劣等感がもたらす低い自己評価困難な状況に置かれている強い欲求不満を抱いている他力本願から抜け出せない親密な人間関係を避け孤立している「おかしい」という警告サインを無視する真実に直面する恐怖を抱いている気づけないことが何よりも問題責任の一端はあるが、罪悪感を覚える必要はない罪悪感と恐怖は振り回す人が放り込む「毒」
劣等感がもたらす低い自己評価 まず、自己評価が低い。平たくいえば自信がないのだが、その一因は母親にあるようだ。彼女の母親は、ことあるごとに彼女の姉と比較して、「お姉ちゃんはよくできるのに、あんたは……」と彼女をけなしたという。だから、彼女は幼い頃から姉に対して強い劣等感を抱いていたのだが、この劣等感は、就活に失敗してから一層強くなった。姉は名門大学を卒業して一流企業に就職した。一方、彼女は就活がうまくいかず、正社員になれなかった。そのため、派遣社員としてさまざまな会社に勤務するしかなかった。 彼女の劣等感にさらに拍車をかけたのが姉の結婚である。姉は優秀だが、容貌にはそれほど恵まれていなかったので、彼女は内心「お姉ちゃんに勉強では負けているけど、顔では私のほうが勝っている」と思っていた。だから、姉よりも素敵な相手と結婚して見返してやるつもりだったのだが、実際に素敵な結婚相手を見つけたのは、姉のほうだった。姉は、男性が圧倒的に多い職場に勤務していたこともあって、就職してまもなくエリート社員と結婚した。 一方、彼女のほうは、派遣社員としてさまざまな会社に勤務しているが、男性社員と知り合う機会が圧倒的に少ない。というのも、派遣先での業務の多くがパソコン入力や電話でのカスタマーサポートなので、同僚も指導員もほとんど女性であり、男性といえば年配の管理職くらいだからだ。したがって、姉のように未婚の結婚適齢期の男性と職場で知り合うチャンスはほとんどない。 おまけに、実家では、 30歳を過ぎた頃から母親に「早く結婚しないと」とうるさく言われている。とくに、盆や正月には姉夫婦が子供を連れて実家に帰ってくるので、いたたまれない気持ちになる。出産後しばらくして職場復帰した姉は、バリバリ働いており、仕事と家庭を両立させているからだ。だから、できれば実家を出て一人暮らしをしたいと思っているのだが、派遣社員の給料ではそれも叶わない。困難な状況に置かれている 現在、彼女は仕事の面でも困難な状況に置かれている。派遣社員という不安定な身分なので、いつ切られても文句は言えない。実際、これまでも派遣先の業績が悪化すると真っ先に契約を切られており、そのたびに勤務先を変えなければならなかった。そのため、職場を転々としており、これといったスキルを身につけられないまま、 30代に突入した。 だから、 20代のうちに結婚したいと思っていたのだが、それは叶わなかった。手をこまねいていたわけではなく、婚活もそれなりにやったのだが、残念ながら結婚には至らなかった。 その一因として、彼女の理想が高すぎることがあるようだ。婚活パーティーで知り合ったり、友人から紹介されたりした男性をどうしても姉の夫と比較してしまう癖があり、学歴、勤務先、年収などの面で見劣りがするので、いざ結婚となると踏み切れない。 進学でも就職でも姉に負けたけれど、結婚では負けたくないという思いが強すぎることがあだになって、これまで結婚を前提に交際した男性は何人かいたものの、最終的には結婚に至らなかったという。そして、 35歳を目前にして焦っていた彼女の前に現れたのが、例の男性なのである。強い欲求不満を抱いている 彼女は、家庭でも職場でも強い欲求不満を抱いている。まず、家庭では、何かにつけて姉と比較して自分をけなす母親に不満を募らせている。しかも、母親は「早く結婚しなさい」とうるさく言うくせに、交際相手の男性を紹介すると、後から「大学のランクがもう一つ」「あまり有名な会社じゃないわね」などとケチをつける。彼女自身がどんな男性でも姉の夫と比較するようになった一因に、母親の影響が少なからずあるようで、「私がなかなか結婚できないのは、お母さんのせいじゃないの」と心の中でつぶやくこともあるという。 そのうえ、最近は、両親とも年老いたせいか、母親が介護に関する不安をしきりに口にするようになった。「お父さんが寝たきりになったら、お母さん一人で面倒見るなんてとても無理よ。だから、遠くにはお嫁に行かないでね」「お母さんがぼけたら、あんたしか世話してくれる人はいない」などと言うようになったのだ。 実際に親の介護が必要になったときに、それを彼女が引き受けるとなると、縁遠くなるのは、ちょっと考えればわかりそうなものだ。しかし、この母親は、彼女が将来介護要員になってくれることへの期待を隠さない。そのため、彼女は大きな重圧を感じずにはいられないという。
これは、母親の自己中心的な性格によるのかもしれない。あるいは、第 1章で取り上げたダブルバインドのメッセージを送る性向によるのかもしれない。おそらく両方があいまって、母親はこんなことを言うのだろうが、それに対して彼女は「勝手なことばかり言って」と不満を募らせている。 職場でも、彼女は強い欲求不満を抱いている。とくに女性の正社員に対する不満が強い。正社員の中には、彼女より若い女性もいて、さまざまな指示を出す。これは、正社員と派遣社員の立場が違う以上当然とはいえ、彼女にとっては受け入れがたい。とくに、パソコンに関する知識も技術もあまりないのに偉そうな態度で命令し、厄介な仕事を派遣社員に押しつける正社員に対しては、「そんなに仕事ができるわけでもないのに、威張るな。いい給料をもらっている正社員なんだから、何でもかんでも派遣に押しつけずに、ちゃんと働け」と怒鳴りたくなることもあるほどだ。 このように、欲求不満の塊のようになっていた彼女に親切にしてくれたのが、例の男性だった。しかも、彼は名門大学の出身で将来の幹部候補という噂が派遣社員の間で流れていたので、彼と結婚できたら偉そうな正社員を見返せると彼女が考えたのも無理はない。他力本願から抜け出せない 彼女が家庭でも職場でも不満を募らせているのは、実に気の毒だ。ただ、誰でも全てが満たされた状況にいられるわけではない。不本意な職場で働かざるを得ないこともあれば、家族の問題で悩まされることもあるはずだ。 常に順風満帆というわけにはいかないのが人生である。だから、逆境に立たされたときこそ、現状の改善やストレス発散のために今いる場所でできるだけのことをするしかないと私は思っている。 彼女も、不満だらけの日常を少しでも改善するために自分で何かをすればよさそうなものだが、残念ながら何もしていない。少しでも有利に転職できるように資格を取得したり、できるだけ男性と知り合えるように趣味やスポーツを始めたりすることを友人から勧められても、「面倒くさい」と断るそうだ。 現状を改善するための努力を自分では何一つせず、白馬に乗った王子様がこの苦境から自分を救い出してくれるのを待っているだけの女性ほど、自分の目の前に現れた男性を理想化する傾向が強い。 他に出会いがないこともあって、「この人しかいない」と思い込みやすく、欠点があっても見て見ぬふりをする。また、「この人を失ったら、次はないんじゃないか」という喪失不安があるため、少々無理な要求をされても、できるだけ応えようとする。だからこそ、容易に振り回されてしまうのである。親密な人間関係を避け孤立している 孤立していることも、振り回されやすい要因の一つである。自分がどれだけ理不尽な要求をされているかとか、どれほどないがしろにされているかということは、他人と比較しなければ気づくのが難しい。 彼女も、派遣社員という立場もあって、職場で親密な人間関係を築くのが難しい。いや、むしろそういう人間関係を避けているようなところがある。彼女はこれまでさまざまな職場で働いてきたが、私生活に干渉されたり、根も葉もない噂を流されたりして嫌な思いをしたことが何度もあり、あまり親密にならないほうが賢明だと思うようになった。だから、職場では表面的なつき合いにとどめており、彼との関係を相談できるような親しい同僚はいない。 家庭でも、彼女は孤立している。母親との葛藤については先ほど述べたとおりで、とても相談できない。第一、そんなことを相談すれば、母親から「だまされているに決まってるじゃない。だから、あんたはだめなのよ」と頭ごなしに言われそうだ。父親は高齢で、体が弱っていることもあり、以前にもまして家庭のことにはわれ関せずになっている。 学生時代からの友人にでも相談すればよさそうなものだが、それもなかなか難しい。同世代の友人の多くは、現在子育て真っ最中であり、彼女の相談に乗ってくれる時間的余裕はなさそうだ。 もちろん、未婚の友人もいないわけではないのだが、その多くは正社員として勤務しており、彼女のような派遣社員の友人はあまりいない。就活に失敗して正社員になれなかった劣等感を彼女はいまだに引きずっており、正社員の友人にはあまり会いたくないのが本音のようだ。 もっとも、何よりも彼女を孤立させているのは、他人に弱みを見せたくないという一種の虚栄心である。仕事にやりがいを見出しているわけでも、幸福な結婚生活を送っているわけでもなく、行き詰まっている現在の自分の姿を見られたくないので、昔からの友人に会うのをなるべく避けている。 このように孤立した生活を送っていると、他の人と比べる機会が限られるため、自分の目の前にいる男性に過剰な幻想を抱きがちである。だからこそ振り回されるわけだが、そのことを指摘したり、注意したりする人が周囲にいない。いや、むしろ、そういう人をできるだけ遠ざけている。したがって、自分が振り回されていることに気づかず、結果的に相手の暴走を容認することになるのである。「おかしい」という警告サインを無視する 何となく大事にされてないような気がする、こんなことまで私がする必要があるんだろうか、もしかしたらだまされているのではないか……というふうに何となくおかしいと感じることは、振り回されている最中でもあるはずだ。これは、われわれが持っている防衛本能が働いて警告サインを発しているからだが、この警告サインを無視する人ほど、振り回されやすい。警告サインを無視するのは、主に二つの理由による。否認と怠惰である。 まず、何となくおかしいと感じても、そんなはずはないと否認しようとする。彼女も、彼の部屋を掃除していて他の女のものと思われる髪を見つけたことが何度もあったようだが、彼の言い訳を信じた。 また、彼にお金の無心をされたときも、「お金目当てなんじゃないか」という疑惑が脳裏をよぎったようだが、「そんなはずはない。こんなに誠実で優しそうな人なのに」と疑惑を必死で打ち消したという。 何となくおかしいと感じているのに、行動を起こすのも、問い詰めるのも面倒くさいという心理が働いて、何もしないこともよくある。要するに怠惰なのだが、本人は、何もしない言い訳をいろいろ考えて自己正当化しようとする。 たとえば、サービス残業が常態化しており、給料の遅配も続いている会社に勤務している 20代の男性は、最近マスコミで話題のブラック企業なのではないかと思うことが結構あるらしいが、家族にも友人にも、ましてや弁護士にも相談していない。朝早くから夜遅くまでこき使われていて、クタクタになって帰宅し、一人暮らしのマンションに帰ったら寝るだけの生活なので、時間的余裕がないというのが最大の理由である。ただ、それだけではなく、家族に心配をかけたくないし、こんな会社にしか入れなかったのかと友人に思われるのが嫌なのも一因のようだ。 弁護士に相談しないのは、お金と時間がないからであり、それを怠惰という言葉で片づけるのは酷かもしれない。ただ、何もしない自分自身を彼がさまざまな言い訳によって正当化しようとするのは、現状の改善どころか、悪化をもたらすのではないか。「残業をいちいち申告していたら、会社から睨まれるかもしれない。そんなことはしないほうがいい」「弁護士が、サービス残業や給料の遅配のような小さなもめ事に一生懸命になってくれるはずがない。相談してもお金と時間が無駄になるだけ」「転職しても、そこがここよりいいという保証はない。会社なんて入ってみないとわからない。だったら、ここで辛抱するほうがまし」 という具合である。 彼には彼なりの言い分があるのか、「残業の申告も、弁護士への相談も、転職活動もやったほうがいい」と周囲から助言されても、耳を傾けようとしない。こうしたかたくなな姿勢を崩さず、さまざまな理屈を並べ立てて、現状を改善するための努力をしなくてもいい、いや、むしろしないほうがいいと彼自身が思い込もうとしているように見える。 これは、会社にとっては思う壺である。理不尽な扱いをされても、文句も言わず、改善の要求もせず、ただ黙々と働き続ける社員を多くの会社は求めているはずで、その理想像に近い。こういう社員が昔から数多くいたからこそ、日本は経済大国になれたのだともいえる。だから、この男性社員を一概には責められないのだが、これでは会社に振り回されるだけの人生を送ることになるのではないかと私は思う。 自分が属する組織に振り回されないためには、自分で声を上げるしかない。そのためには、仲間をつくったり、外部の第三者に相談したりすることも必要だ。これは面倒くさいし、波風も立つだろう。場合によっては、反撃を食らって、やり込められるかもしれない。それでも、何もしないよりはずっといい。何もしなかっ
たら、「扱いやすい奴」と思われてますます振り回されるかもしれないのだから。 一番悪いのは、現状を変えるための努力を何一つしない自分自身を、「〝いい人〟でいるためには、できるだけ波風を立てないほうがいい」とか「〝いい人〟と思われるためには、あまり文句を言わないほうがいい」という言い訳で正当化することだ。〝いい人〟と思われたいという気持ちはわからないでもないが、それが強くなりすぎると、少々困ったことになる。他人を平気で振り回す人ほど、自分の言うことを聞く人間を〝いい人〟とみなし、自分の目的を達成するための道具として利用するからだ。当然、〝いい人〟でいようとすればするほど、振り回される危険性が高まる。それを肝に銘じるべきである。真実に直面する恐怖を抱いている 振り回されやすい人は、しばしば恐怖を抱いている。この恐怖は、真実に直面することへの恐怖、大切なものを失うのではないかという恐怖、断ったら何をされるかわからないという恐怖の三つに分けられる。 まず、何よりも強いのは、真実に直面することへの恐怖である。結婚を餌に振り回されている派遣社員の女性もそうで、相手の男性は実は結婚する気なんかないんじゃないかとか、浮気しているんじゃないかという疑いを抱きながらも、その事実を目の前に突きつけられることを恐れている。だからこそ、彼の浮気を示唆するような証拠が目についても、見て見ぬふりをしている。 また、大切なものを失うのではないかという恐怖もある。彼女も、彼を失うことをひどく恐れている。そのため、ただ働きの家政婦のように扱われても、お金の無心をされても、彼の要求を断れない。 それだけでなく、彼の要求を断ったら何をされるかわからないという恐怖もあるようだ。何よりも彼女が恐れているのは、今の会社に居づらくなることだ。現在勤務している会社は、これまで勤めてきた会社の中では最も知名度が高く、立地条件もいい。だから、友人や知人に勤務先を尋ねられたときに、ちょっと誇らしい気持ちで答えられるので、派遣とはいえ今の会社にできるだけ長く勤務したいと願っている。 また、別の会社に派遣で行ったら、一から仕事を覚え、人間関係を築かなければならないので、できれば今の会社に勤務し続けたいのが本音だという。つまり、虚栄心と怠情があいまって、この会社の正社員である彼との関係がこじれたら、居づらくなるのではないかと危惧している。 このような恐怖を、振り回す側がかき立てることも少なくない。第 1章で、上司が部下を振り回す事例をいくつか紹介したが、上司が恐怖を与えることによって部下を振り回すのは、よくあることだ。たとえば、「おれに逆らったら、昇進はできない」「辞めたら、同業他社では仕事ができないようにしてやる」などの脅し文句で恐怖を与える。 恐怖で身動きが取れなくなれば、それだけ振り回されやすい。だから、「恐怖による支配」によって上司が部下を振り回すのは、理にかなっているわけだが、振り回される部下はたまったものではない。 これらの要因のいくつかが積み重なったときに振り回されやすい。だから、わが身を振り返って思い当たる要因が複数ある方は、気をつけていただきたい。気づけないことが何よりも問題 さんざん振り回されるのは、自分が振り回されていることに気づけないからでもある。とくに、先ほど取り上げた「警告サインの無視」がある場合は、なかなか気づけない。それを踏まえて、振り回されているときにはどんなサインが出現するのかを知っておかなければならない。だいたい、次のようなサインが出現する。 1 その人と一緒にいると、くつろげない 2 その人に尊重されていないように感じる 3 その人に対してイライラするし、腹も立つ 4 その人にされたことや言われたことが頭から離れず、くよくよと考える 5 その人との間で起こったことを誰かに聞いてほしいが、話すのは恥ずかしい 6 頭の中では「いいえ」と思っているのに、つい「はい」と言ってしまう 7 受け入れる気は全然なかったのに、その人を目の前にするとヘビに睨まれたカエルのようになり、頭で考えていたのとは全然違うことを口にしてしまう 8 私には似つかわしくない言葉、態度、行動が、その人の前では出る 9 その人と私との間で起こっていることが、あまりはっきりとつかめない 10 その人と一緒だと、身動きできないように感じる 11 その人に私の主張を理解させるのは無理だと思う 12 その人との会話の展開にびっくりすることがたびたびある 13 その人と普通に議論するのは無理だと思う 14 その人は自分が絶対正しいと思い込んでいるようなので、たとえ間違いがあっても、指摘するのは難しいと思う 15 その人が妥協してくれる可能性はほぼゼロに近いと思う 16 私がやっていないことで、その人から責められているように感じる 17 その人がやったことで、その人から責められているように感じる 18 その人が私を見下しているように感じる 19 その人が私をあざけっているように感じる 20 その人は私に好意があるように振る舞っているが、実は敵意を抱いているのではないかと感じる 21 その人に会いたくないことがある 22 その人は私に恐怖を与える 23 その人に私がだまされているのではないかと周囲から言われる 24 その人は普段は愛想がいいが、ときどき表情が急変してぞっとするほど怖い顔をする 25 その人が私に贈ってくれたプレゼントは、元々他の人のために準備したもののようだった 26 その人を信用できなくなることがある 27 私の猜疑心が強くなっているように感じる 28 その人が私の邪魔をしているように感じる 29 その人が陰で私の悪口を言っているように感じる 30 私としてはその人から離れたいのだが、私が離れようとすると、その人が引き留める(注)(注) あなたがある人に振り回されていると気づいたら、その人との関係に一刻も早く終止符を打つべきだ。ところが、厄介なことに、他人を平気で振り回す人ほど、振り回すターゲットが自分から離れようとすると、強硬に引き留めようとする。それまでは大事にせず、むしろ見下し、ないがしろにしていたにもかかわらず、いざターゲットが逃げ出そうとすると、それを妨害する。 これは、第 1章で取り上げたダブルバインドの影響かもしれない。ターゲットが自分に近づいてくると拒否し、ターゲットが自分から遠ざかろうとすると追いすがる。そのため、振り回されている側はますます混乱して、身動きが取れなくなる。
あなたはいくつ当てはまっただろうか。 五つ以上当てはまれば、あなたは振り回されている可能性がある。 10以上当てはまれば、あなたは確実に振り回されている。 20以上当てはまれば、あなたはこれまでさんざん振り回されているはずだ。それでもはっきり気づいていないとすれば、警告サインを無視している可能性が高い。 この 30のサインは、振り回されているときに出現する初期症状であり、この段階で気づいて警戒するなり、距離を置くなりすれば、これ以上の悪化を防げることが多い。 しかし、初期症状が出現しているにもかかわらず、自分が振り回されていることに気づかなかったり、気づいても必要な措置を取らずにいたりすると、症状はさらに悪化する。ガンにたとえれば、早期ガンから進行ガンに移行する。 すると、次のような症状が出現する。 1 どうしたらいいのかわからず途方に暮れており、混乱しているが、どうしてこうなったのか、その原因が自分ではわからない 2 全てに自信がなく、自分が本当に何をしたいのかがわからないし、自分一人では決めるのも考えるのも難しい 3 自分が罠にかかったような気がするのだが、頭が混乱していて、冷静に考えられない 4 その人との関係が悪くなっているのは自分のせいだと感じ、その人に責められたり、その人から離れたいと思ったりするたびに罪悪感を覚える 5 自分の身に起こったことを恥ずかしいと思うし、話すのも怖いので、隠しており、自信をなくしている 6 感情が不安定で過敏になっており、涙があふれることもあれば、拳を振り上げたくなることもある 7 ストレスの塊のようになっており、不安と恐怖にさいなまれている 8 気分が落ち込んでおり、人間不信に陥っている 9 自分を理解してもらえていないと感じており、自分の殻に閉じこもっている 10 友人も家族も自分から遠ざかっていて、独りぼっちだと感じ、孤独にさいなまれている 11 疲れ果てて力が尽きた感じで、何もする気がせず、自分が空っぽになってしまった気さえする 12 その人に愛されたいし、自分はその人にとって必要な人間だと認められたいという気持ちが強い 13 その人に頼まれると、ここまでは OKという限界を設定することができず、どうしても「ノー」と言えない 14 その人に自分が侵略され、操られているように感じ、そのことについて昼も夜も考えずにはいられない 15 その人との関係は自分にわざわいをもたらすと思うが、なぜか魅了されていて、なかなか抜け出せない 16 その人との関係を断ち切ろうとしたこともあるが、なぜか関係が復活した 17 その人との関係の意義がわからないし、そもそも自分がその人と関わるようになった理由もわからない 18 ときどきその人を殺したくなる 19 自分が激しい暴力を振るったり、誰かを殺したりする夢を見る 20 その人に復讐したくなることがある 21 自分の味方になってくれる人が周囲にはいないと感じる 22 ときどき気が狂いそうになる 23 もう性欲がなくなってしまったように感じる 24 眠れず、もんもんとして朝まで過ごすことがある 25 食欲がなくなり、やせた 26 腹痛、胸やけ、吐き気などの消化器症状が持続している 27 筋肉の緊張を常に感じるし、頭も痛い 28 頻脈になっており、いつも動悸がする 29 生理不順に悩まされている 30 体がだるくてしんどいのだが、病院で検査を受けても「どこも異常なし」と言われる ここで挙げた症状は、先ほど挙げた 30のサインのうちのいくつかが出現していたにもかかわらず、自分が振り回されていることに気づかず、有効な手を打たないまま放置していた結果出てくるもので、心身両面にわたっている。 いずれか一つが出現しているだけでは、あなたが振り回されていると断定することはできないが、五つ以上出現していたら要注意である。 10以上であれば重症、 20以上であれば病院で診察を受けるべきである。 もっとも、 30のように病院で診察を受けても、「異常なし」と言われるかもしれない。こういう場合、どうすればいいのかと戸惑う方も少なくないだろうが、これはむしろあなたが振り回されていることを示す有力な傍証とみなすべきである。というのも、振り回されてクタクタに疲れ果てているからこそ、体が悲鳴を上げているのであり、検査に異常が出ないこと自体が、人間関係のストレスから一連の不調が生じていることを示しているのだから。 とにかく、自分が振り回されていることに気づかなければ、心身の不調をもたらすほど有害な関係を変えることも、そこから抜け出すこともできない。したがって、ここで示したチェックリストを参照して、まず自分が振り回されているのかどうかを見きわめていただきたい。責任の一端はあるが、罪悪感を覚える必要はない 振り回される人は、あくまでも被害者である。にもかかわらず、振り回されやすい人の要因をこの章では指摘してきたので、反感を抱いた読者もいるかもしれない。 誤解を避けるために強調しておきたいのは、振り回されるのは、振り回す人にだけ責任があるわけではなく、振り回される人にも何らかの要因があるということだ。もちろん、誰よりも責められるべきは振り回す人なのだが、これまで述べてきたように、責任の一端は振り回される人にもあり、両者の相互関係の中でさまざまな問題が起こる。この点をきちんと認識する責任が、振り回されやすい人にはある。 なぜかといえば、何よりも同じパターンで振り回される「反復強迫」を避けるためだ。たとえば、男性に振り回されやすい女性は、しばしば似たようなパターンで男性にお金を貢いだ挙げ句、浮気されたり捨てられたりして泣く羽目になる。この「反復強迫」から脱出するためにこそ、振り回される責任の一端は自分にもあると自覚する必要がある。もっとも、そのことで罪悪感を覚える必要はない。 それでは、責任を自覚することと罪悪感を覚えることは、どう違うのか? 責任を自覚するとは、自分自身の選択や決断、否認や無視、あるいは理想化や幻想なども自分自身が振り回される一因だと認め、現状ときちんと向き合うことだ。 結婚を餌に振り回されている派遣社員の女性の例でいえば、自らの強い結婚願望、相手の男性に対して抱いていた幻想、目の前の事実を認めたくないがゆえの否認と無視などが積み重なって、こういう事態を招いたのだときちんと認識することこそ、責任の自覚である。 一方、罪悪感とは、世間で善とされている規範から逸脱したことや自分の価値観に反することをしたとか、悪しき考えが頭に浮かんだというときに生じる感情である。自分自身を責めさいなむ不快な感情であり、不安も伴う。 この違いを理解すれば、振り回されやすい人がどうすればいいかは明らかだ。今後振り回されないためにも自らの責任を自覚しなければならないが、罪悪感にとらわれて「振り回された自分が悪かった」と自分を責める必要はない。責任感と罪悪感はしばしば混同されており、勘違いしている方が多いようだが、両者をきちんと区別すべきだろう。 もっとも、罪悪感は、自己評価の低い人ほど抱きやすく、この低い自己評価は先ほど述べたように振り回されやすい人の要因の一つである。そのため、振り回さ
れやすい人は罪悪感を抱きがちで、ときには振り回す人の許しを請うために償いをすることさえある。 これは、振り回す人にとっては思う壺である。しかも、巧妙に振り回す人ほどターゲットを嗅ぎ分ける嗅覚が鋭いので、自己評価が低く罪悪感を抱きやすい人を見抜き、あえて罪悪感をかき立てる。 たとえば、朝令暮改の指示で部下を振り回す上司は、「君が提出した企画書がいい加減だったから、途中で方針を変更せざるを得なくなったんじゃないか」「君の出した見積もりが現状をきちんと把握していなかったから、途中で数値目標を下げなきゃいけなくなったんじゃないか」などと言って、とにかく責任を部下に押しつけようとする。この手が功を奏するのは、やはり相手が罪悪感を抱きやすい部下の場合である。 さんざん振り回されたうえ、罪悪感をかき立てられると、無力感にさいなまれる。自分がやってきたことには何の意義もなく、自分自身にも存在価値などないように感じるからだ。そのため、気分が落ち込んだり、何をする意欲もなくなったりして抑うつ状態に陥りやすい。すると、判断力や決断力も低下するので、振り回す人の理不尽な要求を断ることが一層難しくなり、ますます振り回される。罪悪感と恐怖は振り回す人が放り込む「毒」 このように、振り回されやすい人が罪悪感を抱くと百害あって一利なしなのだが、困ったことに、他人を振り回す達人ほど、罪悪感を巧妙にかき立てる。それと同時に、恐怖もかき立てて、ターゲットが身動きできなくなるように仕向ける。 先ほど述べたように、振り回されやすい人は、しばしば恐怖を抱いている。この恐怖は、元々本人が抱いていることもあるが、振り回す側が巧妙にかき立てることも少なくない。罪悪感と恐怖の両方をセットでターゲットの胸中にかき立てることこそ、さんざん振り回しておいて自責の念に追い込む罠だともいえる。 だから、あなたが誰かに振り回されていると気づいても、罪悪感と恐怖で金縛りにあったように感じ、振り回す人との有害な関係からなかなか抜け出せない場合、罪悪感と恐怖はその人が放り込んだ毒なのではないかと疑ってみるべきである。
ここまでお読みくださった方は、他人を平気で振り回す人の手段と精神構造、そして振り回されやすい人の要因をご理解くださったはずである。 これまで繰り返し指摘してきたように、振り回す人と振り回されやすい人の相互関係の中でさまざまな問題が起こるので、それにまず気づくことが何よりも大切だ。気づかなければ、有害な関係の中で自分の身を守ることも、そこから抜け出すこともできない。 ところが、実際には、自分が振り回されていることに気づいても、有効な手を打てず、振り回され続ける人が少なくない。その最大の原因は、振り回す人から離れることへのためらいと葛藤である。 その原因は主に二つあると考えられる。まず、振り回される人が離れようとするたびに、振り回す人は引き留めようとする。たとえば、これまでは妻をさんざん侮辱したり、殴ったりしてきた夫が、いざ妻が家を出て離婚の手続きを進めようとすると、泣いて謝り、土下座までする。あるいは、社員にサービス残業や休日出勤を強要し、さんざんこき使ってきたブラック企業の経営者が、いざ社員が退職を申し出ると、「一から仕事を教え、給料も払ってやったのに、その恩を忘れて辞めるのなら、よそでは働けないようにしてやる」と脅す。 こうしたことが実際になくても、振り回されてきた人の胸中にはためらいと葛藤が芽生えやすい。これは、振り回す人がいなくても自分はやっていけるのかという不安による。この不安は、多くの場合、振り回す人の支配力や影響力を過大評価しているがゆえに生まれる。ときには、振り回す人が自らを実際よりも大きく見せるために、自分の力を誇示するせいで、振り回される側が不安にさいなまれることもある。 いずれにせよ、振り回される人がためらいと葛藤の渦中にあると、行ったり来たりを繰り返しやすい。振り回す人から離れなければ自分はつぶされてしまうと危機感を覚え、距離を置こうとするのだが、しばらくすると、そんなことをすれば自分はやっていけないのではないかという不安が芽生えて、なかなか離れられない。 たとえば、 30代の専業主婦の女性は、完璧主義の母親と同じレベルの家事を求めてくる夫に毎日侮辱されているうちに、何をするのも嫌になったと訴えて私の外来を受診した。彼女の夫は、自分の実家が名家であり家族がみな高学歴であることを誇りにしており、ことあるごとにそれを持ち出した。しかも、「実家の常識は世間の常識」といわんばかりに、実家の常識を家族の判断基準にしていた。 彼女にとって何よりも耐えがたかったのは、仕事と家事を両立させ、しかも完璧に家事をこなしていた自分の母親と専業主婦の妻を夫が常に比較したことだ。「この家事の完成度では、うちの母親の足元にも及ばない」「おまえはずっと家にいるのに、どうして働いていたお袋よりも家事ができないんだ」などと常に自分の母親の家事の完成度を判断基準にして、彼女をバカにした。 そのたびに、彼女はいたたまれない気持ちになり、夫に認めてもらえるように一生懸命家事をやった。しかし、いくら頑張っても、夫は「うちの母親の料理はもっとおいしかった」とか「うちの家はいつもピカピカだった」と自分の母親と比較し、決して認めてくれなかったという。 彼女の話を聞いて、私が感じたのは、夫が求める家事の完成度の異様な高さだった。いくら専業主婦とはいえ、そこまで妻に要求するかというくらい完璧に家事をこなすことをこの夫は求めているように私の目には映った。そこで、「ときには手を抜かないと疲れ果ててしまうよ。どこの奥さんも適当に手抜きしているはずだから、よその奥さんに聞いてみたら」と助言した。すると、彼女はママ友の専業主婦数人に、どれくらい家事をやっているかとか、どの程度の家事の完成度を夫が求めているかということについて尋ね、自分の夫の要求水準の高さに驚いたようだ。 そのときはじめて彼女は夫の理不尽な要求に自分がさんざん振り回されてきたことに気づいたらしく、次の診察の際に「夫と別れないと、自分がどうにかなりそうです。エネルギーを全部夫に吸い取られて、自分が空っぽになりそう。自分の価値をずっと夫に否定されてきて、人間扱いしてもらってないので」と語った。ところが、それから 1ヵ月後の診察の際には、打って変わって「やはり夫と別れるのは無理だと思います。私には経済力がないので、離婚したら子供に惨めな思いをさせることになり、子供がかわいそう」と訴えた。 離婚をためらう彼女の気持ちは、わからないでもない。子育てと家事に忙殺されていた専業主婦の女性が経済的に自立するのは本当に大変で、元夫からの慰謝料や養育費の支払いが滞って経済的に困窮しているシングルマザーを何人も見てきた。ただ、典型的な他人を平気で振り回す人である夫に経済的に依存しながら、同時に自分をバカにする夫に対して抑えがたい敵意を抱く「敵対的依存」に彼女が陥っているのはたしかである。そのせいか、気分の落ち込みや意欲の低下などの抑うつ症状が最近ますます悪化している。 この女性のように、自分が振り回されていたことに気づいても、すぐに行動に移せるわけではない。とくに弱っているときには、それだけの決断力も行動力もないことが多い。だから、振り回されている人が有害な関係から解放されるには、もちろん振り回す人と戦うことが必要だが、それだけでなく、自分自身とも戦わなければならない。 やがて、カチッとスイッチが入る瞬間がやってくる。きっかけはさまざまで、振り回す人のあまりにもひどい暴言や暴力に耐えきれなくなったり、映画やドラマを見て「目から鱗が落ちる」体験をしたりすると、自分の身は自分で守らなければと痛感する。 そういうとき、わが身を守るには一体どうすればいいのかという具体的な処方箋を、この章では提案したい。一口に処方箋といっても、大きく二つに分けられる。一つは考え方であり、もう一つは対処法である。 他人を平気で振り回す人とどう向き合えばいいのかについての考え方を知るだけで、「こんなふうに考えればいいのか」と気持ちが軽くなることもある。さらに、具体的な対処法を知ることで、自分を守る術を身につけられる。 ここで紹介する処方箋は、自分が振り回されるのを未然に防ぐ予防法としても役に立つはずである。 まず、考え方から紹介しよう。
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