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第 4章数字を使ってマーケティングしていますか?

第 4章数字を使ってマーケティングしていますか?

1 数字に落とし込むための回帰分析の考え方 2 いざ実践! エクセルで回帰分析 3 回帰分析はマーケティングでこんなに役立つ 4 メルマガ配信数を組み立てよう 5 PDCAサイクルは数学的にも説明できる 6 「感情」で動いてしまうからこそ智香からのワンポイントアドバイス ❹

1 数字に落とし込むための回帰分析の考え方今後、メルマガの配信はどうする? 木村の肝入りだった「ファッション誌の広告出稿」をいったんストップするという大きな決断が下されたその日の夜、智香のデスクの横に奈々がやってきました。

「柴崎さ ~ん、会議で出たメルマガの件なんですけど」 「はい、どうしました?」 「午前中はあんな感じだったし、お話しする時間がなかったんですが……」 「今後メルマガは具体的に毎月どのくらい配信していけばいいのか?」 「そうです! さっすがぁ ♪」 無邪気な笑顔を見せる奈々の後ろから、近藤がチラチラとこちらをうかがっています。

気が付けば真横にいた木村もこの会話を聞いていたようで、横目で智香をジッと見ています。

「オイ」 「昭和の夫婦じゃないんですから、その呼び方やめてください」 「オホン……あの、柴崎センセイ」 「変です」 近藤も奈々も大笑い。

ブライトストーン社の営業部に笑顔が戻ってきました。

「よし! この場で緊急会議を始めるぞ。

テーマは、今後のメルマガ配信数の検討だ!!」 「はぁ ~い ♪」 「あ、ボクみんなのコーヒー入れてきます」回帰分析って何だ? コーヒーを飲みながらのミニ会議がスタートしました。

議論のポイントは、過去の実績から、既存のお客様に月間でメルマガを何通配信すれば、その月にどのくらいの売上高が見込めるのかということです。

そこまで数字に落とし込まないと、メンバーの具体的な仕事が決められません。

「やっぱりこれも数学を使って分析するのか?」 「そうです。

先輩は〝回帰分析〟ってご存じですか?」 「何だそりゃ? 霊感が必要なのか?」 「は?」 木村が「怪奇分析」だと思っていることを奈々が慌てて智香に説明しています。

回帰分析とは何らかの変量がある時、その変動の原因を統計的に究明してそれらの関係を表す数式を求めることであり、前章で登場した「2つの変量の相関関係」をさらに具体的に数式化するものです。

「数学的に丁寧に説明しようとすると、とても難しい理論なんです。

ですからみなさんには大まかな思想だけ説明します。

理屈はざっくり理解し、あとはエクセル等で使えればいいので」 「ほう。

さっそく説明してくれ」 「たとえば午前中の会議で近藤さんが言っていたように、〝アイスクリームは気温が高い日のほうがより売れる〟と推測できます」 「ああ」 「でも、それだけだと〝まあそりゃそうだろ〟というレベルです。

ビジネスで大切なのは……」 「気温が △℃だったらアイスは ○個売れる、みたいな情報を持っていることです」 「近藤さん、その通りです(ニコッ)」 近藤の言う通り、そこまで数字で落とし込めていないとビジネスに使える情報にはなりません。

このメルマガ配信数の議論もまさにそこが論点になっています。

「確かに ~! でも、どうやってそれを把握するんですか?」 「たとえば最高気温 △℃の日に、あるアイスクリームが平均どのくらい売れたのかを散布図にしたらこうなったとしましょう」 智香は素早くエクセルでダミーの数字をつくり、グラフにして見せます。

「これはかなり強い正の相関がありそうだな」 「そうですね。

そこでその〝何となくの正の相関〟を思い切って直線で表現してしまいましょう」 「直線? どういうことだ?」 智香はグラフの中に直線を一本書き入れました。

さらにこの散布図において気温を X軸、販売数を Y軸とし、描いた直線を Xと Yの一次関数で表現することにします。

「ちょっと大胆ですが、だいたいこんな感じの関係があると表現できる直線をグラフ内に書いてみるのです。

言わばこの直線はアイスの販売数と気温との関係を表現してくれる代表的な一次関数ってわけです」 「一次関数……、中学校あたりでやったな。

確か Y = 5 X + 10、みたいな感じの……」 「柴崎さん、つまりこういうことですか? この直線を先輩が言ったような関数として式で表せられれば、気温が △℃だったらアイスは ○個売れるということが理論上はわかると」 「その通りです。

そこまでやることが〝数字に落とし込むこと〟です」 「数字に落とし込むこと?」 「はい。

わかりやすく言えば、『〝ある数字〟がこうなったら、〝別の数字〟はこうなるだろう』という数式のようなものをつくることです」直線をざっくり〝数式化〟してみる いよいよここからが回帰分析の本題。

まだ木村と奈々はピンときていないようです。

「では気温が 0 ℃の時、直線は Y軸のどのあたりを通過するでしょうか」 「ん? えっと……ざっくり 130くらいか?」 「そうです。

一方、 X = 40の時にこの直線は Y = 190あたりを通りますから、以上の情報から中学校で学んだ導き方によりこの直線を表現する式がちょっと大胆ではありますが決められます。

近藤さん、どうですか?」 「えっと……( Xがゼロのとき、 Yは 130だから、 Xが 40増えると Yは『 190 − 130 = 60』増えることになるから、この直線の傾きは 60/ 40、つまり 1・ 5だな……)ざっくり Y = 1・ 5 X + 130です」 「だんだんわかってきた〜 ♪ つまりこの式の Xに気温を代入すれば、 Yの数字がその気温の日にアイスクリームがどのくらい売れるのかを教えてくれるってことですか?」 「その通りです(ニコッ)」

考え方の理解が目的のため、ここではざっくりとした説明になっていますが、これが統計分析として代表的なもののひとつ、回帰分析の基本的な考え方です。

実際は数学的な理論に基づき、緻密な作業をして導かれた一次関数を使わなければなりませんが、人間がアナログで行うには限界があります。

ビジネスパーソンが使う際には、表計算ソフトを活用すればよいのです。

「ん? ということは、たとえば気温 30 ℃だったら……『 1. 5 × 30 + 130 = 175』だから 175個ってことか?」 「その通りです(ニコッ)。

実際、この直線も Xが 30の時には Yが 175のあたりを通っていますよね」 「おおっ! 確かに」 「あとはエクセルで使い方を理解しましょう」

2 いざ実践! エクセルで回帰分析回帰分析をエクセルで自由自在に 「では実際に表参道店の売上高とメルマガ配信数について回帰分析をやってみましょう。

せっかくですから、先輩に操作してもらっていいですか?」 「おお、任せろ」 「さっそくですが先輩、縦軸の売上と横軸のメルマガ配信数の関係をざっくり 1本の線で表現するとどんな直線になりますか?」 「ん? さっきのアイスクリームの考え方と同じでいいんだろ? こういうことだよな」 木村はパソコンの画面に向かって指を指し、グラフの左下から右上にかけて指を動かします。

「その通りです。

では具体的にどんな直線になり、そしてその直線はどんな式で表現できるのかをエクセルを使って導いてみます」 「面白そ ~♪」 「何だか楽しみですね!」 智香はエクセルでの操作方法を説明し(次の図)、木村に操作してみるよう促します。

「回帰分析」という言葉を聞くと、難しそうに感じるかもしれませんが、智香が木村に教えたのは、たった4つのステップでした。

「うおおっ! 何だこれは!?」 「すご ~い! 線が描かれている」

「はい。

2つの数量の関係を表現する 1本の直線を、数学的に導いた結果になります」 「ということは、この『 Y = 24, 505 X-914, 944』という式が……」 「お察しの通り、この直線を表す式になっています。

Xがメルマガの配信数、 Yが売上高」 「ほ ~。

ということは、たとえばメルマガ配信数が 1か月で 500通だとしたら、その月の売上高は……」 「『 24, 505 × 500 − 914, 944 ≒ 11, 340, 000』つまり、 1100万円強の売上高が見込めるという理論値が得られます」 「すご ~い! 確かに配信数が 500通の時、グラフも 1100万円から 1200万円の間を通ってるし」 「何かコレ、面白いな」 「先輩、ではこの数式は 1か月間にメルマガを 300通しか配信しなかったとしたら売上は理論上いくらになると教えてくれていますか?」 「えっと……(メルマガ 300通を配信したとすると、 Y = 24, 505 × 300 − 914, 944だから……)ざっと 640万円。

おおっ確かにグラフもそんな感じだ! 何かコレ、面白いな」 「何かコレ、面白いな」を 2回繰り返したことに気付いていない木村のその表情は、まるでオモチャを眺める子どものように輝いていました。

3 回帰分析はマーケティングでこんなに役立つ単回帰分析と重回帰分析 「いま、ここでみなさんに知ってもらった分析手法は、正確には〝単回帰分析〟って呼ばれているものです」 「たんかいきぶんせき?」 「ええ、いまみたいに2つの変量で行う場合をそう呼びます」 「ということは、3つや4つで分析することもあるのか?」 「ええ、その場合は〝重回帰分析〟って呼んでいます」 「ああ……そっか。

もうこの話題はやめよう。

その専門用語自体がもう受け付けない感じ」 智香の説明通り、ここで登場した分析手法は回帰分析と呼ばれるものの中で最もやさしくシンプルなものです。

ですが、ビジネスにおいては専門的な分析の仕事でもしない限りは、この単回帰分析がしっかり使えれば十分です。

「柴崎さん、この単回帰分析ってどんな業種で使われるものなんですか?」 「特定の業種だけ使うものではありませんよ。

いろんな活用法があります」 「へぇ ~。

たとえば私たちみたいなファッションや小売の仕事だったら他にはどんな使い方があるんですか?」 「そうですね……たとえばショップの売上高と相関が強そうなものって何があると思いますか?」 智香はメンバー全員に視線を配り、答えを待ちます。

単回帰分析ってかなり使える! 「何でもいいですか?」 「ええ、もちろん」 「たとえば『売上高とショップの面積』とか」 「確かに。

広ければ広いほど並べる商品は多いですからね」 「ひとつ思いつきました ♪ 『売上高とそのショップの最寄駅の 1日の乗降客数』とか?」 「島田さん、それは面白いですね」 「やった! 褒められた ☆」 「いま、お 2人に挙げていただいたものは、たとえば新しい店舗をオープンさせる時の売上計画を立てる場面などで使えますね」 新店舗をオープンさせるにあたり、他のショップのデータを使ってショップの面積から店舗の大よその売上高が予測できればありがたいですし、奈々のアイデアもその店の売上計画を検討するにあたり、ひとつのアプローチになります。

「こういうのはどうなんだ?」 「どうぞ」 「シーズンの切り替え時期、たとえば 2 ~3月。

この時期は気温が急に上がると突然春物が売れるし、まだ寒い日は一向に売れない。

だから、この時期はその日の気温がショップの売上にかなり影響するんだ。

つまり強い正の相関ってやつがあるってことだな」 「なるほど。

それも単回帰分析が使えますね。

『明日の気温は 15 ℃と一気に暖かくなる予報だから理論上は ○円売れる』という数字が得られますし、もしその数字では目標値に届かないようでしたら冬物を思い切って下げてしまい、春物を一気に店頭に並べて勝負するなんてクイックな対応もできるのではないでしょうか」

3 回帰分析はマーケティングでこんなに役立つ単回帰分析と重回帰分析 「いま、ここでみなさんに知ってもらった分析手法は、正確には〝単回帰分析〟って呼ばれているものです」 「たんかいきぶんせき?」 「ええ、いまみたいに2つの変量で行う場合をそう呼びます」 「ということは、3つや4つで分析することもあるのか?」 「ええ、その場合は〝重回帰分析〟って呼んでいます」 「ああ……そっか。

もうこの話題はやめよう。

その専門用語自体がもう受け付けない感じ」 智香の説明通り、ここで登場した分析手法は回帰分析と呼ばれるものの中で最もやさしくシンプルなものです。

ですが、ビジネスにおいては専門的な分析の仕事でもしない限りは、この単回帰分析がしっかり使えれば十分です。

「柴崎さん、この単回帰分析ってどんな業種で使われるものなんですか?」 「特定の業種だけ使うものではありませんよ。

いろんな活用法があります」 「へぇ ~。

たとえば私たちみたいなファッションや小売の仕事だったら他にはどんな使い方があるんですか?」 「そうですね……たとえばショップの売上高と相関が強そうなものって何があると思いますか?」 智香はメンバー全員に視線を配り、答えを待ちます。

単回帰分析ってかなり使える! 「何でもいいですか?」 「ええ、もちろん」 「たとえば『売上高とショップの面積』とか」 「確かに。

広ければ広いほど並べる商品は多いですからね」 「ひとつ思いつきました ♪ 『売上高とそのショップの最寄駅の 1日の乗降客数』とか?」 「島田さん、それは面白いですね」 「やった! 褒められた ☆」 「いま、お 2人に挙げていただいたものは、たとえば新しい店舗をオープンさせる時の売上計画を立てる場面などで使えますね」 新店舗をオープンさせるにあたり、他のショップのデータを使ってショップの面積から店舗の大よその売上高が予測できればありがたいですし、奈々のアイデアもその店の売上計画を検討するにあたり、ひとつのアプローチになります。

「こういうのはどうなんだ?」 「どうぞ」 「シーズンの切り替え時期、たとえば 2 ~3月。

この時期は気温が急に上がると突然春物が売れるし、まだ寒い日は一向に売れない。

だから、この時期はその日の気温がショップの売上にかなり影響するんだ。

つまり強い正の相関ってやつがあるってことだな」 「なるほど。

それも単回帰分析が使えますね。

『明日の気温は 15 ℃と一気に暖かくなる予報だから理論上は ○円売れる』という数字が得られますし、もしその数字では目標値に届かないようでしたら冬物を思い切って下げてしまい、春物を一気に店頭に並べて勝負するなんてクイックな対応もできるのではないでしょうか」

「そうか……単回帰分析、確かに使える気がする」 「先輩、これからは全国のショップにその日の最高気温を記録しておくようにしておきますか?」 「そうだな。

何かショップ運営に有効な法則が見つかるかもしれないし、それも地域によって違うかもしれないもんな」 「そうですね。

もしかしたら東京地方とかは新作に敏感なお客様も多いから、気温が高い日は一気に春物が動く可能性もあるかもしれませんね!」 「よし、さっそく各ショップに指示をしておこう。

何か手元にあるデータが増えるといろんなアプローチができそうでちょっと楽しいな」 ファッションや小売は気温や天気などに大きく影響を受けるビジネス。

ゆえにこのような情報をきちんと定量的な情報として扱い、売上や来店者数を予測して店舗運営に活かすことはとても有効な方法と言えます。

4 メルマガ配信数を組み立てよう単回帰分析で必要な配信数を計算すると…… 「先輩、ここからが本題ですよ」 「ん?」 「来月、表参道店は 1050万円の売上が必要です」 「おお、ヤバイ指数の話の時に確認したやつだな」 「概算で捉えましょう。

全品 10%オフキャンペーンというイレギュラーな状態ではありますがそれはいったん無視したとして、 1050万円の売上を稼ぐためには理論上、メルマガ配信数は何通必要になるでしょうか」 「なるほど! そう考えて使うのか。

よし計算してみよう」 10, 500, 000 = 24, 505 X-914, 944 → X ≒ 466 「およそ 466通 ♪」 「昨年の4月は 375通でしたから、今年はその 1・ 3倍程度は必要になるということですね」 メンバーは単回帰分析の結果を使い、大まかにメルマガ配信数の理論値を掴みました。

しかし、ここで木村が重要なポイントに気付きます。

「待てよ。

いま表参道のお客様向けのメルマガ登録者って 466名もいるのか?」 「あ、今日確認したら 180名でした」 「ということは……」 「登録していただいているお客様に 1回送っただけでは足りないってことですね」 「そうです。

今年はこの理論値を参考にして、メルマガの内容や配信頻度を考えていかなければならないということですね」 「そっか ~。

去年は何も考えずに適当に送っちゃってたなぁ……」 本来、このような仕事はマーケティングの基本中の基本です。

しかし、メンバーの数字に対する意識が低いがゆえに後回しになっていたようです。

ブライトストーン社の営業部も、ようやくメルマガのマーケティングを始めるための第一歩が踏み出せたようです。

「そうですね。

メルマガはあまり配信頻度が多いと嫌われてしまい解除されるリスクもありますから、 1か月の間に同じお客様に複数回メルマガをお送りするなら、違う内容で、かつほどよい間隔で配信する必要がありそうです」 「OK! じゃあこのまま来月のメルマガ配信の頻度と内容を具体的に詰めていこうか。

FLAPのオープンはもうすぐだ。

負けられないぞ!」バランスのよいメルマガ配信計画 「そういえば奈々ちゃんが午前中の会議の時に言っていた〝一部の上位顧客〟って、いま何人くらいいるの?」 「表参道店のメルマガ登録者 180名のうち…… 50名です。

この方たちには、たま ~に手書きのダイレクトメールを郵送したり、新シーズンのカタログができあがったら郵送したりしていました。

50名全員は正直、無理でしたけど……」 「なるほど……その 50名は完全に WIXY表参道店のファンってことだから……どう考えたらいいんだ??」 木村は悩み始めてしまいました。

すると智香が再びパソコンでエクセルを起動させ、サッと表をつくっていきます。

「理論上 466通が必要という前提のもとに、バランスも考えた組み合わせを考えましょう」 「ああ、そうだな」 「たとえば極端な話、上位顧客には 1か月以内に 10通配信し、それ以外のお客様には配信しないとすると……」 「50(名) × 10(通)で、合計 500通の配信。

前提は満たしていますが……」 「さすがにちょっとね ~」 「では、このくらいのバランスでいかがでしょう。

上位顧客には週 1回プラス何か特別なニュースを私たちでつくって配信。

それ以外の登録者には月に 2回程度の配信に留める」 「うん、すでにファンの上位顧客は週 1回のペースがほどよいかもしれないな。

それ以外の登録者には 10%オフキャンペーンの開始時と、月の後半でリマインドを兼ねてもう 1回お知らせをする。

みんなどうだ?」 「はい、バランスがいいと思います。

あまり配信し過ぎて登録解除されるのも怖いですもんね」 「いいと思います ♪ これからはメルマガのお仕事も頑張らなきゃ!」

その後、ミーティングの話題はメルマガの内容や配信時間帯などに及び、夜遅くまで続くことになります。

しかし、不思議とメンバーに疲労感はありません。

それは、いま間違いなく仕事がよい方向に改善しているということが確信として彼らの中にあるから。

このまま進んでいけばいままで見えなかった景色が見えるのではないかという期待。

それが彼らの原動力になっているのです。

5 PDCAサイクルは数学的にも説明できる 3回は繰り返しましょう 時刻はすでに 22時を過ぎていました。

白熱した議論が終わり、オフィスに残っているのは智香と木村の 2人だけ。

すると、帰り支度を始める智香に木村が声をかけました。

「ひとつ教えてくれ」 「はい、何でしょうか?」 「本当にファッション誌への広告掲載をやめてメルマガに注力することで、うまくいくと思っているか?」 「……?」 「オマエの本音を聞きたい」 「……今回のような PDCAを 3回繰り返せば、何かしらの成功体験はできると思います」 「3回……?」 木村は不思議でした。

なぜ「 3回」という数字が出てくるのか。

そんな木村の気持ちを理解しているかのように、智香は話を続けます。

「先輩、確率ってご存じですよね?」 「ああ、〝サイコロで 1が出る確率は 1/ 6〟ってやつだろ」 「そうです。

でもその確率って数学的確率といって、ビジネスではほとんど使えない概念なんですよね」 「まあ、確かに実際サイコロなんて振らないしな。

それで?」 「今回の意思決定が結果的にうまくいくかどうか、先輩は直観的にはどう思いますか?」 「直観的に?」 「そうです。

直観的にです」 「まあ、五分五分ってところかな、正直」 「それを確率で、つまり数字で表現すると、いくつくらいでしょうか?」 「…… 50%、かな」 「ええ、それを『直観的確率』なんて呼びます」 「ふーん」

「仮に今回の施策が失敗したとしましょう。

もちろんそうなる確率は 50%です。

ではその結果を受けて行う次の施策も失敗する確率が五分五分、つまり 50%とします。

2回連続で失敗する確率はいくらと考えられますか?」 「『 0. 5 × 0. 5 = 0. 25』、つまり 25%ってことか?」 「その通りです。

ではさらにその結果を受けて行う次の施策までもが失敗する確率は?」 「それも五分五分だとすれば、『 0. 25 × 0. 5 = 0. 125』、つまり 12・ 5%」 「ええ、つまり 3回とも失敗する確率は 10%強。

裏を返せば……」 「9割方は成功するってことだ!」 「そうです。

だから私は先ほど 3回繰り返せば、何かしらの成功体験はできるだろうと申し上げたのです」

ビジネスにおいて「 PDCAを回せ」とはよく言われることですが、それはこういう数学的背景もあるからと言えます。

ビジネスでは数学的確率の計算ができることよりも、このように直観的確率で出来事の起こりやすさをざっと数字で捉えることが重要なのです。

ファッション誌を否定しているわけではない 「なるほど。

あと、もうひとついいか?」 「はい、何でしょうか?」 「ファッション誌という媒体を使って、世の中に WIXYというブランドのよさを伝えていくことは意味がないんだろうか?」 「……」 「これもまた、オマエの本音を聞きたい」 「……いえ、そんなことはないと思いますよ」 「いや、だってオマエは今日……」 「私が指摘させていただいたのは、明日、来週、 1か月後、つまり〝目前の売上高〟を増やすための最善の施策としては極めて疑わしいということだけです」 「……」 赤字が許されない旗艦店の現状、競合ブランドの出店、広告宣伝費が極めて高額……。

この結論は、ある意味では当然のことなのです。

しかし、だからといって雑誌広告が価値のあるものか否かは別の議論だと智香は言いたいようです。

「いま、このタイミングで目的が何かを考えた時には、雑誌広告は適切ではないということだと私は考えています。

惰性でお金を使うのではなく、しっかり目的とタイミングを検討し、有効な手法と判断ができるのであれば、雑誌広告だって活用すればいいと思います」 「……そうだな。

確かにオマエの言う通りだ。

ファッション誌の存在自体を否定する必要はないってことだよな」 「はい、もちろんです」 真顔で当然のように答える智香を見て、逆に木村は救われた気がしました。

IZAKAYA TALK 6 「感情」で動いてしまうからこそ…… 翌日、木村は千春をいつもの居酒屋に呼び出しました。

どうやら話したいことがあるようです。

いつものグチかなと思って店に入った千春ですが……。

「……よう」 明らかにテンションの低い木村を見て、「これは何かあったな」と千春は察しました。

今日はとことん聞き役に徹する必要がありそうです。

「どうしたの? 何かあったんでしょ?」 昨日の出来事をひと通り説明された千春は、なるほどと合点しました。

プライドが高く、自分の仕事に自信を持っている人ほど自分の仕事を否定されたり失ったりした時のダメージは大きいものです。

「そっか〜。

思い入れのある仕事って、なかなか手放せないよね ~」 「ああ。

まあな」 「でも、納得しているんでしょ?」 「ああ。

今回も数字のチカラってやつに完敗ですわ」 「乾杯(完敗) ~♪」 千春の冗談に木村の表情が緩みます。

こんなちょっとした気づかいは、ひとつ年上の千春のほうが得意です。

「でも今回のことで思ったよ。

やっぱり人間は『感情の生き物』なんだなって」 「……?」 「本当はどこかで思っていたんだよ。

雑誌広告って仕事が、自分の自己満足になっている。

単なる自分の作品づくりになっている。

ショップの売上に貢献しているかどうか疑問だと」 「うん」 「続けるべき根拠はなかった。

でも、同時にやめる理由も見つからなかった」 「お待ち!」の声とともに、焼き鳥の盛り合わせが運ばれてきました。

木村はすぐに 1本を口に頬張り次の言葉を探します。

千春は、その言葉をじっと待つことにしました。

「感謝しなくちゃいけないのかもな」 「え?」 「アイツに感謝しなくちゃいけないんだろうな」 「数学女子のこと?」 「そう。

悔しいけれどアイツは〝やめる理由〟をつくってくれた。

数字のチカラってやつを使って、俺の間違いを正してくれた」 「ふ ~ん、まあ確かに人って、何となくわかっていても……ってことがたくさんあるわよね。

でも、それが正か誤かを問答無用で明確に示してくれるのが数字なんだろうね……」 千春の言う通り、人間は楽なほうや好きなほうに向かって動いてしまうものです。

それでいい場合もありますが、時にはそれが誤った方向の時もあるはず。

だからこそ、それを正すべき時に正せる道具がビジネスパーソンには必要であり、それが数字なのでしょう。

「ねえ」 「おう」 「最近、数学女子の話ばかりだけどさ……」 「ん? そうか?」 「数学女子ばかりじゃなくて、すぐ隣にいる誰かにも、ちゃんと興味を持ってくださいよっ ♪」 思わぬセリフにドキッとしながら、木村は「はい」と顔で表情をつくります。

そんな少し甘い会話も楽しみながら、春の夜は更けていきます。

桜の開花宣言が少しずつ全国で報じられるようになった3月下旬。

ライバルとなる FLAP表参道店のオープンまであと 1週間。

いよいよ、「絶対に負けられない戦い」が始まります。

 

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