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第 3章 心を磨き、高める

目次

日本人はなぜその「美しい心」を失ってしまったか

このごろの日本人が失ってしまった美徳の一つに「謙虚さ」があるでしょう。つねに控えめに頭を低くし、手柄は人に譲って、得意のときこそおのれを抑制して淡然と振る舞う。そちらこそお先にどうぞと互いに譲りあう、つつましい心。

生きていくのに、オレが、私が、という自己主張が必要なこともわかりますが、私たちがいま、謙虚さに代表される「美しい心」を忘れつつあるのは、この国の社会にとって大きな損失です。

そのことがこの国を住みにくくしている要因の一つであるように思えるのは私だけではないはずです。

たしかに謙虚さをいつも失わないでいることは凡人には至難の業です。かくいう私も、ときとして驕り高ぶる心が頭をもたげないわけではありません。

ファインセラミックスというほとんど未開拓の分野で、多くの新技術や新製品を開発し、京セラという会社を驚くほどのスピードで成長させることができた。

同じように KDDIも驚異的な発展を遂げてきた。まわりの人たちが口々に称賛の言葉を投げかけてくれ、チヤホヤしてくれる。たとえば会合などでも上座をすすめられ、スピーチを求められるのが当たり前のようになってくる。

すると、絶えず自分を戒めているつもりでありながら、あれだけ努力し、実績も上げてきたのだから、これくらいに扱われて当然だという慢心が心の隅に顔を出してくるのです。

そんな有頂天の様に、何かの拍子にフッと気づいて、いかんいかん、これではならじと内省自戒する。

仏門の一員に加えてもらった身でありながら、私などもいまだにこういうことをくり返しています。考えてみれば、私の有している能力、私が果たしている役割、それが私だけの所有物である必然性はどこにもありません。

他の人がもっていたとしても、何の不思議も不都合もない。また、これまで私がなしてきたこともみんな、他の人でも代行できたことでしょう。

それらはすべて、たまたま私に与えられたものであり、私はそれを磨く努力をしたにすぎない。どんな人間の、どんな才能も天からの授かり物、いや借り物でしかないと、私は思っています。

したがって、どのようにすぐれた能力も、それが生み出した成果も、私に属しながら私のものではありません。

才能や手柄を私有、独占することなく、それを人様や社会のために使う。

つまり、おのれの才を「公」に向けて使うことを第一義とし、「私」のために使うのは第二義とする。私は、謙虚という美徳の本質はそこにあると考えています。

ところが、その謙虚の精神が薄れつつあるのと並行するように、近ごろおのれの才を私物化する人がふえてきています。とくに人の上に立ち、他の手本となるべきリーダーにその傾向が目立ちます。

伝統も実績もある大手企業において、組織の規範や倫理のタガがすっかり緩んでしまったように不祥事が続発したのは、まだ記憶に新しいところです。

また国民から公共行政を託され、その給料も国民の血税から出ているはずの官僚にも、自らの特権的立場を利用して私腹を肥やす輩がいます。

大手企業のトップ、幹部、官僚、みんな人並みすぐれた能力に恵まれた人たちばかりです。それなのに、なぜ不祥事や汚職が後を絶たないのか。それは、才を私物化してしまったからにほかなりません。

自分に備わる能力を天からの借り物ではなく私有物と考えて、公の利でなく、私利私欲のために発揮したからなのです。

リーダーには才よりも徳が求められる

すでに幾度となく述べてきましたが、私が考えた「人生の方程式」は、考え方、熱意、能力という三つの要素の乗数で表されます。

不祥事を起こしたエリートたちはみな、人並みすぐれた能力をもっていたはずです。熱意や使命感もあり、これまた人並み以上の努力もしたにちがいありません。

しかし肝心の「考え方」に問題があったため、せっかくの能力や熱意も正しい方向へ発揮されなかった。

そのために誤った行為を犯し、社会に害をなしたばかりか、自らの首を絞めるようなことにもなってしまったわけです。

ここでいう考え方とは、生きる姿勢、つまり哲学や思想、倫理観などのことであり、それらをすべて包含した「人格」のことでもあります。

謙虚という徳もその一つに数えられるでしょう。

その人格がゆがんでいたり、邪なものであれば、いくら能力や熱意に恵まれようが――いや恵まれていればいるほど――もたらされる結果の「負」の値は大きくなってしまうのです。

また、現在の日本社会についていえば、リーダー個人の資質というよりも、リーダーの選び方それ自体に問題があると考えられます。

というのも私たちは、組織のリーダーというものを、人格よりも才覚や能力を基準に選ぶことをくり返してきたからです。

人間性よりも能力、それも試験の結果でしか表せない学業を重視して、人材配置を行ってきたといってもいい。

公務員試験の成績のいい人間が役所の要職やエリートコースに就くことなどは、その代表的な例といえます。

そこには、戦後の日本を覆い尽くしてきた経済成長至上主義が背景にあるのでしょう。

人格というあいまいなものより、才覚という、成果に直結しやすい要素を重視して、自分たちのリーダーを選ぶ傾向が強かったのです。

たとえば選挙にしても、地元への利益誘導型の政治家を「おらが先生」として選出する風潮がまだまだ根強く、いってみれば、才あれども徳に乏しき人間を自分たちの長としていただきたがる。

そんな傾向やメンタリティを、私たちはなかなか払拭できずにいます。かつての日本人は、もう少し、遠回りだけれども「大きなものの考え方」をしていたものです。

わが敬愛する西郷隆盛も、「徳高き者には高き位を、功績多き者には報奨を」と述べています。つまり功績にはお金で報いればいい、人格の高潔な者こそ高い地位に据えよといっているのです。

百年以上も前の言ですが少しも古びていない、今日にも十分通用する普遍的な考え方といえます。道徳の崩壊、モラルの喪失がいわれる昨今こそ、こうした言葉の意味を肝に銘じるべきでしょう。

人の上に立つ者には才覚よりも人格が問われるれるのです。

人並みはずれた才覚の持ち主であればあるほど、その才におぼれないよう、つまり、余人にはない力が誤った方向へ使われないようコントロールするものが必要になる。

それが徳であり、人格なのです。

徳というと、そこに復古的な響きを感じる人もいるかもしれませんが、人格の陶冶に古いも新しいもないはずです。

同じような趣旨のことを、中国は明代の思想家、呂新吾がその著書『呻吟語』の中で明確に説いています。

すなわち、「深沈厚重なるは、これ第一等の資質。磊落豪雄なるは、これ第二等の資質。聡明才弁なるは、これ第三等の資質」 この三つの資質はそれぞれ順に、人格、勇気、能力ともいいかえられるでしょう。

つまり呂新吾は、人の上に立つ者はその三つの要素を兼ね備えていることが望ましいが、もしそこに序列をつけるなら、一が人格、二が勇気、三が能力であると述べているのです。

つねに内省せよ、人格を磨くことを忘れるな

戦後の日本は、第三等の聡明才弁型の人物をリーダーとして多く登用してきました。

才に長け、弁も立ち、知に富んだ実利実用型の人物が重用され、人格的な重みを有する第一等の人物は軽視されないまでも、脇に置かれてきたのです。

このように、リーダーの器たりえない人物――才の他には内的な規範や倫理基準に乏しい、人間的な厚みや深みに欠けた人物――がトップに据えられた。

近年多発した組織の不祥事、もっと広くいえば、いまの社会に巣くう道徳的退廃も、どうもこのことが根幹にあると私には思われてなりません。

不祥事を起こした組織のリーダーが記者会見を行うことがありますが、その応対に長としての人格の重み、厚みを感じることはまれです。

「あってはならないこと」「再発防止に努めたい」などとひととおりのことは口にはしますが、用意された原稿を棒読みしているため、教条的な響きを感じるばかりで、責任者としての真摯さや誠実さはほとんど伝わってきません。

うろたえやごまかし、責任逃れ、そういうものを感じることはあっても、事態にきちんと対峙し、自らの責任を認め、説明すべきは説明し、正すべきは正していこうとする重量感ある言動が見られることは少ない。

確固とした信念や哲学をもたず、物事の善悪、正邪を峻別する基準さえもちあわせていないと感じざるをえません。

あれが社会のリーダーと呼ばれる人たちの振る舞いであるなら、いまの子どもたちが大人を尊敬も信用もしないのも無理はないと思えるほどです。

人の上に立つリーダーにこそ才や弁でなく、明確な哲学を基軸とした「深沈厚重」の人格が求められます。

謙虚な気持ち、内省する心。

「私」を抑制する克己心、正義を重んじる勇気。

あるいは自分を磨きつづける慈悲の心……ひと言でいえば、「人間として正しい生き方」を心がける人でなくてはならないのです。

それは中国の古典にもある、「偽」「私」「放」「奢」、この四つの煩いから離れた生き方ともいえます。

すなわち偽りがあってはいけないし、私心があってはいけないし、わがままであってはいけないし、奢りの心があってはいけない。

そうした高潔な生き方をおのれに課すこと。

それが人の上に立つものの義務、つまりノーブレス・オブリージュというものでしょう。

人として正しい生き方に努めるとは、小学校の道徳のようなことをいう――と笑う人がいるかもしれません。

しかし、その小学生のときに教わったようなことを、私たち大人が守れなかったからこそ、いまこれほどまでに社会の価値観が揺らぎ、人の心が荒廃しているのではないでしょうか。

いま、子どもに向かって堂々とモラルを説ける大人がどれほどいるか。

これはしてはいけないことだ、あれはこうすべきだと、明確に規範を示し、倫理を説ける。

そういう識見と精神、重厚な人格を有した人物がどれだけ出てきたか。

それを思うと、私なども忸怩たる思いにとらわれないわけにはいきません。

正しい生き方とは、けっしてむずかしいことではないはずです。

子どものときに親から教わった、ごく当たり前の道徳心――嘘をつくな、正直であれ、人をだましてはいけない、欲張るな――そういうシンプルな規範の意味をあらためて考え直し、それをきちんと遵守することがいまこそ必要なのです。

心を磨くために必要な「六つの精進」

もちろん心を磨き、高めることが問われているのはリーダーだけではありません。

心をよい方向に高めて、能力のみならず人格ある人間を、賢い人間であるだけでなく正しい人間をめざすべきであるのは、どんな人でも変わりはありません。

それは生きる目的、人生の意義そのものであるといってもいい。

私たちの人生とは、私たちの人間性を高めるためのプロセスにほかならないからです。

それでは、心を高めるということは、いったいどういうことなのでしょうか。

それは、けっして悟りの境地、いわば至高の善的境地に達するなどという、むずかしい話ではなく、生まれたときよりも少しでも美しい心になって死んでいくことではないかと思います。

生まれたときよりは死ぬときの魂のほうが少しは進歩した、少しは心が磨かれたという状態。

それは、身勝手で感情的な自我が抑えられ、心に安らぎを覚え、やさしい思いやりの心がしだいに芽生え、わずかなりとも利他の心が生まれるというような状態です。

また、そのような美しい心へと、もって生まれた自分の心を変化させていくことこそが、われわれが生きる目的です。

なるほど人生は、宇宙のとてつもなく長い歴史からすれば、わずかな一閃にすぎないものかもしれない。

しかしだからこそ、その一瞬に満たない生の始まりよりは終わりの価値を高めることに、われわれの生の意義も目的もある。

私はそう考えています。

もっといえば、そうであろうと努める過程そのものに人間の尊さがあり、生の本質があるのだと思います。

さまざまに苦を味わい、悲しみ、悩み、もがきながらも、生きる喜び、楽しみも知り、幸福を手に入れる。

そのようなもろもろの様相をくり返し

くり返しながら、一度きりしかない現世の生を懸命に生きていく。

その体験、その過程を磨き砂としておのれの心を磨き上げ、人生を生きはじめたころの魂よりも、その幕を閉じようとするときの魂のありようをわずかなりとも高める――それができれば、それだけでわれわれの人生は十分に生きた価値があるというものです。

では、どうしたら心を磨き、魂を高めることができるのか。

それにはさまざまな方法やアプローチがあります。

山頂をめざすルートは三六〇度、ほぼ無限にあるといってもいいでしょう。

この心を磨く指針として、私は自らの経験から次のような「六つの精進」が大切ではないかと思い、まわりの人たちに説いてきました。

①だれにも負けない努力をする 人よりも多く研鑽する。

また、それをひたむきに継続すること。

不平不満をいうひまがあったら、一センチでも前へ進み、向上するように努める。

②謙虚にして驕らず「謙は益を受く」という中国古典の一節のとおり、謙虚な心が幸福を呼び、魂を浄化させることにもつながっていく。

③反省ある日々を送る 日々の自分の行動や心のありようを点検して、自分のことだけを考えていないか、卑怯な振る舞いはないかなど、自省自戒して、改めるよう努める。

④生きていることに感謝する 生きているだけで幸せだと考えて、どんな小さなことにも感謝する心を育てる。

⑤善行、利他行を積む「積善の家に余慶あり」。

善を行い、他を利する、思いやりある言動を心がける。

そのような善行を積んだ人にはよい報いがある。

⑥感性的な悩みをしない いつまでも不平をいったり、してもしかたのない心配にとらわれたり、くよくよと悩んでいてはいけない。

そのためにも、後悔をしないようなくらい、全身全霊を傾けて取り組むことが大切である。

これらを私は、「六つの精進」としてつねに自分にいい聞かせ、実践するよう心がけています。

文字にしてしまえば平凡すぎるほどの、このような当たり前の心がけを、日々の暮らしに溶かし込むように、少しずつでいいから堅実に実践していくこと。

大仰な教訓を額縁に入れて飾るばかりでなく、やはりふだんの生活のうちに実行していくことが肝要なのです。

幼い心に感謝の思いを植えつけた「隠れ念仏」

いまという時代は物質的な豊かさとは裏腹に、心の貧しさ、精神の空虚さが顕著になってきています。

なかでも、先ほど「六つの精進」のなかにもあげた、「感謝」の心が希薄化しているように思います。

物があふれ、満ち足りた時代だからこそ、「足るを知る」心、またそれを感謝する心をもう一度見直す時期がきているように思います。

私がまだ若く社会も貧しかったころ、人生を生きるうえでもっとも大切に考え、そうであろうとも努めていたのは「誠実」ということでした。

人生や仕事に対して、できるかぎり誠実であること。

手を抜くことなく、まじめに一生懸命に働き、生きるということです。

これは貧しい時代の日本を生きた人にとっては格別珍しいことではなく、当時の日本人に血肉化されていた特徴であり、また美徳であったように思います。

やがて高度成長期を迎え、社会が豊かになって落ち着き、京セラも経営が軌道に乗って規模も大きくなってくると、私の中で大きな位置を占めるようになってきたのは「感謝」ということでした。

誠実に努めることからもたらされた恩恵に対して、ありがとうございますという思いが自然にわいてくる。

そういう体験をくり返すうちに、自分の中にしだいに形成され、実践すべき生活の徳目として定着してきたものと思われます。

自分自身を振り返ってみると、この感謝する心は、私の道徳観の根底を地下水脈のように流れているもので、そこには次のような幼児期の体験が深く作用しています。

私の実家は鹿児島にありますが、まだ四つか五つのころ、父親に連れられて「隠れ念仏」に同行したことがあります。

隠れ念仏とは、徳川時代に薩摩藩によって一向宗が弾圧されたとき、信仰心の篤い人たちによってひそかに守りつづけられた宗教的慣習で、私が幼いころには、まだその習わしが残っていたものと思われます。

他の何組かの親子といっしょに、日没後の暗い山道を提灯の明かりを頼りに登っていく。

みんな無言で、恐ろしいような神秘的な思いに浸されながら、幼い私も必死で父親の後をついていきました。

登った先には一軒の家があり、その中に入ると、押し入れの中に立派な仏壇が置かれていて、その前で袈裟を着たお坊さんがお経を上げていました。

小さなロウソクが数本灯っているだけで家の中はひどく暗く、その薄闇に溶け込むように、私たちはめいめい席を取りました。

子どもたちはお坊さんの後ろに正座させられ、静かに低い声で続くお経を聞いていましたが、読経が終わると、一人ずつ仏壇に線香を上げて拝むようにいわれ、私もそのとおりにしました。

そのとき、お坊さんが子どもたちに短い言葉をかけてくれたのですが、もう一度来るようにいわれた子どももいる中で、私はお坊さんから、「おまえはもう、これでいい(来る必要がない)、今日のお参りですんだ」と告げられました。

さらに、「これから毎日、『なんまん、なんまん、ありがとう』といって仏さんに感謝しなさい。

生きている間、それだけすればよろしい」といい、父に向かっても、この子はもう連れてこなくていいですよと〝おすみつき〟を与えてくれました。

幼い私には、それが何か試験に合格したような、免許皆伝と認められたような気がして、誇らしく、うれしかったのを覚えています。

それは私にとって最初の宗教体験ともいえる印象深い経験でしたが、そのときに教えられた感謝することの大切さは、私の心の原型をつくったように思います。

そして実際、いまでもことあるごとに、「なんまん、なんまん、ありがとう」という感謝のフレーズが無意識のうちに口をつい

て出たり、耳の奥によみがえってくるのです。

ヨーロッパの聖堂などを訪れたときも、その荘厳さに打たれて、思わずこの言葉を唱えたほどで、それは宗教、宗派を超えて私の中に血肉化している「祈り」の言葉であり、心の奥底にまでしみ込んでいる「内なる口ぐせ」といえます。

どんなときも「ありがとう」といえる準備をしておく

なんまん、なんまん、ありがとう。

子どもにもやさしく覚えやすい祈りの言葉。

それは私の信仰心の原型となった言葉であり、また、私の中に感謝する心を培うきっかけともなった言葉でした。

いつもこの言葉をつぶやくことで、だれに対しても、何についても、いいときはもちろん、悪いときもありがとうと感謝する心を涵養し、できるだけ正しく生きようと努めてきたつもりです。

禍福はあざなえる縄のごとし――よいことと悪いことが織りなされていくのが人生というものです。

だからよいにつけ悪いにつけ、照る日も曇る日も変わらず感謝の念をもって生きること。

福がもたらされたときにだけではなく、災いに遭遇したときもまた、ありがとうと感謝する。

そもそもいま自分が生きている、生かされている。

そのことに対して感謝の心を抱くこと。

その実践が私たちの心を高め、運命を明るく開いていく第一歩となるのだと、私は心にいい聞かせてきました。

しかし、言うは易く行うは難しで、晴れの日にも雨の日にも、変わらず感謝の念を忘れないということは人間にとって至難の業です。

たとえば災難にあう。

これも修行だと感謝しなさいといっても、なかなかそんな気にはなれません。

むしろ、なんで自分だけがこんな目にあうのかと、恨みつらみの思いを抱くのが人間の性というものでしょう。

それなら、物事がうまくいったとき、幸運に恵まれたときには、ほうっておいても感謝の念が生まれてくるのかといえば、これもそうではありません。

よかったらよかったで、それを当たり前だと思う。

それどころか「もっと、もっと」と欲張るのが人間というものなのです。

つい感謝の心を忘れ、それによって自らを幸せから遠ざけてしまう。

したがって、必要なのは「何があっても感謝の念をもつ」のだと理性にインプットしてしまうことです。

感謝の気持ちがわき上がってこなくても、とにかく感謝の思いを自分に課す、つまり「ありがとう」といえる心を、いつもスタンバイさせておくことが大切なのです。

困難があれば、成長させてくれる機会を与えてくれてありがとうと感謝し、幸運に恵まれたなら、なおさらありがたい、もったいないと感謝する――少なくともそう思えるような感謝の受け皿を、いつも意識的に自分の心に用意しておくのです。

さらに次のように考えてもいいでしょう。

なるほど感謝は満足から生まれるものであって不足や不満からは生まれてはきません。

しかし、その満足や不足とはいったいどういうことでしょう。

単純に、多くを得れば満足で、少なければ不足といえるのでしょうか。

物質的にはそのとおりでしょう。

しかし、同じものを得ても、足りなく思う人もいれば満ち足りる人もいます。

少ないものでも「足るを知る」人もいれば、いくら得ても飽くことを知らない人もいる。

不平不満の絶えない人がいる一方で、どんなときでも心が満ち足りている人もいます。

ですから、あくまでもそれは心の問題なのです。

物質的にはどんな条件下にあろうとも、感謝の心をもてれば、その人は満足感を味わうことができるのです。

うれしいときは喜べ、素直な心が何よりも大切

感謝の心が幸福の呼び水なら、素直な心は進歩の親であるかもしれません。

自分の耳に痛いこともまっすぐな気持ちで聞き、改めるべきは明日といわず、今日からすぐに改める。

そんな素直な心が私たちの能力を伸ばし、心の向上を促します。

この「素直な心」の大切さを説いたのが、松下幸之助さんでした。

松下さんは、自分には学問がないからと、いつも他人から教えてもらうことで自分を成長させていこうとする姿勢を生涯変えることがありませんでした。

〝経営の神さま〟といわれてなかば神格化された以後も、この「生涯一生徒の気持ち」を忘れず貫かれたところに、松下さんの真の偉大さがあると私は思っています。

もちろん、その素直とは、右を向けといったらただ右を向く、そういう従順さのことではありません。

素直な心とは、自らの至らなさを認め、そこから惜しまず努力する謙虚な姿勢のことです。

人の意見をよく聞く大きな耳、自分自身を見つめる真摯な目。

それらを身のうちに備えて絶えず働かせることなのです。

まだ研究者として駆け出しのころ、一生懸命実験に打ち込んで思いどおりの結果が出ると、私はよく「やったあ」と飛び上がって、その喜びを全身で表現していたものです。

ところが私の助手は、そんな私をひややかな目で見ていました。

あるときも、私は飛び上がって喜びながら、その助手に向かって、「キミも喜べよ」と促したところ、彼はさもおもしろくなさそうな顔で私をジロリとにらみ、「あなたはなんて軽率な人なんでしょう」 と吐き捨てるようにいいました。

「いつも些細なことで、やったやったと喜んでいますが、男が飛び上がって喜ぶようなことは、一生のうちに一度か二度、あるかないかのことです。

そうしょっちゅう軽々しく喜んでいたら、人間を安っぽく見せるだけですよ」 それを聞いて、私は一瞬、冷水を浴びせられたように感じました。

しかし私は気を取り直して、次のようにいいました。

「キミのいうことはもっともだが、成果が出たときには、それがささやかなものであっても単純素直に喜ぶのがいいと私は思っている。

多少軽薄ではあっても、素直に喜び感謝する気持ち。

そういう心のあり方が、地味な研究や地道な仕事を続けていくためのエネルギーとなるのだ」 なかば苦しまぎれのセリフでしたが、それは私の人生の指針や哲学を明快に反映していたように思います。

つまり、どんなささやかなことに対しても、うれしいという喜心、ありがとうという感謝の気持ちをもって、理屈抜きで素直に接すること。

その

その大切さを、私は図らずも助手に向かって説いていたのです。

素直といえば、日々の反省も心を磨くために忘れてはならない実践であり、素直な心の所産なのでしょう。

いくら謙虚であろうと努めても、つい知ったかぶりをしたり、偉そうに振る舞ってしまうことが人間にはあります。

驕り、高ぶり、慢心、いたらなさ、過ち、そういうおのれの間違った言動に気づいたときは自ら反省の機会をもち、自分を律する規範のタガを締め直すことが大事です。

そのような日々の反省を厭わない人こそ、心を高めていくことができるのです。

「神さま、ごめん」――私も実際にそう声に出して、反省の言葉を口にすることがあります。

ちょっといばったようなことや調子のいいことをいってしまった日など、家に帰り、あるいはホテルの部屋に戻ると、「神さま、さっきの態度はごめんなさい、許してください」と反省し、次はするまいと自分を戒めるのです。

子どもみたいに大きな声でいうものですから、人が聞いたら気がふれたのではないかと思うかもしれません。

ですから一人になるのを待って、素直な心で自省自戒の言葉を口にする。

そして明日からはまた謙虚な姿勢で、「人生の生徒」として一からやり直そうと心に刻むのです。

この「神さま、ごめん」と「なんまん、なんまん、ありがとう」は、互いに対をなしている私の口ぐせといえます。

つまり反省と感謝の心をこの二つの短い言葉に代表させて、自分を律するための、単純ですが明快な指針としているのです。

トルストイも感嘆した仏教説話が描く人間の欲深さ

感謝する心、素直な反省心。

その他過剰な「欲」を離れることも、私たちの人間性を高めるために必要になってきます。

この貪欲というものは実にやっかいなもので、人間の心の根深いところに抜きがたく住みつき、人間をむしばんで、私たちの生きる道を誤らせる「毒」となるものです。

お釈迦さまは、そのような欲にからめとられやすい人間の実相について、次のようなたとえ話を語られているそうです。

少し長くなりますが、紹介してみましょう。

――秋も深まったある日、木枯らしの吹く寒々とした景色の中を旅人が家路を急いでいます。

ふと見ると、足もとに白いものがいっぱい落ちている。

よく見れば、それは人間の骨です。

なぜ、こんなところに人の骨が……と気味悪く、不思議にも思いながら先へ進んでいくと、向こうから一頭の大きな虎が吠えながら迫ってきます。

旅人はびっくり仰天し、なるほど、この骨はあの虎に食われた哀れな連中の成れの果てかと思いながら、急いできびすを返して、いま来た道を一目散に逃げていきます。

しかし、どう道を迷ったものか断崖絶壁につき当たってしまう。

崖下は怒濤逆巻く海。

後ろからは虎。

進退窮まって、旅人は崖っぷちに一本だけ生えていた松の木によじ登ります。

しかし虎もまた恐ろしく大きな爪を立てて松の木を登りはじめている。

今度こそ終わりかと観念しかけましたが、目の前の枝から一本の藤づるが下がっているのを見つけ、旅人は藤づるをつたって下へ降りていきました。

しかし、つるは途中で途切れており、旅人は宙ぶらりんの状態になってしまいます。

上方では虎が舌なめずりしながらにらんでいる。

しかも下をよく見ると、荒れ狂う海には赤、黒、青の三匹の竜が、いまにも落ちてきそうな人間を食べてやろうと待ちかまえています。

さらには上のほうからガリガリと音がするので、目を上げると、藤づるの根もとを白と黒のネズミが交互にかじっている。

そのままでは、つるはネズミの歯にかみ切られて、旅人は口を開けている竜目がけてまっさかさまに落下するほかありません。

まさに八方ふさがりの中で、旅人は何とかネズミを追い払うべく、つるを揺すってみました。

すると、何か生ぬるいものが頬に落ちてくる。

なめてみると甘いハチ蜜です。

つるの根もとのほうにハチの巣があり、揺さぶるたびに蜜がしたたり落ちてくるのです。

旅人はその甘露のような蜜の味のとりこになってしまいました。

それで、いま自分が置かれている絶体絶命の状況も忘れて――虎と竜のはさみ打ちにあい、たった一本の命綱であるつるをネズミにかじられているにもかかわらず――何度も何度もその命綱を自ら揺すっては、うっとりと甘い蜜を味わうことをくり返したのです。

これが欲にとらわれた人間の実相であると、お釈迦さまは説いておられます。

それほどせっぱ詰まった危機的な状況に追い込まれてもなお、甘い汁をなめずにはいられない。

それが私たち人間のどうしようもない性であると述べておられるのです。

ロシアの文豪トルストイがこの話を知って、「これほど人間(の欲深さ)を、うまく表現した話はない」と驚き、感心したといわれていますが、たしかに人間の生き様、あるいは人間のもつ欲望の根深さを表現したたとえ話としては、これ以上のものはないように思われます。

ちなみに、虎は死や病気を表しています。

松の木はこの世での地位や財産や名誉を表し、白と黒のネズミは昼と夜、すなわち時間の経過を表しています。

絶えず死の恐怖に脅かされ、追われながらも、生にすがろうとする。

しかし、それは一本の藤づるほどに頼りないものでしかない。

そのつるも時間とともに摩滅していき、私たちは年々歳々、逃げてきたはずの死に近づいていくのですが、それでも自分の寿命、生命を縮めてでも「蜜」を欲しがる。

そんなあさましいほどの欲望といっときも縁の切れない存在。

それが人間の偽りない実相だとお釈迦さまは教えているわけです。

人を惑わせる「三毒」をいかに断ち切るか

蜜とは、人間の欲望を満たしてくれるさまざまな快楽のことでしょう。

そして人間が落ちてくるのを待っている竜は、人の心がつくり出したもの。

いわば人間が抱くみにくい思念や欲望をそのまま投影したものなのです。

つまり赤い竜が「怒り」、黒い竜が「欲望」、青い竜は妬み、そねみ、恨みといった「愚痴」で、この三つを仏教では「三毒」といいます。

三匹の竜とは三毒のことであり、お釈迦さまいわく、それこそが「人生をダメにする」要素なのです。

欲望、愚痴、怒りの三毒は、百八つあるといわれる煩悩のうちでも、ことに人間を苦しめる元凶であり、また逃れようとしても逃れられない、

人間の心にからみついて離れない「毒素」といえましょう。

たしかに人間というものは、この三毒にとらわれて日々を送っているような生き物です。

人よりもいい生活をしたい、早く出世したい。

こういう物欲や名誉欲はだれの心にもひそんでおり、それがかなわないと、なぜ思ったとおりにならないのかと怒り、返す刀で、それを手に入れた人に嫉妬を抱く――たいていの人はこういう欲に四六時中とらわれ、振り回されています。

これは子どもや赤ん坊でも、さほど変わることがありません。

私の孫たちにしても、一方をかわいがると、もう一方がすぐに嫉妬の素振りを見せます。

すでに二、三歳で一人前の煩悩に毒されているのです。

むろん欲望や煩悩というのは、人間が生存していくためのエネルギーでもありますから、それをいちがいに否定するわけにはいきません。

しかしそれは同時に、人間を絶えず苦しめ、人生を台無しにしてしまいかねない猛毒も有している。

考えてみれば、人間というのはなんと因果な生き物でしょうか。

自分たちの生存に不可欠なエネルギーが、そのまま自分たちを不幸にし、滅ぼしてしまいかねない毒でもあるのですから。

したがって大事なのは、できるだけ「欲を離れる」ことです。

三毒を完全に消すことはできなくても、それを自らコントロールして抑制するよう努めること。

この方法に近道はありません。

これまで述べてきた誠実や感謝や反省といった「平易な勤行」を平時から地道に積み重ねていく。

あるいは、物事を理性で判断する習慣を日ごろから自分に課すことなどが肝要です。

たとえば、私たちは日々さまざまな事柄について判断を迫られています。

そんなとき瞬間的に判断を下したことは、おおむね本能から(つまり欲望から)出てきた答えです。

したがって相手に返答する前に、最初の判断をいったん保留して、ちょっと待てよとひと呼吸おく。

「その思いには、おのれの欲が働いていないか、私心が混じっていないか」 と自問することが大切なのです。

そうやって結論を出す前に、「理性のワンクッション」を入れると、欲に基づいた判断ではなく、理性に基づく判断に近づくことができる。

少なくとも思考プロセスにそのような理性的な回路を設けておくことは、欲を離れるためにきわめて大事なことだと思います。

欲、すなわち私心を抑えることは、利他の心に近づくことです。

この自分よりも他者の利を優先するという心は、人間のもつすべての徳のうちで特上、最善のものであると私は思っています。

おのれをむなしくして相手を利する。

自分のことは後回しにして世のため人のために尽くす。

その利他の心が生まれたとき、人間は欲に惑わされず生きることができる。

また、利他の思いによって、初めて煩悩の毒が消え、欲の濁りがぬぐわれた「美しい心」があらわになって、きれいな願望が描けるようになるのです。

「正剣」を抜いたら成功、「邪剣」を抜いたら墓穴を掘る

利他の心については、次の章で詳しくふれることにしますが、世のため、人のためというきれいな心をベースにした思い、願望というのはかならず成就します。

それが最上の思いであるがゆえに、最良の結果がもたらされるのです。

逆に私利私欲に基づいた「濁った願望」は、いったんは実現できても、一時的な成功で終わってしまう。

ワコールの創業者である塚本幸一さんふうにいえば、それが「邪剣を抜く」ことになるからです。

塚本さんとは同じ京都の財界人ということで、親しくおつきあいをさせていただきました。

彼はいわゆるインパール作戦の生き残りです。

太平洋戦争末期、ビルマのインパールで行われた無謀かつ悲惨極まりない日本軍の侵攻作戦は、多数の犠牲者を出しましたが、塚本さんはそれを命からがら生き延びて、何とか祖国に引き揚げてきた体験の持ち主なのです。

何せ所属していた小隊五十五名中、生存者はたった三名。

塚本さんはそのうちの一人なのです。

そして終戦後の混乱の中、アクセサリーの行商から始めて、のちにワコールを興すのですが、その九死に一生を得た経歴から彼は、「オレには神がついとる」というのです。

神がついているから、事業においても、こうしたい、ああしたいと思ったことは全部うまくいってきたと。

あるとき、塚本さんが補佐役として厚い信頼をおいていた副社長に、そのことを述べたところ、たしかに社長のおっしゃるとおりだ、ただ、あなたが「邪剣」を抜いたときだけは例外ですよ、といわれたのだそうです。

社長は二つの剣を持っている。

正義の剣と邪悪の剣の二つ。

このうち「正剣」を抜いたときは、たしかにことごとく成功しているが、「邪剣」を抜いたときには、これまたことごとくうまくいっていない。

それはつまり、社長に神がついている証拠で、正剣を抜いたときには神が加勢してくれるが、邪剣を抜いたときには神はそっぽを向いているからだというのです。

「そう副社長からいわれたが、さすがによく見とるわ」 と塚本さんがしみじみ感心しておられたことがありましたが、私もそう思います。

邪剣とは「濁った願望」のこと。

自分のためだけに損得のソロバンを弾く私利私欲が混じった思いです。

そういうものは、強い願望だけに成就することはあっても、けっして長続きはしない。

反対に、私たちが何事かなそうとして必死で願い、一生懸命努力する。

その願望が自分の利や欲を離れたきれいなものであれば、それはかならず実現し、また永続するものです。

願望をかなえようと必死に努力しても、なかなか実現できず、困り抜き、悩み果てている。

そんなときでも、解決や成就のための思いもかけないヒント、思いもよらない知恵がふとしたときに啓示のごとくにわいてくる。

それは、あたかも宇宙の創造主が自分の背中を押してくれているかのように感じることがあるものです。

天網恢々疎にして漏らさず――見ていないようで、人間のすること、思うことの理非曲直を神さまというものは実によく見ている。

したがって成功を得る、あるいは成功を持続させるには、描く願望や情熱がきれいなものでなくてはなりません。

ですから、まず私心を含まず、きれいな心で思う。

そのような思いをもって「正剣」を抜くことが、物事を成就させ、人生を豊かなものにして

くれるのです。

働く喜びは、この世に生きる最上の喜び

これまで、心を磨き、人格を高める心がけをいくつか説いてきましたが、物事を成就させ、人生を充実させていくために必要不可欠なことは「勤勉」です。

すなわち懸命に働くこと。

まじめに一生懸命仕事に打ち込むこと。

そのような勤勉を通じて人間は、精神的な豊かさや人格的な深みも獲得していくのです。

私は、人間がほんとうに心からの喜びを得られる対象というものは、仕事の中にこそあると思っています。

そういうと、仕事一筋では味気ない、人生には趣味や娯楽も必要だという反論が返ってくるでしょう。

しかし趣味や遊びの楽しさとは、仕事の充実があってこそ味わえるもので、仕事をおろそかにして趣味や遊びの世界に喜びを見いだしたとしても、一時的には楽しいかもしれませんが、けっして心からわき上がるような喜びを味わうことはできないはずです。

もちろん仕事における喜びというのは、飴玉のように口に入れたらすぐ甘いといった単純なものではありません。

労働は苦い根と甘い果実をもっているという格言のとおり、それは苦しさやつらさの中からにじみ出してくるもの。

仕事の楽しさとは苦しさを超えたところにひそんでいるものなのです。

だからこそ、働くことで得られる喜びは格別であり、遊びや趣味ではけっして代替できません。

まじめに一生懸命仕事に打ち込み、つらさや苦しさを超えて何かを成し遂げたときの達成感。

それに代わる喜びはこの世にはないのです。

人の営みのうち最上の喜びを与えてくれる労働において、あるいは人生の中でもっとも大きなウェイトを占める仕事において、充実感が得られないかぎり、他の何かで喜びを得たとしても、私たちには結局物足りなさしか残らないはずです。

また、仕事に懸命に打ち込むことがもたらす果実は、達成感ばかりではありません。

それは私たちの人間としての基礎をつくり、人格を磨いていく修行の役目も果たすのです。

禅宗では、お寺の雲水は食事の用意から庭掃除まで、日常のあらゆる作業を行いますが、それは座禅を組むことと同等のレベルに位置づけられています。

つまり日常生活の労働に懸命に取り組むことと、座禅を組んで精神統一を図ることの間に、本質的な差はないと考えられているのです。

日常の労働がすなわち修行であり、一生懸命仕事に取り組むことが、そのまま悟りにつながる道だと教えているわけです。

悟りとは心を高めること。

心が磨かれていくその最終、最高のレベルが悟りの境地です。

その悟りを開く方法として、お釈迦さまが説いているのが、「六波羅蜜」です。

お釈迦さまが説く「六波羅蜜」を心に刻め

「六波羅蜜」とは、仏の道において少しでも悟りの境地に近づくために行わなくてはならない菩薩道を記したもの。

いわば心を磨き、魂を高めるために不可欠な修行であり、それは次の六つとされています。

①布施 世のため人のために尽くす利他の心をもつこと。

自分の利より相手の利を図り、他人への思いやりをもつことをつねに意識して人生を送る大切さを説くものです。

布施とは一般には、施し(喜捨)をすることの意味に使われていますが、本来は自己犠牲を払ってでも広く人々に対して尽くすことをいい、またそれができなくても、そのようなやさしい心をもつということなのです。

そのような他者への思いやりに満ちた心をもつことによって、人間は心を高めていくことができるのです。

②持戒 人間としてやってはならない悪しき行為を戒め、戒律を守ることの大切さを説くものです。

すでに述べたように人間はさまざまな煩悩を抱えた存在です。

欲望、愚痴、怒りの三毒からなかなか離れられません。

それだけに、そのような煩悩を抑えて、自分の言動を正しくコントロールしていく必要がある。

欲張ったり、むさぼったり、人を疑ったり、妬んだり、恨んだり……そうした煩悩、欲望を抑制することがそのまま持戒となります。

③精進 何事にも一生懸命に取り組むこと。

すなわち努力のことをいいます。

この努力とは、「だれにも負けない」くらいのものでなくてはならないと私は考えています。

プロローグで紹介した二宮尊徳の例でもわかるとおり、そのような懸命の精進こそが心を高め、人格を練り上げることを、古今東西の偉人たちの人生は如実に物語っています。

④忍辱 苦難に負けず、耐え忍ぶこと。

人間の生は波瀾万丈であり、私たちは生きている間にさまざまな苦難に遭遇します。

しかしそれに押しつぶされることなく、そこから逃げることもなく、耐えてさらに努力を重ねる。

それが私たちの心を鍛え、人間性を磨くのです。

⑤禅定 騒がしく、せわしない社会の中で、私たちはつねに時間に追われ、物事を深く考える間もなく、先を急ぐ日々を送りがちです。

それだけに、せめて一日一回は心を静め、静かに自分を見つめ、精神を集中して、揺れ迷う心を一点に定めることが必要になってきます。

かならずしも座禅を組んだり瞑想をしたりする必要はありません。

多忙な中にあっても、いっときの時間を見つけて、心を静めることが大切です。

⑥智慧 以上の、布施、持戒、精進、忍辱、禅定の五つの修養に努めることによって、宇宙の「智慧」、すなわち悟りの境地に達することができるとさ

れています。

そのとき天地自然を律している大本の理、宇宙をつかさどる真理、いいかえればお釈迦さまのいわれる智慧へと近づくことができるのです。

日々の労働によって心は磨かれる

この六波羅蜜の六つの修養は、悟りに至る修行の道を説いたものですが、なかでも私たちが暮らしの中でもっとも実践しやすく、また心を高める方途として一番基本的かつ重要な要件は、「精進」――努力を惜しまず一生懸命働くことです。

いいかえれば、私たちが自分の人間性を向上させたいと思ったとき、そこにむずかしい修行などは必要ありません。

ただ、ふだんの暮らしの中で自分に与えられた役割、あるいは自分が行うべき営為を――それが会社の業務であろうと、家事であろうと、勉学であろうと――粛々と、倦まず弛まず継続していくこと。

それが、そのまま人格錬磨のための修行となるのです。

すなわち、日々の労働の中にこそ、心を磨き、高め、少しでも悟りに近づく道が存在しているということです。

私は、たとえば宮大工の棟梁のように、一つの職業、一つの分野に自分の一生を定め、その中で長く地道な労働を営々と重ね、おのれの技量と人間を磨いてきた人物に強く魅了されます。

その卓越した技量はもちろんのこと、仕事を通じて体得してきた揺るぎない哲学、厚みのある人格、すぐれた洞察力などが、私の心の深いところに呼応してくるのです。

若いときから七十歳、八十歳というご高齢になるまで、その道一筋に自分を鍛え上げてこられた、その人間の重みや存在感が、語らずとも色濃くにじみ出ている。

たとえば、「木には命が宿っている」「木が語りかけてくる」 そんな深遠な響きの言葉を寡黙なうちにもポツリと口にされる。

そういう宮大工の棟梁の風貌が、私にはどんな偉い哲学者や宗教家よりも崇高に見えます。

努力を惜しむことなく、辛苦を重ねながら、懸命に一筋の道を究める、そのような精進によって、あの人たちがたどり着いた心の高みや人格の奥深さに、何かすごみさえ感じるのは私だけではないはずです。

このことからも、働くという営みの尊さをあらためて思わないわけにはいきません。

「悟りは日々の労働の中にある」ことをつくづく実感させられるのです。

これは職人の世界だけでなく、スポーツの世界でも同様です。

大リーグのイチロー選手にしても、精進を重ねて名人達人の高みまで達した人です。

彼は小学生のころから大リーガーを夢見て、一日も休むことなく素振りをくり返していたそうです。

遊びたい盛りの年代に、すでに自分の目標をしっかりと定め、それに向かって黙々と研鑽を積んできた。

「ヒットを打てといわれれば、いつでも打てます」。

高校生のときに彼はそういったそうですが、そういえるだけの精進の裏づけがあるから、そこには傲慢な響きがないのだと思います。

そしてその精進の結果が現在のイチロー選手なのです。

地道な精進なくして、名人の域に達した人はいません。

私たちが自分の仕事を心から好きになり、だれにも負けない努力を払い、精魂込めてその仕事に取り組む。

それを通じて――ただそのことだけを通じて――私たちは生きることの意味や価値を学び、心を磨き、人格を練り上げて、人生の真理を体得することができるのです。

労働の意義、勤勉の誇りを取り戻そう

この章の最初に、謙虚さのもつ美徳についてふれましたが、いま述べた勤勉がもたらす美徳もまた、私たちがあらためて考え直し、取り戻さなくてはならない精神ではないかと思います。

近代以降、とくに戦後において、働くという行為の意義や価値が「唯物的に」とらえられすぎたきらいがあります。

働く最大の目的は物質的豊かさを得ることにあり、したがって仕事とは、自分の時間を提供して報酬を得るための手段であるという考えに、私たちは慣れてしまっています。

そこからは当然、労働はお金を得るために行わなくてはならない苦役だから、なるべく楽をして、多くのお金をもらうのが「合理的」であるという考え方が生まれてきます。

このような労働観は日本の社会を広く覆い、たとえば教育の現場にも浸透していきました。

しかし、教育者は成長期の子どもの人格形成に深くかかわり、それを指導サポートしていかなくてはなりません。

だからこそ、教職という職業は単なる労働の域を超えたもので、教師の全人格をもって子どもと向き合うことが要求される尊い職業、いわゆる「聖職」であるはずです。

ところが昨今、先生たちは自らその誇りを捨てて、われわれは一介の労働者であり、知識を生徒に伝える作業を行うために自分の時間を切り売りし、その対価として報酬を得ているにすぎないと、自分たちの地位をおとしめ、教職者としてのプライドや真摯さをしだいに失ってしまったように思います。

現在、学級崩壊などに象徴される教育の荒廃も、どうもそのへんに遠因があるような気がしてなりません。

それでも、まだ高度経済成長期までは、私たちには働くことを厭わない勤勉の精神が残っていました。

しかし、日本人は働きすぎだ、もっと遊べと欧米あたりから批判されると、あわてて時短などと称して、労働時間を減らして余暇をふやすことに官民こぞって熱心になりました。

何か熱心に働くことが罪悪であるかのような風潮がまかり通る時代を経て、いまでは勤勉の価値はかなり下位に追いやられています。

余暇を精神的余裕の母体として考える欧米流の労働スタイルを、私は否定しようとは思いません。

しかし、それを無批判に受け入れて、働くことの価値を軽視するような振る舞いは大きな間違いであると思うのです。

同様に、労働を生活の糧を得るための物質的手段とだけとらえることもまた誤りだと考えています。

これまでも述べてきたように、そこには心を磨き、人格を練るという精神的な意義もおおいに含まれている。

もともと日本、あるいは東洋には、この労働のもつ精神性――労働を人間形成

のための精進の場としてとらえる視点が、確固として存在していました。

戦後日本を統治した連合軍最高司令官マッカーサーは、極東政策をめぐる議会証言で、日本人の労働観について述べたことがあります。

それは、日本の擁する労働力は量的にも質的にも、いずれの国にも劣らぬ優秀なものであるばかりか、日本の労働者は、人間とは遊んでいるときよりも働いているときのほうが幸福であるという、いわば「労働の尊厳」を見いだしていた、というものであったそうです。

かつて私たち日本人はそのように、働くことに深い意味と価値を見いだしていました。

勤勉に努める姿勢が誇りや生きがいに通じ、心の豊かさを生んでいくこともよく知悉しており、そこに人生の意義さえ感じていたのです。

遊んでいるよりも働いているときに喜びを感じる精神性。

単純労働であっても、そこに創意工夫を働かせて仕事を楽しくする術。

他人から強制されて「働かされる」だけでなく、自分が労働という行為の主体となって「働く」知恵。

そういうものをたしかに私たちは有していました。

かつてはもっていたが、いまはほとんど失ってしまった、そういう日本人の労働観の意味するところを、あらためて考えてみるべきではないでしょうか。

人は仕事を通じて成長していくものです。

自らの心を高め、心を豊かにするために、精いっぱい仕事に打ち込む。

それによって、よりいっそう自分の人生をすばらしいものにしていくことができるのです。

 

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