第 2章 恐怖を克服する
失敗のパラドクス勇気のデザイン column 顧客インタビューの恐怖を乗り越えるゲームなら失敗しても怖くない失敗しても許される環境を作る自分の失敗を認める粘土の馬の悲劇人と比べるのをやめるペンをつかんで立ち上がろう column 人間のスケッチを描く子どもが初めてすべり台をすべるとき
ヘビの一種、ボアコンストリクターを思い浮かべてほしい(注 1) 。
ある男性の首にゆったりと絡みついている。
隣の部屋では、フェイス・マスクと革の手袋を着けた女性が、警戒した様子でマジックミラー越しに男の様子を見ている。
心臓はバクバクだ。
物心が付いたときから、ヘビが怖くてたまらない。
ガーデニングやハイキングなんてもってのほか。
縞模様が特徴のガーターヘビが目の前を横切るかもしれないと思うと恐ろしいのだ。
それでも、彼女はここにいる。
そして、これから隣の部屋に入り、恐ろしいヘビに触れようとしている。
いったいどうやって? どうやって恐怖を勇気に変えるというのか? 彼女のヘビ恐怖症を治そうとしているのは、心理学者のアルバート・バンデューラだ。
バンデューラは彼女と同じような人々を何千人と治療してきた。
スタンフォード大学の研究者・教授として、社会的学習の分野に多大な影響を及ぼしてきた彼は、世界最高の存命中の心理学者と称されている(注 2)。
公表されたリストの中で、 20世紀最高の心理学者として彼よりも上位に挙げられているのは、ジークムント・フロイト、バラス・フレデリック・スキナー、ジャン・ピアジェだけだ(注 3) 。
彼は 87歳になった今でも、名誉教授としてスタンフォード大学の自身のオフィスで研究を続けている。
ある日、私たちはヘビ恐怖症の治し方について彼と話をする機会があった。
バンデューラによると、基本的には、恐怖症を治すには強い忍耐と一歩ずつの段階的なステップが必要だ。
しかし、彼や同僚たちは、生まれつきの恐怖症を 1日足らずで治せることもあるのだという。
まず、バンデューラはヘビ恐怖症の人々に、「隣の部屋にヘビがいます。
これから入っていただきます」と伝える。
たいていは、「絶対に無理!」という答えが返ってくる。
次に、彼はたくさんのステップからなる課題を、被験者に順番にこなしていってもらう。
次のステップをぎりぎり実施可能な範囲に定めるのがポイントだ。
たとえば、あるステップでは、ヘビを抱えている男性をマジックミラー越しに見てもらい、「どうなると思いますか?」とたずねる。
恐怖症を抱える人々は、ヘビが男性のクビに巻きつき、男性を窒息させるに違いないと信じている。
ところが、その確信に反して、時間がたってもヘビはだらりとぶら下がっているだけ。
男性を窒息させることも絞め殺すこともない。
その後も、同じ要領で治療は続く。
さらに先まで進むと、ヘビのいる部屋のドアを開けて、ドアのところに立つよう指示する。
怖すぎて無理な場合には、「一緒にドアのところに立ちましょう」と言う。
小さなステップを次々とクリアしていき、最終的にはヘビの隣に立つ。
セッションが終わるころには、ヘビに触れられるようになる。
すると突然、恐怖症が消えてなくなるのだ。
この手法を使いはじめたころ、バンデューラは治療の数カ月後に再び被験者と連絡を取った。
恐怖症は再発していなかった。
ある女性は、ボアコンストリクターに皿洗いを手伝ってもらう夢を見たとまで言っていた(注 4)。
それまで悪夢にヘビが出てきたときのように、恐ろしい思いをすることはなかったという。
バンデューラは恐怖症の治療に用いている自身の方法論を「指導つきの習熟」( guided mastery)と呼んでいる。
指導つきの習熟のプロセスでは、誤った信念を振り払う直接的な体験の威力を利用している。
このプロセスには、代理学習、社会的説得、段階的課題設定といった心理学の道具が詰まっている。
その過程で、人々は大きな恐怖と向き合い、自分が対処できる程度の小さなステップをいちどにひとつずつこなしながら、恐怖を克服していくことができるわけだ。
指導つきの習熟を使って、わずかな期間で一生涯の恐怖症をも治すことができるというのは、まさに大発見だった。
しかし、彼は元恐怖症者の追跡インタビューで、もっと重大な事実を発見した。
インタビューの結果、いくつかの意外な副作用が明らかになった。
人々の人生に、一見すると恐怖症とは無関係な別の変化も現われたというのだ(注 5)。
乗馬をするようになった、人前で堂々と話すようになった、仕事で新しい可能性を探るようになった等々……。
何十年間も悩まされてきた恐怖症、一生治らないと思っていた恐怖症を克服するという劇的な経験をしたことで、自分の「変わる能力」や「成し遂げられること」に対する見方が変わっていた。
そして最終的に、人生まで変わったわけだ。
フェイス・マスクを着けなければヘビに近づくこともできなかった人々が、新しい勇気を見せてくれたことをきっかけに、バンデューラは新しい研究テーマへと舵を切った。
人々はいったいどのように「自分は状況を変えられる」「この世界でしようとしていることを成し遂げられる」と信じるようになるのか? それ以来、バンデューラは研究を通じて、この信念を持つ人々はより難しい課題に挑み、我慢強く、障害や失敗を体験したあとの立ち直りが早いことを証明してきた。
彼はこの信念を「自己効力感」と呼んでいる。
バンデューラの研究は、私たちが長年目撃してきたことを科学的に実証している。
人々に小さな成功を積み重ねさせることで、自分の創造力を疑う気持ちを払いのけることができるのだ。
そして、その体験は残りの人生に絶大な影響を及ぼすこともある。
バンデューラが自己効力感と呼ぶ心理状態は、私たちの考える創造力に対する自信と密接に関係している。
この自信を持つ人々は、より適切な選択を下し、気軽に方向転換を行ない、一見すると対処の難しい問題に対しても、うまく解決策を見つけることができる。
新しい可能性に気づき、他者と協力して周囲の状況を改善する。
そして、新しく身に付けた勇気をもって、困難に立ち向かうことができるのだ。
しかし、このクリエイティブで自信みなぎる心理状態を手に入れるには、ヘビに触らなくてはならないこともある。
私たちの経験からいえば、部屋の中にいるもっとも恐ろしいヘビのひとつは、失敗に対する恐怖だ。
恐怖といっても、評価を下される恐怖、始めることへの恐怖、未知のものへの恐怖など、色々な形がある。
そして、失敗に対する恐怖についてはずいぶんと語り尽くされているとはいえ、創造活動を成功させるうえで、唯一最大のハードルであることに変わりはないのだ。
失敗のパラドクス 世間では、「天才的な創造力の持ち主は、ほとんど失敗しない」と根強く信じられている。
しかし、カリフォルニア大学デービス校のディーン・キース・シモントン教授によれば、むしろその反対なのだという。
モーツァルトのような芸術家から、ダーウィンのような科学者まで、天才的な創造力の持ち主は、失敗の数
も多い。
ただ、失敗したからといって、それを挑戦をやめる口実にしないというだけだ。
彼の研究からわかったように、クリエイティブな人々は単純にほかの人よりも多くの実験をしている(注 6)。
最終的に〝天才的ひらめき〟が訪れるのは、ほかの人よりも成功率が高いからではない。
単に、挑戦する回数が多いだけなのだ。
つまり、ほかの人よりもゴールに向かってシュートを打つ回数が多いわけだ。
これはイノベーションの意外で面白い数学的法則だ。
もっと成功したいなら、もっと失敗する心の準備が必要なのだ。
たとえば、トーマス・エジソンを例に取ろう。
エジソンは歴史上もっとも有名で多才な発明家のひとりだが、失敗を創造プロセスの一部とみなしていた。
彼にとってみれば、タメになる教訓が得られるかぎり、結果的に失敗した実験は無益な実験ではなかった。
彼が白熱電球を発明できたのは、無数の失敗を繰り返し、学んだからだ。
エジソンは、「真の成功基準とは、 24時間に詰め込める実験の数だ」と主張している。
むしろ、最初のころの失敗は、イノベーションを成功させるうえで欠かせないものだ。
イノベーション・サイクルの早い段階で弱点を見つければ、それを早く改善できるからだ。
私たちは、航空業界のパイオニア、オーヴィルとウィルバーのライト兄弟の故郷、オハイオ州で育った。
ライト兄弟のもっとも有名なエピソードといえば、キティホークでの 1903年 12月の〝初飛行〟だ。
しかし、その偉業だけに注目していたら、初飛行に至るまでの数年間、何度も飛行に挑んでは失敗していた事実を見逃してしまう。
実際、一部の報道によれば、ライト兄弟が実験の場所にキティホークを選んだひとつの理由は、アウター・バンクスの辺鄙な場所で実験を行なえば、あまりメディアの注目を浴びずにすむと考えたからだという(注 7) 。
エジソンやライト兄弟というと、ずっと昔の話だと思うかもしれないが、試行錯誤から学ぶという伝統は、今もなお根強く残っている。
たとえば、オフィス家具メーカーのスチールケース社は、学校で使う従来の教室用のイスを一新しようと考えた(注 8)。
座り心地の悪い木製のイスよりもいいものを作るために、スチールケースは私たちのデザイン・チームと共同で、ありとあらゆる形やサイズのプロトタイプ(試作品)を 200個以上も作った。
初めのころは、紙とセロハン・テープで小さなモデルを試験的に作った。
プロジェクトが進むと、合板を組み立て、既存のイスの部品に取りつけていった。
地元の大学に行き、学生や教授たちに〝実験モデル〟を試してもらい、フィードバックをもらった。
形状やサイズの雰囲気をつかむために、発泡スチロールを削って形を作ったり、 3 Dプリンターでパーツを製作したりした。
また、スチールでイスの機構部分のプロトタイプも作った。
そして、工場への出荷が近づくと、完成品と寸分たがわない洗練された実寸モデルを製作した。
この飽くなき実験と学習は実を結んだ。
スチールケースの「ノード」チェアは、従来のイスのぎこちなさを一新した。
座り心地の良い回転式の座席、調節可能な作業台、ラクに移動できるキャスター、リュックサックを収納できる 3本足の土台により、 21世紀の教室にふさわしい柔軟で小回りの利くイスができあがった。
講義を聴くための座席からグループ活動で使うイスへとすばやく切り替えられるので、今日の多様な指導方法にぴったりなのだ。
2010年発売の「ノード」チェアは、すでに世界各地の 800の学校や大学で使われている。
エジソンもライト兄弟も、そして「ノード」チェアのデザイン・チームのような現代のイノベーターも、決して試行錯誤という方法に対して身構えたり、恥ずかしいと思ったりすることはなかった。
経験豊富なイノベーターに話を聞いてみてほしい。
たぶん、成功するまでに重ねた失敗の数々について、びっくりするような〝苦労話〟が聞けるだろう。
勇気のデザイン アルバート・バンデューラは、小さな成功を積み重ねさせる「指導つきの習熟」というプロセスを用いて、勇気を獲得し、心に染みついた恐怖症を克服する手助けを行なった。
1回の大ジャンプでは実現不可能に近いことも、その分野に詳しい人の指導を受け、小さなステップに分けることで、対処できるようになったのだ。
同じように、私たちもステップ・バイ・ステップのプロセスを用いて、デザイン思考の道具や方法論に出合い、体験する手助けを行なっている。
少しずつ課題の難易度を高めながら、最高のアイデアを出す妨げになっている「失敗に対する恐怖」を克服できるよう後押ししているわけだ。
この小さな成功は、心から達成感が得られるものだし、次の段階に進むきっかけにもなる。
私たちのクラスやワークショップでは、最初に簡単なデザイン・チャレンジに挑んでもらう。
たとえば、プレゼントを贈る体験をデザインし直すというもの(注 9)から、日々の通勤を見直すというもの(注 10)まで、さまざまな内容がある。
ところどころで私たちが手助けに入ったり、ちょっとした後押しをしたりすることもあるが、おおむね自分たちで解決策を練ってもらう。
体験を通じて自信を養えば、将来的にもっとクリエイティブな行動を取ることができ、いっそう自信が深まる。
そういうわけで、私たちは学生やチーム・メンバーに、 1回の巨大なプロジェクトをこなすのではなく、簡単なデザイン・プロジェクトをたくさんこなし、学習サイクルの数をなるべく増やすよう、口を酸っぱくして言っているのだ。
スタンフォードの dスクールで、プロジェクトに共同で取り組んでもらう目的のひとつは、新しいスキルを磨き、自己の向上に励んでもらうためだ。
ほとんどの人は結果的に失敗を経験するが、失敗を通じて得た教訓は、私たちを今までよりも賢く、そして強くしてくれると信じている。
しかし、だからといって失敗が楽しくなるわけではない。
だからこそ、ほとんどの人は本能的に何としてでも失敗を避けようとする。
失敗はつらいし、時に痛い。
スタンフォード大学教授のボブ・サットンと IDEOパートナーのディエゴ・ロドリゲスは、 dスクールでこんな言葉をよく言う。
「失敗ってのはいやな体験だが、次のステップを示してくれる」(注 11) 失敗とイノベーションの切っても切れない関係は、実践でしか学べない教訓のひとつだ。
私たちは、学生になるべく早めに失敗するチャンスを与えている。
もちろん、その後の学習時間をなるべく増やすためだ。
dスクールの大半のクラスでは、長時間の講義のあとに演習をするのではなく、学生たちにあらかじめ簡単な指示を与え、プロジェクトや課題に挑んでもらう。
続いて報告会を行ない、成功したこと、うまくいかなかったことから何を学べるかについて考察する。
「dスクールの多くのクラスでは、ぶっ倒れるまで自らの可能性の限界を押し上げるよう、学生チームに求めている」と IDEOのパートナーでコンサルタント准教授のクリス・フランクは語る。
「健全な失敗から生まれる人間的な回復力、勇気、謙遜は、学生たちの教育や成長の貴重な一部なのだ」(注 12) 恐怖を払拭するために失敗と向き合う価値を直感的に理解している人物といえば、私たちの友人のジョン・〝キャス〟・キャシディだ。
彼は生涯現役のイノベーターであり、出版社「クラッツ・プレス」の創設者でもある。
彼が自分の著書『ぶきっちょのためのジャグリング入門( Juggling for the Complete Klutz)』で真っ先に教えているテクニックは、 2個のボールのジャグリングでも、 1個のボールのジャグリングでもない。
もっと基本的なテクニック、つまり「落とす」ことだ(注 13)。
ステップ 1は、3つのボールを空中に投げ、そのまま落とすだけ。
それをひたすら繰り返す。
ジャグリングを学ぶにあたり、不安は失敗から生まれる。
つまり、ボールを床に落としてしまうことから生まれるのだ。
そこで、キャスはステップ 1で、ジャグリングを学ぶ人に失敗に慣れさせようとしているわけだ。
すると、ボールを床に落とすことの方が、落とさないことよりも当たり前になる。
失敗に対する恐怖さえ克服してしまえば、ジャグリングはずっとやさしくなるのだ。
最初、私たちはふたりとも半信半疑だったのだが、彼のシンプルな手法のおかげで、本当にジャグリングができるようになった。
失敗に対する恐怖は、あらゆるスキルを学んだり、リスクを冒したり、新しい課題に挑戦したりする妨げになる。
創造力に対する自信を手に入れるには、失敗に対する恐怖を克服する必要がある。
確かに、ボールは落とすし、間違いは犯すし、 1回や 2回は方向性を誤ることもあるだろう。
しかし、それも学習のうちだと認められるようになる。
そうすることで、たとえ失敗しても前に進んでいるという自信を保つことができるのだ。
顧客インタビューの恐怖を乗り越える(注 14) 私たちの経験からいえば、調査のために顧客や利用者の居場所を訪れ、インタビューなどで共感を得ようとすることを恐がる学生は多い。
dスクールの講師のキャロライン・オコナーとマネージング・ディレクターのサラ・スタイン・グリーンバーグは、ワンステップずつ、その恐怖を克服する手助けを数多くしてきた。
そこで、彼らの提案する共感獲得の方法をいくつかご紹介しよう。
ビジネスの文脈で使えるよう、修正を加えている。
リストに登場するテクニックは、やさしい順に並べてある。
オンライン・フォーラムに忍び込んで聞き耳を立てる。
潜在顧客が発しているフィードバック、不満、疑問に注意を払おう。
機能や価格に対する評価を探すのではなく、フォーラム・ユーザーの悩みや隠れたニーズを探すこと。
自分でカスタマー・サービスを試す。
顧客の立場になり、カスタマー・サービスを実際に受けてみよう。
問題はどう対処されているか? そのあいだどんな気分か? そのプロセス全体の個々のステップを書き出し、あなた自身の気分や満足度をグラフにしてみよう。
意外な専門家と話をする。
受付係はあなたの会社の顧客体験についてどんな意見を持っているか? 医療業界なら、医師ではなく医療助手と話をしてみる。
物理的な製品を開発しているなら、どこに異常があるのか修理担当者に聞いてみるのもいい。
探偵になって洞察する。
何か読むものやヘッドホンを持って、実際に商品が売られている場所や業界のカンファレンスを訪れ(相手が内部顧客の場合は、社員の集まる場所に行き)、
行き)、人々の行動を観察し、様子を理解するよう努める。
人々はあなたの会社の製品やサービスをどう利用しているか? ボディ・ランゲージから、人々の熱狂や興味の度合いがわかるだろうか? 何人かの顧客にインタビューする。
自社の製品やサービスについて、いくつか自由回答式の質問を考えよう。
そうしたら、顧客の集まる場所に行き、話しかけやすそうな顧客を見つけ、いくつか質問をしてもいいかとたずねる。
断られても問題なし。
次の人を見つければいい。
そのうち、喜んで話をしてくれる人、いや、話したくてうずうずしている人が見つかるだろう。
どの質問でも、突っ込んだ話を聞くこと。
答えがわかりきっていると思うときでも、「なぜ?」「もっと詳しく聞かせていただけますか?」とたずねよう。
時には意外な答えが返ってきて、新しいチャンスに気づくこともあるだろう。
ゲームなら失敗しても怖くない 努力と失敗については、ゲームの世界から学べることもある。
作家、未来思想家、ゲーム・デザイナーのジェイン・マクゴニガルは先日、テレビ・ゲームがゲーム特有の創造力に対する自信を生み出す仕組みについて、私たちに説得力のある説明をしてくれた。
ジェインによると、テレビ・ゲームの力を活かせば、現実の世界の生活に大きな影響を及ぼせるのだという(注 15)。
テレビ・ゲームの世界では、ゲーマーのスキルに比例して難易度や報酬が増していく。
次のレベルに進むには常に集中的な努力が必要だが、次の目標がまったく手の届かないところにあることは絶対にない。
このことがジェインのいう「どん欲な楽観主義」( urgent optimism)、つまり障害を乗り越えるために、今すぐ、繰り返し行動したいという欲求を生み出すのだという。
この欲求の根底にあるのは、成功の望みが少なからずあるという信念だ。
ゲーマーはいつも〝大勝利〟が不可能ではないと信じている。
だからこそ、今すぐに何度でも挑戦しようと思うわけだ。
大勝利の高揚感の中で、ゲーマーは自分の成長ぶりに気づいて驚く。
次のレベル、またその次のレベルと成功を繰り返すうちに、心理状態は引っくり返り、自信を持つ状態へと変わるのだ。
このような粘り強さや段階的な技術の習得は、子どもによく見られる。
誰でも、幼児が歩き方を覚えていく様子や、子どもがバスケットボールのシュートのコツを学んでいく様子を見たことがあるはずだ。
トムは「どん欲な楽観主義」を実際に目撃したことがある。
ある年のクリスマスの朝、彼の 10代の息子のショーンは、トニー・ホーク(訳注:アメリカの人気スケートボーダー。
彼の名前の付いた数々のゲームが発売されている)のスケートボード・ゲームの箱を開け、プレイしはじめた。
通常の画面上のアクションに加えて、そのゲームには本物のスケートボードそっくりのコントローラーが付属している(といっても車輪はないが)。
するとショーンは、居間で 3世代のケリーに囲まれながら、実寸大のスケートボードに乗ってバランスを取りはじめた。
家族が見守る中、ショーンは失敗に失敗を重ねた。
ショーンの画面上のキャラクターは、れんがの壁に激突し、手すりからすべり落ち、ほかのスケーターに次々とぶつかった。
もっと気恥ずかしいことに、ショーンはスケボー型コントローラーから何度も落ち、すぐ隣にあるガラスのコーヒー・テーブルに突っ込みそうになった。
しかし、画面上でいくら失敗しても、現実の世界でときどきバランスを崩しても、ショーンは少しもひるまなかった。
画面上でどれだけ大げさな転倒音が流れても、ゲームの世界という社会的文脈の中では、失敗ではなかったのだ。
ショーンは自分が学習の道を歩んでいるとわかっていた。
いやむしろ、彼の行動はゲームをマスターするための唯一の方法だったといっても過言ではない。
テレビ・ゲームの攻略法をいくら読んでも、大した足しにはならないのだから。
これはゲーム文化の最高の特徴といえよう。
この特徴を取り入れれば、人々の失敗観を変え、がんばり抜く意欲や意志を高めることができる。
必要なのは、「少なからぬ成功の望み」と、大勝利の可能性だけだ。
たとえば、同僚やチームと共同作業をしている場合、「すべての意見が公正に検討される」「成果主義のため、部門や階級に関係なく提案が評価される」と信じているチーム・メンバーは、変革のアイデアや提案を出すことに全力を注ぎ、創造力を発揮する可能性が高い。
成功が手の届くところにあると信じていると、より粘り強く懸命に働き、どん欲な楽観主義を持ちつづけるのだ。
しかし、失敗に対する最初の恐怖を克服し、創造力に対する自信を手に入れたとしても、引き続き自己の向上に励むことは必要だ。
筋肉と同じで、創造力は鍛えれば鍛えるほど成長し、強くなっていく。
そして、創造力を使いつづけることで、好調な状態をキープできるのだ。
どのイノベーターにも、創造の飛躍が必要だ。
どのニーズに照準を絞るべきか? どのアイデアで行くか? 何をプロトタイプ化すべきか? ここで重要になってくるのが、経験と直感だ。
ディエゴ・ロドリゲスは自身のブログ「 Metacool」で、イノベーション思考の持ち主は大きな洞察、重大なニーズ、中心的な機能を見つけ出すために、「経験に基づく直感」( informed intuition)をよく用いると記している。
つまり、練習を重ねることで作られた経験データベースをもとにして、より賢明な選択を下すわけだ。
ディエゴの主張によると、まったく新しいモノを世に送り出すにあたって大事なのは、経験の年数よりも、経験した製品サイクルの数(彼は「マイレージ」と呼んでいる)なのだという(注 16)。
新型自動車をひとつ製品化するために数年間をかけている自動車業界の勤続 20年のベテラン社員の方が、モバイル・アプリを数カ月おきに出荷している勤続 2年のソフトウェア開発者よりも、経験した製品サイクルの数ははるかに少ないだろう。
すばやいイノベーション・サイクルを十分に経験すれば、イノベーション・プロセスに慣れ、新しいアイデアのよしあしを見分ける鑑識眼が身に付くはずだ。
そして、いったんその自信を手に入れれば、新しいアイデアを世に送り出すときのあいまいな状況に直面しても、だんだん不安を感じずにすむようになるのだ。
失敗しても許される環境を作る 自分自身を「天性のイノベーター」と思っている人も、初めて創造力に対する自信を獲得した人も、自分や周囲の人々にときどき間違いを犯す余裕を与えれば、もっといいアイデアをもっと早く思いつけるようになる。
とはいえ、失敗を認めやすい環境もあれば、そうでない環境もある。
ベンチャー・キャピタリストのランディ・コミサーによれば、シリコンバレーのような起業の中心地がほかと比べて違うのは、成功の大小というよりも、失敗に対する対処の仕方なのだという。
起業家を育む文化では、コミサーのいう「建設的な失敗」( constructive failure)の価値がより高く評価され、理解されているというのだ(注 17)。
かつて、 IDEOはヨーロッパのベンチャー・キャピタルを改革するため、ドイツ人起業家のラース・ヒンリクスとともに仕事をしたのだが、リスクや失敗に対する恐怖はそのときの最重要テーマだった(注 18)。
アメリカやヨーロッパのソフトウェア開発者を対象とする調査によると、安定した会社勤めを捨て、初期のスタートアップ企業という不安定な環境に飛び込むのが、新規事業の成長の過程で特に恐ろしい瞬間なのだという。
それどころか、最後までその思い切りができない人も多かった。
独り立ちしようとしている起業家の多くは、給料がもらえる会社勤めの安心と安定を捨てなければならないと思うと、とたんに足がすくんでしまっていたのだ。
そこで私たちは、ヒンリクスの創設した初期段階の投資会社「 HackFWD」のために、もっと気軽に起業家へと転身できるサービスを考案した。
起業家が自分のもっとも得意な物事に専念できるよう、サポート・ネットワークや資源を提供するわけだ。
HackFWDのウェブサイトに公開されている「ギーク・アグリーメント」(技術マニア契約書)という契約書の定めにより、起業家には 1年間、現在の給与とほぼ同額が支給される。
そのあいだに、自身のコンセプトをベータ段階へと進め、市場の参入や収益の実現へ一歩近づけるわけだ。
また、起業家は経験豊富なアドバイザーのネットワークも利用できるようになる。
それでも、定職を辞めるのは勇気がいるが、現在と同じ収入が 1年間もらえると思えば、世の中にない斬新なアイデアを追求しやすくなる。
大企業の CEOや経営幹部たちも、目に見えるリスクを抑え、イノベーション活動に積極的に取り組むため、似たような努力を始めている。
たとえば、世界最大のアパレル・メーカーであり、ノーティカやザ・ノース・フェイスなどの有名ブランドを数多く抱える V Fコーポレーションは、数年前に社内のイノベーション
イノベーション基金を設立した。
この基金は、戦略・イノベーション担当副社長のスティーブン・ダルの監督のもと、ごく初期段階にあるイノベーション・アイデアを自力で追求するための資金を提供している。
そのおかげで、事業部門のマネジャーたちは、既存の商品やサービスで業績目標を一通り満たしつつ、起業のリスクも冒すことができるのだ。
たとえば、成功を収めたあるイノベーション基金プログラムでは、かつてアメリカ西部のカウボーイに人気だったジーンズ・ブランド「ラングラー」を、インドのバイク乗り向けのブランドに変えられないか、検討を行なった。
その結果、撥水素材などの機能を備えたジーンズ・シリーズが完成し、移り変わりの激しいインドの若者市場の心をとらえた。
これまでに、 VFコーポレーションのイノベーション基金は、世界じゅうで 97を超える同様のイノベーティブな事業に資金を提供している(注 19)。
私たち全員にとって必要なのは、新しいアイデアを試す自由だ。
ぜひみなさんも、どうすれば自分自身に創造力の許可証、つまりモノポリーの「刑務所から出る」カードに相当するものを与えられるのか、探ってみてほしい。
次に新しいアイデアが浮かんだときには、実験と呼び、ただのテストだと全員に印象づけよう。
みんなの期待を下げれば、たとえ失敗しても、キャリアに傷を付けることなく教訓を学べるはずだ。
自分の失敗を認める 古いことわざのひとつに、「成功には何人もの父親がいるが、失敗は常に孤児である」というものがある。
しかし、失敗から教訓を学ぶには、失敗に責任を持つ必要がある。
何がまずかったのか、次はどこをもっとうまくやるべきなのかを突き止めなければならない。
でなければ、確実にまた同じ間違いを繰り返すだろう。
間違いを認めることは、前に進むためにも大事だ。
そうすることで初めて、隠蔽、正当化、罪悪感という心の落とし穴を避けられる。
それだけでなく、素直さ、誠実さ、謙遜を通じて、自分自身のブランドも高められるかもしれない。
金融サービスの専門家に最近の成績を聞けば、きっと〝都合のいい言葉〟が次々と飛び出してくるだろう。
損失をまるきり無視したり、「市場の反発」とか「業界全体の下降傾向」とかいう言葉でごまかしたりするのだ。
とはいえ、失敗にきちんと責任を持っている企業もある。
ベッセマー・ベンチャー・パートナーズは、 100年の歴史を持つ、信頼されるベンチャー・キャピタルであり、当初から急成長企業のひとつに数えられてきた。
予想に違わず、ウェブサイトには投資先企業の一覧がずらりと並んでいる。
しかし面白いのは、この膨大な成功リストから 1クリックしか離れていないところに、投資の失敗例や見通しミスの例が、カタログとして掲載されている点だ。
ベッセマー社はこのリストを「アンチポートフォリオ」と呼んでいる(注 20)。
「われわれの会社はこれだけ長く名高い歴史がある分、他社とは比べものにならないくらいの数の大失敗も経験してきました」とベッセマー社は説明する。
たとえば、あるパートナーは大手決済サービス会社の PayPalのシリーズ Aラウンドの投資機会を逃した。
その数年後、 PayPalは 15億ドルで買収された。
さらに、ベッセマー社は世界最大の航空貨物輸送会社 FedExに投資するチャンスを 7回も逃している。
FedExの現在の企業価値は 300億ドルを超える。
ベッセマー社の中でも「アンチポートフォリオ」のアイデアをもっとも熱烈に支持しているひとりが、パートナーのデイヴィッド・コーワンだ。
彼は投資機会の見逃しや失敗の物語の中では、まさに主役を演じている。
かつてトムの隣人だったコーワンは、ラリー・ページとサーゲイ・ブリンがグーグルを設立したシリコンバレーのガレージに、歩いて行き来できるところに住んでいた。
ふたりにガレージを貸していた女性はコーワンと親しかったので、ある日、「検索エンジンを書いている超優秀なスタンフォード生がいるんだけど」と言って、ふたりを彼に紹介しようとした。
するとコーワンは、「ガレージのそばを通らずにこの家から出るにはどうしたらいい?」と答えて会おうとしなかった。
ベッセマー社のアンチポートフォリオのアイデアは、自分の間違いにスポットライトを当て、冷静な観察から教訓を学び取ろうとする賢明な人々や組織のあいだで、一種の流行になっている。
フォーブス誌の発表する「ミダス・リスト」(訳注:目利き投資家のランキング。
ミダスとはギリシア神話に登場する王で、触れたものすべてを金に変えるとされる)では、コーワンがスタートアップ投資を金へと変える世界屈指のベンチャー・キャピタリストのひとりとして、名を連ねている(注 21)。
もしかすると、自分の失敗を認めたことが、大成功への道のりを切り開いたのかもしれない。
世界を見渡してみれば、同じような考え方の変化の兆しが、至るところに見える。
シリコンバレーをはじめとする各地で、失敗会議が点々と開かれている(注 22)。
作家で教育者のティナ・シーリグは、学生たちに今までの最大の挫折や失敗をまとめた「失敗のレジュメ」を書くよう求めている。
彼女によると、成功をアピールすることに慣れた優秀な人々ほど、失敗のレジュメを書くのにとても苦労するという。
しかし、失敗のレジュメをまとめていく過程で、学生たちは心でも頭でも、自分の失敗を認められるようになるのだ。
彼女は著書『 20歳のときに知っておきたかったこと』で、「失敗というレンズを通して自分の経験を見ることによって、自分が犯してきた過ちを受け入れられるようになる」と記している(注 23)。
彼女は勇敢にも、自分の失敗のレジュメも公開している。
たとえば、駆け出しのころ、企業文化に注意を払わなかったこと。
人間関係において対立を避けたこと。
自分の若いころの欠点に気づき、堂々と認められるようになったティナは、もう欠点に足を引っ張られることはない。
彼女は「スタンフォード・テクノロジー・ベンチャーズ・プログラム」のエグゼクティブ・ディレクターとして、明日の起業界を引っ張るリーダーを育てている。
粘土の馬の悲劇 評価を下されることへの恐怖は、幼いころに得るものだ。
生まれつき持っているわけではない。
ほとんどの子どもは、本来大胆だ。
新しい遊びを探し、新しい人と会い、新しい物事に挑戦し、想像力を思う存分に発揮させる。
筆者兄弟のケリー家の場合、この怖いもの知らずの態度は、「何でも自分でやる」という考え方に表われていた。
たとえ洗濯機が故障しても、修理の人を呼んだりはしない。
洗濯機に歩み寄り、分解し、自力で修理しようとした。
それがうちのルールだった。
ケリー家では、何でも自分で修理できると信じられていたのだ。
もちろん、日曜大工気分でやったことがとんでもない結果になる場合もあった。
あるとき、ピアノの仕組みを確かめたくなって、家のピアノを分解した。
ところが、分解の途中で、もういちど組み立て直すのは分解することほど楽しくはなさそうだと気づいた。
こうして、かつての楽器は、美術品のコレクションのようになった。
ハープのような形をした巨大なピアノの弦は、私たちの寝室があった地下室の壁に、今でも立てかけてある。
そして、 88本の美しい木製ハンマー一式は、デイヴィッドのスタジオの壁に今もなお掛けられている。
創作の自由も認められていた。
誕生日に、どこからどう見ても立派な赤い自転車をもらったのに、次の日にはもうサンドブラストで塗装を剥がし、ネオン・グリーンに塗り直すこともあった。
ただの興味本位で。
それでも、文句ひとつ言われなかった。
子どものころ、自分がクリエイティブだなんて思ったこともなかった。
ただ、何でも試していいと理解していただけだ。
成功することもあれば、失敗することもあった。
それでも、何かを作りつづけてもいい、いじくり回しつづけてもいいと思っていたし、ずっとやっていれば何か面白いものができあがるだろうと信じていた。
デイヴィッドが 3年生のときの親友、ブライアンは、創造性に関して別の体験をした。
ある日の図工の時間のこと、デイヴィッドとブライアンは 6人のクラスメイトと一緒に、テーブルに座っていた。
担当の先生が流し台の下にしまっておいた粘土で、ブライアンは馬を作っていた。
すると突然、女の子のひとりが彼の作っているものを見るなり、ひょこっと身を乗り出し、「うわっ、下手っぴ。
ぜんぜん馬に見えない」と言った。
ブライアンは肩を落とした。
すっかりやる気を
なくし、彼は粘土の馬をぐちゃぐちゃに丸めて容器に投げ込んだ。
それ以来、デイヴィッドはブライアンが創作に取り組むのを見たためしがない。
これと同じようなことが、幼少時代にいったいどれだけ起こるだろう? 私たちがビジネスパーソンの聴衆の前で、ブライアンのような自信喪失のエピソードを紹介すると、必ずあとで誰かがやってきて、教師、親、友だちにぴしゃりと言われた同じような体験を打ち明けてくる。
そう、時として子どもはお互いに残酷な仕打ちをするものなのだ。
子どものころに自分がクリエイティブでないと悟った瞬間をありありと覚えている人もいる。
彼らは人に評価を下されるくらいなら、いっそ初めからゲームを降りることを選んだのだ。
つまり、自分をクリエイティブだと思うのをやめてしまったわけだ。
作家で研究者のブレネー・ブラウンは、恥の体験について多くの人々に話を聞いた結果、 3人に 1人が「創造性の傷」を抱えていることを発見した(注 24)。
つまり、芸術家、音楽家、作家、歌手としての才能はないと言われた瞬間をはっきりと覚えていたのだ。
自分の創造性に自信を失うと、子どもたちは計り知れない影響を受ける。
世界をクリエイティブな人間とそうでない人間に切り分けはじめるのだ。
そのふたつの分類は決まりきったものだと思い込むようになり、昔は絵を描いたり空想の物語を書いたりするのが好きだったことを忘れてしまう。
自分からクリエイティブな人間をやめてしまう人があまりにも多いのだ。
自分自身に「クリエイティブでない」というレッテルを貼ってしまう要因は、評価を下される恐怖だけにあるわけではない。
学校は芸術関連の予算を減らし、将来を左右するような科目の試験をますます重視している。
その結果、数学や科学といった従来の主要科目と比べて、創造性自体の価値が軽く見られている。
数学や科学は唯一の明確な正解がある思考や問題解決の手法を重視するわけだが、 21世紀の現実の世界の課題の多くは、もっと視野の広いアプローチが必要だ。
教師や親たちは、若者の相談に乗るとき、善意から伝統的な職業に就くことを勧める。
創造性を駆使する仕事はあまりにもリスクが高いし、主流ではないと暗に伝えるわけだ。
そう言われたときの気持ちは、私たちにもわかる。
私たちは高校を卒業するとき、学校の進路カウンセラーから、オハイオ州のアクロン近郊に残って、地元のタイヤ会社に勤めなさいと勧められた。
教師たちからすれば、私たちは非常識な目標を持った〝夢追い人〟に見えたのだ。
もしあのアドバイスに従っていたら、今ごろ IDEOも dスクールも存在しなかっただろう。
教育専門家のケン・ロビンソン卿は、従来型の学校教育が創造性を破壊していると訴えている(注 25)。
「われわれは現在、失敗を犯すことが何よりも悪いという原則のもと、国家の教育制度を運営しているのだ」と彼は話す。
「本来、教育というシステムは、私たちの生まれ持つ能力を伸ばし、私たちを世界で成功させるためにあるはずだ。
ところが実際には、あまりにも多くの学生が教育によって才能や能力を抑えつけられ、学習の意欲を失っているのだ」 教師、親、ビジネス・リーダー、そしてあらゆる種類の模範となる人。
周囲の人々の創造力に対する自信を活かすも殺すも、彼ら次第だ。
年頃の子どもは、たった 1回、辛辣な意見を浴びせられただけで、創造活動をぴたりとやめてしまうこともある。
幸い、多くの人々は、立ち直る力を持っていて、もういちど試してみようとする。
ケン・ロビンソン卿は、危うく才能が無駄になりかけた印象的なエピソードを教えてくれた。
リヴァプール出身の彼は、同郷のポール・マッカートニーと話をしていたある日、ひとつの事実を発見した(注 26)。
どうやら、その伝説のシンガーソングライターは、音楽の成績がいまひとつだったらしい。
高校の音楽教師はマッカートニーに良い成績を付けなかったし、彼に特別な音楽の才能を見出したわけでもなかった。
ジョージ・ハリスンも同じ教師のもとで学んでいたが、彼も音楽の授業では特に目立たなかった。
「すると何かい──」とケンは驚いてマッカートニーにたずねた。
「その教師は、自分のクラスにビートルズの半数がいたのに、ふつうと違うところに何も気づかなかったということかい!?」。
マッカートニーとハリスンは、ふたりの音楽的才能を伸ばす絶好の立場にいる人から励ましを得られなかった。
とすれば、ふたりが〝安全策〟を取り、リヴァプールの伝統的な製造業界や海運業界の仕事に就いていたとしてもおかしくはなかった。
しかし、もしその〝安全策〟を取っていたら、経済の悪循環にちょうど巻き込まれていただろう。
リヴァプールの重工業はその後の 20年間で著しく後退し、目まいがするような失業率の上昇をもたらした。
結局、ふたりの通った高校「リヴァプール・インスティチュート・ハイ・スクール・フォー・ボーイズ」は廃校になった。
音楽ファンにとっては幸いなことに、マッカートニーと友人のジョン、ジョージ、リンゴは別の場所に励みを見つけた。
そしてご存知のとおり、ビートルズは史上もっとも成功し、愛されるグループのひとつとなった。
それから時を経て、名声と財を手に入れ、女王からナイトの称号を与えられたポール・マッカートニー卿は、自分がもう少しで逃すところだった創造の機会をみんなに与えることが、自らの責務だと感じるようになった。
リヴァプール・インスティチュートが廃校になり、彼の音楽教師をはじめ、教職員やスタッフ全員が仕事を失うと、マッカートニーは老朽化した 19世紀の校舎を一から修復するための支援を行なった。
彼は教育者のマーク・フェザーストーン =ウィッティと共同で「リヴァプール・インスティチュート・フォー・パフォーミング・アーツ」を設立。
この活気あふれる創造環境では、才能の芽を持つ若者たちが、音楽、芝居、ダンスの実践的なスキルを学んでいる。
人と比べるのをやめる 一定の結果が出る世界、安心できる既知の世界を飛び出して、新しいやり方を試したり、突拍子もないアイデアを表明したりするのは、勇気がいる。
ブレネー・ブラウンは、不安に関する研究の中で、人々が無力感を抱く理由や「自分はだめだ」と感じる悪循環の仕組みを理解するため、 1000人の話を聞いた(注 27)。
ブラウンは、「自己価値が左右されないときには、私たちは能力や才能をもっと大胆に発揮でき、リスクをいとわなくなる」と記している。
ブラウンによると、創造性を手に入れるには、人と比べるのをやめるのがひとつの方法なのだ。
人と同調すること、他人の成功に追いつくことばかり考えていては、創造活動に付きものであるリスクを冒し、道を開拓することはできないだろう。
この数年、私たちは色々なチームと一緒に作業をしてきて、人は不安を抱えているとベストの力を発揮できないことに気づいた。
同僚や上司に尊敬されていないと感じると、自己アピールで自分を良く見せようとするのだ。
仕事に集中して自分の作るモノに満足する代わりに、他人にどう思われているかばかり気にするようになる。
この不安がいったん根づくと、悪循環が生まれることもある。
だから、ひとりきりの作業であれチーム作業であれ、なるべく早く不安を取り除かなければならない。
認めるべき人はきちんと認める。
自分が過小評価されている、自信を失っている、という周囲の人々のサインに気を配ろう。
そんなことについて聞くのは難しいかもしれないが、問題をきちんと明らかにしよう。
不安を放置しておくのは、全員が知っている家族の秘密を、誰も話題にしないままでいるのと同じだ。
そういう会話をするのは、気まずくてつらいこともあるが、長い目で見ればプラスになることが多いのだ。
IDEOでも同じようなパターンを何度も目撃したことがある。
新入社員は入社したてのころ、不安やためらいを感じていて、なるべく〝品行方正〟に振る舞おうとする。
しかし、少しずつ硬さが取れてくる。
服装やエラい人の前での態度に変化が表われるのだ。
自信が付くにつれて、やがては「仕事でありのままの自分を出す」という考え方が身に付き、創造的な環境の中で自分をさらけ出せるようになる。
この自分をさらけ出す能力、周囲の人々を信頼する能力こそ、創造的思考や建設的な行動を妨げている数々のハードルを乗り越えるきっかけになるのだ。
私たちの経験は、立ち直る力に関する最新の研究でも証明されている(注 28)。
立ち直る力の強い人は、問題解決能力に長けているだけでなく、人の助けを積極的に求め、周囲にしっかり支えられ、同僚、家族、友人と深くつながっている傾向がある。
立ち直る力は、個人の能力だと思われがちだ。
何度倒れても立ち上がって敵と戦う孤高の英雄を連想させる。
しかし、現実には、人の助けを求めるのがふつうは成功の近道だ。
これは自分の弱みを認めることにはならない。
ただ、逆境や苦難から立ち直るには、他者の助けが必要なのだ。
ペンをつかんで立ち上がろう
自分には創造性なんてないと思い込んでいる人々がよく言うのが、「私は絵が描けないんです」というセリフだ。
人々はほかのスキル以上に、絵の上手下手を創造性のリトマス試験紙のようなものとしてとらえている。
「ピアノを弾く」といったスキルを身に付けるためには、何年間もの練習がいるというのは、誰しも認めている。
ところが、絵を描く能力となると、才能があるかないかのどちらかだと誤解している人が多い。
実際には、練習と簡単な助言さえあれば、絵を描く能力を身に付け、磨くことはできるのだ。
言葉で説明すれば延々と時間がかかることでも、スケッチ 1枚で事足りることも多い。
今日のめまぐるしいビジネスの世界で、効果的に意図を伝えようと思うなら、マーカー・ペンに手を伸ばすのをためらってはいけない。
あいにく、ほとんどの人は、自分のアイデアをボードに絵で描くのを遠慮しようとする。
たとえ絵を描くにしても、描く前に「絵が下手で恐縮ですが……」という枕詞を付けるのだ。
『描いて売り込め! 超ビジュアルシンキング』の著者であり、ビジュアルシンキング術に関する専門家であるダン・ロームによると、彼が仕事をするビジネスパーソンの約 25パーセントは、マーカーさえ手にしたがらないのだという(彼はそういう人々を「赤ペン」タイプと呼んでいる)。
また、 50パーセントの人々(「黄色ペン」タイプ)は、せいぜい他人の絵にハイライトを入れたり、細かな点を付け加えたりするくらいしかしたがらない(注 29)。
ダンは人々が躊躇することなくマーカー・ペンをつかみ、ホワイトボードに向かえるように、ハードルを下げる工夫をしている。
そのために、彼は芸術的な絵とコミュニケーション用の絵を切り離して考えている。
彼のウェブサイト「 Napkin Academy」には、「どんな絵でも描ける方法」という講座がある。
それによると、ホワイトボード(またはナプキン)に描く必要のあるものは、突き詰めれば5つの基本的な図形に分解できるという。
直線、正方形、円、三角形、そして不規則な図形(彼は「ぐにゃぐにゃ」〔 blob〕と呼んでいる)だ。
次に、大きさ、位置、方向など、絵の基本について説明している。
一見するとおかしなくらい単純だが、忘れられていることもあるのだ。
たとえば、大きさについていえば、あるモノを別のモノよりも大きく描くと、見る人にとって近くにあるように(またはそのまま大きく)見える。
こんな具合で説明は続く。
人間のスケッチを描く(注 30)
ビジュアルシンキングを実践するダン・ロームによれば、この5つの図形さえ描ければ(間違いなく描けるはずだ)、どんな絵でも描ける基礎力はあるという。
もちろん、人の絵でも。
芸術ではなくコミュニケーション用の絵にテーマを絞れば、スケッチ能力をものの数分で磨けるのだ。
たとえば、相手に伝えたい内容に応じて、ダンは 3種類の人の描き方を紹介している(私たちのために次の絵を描いてくれた)。
人間はとてもシンプルで、気分や感情を伝える。
特に、頭を全体の 3分の 1くらいに描けば、表情を表現するスペースが増える。
ブロック人間は、棒人間に四角い胴体を加えたもので、色々な動きや姿勢を表現するのに便利だ。
ぐにゃぐにゃ人間(「星形」人間ともいう)は、感情や動作はうまく表現できないが、集団や関係をサッと描くのに適している。
ダンと同じ席で昼食を取れば、テーブルクロスにひっきりなしに絵を描いてくれる。
ダンと一緒に時間を過ごせば、帰るころには、物事を視覚的に伝える自信が少しだけ付く。
だが、正確にいうと、ダンは絵の描き方を教えているわけではない。
誰もが最初から持っている単純な絵の描き方を活かす術を教えているだけなのだ。
ほとんどの人は、新しいスポーツ、たとえばスキーを学んでいるとき、転ぶのを受け入れている。
そして、ゲレンデにいるほかのスキーヤーに、顔面から雪に突っ込むところを見られてもしょうがないと思っている。
ところが、いざ創造活動となると、とたんに固まってしまう人が多い。
それは初心者だけではない。
かなり絵の上手い人でも、完璧主義のせいで、絵に自信のない初心者と同じくらいコチコチになってしまうことがあるのだ。
私たちは最近、ふたりの IDEO社員と話をした。
ふたりはまったく異なる経歴を持っていたが、ビジネス会議でホワイトボードに向かうのが怖いという点は共通していた。
ひとりは工業デザインのインターン生だ。
パサデナのアートセンター・カレッジ・オブ・デザインで学んだ経験があり、絵はそうとうに上手い。
もうひとりはハーバード大学の MBAを持ち、鋭い分析能力のあるビジネス・デザイナーで、自分に芸術的才能があるとはちっとも思っていない。
ビジネス・デザイナーの方は、ホワイトボードにスケッチを描き、自分のアイデアを視覚的に表現しようとして恥をかくのはイヤだった。
一方、優秀なアーティストの方は、せっかちな聴衆たちのためにホワイトボード・マーカーを使って 30秒で描いたような絵で、絵の能力を判断されたくはないと思っていた。
つまり、ひとりは小心、もうひとりは完璧主義のせいだったわけだ。
しかし、結果は同じだった。
同僚にケチを付けられるリスクを冒す代わりに、イスに座っている方を選んだのだ。
言い換えれば、スキルの分布曲線を描いたとしたら、その両端に障壁があるということだ。
その結果、名案は表明されず、才能は埋もれ、解決策はいつまでたっても見つからない。
しかし、創造力に対する自信の状態へとそっと導いてやれば、誰もが得をする。
絵の素人にとって必要なのは、安心だ。
あるいは、 1、 2回の絵のレッスンかもしれない。
そうすれば、絵の方が言葉よりも説得力があるような場合に、簡単なスケッチを描いて自分の考えを表現できるはずだ。
一方、絵の玄人にとって必要なのは、励ましだ。
完璧主義はいったん脇に置き、簡単な線を何本か描いてアイデアの本質を伝えてほしいと促すことだ。
いずれにしても、スケッチの質は無視してアイデアの質に注目するように、周りが協力することが必要になる。
あなたが芸術的スキルの曲線のどのあたりに位置するのかは別として、まずは自分で自分を判断するのをやめることだ。
ペンをつかんで立ち上がることさえできれば、闘いに半分勝ったも同然なのだ。
だから、少しずつ、前に進もう。
バンデューラの恐怖症患者のように。
誰もいない部屋のホワイトボードに歩み寄り、練習気分で、アイデアを絵にしてみよう。
そして、もういちど。
たとえ簡単な絵でも、絵がコンセプトを伝えるのにどれだけ効果的なのか、そしてアイデアを理解してもらうことがどれだけ快感なのかに気づき、驚くに違いない。
子どもが初めてすべり台をすべるとき 公園の遊び場で、子どもが初めてすべり台をすべるところを見た経験はあるだろうか? ほとんどの子どもにとって、初めてすべるのは怖いものだ。
初めは、階段をのぼることさえなかなかすんなりとはいかない。
そのときのあの子どもの恐怖の表情といったら、「いったいどうすればいいの?」といわんばかりだ。
大人は安全だとわかっている。
でも子どもはわからない。
最初は、階段をのぼるだけでも、何度か支えや応援が必要かもしれない。
半分だけのぼってやっぱり怖くなり、引き返す子どももいる。
ほかの子どもが「わーい!」と叫びながらすべる様子を見てようやく、すべり台のてっぺんまでのぼり、初めてスタートを切る。
すると、魔法が起きる。
恐怖が興奮、そして喜びに変わるのだ。
あまりの速さに、目をまんまると見開くこともある。
そうこうしているうちに、地上に戻ってくると、子どもは満面の笑みを浮かべる。
そうして、階段のところへ走っていき、また同じことを繰り返す。
そう、最大のハードルは、初めてすべる瞬間にあるのだ。
マネジャー、科学者、営業担当者、 CEO、学生も、 1回目のデザイン・サイクルを終え、画期的なアイデアを携えて無事、地上に降り立つと、似たような興奮の表情を浮かべる。
自分の新しい能力、道具箱に加わった新しい道具にワクワクするからだ。
補助輪なしで初めて自転車に乗れたときと似ている。
1世紀以上前、詩人で随筆家のラルフ・ワルド・エマーソンは、「怖いと思うことをしなさい。
さすれば恐怖は確実に去る」と述べた。
「確実に」かどうかは議論の余地があるかもしれないが、エマーソンのアドバイスの精神は今もなお変わらず息づいている。
人生を振り返ってみてほしい。
おそらく、〝怖い〟と思っていたのに、試したとたんにそんなに怖いと思わなくなった経験がいくつも思い浮かぶだろう。
飛び込み台から飛んだ瞬間。
変わった食べ物を初めて口にした瞬間。
演壇に上がった瞬間。
しかし、過去にどれだけうれしい成功経験を重ねても、私たちは未知の領域に足を踏み入れるとき、恐怖に支配されてしまうのだ。
課題に直面したとき、「やればできる」というクリエイティブな考え方で挑むことは、誰でもできるといっても過言ではない。
そして、あなたの持っているスキルに、デザイン思考の方法論を上積みすれば、きっと行動を決める際の選択肢が広がるだろう。
人生の中で、潜在的な創造力を発揮できるようになるのか、それとも発揮しにくくなるのかを左右する要因はたくさんある。
教師の褒め言葉。
モノをいじくり回すことを許す親の教育。
新しいアイデアを歓迎する環境。
しかし、結局のところ、いちばん大事なのはただひとつ。
それは、周囲に前向きな変化を生み出せるという自信と、行動を起こす勇気だ。
創造性を発揮するのに、何千人にひとりの才能や技術など必要ない。
大事なのは、自分が持っている才能と技術で何かができると信じることだ。
そして、このあとの章で紹介する方法を使えば、その技術、才能、自信を築き、活かすことはできる。
何より、ハンガリーの随筆家、ジェルジュ・コンラッドはこんなことを言っている。
「勇気とは、小さなステップの積み重ねにすぎない」
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