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第 4章 口癖から相手を裸にする

心理テスト ❹ ミスへの対応で上司の本性がわかる

◆親切の押し売りが得意な人の口癖 ◆いい情報のフリをして、グチを聞かせる人の口癖 ◆血液型ブームを牽引する人の口癖 ◆いつでも話題の中心にいたい人の口癖 ◆自分のペースが世界のペースだと思っている人の口癖 ◆素直に謝ることは恥だと思っている人の口癖 ◆器を大きく見せようとする人の口癖 ◆したたかなのか、抜けているのか? 不思議系の人の口癖

「だから言っただろう」「だから言ったでしょう。

あの人はやめておけって」 ひたすら酎ハイを飲んでいた B美からいきなりこんな一言。

A子の顔がみるみる変わっていく中、「だいたいあの男、私ははじめっからよくないと思ってたんだよね」 と目を輝かせて語り始めました。

飲み屋でもよく耳にする台詞ですが、これを私なりに翻訳するなら「男の見る目の確かな私って、すごいでしょ」となります。

彼女らにとって周りの人の失敗は、自分の正しさを確認するためのチャンスに過ぎません。

意識しているかどうかは別として、心の奥ではスキあらば自分の優秀さを訴えたい人なのです。

「だから言っただろう!」と他人を攻撃することで心の安定を図ろうとしている、かわいそうな人なのです。

しかも自分の正解にとらわれているため、世の中への視野が狭くなりがちで、新しいことに取り組むのが苦手です。

行動するより文句を言うタイプです。

もしあなたがこんな口癖を持っていたら、周りはかなりストレスを抱えています。

「あいつ、いつも偉そうに。

いつか殴ってやる」と陰で憎まれているかもしれません。

ただし、いつも言わない人が「だから言っただろう!」と言ったときは、本気で怒っているので早急に謝罪してください。

本当にあなたのことを心配しています。

「私が ~してあげるから」 人をイラつかせる言葉というのは、概して相手のことを考えていません。

本人の意識の上ではそんなつもりはないのかもしれませんが「だから言っただろう」にしても、失敗して落ち込んでいる人の気持ちを理解しない口癖といえます。

「私が ~してあげるから」という口癖もそうです。

わざわざ他人のために時間を割いて、いろいろなことをしてくれるのだからおそらく「いい人」なのだとは思います。

しかしこれも度を過ぎれば、別の意味が見えてきます。

人にはしてもらうことがうれしいことと、そうでもないことがあります。

おそらくそれは、相手との心理的距離によっても変わってきます。

それを一方的に「ご飯作ってあげる」「洗濯してあげる」と、自分の世界に踏み込まれることの迷惑さがわかっていないのでしょう。

自分がやってもらってうれしいことは、他人もうれしいに違いない。

そう思い込んでいるのです。

つまり、自分と他人の区別がついていないのです。

しかも、好意というよりも「これぐらいやっているのだから、少しぐらい私にも……」と心のどこかで見返りを求めている嫌いがあります。

「あなたのことを思って」「あなたのことを思って言うけれど、あの人はやめておいたほうがいい」 と言う友だちが実はその人を狙ってた。

そんな笑えない話をよく聞きます。

つまり「あなたのこと」とは「自分のこと」なのです。

「あなたのことを思って」いろいろ言ったり、したりするわけですから、優しい人であることは確かでしょう。

自分の気持ちの中では嘘はなく、まじめなところもある人だと思います。

「あなたのために頑張る」自分に酔うナルシストの部分も多少あります。

だから、「今は忙しいから後でお願いします」「私が苦しいの見ててわからない? 静かにしてて」などと否定されると、急に不機嫌になって「せっかくあなたのために言っているのに!」と目を三角にして怒るのです。

もちろん優しさは大事です。

しかし常識のある人間であれば、一方通行的な好意は相手に大きな借りを作っているようで負担になってきます。

好意というのは、相手と自分がプラスマイナスゼロのときがお互いにとって、一番気持ちが良いのです。

その結果「いろいろやってくれるのはうれしいのだけれど、正直言って重いんです。

そんなにやってもらってもなにもできないし、悪いけれどちょっと距離を置かせてください」と言われてしまうのです。

「誰にも言わないでね」 どこの会社にでもゴシップ好きというのはいるものです。

やれ「部長は秘書と付き合っている」だとか「社長派は専務派に弱みを握られているので、とうぶん動けない」とか、給湯室や喫煙室で集めた情報をたくさん握っています。

そんな人と、トイレやエレベーターで偶然二人っきりになると「そういえば、渋谷さん知っています? 誰にも言わないで欲しいんですが……」とうわさ話が始まります。

目をきらきらさせながらの話しぶりに、「この人こんなに話好きだっけ」と考えます。

実際、こうした人はあまり印象に残らないタイプが多いようです。

イケメンでもなく、頭が良いわけでもなく、身体ががっちりしているわけでもない。

だから、注目を浴びることもありません。

しかし本人としては、そんな自分に満足がいっているわけではありません。

本当の自分は、もっとすごくて注目を浴びてもおかしくない人だと思っているのです。

そこで人の注目を集めるために「ここだけの話、誰にも言わないでね」と、ゴシップを暴露していくのです。

「あなた B型だもんね」 なんでも決めつける人は、どこにでもいるものです。

性格とは生まれ育った環境や、親や家族とどう過ごして生きたか、どんな人に出会ってきたか、そしてどんな経験を積んできたかによって変わるものです。

B型だから「大ざっぱ」とか、 A型だから「几帳面」というのは、あくまで俗説に過ぎません。

にもかかわらず、しばしばこうした言葉が出る人というのは「思考のボキャブラリ」が少ない人です。

ありていに言うなら、自分で何も考えないタイプ。

こうしたらどうなるか、というイマジネーション力が乏しい人なのです。

ですから彼らの「 B型だもんね」という言葉は反射的に出ているに過ぎません。

また、たいていこうした場合は、相手をちょっと下に見ています。

つまり自分の考えの浅はかさをさておき、相手のことを笑っているかわいそうな人なのです。

自分のフレームの中でしかものごとを考えませんから、相手の気持ちを理解することもできません。

ですから陰では嫌われているのに、無視して会話に割り込んでくるのです。

適度な距離を置いて接しておくのが一番いいでしょう。

「 A型と B型は合わない」 なんでも血液型や占いで決めつけるというのは、考えることを放棄したやり方です。

私流に言うならば、コードを素通りさせてしまっているわけです。

デコーディングもせず、自己開示もせず、ただ「 A型と B型は合わないから無理」というのは人間関係を狭めるだけです。

とはいうものの、なぜか B型の人を見るとマイペースであったり、楽天家であることも多いようです。

これはなぜでしょうか。

心理学に自己成就予言というものがあります。

これは、周りの人から与えられた情報によって「自分とはこういうものなのだ」という思いを持つと、その通りに動いていくというものです。

つまり B型であることが原因なのではなく、「 B型 =マイペース」という情報がすり込まれたことによって、本人の性格の一部となったのです。

これが「あなた B型だもんね」男や女を台頭させてしまう原因ともなっています。

ただ、血液型など信じていなくても使うこともあります。

「私は A型であなたは B型。

相性が悪いのでお付き合いできません」 自分のせいではありません、 A型なのが悪いんですと、言い訳するときに使う人もいるようです。

「そんなことも知らないの」 Dさんはクイズマニアです。

テレビのクイズ番組に出て優勝したこともある強者で、常に情報の収集を怠りません。

博覧強記で「歩くグーグル」とも言われています。

そんな Dさんですが、休憩室に行くとなぜかみんな目を伏せてしまいます。

というのも、誰かが話をしていると「そんなことも知らないのぉ」と、話に割り込んできてうんちくを語り始めるからです。

悦に入っているのは、 Dさんただ一人だけ。

もうひとつ休憩室を作ってくれ、と総務部に相談する人までいるようです。

常識というのは、相手と自分が等しく認識している事柄です。

最近のクイズ番組では「常識のなさ」をエンタテインメントとして見せる作りが人気のようですが、 Dさんの場合はわざわざ人の知らないことに対して突っ込んでいるようなものです。

意味なく人に恥をかかせない、というのは常識の一つです。

人は間違ったり忘れたりすることもあるというのも常識です。

「そんなことも知らないの」という人は、常識がありません。

自分の常識は世界の常識だと勘違いしているのです。

ある意味で、俺様系の人に間違いありません。

もう一つ言えば、しきりに「そんなことも知らないの」と言う人は「知っていること」に過大な誇りを持っています。

知は力なりという言葉がありますが、知を武器として「自分は世の中に役立つ存在だ」「私の知識には誰も及ばない」と思い込むことで自分を奮い立たせているのです。

そのためにコツコツ勉強しているわけですから、努力家ではあるのでしょう。

しかしあえてお近づきになりたいタイプとは、とうてい言えません。

「それはそうと」「この前の映画は面白かったね」「そうだね。

それはそうと、ちょっと思い出したんだけれど……」 といきなり話の腰を折る人がいます。

こういう人はまずモテません。

女性にとってみれば、どんな話であっても相手とのつながりをつくるための確認行為です。

共感を分かち合いたいゆえに話をしているのに、「私の話なんて、どうでもいいのね!」となってしまいかねません。

にもかかわらず話が最後まで聞けない人には、どんな理由があるのでしょうか。

大きく分けると三つ理由があります。

①我慢がきかないので、話に興味が持てないと話題を変えたくなる ②どんなときでも自分に注目して欲しい。

自分が話題の中心でいたい ③他人の話より、自分の話のほうがもっと面白いと思っている もちろん、 2時間も 3時間も同じ話というのであれば別ですが、相手の話を最後まで聞くというのは、人間関係の常識です。

そして人に好かれるための第一歩と言えます。

「まだできないの」 人がイラッとする言葉の中でも、トップクラスに位置するのがこの言葉ではないでしょうか。

「まだできないの」とつい言ってしまう人には、三つのタイプがあります。

まず一つ目はやり手タイプです。

なまじ仕事ができるものですから、なぜ自分と同じスピードで仕事ができないのかわからないのです。

また、時間の無駄を非常に嫌がります。

そのため、グズグズしている人間を見ると、つい「まだできないの?」と言ってしまうのです。

つぎに威張るのが好きなタイプ。

いつでも誰かを見下していたいタイプなので、待たされるということが許せません。

少しでも待たせようものなら「お前ごときが!」とばかりに感情的に怒りを炸裂させます。

最後に心配性タイプ。

このタイプもすぐさま仕事は片付けてしまいますが、それはやり手タイプのように時間がもったいないからではありません。

何かトラブルが起こって締め切りに遅れるのが怖いから、早めに仕上げるのです。

モタモタしている人間は、これらのタイプにとってトラブルの種になりかねません。

作家・開高健さんの口癖に「悠々として急げ」という言葉があります。

いくらスピードの時代であっても、相手の気持ちを気遣う余裕は忘れたくないものです。

「今からやろうと思ってたのに」 仕事ができる人というのは、どのようにすればその仕事をうまく進めていけるかという「型」を作り上げている人です。

人間ですから誰しも感情のブレがあり、ノレるときとノレないときがあります。

しかしできる人というのは仕事を「仕組み化」してしまっているために、はじめに何をやるべきかがわかっています。

そのため「さあ、どこから手をつけようか」と悩むこともなく、感情に左右されることもなく仕事をテキパキ進めることができるのです。

そうした意味で言うと「今からやろうと思ってたのに」と頻繁に口にする人は、残念ながら半人前としか言いようがありません。

つまり、この人は仕事のやり方がわかっていないか、あるいはわかっていても自分の気持ちに左右されてなかなか手をつけられない人なのです。

ただ「申し訳ありません。

すぐやります」と言えばいいところを、こんなふうに言い訳する人は実は心の裏表のない素直な人ではあるのでしょう。

人は口に出すだけでなく、心の中でも言葉を口にしています。

内話と呼ばれる現象ですが、この人の場合その内話が外部にまで漏れだしてきているわけです。

言い方はいろいろあるでしょうが、心根の悪い人ではないのは確かです。

「しかしですね」 仕事がうまくいかなかったとき、約束を守らなかったときに、いつも「しかしですね」とか「自分は悪くない」と言う人がいます。

本人としては言い訳のつもりかもしれませんが、言われたほうにしてみれば何の解決にもなっていません。

「今回は私の力が至らず申し訳ありませんでした。

実は……」「失敗したかもしれないけれど、私も仕事が山積みで……」 どちらが相手の心証がいいかといえば、これは絶対前者です。

責任感のない人というのは、何をしても言い訳します。

「大きな仕事」というものは、責任感がない人にはつとまりません。

仕事を頼む立場の人にしてみれば「こんなことでさえできないのか」と、しだいに誰でもできる面白みのない仕事のみお願いしたり、距離を置くようになってしまいます。

実際欧米では、「 BUT」で言葉が始まる人は嫌われると言います。

もしかすると子供の頃に「でも」「だけど」と言い続けていれば、許してもらえたという経験があるのかもしれません。

しかしそれは、生きることを親に依存せざるを得ないまだ力の弱い子供だから許されることです。

大人になるまで「でもでも」癖が残っているということは、幼児性の強い人なのでしょう。

「もう何だかバタバタで」 宗教思想家のひろさちやさんは「お忙しいでしょう」と相手に言われると、「いえ、私は忙しくありません。

仕事がたてこんでいるだけです」と言うのだそうです。

「忙」という字を分解すると、「心」を「亡くす」となります。

つまりは、私はいくら仕事がたてこんでいても心をなくすようなことはしませんよという、ひろさん独特のユーモアなのです。

たしかに仕事ができる人というのは、いくら仕事を抱えていても忙しいように見えません。

「なんだか最近ひまなんですよ。

近々飲みに行きませんか」とひょうひょうと言ってのけます。

もちろん仕事というのは相手があってできることですから、突然バタバタしてしまうことはあります。

しかし、いつもいつも「バタバタで」と言う人は「忙しいふり」をすることで自分は「できる人」だと見せたいのか、単なる段取りの悪い人です。

「大変ですね」と言ってあげると喜びますが「いつもバタバタ」なので、一緒に仕事を始めるとなかなか進みません。

要注意人物の一人と言えるでしょう。

「ま、いっか」 今週締め切りだった企画書を、すっかり忘れていた Oさん。

おそるおそる上司に相談すると、「ああ、そうなんだ。

ま、いっか。

しょうがないね」 という答え。

ものわかりがいいと言えばいいですが、今晩寝ないで頑張ってしあげようと思っていた Oさんは、力が抜けてしまったといいます。

「ま、いいか。

中華で」「ま、いいか。

A案で」 言われるほうにしてみれば、なんだかバカにされているというか、軽く見られているようで、気分が悪い。

そんな気にさせてしまうのが、この口癖の人です。

OKなら OKでただ「わかった、中華にしよう」と言えばいいのに、よけいな言葉をつけてしまうから、不愉快な気分にさせてしまうのです。

では、なぜこんなことを言ってしまうのでしょうか。

「ま、いいか」という言葉には「ベストじゃないけれども、しょうがない」というニュアンスが垣間見えます。

つまりはもったいをつけて、自分に何らかの威厳をつけようとしているのでしょう。

「アレがソレした日はいつだっけ?」 人の注目を浴びる方法というのはいろいろあります。

外見で印象づけるというのもそうですし、言葉で注意を引くというのもそうです。

ここでお話しする「アレソレ」癖の人も、そうした傾向がある人です。

「あの、えっと、アレなんだけれど、どうしたらいいでしょうか」 という言葉に、すぐさま答えられる人は、相手と共通コードをたくさん持っている仲良しです。

そうでもない人の場合は、「アレって? この人は何が言いたいのだろう」と思うのが普通です。

実はこの人の目的は、そうやって相手の注目を浴びることにあります。

もともとこのタイプはコミュニケーションが苦手です。

自分にも自信がなく「自分に興味を持ってくれる人なんていない」と考えています。

何かちゃんとした話をしようとするなら、「面白くないと言われるのではないか」「そんな話だったら、後にしてと言われるのではないか」ということも気になってしまいます。

けれど「アレソレ」と言っている間は、注目してもらえます。

そうした記憶が無意識の中に刻み込まれて、ついそうした口ぶりになってしまうのです。

だからといって、いつまでもそうした言葉癖が許されるわけでもありません。

はじめは「なんだろう」と思われていても、底が知れてしまうと「どうせまたつまらない話だろう」と見極められてしまいます。

ところで「アレソレ」癖の人が、そのままで生きていくには出世するより他ありません。

出世すれば、相手のほうから勝手にコードを読み取ってくれるからです。

そのために必要なのは、デコーディング力をつけて相手の欲しいものを的確につかめるようにすることです。

逆にそれさえできれば、話す内容にも深みが出て、相手の関心を引きつけるような話をすることもできるでしょう。

営業のトップと言われる人が、もともと内気だったというのはよくある話です。

要は「そうなりたい」という意欲と熱意が大切と言えます。

「ごめん、ごめん」 Jさんはおっちょこちょいとして、社内でも有名です。

「経費の精算が遅れた」と言ってはごめんごめん。

「会議に遅刻した」と言ってもごめんごめん。

「彼女の誕生日を忘れた」と言ってはごめんごめん。

しまいには会議で役員に叱責されたときにも「すいません、すいません」とやったものだから、誰も行きたがらない最果ての出張所に飛ばされてしまいました。

普通、何かミスをすれば「二度とやらないようにしよう」と反省するものですが、このタイプは何度も同じミスを繰り返します。

再びミスをしても、とにかく謝っておけばなんとかなるという考えを持っているからです。

しかし、人生はそう甘いものではありません。

小さなことなら見逃してくれても、ちょっと大きなことになると「誠意があるのか!」という話にもなってきます。

そうなるとますます「すみませんすみません」と謝ってしまい、相手は態度をどんどん頑なにしていきます。

こうした謝り癖は、自分に対する自信のなさの裏返しかもしれません。

「私、バカだから」「うまくできなくてごめんなさい。

私、バカだから」「わがままばっかりでごめんなさい。

私、こんな性格だから」 あなたのまわりに、こんな言い訳をする人はいないでしょうか。

もしかすると、その人はふわふわした天然系のキャラクターを演じているかもしれませんが、その人の本当の姿はもっとしたたかです。

心理学に迎合行動と呼ばれるものがあります。

自分をあえて卑下して格下に見せることで、相手の心理的警戒を解くとともに、好意を引き出そうとする高等戦術です。

「私、バカだから」という切り返しは、まさに迎合行動を巧みに活用したものと言えるでしょう。

実際、こう言われると「う ~ん、バカだったら仕方がないよな」と答えるしかありません。

そこでそのまま問題をなしくずしにしてしまうというのが、この人の目的なのです。

本当にバカな人はそれがわからないように、知的なふりをするものです。

逆にこの人はバカのふりをすることで、周りのやっかみから自分を守りつつ目の前の人々のバカっぷりを眺めているのかもしれません。

バカとハサミは使いようなどといいますが、バカ(のふりをした人)は簡単に使えるものではありません。

バカより怖いものはないのです。

第 4章のまとめ「だから言っただろう」が口癖の人は、自分の正しさを証明するチャンスを常に狙っている。

「誰にも言わないでね」と言いながらゴシップを披露してまわる人は、注目を浴びて話題の中心にいたいタイプ。

「あなた B型だもんね」と血液型判断が好きな人は、自分のものさしで物事を量るタイプ。

いつも慌ただしく、「もう何だかバタバタで」と言う人は、できる自分を演出している可能性大。

忙しぶるだけで仕事が進まないことも。

「私、バカだから」という口癖は、自分を卑下することで相手を気持ちよくする、したたかな戦術と言える。

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