第 2章 出アフリカ 森を離れてから三〇〇万年後、ルーシーは二本足で歩きまわってはいたものの、見かけはヒトというよりもずっとチンパンジーに近かった。外見にはヒトらしさを醸しだすものはほとんどなく、動物園で彼女を見かけたとしても誰も驚きはしないだろう(図 1)。しかしルーシーは石が便利な道具になることを知っていたし、さらにいくつかの証拠によれば、彼女たちは石の縁を鋭く削って道具の性能を高めていたという。事実だとすれば、それはチンパンジーからの大きな前進といえる。チンパンジーは石を道具として使うことができるものの、改良を加えたことはない。
その一〇〇万年後、ホモ・エレクトス(図 2)が骨、棒、獣皮を使って道具を作っていたことはほぼ確実だと考えられているものの、現存する化石はひとつもない。彼らがはじめてヨーロッパやアジアに移り住んだときに使っていたとされる数少ない道具は、ルーシー時代の鋭利な石よりもわずかに高度なものでしかなかった。ホモ・エレクトスが祖先から受け継いだこれらの初期の石器が、日々の暮らしをより楽にしてくれたことはまちがいない。それから一〇〇万年のあいだ、この石器は同じ形態のまま広く使われていた。しかし、構造はいたって単純なものだった。もし現代で生活するあなたがその石器をどこかで偶然見つけたとしたら、考古学的に重要な代物を手にしていることなど気づきもせず、湖面で水切りをして遊ぼうとするはずだ(図 3左)。
では、そのような粗末な道具一式しか持っていなかったにもかかわらず、ホモ・エレクトスはどのようにして一〇〇万年以上前にアフリカ、ヨーロッパ、アジア南部への入植を成し遂げたのだろう? その成功は、ホモ・エレクトスの脳が現代人のおよそ三分の二の大きさだったという事実から生まれたものであることは言うに及ばない。ルーシーとは対照的に、もしホモ・エレクトスが動物園にいたら、ひどく粗野で目立つ見かけの来園客だと勘ちがいされるはずだ。 脳がより大きく発達したことによって、ホモ・エレクトスは自身にとってきわめて重要なツールを使えるようになった──協力のためのさらに高度な能力だ。これまでヨーロッパやアジア各地で、ホモ・エレクトスに殺されたウマやゾウ(現代のゾウの二倍ほどの大きさの個体も多かった)の化石が発掘されてきた。その化石を調べると、ホモ・エレクトスが新たな世界の片隅でこっそりと生きていただけではないことがわかる。だとしても、ホモ・エレクトスはせいぜい腐食動物として、ほかの捕食動物の残飯を漁って暮らしていたのではないか? いや、証拠が示すのは真逆だ。ホモ・エレクトスの石器による化石の骨の傷跡の多くは、同じ地域に棲む捕食動物が歯形をつけるまえにできたものだった。くわえてホモ・エレクトスの石器の跡は、動物の脚の骨の胴体に近い部分で見つかることが多い。ここは、捕食動物がはじめに嚙みつく部分だ。もしホモ・エレクトスが残飯を漁って生きていたのであれば、この部分に肉が残ることはほとんどなく、よって石器による攻撃の跡も残るはずがない。これらの発見が指し示すのは、ホモ・エレクトスが驚くほど単純な道具を用いつつ、俊敏な大型動物を殺す方法を見いだしたということだ。これを実現するためには、狩猟者の集団メンバーのあいだで事細かに計画・調整する必要があった。 ホモ・エレクトスが狩りを計画・調整する知的能力を有していたと考えられるのには、いくつか理由がある。第一に彼らは、知能が比較的低かったホモ・ハビリスから引き継いだオルドワン石器* 1(図 3左)よりも、はるかにすぐれた一連の石器をのちに発明する。ホモ・エレクトスが作ったアシューリアン石器* 2(図 3右)は両面が左右対称に加工されており、実用性と使いやすさは以前のものよりもさらに増したと考えられる。ホモ・ハビリスの石器とは異なり、もしあなたがアシューリアン石器を偶然どこかで見つけたとしたら、家に持ち帰って友だちに自慢しようとするにちがいない。 これらの古代の道具を作るとき、いったいどんな能力が必要になるのか? それを調べる方法に、自分で作ってみるというやり方がある。実際、これまで多くの人類学者が、石器製作の技術──祖先たちと同じように、慎重に強打することによって岩から道具を作る──を学んできた。研究のひとつにおいて、現代の石器製作者( =被験者)たちの身体が fMRIの磁気で調べられたことがあった。 fMRIは病院で一般的に使われる MRI(磁気共鳴画像法)の機械に似ているが、脳の構造内の活動を測定する機能が追加されたものだ。未完成のオルドワン石器とアシューリアン石器を受け取った被験者たちは、完成させるために必要な次の作業を考えるよう指示された。被験者がこの決定を下しているあいだの脳の活動を調べれば、石器を作る際にどのような知的活動が必要なのかを知ることができると研究者たちは考えた。脳スキャンの結果、オルドワン石器を作るときよりも、アシューリアン石器を作るときに、より脳の前部(計画・調整のための活動を司る領域)による処理が求められることがわかった。この結果は、図 3のふたつの石器を見れば当然のようにも思える。単純な形に削られたオルドワン石器よりも、複雑なアシューリアン石器を作るときのほうが慎重な事前計画が必要なことは火を見るよりも明らかだろう。 ホモ・エレクトスはよりすぐれた道具を発明しただけではなく、現在の必要性を超えて将来に対する計画を立てたはじめての種でもあったと考えられている。少し意外な気もするが、サルや類人猿は現時点で感じていない将来の必要性について計画することはできない。たとえばある研究のなかで、オマキザルに一日に一度だけ餌を与えるという実験が行なわれた。一回の食事の量が多ければ問題なく生きることができたが、定期的に食べ物を探しまわる習性をもつオマキザルは、一日一回という食事スタイルを嫌った。にもかかわらずサルたちは、あとで腹が減ることを見越して余分な餌を保管しておこうとは考えなかった。お腹がいっぱいになったオマキザルは、夜食用に一部をとっておくのではなく、餌を互いに投げつけたり囲いの外に捨てたりした。 サルよりもはるかに利口なチンパンジーもまた、その時点で感じていない必要性のために計画を立てることはできないようだ。例として、チンパンジーがシロアリ塚で〝釣り〟をするときの様子について考えてみてほしい。まず、チンパンジーは適当な茂みを見つけ、枝を引き抜いて葉を剝ぎ取り、その棒をシロアリ塚に持っていく。次に、シロアリ塚に開いた穴に棒を突き刺し、群がるシロアリを舐める。この一連の流れは、チンパンジーが一つひとつの段階を経て目標を達成できるという事実を指し示すものにまちがいない。しかし、どれほど考え抜かれた行動なのだろう? じつは、それほど緻密なものではない。シロアリを食べおえるとすぐ、二度とシロアリを食べたくなることがないとでもいわんばかりに、チンパンジーは釣り竿を放り投げてしまう。 研究室でのさまざまな実験でも似たような結果となり、事前の計画がきわめて有益な場合でもチンパンジーが将来の必要性のために計画できないということは、あらゆる分野で明らかになった。この点においては、アウストラロピテクスやホモ・ハビリスもチンパンジーと大差はなかったようで、彼らが喫緊の必要性を超えて使うために道具を作ったという証拠は見つかっていない。とくにオルドワン石器が、採石・製作された場所以外に持ち運ばれた形跡はない* 3。 対照的に、ホモ・エレクトスのアシューリアン石器は、採石・製作された場所からずいぶんと離れた場所でも見つかった。したがって、動物の死骸をばらばらに切りおえたあとも、アシューリアン石器が将来何かの役に立つかもしれないとホモ・エレクトスが気づいていたのは明らかだ。これは大きな認知的跳躍ではあるものの、そもそもアシューリアン石器を作りだすために必要な労力と知性について考えれば、当然のことだといっていい。より複雑な道具を作りだすのを後押しした精神の進歩は、その必要性が再び訪れると予測することを可能にした。さまざまな証拠を見るかぎり、わたしたちの先祖であるホモ・エレクトスは眼のまえの必要性のそのさきの流れを想像し、将来についての細かな計画を立てていたようだ。それは、地球上で生まれたあらゆる種のなかではじめてのことだった* 4。 最後に、ホモ・エレクトスの高い知性を証明するなにより印象的な出来事は、労働の分業を発明したことだった。ホモ・エレクトスはゾウのような大型動物やウマのような俊敏な動物をうまく狩っていたと考えられ、その過程で彼らが分業を利用していた可能性はきわめて高い。道具が作られていた現場を見てみると、ホモ・エレクトスが一人ひとりに異なる仕事を割り当て、より効率的に作業をこなしていたことを示すはっきりとした形跡がある。たとえば一二〇万年前のインドの発掘現場では、アシューリアン石器の製造工程があたかも工場のようにいくつかのかたまりに分けられ、異なる作業に異なる場所が割り当てられていた。これらの石器を作る際には、まず大きな原石を打ち欠いて〝剝片〟が作りだされ、その後さまざまな道具に形成されていく。インドの製作現場では、ある場所で剝片が作られ、別の場所で最終的な形になるまで手が加えられていた。最初から最後までひとりだけで道具を作っていたとしたら、製造の異なる工程を異なる場所に移動して行なう必要はない。大きな石を一〇メートル離れた場所にわざわざ動かし、そのまま次の作業を続ける意味などあるだろうか? むしろひとりその場に坐り込み、石を打ち欠いて剝片を作り、それから便利な道具へと形作っていったはずで、製造現場のあちこちへと順序正しく移動する必要はなかっただろう。 しかし、異なる作業には異なる能力が必要になるため、それぞれの作業を別々の人に割り当てることはじつに理にかなっている。原石を打ち欠いて剝片を作りだすには、ちょうど適切な位置で巨石を強打して不要な部分だけを取りのぞかなければいけない。この作業には獣のような力が必要であり、集団内の強靱な大男たちにぴったりの仕事だ。彼らは大きなたたき石を使いこなし、石の破片があちこちに飛んでも一顧だにしなかった。一方、より細かく石を削っていくその後の修正段階では、刺繡のような繊細さと調整能力が必要になり、女性や小柄な男性のほうがより適任だった。 われわれの祖先であるホモ・エレクトスが共同作業をとおして目標を達成していたことは、ほかの数多くの例からも明らかだ。なかでもわたしのいちばんお気に入りの一例は、イスラエルのガリラヤ湖の北のヨルダン川沿いにあるゾウの解体現場だ。この発掘現場では、一頭のゾウの死骸のまわりで九本の
手斧が見つかった。さらに、木枝をてことして使ってゾウの頭蓋骨を上下逆さまにひっくり返し、脳(貴重な脂肪源)を取りだしていた形跡があった。背骨から頭蓋骨を切り離して裏返すためには、数人のホモ・エレクトスが一緒に作業し、不規則な形の重い頭の動きをコントロールする必要があった。もし木枝が実際にてことして使われていたとすれば、ホモ・エレクトスが数人でてこを押し、別の数人がバランスをとりながら頭をまわしていたことはほぼまちがいない。 すぐれた意思疎通と協力体制がなければ、この作業がうまくいく可能性はゼロに近い。同じ発掘現場では、木の実を割るための場所、石を削るための場所、貝を処理するための場所の痕跡も見つかった。現代にたとえれば、担当ごとに屋台を設置するかのごとく、それぞれの作業は異なる場所にきっちり割り振られていたというわけだ。 将来のための計画を立てる能力がなければ、分業はできない。だとすれば、計画と分業というふたつの能力が同時に生まれたとしてもなんら驚くことはない。このふたつの能力が組み合わさったとき、われわれの先祖が達成できることの範囲は大きく広がり、社会認知の道のずっとさきへと人類は進んでいった。その道を人類がはじめに歩きだしたのは、アウストラロピテクスがお互いを護るために協力しはじめたときだった。直立歩行 第 1章では、アウストラロピテクスが二足歩行(直立歩行)の副次的効果として投擲に適した身体を発達させたという点に簡単に触れた。しかし、そもそもルーシーが立ち上がって歩くことを選んだ理由については説明していなかった。アウストラロピテクスとホモ・エレクトスのさまざまな認知能力についてのここまでの説明を踏まえ、進化の歴史のなかでもっとも重要な出来事のひとつである直立歩行に至った経緯について考えてみよう。もし二足歩行になっていなければ、人類がものを巧みに投げる技術を身につけることはできなかったはずだ。その場合、わたしたちの祖先をヒトに変えた社会的認知革命も起きていなかったかもしれない。しかし、なぜ祖先たちは直立して歩いたのか? 二本の前肢として指関節を使うのをやめたとき、彼らは何を得たのだろう? この問いにはふたつの答えが考えられる。ひとつ目──そんなことはわからない* 5。ふたつ目──いろいろと理由が考えられる* 6。理由のなかには、心理学とほとんど(あるいはまったく)関係ないものもある。たとえば長い距離を歩くときには、四足歩行の類人猿より二足歩行の人間のほうがより効率的に進むことができる。くわえて、熱帯雨林が消えたことによって、長い距離を歩いて移動できる能力がより重要になったはずだ。わたしたちの先祖が直立歩行を始めた理由のひとつはたんに、最小限のカロリー燃焼で A地点から B地点に移動するためだったのかもしれない。 しかし直立歩行をするようになった理由の一部はより心理的で、手を使って何をするべきかについての決断に関連するものだ。おそらく、われわれの先祖たちが二足歩行になったのは、食べ物、道具、武器を運ぶために両手を解放しようとしたからだった。これは古くから提唱されてきた説であり、直立歩行を始めたことによって先祖たちが余分な食糧、道具、武器を自由に利用できるようになり、より有利な立場に立ったのはほぼまちがいない。 さきほど説明したとおり、この仮説にはある問題点がある。ホモ・エレクトス以前の祖先は、すでに数百万年にわたって二足歩行を続けていたにもかかわらず、石器を遠くに運んでいた形跡がないということだ。ホモ属(ヒト属)以前の先祖たちも道具を持ち運ぶことはなかったと考えられており、よって食べ物を遠くに移動させていた可能性は低い。つまり彼らは、将来の必要性を予想することができなかったということになる。お腹が空いたときには食べ物をその場で食べ、ほかの場所に運ぼうとはしなかった。もしその時点で腹が減っていなければ、(あとで空腹が訪れることには気づかず)食べ物をその場に残しておくか誰かに渡すだけで、持ち運ぶことはなかった。では、アウストラロピテクスに何かを運ぶという動機を与えたのはなんだったのだろう? 猛暑のある日、それまで将来の必要性を見据えて計画できなかった動物が何かを持ち歩いてサバンナを横切ろうと決めたのはなぜか? この問いに答えるためにいまできるのは、ルーシーや彼女の先祖たちが草原を横切って進むたびに、どんな感情を抱いていたのかを想像することだけだ。あなた自身がサバンナを歩いて移動しなければいけないとしたら、どんな感情を抱くだろう? おそらく、答えは「恐れ」だろう。ルーシーやほかの祖先たちは、拓けた草原を横断しようとするたびに自分の弱さを痛感し、大きなネコやイヌによる攻撃を恐れた。恐怖に突き動かされた彼らが、自分自身を護るために使える道具──おそらく、こん棒や槍として利用できる木枝──を携帯するようになったとしてもおかしくはない。 歩くときに手を自由に使うことができれば、こん棒や槍を運ぶのはずっと楽になる。それこそがルーシーや彼女の先祖たちを直立歩行する気にさせたきっかけだったにちがいない。ルーシーは将来の必要性を見越せはしなかったものの、眼のまえの必要性のために計画を立てることはできた。だとすれば、サバンナを横切ろうと出発するたびに武器の必要性を感じていたはずだ。当然ながら、人類の直立歩行への移行において、武器に対する果てなき欲求がほんとうになんらかの役割を果たしたのかどうかを確かめることなどできない。それでも、この流れは当時の祖先たちの認知能力のレベルと一致するものであり、二足歩行によって効率が上がったのと同じように、武器をもつことによって祖先がより優位な立場に立ったと考えてもおかしくはない。ホモ・エレクトスからホモ・サピエンスへ 分業によって人類に新たな黄金時代が訪れた。共同活動による成果は、個人による努力の合計よりもはるかに大きなものだった。分業は集団に「創発特性」(個々から構成された全体が、個々には見られない特性をもつこと)をもたらし、そのことが集団をかつてないほど効率的かつ強力にした。祖先たちが熱帯雨林を去ってから四〇〇万年以上たったあと、森の安全よりもはるかに重要なものを作りだすことによって、ホモ・エレクトスは再び人類を食物連鎖の頂点へと進む道へと戻した。この分業によって、かつて先祖たちにとって捕食者だった動物が獲物に変わった。 分業だけでは物足りなかったかのように、ホモ・エレクトスは人類史上いちばん重要なイノベーションを推し進めた──火の管理だ。火は悪天候や捕食動物から身を護ってくれるだけでなく、生のままでは摂取することがむずかしい栄養素やカロリーを人類に与えてくれた* 7。生肉と調理されたステーキの味やにおいの差、生のジャガイモと料理したジャガイモのおいしさのちがいについて想像してみてほしい。一方は食べることがほぼ無理で、他方は非常においしいはずだ。火を自由に扱えるようになったことで、先祖たちの生活は劇的に変わった。まず、一日の終わりに冷たくじめじめした洞窟に戻る必要はなくなった。夜の闇は消え、寝ているあいだに夜行性の捕食動物に襲われる心配もなくなった。そして、落ちている肉を拾って食べるような生活から解放された。 生物人類学者のリチャード・ランガムは、すぐれた著書『火の賜物 ヒトは料理で進化した』のなかで、ホモ・エレクトスやその後のホモ・サピエンスが大きな脳を発達させるうえで〝料理〟が重要な役割を果たしたと主張した。仲間の類人猿たちはより大きな腸をもっているにもかかわらず、生の餌を食べるため、人間ほど大きな脳を維持するカロリーと栄養を得ることはできない。人間の脳と腸の身体に占める比率はほかの類人猿よりもはるかに大きく、さらに人間は類人猿よりも速くカロリーを燃焼させることができる。食べ物を調理することによって、人類はより速く新陳代謝ができるように進化し、それが大きな脳の活動の支えとなった。 調理の発明によって、人間はより多くの脂肪を溜め込むことができるようにもなった。食べ物が乏しいときに蓄えとして役立つ少しばかりの脂肪がなければ、大きな脳の活動のせいで新陳代謝のための栄養源が枯渇してしまう恐れがある。さらに料理によって祖先たちは、生の食べ物を食べるときに必要になる絶え間ない咀嚼から解放された。チンパンジーは食べ物を柔らかくしてより効果的な消化をうながすため、一日のうち八時間を嚙むことに費やさなく
てはいけない。一日あたり八時間の咀嚼がどれほどたいへんなことなのか、想像するのはむずかしい。とくに、話し言葉に大きく依存する人間のような種にとっては、影響はより甚大だろう。事実、食べ物を口に入れて話すことは容易ではないため、絶え間ない咀嚼が必要な世界では言語の進化もより遅くなっていたかもしれない* 8。 祖先による火の管理は、人間のための認知的ニッチを作り上げる方法のひとつであり、文化とイノベーションが次の進化を形作るという事実を指し示すものでもある。いったんバーベキューの技術を学ぶと、食べ物を嚙むための大きな歯や顎の筋肉は必要なくなった。この変化によって引き起こされた遺伝子の突然変異の結果、顎や歯のサイズが小さくなり、そこから人類は恩恵を受けることになった。これらの突然変異がもっと早い段階で起きていたら、やっかいな事態になっていたかもしれない。なぜなら小さく弱い顎をもつ動物は、生の食べ物を常食とすることが苦手だからだ。しかし、火を管理することを身につけた人類は、大きな顎と小さな脳をもつ先祖の姿から離れ、小さな顎と大きな脳をもつ姿へと変わる道をずんずん進んでいった。かくして、先祖のイノベーションはのちの人間の頭の形を決めるうえで大切な役割を果たし、強くたくましい筋肉よりも脳により重きを置くことをうながしたのだった。 ホモ・エレクトスからさらに進化するにつれて人類の脳は成長を続け、それに合わせて計画や相互理解の能力も向上していった。この進化のプロセスの結果として〝わたしたち〟、つまりホモ・サピエンスが二〇万年以上前にアフリカで生まれた。大きな脳を使って築き上げられた複雑な文化は、あらゆる環境で人類に成功をもたらした。やがて人類はアフリカ全土を手中に収め、大陸の外にも眼を向けるようになった。一二万五〇〇〇年前の段階ですでにアラビア半島にホモ・サピエンスが移り住んでいた兆候がちらほらと見えはじめ、八万年前までに本格的に出アフリカが始まった。六万五〇〇〇年前までにオーストラリアにたどり着き、四万五〇〇〇年前には北上して北極へと到達した。二万年前、ホモ・サピエンスは南北アメリカに上陸。もっとも最近の移住先となったのが太平洋の島々で、いちばん最後のニュージーランドに人類がたどり着いたのはいまから一〇〇〇年ほどまえのことだった。 人間が地球全体に移り住みはじめたのと同じころ、文化、芸術、そのほかの象徴的思考にもとづく活動も一気に広まった。種そのものが生まれたのは二〇万年以上前だったが、一般的にホモ・サピエンスと関連づけられる文化的豊かさの形跡が現われはじめたのは一〇万年前以降のことだった。これは、一〇万年以上のあいだ象徴的思考が欠如していたことを意味するものではない。逆に、人間の文化の産物が一〇万年以上の長きにわたって今後も原形を保ったまま引き継がれるという小さな可能性を示すものだ。現代のわたしたちは、エアコンの効いた博物館に絵をぶら下げて飾る。先祖たちは、断崖の壁面にただ絵を描いた。彼らが未来に関心がなかった点を考えると、そのような遠い過去からの芸術品や工芸品がひとつでも見つかるという事実自体が驚くべきことだろう。 複雑な文化が、わたしたちの種のゆっくりとした始まりとともに(あるいは、もっと以前から)生まれたのか、一〇万年以上の積み重ねによって開花したのかはわからない。いずれにしろ、のちに人間が身につけた社会性は、知識とイノベーションの恐るべき成長へとつながった。ホモ・サピエンスの世界進出とともに新たな道具、武器、芸術も広く浸透していったが、この爆発的拡大を引き起こした変化の根底にあったのは心理的側面だった。(わずか約五〇〇〇年前に)文字が発明されるずっと以前から、物語の口承という伝統によって人類の文化は積み重ねられていった。 物語の口承は、火の管理のもうひとつの副産物だったのかもしれない。なぜなら、日中の狩猟採集民の会話は、焚き火のまわりに集まって語り合う夜の物語とは大きく異なるからだ。昼間の狩猟採集民たちは、喫緊の社会的関心事や経済的なニーズの問題の話にほとんどの時間を費やす。しかし夜のとばりが下り、焚き火が熾されると、人々は小さなグループになって火のまわりに集まる。そして、会話はいつしか物語になる。その物語の多くには、「どう生きるべきか」「文化的な規則にどうしたがうべきか」という大切な教訓が含まれている。 火の管理によって人間は、日が暮れたあとに敵に襲われる恐れをそれほど感じることなく、より長い時間にわたって交流できるようになった。昼間と同じように仕事ができないその時間こそが、人間に社交と内省という唯一無二の機会を与えた。現代の狩猟採集民もまた、大切な文化的情報を伝えるために夜の焚き火の時間を使う。この事実は、人間の知識基盤の構築において火が大きな役割を果たしてきた可能性を浮き彫りにするものだ。物語の口承によってそれぞれの世代は、先祖が積み重ねてきた情報をさらに強化することができる。文化とは、自分たちの環境とどう向き合うかについての知識を蓄積することでもある。「蓄積的文化」の大切さは、わたしたちの生活のほぼすべての側面にはっきりと現われているといっていい。わかりやすい例のひとつは、北極、南北アメリカ、アフリカ、オーストラリア、アジアに向かった初期のヨーロッパの探検家たちの数々の悲惨な話のなかに登場する。勇敢な冒険者たちは充分な備えをしていたにもかかわらず、幾度となく危険な目に遭い、命を落とす者も少なくなかった。しかしすぐ近くでは、近代的な技術など何ももたない原住民たちが何不自由なく快適な生活を送っていた。他者の経験から学ぶことができるという能力こそがホモ・サピエンスに大きな〝地の利〟を与え、それまでの発見の基盤の上に新しい戦略とイノベーションが築かれていった。結果として、それぞれの世代は一から土台を作り直す必要はなくなり、子孫たちは自分が生きる世界についてより深く理解することができた。数世代前の時代なら、天才児でなければそんな視野の広い世界観をもつことなどできなかった。この現象は現在まで続いている。学校の生徒たちがコペルニクス、ダーウィン、ガリレオの発見について学ぶのは蓄積的文化の一例であり、このゆるやかな蓄積プロセスが一〇万年以上続いていることもまちがいない。そんなことをできる動物は人間のほかにいない。複雑な社会的関係のために必要な大きな脳 地球上のあらゆる気候で生き残るために必要な膨大な知識体系に比べれば、わたしたちの先祖が向き合った社会的な挑戦など些細なことに感じられるかもしれない。イヌイットは不毛の地での長い移動を生き抜くために、危険な海で巨大生物を狩り、氷で仮の住まいを造る技術を学ばなくてはいけなかった。サハラ以南のアフリカ人たちは、ストロファンツス・コンベの種子などから抽出した毒に浸した矢を使い、サルを狩る方法を学ばなくてはいけなかった。オーストラリアの先住民アボリジニは、凶暴なヘビやクモを避けつつ、地球上のどこより暑く乾いた土地で食糧と水を確保する術を学ばなくてはいけなかった。 このような挑戦は、人間がはじめて新たな環境に移り住んだときには並外れてやっかいなものだった。とはいえ近代の交通システムができあがる以前、人々はもっとゆっくりと移動していた。もっとも頻繁に移動した遊牧民の祖先でさえ、人生のほとんどの時間は慣れ親しんだ環境で暮らしていた。自分たちが住む世界に対処するための不変の規則は、焚き火のまわりでの話し合いをとおして次の世代へと簡単に引き継ぐことができた。その結果、蓄積的文化と社会的学習によって、捕食動物、獲物、住み処に関する物理的な問題は認知的にはそれほど大きな挑戦ではなくなった。 しかしながら、物理的な世界とは異なり、社会的な世界での相互作用はもっと激しいものだ。たとえば、わたしの社会的戦略は他者に影響を与え、それに応じて他者はしばしば態度を変える。さらに、他者はそれぞれ異なる計画を立てる。長い狩りから家に戻ったとき、みんなが焚き火のまわりでこそこそと何か話しながら笑っていたら、わたしは何事かを突き止めなくてはいけない。わたしの歯にマンモスの毛が挟まっているのだろうか? 氷上で狩りをしているあいだに、妻を寝取られたのだろうか? クスクス笑いは、そもそもわたしに関係あるのだろうか? 社会的な世界にはこのような複雑さがあるため、一連の不変の規則にしたがうだけでは他者とのつき合い方まで学ぶことはできない。「背中に赤い線の入ったクモは避ける」「深い渓谷には水がある」といった規則は自然界でのみ通用する。一方、つねに変わりつづける社会的な世界では挑戦が尽きることはなく、仲間の人間たちは気まぐれに態度を変えてしまう。とくに、自分が利用されていると感じたとき、人々の態度は急変する。
先祖たちにとって、どれもちょっとした頭脳ゲームのようなものでしかなかったのではないか、と想像する人もいるかもしれない。しかし、世界を安全かつ快適な場所に変えてくれる政府、法律、警察などといった現代生活ではあたりまえのさまざまな機関ができる以前の話であることを忘れないでほしい。認知科学者のスティーブン・ピンカーが名著『暴力の人類史』で指摘したように、狩猟採集民の生活は予測不可能なものであり、現代のもっとも危険な都市よりもはるかに殺人率が高かった。狩猟採集民の生活は牧歌的でお気楽に見えるかもしれないが、実際には、今日の世界一物騒な街のいちばん治安が悪い地域に住むよりも危険だった。 アウストラロピテクス、ホモ・エレクトス、のちのホモ・サピエンスの世界では、友人や隣人は逃げおおせることならなんでもやってのけた。彼らの生き方に現代でいちばん近いのは、マフィアや麻薬カルテルなどの犯罪集団の生き方であり、主たる抑止力となるのは(法律ではなく)お互いの行動だ。洞窟のなかで毎朝起きるたび、祖先たちの眼のまえには先史時代版『ザ・ソプラノズ』の世界が広がっていた。夕暮れまで生き残りたければ、競合する目標、移り変わりの激しい複雑な協力関係、嫉妬深いライバル、仲間たちによる危険な裏切りがひしめく地雷原をうまく進まなければいけなかった。 集団のなかで誰より強い立場にいたとしても、たいした保証にはならなかった。夜になるとみんなが眠りにつくが、集団内のほかのメンバーがあなたのことを手に負えないほどの問題住民だと考えたら、それがあなたにとって最期の夜になるかもしれない。法執行機関などなく、誰もが自分の知恵を頼りに生きなければいけなかった。賢く立ちまわらなければ、込み入った社会を生き抜くことはむずかしく、配偶者が見つかる可能性も減った。このような強い社会的圧力にさらされた結果、人類は明らかに社会的な性質を帯びた新たな認知能力の数々を発達させてきた。なかでも重要なのが「心の理論」だ。心の理論 同盟を作って保ち、共同事業を起ち上げ、あるいはただ殺されずに一日を生き延びるために、先祖たちは互いの行動を推測するようになった。他者の行動を見きわめる最善の方法は、裏にある論理的思考と目的を知ることだ。そのために人類は「心の理論」──他者の心は自分の心とは異なるという理解──を進化させてきた。幼い子どもたちはこの能力をもっておらず、それが子どもによる突然の提案や話題の切り替えを理解するのがむずかしい要因のひとつでもある。つまり子どもたちは聞き手が自分と同じことを考えていないと気づいていない。しかし成長するにつれ、嗜好や知識は人によって異なるという事実に子どもたちも気づくようになる。世界がお互いにとって有益な取引に満ちているとわかると、人生は突如としてより豊かで楽なものになる──「あたしは赤いゼリービーンズが好きだけど、あなたは黒いのが好きなのね」「きみが鬼ごっこするなら、ぼくはかくれんぼをするよ* 9」。 他者が自分とは異なる考えや感情をもつことを理解した先祖たちは次に、相手がどんな考えや感情を抱くのか予想しはじめるようになった。考えや感情についてなにより明確な手がかりを与えてくれるのは、相手の行動だ。根底にある意図を突き止めることができると、それはなおさら有益な手がかりとなる。彼女のあの行動は偶然なのか故意なのか? ほかに選択肢がなかったのか? このような基本的な読心術は、競合する対立集団を理解するうえできわめて大切であり、とくに集団の構成メンバーや目標が時とともに変わる場合には重要度が増す。 あなたが誰かに足の指を踏まれたとする。その人が眼のまえでつまずいたとすれば、偶然の出来事だ。一方、どしどし歩いてきて足を踏みつけたとしたら、意図的な行動だろう。しかしそう理解できるのは、あなたの社会情報処理装置がうまく機能しているからにすぎない。もしペットを飼っているなら、あなたが次に誤って痛がらせてしまったり、怖がらせてしまったりしたとき、様子をよく観察してみてほしい。わが家のイヌたちは、まちがってわたしが足を踏んでしまったときも、叱りつけたときも、同じように服従的でしゅんとした態度になる。相手の行動が意図的なのか故意なのか、イヌは区別することができない。わたしの態度を理解し、将来の行動を推測するイヌの能力はきわめて限られたものでしかない。 社会的な認識に対するこのような基本的な能力にくわえて、相互依存性が高い人間の生活によって、自尊心、罪悪感、恥といった新しい社会的感情も発達するようになった。これらは「自己意識的感情」と呼ばれることが多い。なぜなら、この感情が生みだされるのは他者の自分に対する評価を意識したときであり、愛や怒りといった内向きの社会的感情とは異なるからだ。自己意識的感情の進化によって、他者が自分をどう感じているかだけではなく、自身が自分についてどう感じるかということにも人間はより敏感になった。このような感情は、どんな行動が自らの集団にとってより価値が高いのか、または価値が低いのかをはっきり教えてくれる。 集団の価値を高めるような行動をとったとき、わたしたちは自尊心を抱く。自尊心に関連する肯定的な感情によって、人はそのような機会をさらに追い求めようとする。一方、集団の誰かに害を与えたとき、わたしたちは罪悪感を抱く。罪悪感に関連する否定的な内向きの感情によって、(友人たちに絶交されるまえに)わたしたちは経験から学び、同じ過ちを繰り返すことを避けようとする。集団のまえで自分たちの価値を下げる行動をとったとき、わたしたちは恥を感じる。このときも否定的な内向きの感情が生まれ、恥ずべき行動を繰り返さず、さらなる地位の低下を避けようとする。自尊心、罪悪感、恥は人間を人間たらしめる重要な部分である。ホモ・エレクトスの進化とともに生まれた相互依存的で協力的な集団がうまく機能したのも、人間がそれ以来ずっと繁栄を続けてきたのも、このような感情のおかげだといっていい。 自己意識的感情の大切さは、それを感じる能力が乏しい人の生活について考えたときにより鮮明になる。たとえば社会病質者は、出会ってからしばらくのあいだは魅力的で楽しい人間に見えることが多い。しかししばらくすると、相手を容赦なく利用しようとする傾向があらわとなり、他者との関係は悪化していく。もしわたしに罪悪感や恥といった感情がなければ、あなたから欲しいものを手に入れる機会を見いだしたとき、わたしは心理的な圧力でそれを止めることができなくなる。 分かち合ったり尋ねたりせず、ただ搾取することは短期的には有効な戦略にもなりえるが、人間の記憶は長く続く。利用されたり裏切られたりした人々はしばしば、その経験についてほかの人に伝える。この種の社会情報の拡散において噂話が果たす役割は大きく、いっとう魅力的に見えるソシオパスでさえもすぐに共同体から歓迎されなくなる。古代の狩猟採集民の集団に生まれついたソシオパスたちは、自分がとどまることを許してくれる共同体を見つけるのに苦労した。しかし第 3章で取り上げるように、都市ができたことによってすべてが変わった(そして、ソーシャル・メディアがまたそれをもとに戻した)。教育と学習のための心の理論 人が社会を生き抜くことを後押しするために進化した心の理論には、ほかにも利点があった。なかでも注目すべきは、他者に教える(他者から学ぶ)能力を劇的に高めたという点だろう。相手が何を考えているのかまったくわからなかったら、あるいは自分とは異なる知識をもつということを知らなかったら、相手に何かを教えることは非常にむずかしくなる。いったいどこから教えればいいのか? 相手は何をすでに知っていて、何を知る必要があり、どう教えるのが最適なのか? でも、これらの問いへの答えを自分で見きわめられれば、新たな情報を共有するための出発点として相手の知識基盤を意図的に利用することができる。結果、人間は驚くほどうまく他者に物事を教えることができるようになった。 人間が教師としてどれほど優秀なのかを示すわたしのお気に入りの例は、石を使って木の実を割る方法を学ぶチンパンジーたちの行動のなかに隠れている。チンパンジーは概して単純な道具を使う。たとえばアフリカの多くの地域では、チンパンジーは石をハンマーや台として巧みに使い、木の実を割るという戦略を築いてきた。木の実がおいしい季節になると、母親チンパンジーたちは大きな石の上にいくつか実を置き、小さめの石を使ってそれを割る。作業が続くあいだ、子どもたちは近くに坐って様子を見守る。ときどき子どもが盗み食いするが、母親たちはわざわざ叱りつけたりはしない。ここでの議論で問題となるのは、どのくらいの期間で子どもたちは木の実を割る技術を身につけることができるのかという点だ。 チンパンジーの木の実割りに関する研究についてはじめて知ったとき、子どもたちが技術を学ぶまでにおそらく一年ほどかかるのではないかとわたしは予想した。不規則な形の石と硬い小さな木の実を巧みに扱うのはそれほどたやすいことではないし、石を指にぶつけてやる気が失せる場面もあるはずだ。それに、木の実割りはどちらかといえば珍しい体験なので、練習する機会もそれほど頻繁に訪れるわけではない。要は、一朝一夕に学べるようなことではないのだ。だからこそ、真実を知ったときの衝撃は大きなものだった。野生のチンパンジーがさまざまな種類の木の実を割って食べる技術を身につけるためには、なんと一〇年もかかるというのだ! 人間の動物トレーナーであれば、その一〇分の一以下の期間でチンパンジーの子どもにあらゆる種類の木の実を割る方法を教え込むことができる。しかしそれができるのは、トレーナーが心の理論をもっているからだ。心の理論をもたない母親チンパンジーたちは、子どもが何を知らないのかを知らないため、教えることがとても苦手だ(子どもたちに教えなければいけないという意識も薄い)。子どものまちがいに気づいたとき(ハンマーとなる石の持ち方や木の実の置き方がおかしいとき)、母親チンパンジーはそれを指摘して、修正しているかのようにも見える。しかし、誤りの原因を理解できていないため、ごく一部の誤りに対するまれな修正しか行なわれない。まったく同じ理由で、幼い子どもたちも教えるのが苦手だ。たとえ、自分が技術を身につけることができたとしても、子どもたちはほかのチンパンジーがそれを知らないという事実に気づいていないので、自らの知識や技術を他者にうまく伝えることができないのだ。 心の理論は学習者にも恩恵を与えてくれる。自分の知らない知識を別の人がもっているとわかったら、わたしは同時に「相手がその知識を教えてくれるかもしれない」と考える。こう理解したわたしは潜在的な教師に細心の注意を払うようになり、たとえ目的がわからなくてもその行動を真似しようとする。たとえば、あなたがわたしに野球のボールの投げ方を教えているとしよう。あなたは前に出したほうの脚の膝を胸まで引き上げ、それからボールを投げる。それを見たわたしは、同じ動きを真似しようとする。わたしにしてみれば、その動きは不恰好で無意味でしかない。それでも、教師であるあなたを真似することはできる。 理解が欠けた状態でのこの種の真似は心の理論と明らかに結びついたものであり、それが人間のみに備わった能力であることは驚きではない。この現象について調べた古典的な実験のなかで、スコットランドのセント・アンドリュース大学のビクトリア・ホーナーとアンドリュー・ホワイテンは人間の子どもとチンパンジーに、なかにお菓子の入った複雑な構造の宝箱を渡した。子どもとチンパンジーに箱の開け方を実演してみせたときにふたりは、開けることには直接関係のない不必要な動作もいくつか含めるようにした。たとえば、開けるための錠前は箱の側面にだけついていたが、教授らは開けるまえに箱の上の穴に棒を差し込んでみせた。黒く塗られて中身の見えない宝箱を使ったとき、被験者には箱の上の穴に実際には機能がないことがわからない。そのため、人間の子どももチンパンジーも教授たちの一連の動作を真似した。しかし透明な箱を使ったときには、どの動作が必要なのか不必要なのかが一目瞭然になった。この場合、チンパンジーは必要な動きだけを繰り返し、不必要な棒の動きを無視した。一方、人間の子どもたちは明らかに不必要な動作も引きつづき行なった。「過剰模倣」と呼ばれるこの傾向は、人間にとって普遍的な特性のようだ。高度な教育を受ける先進工業社会の子どもたちだけでなく、正式な教育をほとんど受けていないカラハリ砂漠やオーストラリアの辺境地の小規模社会の子どもたちにも同じ傾向が見られる。過剰模倣は人間にとって重要な性向であり、これによってわたしたちは完全に理解できないときでも物事を学ぶことができる。教師が高度な知識をもっていると仮定することによって、人は可能なかぎり忠実に模倣しようと努め、それがより効果的な行動へとつながる。 過剰模倣には生存のためにも高い価値があり、食べ物の調理や解毒に必要な複雑な技術を伝える手助けをしてくれる。たとえば、パプアニューギニアの低地に住む人々が、どう見ても食用に適しているとは思えないサゴヤシをどのように食べるのかについて考えてみたい。サゴヤシの幹には高い濃度のデンプンが含まれており、数段階の込み入った手順をとおしてそれを加工することができる。まず木を切り倒し、幹の樹皮を剝ぎ取ると、その中身をおがくず状になるまでたたいて砕く。その段階でもまだ食べられる状態からはほど遠く、おがくず状の粉はさらに何度も水ですすがれる。するとニューギニアの熱帯の温かな水によってデンプン分子が分解され、木から離れた分子が布のフィルターをとおして流れでていく。 次に、その水を大きな容器に溜め、一晩放置して底にデンプン質を沈殿させる。そこから上澄みの水を取りのぞけば、濃いデンプン粉だけが残る。発酵を避けて完全に毒素を抜くために、最後にペースト状のデンプン粉を広げて天日干しにする* 10。できあがったデンプン粉は、サゴヤシの葉で作られた筒に入れられる。その粉は数カ月にわたって保管が可能で、さまざまな料理に使われる。この一連の流れが確立するまでに試行錯誤が繰り返されてきたことは想像にかたくないが、過剰模倣のすぐれた点は、サゴヤシのデンプン粉をこのように作る理由を人々が知る必要はないということだ。彼らはほかの人の行動を観察し、ただそれを真似しただけだ。心の理論と社会的操作 心の理論の機能が生まれてからほどなく、人類がはじめて噓をついた日が訪れたにちがいない。この主張をよりはっきりさせるために、〝ごまかし(擬態)〟は噓のずっとまえから存在していたことを言い添えておきたい。小枝のように見せかける昆虫、背景に合わせて皮膚の色を変えるカメレオンなど、多くの植物や動物がほかのものになりすますために擬態を使うが、これらの生物はごまかす相手の精神状態まで理解する必要はない。 動物によるより複雑なごまかし行為でさえ、相手の精神への対応を必要とはしない。たとえばオマキザルは、敵がいないにもかかわらず大きな鳴き声を上げ、仲間のサルたちが木の上に逃げたところを見計らって餌をさっと独り占めしてしまうことがある。この戦略がより使われるのは、餌が近くの場所に集中しており、ほかのサルが逃げたときにすぐに餌を食べることができる場合だ。かなり複雑な戦略ではあるものの、ほかのサルが考えていることを予測する能力は必要なく、オマキザルたちは成長するにつれて自然とそのやり方を覚えていく。 動物のごまかし行為とは異なり、噓は人間に特有の社会操作の一形態であり、はるかにすぐれた認知的な素養がなければ成し遂げることはできない。噓をつくという行為は、誰かほかの人の心に誤った考えを意図的に植えつけるということだ。そのためには、他者の考えが自分とは異なるという認識をもつ必要がある。あなたが何を理解しているのかを理解できれば、わたしは有利な立場から意図的にあなたの理解を操作し、真実を歪めて自分に利益を与えようとすることができる。それが、噓のはじまりだ。 数々の実験によって、たんに心の理論を教えるだけで幼い子どもたちが噓を覚えるということがわかった。この可能性について調べた初期の代表的な研究では浙江師範大学のディング・シャオパン率いるチームが、心の理論をまだ理解していない三歳児を被験者として研究室に集めた。教授らは子どもたちをふたつのグループに分け、一方には心の理論を教え、他方には無関係の課題を与えた。ディングのチームは心の理論を教えるために、筆箱などの容れ物を子どもたちに見せて蓋を開け、なかに予想外のモノが入っていることを明らかにした。そのあと教授たちは、「ほかの人が箱の中身をなんだと予想すると思うか」と子どもたちに尋ねた。時間がたつにつれて被験者の子どもたちは、予想外の内容物を見るまえの自分と同じようにほかの人たちが考える傾向があるのだと気がつきはじめた。子どもたちには合わせて六日にわたって同じような課題が与えられたが、目標はこう教え込むことだった──いましがた
自分が学んだ情報を他者が知っているとはかぎらない。 心の理論か無関係の課題のどちらかを学んだあと、子どもたちはディング教授らと一緒に〝隠しっこ〟をして遊んだ。まず、教授が目隠しをしているあいだに、子どもたちがふたつのカップのうちのどちらかに飴玉を隠す。次に教授は眼を開け、「飴玉をどっちに隠した?」と尋ね、子どもが指し示したカップのほうを見た。子どもがほんとうのことを言ったとき、教授は飴玉を手に取って自分のものだと宣言した。子どもが噓をついてまちがったカップのほうを指差したとき、教授は空のカップを開けて負けを認め、飴玉は子どものものだと宣言した。 この実験のポイントは、隠しっこのなかで子どもたちがどれくらいの頻度で噓をついて飴玉を手に入れようとするかということだった。心の理論を教え込むまえ、子どもたちはけっして噓をつかなかった。しかし心の理論を教えたあとには、平均一〇回につき六回の割合で子どもたちは噓をついた。知識は力となる──この実験によって、心の理論が人間に知識操作の力を与えていることが証明された。 もしあなたの近くに小さな子どもがいるなら、子どもが噓をつくようになる過程をリアルタイムで観察することができるはずだ。子どもたちはたいてい、怒られることを避けるためにバレバレの噓をつきはじめる。たとえば、三歳だったわたしの弟は、お風呂から大量の水を床にこぼしたことを母親に咎められると、わが家の飼い猫のせいにしようとした。このような単純な噓は心の理論の影響を受けたものだとはかぎらないものの* 11、心の理論が実際に発達しはじめている証拠であることはまちがいない。ほどなくして、正直な方法では手にすることがむずかしいあらゆる種類の利益を得るために、人は噓をつきはじめる* 12。 ある日の午後、当時四歳だった息子と公園の遊び場に行ったとき、幼い男の子が近くにやってきた。数分後、雲梯で一緒に遊んでいると、その少年は突然スパイダーマンの弁当箱を持っていることを自慢しはじめた。息子は『スパイダーマン』を観たことがなかったものの、この魅力的だと思われる何かに心を惑わされたようだった。そこで息子は負けじとばかり、自分は「葉っぱマン」や「芝生マン」の弁当箱をもっていると言い返した。弁当箱どころかスーパーヒーローの知識についても自分が負けてしまったのか、と少年は確かめるようにこちらを見つめてきた。うっかり秘密を漏らさないように、わたしは必死で笑いをこらえた。子どもが噓をつくと、親は当然ながらそれをやめさせようとするものだが、わたしとしては同時に嬉しくも感じた。遊び場での自分の立場を保つために噓をつく選択をしたのは、息子が社会性を身につけはじめた兆しだった。このような人間特有の能力は社会性の産物であり、人間が進化を続けてきた小さな集団内において社会的成功がどれほど重要かを指し示すものにちがいない。 噓はときに便利ではあるものの、人間関係や共同体の社会構造に対する脅威にもなりえる。なぜなら、わたしたち人間の驚くべきコミュニケーション能力は、主として真実を伝えたときにうまく機能するからだ。人は自分の噓が役立つことを大いに喜ぶが、誰かに噓をつかれたときには腹を立てる。道徳的なルールは文化によって異なるとしても、いくつか普遍的なものが存在する。すべての文化に共通するもっとも大切なルールのひとつが「噓をつかない」ということだ。相手のダサい髪形を社交辞令で褒めるといった噓は誰も気にとめないものの、自分勝手で害のある噓に対しては、地球上のすべての社会の人が眉をひそめる。だとすれば、あらゆる文化に共通する道徳的なルールとは、反対の行動をとろうとする人間の傾向に抗い、大切な人間的ニーズに応えようとするものであることがわかる。文化の域を超えて噓が非難されるという事実は、すべての人間に噓をつく欲求があり、噓が集団の結束や協調に対する脅威であるというたしかな証拠だ。裏を返せば、それらの事実は、人間の行動において協力と相互依存がいかに大切かを証明するものでもある。 ここまでの二章で取り上げた六〇〇万年のあいだに起きた人類の脳の拡大について考えると、それがとてつもない物語であることに気づくはずだ。チンパンジーの脳の重さはおよそ三八〇グラム。サバンナで懸命に生き抜いてきた三〇〇万年のあいだに人類の身体は大きく変わった。それでも、アウストラロピテクス・アファレンシスの脳の重さはおよそ四五〇グラムで、チンパンジーよりわずかに大きい程度でしかなかった。さらに一五〇万年早送りしてホモ・エレクトスの時代が来ると、その脳はアウストラロピテクスのおよそ二倍の九六〇グラムまで成長した(ただし身体もかなり大きくなったので、相対的に見ると劇的な変化とまではいえなかった)。その一五〇万年後に活躍しはじめたホモ・サピエンスの脳の重さは、平均すると一三五〇グラム。つまり、チンパンジーとホモ・エレクトスの脳を足した重さだ。前半の三〇〇万年のサバンナでの進化のあいだにわずか七〇グラム分の知力しか増えなかったにもかかわらず、次の三〇〇万年で一キロ分の知性が与えられたのはなぜだろう? この問いへの答えは、あるひとつの事実のなかに隠れている──人類の社会的能力が拡大し、新しい社会的機会を利用するためのより大きな認知能力の進化へとつながった。大きな脳がなければ、ホモ・エレクトスは火を管理することはできなかった。 火を管理できなければ、ホモ・エレクトスの脳がより大きく進化することはなかった。さらに重要なことに、ホモ・エレクトスの生活様式が社会的に複雑なものでなければ、そもそもそのような大きな脳を支えるために必要な代謝エネルギーを燃焼させることに意味などほとんどなかった。 六〇〇万年の時を経て培われた知性は、われわれの先祖が経験した社会変動の原因であり、その結果でもあった。互いを護るためにサバンナで協力することを学んだとき、人類は社会的認知のためのニッチを生みだした。次の数百万年のあいだ、より大きくなる社会的認知能力を活用・利用する新たな方法を発明しつづけた* 13。熱帯雨林を離れてからごく最近まで六〇〇万年ものあいだ、人類は狩猟採集民として暮らしつづけてきたが、世界におけるわれわれの地位は大いに変わった。協力と分業によって広がった能力は、ほかの動物の餌食にすぎなかった人類を頂点捕食者へと押し上げた。
*1 オルドワンという名前は、ルイスとメアリー・リーキー夫妻が率いるチームがはじめてこの石器を発見したタンザニアのオルドバイ峡谷という地名に由来する。 *2 発見されたフランスのサン =タシュールという町の名前に由来する。これらのアシューリアン石器は、リーキー夫妻によるタンザニアでのオルドワン石器の発掘より一〇〇年前に見つかった。 *3 アウストラロピテクスとホモ・ハビリスは衣服を身に着けていなかったので、当然ながらポケットにモノをしまうことができなかった。そのため、わざわざ古い道具を運ぶよりも、新しい石器をその場で作るほうが楽だと感じたのかもしれない。 *4 この説明をすぐには受け容れられない読者もいるかもしれない。リスやカケスなど多くの種が餌を溜め込んで将来に備えているではないか、という鋭い指摘も聞こえてきそうだ。ところが、これらの動物が実際に将来的な必要性を理解しているという証拠はない。むしろ彼らは将来を見越しているわけではなく、自分たちがそうする理由を理解もせず、ただ本能的な行動として貯食するように進化してきたようだ(メスのチンパンジーが、近親交配を避けるために家族の集団を離れるようになったことと似ている)。これらの点は、トーマス・ズデンドルフのすばらしい著書『現実を生きるサル 空想を語るヒト 人間と動物をへだてる、たった2つの違い』でくわしく論じられている。 *5 これがきちんとした答えではない、と認めます。 *6 そのような重要な出来事にはおそらく複数の要因があるため、当然といえば当然のこと。 *7 現代的なイノベーションの多くをもたらしたのも火の管理だった。金属の製錬、蒸気機関、自動車、ロケット燃料……。しかし当然のことながら、それらのイノベーションが起きたのはずっとあとになってからのことだった。 *8 あるいは、そうではないかもしれない。たとえば歯科医は、口が器具と綿でいっぱいの患者とどうにか会話を続けることができる。また、古代ギリシャの弁論家デモステネスが、口に石を詰めて演説の練習をしたという話は有名だ。だとすれば人間が、何かを嚙みつつ同時にはっきり話ができるように進化していたとしてもおかしくはない。 *9 ほかの大型類人猿も心の理論を部分的に発達させてきたが、その効果はごくまれにしか現われず、おもに競争的な状況であらわになる。たとえばチンパンジーのボスは、群れのなかで新たな同盟関係が生まれそうだと察知すると、序列内の自らの地位を脅かす恐れのあるほかのオスを攻撃して孤立させようとする。しかしながら、チンパンジーが初歩的なレベルでも心の理論を働かせているという証拠はなく、協力の末に相互的に有益な結果を導きだすことができるとは考えられていない。 *10 サゴヤシのような食べ物は、地元の住民たちが充分な食糧をもつ環境のなかで、ヨーロッパの探検家たちが次々と死んだ理由をはっきりと教えてくれる。 *11 ココ(世界ではじめて手話の技術を身につけたゴリラ)が、信じがたい主張をしたときと似ている。あるとき、壁に固定してあった流し台を引き剝がしたココは、犯人は自分ではなく、自分が育てていた子猫だと言い張った。 *12 通常、子どもは四歳までに心の理論をよく理解するようになる。みなさん、どうかご注意を。 *13 この本を執筆する直前、ヒトの脳の拡大において NOTCH 2 NL遺伝子が大きな役割を果たした可能性を示す二本の論文が発表された。これらの遺伝子は、わたしたちの祖先の脳が飛躍的に成長しはじめたのと同じ三 ~四〇〇万年前に出現したと考えられている。社会的認知のためのニッチが生みだされる以前であれば、これらの遺伝子の価値は発揮されずに増殖しなかったにちがいない。しかし、人類が協力を始めたあとであれば、話はちがった。より高い知性によってもたらされた効果的な社会性は、脳を拡大するこれらの遺伝子による代謝コストの増加をいとも簡単に相殺してくれた。
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