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第 3章レム睡眠とノンレム睡眠──なぜ眠りは時間を奪うのか、夢は時間を引き延ばすのか

ある日、夜の遅い時間に、友だちと話しながら自宅に帰ってきたとしよう。リビングに入ると、家族(仮にジェシカと呼ぶ)がカウチで横になっている。物音をまったく立てず、顔は横を向いている。

あなたはすぐにふり返ると、友だちに向かって「静かに。ジェシカが寝ているんだ」と言う。

しかし、なぜあなたは一瞬見ただけで、ジェシカが寝ていると判断したのだろう。昏睡状態にある、最悪の場合は死んでいると判断しなかったのはなぜなのか?

目次

そもそも寝ているとはどんな状態か──睡眠を定義する

「ジェシカは寝ている」という一瞬の判断は、おそらく正しいだろう。そしてうっかり物音を立てて彼女を起こしてしまい、自分の判断の正しさを確認することになるはずだ。

たいていの人は、人が寝ているかどうかを経験から判断できるようになっている。

カウチに横になるジェシカは、睡眠の特徴をほぼすべて備えている。

第一に、陸上で生活する生き物なら眠るときたいてい横になる。

第二に、寝ている生き物は筋肉が弛緩する。

とくに目につくのは、姿勢を保つ骨格筋の弛緩だ。睡眠でこれらの筋肉が弛緩すると、身体は緊張感を失ってぐったりする。眠る生き物は、自分の下にあるものに完全に体重をあずける。

ジェシカの頭の位置がそのいい例だ。

第三に、寝ている生き物は、コミュニケーションを行わず、反応もしない。

あなたと友だちがリビングに入ったとき、ジェシカは何も反応しなかった。起きていたら何らかの反応を見せただろう。

そして第四の特徴は、簡単に覚醒させられるということ。そこが昏睡、知覚麻痺、冬眠、それに死と違うところだ。

近くで物音を立てれば、ジェシカはすぐに目を覚ますだろう。

第五の特徴は、睡眠には 24時間周期の一定したパターンがあるということだ。人類は昼行性の動物なので、たいてい昼は起きて、夜は寝るというパターンになる。

それではここで、角度を変えた質問をしよう。

あなた自身が眠っているかどうかは、どうやって判断するのだろうか? 朝、幸運にも目を覚ますことができたら、「今まで自分は眠っていた」と判断するだろう。

それに加えて、睡眠の質まで判断することもできる。これは他人の睡眠を判断するのとはまた違い、主観的な判断だ。主観的な判断ではあるが、全体に共通する判断基準も存在する。

1つは、外界の認識がなくなること。人は眠ると、自分のまわりにあるものをまったく意識しなくなる。または、少なくとも明確には意識していない。

実際のところ、たとえ眠っていても、耳は音を聞いているし、まぶたを閉じていても目は見えている。鼻の嗅覚、舌の味覚、肌の触覚なども同じだ。五感がとらえた知覚は、寝ている間も絶え間なく脳に送られてくる。

しかし、寝ている間は視床と呼ばれる部位に知覚をブロックするバリケードが築かれ、ことごとくはじき返されてしまうのだ。

実際より少し小さいレモンのような形をした視床は、脳内で知覚の門番のような役割を果たしている。

どの知覚を通し、どの知覚を通さないかを決めている。

門を通ることを許された知覚は、脳の表面の皮質と呼ばれる場所に送られ、実際に知覚されることになる。健全な眠りに入っているときは門が閉じられているので、知覚が皮質まで送られることはない。そのため、身体のさまざまな器官から送られてくる外界の情報を、あなたが知覚することもない。あなたの脳は、外界とのコンタクトを完全に断っている状態だ。これがつまり、「寝ている」ということになる。

睡眠を主観的に判断するもう1つの方法は、時間感覚の喪失だ。これは2つの矛盾する方法で感じることになる。

1つは、時間の空白ができること。

飛行機で寝てしまったときを思い出してみよう。目が覚めたら真っ先に時間をチェックするはずだ。なぜそんなことをするのかというと、寝ている間に時間の感覚を失ったからだ。時間の空白ができたことで、自分は寝ていたと確信することができる。

しかし、たしかに意識のレベルでは時間の感覚をなくしているが、無意識のレベルでは、脳は無類の正確さで時間を刻んでいるのだ。

たとえば、朝の決まった時間に起きなければならないとしよう。

目覚ましを 6時にセットして寝る。そしてふと目を覚まして時計を見ると、 5時 58分だった。こんな経験は誰にでも一度はあるのではないだろうか。

どうやら脳は、寝ている間も驚くほど正確に時間を刻むことができるようだ。脳の仕事の多くがそうであるように、この仕事もあなたに気づかれることなく遂行されている。そして必要になったときに、意識のレベルに上がってくる。

最後に、時間感覚の喪失の例をもう1つあげておこう。

それは夢を見ているときの時間の遅れだ。この遅れは、睡眠そのものさえも超えることがある。夢の世界では、時間は時間ではなくなる。たいていは引き延ばされる。

目覚ましが鳴り、スヌーズボタンを押して二度寝したときのことを思い出してみよう。あなたはまた夢の世界に入る。5分後に再び目覚ましが鳴ったとき、とても 5分しかたっていないとは思えないはずだ。1時間か、またはそれ以上たったように感じるだろう。

夢を見ていない睡眠時は時間の感覚をすべて失っているが、夢を見ているときは時間の感覚が残っている。ただ正確ではないというだけだ。

たいていの場合、夢の世界の時間は、実際の時間よりも長くなっている。この時間の遅れに関して、正確な理由はまだわかっていない。

しかし、ラットの脳細胞を記録する最近の実験によって、興味深い事実が明らかになった。

実験では、まずラットに迷路を走らせる。そしてラットが空間を把握する過程で、脳細胞の発火パターンを記録する。さらにラットが眠ってからも記録は続ける。

この実験で、眠りのさまざまなステージにおける脳の活動を観察することができた。

最初に驚いたのは、迷路の空間を把握している間に起こった脳細胞の発火パターンが、睡眠中も再現されたということだ。

これはつまり、寝ている間に、脳細胞レベルで記憶が「再生」されることを意味する。さらに驚くべき発見は、その再生のスピードだ。

人間の場合は夢を見るとされているレム睡眠の間、記憶の再生スピードが遅くなったのである。起きて迷路を記憶しているときに比べると、半分から 4分の 1のスピードになっていた。

人間が夢を見ているときに時間の遅れが生じるのも、おそらくそれが理由だと考えられる。

少なくとも現在のところは、もっとも説得力のある説明だ。

レム睡眠とは何か? ノンレム睡眠とは何か?

他人が眠っていることや、自分が眠っていることは、誰でも感覚的に判断できる。しかし科学的にきちんと証明したいなら、電極を使って脳の信号を記録しなければならない。

具体的には、脳波の活動と、眼球運動と、筋肉の活動を記録する。これらの信号は、まとめて「ポリソムノグラフィー」と呼ばれている。

1952年、当時シカゴ大学の大学院生だったユージン・アセリンスキーと、ナサニエル・クライトマン教授は、このポリソムノグラフィーを使って睡眠研究におけるもっとも重大な発見をした。

ちなみにクライトマン教授は、第 2章で紹介した、洞窟にこもる実験でも知られている。アセリンスキーは、昼夜にわたって赤ちゃんの眼球運動を観察した。

そして寝ているときに、眼球が激しく動くときがあるということを発見する。

それに加えて、この睡眠の状態になると、脳波の動きも目立って活発になる。

起きているときの脳波とほぼ同じだ。

そして眼球運動が起こる睡眠の前後には、眼球が動かない長い睡眠がある。

この静かな睡眠の間は、脳波の活動も穏やかで、ゆっくりと上下をくり返している。

奇妙な発見はそれだけではない。

眼球運動の起こる睡眠と、起こらない睡眠は、どうやら寝ている間ずっと、一定のパターンで何度も何度もくり返されているようなのだ。

アセリンスキーがこの発見をクライトマン教授に報告すると、教授はその現象に再現性があるか確認することにした。プロの研究者なら当然の態度だ。

クライトマンは自分にもっとも近しい人や、もっとも大切な人を使って実験を行うことが多く、今回もまた、生まれたばかりの自分の娘を被験者に選んだ。

娘の名前はエスターだ。実験の結果、再現性は確認された。その時点で、クライトマンとアセリンスキーは、やっと自分たちの発見の重大さに気がついた。

人間はただ眠るのではない。睡眠の間、まったく違う2つの状態をくり返しているのだ。2人はそれぞれの状態を、レム睡眠、ノンレム睡眠と名づけた。レム( REM)とは、「 rapid eye movement(素早い眼球の動き)」の頭文字だ。

クライトマンが教えるもう 1人の大学院生、ウィリアム・デメントもチームに加わった。3人はさらに研究を重ね、レム睡眠と夢の間には密接な関係があることを証明した。

脳が起きているときとほぼ同じ活動をするレム睡眠の間に、人は夢を見ているのである。

ノンレム睡眠については、それから数年にわたってさらに議論が続けられ、4つの異なった段階に分割されることになった。

段階の名前はノンレム・ステージ 1からステージ 4(おもしろみのない名前で申し訳ない)で、数字が大きくなるほど眠りが深いことを表している。

つまりステージ 3と 4は、ノンレム睡眠の中でももっとも深い眠りになる。ここで言う眠りの深さとは、起こすことの難しさだ。

ステージ 1や 2の眠りにある人よりも、 3や 4の眠りにある人のほうが、起こそうとしてもなかなか起きない。

なぜ深い眠りと浅い眠りがあるのか──睡眠サイクルの謎

エスターの実験から歳月を経て、現代の私たちは睡眠には2つの段階があることを知っている。

レム睡眠とノンレム睡眠が交互に現れ、脳の支配をめぐって夜通し争っているのだ。そして脳の支配者は、およそ 90分ごとに入れ替わる。まずノンレム睡眠が脳を支配し、そしてレム睡眠が支配を奪うというサイクルだ。

戦いが終わると、休む間もなくすぐに次の戦いが始まる。それが 90分のサイクルでくり返されているのだ。

まるでジェットコースターに乗っているような浮き沈みが一晩中続いている。

それを図で表したのが図 8だ。図 8の縦軸は脳のさまざまな状態だ。

いちばん上が「覚醒」で、それからレム睡眠、さらにノンレム睡眠のステージ 1から 4へと眠りが深まっていく。横軸は時間の経過だ。

左端の午後 11時に始まり、右端の午前 7時で終わっている。

この図の正式な名前は「ヒプノグラム(睡眠図)」だ。

この図に 90分ごとに区切る縦の点線がなかったら、 90分ごとにくり返されるパターンが見つけられない人も多いだろう。

その原因は、睡眠のステージが偏っているという、睡眠のもう1つの特徴にある。

たしかに夜を通して、 90分のサイクルでノンレム睡眠とレム睡眠が交互に出現しているが、 90分内のレム睡眠とノンレム睡眠の比率が大きく変わっているのがわかるだろう。夜の前半を見ると、 90分サイクルの大部分は深い眠りのノンレム睡眠であり、レム睡眠はほとんど現れない。

図 8のサイクル 1がそれにあたる。

しかし夜の後半に入ると、ノンレムとレムのバランスが変わり、今度はレム睡眠が大部分を占めるようになる。ノンレム睡眠はほとんど現れないか、またはまったく現れない。

図 8のサイクル 5が、典型的なレム睡眠に支配された睡眠だ。

なぜ私たち人間は、このような複雑なパターンで眠るように進化したのだろうか。なぜレム睡眠とノンレム睡眠を交互に何度もくり返すのだろうか。

最初に必要なノンレム睡眠をまとめてとり、その後で必要なレム睡眠をまとめてとるというパターンではいけないのだろうか。

または、その逆では? もし夜通しずっと寝られないことを考えて、ノンレムとレムを交互に出現させているのだとしたら、ノンレムとレムの配分をどのサイクルでも同じにするべきではないだろうか。

なぜ前半はノンレムが優勢で、後半はレムが優勢になっているのだろう。

なぜパターンにばらつきがあるのか。こんな面倒なパターンをデザインするのは、母なる自然にとっても大変な作業だったのではないだろうか。

人類、それに他の哺乳類や鳥類がこの睡眠パターンになった理由について、まだ科学的にはっきりした答えは出ていない。しかし、いくつかの仮説なら存在する。

1つは、寝ている間に脳の神経回路を更新して、限りある記憶スペースをより効率的に使うために、ノンレムとレムを複雑にくり返す睡眠が必要だという説だ。

記憶スペースの容量は、ニューロンとそのつながりの数で決まっている。そのため脳は、古い記憶をなるべく残しつつ、さらに新しいスペースも確保するという難しい仕事をしなければならない。

この絶妙なバランスを達成するには、新しい記憶と、以前にも似たようなものがあった記憶、くり返しになる記憶を分ける必要がある。

第 6章でも詳しく見ていくが、深いノンレム睡眠のいちばん大切な機能は、もういらなくなったニューロンのつながりを削除することだ。対照的に、夢を見るレム睡眠は、ニューロンのつながりを強化する役割を果たしている。

2つの睡眠で記憶スペースの容量不足を解消する

ここで、粘土を使って像を造ると想像してみよう。

まず、大きな粘土のかたまりを台座に置く。大きな粘土のかたまりは、寝るまでに脳内に蓄積されたすべての記憶にあたる。次に、粘土のかたまりを削り、大まかな形にしていく。これが長時間続くノンレム睡眠だ。

その間に、細部の造形を行うこともある(短いレム睡眠)。

この最初の段階が終わると、また粘土を大まかに削る作業が始まり( 2度目の長いノンレム睡眠)、それからさらに細部をつくり込んでいく(先ほどより少し長いレム睡眠)。

このサイクルを何度かくり返すと、求められる作業のバランスが変わる。

大まかに削る作業はほぼ終わり、今度は細部のつくり込みがメインになる(レム睡眠が大半を占め、ノンレム睡眠の出番はほとんどなくなる)。

このように、睡眠は巧みな技を使って、記憶スペースの容量不足という問題を解決しているのだ。

人生で経験することはつねに変化する。記憶のカタログも永遠に更新していかなければならない。記憶という彫刻が完成することはないのだ。そのため、脳は毎日眠らなければならず、そして眠るたびにこのサイクルをくり返さなければならない。

これが、ノンレム睡眠とレム睡眠が交互に出現し、前半はノンレム睡眠が支配して、後半はレム睡眠が支配するという複雑なパターンができあがった理由の1つだ。

この睡眠パターンには、ほとんどの人が気づいていない危険が隠れている。

たとえば、就寝時間が午前 0時で、翌朝は 6時に起きなければならないとしよう。これでは 8時間睡眠が確保できない。この場合、何%の睡眠を失うことになるのだろうか? 8時間が 6時間に減るのだから、単純計算では答えは 25%だ。

しかし、実際は必ずしもそうではない。

ほとんどのレム睡眠は睡眠の後半に行われるので、睡眠時間が少ない状態で起きると、レム睡眠の 60 ~ 90%を失うことになる。

逆に起きるのは 8時でも、午前 2時に就寝した場合、今度はノンレム睡眠の大部分を失うことになる。

これはムリなダイエットで栄養が偏っているのと同じような状態だ。

ノンレム睡眠もレム睡眠も、脳や身体にとってとても大切な役割を果たしている。どちらか一方が極端に少なくなったりすると、心身ともに深刻な影響が出てしまうのだ。

このことについては、後の章で詳しく見ていこう。

ともかく、心身の健康にとって、睡眠不足は致命的だということは覚えておいてもらいたい。

脳はどのように眠りを生み出しているか

あなたをカリフォルニア大学バークレー校にある私の睡眠研究室に招待し、頭と顔に電極をつないで眠ってもらったとしたら、あなたの睡眠中の脳波はどんなパターンを見せるだろうか。

今この瞬間、覚醒してこの文章を読んでいるときの脳波と、どんな違いがあるのだろう。

意識があるとき(覚醒)、意識がないとき(深いノンレム睡眠)、夢を見ているとき(レム睡眠)で、脳波はどのように異なるのだろうか。

青年期から中年期の健康な大人であれば、図 9に見られる3つの波形がすべて現れる。

どの波形も 30秒間の脳波の動きであり、それぞれ覚醒時の脳波、深いノンレム睡眠時の脳波、レム睡眠時の脳波を表している。

起きているときの脳は忙しく働いている。おそらく 1秒間に 30回から 40回は波が上下しているだろう。この波形は、とても速いドラムのビートの波形に似ている。これは「高速周波数」と呼ばれている。

それに加えて、覚醒時の脳波には決まったパターンが存在しない。つまり、ドラムのビートは単に速いだけでなく、リズムがバラバラだということだ。

この場合、それまでの脳波のパターンから、次のパターンを予測することはできない。

この脳波を音に変換しても(ちなみに、私は自分の研究室で実際にこれを行っている。

「睡眠を音にする」プロジェクトの一環だ。

結果はなかなか不気味な音になった)、その音に合わせてダンスをすることはできないだろう。まとめると、覚醒時の脳波の大きな特徴は、高速周波数と、決まったパターンがないことの2つだ。

あなたはもしかしたら、覚醒時の脳波はきれいな波形を描いていると想像していたかもしれない。

たいていは論理的な思考を行っているのだから、脳波もそれを反映しているはずだ、と。しかし、予想に反して、覚醒時の脳波はまったくのカオスだ。なぜそうなるのかというと、脳の各部位が、それぞれ勝手に独自の情報処理を行っているからだ。

それを脳波という形に1つにまとめると、まるで一貫性のないバラバラの波形になる。

話をわかりやすくするために、ここで満席のフットボール・スタジアムを想像してみよう。フィールドの中央に、天井から 1本のマイクが吊されている。観客の 1人ひとりが、1つひとつの脳細胞だ。

そして、天井から吊されたマイクが、頭につながれた電極になる。ゲームが始まる前、スタジアムの観客は、それぞれが勝手に、好きなことを好きなタイミングで話している。全員で一斉に同じことを話しているのではない。話す内容もタイミングもバラバラだ。

その結果、天井のマイクが拾う音声は、ただガヤガヤ言っているだけで何の意味もなさない。被験者の頭につながれた電極は、脳内の活動をすべて記録することになっている。

そして脳内では、音、視覚、匂い、触覚、感情などありとあらゆる情報を、別々の場所にある各部位が、自分のタイミングで処理している。バラバラの情報を大量に処理しなければならないので、脳波はつねに忙しく働いている。だから覚醒時の脳波は、高速で動くカオスになっているのだ。

さて、あなたは私のラボで今から眠りに就こうとしている。

ベッドに横たわり、部屋の中が暗くなった。何度か寝返りを打ち、そして眠りに落ちる。まず訪れるのは、浅いノンレム睡眠だ。これはステージ 1と 2になる。それに続いて、ステージ 3と 4の深いノンレム睡眠に入っていく。このステージ 3と 4は、合わせて「徐波睡眠」と呼ばれている。

ここで、図 9の脳波のパターンに戻り、真ん中の波形を見れば、徐波睡眠と呼ばれる理由がわかるはずだ。

この波形では、波が上下するペースがかなり遅くなっている。おそらく 1秒につき2つから4つの波しかないだろう。覚醒時の脳波に比べると 10倍の遅さだ。ノンレム睡眠時のゆっくりした脳波は、覚醒時の脳波よりもずっと統一感があって安定している。

前の波形を見れば、次の波形が正確に予測できるぐらいの安定ぶりだ。

このノンレム睡眠のパターンを音にして、朝目覚めたときに本人に聞かせると、ゆったりとした一定のリズムを実感することができる。

しかし、ノンレム睡眠の脳波のリズムに合わせて身体を揺らしていると、別のことにも気づくかもしれない。

ゆったりしたリズムの合間に、ときどき新しい音が出現するのだ。音は短く、数秒しか続かない。そして必ず下向きの波形のときに出現する。

ちょっとしたトリル(顫音)のような音で、ある種の言語で発音する巻き舌の「 r」の音か、または満足したネコがゴロゴロのどを鳴らす音にも似ている。これは「睡眠紡錘波」の音だ。

睡眠紡錘波とは、脳波の活動が急に激しくなるときの波形で、たいていは1つのゆっくりした波が終わるときに出現する。

浅いノンレム睡眠と深いノンレム睡眠の両方で見られ、深い睡眠のゆっくりとした力強い脳波が主流になる前から存在する。

睡眠紡錘波の機能はたくさんあるが、その1つは、夜間の見張りをする兵士のようなものだ。外界の音を脳から遮断し、眠りを守っている。睡眠紡錘波が力強く、頻繁に現れるほど、大きな音がしても目を覚まさなくなる。

深い眠りのゆっくりした脳波をさらに観察すると、またおもしろいことに気づく。

それは波が発生する場所だ。自分の目の間の、鼻の付け根の少し上あたりに指を置いてみよう。その指を、おでこに向かって上に五センチほどずらす。そこが、深い眠りの脳波のほとんどが生まれる場所だ。脳の部位でいうと、前頭葉の真ん中になる。

いわば深い眠りが発生する震源地のようなものだ。

しかし、深い眠りの波紋は、同心円状に広がるわけではない。たいていは一方向にしか広がらず、おでこから後頭部に向かっていく。これはたとえるなら、スピーカーから流れる音と同じだ。

スピーカーから流れる音も一方向にしか進まず、そのためスピーカーの前にいる人のほうが、後ろにいる人よりもよく聞こえるだろう。

そして広い屋外に設置されたスピーカーから出る音と同じように、おでこから出た脳波は後頭部に行くにしたがってだんだんと弱くなり、やがて消えてしまう。反響して戻ってくることはない。

深い眠りの間、脳は何をしているか

1950年代から 60年代にかけて、科学者たちがこのゆっくりした脳波の計測を始めたころ、ある種の思い込みが形成された。それは、脳波がゆっくりしているのは、脳が活動していないからだという思い込みだ。こう考えてしまうのも理解できる。

深いノンレム睡眠時に現れるゆっくりした脳波は、麻酔で眠っている患者、またはある種の昏睡状態にある人の脳波によく似ているからだ。しかし、この思い込みは完全に間違っている。

実際のところ、ノンレム睡眠時の脳は、他に類を見ないきわめて高度なニューロンの連携活動を行っているのだ。無数の脳細胞が一体となり、見事なユニゾンで発火をくり返している。

研究室でこの驚くべき脳の活動を見るたびに、思わず畏敬の念がわいてくる。睡眠とは、まことに驚異以外の何ものでもない。

ここでまた、フットボール・スタジアムの例に話を戻そう。

天井からマイクがぶら下がり、睡眠というゲームがまさにくり広げられている。観客(脳細胞)はゲーム前の勝手気ままなおしゃべりをやめ、今は声を合わせて声援を送っている。これが深い眠りの状態だ。

全員の声が1つになり、マントラのようなチャントをくり返している。すると突然、彼らは一斉に元気な叫び声を上げ、脳波の波形が急に突出する。その後、数秒ほど沈黙し、脳波に長いくぼみが現れる。

このように、深いノンレム睡眠時の脳波は、一見するとただ怠けているようだが、実際はかなり高度な活動をこなしているのである。それを知れば、もう深い眠りのことを、ただの冬眠や惰眠とは呼べなくなるだろう。

夜寝ている間、あなたの脳の表面では、驚くべき電気のハーモニーが何度も何度も流れている。このしくみを理解すれば、寝ている間に意識がなくなる理由もわかるはずだ。

前にも説明したように、脳の中心部にある視床という部位が、寝ている間はすべての知覚情報(音、視覚、触覚など)をシャットアウトしている。

そのため、知覚情報が脳の表面にある皮質に届くことはない。

外界の刺激が入ってこなくなると、意識がなくなるだけでなく(ノンレム睡眠時に夢を見ないのも、時間の感覚がなくなるのも、すべて意識がなくなるからだ)、皮質が「リラックス」してデフォルトモードに入る。

皮質のデフォルトモードが、前にも出てきた徐波睡眠だ。この状態にある脳は、活発でありながら、高度に統制のとれた動きをしている。まるで瞑想をしているようだが、起きているときの瞑想と深い睡眠はまったく違うものだ。

ノンレム睡眠で情報を整理し、レム睡眠で情報を統合する

ノンレム睡眠の深い眠りは、心身の健康にとって欠かせない機能だ。

この点については、第 6章で詳しく見ていこう。

とりあえずここでは、眠りと記憶の関係について言及しておきたい。

眠りが記憶を保存するメカニズムを理解すると、ゆっくりした脳波の本当の実力がよくわかるからだ。

車で長時間走っていると、それまで聞いていた FMラジオの電波が弱くなることがあるだろう。それに対して A Mラジオは、いつでもはっきり聞くことができる。

この FMと A Mの違いは、電波の性質で説明できる。

FMの電波は高速周波数で、波が上下する速度が A M電波よりもずっと速い。FMラジオの利点の1つは、高品質の情報を大量に送れることであり、そのため A Mよりも音がいい。しかし、大きな欠点もある。FMの電波は、すぐに息切れしてしまうのだ。

たとえるなら、短距離の爆発力はあるが、長距離を走るスタミナはないランナーのようなものだ。

対して A Mの電波はゆっくりした波形で、スリムな長距離ランナーにたとえられる。A Mには FMのような爆発力はないが、代わりに広範囲をカバーできるという長所があるのだ。

人間の脳もそれと同じだ。覚醒時の脳波は FMラジオで、睡眠時の脳波は A Mラジオにたとえられる。

深い睡眠時のゆっくりした脳波は脳の広範囲をカバーするので、離れた位置にある脳の部位のコミュニケーションが可能になる。

その結果、脳の別々の場所に保管されている記憶を送ったり受けとったりすることができるようになるのだ。そう考えると、ノンレム睡眠のゆっくりした脳波は、それぞれが宅配便の役割を果たしているともいえる。

情報の詰まった荷物を、脳のさまざまな部位に運んでいるのだ。

この遠くまで届くゆっくりした脳波には、「ファイルを移動する」という重要な役割がある。

夜になって眠るたびに、深い眠りのゆっくりした脳波が、短期の記憶が保管されている場所から新しい記憶の入った荷物を受けとり、長期の記憶を保管する場所に届けている。

こうすることで、記憶がしっかりと脳に刻み込まれるのだ。

つまり、こうまとめることができる。

覚醒時の脳波の役割が、外側の情報を受けとることであるなら、ノンレム睡眠の脳波の役割は受けとった情報を吟味することだ。その吟味の過程で、情報を移動したり、記憶を整理したりしている。

起きているときは情報を受けとり、ノンレム睡眠のときは情報を整理しているのだとしたら、レム睡眠のときはいったいどんなことが起こっているのだろうか。

ここで図 9をまた見てみよう。図のいちばん下が、レム睡眠時の脳波になる。たしかに眠ってはいるが、脳波の波形はノンレム睡眠とはまったく違う。むしろいちばん上にある覚醒時の脳波にそっくりだ。

それもそのはずで、最近の MRIを使った研究によると、いくつかの脳の部位では、覚醒時よりもレム睡眠時のほうが最大で 30%も活動量が増えるという。

そのため、レム睡眠は「逆説睡眠」と呼ばれることもある。脳は起きているように見えるが、身体は間違いなく眠っているからだ。

脳波を見ただけでは、覚醒時とレム睡眠を区別するのは不可能に近い。レム睡眠に入ると、覚醒時のようなバラバラで速いペースの脳波が再び現れる。

深いノンレム睡眠の間、ゆっくりとシンクロして動いていた皮質の脳細胞たちは、レム睡眠に入るとまた覚醒時の状態に戻り、それぞれの細胞が、それぞれのペースで、それぞれの情報を処理するようになる。

これはまさに起きているときの脳の動きだが、あなたは間違いなく眠っている。そして眠っているということは、外界からの情報は入ってこない。

それでは、レム睡眠時の脳は、いったいどんな情報を処理しているのだろうか? 起きているときと同じで、レム睡眠の間も視床が情報の門の役割を果たしている。

違うのは、情報がどこから来るかということだ。レム睡眠時は、外界からの情報は入ってこない。脳内の感情、動機、記憶といった情報が、同じく脳内のスクリーンに映し出されている状態だ。

あなたは毎晩、この劇場に連れてこられ、まことに不条理でありながら、自分のこととしか思えないドラマを見せられる。

情報処理という観点から覚醒、ノンレム睡眠、レム睡眠を区別するなら、覚醒時は外側の情報を受けとり、ノンレム睡眠時は受けとった情報をふり返り、そしてレム睡眠時は整理された情報を統合しているといえるだろう。

レム睡眠で情報を統合することで、生の素材が互いにつながり、さらに保存されている過去の経験ともつながる。その結果、さらに正確な外界の姿を構築し、同時に独創的なひらめきや問題解決の作業も行っているのだ。

夢を見ているとき、身体はマヒ状態になる

すでに見たように、レム睡眠時の脳波と、覚醒時の脳波はとてもよく似ている。

電極から送られてくる情報を映したモニターを見るだけで、その人がレム睡眠の状態なのか、それとも起きているのかを見分けることはできるのだろうか? 見分けるカギは、筋肉にある。

私たちの研究室では、被験者の頭だけでなく、身体にも電極をつないでいる。起きているときは、たとえベッドに横になってリラックスしていても、全身の筋肉にはある種の緊張が存在する。この緊張は、電極で簡単に検知することができる。

そしてノンレム睡眠になると、いくらかの緊張は消えるが、すべて消えるわけではない。むしろほとんどの緊張が残っている。

しかしレム睡眠に突入すると、大きな変化が起こる。夢を見る段階が始まる数秒前になると、身体は完全に麻痺した状態になり、それがレム睡眠の終わりまでずっと続くのだ。このとき、全身の筋肉はまったく力が入っていない。

私がこっそり部屋に入り、起こさないようにその人の身体をもち上げたら、まるで人形のようにぐにゃりとたれ下がるだろう。

しかし、安心してもらいたい。

動かなくなるのは自分の意思で動かす随意筋だけだ。

意思とは関係なく動く不随意筋には力が入っているので、呼吸や心臓の鼓動が止まることはない。しかし、他の筋肉は完全に弛緩した状態になる。この筋肉を弛緩させるという情報は、脳幹から脊髄を通って全身に送られる。

この情報が伝わると、上腕二頭筋も、大腿四頭筋も、すべて緊張を失ってぐったりする。

脳からの指令にまったく応じない状態だ。

レム睡眠によって、完全に身体を拘束されている。

しかしありがたいことに、レム睡眠の刑期は永遠ではない。

レム睡眠のサイクルが終われば、また身体の自由をとり戻すことができる。

このように、レム睡眠時は、脳は活発に動いているが、身体は完全にぐったりしているので、研究者はレム睡眠時と覚醒時を簡単に見分けることができる。

しかし、そもそもなぜ人間は、レム睡眠時に身体が完全に動かなくなるように進化したのだろうか。それは、身体が動かないおかげで、夢の内容を実際に行動に移さずにすむからだ。

レム睡眠の間、脳内では行動の指令が次から次へと送られている。夢の中で、あなたは活発に動いている。

母なる自然は賢いので、夢の中の動きが本物の動きにならないように、私たちに拘束衣を着せることにしたのだ。

眠っているときは外界の情報が入ってこないので、夢の中と同じようにいきなり走り出したりしたら、大変なことになりかねない。おそらく人類という種は絶滅していただろう。

脳が身体を麻痺させてくれるおかげで、私たちは安全に夢を見ることができるのだ。

レム睡眠の間に、実際に脳から動きの指令が出ていることは、どうしたらわかるのだろうか(本人による夢の内容の申告は別にして)。

そのヒントは、レム睡眠時にも身体が麻痺しない不運な人たちの存在にある。彼らは夢の中での動きを、実際に行ってしまうのだ。

第 11章でも詳しく見ていくが、この症状は大きな悲劇につながることが多い。

そして最後に、レム睡眠の名前の由来になった眼球の動きのことも忘れてはいけない。深いノンレム睡眠の間、眼球はまったく動かない。しかし、夢の段階が始まると、目の上下につないだ電極からはまったく違う情報が送られてくる。

1952年にクライトマンとアセリンスキーが、眠る赤ちゃんを観察していたときに発見したのと同じ情報だ。

レム睡眠の間は、眼球がまぶたの下で激しく動くことがある。

当初、科学者たちは、眼球の動きは夢の中の視覚情報に呼応していると考えていた。

しかし、それは正しくない。むしろレム睡眠の生理的な性質と関係しているのだ。

このことについては、第 9章で詳しく見ていく。

ところで、このような複雑な眠りを経験するのは、すべての種族の中で私たち人類だけなのだろうか? 人間の他にレム睡眠がある種族は存在するのだろうか? もし存在するなら、彼らも夢を見ているのだろうか? 次の章で、その答えを探っていこう。

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