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第 3章 〝また会いたい〟といわれる人間になる方法 ~人の心を虜にするにはどうするか人の心を見抜ける人は、みんなの人気者

◆あいづち上手は人から好かれ、質問上手は好感度がさらにアップ ◆きっかけ作りに困ったら、さりげなくほめてみる ◆会うだけで人を幸せにする人には、共通点がある ◆〝借り〟は早く返し、〝貸し〟は催促しない ◆人の失敗を許せる人は、誰からも愛される ◆人に好かれたいならまず、その人を好きになろう ◆一貫性のある人は、いざというときに頼られる ◆自分の失敗や短所を打ち明けられる人は、懐の深い人 ◆口で言うより率先して行動する人に、人はついていく ◆デートで〝汗をかく〟と、これだけ親密になれる!

あいづち上手は人から好かれ、質問上手は好感度がさらにアップ これはあなたも会話のなかで、無意識に経験していることだと思う。

会話の最中に相手がタイミングよくあいづちを打てば打つほど、話している人は気分が良くなってくる。

なぜなら、その行為が相手に同意していることを示したり、もっとあなたの話を聞きたい意志表示になるからだ。

ただし、わざとらしくしたり、何回もオーバーにするのは逆効果だ。

それではかえって怒らせてしまうこともある。

前の項目でも何回もうなずくときは〝好意的な意思表示ではない〟ことが多いとお話したが、この場合も同じだ。

ここでいう効果的なやり方は、飽くまでタイミングよく、相手の話が面白い、ためになるといった同調の表現でなくてはいけない。

人間の本質として、相手から尊重される存在でいたい、好意的に思われたい気持ちを人は持っているものだ。

相手からそこをくすぐられると気分が良くなり、親近感を増して、うれしくなるのである。

相手があなたを好きになるパターンとしては、つぎのような構図が考えられる。

①相手の話にタイミングよくあいづちを打つ ②相手の自尊心がくすぐられる ③相手の気分が良くなって、さらに心の中にあるものを話す ④ますますあなたのことを好意的に思うようになる だいたいこのようなプロセスを通して、あなたは相手から好かれる対象になっていく。

これなら話すのが苦手な人でも、できるに違いない。

人間関係が得意ではない、あるいは話し下手だと思っている人は、とかく話し上手になろうとするが、そう簡単には話し上手にはなれない。

しかし今、ここでお話したことならば、すぐにできるはずだ。

そしてそれができれば、みんなから好かれる人になれるのである。

またこれができるようになると、もう少し工夫してあいづちを打ちながらタイミングよく質問もできるようになる。

あいづちを打ちながらどんどん突っ込んで聞いてくれるので、相手はますます気分も良くなり、あなたのことをもっと気に入るはずだ。

話し上手にはなれなくても、これだけのことで聞き上手になれるのだから、すぐに実践するといいだろう。

◉「あなたと私」ではなく「私たち」で親密度がグーンと上がる さらに仲間意識を高める言葉遣いを心がけるのも一つのテクニックだ。

これは言葉の持つマジックを使って、二人の間柄を親密にし、好感度をグーンとアップさせる方法である。

例えば、何かを一緒にやるときに「あなたと私で頑張りましょう」というところを、「私たちで頑張りましょう!」 というのだ。

たったそれだけの違いでも、言われた相手はあなたに親近感を持ち、仲間意識が微妙に芽生えるのだから不思議である。

要は一体感を演出するわけだが、相手と連帯意識を強めるときには、このような言葉遣いをするといい。

政治家が演説をするときでも、よく使われるので聞いたことがあるに違いない。

連帯感を高め、親近感を深めるのが目的だが、「我々は ~」などと常に複数形にして同志意識をあおる意味合いがある。

ただこのような言葉はポジティブに使ってほしい。

同じ頑張ろうと言っても、前向きに頑張るのはいいが、失敗した後始末を一緒に頑張ろうというのでは、相手を道連れにしていることになる。

あるいは業績が落ち込んで厳しい状態のときに頑張ろうと言っても、相手が必ずしもあなたの考えに同調するとは限らない。

あなたとは違った方法で立ち直りを図ろうと思っているかもしれないので、かえって逆効果になる場合もある。

新しいことをするときや、前向きな状況にお互いがいるときなどに使うようにしよう。

そうすれば親密度が増して、あなたの評価もアップするはずだ。

きっかけ作りに困ったら、さりげなくほめてみる 人とのつき合いを難なくこなせる人は、話のきっかけ作りに困ることはないが、普通の人はなかなかそうはいかないのが常である。

とくに初対面の場合は、いきなり本題に入るのは抵抗があるので、そこでいろいろと工夫が必要になるようだ。

人によっては、前もって相手のことを調べ、話のきっかけになることを見つけているケースもあるが、これなどは、かなり上級者のテクニックである。

人間関係に熟練している人といえるのではないか。

ここでは、相手に嫌がられずに、好感を持って受け入れられる方法をお知らせしよう。

それは相手をほめることだ。

どんな人間もほめられて嫌になる人はいない。

ほめられれば自尊心をくすぐられ、気分が良くなるのは当然だ。

そこをうまく利用していく。

ただ気をつけてほしいのは、ほめる対象である。

闇雲にほめると、ウソっぽくなるので注意が必要だ。

では何をほめるか。

相手のセンスを、ほめるのである。

それも外見からわかるちょっとした部分が、最適だ。

容姿などは、お世辞と受け取られる場合が多いので、止めたほうがいい。

とくに女性には効果的だ。

どんな女性でも自分なりのこだわりを持っておしゃれをしている。

派手とか地味とかは関係ない。

そこをほめてあげるのだ。

それもさりげなくがいい。

「その服はどこで買ったんですか? よく似合っていますね」 とか、「そのバッグのデザイン、なかなかいいですね。

最新のものですか?」 など、相手のセンスが光っていることをポイントにするのである。

もしあなたがファッションに詳しいのならば、さらに突っ込んで話をするといいだろう。

警戒していた相手も心を開き、自分なりのおしゃれのポイントを話し出すはずだ。

そこまでいけばパーフェクトだ。

このようなテクニックは、主に女性に声をかけるときに使われるが、いきなり本題に入ると身構える場合でも、最初に相手が喜ぶようなことを言ってあげると、意外にスムーズにきっかけが作れるものである。

人と話をするのが苦にならない、きっかけ作りが上手な人は、自然にこういう話し方が身についている。

当然、そういう人は人気があり、その人のまわりには、人が絶えないものだ。

男性の場合ならば、小物類や洋服の着こなし方などをほめてもいいが、それよりは趣味の話や相手が得意としていることなどをほめたほうが効果がある。

そこが女性とは違う価値観だ。

会うだけで人を幸せにする人には、共通点がある 人生には調子がいいときがあるかと思えば、逆に不幸のどん底に落ちてしまうときもある。

人によってその感じ方はいろいろだが、両方を経験していくことで人は成長していくに違いない。

だが幸せなときには、人の助けがなくても問題はないが、不幸せなときには、なかなか自力だけで立ち直るのは難しいものである。

そういうときには必ず、誰かの助けが必要になるはずだ。

なかにはじっと嵐が通り過ぎるのを待ったほうがいいという人もいるかもしれないが、それは例外だろう。

人は助け合って生きる生き物だ。

そのようなときにこそ、人間の大きさというか、器がわかるのである。

あなたのまわりを見渡してほしい。

あなたが落ち込んでいるとき、苦しんでいるときに、会うと元気が出る、やる気が起きてくる人がいないだろうか。

例えば、仕事で失敗をしてしまった。

上司からは大目玉を食らってしまった。

当分、重要な仕事は回って来ないに違いない。

おとなしく、決められたものをコツコツとやるしかない。

同僚とつき合う気も起きない。

そのようなときに、先輩から誘われたとする。

彼は失敗しても挫けないタイプだ。

それからは折に触れて自分を励ましてくれた。

その結果、だんだんに彼を見習うようになり、立ち直ることができたりしたのである。

仕事のつき合いではなくても、学生時代の仲間で、いつも明るい友だちがいたとしよう。

彼と会って飲んでいると仕事の悩みも忘れることができ、元気がないと冗談を言って笑わせてくれた。

そんな彼と会った後はストレスも半減され、苦しいときでも困難に立ち向かうエネルギーをもらえた。

だからつらいときには彼と会いたくなる。

今となっては自分にとって欠かすことのできない人間である。

以上、お話した二人の場合は特殊なケースではない。

ごく身近にも、こういう人間はいると思う。

普段はあまり気にしないが、いざというときに力になってくれる。

そういう人こそ、あなたにとって重要な人だ。

◉いつも前向きな人が、誰からも愛される そんな人たちに共通することは何だろうか。

そのときは気がつかなくても、後でゆっくり考えてみるとそこにはある共通点があることがわかる。

それぞれを書き出すとつぎのようになる。

*どんなことがあっても前向きに考える*絶対、人の悪口やグチは言わない*失敗したことを後悔しない*いつも笑顔を絶やさない だいたいこのようなことだろう。

これを見ると一見、簡単そうに思えるが、これが意外にできそうで、できないのだ。

誰でも調子のいいときは明るく、人に対してもやさしく振る舞えるが、逆の場合はそうはいかない。

冷たく当たったり、グチを言ったりするのがほとんどだ。

そういう点がない彼らといると前向きに、元気が出るのである。

勘違いしてほしくないのは、このようなことができるのは、その人が生まれ持った性格だからできるわけではないことだ。

多少はそのような性格が影響することはあるが、だからといって自然にそのようなことはまずできない。

必ずそこには人には見せない隠れた努力があるはずだ。

いつも笑顔で人と接している人も、ただ明るいから笑っていられるのではなく、やはりいつも笑顔でいようと努力しているから、それができるのだ。

そこを間違えないでほしい。

ということは、あなたも努力次第では同じようにできるのだ。

確かに苦しいときに笑顔でいたり、落ち込んでいるときに将来の夢を語るのは楽ではないが、それも気持ちのもちようだ。

それができれば、あなたも人から好かれる特別な人になれるのである。

〝借り〟は早く返し、〝貸し〟は催促しない 人間関係が密接になればなるほど、相手から何かを借りたり、あるいはこちらが貸したりすることはよくある。

それは些細なものから、お金の貸し借りまで多種多様だ。

そして当時者同士が親しければ親しいほど、お金などの額がよほど多くない限り、まずは口約束で済ますことがほとんどだろう。

これが他人ならば、そうはいかない。

頼むのも勇気がいるし、それを受けてくれるかどうかも相手次第だ。

とくに小銭の場合は問題ないが、ある程度の金額の貸し借りなどでは、書類などを書いて、きちんとした形に残すのが普通だ。

そうしてトラブルになるのをお互い防ぐのである。

あなたも経験があると思うが、相手がその借りをなかなか返してくれないときにどうするかだ。

もちろんある程度の期間は待っている。

すぐに返してくれといえばせっかくの関係に波風が立つ。

だからそういうことはしない。

ところが、いつまで経ってもその気配がないとき、仲がよかった相手ほど、心の中に怒りが込み上げてくることはないだろうか。

それでもなかなか言い出せない。

なぜならば、相手も責められている、信用されていない気分になるだろうし、そこに微妙な信頼関係のズレが生じてくるからだ。

結局、言い出せないまま時間が過ぎ、二人の仲も険悪になり、ついには別れてしまうこともあるだろう。

あるいは別れないまでも、以前のように仲良く振る舞うことはできなくなる。

このようなことは意外に多いのではないか。

人によっては、はっきり相手に伝えることで、貸し借りが清算できる場合があるかもしれないが、それでも言われたほうは、釈然としない気持ちが残ることが多い。

ではどのように考えればいいか。

それは借りたらすぐに返し、貸したら催促をしない、つまりあげたと思うことだ。

もしあなたが相手にあげるのが嫌ならば、貸してはいけない。

きっぱり断ればいい。

貸すといっても、それはモノに限らない。

相手に代わって何かをしてあげることで、貸しを作ることもあるし、それはいろいろだ。

どちらにしても、貸した時点であげたと思うこと。

それが嫌ならばウソでもいいから、何か理由をつけて貸さないことだ。

そう考えれば悩むこともない。

逆にそれができる人は人間関係もうまくいく。

貸し借りで悩むことがないから、相手からも信用されるし、頼りにされる人になるはずだ。

◉頼まれごとを引き受けたら、最後までつき合うこと 人望がある人は、一度、相手を助けると決めたならば、途中でそれを投げ出さない人でもある。

仕事を頼まれた場合の話だ。

ある会社で A君が仕事をしていて、このままでは今日中には終わらないだろうと困っていた。

その仕事はどうしても今日中に終わらせなければいけないものだった。

そこで助け舟を B君に求めた。

仕事といっても単純作業だったので、担当者でなくてもできるものだった。

たまたま B君も手が空いていて、快く助けてくれた。

ところが午後六時になると約束があるからと B君は帰ってしまった。

A君はあっけにとられながら見送り、それから黙々と終わるまで一人で作業を続けた。

そして二度と B君には頼まないと思ったという。

これは同じ仕事を頼まれる場合でも、悪い例である。

B君の立場から言わせれば、「何時間かでも助けたのだから、いいじゃないか」 と言うだろうが、 A君はそうは思わない。

一緒に最後まで手伝ってくれると思い込んでいるので、途中でいなくなれば裏切られたと思う気持ちが強いのだ。

途中で帰るのであれば、最初にそう言ってから手伝うこと。

そうでなければ断ったほうがスッキリしていい。

この例からもわかるように、人から頼みごとをされたとき、最後まで面倒を見てくれる人は人気があるし、人望もある人だ。

相手が困っているとき、自分の時間を犠牲にしてまで助けてくれる。

これはできそうでいて、やはりなかなかできないものである。

だからこそ、その人のまわりには人が絶えないのだ。

人の失敗を許せる人は、誰からも愛される 仕事に限らず、日常生活でも失敗はつきものだ。

もちろんその程度はいろいろで、笑い話で済むものもあれば、人生を決定づけてしまうものもある。

失敗したときの対処法で、その人の評価が下がったり、逆に上がったりするのも事実である。

よく言われることに、言い訳ばかりをするよりは自分の非を認めて素直に謝り、失敗を取り戻すことに全力をあげれば、失敗する以前よりも信用を得ることができる、ということがある。

これなどもある面では真実をついているだろう。

逆に、失敗をされる立場の場合はどうだろうか。

つまりあなたのまわりの誰かが失敗をし、それによってあなたが被害をこうむったときである。

このときの対応の仕方で、これまたその人の評価が大きく変わるのだ。

例えば、ある会社で一週間後に重要な会議が迫っていたとしよう。

そこで Kさんは新企画のプレゼンテーションを任されていた。

その席で出席者の多くの賛同を得られれば Kさんを中心にしてプロジェクトが発足する可能性があった。

そのため、 Kさんはもしプロジェクトが発足することになったら、メンバーに加えようと思っていた S君にデータ集めを依頼した。

ところが彼はうっかりそれを忘れていて、直前になって彼に確認したときにそれが判明し、その後、あわてて集めたために綿密なデータは揃わなかった。

幸いにして、 Kさんはそのデータで何とかその場を切り抜け、一応の GOサインはもらうことができたものの、その後も結果報告をこまめにするように言われたのだった。

当然、 Kさんは S君を厳しく叱責した。

ビジネスの世界では仕方のないことだが、 S君はそれから失敗を挽回しようと必死に働いた。

しかし、二度と Kさんは S君を許すことはなかった。

それどころか何かにつけて S君に対して厳しく当たったのだ。

これを見ていた仲間たちは、次第に Kさんを敬遠するようになり、結局、スタッフの信頼も得られなくなって業績も下がっていったのである。

あなたのまわりにも Kさんのような人がいるに違いない。

たった一度の失敗をずっと根に持ち、その人を許せない。

大きな痛手を負ったことはわかるが、だからといってその後もその人のことをダメな人間だと決めつけるのは、自分の器の小ささを示しているに過ぎない。

次第に孤立していくのは目に見えている。

逆に失敗をしても、それを反省し、失敗を取り戻そうとする人を快く許せる人はさらにまわりから信頼され、愛されるに違いない。

自分の痛手を相手に押しつけることもなく、引きずることもない。

どちらを選んだほうがいいかは明白だ。

自分が失敗したときには誠実に謝り、取り戻す努力が欠かせないが、反対にまわりの誰かが失敗してあなたに迷惑をかけたとしても、許す度量を持つことだ。

そのことこそ、将来的には、あなたの信用を高めることにつながるのである。

人に好かれたいならまず、その人を好きになろう 誰でも、人から嫌われるよりは好かれるほうがいい。

それはいちいち言わなくてもわかっていることだ。

もしそうではない人がいるならば、それは自分のことを好きだという相手がよっぽど嫌いな場合に限るだろう。

私の専門である心理学では、このことを〈好意の返報性〉と呼び、人間関係を表す原則の一つとして捉えている。

誰からも愛される人は人一倍、まわりの人を愛している人でもある。

自分勝手に生きていて、それでまわりから愛されている人はいない。

一見、そう見える人がいたとしたら、それは本当に愛されているのではなく、そのときだけ何かの理由でそう思われているだけである。

人の心というのは面白いもので、自分が相手に嫌われていると思い込んでいると、それが相手にも伝わり、本当に嫌われてしまう。

また相手を苦手だと思っていると、相手もあなたのことを苦手に思うようになる。

不思議な現象ではあるが、これも〈好意の返報性〉の逆バージョンといえるかもしれない。

ではどのようにして相手を好きになればいいか。

ただ好きになればいいといってもそう簡単にはいかない。

もともと人間が好きな人であれば、比較的楽にそう思えるのかもしれないが、自分とウマが合わない人や考え方が違う人の場合、好きになりなさいといっても、そこに何かがないと好きになるのは難しい。

そこで参考にしてほしいのが、相手のいいところ、長所を見つけてそこを好きになることだ。

人はどうしても相手の長所よりは短所ばかりを見つけるのが得意のようだ。

今や一億総評論家時代といわれるほど人の短所をあげつらい、批判するのが大好きになってしまった。

そうして自分が偉いかのように錯覚し、溜飲を下げるのである。

しかしそれでは何の解決にもならないし、人間関係がギスギスするだけだ。

そうならないためにも相手のいいところを見つけ、そこを好きになる努力をしてほしい。

それも日常的にトレーニングのつもりでやってもらいたい。

そうすれば相手との関係もどんどん良くなるはずだ。

先ほどの法則のように、あなたが相手のことを好きになると、相手もだんだんあなたを好きになってくれるのである。

◉自分の好きなところを見つけて、アピールする 相手のいいところを好きになると同時に、自分の好きなところを見つけて、相手にアピールするのもいい方法だ。

自分の好きなところは、自信が持てる部分でもあるはずだ。

自信があれば、自然に笑顔も出るだろうし、相手にもアピールしやすい。

例えば、人の話を聞くのが得意ならば、状況を見て相手の話を聞いてあげるといい。

とくにストレスが溜まっているときや悩んでいるときは、相手に嫌がられない程度に聞き役になってあげるのだ。

あるいは行動力に自信があるならば、相手の手足になって活躍するのもいいだろう。

それも相手の意を汲んで動いてあげること。

そうすれば相手もあなたの気持ちがわかるはずだ。

どちらの場合も自分の好きなところ、自信があるところをアピールするのがポイントである。

相手もそのほうが、あなたの気持ちがはっきりとわかるし、そこから二人の関係も深まっていくだろう。

ただ注意してほしいのは、くれぐれも押し売りにならないこと。

いくら自分が好きで自信があっても、相手が求めないものでは意味がない。

その兼ね合いは図ってほしい。

相手のいいところを見つけて好きになりながら、自分の好きなところも相手にアピールする。

そうすれば嫌いな人はいなくなるはずだ。

一貫性のある人は、いざというときに頼られる プライベートの人間関係とは違い、微妙な力関係が働くのが職場のつき合いだ。

その理由は、利害関係が絡むからで、つき合う相手やそのポジション、あるいはビジネスの取引相手などによって、ずいぶんと違ってくる。

ときには正論が正論として相手に言えない場合もあるだろう。

相手のほうが悪いと思われるときでも、それを正直に言えないつらさ。

あるいは上司に対して、どう考えても理不尽と思える指示など、社会に出て働いたことがある人ならば、何度となく経験したに違いない。

しかしそういう現場にいても、常に人の注目を集め、信頼される人がいるのも事実である。

もちろんまず、仕事ができることがあげられるが、だからといってそれがいちばんの条件になるとは限らない。

確かに実力が抜きん出ていれば、まわりから注目を集めるのは確かだが、必ずしもその人がまわりから愛され、信頼される人とイコールではない。

ではどのような人が愛され、信頼されるのか。

その第一候補ともいえるのが一貫性のある人、自分の言葉にブレがなく、接する人によって態度や話す内容がコロコロ変わらない人である。

どの職場にもいると思うが、上役にはペコペコと頭を下げてゴマをすり、逆に部下には平気で怒鳴りつける。

おそらく職場でいちばん嫌われるタイプだと思うが、こういう人間は話す内容が定まらず、人によってまったく変わってしまうのが特徴だ。

そしてそれについて本人は一向に気に留めない。

あるいは特定の人にはやさしくするが、そうではない人には冷たく当たる。

例えば、自分になついてくる部下の面倒はよく見るが、なつかない相手にはつらく、きつくあたる。

それを露骨に実行する人間。

さらには自分の精神状態で相手との接し方が変わる人。

調子のいいときはニコニコしてやさしいが、機嫌の悪いときにはまわりに当り散らす。

このような人もよく見るとみなさんの身近なところにいると思う。

当然、一部の人間からは支持されるが、誰からも愛される、信頼される人にはならない。

逆につらく当たられた人間からは、非難をされるのが通常だろう。

それに較べて、先ほどお話した一貫性のある人は、いつも変わらないので安心してつき合える。

自分の感情や利害関係で相手を差別することがないため、こちらとしても信頼して自分を出すことができるのだ。

とくにその相手が上司の場合、部下の評価は、はっきり分かれるはずだ。

管理職になると、自分の発言や態度に一貫性を持つのは大変である。

上からの締めつけもある。

部下からの突き上げもあるだろう。

その状況で対応を変えず、常に同じ姿勢でいられる人はまわりからも信頼され、頼りにされる存在になるのは間違いない。

人はどんなときでも、公平に扱ってくれる人物を尊敬するものである。

自分の失敗や短所を打ち明けられる人は、懐の深い人 人から好かれたい、気に入られたいと思うと、どうしても自分のいいところ、自信のあるところをアピールしたくなるが、その逆もまた効果的なときがある。

だいたい人望がない人ほど自慢ばかりだ。

あまり人気のない上司が部下を捕まえては飲みに誘い、同じ話を何回もしたがるのは、どこの世界でも同じだ。

部下も仕方がなく、ときどきは誘いに乗ってはおとなしく聞いているが、心の中では舌を出しているに違いない。

これも「人間関係の潤滑油」と我慢し、敢えて逆らわないほうがうまくいくと部下から思われているのだから、誘っている上司もあまりレベルが高いとはいえない。

自分の成功談や、得意分野の話をしてはいけない、ということではない。

相手に自分を売り込むときには、それは必要だし、そのくらいのアピールができないようでも困る。

要は程度問題で、同じ相手に何度も繰り返し話すから嫌がられるわけで、そこは注意しなければいけない。

ところが、ときどき話す成功談の合間に、逆の失敗談を挟むと、これが意外な効果を生む。

話す中身はさまざまでいい。

「ここまでくるまでには、実に多くの失敗をした」 あるいは、「今まで誰にも言わなかったが、俺にはこんなコンプレックスがあるんだ」 などでもいい。

普段、強気が取り柄の上司が、ふいにこんなことを言い出すと、部下は驚くに違いない。

そして、それを自分に話してくれた相手に、親近感を持つようになるのである。

話す相手が落ち込んでいるときや、失敗したときなどは、いい機会だ。

人は自分と同じ失敗をした人から言われると心を開くが、成功ばかりしている人から言われると反発することが多い。

その点、相手からただ「頑張れ」と言われるよりは、「俺も若いときは同じ失敗を何回もしたもんだ」と言われたほうが気分が晴れる。

できればそのときの失敗談を詳しく話してあげればさらにいいだろう。

これは今まで、心理学の実験でも証明されていることだ。

同じ経験をしている人同士は自然に親近感を覚えるものらしい。

人はなかなか自分の失敗やコンプレックスを人には言いたくないものだが、それを話すからこそ相手は感動し、あなたに好感を持つようになるのである。

自分をアピールするのと並行して使い分けてほしい。

口で言うより率先して行動する人に、人はついていく 管理職になっていちばん大変なことは何かと聞くと、ほとんどの人は部下にどうすれば動いてもらえるか、それが悩みの種だと言う。

平社員のときは、自分のことだけを考えて動けばよかったが、管理職になると自分が動くよりは、いかに人に動いてもらって成績を挙げるか、それが大きな課題になるそうだ。

相手も子どもではないのだから、仕事をしてお金をもらっている以上、部下が上司の指示に従うのは当たり前のはずだが、残念ながらそうはいかない。

だからこそ管理職の力量が問われるのである。

そこでどのような方法論が考えられるかというと、心理学では〈模範ストラテジー〉というものがある。

これは自分が率先して模範になり、それをまわりに見せることで相手のやる気を起こさせるというものだ。

これは、部下のやる気を引き出すために上司が使うと、とても効果がある。

いくら上司が口で働けと言ってもなかなか部下は動かない。

もしそれだけで動いたならば、相当優秀な部下といえる。

それならば、上司の力量など関係ないだろう。

では、一般的な場合はどうか。

ご存知のように、上司の思ったようには動かないのが部下だ。

そこを動かすために上司が率先して模範になるのである。

これは上司が人一倍働く姿を見せることで部下にプレッシャーを与えるものである。

思い浮かべてほしい。

上司が部下にノルマを与え、いくらお尻を叩いても毎日、上司が午後五時過ぎになると先に帰っているようでは、部下はやる気にはならないだろう。

後で怒られるのはわかっていても、仕事の途中で帰ってしまうに違いない。

逆に、上司が毎日残業をしながら、必死に仕事をしていれば、部下はそれを見て自分もやらなければと思うはずだ。

そうしてお互いに連帯感が芽生えて、成績が上がっていくのである。

ただこれには気をつけなければいけないポイントがある。

それは相手にプレッシャーをかけ過ぎないことだ。

それにいくら模範を見せるといっても、相手に無理な注文を出してはいけない。

大事なことは相手、ここでは部下になるが、その力量を見極めてギリギリできるところまでプレッシャーをかけること。

それ以上は要求してはいけない。

そうしないと、途中で挫折してしまう恐れがあり、逆にあまりのプレッシャーに嫌気がさしてしまうからだ。

スポーツの世界でも、後輩がやる気を見せず、キャプテンが必死になって黙々と厳しい練習をする姿を見せて、部員を引っ張っていく例があるが、まさにそれと同じだ。

この場合も限界というものがあり、なかにはそれについていけずに、脱落するものもいるだろう。

そのため、ただがむしゃらにやればいいというわけではない。

部員それぞれの力量を見極める視点も欠かせないといえる。

同じように、部下に模範を見せる場合も、限界まで追い込むことはせず、ときには息抜きに飲みに誘うなどして、リフレッシュさせることも必要だ。

もっともその両方ができる人ならば、わざわざプレッシャーをかけなくても部下は動いてくれるだろう。

デートで〝汗をかく〟と、これだけ親密になれる! 人と人との出会いは、偶然のこともあれば、きちんと段取りを決めてから会うこともある。

そのどちらも大事な出会いであることに変わりはないが、もし初対面の印象が良かった場合、二度目の印象がそれからの関係を決めることになることが多いといっていい。

今回は、男女間の出会いに的を絞りたい。

もちろん、その他のケースでも応用は可能なので参考にしてほしい。

最近では、様々な場面で男女が出会う機会が増え、メールで気軽に誘えるようにもなってきた。

しかし多少、男女間のつき合いが自由になったとはいえ、人と人との関係は今も昔も大きく変化することはない。

ではどのようにアピールすればいいのか。

それはちょっとした工夫をすることであなたの第一印象がガラリと変わるのである。

だいたい初めてのデートは、誰でもそう違わないはずだ。

食事をするか、飲みに行くか。

その二つが圧倒的に多い。

あるいは映画を観に行ったり、ドライブしたりすることもあるだろうが、最初は無難に、と考えるのが一般的だ。

だがこれでは、インパクトがない。

確かに無難は無難だが、それ以上でも以下でもない。

平凡なデートに終わってしまう。

それを打破するには、〝汗を一緒にかく〟のがいい。

もしあなたにできるスポーツがあるならば、それに相手を誘うのだ。

この場合、うまい、ヘタは気にしなくていい。

もちろん上手であればそれに越したことはないが、それほど気にする必要はない。

要は相手を誘えばいいのだ。

手頃なのはゴルフやテニスがいいだろう。

相手が恥ずかしがっても、そこは適当に言いくるめて誘ってほしい。

◉一緒に汗をかくことで、人は「好きだ」と錯覚する ではなぜ〝汗を一緒にかく〟のがいいか。

その理由は運動をするといろいろな精神状態を体験するからだ。

緊張したり、ビックリしたりするのはもちろんのこと、脈拍が高まって心臓がドキドキするはずだ。

このドキドキする生理現象が、あなたに味方をしてくれるのである。

運動をすれば心臓の鼓動が早くなり、ドキドキするのは当たり前だが、このような現象は好きな異性を目の前にしたときも同じように起こる。

すると不思議なことに、錯覚が生じて、運動したときのドキドキが好きな異性を前にしたときのドキドキと勘違いするらしいのだ。

このようなことを申し上げると、「信じられない!」 と言われそうだが、これが本当なのだ。

今までの心理学の実験でもそれは証明されているのである。

同時に汗を一緒にかくことで、親近感を覚えることも確かだ。

これはスポーツ選手が長年、一緒に汗をかきながらトレーニングをしていると、通常の友だちより、はるかに連帯意識が強くなるのと同じ理屈である。

もっとも一緒に汗をかくといってもたった一回だし、その程度もたいしたものではないが、それでもただ一緒に食事をしたり、飲んだりするよりは、二人の一体感はだいぶ違うはずだ。

その後に食事やお酒を楽しめば、さらに盛り上がるのは確実である。

たかがデートと思わずに、あなたなりの工夫をしてインパクトを強くしてほしい。

スポーツの代わりに夏場なら幽霊屋敷に一緒に行ったり、遊園地でジェットコースターに乗るのも面白い。

そのどちらも、ドキドキ感を味わうことでは共通しているといえるだろう。

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