生き物はいつから眠るようになったのだろうか。大型の類人猿だろうか。
またはもっと早くて、爬虫類か、それともさらにその祖先の魚類だろうか?
眠らない動物などいない
現在まででわかっているかぎり、地球上に暮らすあらゆる動物が眠る。または、眠りにとてもよく似た行動をとる。例外は存在しない。
動物の中には、ハエ、ハチ、ゴキブリ、サソリなどの昆虫や、小魚から巨大なサメまでを含む魚類、カエルなどの両生類、亀、コモドオオトカゲ、カメレオンなどの爬虫類などが入る。彼らはみな、紛れもなく睡眠をとる。
進化の梯子をさらに登ると、今度は鳥や哺乳類が現れる。彼らもまた、トガリネズミからオウム、カンガルー、ホッキョクグマ、コウモリまで、すべての種族が眠る。そしてもちろん、私たち人間も眠る。睡眠はすべての生き物に共通する現象だ。
原始的な甲殻類や棘皮動物などの無脊椎動物、それにミミズでさえ眠りの時間を楽しんでいる。
彼らの眠りは「レサーガス( lethargus)」というかわいらしい名前で呼ばれていて、人間と同じように外側の刺激に反応を示さなくなる。
そして、これも人間と同じように、ミミズも寝不足のときほど寝つきが早く、ぐっすり眠るようになる。刺激に対する反応が鈍ることで、それは明らかだ。
以上のことから、睡眠の起源を推定することはできるだろうか。
ミミズがこの世に誕生したのはカンブリア爆発のころなので、遅くとも 5億年前ということになる。
つまり脊椎動物が誕生する以前から、睡眠は存在したと考えられる。
脊椎動物の一種である恐竜が現れるのはこれよりも後のことであり、そしてさまざまな研究を総合すると、恐竜は寝ていたと推測される。
ディプロドクスやトリケラトプスが丸まって眠っているところを想像してみよう。なんともかわいらしいではないか!
進化の過程をさらにさかのぼると、 24時間以上の寿命があるなら、バクテリアのようなごく単純な単細胞生物でも、地球の明るさと暗さに呼応した活動期と休止期があることがわかる。
このパターンが私たちの概日リズムの前身であることが、最近の研究によってわかってきた。
睡眠ははるか昔から存在するということだ。その起源は、地球に生命が誕生したころまでさかのぼる。
DNAのような基本的な構造と同じように、どうやら睡眠は、地球上に存在するすべての生き物に共通する特徴であるようだ。とはいえ、睡眠の中身は種族によって大きく違っている。
私たちは夢を見るように進化した
計測できるかぎりでは、すべての種族にノンレム睡眠がある。しかし、昆虫、両生類、魚、それにほとんどの爬虫類は、レム睡眠があるという明らかな証拠がない。
進化の過程で遅れて出現した種である鳥類や哺乳類には、完全なレム睡眠がある。つまり、レム睡眠がある(夢を見る)という特徴は、進化的に見れば新しいということになるだろう。
しかし、睡眠にはよくあることなのだが、ここでも変則が存在する。
先ほど私は、すべての哺乳類にレム睡眠があると書いた。しかし、クジラなどの水生哺乳類についてはまだ意見が分かれている。イルカやシャチなどの一部の水生哺乳類は、レム睡眠をしないのである。
1969年の研究で、ゴンドウクジラ属が 6分間のレム睡眠を記録したという実例はあるが、現在にいたるまでの調査や研究のほとんどで、水生哺乳類がレム睡眠(またはレム睡眠と一般的に思われているもの)をするという証拠は見つかっていない。
ある意味で、これは理にかなっている。
前にも見たように、レム睡眠の間は身体の筋肉が完全に弛緩している。水生哺乳類はときおり水から出て呼吸する必要があるので、泳ぐ能力を失うと死につながりかねない。寝ている間に身体が完全に麻痺したら、泳ぐことができずに溺れてしまうだろう。
アザラシやセイウチなどの鰭脚類(ヒレの脚をもつという意味)まで話を広げると、謎はさらに深まる。鰭脚類も水生哺乳類の一種であり、水中と陸上の両方で暮らしている。陸上にいるときの彼らには、レム睡眠とノンレム睡眠の両方がある。人間や、他の陸生動物と同じだ。しかし海の中にいるときは、ほとんどレム睡眠をしなくなる。
水中のアザラシが経験するレム睡眠は、陸にいるときのわずか 5 ~ 10%だ。海にいるアザラシを 2週間にわたって観察したところ、その間にはっきりしたレム睡眠が記録されることは一度もなかった。彼らはその間、短いノンレム睡眠をくり返すことで生き残っている。
このような例外があるとはいえ、それでレム睡眠の有用性が覆されるわけではない。レム睡眠だけでなく、夢を見ることも、それを経験する種族にとっては間違いなく必要なものだ。
このことについては、パート 3で詳しく見ていこう。
変則的な存在であるアザラシも、陸に上がったときはレム睡眠を回復させる。彼らがレム睡眠を完全に捨てないことからも、その必要性は明らかだろう。ただ水の中にいるときは必要ないというだけだ。おそらく水中では、浅い眠りのノンレム睡眠で十分なのだろう。
イルカやクジラは、いつもそうやって眠っていると考えられる。個人的には、水生哺乳類にもレム睡眠はあると考えている。
クジラやイルカなどのクジラ目であっても、まったくレム睡眠をしないということはないだろう。
私が思うに、彼らが水中で経験しているレム睡眠は一般のレム睡眠とは違い、そのため計測が難しいのではないだろうか。たとえば時間がごく短いのかもしれないし、私たちが観測できない時間に発生しているのかもしれない。または、まだ観測する方法のない脳の場所で起こっているのかもしれない。
私独自の説は信じられないというのなら、1つ指摘しておきたいことがある。
かつて、ハリモグラやカモノハシなどの単孔類(卵を産む哺乳類)は、レム睡眠をしないと考えられていた。しかし現在は、レム睡眠、またはレム睡眠らしきものをするということがわかっている。
睡眠中の脳波は脳の表面である皮質からとるのが一般的だが、彼らの皮質からは、レム睡眠の特徴的な動きの激しい脳波がまったく観測されない。
しかし、計測の場所を皮質からもっと脳の中心部に移動すると、典型的なレム睡眠の脳波が現れる。
カモノハシの場合、レム睡眠の脳波は他の哺乳類よりも多いぐらいだ! レム睡眠はないと思われていた単孔類にも、たとえベータ版であるとはいえ、立派にレム睡眠はあるということがわかった。
単孔類は原始的な哺乳類であり、そして哺乳類の進化が進むにつれ、より洗練されたレム睡眠が出現する。
だから私が思うに、現在はレム睡眠がないと思われているイルカやクジラ、アザラシも、単孔類のような変則型のレム睡眠が、いずれ観察されるのではないだろうか。そもそも、「ある」という証拠がないことは、「ない」という証拠にはならないのだから。
レム睡眠とノンレム睡眠、どちらが重要か?
すべての哺乳類にレム睡眠はあるのかという問題はともかく、1つ確実に言えることがある。それは、進化の過程で最初に出現したのはノンレム睡眠だということだ。
その事実から、次の疑問が浮かんでくる。
私が一般に向けて講演をするたびに、必ず聞かれる質問だ。
レム睡眠とノンレム睡眠では、どちらのほうが重要なのだろうか? 人間にとって本当に必要なのはどちらの睡眠なのか?「重要性」や「必要性」の定義はじつにさまざまだ。
そのため、この質問への答えも何通りも考えられる。
それはともかく、答えを知るもっとも簡単な方法は、レム睡眠とノンレム睡眠の両方をもつ種族(鳥類でも哺乳類でも)を一晩徹夜させて、さらに翌日も夜まで寝かせないという実験をしてみることだろう。
レム睡眠もノンレム睡眠も同じように奪われているので、脳はどちらの睡眠も欲している状態だ。
ここで問題は、翌日の夜にやっと寝られたときに、脳はどちらの睡眠をより多く必要とするかということだ。
ノンレムもレムも同じくらいなのか。それともどちらかのほうが多いのか。
もしそうなら、より多く必要とされた睡眠のほうが重要だということなのか? この実験は、さまざまな鳥類や哺乳類を使ってこれまでに何度も行われてきた。
被験者の中には人間も含まれる。はっきりした結果は2つある。
1つは、睡眠を奪われた次の日の夜は、普段よりも睡眠時間がずっと長くなるということ。人間であれば、普段は 8時間ほどだが、徹夜明けの夜は 10時間から 12時間になる。
この結果に驚く人はいないだろう。
長く寝ることで、前の晩に足りなかった睡眠をとり戻そうとしているのだ。この現象は「睡眠リバウンド」と呼ばれている。
そしてもう1つは、ノンレム睡眠のリバウンドのほうが激しかったということだ。徹夜明けの脳は、レム睡眠よりも、深いノンレム睡眠のほうをはるかに求めていた。つまり、重要性という意味では、ノンレム睡眠の勝ちということになる。
しかし、本当にそうなのだろうか? じつのところ、必ずしもそうとは言えない。
徹夜明けの夜だけでなく、 2日目の夜、 3日目の夜、 4日目の夜も観察を続けると、形勢は逆転するのだ。日を追うごとに、脳はレム睡眠のほうをより求めるようになる。この時期の脳にとっては、レム睡眠がメインディッシュで、ノンレム睡眠はサイドメニューだ。
つまり、どちらの睡眠も、脳にとっては欠かせないということだろう。ただノンレム睡眠のほうを先にとり戻そうとするということだ。レム睡眠も後回しにされただけであり、脳はいずれ必ずとり戻しに来る。
しかし、ここで指摘しておきたいことがある。
それは、回復のチャンスがどれだけあろうとも、脳は一度の睡眠で失われた睡眠のすべてをとり戻そうとしないということだ。ノンレム睡眠とレム睡眠を個別に見て、トータルの睡眠時間を見ても同じ結果になる。人間だけでなくすべての種族は、失われた睡眠を一度にとり戻すことはできない。
この本から何か1つだけ学ぶとしたら、ぜひこの事実にしてもらいたい。
睡眠負債がたまったことによる悲しい結末については、第 7章と第 8章で詳しく見ていこう。
イルカは脳の半分ずつしか眠らない
「眠り方」にも違いがある。中には眠っているとはにわかに信じられないような眠り方もある。
イルカやクジラなどのクジラ目はノンレム睡眠しかなく、しかも脳の半分しか眠っていない。もう半分はつねに起きていて、水の中で生き残るために必要な行動を維持している。そして寝ているほうの脳は、ときおり最高に美しいノンレム睡眠の脳波を見せる。深く、力強い脳波が、一定のリズムを力強く刻んでいるのだ。
その一方で、起きているほうの脳は忙しく動き回り、まさに起きているときの脳波を出している。どちらの脳もしっかりとつながっていて、ほんの数ミリしか離れていない。
その点は人間の脳と同じだ。
もちろんそんなイルカの脳も、起きている間は1つの脳として共同作業をこなしている。しかし寝る時間がやってくると、さっきまで1つだった脳が2つに分かれ、まったく別の作業をするようになる。1つはずっと起きていて、もう1つは眠りに入るのだ。
半分の脳が十分に眠ると、役割を交代し、今度は起きていたほうの脳が深いノンレム睡眠を楽しむ。
たとえ脳の半分が寝ていても、イルカはさまざまな動きをすることができる。音を使ったコミュニケーションさえ可能だ。
しかし、そもそも母なる自然は、なぜこのような面倒なしくみを考えたのだろうか。
脳の半分だけで眠るくらいなら、まったく眠らないしくみのほうが簡単にできそうではないか。
そもそもつねに水の動きにさらされているのだから、眠らないほうがずっと安全なのではないだろうか? しかし、話はそう簡単ではない。
どんな状況であれ、睡眠は生き物にとって欠かせないものだ。生まれてから死ぬまでずっと泳いでいなければならないような状況でも、睡眠だけは絶対に捨てるわけにはいかない。
母なる自然に選択肢はなかった。脳の両方で寝るか、それとも半分で寝るか。そのどちらかを選ぶしかない。どちらを選んでもかまわないが、寝ないという選択肢だけはありえないのだ。
脳の半分だけで眠るという離れ業ができるのは、水生哺乳類だけではない。たとえば鳥類にもできる。
生き残るためにその技を身につけた点は鳥類も同じだが、具体的な理由は、水生哺乳類とは違うようだ。
鳥類の場合は、「見る」ために脳の半分で起きているのである。
鳥は 1羽でいるとき、脳の半分と、それに呼応する目(脳とは反対側の目になる。たとえば左脳に呼応するのは右目だ)は、つねに起きていなければならない。周囲の危険に目を光らせておくためだ。
その間、片目はつぶり、それに呼応する脳は眠りに就いている。
これは 1羽でいるときの場合だが、群れになるとさらにおもしろい現象が起こる。
ある種の鳥は、群れでいるときは脳の両方で眠っている。彼らはどうやって危険から身を守っているのか。その答えは、まことに巧妙な作戦だ。
群れはまず 1列に並ぶ。
そして列の端にいる 2羽の鳥以外は、両方の脳を眠らせる睡眠をとる。しかし、左端と右端の鳥にそんな贅沢は許されない。
左端は左脳だけを眠らせて左目を開け、右端は右脳だけを眠らせて右目を開けている。
そうすることで、群れの周囲をまんべんなく警戒しながら、両方の脳を眠らせる個体を最大化することができるのだ。
夜のある時点で、両端の鳥は 180度回転し、今度は反対側の脳を眠らせる。
私たち人間を含む陸に暮らす哺乳類は、鳥類や水生哺乳類のような技をもち合わせていない。
脳の半分だけで眠るなど不可能だ。
しかし、本当にそうなのだろうか? 最近発表された2つの研究によると、どうやら人間も、脳の半分だけを眠らせる半球睡眠らしきことができるようだ。
自宅で眠っているのなら、深いノンレム睡眠のときに現れる脳波は誰でも同じような形をしている。
しかし、その同じ人が研究室で寝る、またはホテルで寝ると(どちらも慣れていない環境だ)、脳の半分の眠りが、もう半分の眠りよりも浅くなる。
起きているときに「ここは慣れていない環境だ」と認識し、寝ている間も周囲を警戒しているのかもしれない。
そして最初は見知らぬ場所でも、何日か同じ場所で眠っていると、やがて両方の脳が同じように眠るようになる。
ホテルに泊まった最初の夜によく眠れないのは、おそらくこれが原因だろう。
しかし人間のこの現象も、鳥やイルカに見られる完全な半球睡眠にはほど遠い。
人間の脳は半分だけでノンレム睡眠をすることはできず、必ず脳全体でノンレム睡眠をしなければならない。
人間も脳の半分だけを眠らせることができたら、大きな可能性が広がるのではないだろうか。
ちなみにレム睡眠の場合は、脳も半分ずつ役割分担することができなくなる。
それはどの種族も同じだ。
たとえば鳥類も、まわりの環境に関係なく、レム睡眠のときはいつも両方の脳で眠っている。
夢を見るレム睡眠の役割は、おそらくたくさんあるのだろうが、ともかく両方の脳が参加し、同じくらい仕事をしないといけないしくみになっているようだ。
アメリカ政府が眠らない渡り鳥を研究する理由
極度のプレッシャーや大きな変化にさらされると、睡眠パターンはどうなるのか。
たとえば飢餓は、極端な環境の一例だ。飢餓状態にある生き物は、食べ物を探すことを優先し、睡眠を犠牲にする。栄養のほうが睡眠より優先されるのだが、その状態も永遠には続かない。
たとえばハエを飢えさせると、起きている時間が長くなり、食べ物を探す行動をとる。
それは人間も同じで、自分の意思で食べるのをやめた場合でも、睡眠時間が短くなる。
それは脳が、食べ物が少ない環境だと勘違いするからだ。
珍しい例を他にもあげると、たとえば子どもを産んだばかりのメスのシャチが、子どもと一緒に寝不足になるという現象がある。
メスのシャチは 3年から 8年に 1頭の子どもを産む。出産は通常、群れから離れて行われる。それはつまり、生まれたばかりの子どもが、最初の数週間はかなり危険な状態にさらされるということだ。
とくに、母親と一緒に群れに帰る旅が危険であり、シャチの赤ちゃんの 50%がこの旅で命を落とすという。
あまりにも危険なので、どうやらこの旅の最中は、母親も子どももまったく寝ていないようだ。少なくともこれまで観察された範囲では、群れに帰る旅の最中に、完全な睡眠をとるシャチの母子はいなかった。これはとくに子シャチにとって驚くべきことだ。
というのも、どんな生き物でも、生まれてからの数週間は人生でもっとも睡眠を必要とする時期だからだ。大海原を移動する長旅は、すべての生き物に共通する特徴を覆すほど、過酷で危険だということだろう。
しかし、シャチの母子よりもっとすごいのは、海を越える渡り鳥だ。
海を越えて数千キロも移動する季節になると、群れ全体がいつもより長く飛行することになる。そこで犠牲になるのが睡眠時間だ。
しかし飛行中でも、鳥の脳は巧みな方法で睡眠を確保している。飛行中の渡り鳥は、数秒間というごく短い時間だけ眠っているのだ。この一瞬の睡眠だけで心身ともにリフレッシュして、睡眠不足から生じるさまざまな不都合を避けることができる(念のために言っておくと、人間にそのような能力はない)。
長距離飛行中の睡眠に関しては、おそらくミヤマシトドがもっとも特殊な能力をもっているだろう。アメリカ軍はこのごくありふれた小鳥の能力に目をつけ、多額の資金を投入して研究を行っている。ミヤマシトドは、他のどんな生き物よりも長時間寝ないでいられるのだ。私たち人間にはとてもまねのできる長さではない。
渡りの時期のミヤマシトドを研究室に連れてきて、ずっと眠らせずにいても、彼らはまったく平気な顔をしているだろう。
しかし、たとえ同じ個体であっても、渡りの時期以外であれば、睡眠不足の影響をもろに受けて脳と身体に不調をきたすことになる。
この小さな鳥は、進化の過程で、長時間飛行する渡りの時期だけ寝なくても平気になるという、驚くべき能力を身につけたのだ。
それを知れば、アメリカ政府がミヤマシトドに興味をもつ理由が理解できるだろう。ミヤマシトドの特殊能力を解明し、 24時間働ける兵士を開発しようとしているのだ。
人間の正しい眠り方とはどういうものか?
現代人の眠りは自然ではない。睡眠の回数も、長さも、就寝時間も、すべて現代の生活によって歪められ、本来の形からは離れている。
先進工業国に暮らす大人のほとんどは、単相睡眠をとっている。単相睡眠とは、 1日に 1回だけ眠ることだ。夜の間に 1回だけ眠り、その長さは現在のところ平均して 7時間弱まで短くなっている。
しかし、電気のない世界では、事情はだいぶ異なるようだ。
ケニア北部に暮らすガブラ族や、カラハリ砂漠のサン人といった狩猟採集民は、単相睡眠ではなく二相睡眠をとっている。これは 1日に 2回眠るという意味であり、夜に 7時間ほど寝て、さらに午後に 30分から 60分の昼寝をとっている。
また、季節によって睡眠のパターンが変わるという例もある。
タンザニア北部のハッザ族やナミビアのサン人などの狩猟採集民は、夏の暑い時期は二相睡眠で、冬になって涼しくなると単相睡眠になるという。
たとえ単相睡眠であっても、工業化が起こる前と後では眠るタイミングが異なるようだ。
工業化以前の環境で暮らす人々は、平均して日没の 2時間後から 3時間後に就寝する。だいたい夜の 9時ごろだ。そして夜明けの前後に目を覚ます。
あなたはこれまで「真夜中」という言葉の意味を、深く考えたことはあるだろうか? 真夜中とは読んで字のごとく、夜の真ん中という意味だ。
狩猟採集民や、それ以前の人類の睡眠パターンで考えると、たしかに夜の真ん中に真夜中がやってくる。
さてひるがえって、われわれ現代人の睡眠パターンを考えてみよう。
真夜中はもはや、夜の真ん中ではなくなっている。
多くの人にとって、真夜中はおそらく、寝る前に最後にメールをチェックする時間なのではないだろうか。しかもたいていはそこで終わらず、続けてだらだらとネットを見たりしてしまう。
さらに悪いことに、就寝時間が遅くなったからといって、起床時間まで遅くなるわけではない。純粋にそれは不可能だからだ。
概日リズムの影響は避けられず、それにポスト工業化の社会に生きる私たちには、朝からやることがたくさんある。
かつて人類は、日が暮れると布団に入り、そしてニワトリの鳴き声とともに目覚めていた。
そして現代、私たちの多くは依然としてニワトリとともに起きているが、日が暮れるのは会社で仕事が終わる時間であり、夜はまだ始まったばかりだ。
それに加えて、午後の昼寝を楽しめる人はほとんどいない。これでは睡眠負債がたまる一方だ。
二相睡眠の起源は文化とは関係がない。これは生物学的な習慣だ。
地域による文化の差に関係なく、すべての人類が、午後になると眠くなる遺伝的な性質を備えている。昼食後のミーティングで出席者たちを観察してみれば、深く納得できるだろう。
まるで操り人形のように、糸がたるんでだらんとしたり、いきなり糸を引っ張られてビクッと起き上がったりしているはずだ。
あなたにも、午後になって猛烈な眠気に襲われた経験があるだろう。
人間は進化の過程で、昼食後に眠くなるという特徴を身につけた。だからあなたもミーティングの出席者も、遺伝子の命令に従っているだけだ。
目を開けていられないほどの猛烈な眠気に襲われるのは、身体が睡眠を必要としている証拠である。これが人間にとっての自然なリズムなのだ。
だからもし可能であれば、昼食後にミーティングを入れるのは避けるようにしよう。以上のことからわかるのは、現代人の生活は本来の睡眠パターンから外れているということだ。
人間は本来、二相睡眠をする生き物だ。しかし工業化によって変化が起こり、単相睡眠になってしまった。もしかしたら、その変化は工業化よりも前に起こっていたかもしれない。
昼寝をやめたら死亡リスクが 37%上昇した
狩猟採集民に関する人類学の研究によって、人間の正しい眠り方についての思い込みが間違っていたことが明らかになった。
史料によると、近世の終わりごろ( 17世紀終わりから 18世紀初めにかけて)は、西欧社会では夜の眠りを 2回にわけていたという。
2回の眠りの間には、数時間の覚醒が入る。
最初の睡眠は第 1睡眠、 2回目の睡眠は第 2睡眠と呼ばれ、そして間の時間で読み書きやお祈り、セックス、それに社交の付き合いまでしていた。
地域によっては、現在でもこの習慣が守られている。
しかし、工業化以前の社会に関する研究で、この習慣が発見されたのは西ヨーロッパだけだ。
つまり、人間にとって自然な習慣ではないということだろう。
むしろ文化的な現象であり、西ヨーロッパ人の移民によって他の地域にも広まっていっただけだ。
脳や神経の活動、代謝の活動といった人間の生体リズムを見てみても、この眠り方が自然だという証拠はまったく存在しない。
人間にとって自然な二相睡眠とは、人類学に見ても、生物学的に見ても、遺伝学的に見ても、夜に長時間寝て、午後に短い昼寝をするというパターンだ。
それでは、この二相睡眠が人間にとって自然な眠り方だとするなら、この眠り方を捨てると、いったいどんな結果が待ち受けているのだろうか。
二相睡眠は、シエスタの習慣という形で世界各地に今でも残っている。
南アメリカやヨーロッパの地中海諸国などが有名だろう。
私が子どもだった 1980年代、バカンスで家族と一緒にギリシャに行ったことがある。
ギリシャの大都市を訪れると、店先にはイギリスでは見たことがないような看板が出ていた。
「営業は午前 9時から午後 1時、午後 5時から午後 9時。午後 1時から午後 5時までは休業」という看板だ。
現在、そのような看板を出しているギリシャの店は多くはない。
世紀の変わり目あたりで、シエスタの習慣をやめさせようとする圧力が大きくなってきたからだ。
ハーバード大学公衆衛生大学院の研究チームが、シエスタをやめたことが健康にどのような影響を与えたか調査を行った。
調査の対象は 2万 3000人以上のギリシャ人の男女で、年齢は 20歳から 83歳だ。
研究者が注目したのは心血管機能であり、調査期間は被験者の多くがシエスタをやめることになった 6年間だ。
調査の結果は、まるでギリシャ悲劇さながらだった。調査開始の時点で、被験者の中で心臓に欠陥のある人や、心臓病の既往歴がある人はまったくいなかった。
しかしシエスタをやめると、調査を行った 6年の間で、心臓病による死亡のリスクが、シエスタの習慣を維持していた人に比べて 37%上昇したのだ。
もっとも大きな影響を受けたのは働く男性であり、死亡リスクが 60%以上も上昇している。
この驚くべき研究から読みとれることは明白である。
遺伝子に刻み込まれた二相睡眠のリズムを放棄すると、寿命が短くなるのだ。
ギリシャの中でも、たとえばイカリア島など、現代でもシエスタの習慣が残っている地域がある。
そこに暮らす男性は、アメリカの男性に比べ、 90歳まで生きる確率が 4倍にもなるのだ。
昼寝の習慣がある地域は、「人々が死ぬことを忘れた場所」と呼ばれることもある。自然な二相睡眠は、太古の昔に自然が遺伝子に刻んでくれた長生きの処方箋だ。
人間の睡眠はあらゆる動物の中で特別
これまで見てきたように、眠りはすべての生き物に共通する行為だが、眠る時間、眠り方(脳の半分で眠るか、すべての脳で眠るか)、眠りのパターン(単相睡眠、二相睡眠、多相睡眠)といった眠りの特徴はじつにさまざまだ。
私たち人間は特別な動物だと言われているが、眠り方にも何か特別なところがあるのだろうか? もし眠りも何らかの点で特別なのだとしたら、人間がここまで発達したのも、もしかしたら眠りのおかげなのだろうか? これまでにわかっていることによると、どうやら人間は眠りという点でも特別であるようだ。
旧世界ザルと新世界ザル、そしてチンパンジー、オランウータン、ゴリラなどの類人猿と比べても、人間の眠りの特殊さは際立っている。
まず眠る時間が、他のサルに比べてかなり短い。人間は平均して 8時間だが、他の霊長類はみな 10時間から 15時間だ。トータルの睡眠時間は短いが、レム睡眠の時間は長い。
他の霊長類の場合、レム睡眠の長さは全睡眠の 9%ほどだが、人間は 20 ~ 25%にもなる! すべてのサルの中で、人間の睡眠は「異常値」ということになるだろう。
人間の睡眠がどのように特別なのかを理解するには、サルから人間への進化、木の上での生活から地面での生活への進化の過程を理解する必要がある。
人間は陸上で眠る動物だ。地面か、または少し高い場所(ベッドなど)に寝転がって眠る。他の類人猿は木の上で眠る。枝の上で眠るものもいれば、巣をつくってそこに眠るものもいる。木から降りて地面で寝ることもないわけではないが、ごくたまにだ。
たとえばゴリラなどの大型類人猿は、毎晩、木の上に新しい寝床をつくる(想像してみよう。これは毎晩、夕食の後に数時間かけて IKEAのベッドを組み立てるようなものだ!)。
木の上で眠るのは、進化の観点から見て賢いアイデアだが、限界もある。
たしかに木の上なら、地上にいるハイエナのような大型の捕食動物や、ノミ、シラミ、ダニなどの血を吸う昆虫から身を守ることはできる。
しかし地上 6メートルから 15メートルの場所で眠るのは注意が必要だ。腕や足をだらりとたらすだけで、重力の法則に従ってそのまま地面に真っ逆さまという危険がある。そうなったら、おそらく命を落とすことになるだろう。
とくにレム睡眠の間は、全身の筋肉が弛緩するので危険が大きくなる。これは荷物の入った買い物袋を枝の上に置くようなものだ。奇跡のバランスで安定することもあるかもしれないが、長続きはしないだろう。
木の上で眠るサルたちには、この「バランスをとる」という大問題があり、そのせいで睡眠がかなり制約を受けている。
最初に二足歩行を始めたのは、ホモ・サピエンスの以前に存在したホモ・エレクトスだとされている。
またホモ・エレクトスは、地上で眠るようになった最初の存在でもある。彼らは腕が短く、直立歩行だったので、木の上で眠るのが難しくなったのだろう。
ヒョウやハイエナやサーベルタイガーといった捕食動物は、夜も狩りをする。
ホモ・エレクトスは、恐ろしい外敵が徘徊し、ノミやダニもうじゃうじゃいる地上で、どうやって身の安全を確保していたのだろうか? 答えの1つは「火」だ。
まだ議論は分かれているが、多くの人は、最初に火を使ったのはホモ・エレクトスだと信じている。
そもそも火は、私たちの祖先が木から降り、地上で生活するようになった大きな要因だ。もしかしたら最大の要因と言ってもいいかもしれない。それに加えて、外敵の多い地上で安全に生活できるのも、ほぼ火のおかげである。
大型の肉食獣は炎を恐れて近づかず、それに煙が虫除けになってくれる。
とはいえ、いくら火でも万能ではなく、地上で眠るのはやはり危険が伴う。
そのため、短い時間で質の高い眠りを確保することが必要になった。
ホモ・エレクトスの中でも、より効率的な眠りを実現した個体が、進化の過程で生き残ってきたのだろう。
その結果、人類の眠りは、短く、深く、そしてレム睡眠が多いという特徴をもつようになった。
母なる自然の巧みな技で、ここでも問題そのものから解決策が生まれている。
危険な地面で眠るという問題が、レム睡眠の発達と、睡眠時間の減少につながったのだ。
地面は木の上とは違い、身体がぐったりしても落ちる心配がないので、レム睡眠の時間を増やすことができる。
私たちヒト科は、進化の過程で初めて、全身の筋肉が麻痺するレム睡眠を思う存分楽しめるようになったのだ。
レム睡眠こそ最大のギフトだ
私たちの睡眠は、進化の過程で「凝縮」されてきた。時間は短く、中身は濃い。とくにレム睡眠が増えたおかげで、脳は急速に複雑化し、つながりを増やすことができた。
ヒト科よりもレム睡眠が長い種族は存在するが、睡眠全体の割合で見れば、ヒト科のレム睡眠の長さは突出している。
そしてここまで複雑な脳をもち、密度の濃いレム睡眠を経験するのは、私たちホモ・サピエンスだけだ。
以上のようなことを手がかりに、1つの定理が見えてくる。
木から地上に降りたことをきっかけに睡眠の再設計が行われ、それがホモ・サピエンスを進化のピラミッドのトップに押し上げたのである。
他の類人猿との比較で考えると、人間にしかない特徴は少なくとも2つある。特徴の1つは社会文化の複雑さであり、もう1つは認知力の高さだ。
レム睡眠と、それにともなう夢を見るという行為が、この2つの特徴を大きく発達させたと考えられる。
第 3章で見たように、レム睡眠は脳の情動回路に絶妙な調整を加える。そう考えると、レム睡眠が原動力となり、原始的な感情が洗練されて、理性でコントロールできるようになった可能性が高い。
私が思うに、ホモ・サピエンスがすべての種族の頂点に立つようになったのは、おそらくその変化が大きな要因になっているのだろう。
レム睡眠の働きを1つあげると、社会情動的な情報を読みとる能力がある。
社会情動的な情報とは、顔の表情、身体のジェスチャー、群衆行動といったもので、人間社会にはこの種の情報があふれている。
この情報を正しく読みとる能力が欠けていると、社会生活を送るのがとても難しくなる。自閉症などの障害がそのいい例だ。
それと関連して、睡眠のおかげで、私たちはより知的で合理的な決断と行動ができるようになっている。
具体的には、日々の生活で自分の感情をコントロールできる点だ。
これがいわゆる E Q(心の知能指数)のカギであり、 E Qの高さは、日々十分なレム睡眠をとっているかどうかでが決まる(これを読んで、 EQが不自由な同僚や友人、または有名人がぱっと思い浮かんだのなら、その人はただレム睡眠が足りていないだけなのだと考えてみよう)。
地球上に存在するすべての生き物にとって、レム睡眠ほどの贈り物はないと言っても過言ではないだろう。
私たち人間の脳は、さまざまな感情を見分けることができる。
そのため、それらの感情を深く味わい、さらにコントロールすることができるのだ。それに加えて、他者の心の動きを理解し、他者の感情を呼び起こすこともできる。
これにより、私たち人間は協力関係を築き、強固な構造とイデオロギーをもつ大きな社会を発展させることができた。個人がレム睡眠から受ける恩恵は、うっかり見過ごしてしまうほどのものかもしれない。
しかしそれが集団になると、恩恵の大きさは計り知れない。
この地球上で生き残り、さらに支配者となる力を、レム睡眠は私たちに授けてくれたのである。
レム睡眠の間に見る夢には、進化の面でもう1つ大きな貢献をしている。それは、創造性を育てることだ。ノンレム睡眠の役割は、新しい記憶を長期の保管庫に移動させることだった。しかし、それらの新しい記憶をとり出し、それまでの経験のカタログと衝突させるのはレム睡眠の役目だ。レム睡眠の間に起こる記憶の衝突から、創造性の火花が生まれる。それまで関連のなかった情報の間に、新しいつながりがつくられるからだ。
睡眠サイクルをくり返しながら、レム睡眠は脳内に広大な情報のネットワークをつくっていく。また、レム睡眠は一歩引いて視野を広げ、答えのようなものを導き出すこともできる。つまり、バラバラの情報を個別に理解するだけでなく、情報全体が意味することも理解できるのだ。そして目を覚ますと、昨日までの難問の解決策が見つかり、革新的なアイデアが思いついたりするのである。
このように、レム睡眠には「社会を構成する」役割と、「創造性を促進する」役割がある。人間が類人猿や他の動物と大きく違うのは、まさにこの点だ。
人間にもっとも近い動物であるチンパンジーは、私たち人間よりおよそ 500万年長くこの地球に存在している。また他の大型類人猿の中には、人間より最低でも 1000万年は早く誕生した種族もいる。彼らには時間がたっぷりあった。
しかし、彼らの中に月に到達した種族はいない。コンピューターを発明した種族も、ワクチンを開発した種族もいない。
しかしおそれながら申し上げると、われわれ人類はそのすべてを達成した。
睡眠、中でも夢を見るレム睡眠は人類の業績の立役者であり、言語や道具の使用と同じぐらいの影響力をもっている。実際のところ、睡眠のおかげで言語や道具の使用が発達したという証拠もあるほどだ。
ここまで説明したようなことが、典型的な進化の好循環だ。
人類は木の上から地面に寝床を移したことで、他の類人猿に比べてレム睡眠の割合が大きくなり、そしてレム睡眠が増えたことで、認知力、創造性、 EQが発達し、複雑な社会を築けるようになった。
そこに発達した脳も加わり、寝ている間の危険を回避する戦略を向上させていく。
そうやって昼の間活発に脳を動かすと、夜の間に十分なレム睡眠をとって頭の中を整理する必要がある。そして十分に休息した脳は、さらに複雑な情報が処理できるようになるのだ。
この好循環が指数関数的に広がり、私たち人類は、より大きな社会を構築し、維持することができるようになった。急速に成長する創造的な能力が、社会の発達によって、より広い範囲に効率的に拡散していく。
そして、レム睡眠によって、共有された創造性がさらに改善されていく。つまり夢とレム睡眠は、人類という地球の支配者を生んだ原動力の1つだということだ。
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