第 4章 ダークな人物の内面はどうなっているのか
1 ダークな性格の心理特性性格の構造/ビッグ・ファイブ・パーソナリティ 2 HEXACOモデルの登場六番目の H因子とは何か?/心理学の歴史の中の「気質」 3 ダークな性格と自尊感情「自己肯定感」でなく、自尊感情/ダークな性格と自尊感情の不安定さ/潜在的自尊感情 4 ダークな性格の持ち主は、自己概念が明確でないのか自己概念の明確さ/オンラインでの自分の出し方/自分の姿をモニタリングする 5 共感性とダークな性格「認知的共感性」と「情動的共感性」/ダークな性格と抑うつ・不安/過敏なダーク・トライアド/孤立すると何が起きるのか
1 ダークな性格の心理特性 ダークな性格の持ち主は、心理面や感情面でどのような特徴をもつのでしょうか。この章では、ダークな性格と他の心理特性との関連や、自分自身のとらえ方、行動の背景にある心理的な機能との関連について見ていきましょう。†性格の構造 心理学という学問の中では、性格を扱う分野だけでも、さまざまな研究の歴史があります。すでに説明したように、ダークな性格に含まれるそれぞれの性格特性も、それぞれが独自の研究の流れをもちます。これら多くの研究の中で、ひとつの大きな潮流が、ビッグ・ファイブ・パーソナリティへと向かう一連の研究です。 第一章でも触れましたが、一九三六年、アメリカのハーバード大学の性格心理学者オールポートと、ダートマス大学のオドバートは、辞書から性格用語を抜き出す研究をしました( 93)。ちなみに彼らが使用した辞書は一九二五年当時の版で、四〇万項目が収録されていたようです( 94)。辞書から単語を抽出する際には、ある人の行動を別の人の行動と区別することができるかどうか、つまりその言葉がある人と別の人とを区別する目的で使用できるかどうかという観点から行われました。 彼らは見出した単語を、次の四つに分類しました。・本当の意味での性格用語……時間や場所を超えて安定した心理的な特徴・現在行われている一時的な活動や精神状態を表す用語……喜んだ、取り乱したなど・価値や評価を表す用語……取るに足らない、価値あるなど・その他の雑多な用語(見た目や能力を表す単語など) このうち、本当の意味での性格用語は四五〇四単語が分類されました。つまり、性格を表す言葉の最大個数は、四〇〇〇を超えるくらい存在すると考えられるのです。 その後、心理学者たちは、これらの単語を整理しようと試みました。しかし、これだけ多くの単語を、どのように整理したらよいのでしょうか。 まずは、手作業です。これらの単語の中には、時代の変化によってほとんど用いられていない単語や難解な単語、特定の分野や場面だけで用いられている単語が含まれていますので、そのような単語を取り除きます。また、リストの中には、ほぼ同じ意味を持つ単語や正反対の単語が含まれています。ほぼ同じ意味を持つ二つの単語は、片方の単語が自分にあてはまれば、もう片方の単語も自然に自分に当てはまることになります。 たとえば「活発な」と「活動的な」という二つの単語は、ある人に片方の単語があてはまれば、ほぼもう片方の単語にもあてはまると言えるでしょう。また反意語となるペアの単語は、片方の単語が自分にあてはまれば、もう片方の単語はほとんどあてはまらないと考えられます。「活発な」と「不活発な」というペアが一つの例です。これらの単語を整理することで、検討するべき単語の数を減らしていくことが可能になります。 さらに単語を整理するために、統計的な手法が用いられました。自分や他の人を表現する際には、似たような単語についてはまったく同じではないにしても、似たような用いられ方をするものです。「活発な」と「友人が多い」という二つの単語は、同一人物の特徴を表現する際に、必ず同時に用いられる表現ではありません。 しかし、活発な人物はどちらかというと友人が多い傾向があります。すると、自分や周囲の人を評価するときに、「活発な」と「友人が多い」の得点は類似する傾向が見られます。そこで、整理された単語のリストを用いて、多くの人々に自分自身や周囲の人を評価してもらい、データとして整理していきます。そのデータを統計的に解析することで、単語のまとまりを見出していくことが可能になるのです。 オールポートたちの研究の後、このような研究が繰り返し行われるようになっていきました。 さらにここで、コンピュータの発展がこのような研究を後押ししていきます。ところで、もともと「コンピュータ」というのは、企業や事務所や大学に雇われた人々の職業名だったということをご存じでしょうか( 95)。一八世紀半ば以降、多くの女性が計算係として、職業としての「コンピュータ」に従事していました。米国映画『ドリーム』でも、一九六〇年代に NASAに計算係として勤務した黒人系女性たちが、感動的に描かれています。多くの計算係が活躍した時代を経て、二〇世紀の後半になると、次第にコンピュータは機械式(電子式)に置き換わっていきました。現在でも「 A Iの発展によってなくなる職業」とか「一〇年後になくなる職業」が話題になることがありますが、「コンピュータ」も科学技術の発展によってなくなった職業の一つなのです。 さらに、初期の機械式コンピュータは、あまり大きなデータを一度に扱うことができませんでした。しかし科学技術の発展によって処理スピードがどんどん速くなり、メモリ容量が大型化していきました。コンピュータの発展によって、心理学の研究領域でも多くの単語、多くの人々から集めたデータを、複雑な統計手法を用いて一気に分析することができるようになっていったのです。 一九六〇年代から初期の報告はあるのですが、コンピュータの発展とともに八〇年代から九〇年代にかけて、辞書から見出された単語をおおよそ五つのまとまりに整理することができるのではないかという研究知見がくり返し報告されるようになっていきました。それが、ビッグ・ファイブ・パーソナリティと呼ばれる枠組みです。†ビッグ・ファイブ・パーソナリティ 私たち一人ひとりを区別するすべての単語を整理することで見出されたビッグ・ファイブ・パーソナリティは、人間のあらゆる方向性の個性を表現します。その五つの性格特性は、つぎのような内容です。 第一に、外向性です。外向性(対内向性)の研究の歴史は古く、二〇世紀はじめ頃にはすでに外向性と内向性について論じられている文献が存在します( 96)。特に、精神分析家のユングは、外向と内向を基本的な二つのタイプとして捉えたことで知られています。自分の精神エネルギーを自分の外界に向けて自分以外に価値を見出そうとする特徴を持つ人を外向タイプ、自分の精神エネルギーを主に自分自身に向け、価値を自分の中に見出そうとする特徴を持つ人を内向タイプとしました( 97)。 二〇世紀前半には「向性検査」と呼ばれる、外向タイプあるいは内向タイプのいずれかになるかを判定する心理検査も数多く開発されます。近年多くの人が知ることになった MBTI( Myers-Briggs Type Indicator)も、外向と内向をタイプでとらえています。 しかしその後の研究の中で、外向性と内向性を両極とする軸の中でどのあたりに個人が位置づくのかを問題とする特性論が主流となっていきます。向性検査についても統計的な分析が行われることで、それまで外向的とひとまとめにされていた内容の中に、多様な意味が含まれていることが明らかにされます。 外向性はより純粋な意味内容をもつ外向性になり、そこから別の性格要因が独立して見出されるようになっていったのです。この類型論から特性論への移行と研究の展開によって、外向性(内向性)の意味は少しずつ変わってきました。外向性の中心的な意味は、自分の外部にある報酬を得ることで快感情
を抱くことです。外向性が高い人は、活動的で活発、友人数が多く初対面の人とも気軽に会話をすることができ、笑顔が多く、リーダーシップを発揮し、強い刺激を求める傾向があります。 第二に、神経症傾向や情緒不安定性と呼ばれる特性です。この特性は逆方向を指して、情緒安定性と呼ばれることもあります。神経症傾向は、抑うつや不安、怒りや敵意など感情の不安定さを特徴とする性格特性です。神経症傾向が高い人は日常生活の中でのストレスに弱く、些細なことに過剰に反応しがちな特徴を示します。しかし、この性格特性を強く持つことは、悪いことばかりではありません。たとえば、次の日のテストに向けて勉強を進めているときに、神経症傾向が高い人のほうが不安を覚えやすいかもしれないのです。もしもその不安にうまく対処してもう一度、テストの範囲を見直す行動を進めるのであれば、よい結果につながるかもしれません。 第三に、開放性です。「開放性」という言葉を聞くと、人間関係が開放的だというイメージを抱くかもしれません。しかし、この性格特性は人間関係の側面というよりも、物事のとらえ方の特徴を意味するものです。開放性というのは、新しい経験に開かれていることを意味します。今までに味わったことがないもの、考えたこともない考え方、知らなかった知識、初めて目にするもの、こういった体験を受け入れる傾向です。開放性が高い人は、美術館や博物館を訪れることを楽しみ、幅広いジャンルの本や映画に興味を抱き、異文化や異なる人生を歩んできた人々に関心を向ける傾向があります。 第四に、勤勉性(誠実性)です。これは目標を設定すること、計画的に課題をこなすこと、物事を最後まで実行することといった行動の特徴を意味します。勤勉性の中心的な特徴は、自分の欲求や衝動をうまくコントロールしたり抑制したりする、自己コントロールや自己制御と呼ばれる傾向です。目標を達成する過程の中で、やりたいこと、惑わされること、注意を奪われる対象が数多く存在します。手許にスマートフォンがあれば、つねに通知が来て注意を奪われてしまいます。そのようなときにも、どのように集中するかは、現代の私たちにとって重要な能力でありスキルです。勤勉性の高さは、今の世の中だからこそ好ましい性格特性だと評価されていると言えるでしょう。 第五に、協調性(調和性)です。この性格特性は、一口で言うと「やさしさ」という言葉で表現することが適切です。協調性は、自分自身の利益よりもほかの人々の利益や幸福を優先する傾向を表します。他者の立場に立って物事を判断し、ほかの人の意見を聞き入れ、ほかの人を信用し、目の前の人の気持ちに寄り添うという特徴をもちます。協調性の高さは、円滑な人間関係につながる、社会にとって重要な性格特性です。しかしその反面、人を信用しすぎることは、時にだまされたり金銭的な不利益につながったり、仕事上の競争場面で好ましくない結果につながることもあり得ます。一見よさそうな性格特性であっても、よい結果が得られるかどうかは時と場合によるのです。 さてこれらの中で、どの性格特性がダークな性格ともっとも関連を示すのでしょうか。 これまでの研究の中でくり返し見出されてきたのは、ダークな性格と協調性とのあいだのマイナスの関連です( 98)。つまり、ダークな性格の高さは、協調性の低さを基本的な特徴とするというわけです。 協調性の低さは、周囲に対する攻撃性の高さ、敵意を向けやすい傾向、他者を信用することができず、自分の利益を優先し、ほかの人への配慮や共感に欠ける傾向を特徴とします。これらの特徴は、まさにダークな性格の特徴の一部を表していると言えるのではないでしょうか。ダークな性格は、人間の性格全体を表現する中にも組み込まれている、根本的な特徴の一つだと言えるのです。 2 HEXACOモデルの登場†六番目の H因子とは何か? 二〇世紀終わりに出現してきたビッグ・ファイブ・パーソナリティに対し、二一世紀はじめに登場したのが HEXACO(ヘキサコ)モデルと呼ばれる性格の枠組みです( 99)。一九九〇年代、カナダのオンタリオ州にあるウェスタン大学の大学院生だったアシュトンとリーは、韓国語の性格用語を整理することで、ビッグ・ファイブ・パーソナリティが見出されるかどうかを、心理学の研究の中で多くの変数を統計的にまとめていくときによく用いられる因子分析という統計手法を用いて検討していました。 すると、ビッグ・ファイブ・パーソナリティの五つの性格特性に加えて、もう一つの解釈できそうな因子を見出したのです。それは、誠実さ、率直さ、正直さ、控えめといった単語と、その逆方向を意味する狡猾さ、計算高さ、偽善、尊大、うぬぼれといった単語のまとまりでした。アシュトンとリーは、この第六番目の因子が韓国語以外でも見られるのかどうかを調べ始めます。複数の単語リストについて統計的な分析を進めていった結果、やはり英語でも六つの因子を見出したのでした。ちなみに、七つ目の因子を見出そうともしたそうなのですが、その試みはうまくいかなかったようです。 アシュトンとリーは、彼らが見出した独自の因子を正直さ・謙虚さ( Honesty-Humilityの頭文字をとって H因子)と名づけました。そして、六つの性格特性のまとまりを、 H因子、情緒性( Emotionality)、外向性( Extraversion)、協調性( Agreeableness)、勤勉性( Conscientiousness)、経験への開放性( Openness to experience)それぞれから一文字ずつとって、 HEXACOモデルと名づけました。英語で hexagonは六角形、 hexa-は六つ揃った何かを意味します。 HEXACOモデルという名前は、六つの性格特性が集まった状態にぴったりです。この命名のオシャレさもあったのか、彼らが発表した HEXACOモデルは、瞬く間に世界中で知られるようになっていったのです。研究を行う際にも、ネーミングセンスは重要だということです。 さて、ダークな性格と HEXACOモデルとの関連を検討すると、明確に H因子とマイナスの関連をすることが示されます。加えて、やはり H EXACOモデルでも協調性が、ダークな性格とマイナスの関連を示します。ビッグ・ファイブ・パーソナリティよりも、 HEXACOモデルのほうが、ダークな性格の特徴をよく捉えて表現していることになります。 H因子の低さは、どのような具体的な行動を特徴とするのでしょうか。たとえば、他人に媚びへつらって、あたかも相手に好意があるかのようにわざとふるまう行動です。自分から下手に出て相手に気に入られようとするのですが、それは本心ではなく、相手を自分のために利用しようとするたくらみが背後にあるのです。また、自分の利益のためにルールを曲げることを平気でしがちだという特徴もあります。加えて、高価な品物やお金に執着するという特徴や、特別な地位や権威を得ることを期待するという傾向も見られると言われています。 H因子は協調性とも混同されやすい面があります。 H因子の高さも協調性の高さも、ほかの人びとに対して協力的な態度を示す傾向があります。しかし、 H因子の高さは人間関係の中で相手への敬意や素直さ、共有される暗黙のルールを守って相手に危害を加えない傾向を意味する一方で、協調性の高さは相手の気持ちを尊重して相手が嫌な気持ちになることを避け協力的になることを意味します。 H因子の低さは、相手に気づかれないように狡猾に相手を利用しようと試みることにつながるのに対し、協調性の低さは攻撃的でとげとげしい態度となって表れます。このように、 H因子が低い場合と協調性が低い場合では、人間関係にネガティブな影響を与える点は同じなのですが、その方向性が異なってくるのです。ダークな性格は、これら両面に関連する特徴を持っています。 実は H EXACOモデルは、ダークな性格特性の研究の増加とともに広がった印象があります。二一世紀になり、ダークな側面に研究者たちが注目し始めるタイミングでちょうど、アシュトンとリーがこの性格特性を見つけ出したとも言えそうです。
†心理学の歴史の中の「気質」 心理学の歴史の中で、「パーソナリティ」「人格」「性格」「気質」といった用語の区別は、なかなかややこしい経緯をたどっています。細かく考えると微妙にニュアンスは異なるのですが、内容的には、「人格」「性格」は英単語の「パーソナリティ( personality)」と同じような意味で用いられ、文脈によって「人格」と訳されたり、「性格」と訳されたり、カタカナで「パーソナリティ」と訳されたりします。英単語の「キャラクター( character)」については、倫理的、道徳的に望ましい個人差を指す場合が多く、日本語だと「人格」のほうがニュアンスに近いのではないかと思われます。 このような用語の中でも、「気質」は明らかにニュアンスが異なります。この言葉は英語の「 temperament」の訳語として用いられます。心理学の歴史の中で「気質」という言葉は、おおよそ二つの意味で用いられてきました。 一つは、乳幼児期に見られる心理学的・生物学的な個人差です。まだ言葉をうまく使うことができない子どもたちの個人差についても、多くの研究が行われています。言葉を用いてアンケートに回答することができるのは小学校に入ってからくらいの年齢だと考えられますが、それ以前の子どもたちの個人差は「気質」と表現されます。 もう一つ、生物学的な要因に強く規定される心理学的な個人差のことを「気質」と表現する場面があります。ただし、この仮定を確認することも簡単ではありません。あくまでも理論的に「この心理特性は生物学的、遺伝的に強く規定されるだろう」と推測される場合に、気質という表現が用いられます。加えて、乳幼児期に見られ研究されている「気質」と同じと考えられる心理特性を、もっと成長したあとに適用する場合にも、気質という表現を用いることがあります。 気質の理論や研究も、さまざまなものがあります。その中で、子どもだけでなく大人にも適用できる気質として、イギリスの心理学者であり脳神経科学者であるグレイが提唱した、 BIS/ BAS(ビス・バス)と呼ばれる枠組みがあります( 100)。 グレイは、外向性と神経症傾向の組み合わせから、より脳神経科学的な働きの個人差に適切な組み合わせを考案します。それは、不安と衝動性という二つの心理的な機能に対応する組み合わせです。不安の背景には行動抑制系( BIS)、衝動性の背景には行動賦活系( B A S)という動機づけシステムがそれぞれ仮定されます。この二つをあわせて BIS/ BASと呼ばれているというわけです。行動抑制系は罰に対して敏感に反応する傾向を表し、行動賦活系は報酬に敏感に反応する傾向を意味しています。 なおグレイの理論の中では、脅威に対する反応として、闘争‐逃走‐凍結システム( Fight-Flight-Freeze System: FFFS)も仮定されます。いきなり目の前に危機が迫るとき、私たちは戦うか(闘争)、逃げるか(逃走)、固まるか(凍結)いずれかの反応をしてしまうものです。英語の Fight-Flight-Freezeに対して、闘争‐逃走‐凍結をあてるというのは本当にうまい訳だと感心します。ただし、研究の中で FFFSと BISの区別を行うことはやや難しいことから、 FFFSは BISの中に含められる形で研究が進められています。 さて、 BIS/ BASとダークな性格との関連も検討されています( 101)。全体的に、ダークな性格は BISとマイナスの関連、 BASとプラスの関連を示していました。ダークな性格の高さは、罰に対する感受性の低さと、報酬に対する感受性の高さに関連するようです。この結果は、ダークな性格の持ち主の抑制の少なさや大胆さ、衝動性の高さが反映する結果だと言えるのではないでしょうか。 ただし、マキャベリアニズムについては、 BISとのマイナスの関連も、 BASとのプラスの関連も、関連の程度が小さいという結果も報告されています。マキャベリアニズムの特徴が現れる計画的で策略を練ったりする場面では、衝動的に行動することは裏目に出てしまう可能性もありますので、この結果は納得がいく部分もありそうです。 3 ダークな性格と自尊感情 †「自己肯定感」でなく、自尊感情 世の中では一般的には、「自己肯定感」という言葉が使われる場面が増えている印象があります。しかし心理学の研究では、ほぼ同じような意味を表す概念として自尊感情( self-esteem)という言葉がよく使われます。 自尊感情は、自分自身を評価の対象とした際に、どれくらい肯定的に感じられるのかを意味します。「私は ○ ○である」というように、自分がどのような人間であるのかを、自分で認識した内容のことを自己概念といいます。自分のことを考えるときには「こうありたい」という理想の自分自身の姿もありますが、これを理想自己と呼びます。自尊感情の高さは、理想自己と現実自己のあいだのギャップが少ないことも意味しています。理想自己と現実自己とのあいだに大きなズレが生じていると、自尊感情が低くなるというわけです。 ダークなパーソナリティの中では、ナルシシズムが自尊感情とプラスの関連を示します。ただし、その関連の大きさは相関係数で 0・ 30程度と、決して高いものではありません( 102)。自分自身に高い価値を置くナルシシズムの高さは、高い自尊感情を予想させます。しかし、ナルシシズムは部分的に自尊感情と重なるのですが、完全に重なるものというわけではないのです。†ダークな性格と自尊感情の不安定さ ナルシシズムと自尊感情との関連を考えると、自尊感情は高ければよいのか、という問題が浮かんできます。これまでの研究の中でも、自尊感情は高いだけでは不十分だという話が展開してきました。 たとえば、自尊感情の安定性という観点があります( 103)。二週間のあいだ、毎晩、自尊感情のアンケートに答えます。一日の中で良い出来事が多ければ自尊感情は高くなり、悪い出来事が多ければ自尊感情は低いことでしょう。しかし、その程度は個人によって異なります。良い出来事があっても悪い出来事があっても、あまり自尊感情が変動しない人もいれば、ちょっとした出来事を経験するだけで大きく上下動する人もいます。この、出来事に伴う変動の大きさそのものを比較するというわけです。 自尊感情が高い人々の中にも、より安定度が高い人々と、より不安定な人々が混在しています。安定した高い自尊感情をもつ人は、環境や状況にあまり左右されず自分の評価を高く保つことができます。一方で、不安定で高い自尊感情の持ち主は、自分の高い自尊感情をいかに高く保つかということを常に気にして、対処し続けなければいけません。 すると、自分が望ましい状態であるのか、他者よりも勝っているのかなど、日々の生活の中で「望ましい自分」であることを探し続け、自分の評価が低くならないようにせわしなく気をつかい動き回ったり、自分の評価が下がってしまうのではないかと常にビクビクしながら生活したりすることを強いられます。 まさに、ダークな性格の中でもナルシシズムの高さは、高くて不安定な自尊感情に関連するのではないかと指摘されてきました。明確な証拠があるわけではないのですが、ナルシシズムが高い人物は、自尊感情の高さとともに、特に日常生活の中で達成に失敗するような出来事に強く反応することが見出されています( 104)。ナルシスティックな人物は、自分がうまく成果を残すことができないと、強く自尊感情が低下してしまうようです。
†潜在的自尊感情 潜在的自尊感情という自尊感情の側面もあります( 105)。「潜在的」というのは、自分でも気づかない、意識化されていないという意味です。「無意識」という言葉は、歴史的に心理学と関係しつつも少しややこしい関係性のある、フロイトが創始した精神分析学の用語です。 心理学でも、「意識化されない」心理的なプロセスを研究対象とすることはあり、その場合には「潜在的」「非意識的」など、無意識という言葉を避けた表現の言い回しを用いることがあります。この表現は、精神分析学で扱われるような力動的な無意識ではないという表現上の区別です。あくまでも意識的にとらえることが難しい、あるいは注意を向けないと意識化されないような心理的プロセスを扱うという意味で、このような表現を用いています。 たとえば潜在連合テストという潜在的自尊感情の測定方法は、「自分」に関連する言葉とポジティブ語の結びつき、「他者」に関連する言葉とネガティブ語の結びつきの程度によって測定されます。自分とポジティブ語、他者とネガティブ語の結びつきを調べるテスト結果と、自分とネガティブ語、他者とポジティブ語の結びつきを調べるテスト結果の差を算出することで、潜在的自尊感情の高さが測定されます。 潜在連合テストは、トランプをできるだけ速く分類する課題をイメージすると分かりやすいと思います。まず、トランプを十分にシャッフルします。そして、できるだけ速く、カードを左右に分類します。まずは左側に「ハート( ♡)」あるいは「ダイヤ( ♢)」、右側に「スペード( ♠)」または「クローバー( ♣)」を分けていきます。分け終わったら、もう一度カードを集めてシャッフルします。そして次は、左側に「ハート( ♡)」あるいは「クローバー( ♣)」を、右側に「スペード( ♠)」あるいは「ダイヤ( ♢)」となるようにできるだけ速く分類します。 この二つの分類方法を実際に試してみると実感できると思うのですが、最初の分類課題のように、「ハート」と「ダイヤ」つまり赤色と、「スペード」と「クローバー」つまり黒色のカードを集めるように分類するときは、あまり苦労しません。しかし一方で、片方に「ハート」と「クローバー」、もう片方に「スペード」と「ダイヤ」という形で異なる色の組み合わせで分類しようとすると戸惑いが多く、認知的な作業の負荷が大きくなり、分け終わるまでにずいぶん時間がかかってしまいます。 このように、同じものや近いものだと認識しているものをまとめる作業には時間がかからず、異なるものや遠いものだと認識しているものをまとめる作業には時間がかかります。しかも、トランプの色の組み合わせの分類課題のように、意識してもスピードをコントロールすることは難しいのです。このスピードの「差」を使って、潜在的自尊感情を測定するのが潜在連合テストです。 自分とポジティブなイメージが強く結びついている人であれば、「自分」と「ポジティブ語」、「他者」と「ネガティブ語」のまとまりに分類するときには、よりスピードが速くなります。そして、「自分」と「ネガティブ語」、「他者」と「ポジティブ語」のまとまりに分類するときには、大きくスピードが低下してしまいます。この「差」が大きいことは、潜在的な自尊感情が高い人だと考えられるのです。 潜在的自尊感情は、他の方法で測定できることも知られています。たとえば、アルファベット一つひとつについて、どの程度好きか嫌いかを評価します。潜在的自尊感情が高い人は、自分の名前(特にイニシャル)に使われるアルファベットを自然と好む傾向があるそうです。これを「ネームレター課題」といいます。日本語の場合には、ひらがなやカタカナを使っても同じような測定ができそうです。 また、数字の好みを評価する方法もあります。数字を並べて、それぞれについてどれくらい好きかを回答します。潜在的自尊感情が高い人は、自分の誕生日の数字をより好む傾向があるそうです。これを「誕生日数字課題」といいます。 さて、自分自身を意識して心理尺度を評価するのが通常の自尊感情で、研究論文の中でも普通に「自尊感情」と記述されます。一方で、潜在的自尊感情と対比させるときにはあえてこれを顕在的自尊感情と呼びます。では、意識的な側面である顕在的自尊感情と、意識しないうちに自分自身を好む傾向である潜在的自尊感情の側面との組み合わせから、どのようなことが考えられるでしょうか。 顕在的自尊感情が高い個人であっても潜在的自尊感情が低いと、両者に大きなギャップが生じることになります。暗黙の側面である潜在的自尊感情の低さは、本人が意図的に高めようとしても対応しにくく、どうしようもない部分です。しかし、そのような人物であっても、自尊感情が低いよりは高い方が望ましい状態なのであり、自尊感情を高めたいという欲求が失われることはありません。ですから、何らかの形で自尊感情を高めようと試みます。 しかし自分の潜在的自尊感情には直接的にアプローチすることが困難なことから、それを補う形で、意識することができる顕在的な自尊感情を高めようとします。ただし潜在的自尊感情が低い人の顕在的自尊感情が高くなったとしても、それはどこか取り繕ったような、表面的ですぐに崩れてしまうような自尊感情である可能性が高くなります。そして、この組み合わせを持つ人は、一見自信があるようにみえても、本人も自覚しにくい部分で不安や脆弱さを抱いていると考えられます。 ダークな性格との関連では、ナルシシズムの高さが顕在的自尊感情の高さと潜在的自尊感情の低さという、自尊感情両面のギャップの大きさと関連することが報告されています( 106)。潜在的自尊感情の低さと顕在的自尊感情の高さは、先ほど説明した安定性の観点からすると、高くて不安定な自尊感情と共通します。やはり、自尊感情が高くても安定させることができていない人は、物事がうまくいっているあいだは高い自尊感情を維持することができるのですが、生活の中で何か問題が起きたときには一気に自分の価値を感じられなくなってしまう可能性があります。自尊感情のこの状態を安定したものにするのは、一筋縄ではいかなさそうです。 なお、ナルシシズム以外のダークな性格については、自尊感情とのあいだの関連は不明瞭です。関連がないという報告もありますが、どちらかというと低いネガティブな関連が報告される傾向があります。マキャベリアニズムやサイコパシー、サディズムが高い人たちの中には、自尊感情が高い人も低い人も存在するのですが、やや自尊感情が低めの人が多いと言えそうです。 4 ダークな性格の持ち主は、自己概念が明確でないのか†自己概念の明確さ 自尊感情が低い人びとは、自分自身がどのような人物であるのかという認識である自己概念が不明瞭ではないかと指摘されています( 107)。 自尊感情が高い人に比べて低い人たちは、あるときに自分自身を特定の言葉で表現したとしても、時間をおいてふたたび表現する際には、自分を表現する内容が大きく揺らぐことが知られています。また、「自分がどのような人物か」を表現する際には、自尊感情が低い人たちは時間がかかる傾向があるとも言われています。このように、自尊感情が低い人びとの自己概念は、不明瞭で確信度が低く、時間や場所を超えて不安定で、一貫しない特徴があると言われているのです( 108)。 このような研究から、自己概念の明確性という概念が提唱されました( 109)。自己概念が明確な人は、自分の中に相反する矛盾を抱いておらず、自分が時と場合によってころころと変わったりせず、自分がどのような人物であるかをはっきりと自覚しており、自分のことは自分がいちばんよくわかっていると感じています。そして、自己概念が明確な人は不安や抑うつを抱かず、情緒的に安定しており、まじめな性格の持ち主であることも多いようです。また、自己概念の明確性は、青年期の自己やアイデンティティの発達とも密接な関係があるとされています。 これまでの研究によると、どうもダークな性格の持ち主は、自己概念の明確性に欠ける傾向があるようです( 110)。マキャベリアニズムもナルシシズムも
サイコパシーも、自分自身をあまり多様な言葉で明確に記述しない傾向があり、自分がどのような人物であるかを曖昧にしか捉えていないようです。加えて、研究の中ではダークな性格の持ち主が、自分自身を「活発な」「親切な」「明るい」など、時間を超えて安定した性格用語で表現するのではなく、「疲れた」「興奮した」など一時的な状態を表す言葉で表現する傾向にあることも示されています。 ダークな性格の持ち主が、自分自身のことをあまり明確に捉えていないという結果は、なかなか興味深い特徴です。しかし、多くの作品でも描かれるように、私たちは破滅的で不明瞭で、危うい雰囲気を持つ人物に惹かれることがあります。ダークな性格の持ち主が、一面で魅力的な人物に映る一つの理由として、自己概念の明確性に欠けるような、妖しく不思議で深遠な雰囲気があるのかもしれません( 111)。†オンラインでの自分の出し方 世界的には SNSの中でも Facebookユーザーが非常に多いのですが、日本では様相が少し異なります。日本では、 LINEの利用者が多く、次いで X(旧 Twitter)、 Instagram、そして Facebookという利用者数の順番です( 112)。特に若い世代は Facebookをあまり使っていない印象があります。その一つの理由は、 Facebookがオープンかつ実名での登録が基本となっている点にあるのではないでしょうか。 日本では、実名での SNSの登録は敬遠されます。私のような研究者の場合には、論文も書籍も実名で発表されますし、活動そのものが実名で行われることが多く、私自身も SNSが普及する当時から当然のように実名で登録してきました。しかし一方で、実名での登録はリスクを伴うのも確かです。 デジタル情報がオンライン上に残されることで世界中に公開され、将来の自分にとって不利益な情報が残り続けてしまうことを、デジタル・タトゥーと言います( 113)。一般的に「黒歴史」と呼ばれるものに近いのではないでしょうか。一度オンライン上に公開された情報は、たとえ元の情報を消したとしても、キャッシュ上に自動的に保存されていたり、特定の状態でウェブサイトを記録するウェブ魚拓サービスなどに残されたりしてしまい、いつまでも残り続けます。 また誰かが、自分のデバイスに保存したスクリーンショットや画像などを再度 SNSに投稿することで、投稿者本人が投稿を消去したとしても、いつまでもインターネット上に情報が漂い続けてしまうことになります。投稿者が情報を隠蔽しようとすると、その行為が反感を買い、ますます情報の拡散を招いてしまうこともあります。 このようなことが起きる可能性があるオンラインの世界では、いかに自分の情報をコントロールしていくかが重要なポイントとなります。では、自己概念が不明瞭で自分自身がどのような人物であるかの認識が不確かなダークな性格の持ち主は、オンライン上でどのように自分を表現していく傾向があるのでしょうか。 オーストラリアの研究者ニチンスクらが行った研究では、オンライン上での自分自身の表現の仕方について、三つのパターンに分けています( 114)。第一に、オンライン上では場面場面に応じて自分自身の姿を異なるように見せていく、「適応的自己呈示」です。これは、ある SNS上ではおとなしくふるまい、別のアカウントでは辛口なコメントを投稿するなど、うまく使い分ける自分自身の出し方です。このパターンでは、オフラインとオンラインとの間のギャップが大きく、オンライン上ではほかの人からどのように見られるかを意識し、見せ方や印象の与え方を工夫する傾向が見られます。 第二に、「真の自己呈示」です。これは、オンライン上では常に自分自身を正直に出していくというパターンです。この自己呈示をする人は、オフラインの日常の自分自身と、オンライン上の自分自身との間にギャップが少なく、真の自分自身の姿がオンライン上でも表現されていると感じています。 そして第三に、オンライン上では自分自身をより簡単に、自由に表現できると考える、「自由な自己呈示」です。この自己呈示をもつ人は、より積極的かつ気軽に自分のあるべき姿をオンライン上で表現できると考えています。 さて、ダークな性格とこれらの自己呈示との間の関連を検討すると、いくつかのパターンが見えてきました。マキャベリアニズム、ナルシシズム、サイコパシーのいずれも、オンライン上で自分を変えながら見せていく、適応的自己呈示と比較的強い関連を示しました。一方で、特にマキャベリアニズムとサイコパシーは、オフラインとオンラインのギャップが少ない真の自己呈示を「しない」傾向が見られています。 その一方でナルシシズムは、真の自分自身を見せようとする方向性をもつようです。そして、マキャベリアニズムは、オンライン上で積極的に自分の姿を誇張する、自由な自己呈示にも関連し、ナルシシズムは逆に誇張しない方向の自己呈示に関連していました。 全体的に、ダークな性格の中でもマキャベリアニズムが高い人は、オンライン上で自分がほかの人からどのように見られるのかを強く意識しており、自分の姿を適切に変えながら印象を操作する傾向にあることが示されています。一方でサイコパシーは、オフラインとオンラインとでは自分の見せ方を変えていきますが、そこまで積極的に自己表現をするわけではなさそうです。ナルシシズムが高い人は、オンライン上の場面場面で自分の姿を変えていきますが、どちらかというと実際の自分を見せようとする傾向が強いようです。 どうも、ダークな性格の持ち主は、オンライン上で自分がどのように見られるのかをしっかりと把握し、うまく自分を変化させる傾向があるようです。†自分の姿をモニタリングする アメリカの社会心理学者スナイダーが一九七〇年代に提唱した概念に、セルフ・モニタリングがあります( 115)。セルフ・モニタリングは、状況に合わせて自分の行動をモニターしてうまくコントロールすることを意味します。 セルフ・モニタリングが高い人は、状況や場面に適切な方法で自分自身をどのように表現するかを観察し、何が適切な行動なのかを敏感に察知し、自分の行動を適切に調整します。スナイダーは、カメレオンが皮膚の色を周囲にあわせて変えるように、状況に合わせて自分をうまく調整するというニュアンスから、セルフ・モニタリングの高い人のことを「カメレオン人間」と表現しています。このように適切に自分の行動をコントロールすることができる人は、社会的状況に応じて自分の行動を変化させることができますので、多くの場面で成功する可能性を高めると考えられます。 一方で、セルフ・モニタリングが低い人は、場面によらず自分の考えや思いをそのまま表出する傾向があります。スナイダーによれば、「いつでも、どこでも、だれに対しても、私は変わらない」という考えが、セルフ・モニタリングが低い人の特徴ということです。このような人は、正直な人物と評価されれば周囲の人から受け入れられやすいでしょう。しかし、自分の感情や考えをそのまま表出することは、時に他者との間に軋轢を生みやすくなる一面もあります。 ダークな性格の持ち主は、どのようなセルフ・モニタリングをもつ傾向があるのでしょうか。カナダやポーランドの研究者グループが両者の関連を検討しています( 116)。その結果、ダークな性格は、セルフ・モニタリング傾向とプラスの関連を示すことが報告されています。特に、サイコパシーとナルシシズムは、自己モニタリングと比較的強い関連を示していました。ダークな性格の持ち主が、オンライン上でどのような姿を見せるかを変えていくのも、セルフ・モニタリングの高さに由来しているのかもしれません。 なおスナイダーは、自身の著書『カメレオン人間の性格──セルフ・モニタリングの心理学』(川島書店・一九九八年)の中で、セルフ・モニタリングとマキャベリアニズムの違いについて触れています。セルフ・モニタリングは、自分の行動を周囲の期待に合わせることで、周囲とうまくやっていこうとする調節的な対人関係のことを指します。一方でマキャベリアニズムは他者を利用しますので、自分の目的や目標に周囲の人々を合わせようと試みる、同化的な対人関係につながります。
セルフ・モニタリングもマキャベリアニズムも、自分と周囲との間をつないで結びつけていくという共通する志向性をもつのですが、厳密に見ていくと、どちらがどちらの方向に近づけていくのかという方向性が異なっているようです。 5 共感性とダークな性格 †「認知的共感性」と「情動的共感性」 ほかの人のことを思いやり、寄り添い、理解しようとする心の働きのことを、共感性と言います。もちろん、共感性は人間関係において不可欠の能力なのですが、私たち自身の心の働きとしても、重要な側面です。 共感性には、二つの側面があります。一つは、ほかの人の表情や言動から、その人がどのような気持ちになっているのか、どのような感情を抱いているのかを推測して認識することです。これを、「認知的共感性」といいます。もう一つは、ほかの人の感情を自分のものであるかのように受け入れて、自分でも同じように感じることです。こちらの共感性は、「情動的共感性」といいます。 ダーク・トライアドと二つの共感性との関連を検討した研究が行われています( 117)。マキャベリアニズム、ナルシシズム、サイコパシーのいずれも、相手の気持ちに寄り添う情動的共感性の低さに関連していました。一方で、サイコパシーについては関連が見られなかったものの、マキャベリアニズムとナルシシズムについては、認知的共感性とプラスの関連を示しました。認知的共感性の高さは、目の前にいる相手がいま何を考えているのか、何を感じているのかをうまく認識することにつながります。 マキャベリアニズムやナルシシズムが高い人物は、相手が何を感じているのかを認識することで、相手をうまく操り、自分の利益のために相手を利用しやすくなるとも考えられます。一方で、サイコパシーの高い人びとは、認知的共感性にあまり頼らず、強引に相手に働きかけるような戦略をとる傾向があるのかもしれません。†ダークな性格と抑うつ・不安 ダークな性格のうち特にマキャベリアニズムやサイコパシーが高い人は、抑うつ傾向も高い傾向があるようです( 118)。さらに、抑うつだけでなく不安についても、ダークな性格との関連が報告されています( 119)。なお、抑うつと不安は、どちらも気分の落ち込みや意欲や動機づけや集中力の低下、睡眠の乱れ、食欲不振や過食、ひどい疲れを感じるなどのネガティブな症状を伴います。 しかし抑うつは、実際に良くない出来事を体験したり喪失を経験したりすることによってネガティブな症状が生じるのに対して、不安は具体的な出来事というよりもこれから起きるかもしれない未知の出来事や脅威を感じることによってネガティブな症状が生じるという点で異なります。抑うつと不安は、お互いに似ているのですが、何に対してネガティブさを抱いているのかが異なっているのです。 さて、ダークな性格が抑うつや不安に関連するという研究結果は、意外に思うかもしれません。しかし、ここまで見てきたように、ダークな性格の持ち主は自分自身のイメージが不明瞭で、周囲に合わせて自分の姿を変えていくような一面を持ち合わせています。自分自身が周囲からどのように見られているのかに意識を向け、自分の思うように人々の印象をうまく操作しようとします。 しかし、現実の生活の中では、ダークな性格の持ち主が望むような印象操作が必ずしもうまくいくとは限りません。いくら狡猾に自分の印象を変えようとしても、また周囲の人々を自分の望むように認識してもらおうとしても、自分がイメージするように立ちふるまおうとしても、どこかでその試みは破綻する可能性を秘めています。 このような状況を、ダークな性格の持ち主たちが認識しないわけではないのです。むしろ、周囲の状況や自分自身がおかれた状況をよく観察する傾向があるのですから、自分の試みがうまくいかないという可能性についても、実際に試みが失敗していることも、認識するのではないでしょうか。これが、彼らの抑うつや不安をかき立てる要因になっているのかもしれないのです。 もちろん、ずっとうまく立ちふるまい、そのまま社会生活を営んでいるダークな性格の持ち主はいることでしょう。しかし現実の生活を考えたときには、破綻の危険性が大きな戦略でもあるのです。†過敏なダーク・トライアド ナルシシズムについて説明した際に、他の人の評価を過剰に気にしてビクビクするような、過敏型とか過剰警戒型、解離型あるいは脆弱性などと呼ばれるようなタイプが指摘されていることに触れました。実はナルシシズムだけでなく、マキャベリアニズムやサイコパシーについても、過敏な側面の存在が指摘されているのです。 アメリカの性格心理学者ミラーたちは、傷つきやすく過敏なダーク・トライアドについて検討しています( 120)。 一つ目は先に説明した、過敏型のナルシシズムです。この側面は、他者からの評価に対して敏感で、崩れやすくも過剰な自己肯定感をもつことが特徴です。自分がほかの人よりもすぐれているはずだという確信は抱いているのです。しかしその一方で、常にその評価が崩れてしまうのではないか、ほかの人から非難されるのではないか、否定されるのではないかという疑心暗鬼に囚われています。そして、少しでもほかの人から否定的な反応をされたと認識すると、その人に対して必要以上に強く反発し、強く非難するなどの攻撃的な態度をとります。 二つ目は、二次性サイコパシーと呼ばれる、サイコパシーの一側面です。この側面は、測定されたサイコパシーの内容を因子分析によって統計的に分類した際に見出されたものです。この因子分析では、一つ目の因子に噓をつくことや罪悪感の欠如など、サイコパシーの対人関係面が含まれ、二つ目の因子には衝動性や飽きっぽさ、計画性の欠如、退屈の感じやすさや問題行動など、社会的な逸脱の側面が含まれていました。 この二つ目の因子である二次性サイコパシーは、優しさや真面目さに欠けており、内向的で、情緒的に不安定な傾向を特徴としています。一次性サイコパシーが恐れを知らないタイプなのに対し、二次性サイコパシーは不安が強く衝動的で、社会的に問題が生じる可能性がある行動も、後先考えずについ行ってしまうタイプです。 三つ目の側面は、境界性パーソナリティ(ボーダーライン)と呼ばれるものです。これは、対人関係、自己像、感情の不安定さを特徴とする性格特性です。誰かと親密な関係を築きたいと思いながらも、ほかの人から見捨てられるのではないかという不安が強く、人間関係が不安定です。あるときはほかの人にひどく依存したかと思うと、周囲の人を自分の思うようにコントロールしようと試みることもあります。 基本的に自分自身のイメージが不安定で、ほかの人からの評価や業績、成果によって大きく揺れ動く傾向があります。感情の起伏も大きく、怒りや悲しみ、絶望、不安など、大きな気分の変動を繰り返します。衝動的な行動も特徴的で、無謀な行動や衝動的な買い物、不適切な性交渉や薬物使用、自殺を試みることなど、多岐にわたる無茶な行動を特徴とします。 境界性パーソナリティは、マキャベリアニズムのようにほかの人を自分の思うように動かそうとする特徴があるのですが、全体的にはあまりに不安定で激しいイメージが伴います。そして実は、境界性パーソナリティは、過敏なナルシシズムや二次性サイコパシーと密接な関係を示すことが知られているの
です。 通常のダーク・トライアドと過敏なダーク・トライアドは、共通した特徴についての裏表を表しています。ただし、通常のダーク・トライアドと過敏なダーク・トライアドとのあいだを、個人がコロコロと揺れ動くのかというと、そういうわけでもなさそうです。両者は、同じような人間関係のパターンを示しつつも、背後にある行動原理や社会への対処のしかたが異なるパターンをもつのです。 通常のダーク・トライアドも、過敏なダーク・トライアドも、現代の社会の中で自分のやり方を通していこうとするとうまくいかないことが多いと言えます。通常のダーク・トライアドの持ち主はそのうまくいかなさを他者のせいにして攻撃的になり、周囲から孤立していく可能性があります。過敏なダーク・トライアドの持ち主の場合、自身のふるまいがうまくいかない場合には、自分自身に攻撃が向かうことで、結果的に社会から退却しがちです。†孤立すると何が起きるのか ダークな性格の持ち主が社会から孤立すると、何が起きるのでしょうか。 たとえば、ネット荒らしの研究があります( 121)。ネット荒らしというのは、インターネット・トローリングと呼ばれることもある、ネット上で行われるいやがらせ行為のことです。 ちなみに「トロール」というのは、北欧の神話に出てくる架空の巨人のことです。トロールは小説や映画など多くの作品にも登場しています。二〇二二年のノルウェー映画『トロール』では、人間の開発によって山奥で深い眠りから目覚めたトロールが騒動を巻き起こします。児童書だと、やぎが橋を渡るときにトロールに遭遇する『三びきのやぎのがらがらどん』がよく知られています。小説や映画『ハリー・ポッターと賢者の石』にもトロールが登場し、ホグワーツの校舎の中でハリーたちと戦います。 この北欧神話に出てくるいたずら好きのトロールから、船を走らせながらルアーで魚を釣る手法であるトローリングという言葉にも派生していきました。そして、いたずらという意味やほかの利用者を「釣る」行為として、ネット上で行われるものについてはインターネット・トローリングという俗語として定着していきます。 インターネット・トローリング(ネット荒らし)には、次のような行動が含まれます( 122)。たとえば、個人が投稿した記事のコメント欄やニュースのコメント欄で投稿者を困らせようと意図した書き込みを行うことです。また、誰かを困らせることや誰かが嫌がることを意図した投稿を、 SNS上で行うことも当てはまります。誰かの投稿に対して、反論できないような内容の反対意見を次々に投稿して溜飲を下げる行為も、ネット荒らしにつながることがあります。ほかにも、ネット上で人々が不愉快な気分になることをイメージしつつ、あえて気分を害するようなウェブページに誘導する行為も当てはまります。 全体的に、悪意を伴ってネット上で人々に働きかける行為が、ネット荒らしだと言えます。 さて、研究結果によると、ダークな性格の持ち主は、孤独感を感じたときに、インターネット上での荒らし行為をしがちのようです。ダークな性格を高くもっていたとしても、孤独感が低い場合には、ダークな性格が低い人と同程度の荒らし行為をするだけでした。ダークな性格の持ち主たちが現実の人間関係でうまくいかず、孤立したり孤独感を抱いたりしたときに、インターネット上でほかの人を困らせるような行為に走ってしまうようです。ダークな性格の持ち主にとって、ネット荒らしは現実世界の代わりとなる攻撃行為の一つだと考えられるのです。 裏を返せば、社会の中で孤立しないような関係性を築いている限りにおいては、ダークな性格の持ち主はインターネット上で荒らし行為をしないかもしれないのです。ダークな性格の持ち主に攻撃的な行動を起こさせないようにするためには、彼らが満足する人間関係を維持することが重要です。 もしも彼らが周囲からの支援を十分に受けることができるような立場にあれば、たとえば高い社会的地位にあるとか、周囲にとてもサポーティブな人々がいる状況であれば、それほど攻撃的な態度をとることはないかもしれません。しかし一方で、そもそもダークな性格の持ち主たちは、その対人関係上の特徴から社会の中で孤立しがちだという一面もあります。このあたりが、ダークな性格につきまとう問題になりそうです。
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