠不足にさせた実験では、数分 ~数時間の昼寝によって、注意力や論理思考などの大幅な改善が見られました。
以降も似たような追試が行われ、空軍パイロットを対象にした NASAの研究でも、 1回 40分の昼寝でパフォーマンスが 34%改善し、注意力は 100%の完全回復を見せるなど、睡眠負債のダメージを防ぐ効果が広く確認されています。
いまではグーグルやウーバーといった名だたる企業も昼寝を奨励しており、グーグルなどは「エナジーポッド」という専用の睡眠マシンまで導入しているほどです。
実は、睡眠に問題がない狩猟採集民でも昼寝を行います。
カリフォルニア大学がボリビアのチマネ族の暮らしを 3年にわたって記録した研究では、次の事実があきらかになりました。
・夏の時期は、年間の睡眠時間の 22%を昼寝に使う・冬の時期は、年間の睡眠時間の 7%を昼寝に使う 狩猟採集民の世界でも、昼寝で体力の回復を計るのは普通のようです。
現時点では昼寝の最適量まではわかっていませんが、多くのデータでは 1回 15 ~ 30分ほどでリフレッシュ効果が得られています。
狩猟採集民も 1回 15分の昼寝で済ますケースが多いため、まずはこのレベルから試してみてください。
最初のうちは「 20分だけ眠るのは難しい」といった感想が出るかもしれませんが、心配はいりません。
ある実験では、快適なイスに座りつつ目を閉じて 15分休んだだけでも睡眠時と似たような脳波が現れ、記憶テストの結果も向上したとの結果が出ています。
昼寝が苦手な人でも、とりあえず 10 ~ 15分だけ目を閉じて何もしない時間を作ってみましょう。
近年では、昼寝のリフレッシュ効果を高める方法として、「コーヒーナップ」というテクニックも開発されています。
やり方は簡単で、 15 ~ 20分の昼寝の直前に 1杯のコーヒーを飲むだけです。
コーヒーと昼寝の組み合わせは意外なように思えますが、その効果にはいくつかの実証研究があります。
具体的には、疲れ気味の被験者に 15分のコーヒーナップを試した実験では、普通に昼寝をしたグループよりもドライブシミュレーターの成績がアップ。
日本で行われた研究でも、昼寝前に 200 mgのカフェイン錠を飲んだ学生は疲労感が減り、記憶力テストの成績も上がりました。
このような現象が起きるのは、カフェインが脳に達するまでに 20分かかるからです。
そのため、コーヒーを飲んでから 20分後に目を覚ますと、昼寝のリフレッシュ作用にカフェインの刺激が組み合わされて相乗効果をもたらします。
昼寝の効果を高めたい方は、試してみてください。
6ウォーキングだけでストレスは激減する 2016年、アリゾナ大学の人類学者デビッド・ライクレン氏は、タンザニアで旧石器時代に近い狩猟採集生活を送るハッザ族の運動量を調査しました。
心拍計と GPSで日中の活動量を計ったうえで、血圧や体内の炎症レベルをチェックしたのです。
狩猟採集民の活動量は、想像をはるかに超えるものでした。
彼らは 1日に 75分の MVP A(中高強度身体活動)を行い、そのレベルは先進国平均の 14・ 8倍。
60才を超えた初老のメンバーも 18才の若者と同じぐらい体を動かしており、コレステロールや炎症に悩む者も確認されませんでした。
MVP Aは、早歩きからランニング程度の運動レベルを指します。
多くの先進国は「健康維持のためには一週間に 150分の MVP Aを行うこと」とのガイドラインを設定していますが、その基準をハッザ族はたった 2日でクリアしている計算です。
ライクレン博士は言います。
「ハッザ族は先進国にくらべて大量の時間を MVP Aに使っている。
200万年にわたって狩猟採集生活を続けてきた私たちの祖先も、長時間の MVP Aに適応しているはずだ」 すべての部族が同じ活動量だとは限りませんが、人類が長時間の運動に適応してきたのは間違いありません。
ここ数年で運動のメリットを示すデータは激増しており、 2016年にはキャンベラ大学が信頼度の高いメタ分析を出しています。
過去に出た「運動と脳」に関する論文から質が良い 36件を選び、エクササイズでどれだけ私たちのパフォーマンスが上がるのかを調べたものです。
まずわかったのは、どんな運動でも、ある程度の負荷があれば脳には良い影響があるという事実です。
筋トレでもランニングでも水泳でも、ジャンルはなんでもかまいません。
とりあえず体を動かしておけば、あなたの脳機能は確実にアップします。
運動で脳のパフォーマンスが上がる最低ラインは次のとおりです。
・1回のセッションで 45 ~ 60分ぐらいの運動をするとストレスが改善し、認知機能も向上しやすくなる ・「週に 2回の運動」と「週に 4回の運動」を比べた場合、両者に大きな効果の差はない・運動のレベルは「軽く息があがるぐらい」から「ヘトヘトになるぐらい」までの範囲で行わないと意味がない 基本的には「 1回 45分の少しキツい運動を週に 2回」のペースで行うのが、脳機能のアップが見込める最低のラインです。
あなたのパフォーマンスを限界まで発揮させるためにも、ぜひこの基準を守ってみてください。
もっとも、ストレス対策だけに目的を絞れば、そこまで運動に時間を割く必要はありません。
カールスルーエ工科大学の実験では、 1回 30 ~ 60分の軽いウォーキングを週 2回だけ行なった学生は、なんの運動もしなかったグループにくらべてストレスが減り、期末テストの成績も有意に向上しています。
研究チームは、多くの人がウォーキングの力を過小評価していると言います。
「ウォーキングを行うとコレステロールや血圧が下がり体重も減る。
しかし、それらのメリットを合わせても、ウォーキングが心疾患に効く理由の 59%しか説明できない。
残りの 41%は、ウォーキングがストレス反応を改善してくれるからだろう」 一般のイメージよりも、ウォーキングは強力なパワーを持っています。
イスから立ち上がって数分の散歩をするだけでも、あなたのストレスは激減するのです。
運動がストレスに効く理由には諸説ありますが、もっとも有力視されているのは「エクササイズが体のストレス対策システムを鍛えてくれる」という考え方です。
私たちの循環器系や筋肉は脳の神経とつながっており、普段から相互にやり取りをしています。
ところが、運動をしないと脳神経と体のつながりが弱まり、連携が取れなくなってしまうのです。
人間のストレス対策システムは、脳から臓器への連絡がスムーズでないとうまく働きません。
つまり、運動には脳と体のつながりを取り戻す作用があります。
ある程度の負荷があればどんな運動でも構わないので、週に 2 ~ 3回ずつ続けられるものを選んでください。
最低でも 12分の早歩きで、あなたの脳のパフォーマンスは確実にアップします。
7ハマるとやめられない「超正常刺激」の正体 睡眠と運動の2つは、進化医学的に「少なすぎる」要素をどう克服していくかを問題にしています。
ここからは目先を変えて、「新しすぎる」を遠ざけてストレスに立ち向かう方法を見ていきましょう。
そこでまず考えるべきは「超正常刺激」の問題です。
動物行動学の父であるコンラート・ローレンツ氏が発見した現象で、自然界には存在しないものに対して本能が反射的に作動してしまう状態を意味します。
たとえば、ミヤコドリという鳥は、本能的に大きな卵を選んで育てようとする性質を持ちます。
そのため、研究者が本物の卵より大きな人工のボールを与えてみると、ミヤコドリは自ら産んだ卵を捨ててボールを温めようとします。
これは、ミヤコドリのなかに「大きな卵を育てたほうが元気な個体が生まれる」とみなすプログラムしか備わっていないからです。
自然界には巨大なボールなど存在しないため、「これは偽物かもしれない」と疑うようなシステムを実装する必要がありません。
その結果、ミヤコドリは簡単にダマされてしまうわけです。
しかし、鳥たちを笑ってばかりもいられません。
現代においては、動物より人間のほうが超正常刺激に振り回されています。
わかりやすい例はポルノでしょう。
映し出される男女の痴態は過去に記録されたデータの再現でしかなく、リアルタイムの出来事ではありません。
にもかかわらず、人類が進化した環境にはポルノなどなかったため、私たちの脳はミヤコドリよろしく簡単に興奮してしまいます。
あり得ないサイズのバストを持つ女優や、異常な頭身のイケメンキャラなどが人気を呼ぶのも、そのような個体のがほうが古代の環境では生存率が高かったからです。
この状態が続くと脳は単純な刺激に満足できなくなり、さらなる興奮を求めて暴走を始めます。
ポルノが止められなくなる現象は世界中で報告されており、近年では「精神障害の診断と統計の手引き」の最新版にも「異常性欲障害( Hypersexual Disorder)」の項目が登場しました。
ポルノ依存はモラルの欠如などではなく、医学的な中毒症状のひとつとして認識されつつあるのです。
超正常刺激は、現代社会のいたるところに見られます。
たとえばジャンクフードもそのひとつで、糖と脂肪が絶妙に配合されたハンバーガーやスナック菓子は、私たちの舌に超正常刺激をあたえます。
糖と脂肪はどちらも古代人が生き延びるために欠かせないエネルギー源だったため、人類の脳はビタミンやミネラルよりもカロリーに反応するように進化してきたからです。
もちろん、ポルノやジャンクフードが悪だと言いたいわけではありません。
大事なのは、現代にあふれる超正常刺激の存在に気づき、自分の反応を調節していくことです。
ポルノやジャンクフードに操られるのではなく、こちらがコントロールする側に立つのです。
8スマホの使用時間が長い人ほど不安が大きい 遠ざけるべき超正常刺激は様々ですが、まずおすすめしたいのは「デジタル環境」のコントロールです。
スマホが現代人の集中力を削ぎ、 SNSがコミュニケーションの質を下げたのはすでに述べたとおり。
インターネットやスマホは私たちの生産性を高めたいっぽうで、弊害ももたらしています。
アメリカ医療情報学会が「インターネットおよびビデオゲーム中毒」を正式な診断名に推奨したのは 2008年のこと。
ハーバード大学の調査によれば、ネットユーザーのうち 5 ~ 10%は依存傾向にあり、回線につながらない状況では、彼らはギャンブル中毒に似た禁断症状を示します。
ほかにも、スマホの使用時間が長い者ほど社会不安のレベルが高いとのデータや、自宅でスマホを使い続ける人は仕事のストレスが回復しないといった報告もあり、デジタルデバイスが現代人のメンタルに負荷をかけているのは間違いありません。
ネットのサイトや SNSが私たちの生産性を下げているのは自明でしょう。
SNSの通知が来るたびに作業を中断したり、仕事中に急にツイッターやインスタグラムのタイムラインが気になって仕方なくなったりと、いずれも現代ではおなじみの光景です。
原始の森やサバンナでは、情報の入手とコミュニケーションの有無が生存の成否をわけました。
効率のよい狩場はどこか? 感染症に効く薬草はどれか? 味方になりそうな者は誰か? 厳しい環境を生き抜くには効率のよい情報収集が欠かせず、人類の脳は新しい情報や対人コミュニケーションに快感を覚えるシステムができあがってきました。
ネットと SNSは、この快楽システムを刺激します。
クリックひとつで情報が手に入り、いつでもコミュニケーションが可能な状況は、進化の過程には存在しませんでした。
難病ドラマやチャリティ番組を「感動ポルノ」と呼ぶことがありますが、その点では、いまのニュースサイトは「情報ポルノ」、 SNSは「コミュニケーションポルノ」だと言えるでしょう。
しかし幸いにも、私たちの脳は柔軟性が高いため、超正常刺激のダメージは完全に復旧できることがわかっています。
精神科医のノーマン・ドアッジによる研究では、性欲障害の患者がしばらくポルノ視聴を止めたところ、興奮状態だった神経ネットワークが徐々に弱まり、元の状態を取りもどせたと言います。
ドラッグ中毒者の治療と同じように、いったん超正常刺激を絶つ期間を作ればいいのです。
9デジタル断食は失恋?―ドアッジ博士の見解 2012年、 IT系のライターだったポール・ミラー氏が、興味深い実験を行いました。
仕事の種だったスマホとネットを止め、 1年におよぶ「デジタル断食」を行なったのです。
当時 26才の彼は、 IT業界の高速なペースに本を読む時間も家族と過ごすヒマもなく、脳がパンク寸前でした。
この時の心境を、彼は「ウェブブラウザの向こう側には『本当の生活』が待っているのではないかと思った」と記しています。
その効果は、想像を超えるものでした。
仕事に支障が出たかと思いきや逆に生産性が上がり、かつてのペースを上回るスピードで原稿を書き上げたというのです。
「自分でもどうやったのかはわからないが、いつの間にか小説を半分書き上げ、毎週のようにエッセイを編集部に送っていた。
ある月などは、編集長から書きすぎだと叱られたほどだ。
こんなことはこれまでになかった。
確かに退屈は感じたし、多少の孤独にも襲われた。
でも、それが僕に良いペースを与えてくれた。
刺激のなさと退屈のおかげで、本当に大切なものをやり抜くモチベーションが生まれたんだ」 さらにデジタル断食の初歩として効くのは、あらかじめ SNSやメールのチェック時間を決めておくことです。
ブリティッシュコロンビア大学の実験によれば、スマホの通知を切ってメールチェックの回数を 1日に 3回までに減らした被験者は、仕事中の緊張やストレスがやわらいでいます。
やり方は簡単で、「 12: 00 ~ 12: 30までメールチェック」「インスタグラムは月・水・金だけチェックする」とスケジュール帳に書き込んでおくだけ。
それだけで、あなたの生産性と幸福度には大きな差が出ます。
最初は軽い不安に襲われるかもしれませんが、少しずつ「興奮」の感情システムが落ち着き、やがて「満足」のシステムが起動していくはずです。
前出のドアッジ博士は、デジタル断食を「失恋」にたとえています。
大好きなネットやゲームから引き離された直後には、多くの患者が異性から振られたかのような反応を示すからです。
しかし、そのうち悲しみは穏やかな退屈とさびしさに変わり、しばらくすると穏やかな安らぎが取って変わります。
その間も頭のなかではニューロンの配線がつなぎ直されており、あなたの脳は文字通りリセットされるのです。
ストレス反応は決して悪者ではありません。
古代の環境では私たちを外敵から守り、生き延びる動悸を生み出すために役立ってくれた大事な機能です。
問題なのは、ストレスが慢性化してしまうことです。
睡眠負債や超正常刺激のようなストレスは、気づかぬうちにあなたの命を削っていきます。
たかがストレス対策とあなどることなかれ。
ストレスのコントロールとは、人生の支配権を自分の手に取り戻す作業でもあるのです。
第 5章 実践ガイド・リアプレイザル:日常で緊張を感じたら「興奮してきた!」と言い換え、誰かにイライラさせられたら「この人に悪いことがあったのかもしれない」と考え直すように意識してください。
多くの研究によれば、 2 ~ 6週間ほど小さな「リアプレイザル」を積み重ねれば、確実に脳がストレスに強くなって行きます。
・睡眠:まずは自分が良質な睡眠を取れているか判定してください(本章『 3 寝不足が続くとダメージを修復できない』)。
その上で、夜は耳栓とアイマスクを導入します。
眠る際は、室内の電灯を 5ルクス以下に下げるように努力してください。
できれば 2級以上の遮光カーテンを使うのが理想です。
・メラトニン:アイマスクや遮光カーテンで睡眠が改善しなければ、メラトニンのサプリを使いましょう。
まずは 1日 1 gからスタートして。
様子をみながら 1週間ごとに 0・ 5 mgずつ増やしていき、最大 5 mgまで摂取量を増やしていきます。
現時点でメラトニンは日本国内で購入できません。
試してみたいときは iHerb( http:// jp. iherb. com/)のような海外サイトから個人輸入するといいでしょう。
・昼寝:どこか寝足りない気分が続くときは、 12 ~ 14時までの間に 15 ~ 20分の昼寝を挟みます。
眠れなくても 10分目を閉じる時間を作るだけで、夜中の睡眠は確実に改善していきます。
このとき、さらに生産性を高めたければ、昼寝の直前に 200 mgのカフェインを飲む「コーヒーナップ」を試してみましょう。
・ウォーキング:週に 2 ~ 3日のペースで 12分以上の早歩き(時速 6 km以上)を行うのが最低ライン。
可能であれば、週に 150分以上のウォーキングができるように頑張ってみましょう。
日が沈んだあたりから心地よい疲れを感じるぐらいが、睡眠の質をあげる最適の運動量です。
・デジタル断食:メール、 LINE、ツイッター、フェイスブックなどは、事前に使用時間を決めておきましょう。
「 13時になったら 30分だけメールチェック」「 18時から 10分だけ LINEを見る」といったように、細かい時間を指定するほど効果が高まります。
1日に 1時間以上を SNSに使っている人は、 PCでは「 Self Control」のようなサイトのアクセスブロッカーを使い、スマホは専用のアプリを消しましょう。
できれば周囲の人に「これから 1週間は返信できない」とあらかじめ伝えた上で、しばらく完全に SNSを使わない生活に取り組んでみてください。
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